あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

PERSONA-ZERO -02 後編

「そういえば……」

 洗濯も終わり自分の主の部屋へ戻る途中、シエスタと別れる手前で番長は思い出したようにシエスタに声をかけた。

「シエスタって本名?」

「…………はい?」

 シエスタは一瞬、なにを言われたかわからずに固まってしまった。
 理解しようと番長の言葉を咀嚼する。やっぱりわからない。

「えっと……本当の名前かってことですか?」

「うん」

「……えっと」

 聞き返してみても、意味はわかったが意図がわからない。
 なので素直に答えることにした。

「はい、本名ですけど……それがなにか」

「ふーん……じゃあ、この学校……町でも国でもいいけど、偽名を使ってる人っている?」

「えーっと……」

 やっぱりわからない。
 つい先ほど、友好の契りを結んだ彼の言葉がさっぱり理解できない。

「そうですね……貴族の方で、メイジとしての二つ名を持ってる方もいらっしゃいますけど、
 偽名とは違いますね。呼び合う時は、普通に名前で呼び合いますし」

「そっか……」

「それに偽名を使ってる方がいらっしゃるとしても、それを隠すために使いますから……」

「ああ、そうだよね。普通、わからないか」

「はい」

 だったら、用心に越したことはないのだろうか。
 でも、考えすぎなのかもしれない。
 それに、シエスタは友達だ。

「じゃあさ……」

「楽しそうね」

 番長が、シエスタに何事か伝えようとした時だった。
 シエスタとは違う不機嫌そうな声に、それは遮られた。
 声の主に視線を移す。

「アンタね……朝ちゃんと起こしなさいって言ったでしょ!」

 番長の主たる少女だった。
 服こそ着替えているものの、その象徴たるピンクの髪はところどころハネている。
 あきらかに寝起きで、その顔にはデカデカと『不機嫌』と書いてあった。

 しまった。
 ついシエスタとのお喋りが楽しくて、時間を忘れていた。

「ああゴメン、ちょっとシ―――」

 シエスタと話をしてて、と言おうとして口をつぐんだ。
 この剣幕を相手にそんな事を言えば、確実に責任がシエスタにかかる。
 いや、そうじゃなくても怒りの矛先がシエスタに向かう。

「いや、ちょっと洗濯にてまど……」

「も、申し訳ありません! 私がバンチョーさんに声をかけてしまったせいで、
 お時間をとらせてしまったんです! 責めるならどうぞ私を……」

 先に言われてしまった。
 ワタワタと、その動きがトレードマークですと言わんばかりに腕を振る。
 庇おうとしたら、逆に庇われてしまった。つくづくいい娘だ。

「バンチョー、さん? ……ふーん、随分仲が良いのね」

「え、いえ、あの……その」

「アンタは!」

 ズビシッ!

 少女の小さな指が、擬音を伴って番長を突き刺す。

「平民の! 使い魔の分際で!」

「貴族の! ご主人さまを差し置いて!」

 ズピシッ! ズピシッ!

「平民のメイドとキャッキャウフフよろしくやってたってわけね!」

 ズビシィィィッ!

 意図せずして、矛先が番長に戻ってきた。ここまではいい。
 だが、「認めない」「いらない」と言っていたのは彼女の方ではなかったか。
 しかも言ってることが微妙に事実と違っている。
 大体、貴族様がキャッキャウフフなんて言い回しどこで憶えたんだ。

「いや、だからさ……」

「ほ、本当に申し訳ありません! あの、朝のお世話でしたら代わりに私が……」

「もういいわよ!」

 キッと睨みつける。
 あくまでその視線の先にいるのは番長だ。

「今からちゃんと準備し直してたら授業に間に合わなくなるわ。もう私は朝食にいってくる。
 だけど……バンチョー! アンタは駄目よ! 朝食抜き!」

 そう言い放つと、彼女は大股で食堂へと向かっていった。

「……やれやれ」

「あ、あのっ! ごめんなさい! その、私のせいで……」

 シエスタが真っ青になりながら頭を下げる。
 ペコリ、ペコリと何度も。その瞳には涙が浮かんでいた。
 ずいぶんと対照的な二人だった。

「いや、シエスタのせいじゃないよ。俺が……」

「で、でも!」

「いいから……ほら、落ち付いて。ね?」

「は……はい……」

 怒り心頭にこの場を去った少女。
 ベクトルこそ多少異なるものの、彼女と似た少女を番長は知っている。
 わがままで素直になれないけど、本当は寂しがり屋な女の子。
 少しずつ打ち解けていくさ中、時折見せる素直になれないながらも
 頬を染めてみせる彼女の姿には、ときめきを覚えたものだ。
 彼女がそんな風だったのは理由があった。

 彼女はどうだろう。自分をここに呼び込んだ小さなメイジ。
 必死に召喚の儀式のやり直しを要求する少女。
 その姿には、なにかの決意と矜持が垣間見えた。
 そんな彼女をあざ笑うクラスメイト達。
 彼女はそれに必死に耐えている様に見えた。

