あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと夜闇の魔法使い-08


「諸君、決闘だ!」
 ヴェストリの広場にギーシュの声が高らかに響き渡った。
 宣言に周囲の生徒達はおざなりな歓声とまばらな拍手を起こす。
 ギーシュは日に日に減っていくギャラリーに一抹の寂しさを感じながらも、それでも気を取り直して正面にいる青年を睨みすえた。
 しかし青年――柊はギーシュに与えられた剣を肩に担ぎ、面倒くさそうに生あくびをしながらギーシュを見やる。
「やる気あるのかねキミは!? 決闘なんだからもうちょっと真面目に構えたまえよ!」
「んな事言ったってなあ。いくら日曜――じゃねえ、虚無の曜日だっけ。休みだからって朝っぱらからやるこたねえだろ……」
 はあと溜息をつきながら柊は剣を軽く振り、自然体――というか気の抜けきった様子で剣を構えた。
 一方で気合十分のギーシュは鋭く薔薇を振るい、七体のワルキューレを創造する。
「今日こそ年貢の納め時だ……今まで僕が味わってきた屈辱をまとめて思い知るがいい!」
 言うが早いがギーシュは号令のように薔薇を振り下ろし、同時にワルキューレ達が一気呵成に柊に突進してきた。
 迫ってくる青銅の戦乙女を眼前に、柊の目が僅かに細まる。

 柊は剣を振った。

ギーシュ&ワルキューレ「うわーだめだー」

 ギーシュはやられた。



 ※ ※ ※



 ――ルイズとエリスが契約を交わしてから約一週間が経過した。
 あれからルイズに何か変わったことがあったかというと、何もなかった。
 魔法を使えるようになった訳でもないし、周囲からのゼロ呼ばわりがなりを潜めた訳でもない。
 柊やエリスに関してもただ単に人間という変り種を召喚したというだけで、別段に他のメイジとは違う扱いをされたこともほとんどなかった。
 エリスが使い魔になって身の回りの世話をし始めるだのといった細々とした変化はあったものの、劇的な何かなど何一つもない。
 結局のところ、普通のメイジが行う通過儀礼を普通にやったというだけだった。

 そんな訳で、ルイズは今日もやはり普通にアルヴィーズの食堂で朝食を取り終えた。
 授業が休みになる虚無の曜日は王都であるトリスタニアに行く者がいたり昼まで寝ている者がいたりするため、朝食を取りに姿を現す生徒は少ない。
 加えていえば明日にはフリッグの舞踏会が催されるとあって生徒達は準備に忙しいらしく、食堂にはいつもより輪をかけて生徒の姿は見られなかった。
 ルイズが頬杖をつきながら閑散としている食堂をぼんやりと見つめていると、品行方正たる貴族に相応しくない格好と仕草の青年が食堂に入ってくる。
 軽く肩を回しながら歩を進めるその青年――柊の姿を見てルイズの眉が僅かに曲がった。
「うーっす」
 目立つピンクブロンドの少女を発見した柊がのんびりとした声を出しながら歩み寄り、隣の席に座る。
 彼の行動をじっと見つめた後、ルイズは溜息まじりに口を開いた。
「また決闘?」
「まあな」
「これで何度目よ。よくやるわね、どっちも……」


初めて決闘を行った時、ギーシュは半ば(というか完全に)キュルケに巻き込まれる形で柊と相対する羽目になった。
 なので、それに敗北した因縁はあるもののそれ以降彼は柊と関わる縁などないはずだった。
 だが、決闘の後のこと。
 ギーシュは巻き込まれる要因となったモンモランシーの香水の瓶を取り返そうとしたが、決闘直後のごたごたやキュルケ自身が完璧に忘れていた事もあって中々チャンスが訪れなかったのだ。
 そのチャンスは夕食の後に訪れたが、それとなく促したにも関わらずキュルケが(まず間違いなく故意に)周囲に知らしめるようにばらしてしまったため修羅場と化してしまったのだ。
 ケティには体が半回転するほど強烈なびんたを叩き込まれ、モンモランシーにはワインを頭から被せられた。
 そして散々に罵られた挙句、去り際に彼女は言った。
「平民なんかに負けた根性なしなんて、こっちから願い下げよ!」
 ……モンモランシーは興味がなかったので決闘を見ておらず、『ギーシュが平民に負けた』という結果しか知らなかった。
 かくしてギーシュ・ド・グラモンは正真正銘自身の名誉のために柊に戦いを挑むことになったのである。