 そんな彼女と、また別の少女が重なって見える。
 共に歩くことを忘れ、必死に一人で戦おうとしていた少女。

「考えるな、感じるんだ―――」

「……え?」

 それは、その少女が心の師匠としていた人物の遺した言葉である。

 考えてみれば、ここに来た時の最初の印象に左右されすぎたかもしれない。
 頼りになる、いつでも冷静沈着―――仲間たちからそう評されていた番長ではあるが、
 それでも彼は、精神的にまだ未成熟な一介の男子高校生である。
 突然見知らぬ土地に飛ばされ、敵愾心丸出しの対応をされれば反発したくなることもある。
 それにあれこれ理由をつけ、すべてを否定しかけてはいなかったか。
 『寂しい』とは、その現れではなかったか。

 思い出す。必死にやり直しを要求した少女の姿。
 クラス中からの嘲笑に、ひたすら耐える少女の姿。
 そして今しがたの彼女。

 そこに感じた、彼女の本質は―――

 それを今、確かめる術はない。
 ならばそれを確かめようと思う。術をつくろうと思う。
 彼女の『真実』に近づきたいと思う。

「みんな仲良く。それが一番だ」

「え?」

 理想論である。
 後頭部をポリポリとかきながら、溜息をつくように笑った。

「そう思わない?」

「―――はい」

 だがしかし、シエスタは力強く頷いた。

「じゃあ、俺は彼女―――ルイズさんを追いかけるよ」

 その前に、洗濯した下着を干してこなければならない。
 追いつくのは授業ギリギリになるだろうか。

 離れていても心は繋がっている。
 その意味を、番長はやっと理解した気がした。

 走り出した足は止まらない。



 ※※※



 なんとか授業には間に合った。

 あの後、青春ドラマのワンシーンよろしく行動を開始した番長だが、足が重い。というか体が重い。
 そこで自分が、ここに呼び出されてから今まで、なにも食べてないことを思い出した。

 結局、洗濯物を干すのはシエスタに手伝ってもらい、空いた時間で食事を出してもらった。
 ルイズはもうすでに食堂にはいなく、ポツポツと残っていた生徒達も、もう食事を終えるところだ。
 時間がないことも相まって、ガツガツと隙っ腹に料理を放り込む。
 白く柔らかなパンと出汁のきいたスープのコンビネーションが絶品だった。
 「贅沢もんの貴族連中は、なんだかんだ理由をつけて残しやがるからな。
 アンタみたいに美味そうに食ってもらえるなら、料理たちも本望だ」
 そう言ってお代わりを進めてくれたのは、料理長のマルトーさんだ。何故か気に入られたらしい。
 食事に困ったら、いつでも来ていいとも言ってくれた。シエスタとマルトーさんには、もう足を向けて寝られない。
 今度、なにかお礼を考えなくては。

 結局、スープを3杯お代わりし、ルイズの隣についたのは教師がドアを開けるのと同時であった。

「突っ立ってないで座りなさいよ。後ろに迷惑でしょ」

 番長の姿を一瞥したルイズが、開口一番そう言った。
 どうやら存在を無視されるまでには至ってないようだ。
 その言葉に従い、床に腰を下ろす。
 それを見たルイスがなにやら呟いたようだが、番長には聞こえなかった。

「おはようございます皆さん。どうやら春の使い魔召喚の儀式は全員大成功だったようですね。このシュヴルーズ、一安心です」

 その言葉にルイズは俯き、小さな肩を震わせていた。

「…………」

 やはり、ルイズにとって自分は不満なのだろうか。
 それも仕方ないかもしれない。
 使い魔として非常に珍しい存在であるらしい自分は、周囲の嘲笑のタネでもある。
 これが良い意味でレアな、たとえば伝説級の種族……自分たちの世界で言う架空の生き物ドラゴンのような。
 そういうものを召喚していれば、周囲の評価はまるで違っていたのだろう。

「……ミス・ヴァリエールも、よく召喚を成功させましたね」

 シュヴルーズと名乗った教師が、ルイズに声をかけた。
 その声には嘲りも蔑みの色もない。ルイズを見るその瞳は優しく微笑んでいた。
 それでもルイズの顔は上がらない、上げられない。

 クラスのどこからか、クスクスと含み笑いが聞こえた。
 瞬く間にそれは教室中に広がり、ついには男子生徒の一人が声を上げた。

「どうせ召喚できないからって、どっかの平民を金でやとって連れてきたんだろ! ゼロのルイズ!」

(ゼロのルイズ……?)

 その言葉は確か、ここに呼び出されたばかりの時に聞いたような気がする。
 シエスタがメイジには二つ名があると言っていたが、それだろうか。
 その割には、あまり誉れのある呼ばれ方じゃない気がする。

「ち、違うわよ! 召喚はちゃんとしたわよ!」

「うそつけ! 魔法を成功させたことがない、成功率ゼロのルイズの癖によ!」

 なるほど、そういうことか。
 魔法成功率0、魔法の使えないメイジ、故にゼロのルイズ。
 それがルイズのコンプレックスになっているであろうことは、容易に想像できた。

「う……うるさいわね! 召喚したって言ってるでしょ! 私だってこんな奴……!」

 ふと、ルイズと目が合った。
 その瞳は、怒っているような、困っているような、それでいて悲しそうな……複雑な色をしていた。

「こんな……こん……な……」

 この目は。
 何かを訴えようとしている目だ、何かを否定している目だ、何かを受け入れようとしている目だ。
 何かを言おうとして、それが言ってはいけない最後の一線に届く声だと気づき、躊躇している目だ。
 自惚れていいのだろうか。その疑問符を番長は即座に振り払った。
 今にも涙で濡れそうになっているその目に、番長の拳が自然と固まった。

「なんだよ! なにか言い返してみろよ!」

「どうせ、【コンストラクト・サーヴァント】も絵具で紋章描いたんじゃねーの?」

「あっはっは! そうだ、ちょっと水かけてみろよ! 消えるかも知れないぜ! ぎゃはははは……ハグムッ!」

 番長のその拳が、机を叩きつけそうになったその瞬間、たった今バカ笑いしていた男子生徒の声が止まった。
 見ると、その男子生徒の口が粘土のようなもので塞がっている。
 さらにシュヴルーズが杖を振るうと、罵倒に参加していた生徒全員の口が次々と塞がれていった。

「……お友達を、侮辱するものではありませんよ」

 教室全体が静寂につつまれた。先ほどの喧騒が嘘のようだ。

(これが……魔法か)

 この世界に呼び出された時、魔法で空を飛んで教室に帰る生徒達を番長は見ている。
 しかし、使い方によっては随分汎用性のあるもののようだ。
 ファンタジー小説や映画に出てくる魔法と違い、どちらかというとお伽話や
 自身の愛読書でもある『魔女探偵ラブリーン』に出てくる魔法に近い。

 なるほどこれならばメイジである貴族と魔法の使えない平民との間に、絶対的な階級差があるのも頷ける。
 そして、貴族でありながら魔法を使えないというルイズは、そのせいで罵倒と嘲笑にさらされているのだ。
 使い魔は主の実力を計るという。故にルイズはあれほど使い魔にこだわったのだろう。
 自分の力を示すために。周囲を見返すために。

「では……授業を始めましょうか」

 そう宣言しながら、シュヴルーズが右手の杖を振るう。
 そこに、こぶし大より一回り小さいくらいの小石が出現した。

「私の二つ名は赤土。赤土のシュヴルーズです」

「これから一年間、皆さんに『土』系統の魔法を講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」

「はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の4つです」

 いつの間にか口を塞ぐ粘土が外されていたマリコルヌという少年が起立し答えた。

「その通り」

 その答えに、シュヴルーズは満足そうに頷いた。

「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。
 その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます」

 淡々と授業は進んでいく。
 ふとルイズを見上げると、彼女は真剣に授業を聞いているようだった。
 その眼は、先ほどの騒動を忘れたかのように真剣だ。
 シュヴルーズの一言一句を聞き逃さぬよう、睨みつけるように授業に聞き入っている。

「ミ、ミセス・シュヴルーズ! それは黄金ですか?」

 突如、教室中にざわめきが走った。
 見ると教壇の上に、黄金の輝きに似た鉱石が輝きを放っている。

「いいえ違います。黄金は実力の高いスクウェアのメイジが全力をもってして、ほんのわずか錬金できるかできないか……そういうものです」

「私はトライアングルですから当然無理ですね。……これは真鍮です」

 それでも、教室にはどよどよと動揺が広がっている。
 中だるみしてきた授業に、黄金という餌で興味をひかせ集中力を取り戻させる。
 なるほどシュヴルーズという教師は、メイジとしてはもとより教師としても実力者なのだと思えた。
 まあ、中には何を勘違いしたのか、

「じゃあ、土系統を極めれば俺も億万長者になれるかも?」

 などという浮かれた声も聞こえてきたわけだが、それは即座に否定された。
 O・R・Zの形で項垂れる男子生徒。

「えー、それではこの『錬金』をどなたかにやってもらいましょう。そうですね……。
 ミス・ヴァリエール、前へ出なさい」

 突然のシュヴルーズの指名に、ルイズが硬直する。
 同時に、教室中の空気が「ゲッ!」という形に固まった。

「……? どうしたのですか、ミス・ヴァリエール。早く前へ」

 その空気に疑問符を抱きながら、シュヴルースがルイズを促す。
 その時、赤髪に褐色の肌をした女子生徒が勢いよく立ちあがった。
 豊満な乳房が慣性に負け、盛大に、揺れる。

「…………」

 その様子にルイズがなにやら苦い顔をしたように見えたが、番長は気づかないふりをした。

「ミセス・シュヴルーズ、その……やめておいたほうがいいと思います」

「どうしてですか? ミス・ツェルプストー」

「危険です」

 その表情は真剣そのものだ。
 その言葉に、番長も疑問符を浮かべる。危険とはどういうことであろうか。
 ルイズの魔法が失敗ばかりだというのは、先ほど知ったばかりだが、
 まさか漫画やアニメのように爆発するというわけではないだろう。