「……まあ、ああいうタイプは嫌いじゃねえからな」
 うんざりしながらもどこかまんざらでもない調子で返した柊に、ルイズは溜息をついた。
 給仕に並べられた食事を前に、柊が「いたただきます」と手を合わせる。
 そしてパンに噛り付いたところで、ルイズははっとして思わず席を立った。
「ってちょっとアンタ、何勝手に食べてるのよ! ここはあんたみたいなのが――」
 泡を食って詰め寄りかけたルイズに、しかし柊は全く動じずパンを咥えたまま軽く床を指差した。
 謎の行動に訝しみながらもルイズが視線を落とす。
 そこには、
「くっ……くくっ、屈辱だ……なぜ僕がこんな臭い飯を……」
 床に正座して、どうどうと涙を流しながら硬いパンを齧っているギーシュがいた。
 ルイズはしばし二人を交互に見やった後、ジト眼で柊をねめつける。
「……どゆこと?」
「一方的に喧嘩売られるだけってのはワリに合わないんで、色々賭けてんだよ。メシとか、寝床とか」
「最近いないと思ったら……」
 呆れた表情で溜息をつき、席に座りなおすルイズに柊はしかめっ面をしてみせる。
「当たり前だろ。あんな生活耐えられっかよ」


 ※ ※ ※


 学院長への報告を終えて事態が収まったその日の夜。
 夕食を取るために三人はアルヴィーズの食堂に赴いた。
 三人並んで席に座ると、ルイズが柊を睨みつけて言った。
「何座ってんの?」
「は? だって食事だろ?」
「ここは貴族が食事と歓談を愉しむ場なの。エリスはわたしの使い魔だから特別。あんたはこっち」
 偉そうに胸を張り、ルイズが床を指差した。
 そこには見るからに硬そうなパン一つと、スープだけがトレイに乗せられていた。
「…………」
 柊はエリスの家で同居し始めた夜、くれはにペット用の缶詰を出されたのを思い出した。
 あの時は冗談だったが、今回は冗談ではなかった。

 食事の後、三人はルイズの部屋に戻った。
 エリスと柊はルイズの預かり、という事で部屋も一緒になったのだ。
 ベッドは貴族の部屋らしく相当に大きく三人でも川の字で寝られそうなほどだったが、流石に女の子二人と同衾できるほど柊は無神経ではない。
 だが見回しても寝られそうなソファはなかった。
「俺はどこで寝るんだ?」
「そこ」
 ルイズは至って当然のように床を指差した。
 貴族の部屋なので隙間風は入らないだろうが、そんな感じの床だった。
「…………」
 柊はエリスの家で同居し始めた時、くれはによってベランダに叩き出されたのを思い出した。
 エリスの住んでいたマンションは秋葉原の一等地、その最上階だけに空き部屋はありそうなものだったが、何故かずっとそのままベランダ暮らしだった。
 あの時も冗談ではなかったが、今回もやっぱり冗談ではなかった。