「危険? どういうことですか?」

「……爆発します」

 たった今、同じ事を否定した番長は思わず「ブッ」と噴き出した。
 ギロリ、と左斜め上からの視線が痛い。

「先生はルイズを教えるのは初めてですね?」

「ええ、そうです。しかし、彼女については前任の先生から聞いてますよ。なんでも大変な努力家だとか」

「その努力がやばいんですよ」

 もう一度言うが、彼女の表情は真剣そのものだ。
 少なくとも、見くびりや嘲りでそう言っているのではない。
 彼女が身をのり出す度に揺れる豊満な胸も、その主張を煽っていた。
 それと正反対に、身をかがめていく男子生徒が数名見受けられたが。

「ミス・ツェルプストー。私は先ほども言いましたよ。お友達を侮辱するものではないと」

「ですから、違うんです! 私は……ムグッ!」

 瞬間、ツェルプストーと呼ばれた少女の口が粘土で塞がれた。
 もうどうなっても知らないからねと言わんばかりの表情で、赤髪の少女は着席する。
 危険と言い放ったわりには、余裕のある態度で手をヒラヒラさせていた。
 ふと、その隣に座る青髪の少女と目が合った。しかし、その視線はすぐに外される。

(……?)

「さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい」

「貴女の魔法に失敗が多いことは聞いていますが、自信を持ちなさい。失敗をおそれては何もできませんよ?」

 教室が「じゃあなんで爆発のことは聞いてないんだよ!」「失敗が多いんじゃなくて0なんだってば!」
 という表情で埋め尽くされる。しかし声には出さない。無駄だからだ。
 すでに生徒の半数近くは机の下に隠れたり、教室から脱出する準備を始めている。

「……やります」

 意を決したようにルイズが立ち上がり、前に出た。
 ざわっ! と教室のざわめき声が一気にボリュームを上げる。

「おだまりなさい!」

 ついには声を荒げたシュヴルーズの一喝に、教室が静まりかえった。

(……なんなんだ、これは)

 突然、連続強盗殺人犯が生徒全員を人質に立てこれば、これくらいの緊張感になるだろうか。
 それともピクニックの最中に巨大な人食い熊があらわれた感じか。
 全員が、固唾を飲んでルイズの一挙一動を見つめている。

 そんな中、ついにルイズが呪文の詠唱を始めた。
 ルイズの持つ杖の先に集中する魔力の奔流が、風のように感じられる。
 それは渦をまきながら、ルイズの周囲に集っていった。

 番長は『アナライズ』能力を持たない。
 これがもし、りせであったならもっと上手く感じられたのだろうか。

 ―――それが危険だということに。

「……えっ? なにこれ!」

 ルイズの杖の先から、収まりきらぬ魔力があふれ出すように薄紫の光が放たれた。
 ルイズの失敗魔法は爆発する―――その事実を知っているはずの生徒達が驚きに眼を見開いている。
 そしてそれは、ルイズも同じだった。

(これは……まさか!)

「まずいっ!」

 思わず飛び出した。

 この魔法……いや、この力に番長は憶えがある。
 あらゆる属性を無視し、あらゆる防御を無効化し、全てを破壊の渦に巻き込む万能攻撃。


 『メギドラオン』

                オーバーリミット
 しかもこのエネルギー量は9999メギドラオン。
 『最強の女帝』が得意とした、全てを灰燼に帰す究極の破壊攻撃。
 このままだと、この教室くらいまとめて吹き飛ばしてしまうだろう。
 下手をすれば、この教室棟ごと粉みじんかもしれない。
 だが、どうする? メギドの火は、あらゆる防御を無力化する。
 考えている暇はない。もしアレがあのまま肥大化して爆発したら、最悪死人が出る。

「みんな逃げろ! 飛べる人は全員窓から外へ! できるだけ遠くに離れるんだ!」

 突然の声に、教室にいる全員が驚きの表情で番長を見た。
 番長に注視していた青髪の少女がいち早く反応する。

「……逃げて」

 自ら行動すると共に、隣にいた赤髪の少女ツェルプストーにも声をかける。
 そこで初めてことの重大さを知ったツェルプストーが駆け出した。

「みんな! 逃げるのよ!」

 まず最初に青髪の少女とツェルプストーが窓から飛び出した。
 【フライ】の魔法で、空高く舞い上がる。

「な……なんかヤバイらしいぞ!」

「なんなんだよぉっ!」

「逃げろ! いや、俺が逃げるぞ! どけよっ!」

 パニックになった。
 生徒全員が窓に殺到、生徒数人の体積に耐え切れず軋みをあげている。
 その様子に、番長は自らの失敗に舌打ちしたが、パニックを考慮している暇はなかった。

「落ち着け!」

「まだ爆発までは時間がある! 落ち着いて順番に避難するんだ!」

「さあ、先生も!」

 ルイズの隣で半ば腰を抜かしていたシュヴルーズは、その声に気を取り直したのか
 毅然とした態度で立ち上がった。

「……いえ、私は教師です。生徒の安全を守る義務があります」

「しかし」

「大丈夫、生徒達を誘導したら私も避難します」

「ここは、お任せしてよろしいのですね?」

 コクリ、と番長が頷く。

「……信じます」

 それだけ言って、シュヴルーズは窓に殺到する生徒達の元へ駆けた。

「みなさん! 落ち着いて、順番に! 順番に避難すれば間に合います! 落ち着きなさい!」

 その声で、生徒達はやや落着きを取り戻したようだ。
 シュヴルーズの誘導に従い、【フライ】で飛び上がっていく。
 あっちはもう安心だろう。次はルイズだ。

「ルイズ……落ち着いて、聞こえてる?」

「あ……な……こんな……なに……これ……」

 予想通り、ルイズもパニックを起こしていた。
 自分の預かり知らぬ力が自分から溢れ、今まさに強大な破壊を巻き起こそうとしているのである。
 無理もない。顔は真っ青になり、その体は小刻みに震えていた。
 既にメギドの火は、臨界寸前まで膨張し、ルイズの意思を離れている。
 杖を手放させれば逃げることもできるが、ルイズの手はガチガチに硬直し
 手を放そうにも、自分の意志ではどうにもならなくなっていた。

「落ち着いてルイズ。『それ』は君の力の一つだ。扱い方は俺が知っている……任せるんだ」

「……アンタ……に……」

「俺は君の使い魔だ。使い魔は主を守るんだろう? 大丈夫、俺が君を守る」

「あ……」

 一本ずつ、ルイズの細い指を開いていく。
 徐々に体の震えも収まってきたようだ。
 開ききった小さな手から、杖が離れた。
 刺激しないように、ゆっくりとそれを床に置く。
 だが、やはり力の膨張は止まらない。
 一体どれほどまでに膨れ上がるのか、そして―――。

(どれだけの力を秘めているんだ)

 未だ緊張のとけきらぬ小さな少女を見る。
 ゼロのルイズ―――魔法を使えぬメイジ。
 それは違った。強大すぎるその力故に、制御ができなかっただけなのだ。
 魔法の失敗が不発ではなく、爆発という形で起こっていたのはそういうことだったのだ。

 だがしかし、何故今になってその力の片鱗を見せるに至ったのだろうか。
 クラスメイトの話を聞く限り、今までも失敗の度に爆発を起こしていたようではある。
 しかしそれは、ツェルプストーという少女の態度から察するに、
 後になれば、笑い話ですむような規模だったばずだ。
 たとえば同窓会で、高校時代の昔話を語るように。
 友人との酒の席で、お互いをからかいあうように。

 チリリと左手の紋章が疼いた。
 そういえば、自分も本来持たないはずの『アナライズ』もどきの力を行使した。
 魔力の流れをつかみ取るような感覚は、ルイズの力を探るような力は、今までの番長にはなかった力だ。
 もしかすると―――

「ミスタ・バンチョー! 生徒の非難は終わりました。貴方達も早く!」

 シュヴルーズの声だ。
 見ると、教室には誰もいなくなっている。

「先生も早く脱出して下さい」

「なにを言っているのですか。言ったはずですよ、私には生徒の安全を守る義務があります!」

「……ではルイズを連れて行って下さい。俺は自分で何とかします。俺はここの生徒じゃありませんから」

「ちょ……バンチョー!?」

「ミスタ・バンチョー! なにを……そんなこと、できるわけがないでしょう!」

 ルイズの持っていた杖に目を向ける。
 紫炎の光はますます大きさを増し、教室全体が大きく地響きを立てている。
 もういつ爆発してもおかしくない。

「では聞きますが、貴女方の使う飛行魔法は人2人を抱えても十分に機能しますか?」

「それは……」

「ですから、俺は自分でなんとかします。ルイズなら軽いし、なんとか飛べるでしょう?」

「しかし……」

「早く! もういつ爆発してもおかしくないんです!」

 怒声一括。番長の声が教室に響く。
 有無を言わせぬ怒声。それは熟練のメイジたるシュヴルーズの意思をも貫いた。

「……わかりました、ミスタ・バンチョー。ここは貴方にお任せしましょう」

「ミ、ミセス・シュヴルーズ!?」

「さあ、ミス・ヴァリエール。私につかまりなさい。彼の覚悟を無駄にしてはいけません」

(覚悟……? なによそれ。なんでそんなものが必要なのよ。死んじゃうってコト?)

 突然で、いきなりで、突発的な展開にルイズの思考は混乱していた。
 心の表面を滑る、理屈的な思考がこんがらがりまとまらない。

(私の使い魔が? 私の初めての使い魔が?)

 故に、真っ先に湧き上がったのは根本にある、単純かつ純粋な感情であった。

(ふざけないでよ……ふざけてるわよ!
 ふざけるな……ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな!)