 ※ ※ ※


「なんで扱いが悪くなってんだよ!?」
 柊は怒りと共にテーブルを叩いたが、当のルイズは全く悪びれた風もない。
 彼女は柊の声をそよ風のように受け止めて髪を軽くかきあげると、轟然と足を組んで柊を見据えた。
「ここに置いてあげるだけ感謝しなさいよ。ぶっちゃけ、エリスがいるからあんたもういらないし。嫌なら出て行って構わないわよ?」
「お前……っ! 帰る方法が見つかるまで責任持つって言ってただろ!?」
「だから世話してあげてるじゃない。それでも出て行くって言うんなら無理には止めないわ」
「こ、こいつ……!」
 恐るべき手のひらの返しっぷりに柊は絶句するしかなかった。
 無論ファー・ジ・アースに戻る手段さえ見つかればこんな環境ともこんな世界ともさっさとおさらばしたいところではある。
 だが現状でその方法は見つかっておらず、そして手がかりが得られそうな場所はここしかないのだ。
 そしてその作業は難航していた。
 何しろこの世界では口語ならば召喚のゲートの作用なのか自動的に翻訳がなされるが、文字媒体にはそれが適応されずまったく読めないのだ。
 よって、手がかりとなりうる図書室の資料も読むことができない。
 そのため今は情報収集の前段階、ハルケギニアの文字を学んでいる所なのである。
 習得速度だけは通常の外国語習得よりも早くなっているようだが、それでも状況はよろしくない。
 柊は学生時代学校に行きたがってはいたが、別に勉強ができる訳でも好きな訳でもなかったからだ。
 ……それはともかく。
 強気な態度のルイズに何も言い返す事ができずに柊が歯を噛んでいると、床の方から救いの手が差し伸べられた。
「何を考えてるんだゼロのルイズーッ!」
 床に座って貧相な食事を取っていたギーシュが唐突に叫び声を上げたのである。
「なんであんたが怒るのよ!?」
「当たり前だっ!」
 ギーシュは正座したままジャンプして飛び上がると、二の足で華麗に着地してから手にしていた硬いパンをルイズへと突きつける。
「ヒイラギの代わりにこんなものを食わされ寝床を奪われる僕の身にもなれ!?」
「そんなの自業自得でしょ!? 嫌なら勝てばいいだけの話じゃない!」
「スクエアの杖を切るような奴に勝てるワケないだろーっ!?」
 決闘の後に解散させられてしまったため、ギーシュを初めとしてほとんどの生徒達はその際の顛末を知る事はできなかった。
 だが、その日を境に実習好き――というより実習にかこつけて自らの優秀さをひけらかすのが好き――で知られるギトーが全く実習を行わなくなったのだ。
 加えてその数日後に杖を新調したとあって生徒達の間ではその因果関係が噂となった。
 それとなく聞けばギトーは非常に不機嫌になって口を閉ざし、その場に残っていて顛末を語ってくれそうなキュルケは妖しい笑みを浮かべて否定も肯定もしない。
 こうなるとその噂は俄然信憑性を増して生徒達の間で語られているのである。