 それは、妹にお気に入りの人形を取られてしまった時のような、独占欲に似た怒り。
 自分の大事な物をふみにじられそうになった時の、矜持によく似た怒り。

「ふ……っざけるんじゃないわよ!!」

「……ルイズ?」

「なによそれ! 私を助けるために自分は犠牲になろうって!? ふざけるんじゃあないっ!」

「いや、別に犠牲になろうなんて……」

 これは本音だ。
 若い身空で、こんな異郷の地で、昔の仲間に再開も果たせずに死にたくはない。
 ただちょっと、危険な賭けをするだけだ。
 最悪、自分だけならギリギリ耐えられる。そんな自信もある。

「じゃあ何よ! 死ぬような危険があるからみんなを慌てて避難させたんでしょ!? 空も飛べないくせにどうやって助かるつもり!?
 本っ……当にふざけんじゃないわよ! アンタは私の使い魔なのよ! 主に使い魔を見捨てる恥をかかせるつもり!?
 言っておくけど貴族はね! 魔法が使える者を貴族って言うんじゃないのよ!」

 そこでルイズは、番長にその細い指を突き付けた。

「どんな危険を前にしても、決して背を向けない者を貴族と呼ぶのよ!」

「おお……ミス・ヴァリエール……」

(あー……なんだろう。この良いこと言ってやったって雰囲気。
 先生はなんか感動してうるうるしちゃってるし。
 そういうこと言ってる場合じゃないんですけど。言ってる場合じゃないんだけど……)

 やれやれと頭を振りながら、番長はため息をついた。
 どうやらこのご主人さまは、素直じゃないが番長を心配しているようだ。
 召喚したとたんに悪態をつき、散々無下に扱ってはきたが、
 ルイズなりに番長に対し、一匙の情を傾けていたのかもしれない。

「……わかった」

 危険な賭けだったはずだ。

「じゃあ、ルイズも先生も、俺にしっかりつかまってて」

「……なにをする気?」

 だがどうだろうか。
 番長はこの小さな少女の一言で、失敗の可能性を否定した。
 ふと左手を見る。そこには契約の証したる、使い魔の紋章が刻まれていた。
 もしかすると、彼はこの世界へ来たその瞬間に、一つの絆を手にしていたのかもしれない。

 キュイイイイィィィィィン……。

 メギドラオン爆発の直前に発生する発動音。
 もう本当に限界だ。

「ペルソナ……カーシー!」

 番長の手に、一枚のカードが浮かび上がる。
 そこには『太陽』の絵が描かれていた。

「え……? なに、これ……」

 そのカードを包み込むように握りつぶす。
 放たれた青い閃光と同時に、耳の長い獣の幻影が姿を現した。
 獣は、番長に寄り添うように、守るようにそばに浮かんでいる。

「い……犬?」

(よし……いける)

 瞬間、ルイズの杖の先に灯るメギドの火が、ひときわ大きく瞬いた。

「『トラエスト』!」


 ドオオオオオオッ!


 紫炎の奔流が、教室という狭い空間で渦を巻く。
 教室内の固定していない全ての物は吹き飛ばされ粉々になった。
 固定している物も、全てが紫炎にやかれ消炭と化した。
 尚も魔力の奔流は止まらず、教室の外にまでその破壊の手を伸ばそうと暴れまわる。

 ゴオオオオッ!

「ひいっ!」

「うわっ!」

「きゃあっ!」

 その衝撃は、上空に避難した生徒達の元へも届いた。
 それは生徒達を傷つける程のものではなかったが、未熟な者の【フライ】の効果さえ吹き飛ばし
 危うく落下しそうになる者がいた。

 そして、後には無残にも廃墟と化した教室が、かろうじて原型をとどめて残されていた。
 不幸中の幸いとしては、開け放たれた窓からほとんどのエネルギーが解放されたおかげで
 外壁の一部が破壊された以外は、周囲に大きな被害がなかったことであろうか。

「……とんでもないわね、コレ」

 全てが終わった後、状況の確認に戻ったツェルプストーが冷汗を流していた。

「……不幸中の幸い」

 一緒についてきた青髪の少女がボソリと呟く。

「そうね……」

 見る者が見れば、幾多の偶然と緻密な力の作用が奇跡的な確率で重なってこの程度で済んだことがわかるだろう。
 その惨状は、若くしてシュヴァリエを受勲した少女にも冷や汗をかかせるに十分であった。
 もしも、これが屋外で放たれていたとしたら、おそらく100メイル規模のクレーターが出来上がっていたことだろう。

「これだけの魔力をルイズが放ったってわけ? じょーだんじゃない、なにがゼロのルイズよ」

「……そのルイズは?」

「え? ……あ、そう言えばアイツ、飛べないんだっけ。
 こんだけのコトができてコモンルーン一つ使えないなんて、どんな出鱈目よまったく」

 そう言いながら、ツェルプストーが周囲を見渡す。
 周囲に人影はなかった。また、その気配もない。

「……まさか」

 ツェルプストーが最悪の事態を想像し、再び冷汗を流した時だった。

「大丈夫……だと思う」

 青髪の少女が本を片手に呟いた。

「なんでよ」

「……使い魔」

「使い魔? って、あの平民の男? そりゃ、ちょっと……いや結構……かなりイイ男だったけど。それが?」

 まー、彼に助けられたようなものだけどねー。と付け加える。

「…………」

「……ま、いーけどね。タバサが大丈夫っていうならきっとそうなんでしょ」

 だが、タバサと呼ばれた少女は、それきり本に向ったまま何も語らなかった。



 ※※※



「どうやら、助かったか」

 魔法学院の一角、塀に囲まれた草原の隅で、そう番長は呟いた。
 偶然にもそこは、番長がこの世界に呼び出された際、初めて降り立った召喚の儀式の庭であった。
 シュヴルーズは、突然の転移に目を回し気絶して横たわっている。

「どうやら助かったか、じゃないわよ!」

 ルイズは何故かプリプリしながら、番長を問い詰めている。
 いちいち眉に皺をよせなくては人と話せないのだろうか。

「説明しなさいよ。アレはいったい何? 何が起こったの?
 あの変な生き物は? 光るカードみたいなのは? 瞬間移動?
 パーッてヒューンってパッてなんなのよ。どうなってるの一体。
 あの爆発は私がやったの? アンタ知ってるって言ったわよね。どういうこと?
 なんなのよアレは説明しなさい!」

「あー……少し落ち着け」

「落ち着けって……はぁ、わかったわよ。……ったく……順に説明しなさい」

「そうだな……まずあの爆発は、間違いなくルイズの力だよ」

「…………」

 ルイズの喉奥からゴクリと音がした。
 アレが自分に眠る力だとしたら、それは嬉しい。
 なにしろ生まれてこのかた、まともに魔法を使えた試しがなく、父と母にも見放され
 長い間ゼロのルイズと罵られてきたのだ。
 あの力を使いこなせたら、今まで馬鹿にしてた連中を見返すことができる。
 もう誰にも馬鹿にされることはなくなるだろう。
 だが―――逆に制御できなければ……。

 ルイズの脳裏に脱出直前の光景が鮮明に映し出された。
 あの魔力量、そして密度、あの後どうなっているであろうかは想像するに厳しくない。
 間違いなく、二度とあの教室は使い物にならないだろう。

「『メギドラオン』、それに近いものだと思う」

「……めぎどら……何?」

「『メギドラオン』。俺がここに来る前にいたところで、仲間の一人が得意としていた力だよ」

「ちょ……アンタの国では、あんな力を使える人間がゴロゴロいるって言うの!?」

 冗談ではない。あんな力を持った人間が、もし仮にトリステインに攻めて来でもしたら
 ひとたまりもないではないか。むしろ、今まで攻めてこなかったのが不思議なくらいだ。
 ルイズはその光景を想像し、ゾッと身震いした。

「大丈夫だよ。そんなゴロゴロいるわけじゃない。それに俺の国は……すごく遠いから、
 ルイズが想像しているようなことにはならないと思うよ」

「そ……そうなの」

「だけどそうだな……『メギドラオン』とは限らないけど、同じような力は多分本来誰でも持ってる力なんだと思う」

「誰でも……?」

「そう、ただみんな、それから眼を逸らしているだけでね。認めたくないんだ」

「認めたくない……? あんなにすごい力なのに?」

「うん……まあ、いろいろとね、あるんだよ」

「?」

 番長は思う。ルイズの力の源はなんだろうと。
 力の源、すなわち自分の半身。つい目をそらしたくなる負の側面。
 魔法が使えないことに関するコンプレックスだろうか。
 だが、それは彼女の持つ一面にすぎないだろうとも思う。
 彼女の抱える側面。それはもっと奥の深いものかもしれないと番長は考えていた。

「じゃあ……アンタも使えるの? そのめぎどらなんとかってヤツ」

「『メギドラオン』ね。ああ、使えるよ。まあ、ルイズのほど強力ではないけどね。
 そうだなぁ……外で使えば30メートル……こっちでは30メイル? の穴をあけるくらいかな」

「そ、それでもとんでもないわよ!」

「そう?」

 TVの世界では巨大な目玉とか、神話に登場する女神の名を持つ敵と戦ってきたせいか、
 その辺の基準がいまいち大雑把な番長であった。

「あの時現れた犬みたいなのも、アンタの力なわけ?」

「ん? ああ、カーシーだね。アレはなんて言うか……もう一人の自分、でわかるかな」

「……わかんないわよ。もっとわかりやすく説明しなさい」

「ペルソナって言ってね。簡単に言えば、力の源みたいに覚えておけばいいよ」

「力の源……ねぇ」

「あれは、人それぞれ姿が違って、使える力も違う」

「あの瞬間移動も?」

「瞬間移動とはちょっと違うかな。アレは『トラエスト』って言って、ある場所から脱出するためだけの力なんだ」

「ふーん、案外不便なのね」

「不便……ね」

 番長は少し苦笑した。
 これでも自分たちのピンチを幾度か救った能力ではあるのだが。

「まあ、俺はカーシーの他にもいくつか別のペルソナを持ってるんだけど」

「他にも?」

 番長はカーシーの他にも、計12体のペルソナを持っている。
 半身といいながら12もあるのはどういうことかとも思うが、あるものは仕方がない。
 イゴールならばもっとちゃんと説明できるのだろうが、特にその必要はないだろう。

「ねえ……それって、私にも使えるのかしら」

 本題が来たな、と番長は思った。
 ルイズはソワソワと落ち着かな気に、それでいて期待するような目で番長を見ている。

「そうだな……さっきも言ったけど、これは誰でも持っている力だと俺は思ってる。
 もしかしたら、ある程度の素質は必要なのかもしれないけど……あれだけの力を発揮した
 ルイズならたぶん大丈夫なんじゃないかな。きっかけさえあれば」