「……だったらそもそも決闘なんてやらなきゃいいじゃない」
「だってモンモランシーが……」
 生暖かい表情で指摘するルイズにギーシュが小さく漏らして顔を背けた。
 彼はしばしたそがれた後、気を取り直したようにルイズに向き直って再び手にしたパンを見せ付ける。
「だからせめてこの屈辱的な扱いの改善を要求する!」
「……」
 平民である柊ならともかく、ギーシュならば給仕に言えばちゃんとしたものに取り替えてくれるだろうに、あえてそれをしないあたり律儀といえば律儀なのかもしれない。
「大体にして、キミはヒイラギの扱い、引いては代わりにそれを請け負う僕の扱いが酷すぎる! 動物や幻獣ならまだしも人間に対してこの扱いはないだろう!?」
「動機は不純だがいいぞギーシュ! もっと言ってやれ!」
 柊の合いの手にギーシュは力強く頷くと、更に調子づいてまくし立てた。
「使い魔はメイジと一心同体、無二のパートナーなんだぞ!? ならばそれに相応しい待遇で迎えるべきだ!」
「……」
 しかし意気込んでいるギーシュとは対照的に、言われたルイズはやはり動じた様子もなくむしろ呆れた風な溜息をついた。
 彼女は優雅にテーブルに頬杖をつくと、ギーシュに向かって口を開く。
「失礼ね。わたしはちゃんと『使い魔』には相応の待遇を与えてるわ」
 ルイズは軽く指を立てて、まるで教師が出来の悪い教え子を諭すようにしてギーシュに言葉を続けた。
「いい? わたしの使い魔はエリスなの。だからあの子にはちゃんと普通に食事を出してるし寝床も与えてる。で、ヒイラギは使い魔じゃなくて――」
 そして彼女は立てた指をびしりと柊に突きつけ、断言する。
「ゲボクよ!」
「ゲボク……っ!?」
 ギーシュの眼がくわっと開かれ、身体がわなわなと震えた。
 そして彼はしばしの沈黙の後、ふっと笑みを浮かべた。
「ゲボクじゃあしょうがないな」
「しょうがなくないだろ!? あっさり折れんなよ!?」
 思わず叫んだ柊をよそに、すっかり諦めたのかギーシュは再び床に座り込んでパンとスープをもそもそと食し始める。
「これがゲボクの食卓かぁ……」
「眼ェ覚ませギーシュ! 人間の尊厳を思い出せ!? てか、この世界のゲボクはこんな扱いなのかよ!? 実はエル=ネイシアとかじゃねーのか!!」
 悟ったような顔つきのギーシュを柊はがくがくと揺さぶる。
 そんな二人の――というより、柊を見ながらルイズは小さく溜息を吐いた。
「……どうしてこんな奴がいいのかしら」
 エリスは柊の事をとても信頼している。それは尊敬や憧憬というよりは、敬愛や親愛と言ったほうが正しい。
 柊が強いという事に関しては認める。認めざるを得ない。
 仮にもメイジであるギーシュを相手にしないし、スクエアのギトーさえも退けるほどだ。
 彼に何度も助けてもらった、というのもあながち嘘ではないのだろう。
 だが、ルイズには目の前でギーシュと戯れているこの男がそれほど頼りになる人間だとは全く思えなかった。

「……そういえばあんた、決闘の時素手でやってんの?」
「あん? いや、一応剣もってやってるぞ。錬金だっけか、ギーシュの創ったあれでな」
「当然だよ。やるのなら正々堂々やるのが貴族だからね」
「素手の相手にゴーレムけしかけたお前が言うか!」
「じゃあキミも剣を使うと言えばよかったじゃないか」
「くっ……!?」
 魔剣を手放していた事をうっかり忘れていた柊は思わず呻いて黙り込んでしまった。
 ギーシュは勝ち誇ったように髪を掻き揚げると、いそいそと床に置かれた食事を再開する。
 ルイズは半眼になってそんな二人を見届けた後、僅かに考えた後席を立った。
「ヒイラギ、出かけるわよ」
「出かける? 何処に?」
「トリスタニア。色々買物があるし……ついでにあんたの剣も買ってあげる」
「トリスタニアっつーとこの国の首都だか王都だったっか……?」
 自分の剣が手に入る、と聞いて柊の表情が僅かに明るくなるが、しかし唐突といえば唐突な台詞に彼は怪訝そうにルイズを覗き込んだ。
「どうした、突然?」
「あんたはゲボクなんだから、わたしとエリスの護衛も仕事でしょ! 剣が使えるってことはわかったから、買ってあげるって言ってるの!」
「……まあ別にいいけどよ」
 切った張ったとは縁のない、今の平穏な学院生活からいけば剣よりもむしろ人並みの待遇が欲しい所ではある。
 が、それを言えばまたルイズがなんやかやと言い出してこじれてしまうのは明白だった。
 それなら大人しく剣を買ってもらったほうがいいし、それはそれで魔剣使いとしてはアイデンティティを取り戻せて嬉しくはある。
 柊は頷いてパンの最後の一切れを口の中に放り込んだ後、ふと思い出しだしたように顔をルイズに向けた。
「そういや、エリスはどうした?」
「……もう食事を終えて仕事に行ってるわ。たぶん洗濯」
「そっか。相変わらず真面目だなあ」
「毎日ギーシュと遊んでるあんたと違ってね。あの子を使い魔にして正解だったわ」
 ぴしゃりと言い放ったルイズに柊はぐっと言葉を詰まらせた。
 しかしエリスと違って特に何かをしているという訳ではない柊には、彼女の言葉はまったくの正論であるため言い返す事ができない。
 ついでにエリスの方が余分な仕事をしているにも関わらず、ハルケギニアに関する勉強は彼女の方が覚えがよかった。
 繰り返して言うが、柊は学校を卒業をしたかったのであって学校で勉強するのが得意でも好きでもなかったのである。
「ま、まあそれはともかく。出かけるってんならエリスにも言っとかねえとな」
「……」
 誤魔化すように立ち上がってから柊が言うと、ルイズの表情が唐突に曇った。
 不機嫌……とは違うようだったが、どこか気まずいような雰囲気を漂わせている。
「どうした?」
「……なんでもない」
 覗きこむ柊から逃げるようにルイズはそう言って、足早に歩き出した。
 ルイズの態度に小さく首を傾げながらも、柊は彼女を追って食堂を後にした。


 ※ ※ ※


 ルイズに先んじて朝食を取り終えたエリスは、本当の傍にある水汲み場で洗濯をしていた。
 本来の使い魔としての役割を何一つこなせそうにないために彼女の身の回りの世話をおおせつかった訳だが、その事に関してエリスは特に不満を感じることはなかった。
 孤児院にいた頃は年長組として子供達の世話を率先してやっていたのでルイズ一人の世話などさほど大変ではなかったし、食事も給仕達が用意するのでむしろ楽……少々物足りなさを感じてさえいる。
 今やっている洗濯にしろルイズ一人分なので全く手間ではない。
 洗濯機などという文明の利器があるはずもないこの世界では当然ながら総て手洗いで、流石にそれは初めての経験だったがこれはこれで新鮮で楽しかったしすぐに慣れてしまった。
(……そういえば)
 明らかに上物だろう、肌触りのいいルイズの服を洗いながらエリスは少し前に柊やくれは等と同居していた時の事を思い出した。
 あの時も洗濯はほとんど自分の分だけだった。
 柊は自宅が同じ秋葉原なので着替えを取りに何度か帰っていたし、くれはも同様な上に普段着ているのが巫女服なだけに洗濯する機会はなかった。
 灯に至っては着替えの必要性すら見出しておらず着の身着のままだったのである。
 流石に肌着などは洗濯もしたが、四人が同居している状態からすれば洗濯物は圧倒的に少なかった。
 エリスはそんな事を思い出しながら小さく笑みを浮かべ、次いで今の事を考える。
 出掛けにこのハルケギニアに召喚されてしまったため、当然ながらエリスと柊は着替えなど持っていようはずもない。
 その点に関しては二人が落ち着いて少し経った後エリスの分に関してはルイズが『解決』してくれた。
 今彼女が身に纏っているのは召喚されていたときに来ていた洋服ではなく、給仕たちが纏っているお仕着せである。
 とりあえずの間に合わせで彼女はそれを着ていたが、一方で柊は召喚された時の服のままだった。
 彼は特に気にしているようなことはなかったが、やっぱり洗濯くらいはした方がいいとエリスは思う。
 ああ見えて柊は家事全般に関しては人並み程度にはこなせるのだが、分担してやるよりは自分が柊の分もまとめてやってしまった方が効率的だろう。
 そんな事を考えながらも洗濯するエリスの手は淀みなく動き続け、次の洗濯物を手にとって思わず動きを止めた。
 眼を見開いてそれを凝視する。それはルイズの下着だった。
「……」
 僅かな逡巡の後、エリスはルイズの下着を手洗いし始めた。
 別にルイズの下着そのものがエリスの動きを止めた訳ではない。それを見てある事に思い至ったのだ。
 男物と一緒に洗濯するのは別にいい。それは全然問題ない。
 ただ、洗濯するというのならそれは上着や肌着だけではない。当然のことながら、下着だって洗わなければならない。
 柊が下着を履いていないという恐るべき事実があるならともかく、普通は下着を履いているだろう。
 なら、それを洗うのも当たり前だ。しかも手洗いで。
「……………………」
 エリスの顔がみるみる紅潮し、頭の中であらぬ妄想が駆け巡った。
 それを振り払うようにして彼女は手にした下着をがしがしと力強く洗い続ける。
 一心不乱に下着を泡塗れにしていると、横合いから悲鳴が上がった。
「エリスさん、そんな乱暴に扱ったら!?」
「!? あぁーっ!?」