「じゃ、じゃあ……!」

「でも……ルイズには必要ないと思うけどね」

「……なんでよ」

「魔法があるじゃないか。今は上手く制御できないかもしれないけど、
 ちゃんと制御できるようになれば、すごいメイジになれるよきっと」

「そ……そんなの無理よ」

「何故?」

「何故って……アンタも知っているでしょ? 私のあだ名」

「ゼロのルイズ……か」

 番長は思い出す。
 クラスメイトからゼロのルイズと罵られたときの、あの悔しそうなルイズの顔を。
 一人、悔しさに耐えながら肩を震わせたルイズの姿を。

 でも、だからこそ……と思う。
 向かい合った結果ならばいい。だが、魔法が使えないことの逃げ道に
 ペルソナを選んでも、きっとペルソナは応えてはくれない。

「そうよ……私だってなにもせずに嘆いてるわけじゃない。精一杯努力してきた」

「…………」

「ずっとずっと何年も、頑張ってきたもの。それでも駄目だった。
 ……その上……あんなもの見せられたら……怖いじゃない」

 最後の言葉は聞こえるか聞こえないかの小声だった。
 あのプライドの高いルイズが肩を抱いて震えていた。

「……どんな危険にも、背を向けない者を貴族と呼ぶんだ」

「……!」

「逃げちゃだめだルイズ」

「ア……アンタに何が……!」

「俺は言ったよね。ペルソナの力は、認めたくない力だって」

「……ええ、言ったわ」

 一瞬、頭に血が上りかけたルイズだったが、思いもよらぬ力の籠った声に反論ができなかった。

「あれはそのままの意味なんだよルイズ。認めたくない自分自身。目をそらしたい自分の汚い部分。
 そういった自分をありのまま認めて、乗り越えた時にそれは姿を現す」

「……アンタも、そうだったわけ?」

「ん? 俺? いや……俺はそんなことなかったかな」

「な、なによそれ!」

 説得力ガタ落ちである。

「ま、まあ、俺はきっかけがちょっと特殊だったから」

「…………」

 ジト目だ。

「と、とにかく、そういうことだから。
 魔法が使えないことの逃げ道にペルソナを選んでも、きっとペルソナを使えるようにはならないよ。
 もし、きっかけがあったとして、それを乗り越えられなかったら……」

「乗り越えられなかったら?」

「……自分に殺される」

「!」

 ゾッとした。
 具体的にそれをイメージできたわけではない。
 ただ、自分に殺されるというその言葉に、もしかするとそういったものを経験してきただろう番長の言葉に、
 ただ言いようのない恐怖を感じていた。

「じゃ……じゃあ、どうすればいいっていうのよ! 魔法は使えない! ぺるそなとやらも駄目!
 どうすればいいの? もうゼロなんて呼ばれるのは嫌なのよ!」

「ある人が言ってたんだ」

「なにもないってことは、無限の可能性をもっているってことなんだって」

「無限の……?」

「そう、何者でもないからこそ、何者にもなれる。無限の可能性をもつゼロの力」

「ゼロの……力」

「ゼロのルイズ。いいじゃないか。見せつけてやればいい、ルイズの持つ、虚無で無現の力」

「虚無……」

 ルイズの心になにか引っかかるものがあった。
 番長の語る抽象的なものではない。もっと現実的な、失われた力の伝説。
 今やおとぎ話と同列に語られながら、いまだ語り継がれる伝説の力。

「ルイズ、俺はね。ドラゴンになろうと思う」

「は?」

 頭のてっぺんから声が出た。
 いきなりなにを言いだすというのか。

「な、なによいきなり。人がドラゴンに? バッカじゃないの?」

「別になんでもいいよ。太古の魔人でも、伝説の巨人でも、白い悪魔でも」

「だから……」

「使い魔は、主の実力を表す―――」

「あ……」

 ここでやっと、ルイズは番長の言いたい事を理解した。

「だからルイズ。俺は何者にでもなろうと思う。
 ルイズが自慢できるような、胸を張りたくなるような、そんな使い魔に。我が主のために」

 まったく……いちいち回りくどい言い方をする男だ。

「……私の要求は高いわよ。覚悟はできてる?」

「存じております。マイ・マスター」

 ゾッとした。別の意味で。

「や、やめてよ。アンタにそんな呼ばれ方したら鳥肌が立つわ」

「じゃあ……ルイズ様?」

「アンタね……さんざん人を呼び捨てにしといて、白々しいわよ。いいわルイズで」

「そう? じゃあルイズ―――」

「今後とも、ヨロシク」

 これまでより、ほんの少しだけ晴れやかな気持ちで歩き始めたルイズ。
 全てが氷塊したけでではない。しかし番長の言う『きっかけ』とは少し違うものが
 自分の中で芽生えるのを感じていた。

 そして―――

 すっかり忘れられたシュヴルーズが同じ場所で発見されたのは、深夜を過ぎてからであった。




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