「うぅ……」
「そんな気を落とさないで下さい。その……フォローはできませんけど……」
 洗い終えた洗濯物を干しながら、黒髪のメイド――シエスタが申し訳なさそうにエリスに声をかけた。
 エリスが勢いに任せて無茶苦茶に洗った下着は、結局ダメになってしまった。
 とはいえそれで気落ちする程度で許されるのはエリスがルイズの使い魔だからである。
 もしシエスタ達のような平民が生徒たちの――つまりは貴族の服を傷つけてしまったとしたら、それこそ身の破滅にも等しい失態となってしまうのだ。
 なので気の毒には思っていても、シエスタにはそれを執り成すことなどできようもなかった。
「いえ、悪いのは私ですから……ありがとうございます」
 召喚されて日が浅いとはいえその辺りの事は諒解しているエリスは気持ちだけ受け取って小さく頭を垂れた。

 エリスとシエスタ――というか彼女を始めとしたこの学院で働く人達との馴れ初めは、ルイズの世話をするあたって諸々の仕事を教わるために彼女等の下へ案内された事だった。
 貴族の使い魔……という事で当初は貴族同様に恭しく扱われていたが、同じ平民であることとその性格もあいまってエリスはすぐに彼女等に受け入れられた。
 十日ほどが経った今ではエリスはルイズの世話だけでなく、彼女等の仕事も幾分かは請け負ったりもしている(勿論ルイズの世話が最優先ではあるが)。
 そんな訳でエリスは、ある意味ではギーシュとの決闘しかしていない柊よりも遥かにこの世界に適応していたのだった。

「でも、どうしたんですか? 今までそんなミスなんてしなかったのに」
 洗濯物を干し終えた後、籠を抱えたシエスタは首を捻ってエリスを覗き込んだ。
 しかしエリスとしてはその理由を語るわけにもいかず、僅かに頬を染めて苦笑をもらす事しか出来ない。 
「いえ、その。ちょっとぼうっとしてただけなんです」
「そういえば最近寝不足とか言ってましたけど……それですか?」
「そうじゃなくってですね、ええと……」
 返答に窮してエリスは視線を彷徨わせた。
 最近寝不足、というのは確かにある。
 ルイズと契約を果たしてから三日ほど、仕事をそれなりに覚えて順調に行きだした頃から前後して、エリスは満足に睡眠を取ることができなくなってきていた。
 厳密に言うなら寝不足ではなく、恐らくは夢見か何かが悪いのだ。
 恐らくというのはその夢の内容を覚えていないからである。
 それが夢かどうかでさえ定かではない。ただ起きた時に気分が優れないのだ。
 意識が完全に覚醒するとすぐに消えてしまう些細なものではあったが、毎日続くとそれなりに気にはなってしまう。
 ……とはいえ、それは今シエスタが心配している事とは全く関係のないであるのは確かだった。
「柊先輩の事でちょっと考え事をしてただけ、です……」
 結局上手い誤魔化し方が思い浮かばず、エリスは頬を薄く染めながら囁くように漏らした。
 具体的な内容は勿論言う事はできなかった。
「ヒイラギ先輩……」
 それを聞いたシエスタの表情が僅かに曇り、彼女もまた黙り込んでしまう。
 彼女のそんな仕草にエリスが僅かに顔を上げて覗き込むと、シエスタは窺うようにエリスを見返し、おずおずと尋ねた。
「あの……ヒイラギさん、は……どんな方なんですか?」
「……」
 問われてエリスは咄嗟に答える事が出来なかった。
 だがそれは答え難くて言葉に窮したのではなく、幾度となく聞かれて少々辟易していたためだった。
 平民がメイジを倒すというのは柊達が考えている以上に大変な事であるらしく、それを成し遂げた柊は使用人たち――つまりは平民達にとっては注目の的になったのだ。
 彼等との関係が良好になり始めてから幾度となく柊のことについて聞かれたし、メイド達からも連れてきて欲しいと何度も言われた。
 なので――エリスは努めて柊を使用人宿舎には近づけないようにしていた。
 決して含むところはないが、断固としてそれは阻止しなければならないような気がしたのだ。
 ただ、そんな風に騒いでいる使用人達の中で唯一、比較的話題に乗ってこなかったのが目の前にいるシエスタだった。
 メイドたちの間でそういう話になると、彼女は決まって遠巻きに様子を窺ってくるだけなのだ。
 そんな彼女が珍しく直接尋ねてきたので、エリスは小さく首を傾げながらも彼女に向かって口を開く。
「柊先輩は学校の先輩で、色々とお世話になった人です」
「あ、いえ、それはもう知ってるんですけど、そうじゃなくて……」
「……?」
 定型の答えを返すとシエスタは苦笑を漏らし、僅かに顔を傾けて再び黙り込んでしまった。
 要領を得ないシエスタの態度にどう反応すべきかわからず、エリスは彼女の行動を見守ることしかできない。
 シエスタは口を開きかけて何事かを言おうとして思い止まり、そんな事を何度か繰り返した後――大きく深呼吸をして意を決したように顔をエリスへと向けた。
「あの……エリスさんは『サロウォン』ってご存知ですか?」
「さろうぉん?」
 謎の単語にエリスは思わず首を捻ってしまった。
 最近ハルケギニアのことに関する勉強をしているがこれまでにそんな言葉を聞いた覚えはない。
 どこかで聞いたか見たかしたような気がするのだが、上手く思い出せなかった。
「そのサロウォンって……」
「あ、知らないならいいんです!」
 エリスが疑問を出そうとすると、それを遮るようにシエスタが声高に叫んだ。
 そして彼女は抱いていた籠を抱えなおすと、どこか誤魔化すようにしてエリスに向かって言葉を継ぐ。
「もう洗濯も終わりましたから掃除に行きましょう。虚無の曜日は部屋でお休みになられている方がいますから、時間がかかるんです」
「はあ……わかりました」
 疑問を投げっぱなしにされた格好になるエリスとしては少しばかりわだかまりが残ったが、とりあえず頷いて脇においてあった籠を手に取った。
 と、
「お、いたいた」
 ルイズを伴った柊が声を上げて歩いてきた。
「あ、柊先輩」
「……!」
 声に釣られてエリスが振り返り、シエスタは何故か雷に撃たれたように固まってしまった。
 そんなシエスタの態度を見て柊は僅かに眉を潜め――そして半瞬の後はっとして声を上げた。
「あ、あんた――!」
「エ、エリスさん! 私、先に行ってますね! 失礼します!!」
「え?」
 エリスが反応するよりも速くシエスタはルイズと柊に向かって深々と頭を垂れると、踵を返して脱兎のごとく駆け出した。
「お、おい、ちょっと待てよ! なあ!!」
 慌てて柊が止めようとするが、シエスタは見向きもせず一目散に走り去ってしまう。
 あっという間に消えていったメイドの姿を三人はしばし呆然と見送り、やがて柊が苛立たしげに頭を掻いて唸った。
「くっそ、何なんだよ一体……!?」
「あんた……あのメイドに何したの?」
「俺が聞きたいわ! 初めて会った時もそうだが、人の顔見るなり今みたいに速攻で逃げ出してよ……!」
 ジト眼で口を出すルイズにそう返してから、柊は未だぽかんとしているエリスに向かい直って口を開く。
「エリス、今の子一体何なんだ?」
「え、と……ここで働いてる人で、シエスタさんです」
「そりゃここにいるしお仕着せだからそれはわかってっけど……」
「あと、タルブ村って所の出身だそうです」
「いや、出身とかそういうんじゃなくて……」
 困って頭をかく柊だったが、問われたエリスとしてもどう反応していいかわからないのだ。
 エリスとは普通に接しているので人見知りが激しいという訳ではないだろうし、学院には男子生徒も多いので男の人がダメ、という事もないだろう。
 なので彼女は柊個人を避けている、というのが妥当な線なのだがどうやら初めて会った時もそうであったらしい。
 しかめっ面して腕を組む柊に、ルイズが嘆息交じりに声を出した。
「知らないうちに何かしたとかじゃないの?」
「初めて会ったのが召喚された次の日だぞ。来た事もねえ異世界で因縁つけられるいわれなんざ――」

 ――あった。
 かつて異世界ミッドガルドに召喚された時、いきなり世界の敵認定されて狙われた経験がある。
 急に不安に押し寄せてきて柊は顎に手を当ててぶつぶつと呟き始めた。
「……この世界の古文書とかに俺の名前があったりすんのか? いやでも名前は名乗ってねえし……」
「メイドなんてどうでもいいわよ。それより早く行くわよ」
「っと、そうだった」
 見かねたルイズが言うと柊は埒のない思考を中断し、エリスに向き直る。
「俺達、これからトリスタニアってとこに行くからさ」
「えっ……」
「えっと、買物……でよかったよな?」
 問いかける柊にルイズは僅かにエリスから顔を逸らして頷く。
 そして言われたエリスは何故か驚愕の表情を浮かべ、二人をまじまじと凝視した後慌てた様子で口を開いた。
「か、買物……じゃ、じゃあ私も……!」
「ダメ」
「っ!? な、なんで……!」
「まだ仕事残ってるでしょ? あんたがやると言ったんだからちゃんとやりなさい」
「すぐ終わらせますから!」
「トリスタニアまで馬で三時間かかるんだから、待ってたら夜までに帰って来られなくなっちゃうわ」
「でも、でも……っ!」
 エリスは必死になって懇願するが、ルイズは頑として譲らなかった。
 にべもない彼女の態度にエリスは縋るように柊を見やる。
 柊は雨にぬれた子犬のような視線を向けてくるエリスに困ったような微妙な表情を浮かべた。
 別に買物ぐらい連れて行ってもいいような気もするし、なんでルイズがそこまで頑ななのかはわからない。
 だが、彼女の言葉自体は正論なので反論ができないのだ。
 柊は申し訳なそうに頭をかくとエリスに言った。
「あー、まあすぐ帰ってくるからさ」
「そんな……っ」
 途端、エリスが何故か絶望的な表情を浮かべた。
 彼女はふるふると体を震わせ、僅かに後ずさりながら小さく呻く。
「柊先輩……一緒に買物に行ってくれるって……」
 そういえばハルケギニアに召喚される直前、そんな事を言っていたような気がする。
 しかし柊 蓮司にとってそれは所詮『そんな事』でしなかった。
「じゃあ今度、時間空いた時に三人で行こうぜ。今回は悪いけど――」
「……っひ、」
 柊の台詞を遮るようにエリスがくぐもった声を上げた。
 そして彼女は――
「ひーらぎ先輩のダブルクロスぅぅ~~!!」
「ダブルクロス!?」
 謎の台詞を叫びながら脱兎のごとく駆け出してしまった。
 シエスタと同じようにして視界から消え去っていくエリスの後姿を、二人はぽかんと見送る事しかできなかった。

 ダブルクロス――それは裏切りを意味する言葉。




新着情報

取得中です。