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ゼロの使い魔~我は魔を断つ双剣なり~-21


翌日、トリステイン魔法学院はま蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。宝物庫にできた大穴に
ついては当然であるが、何より『あの』土くれのフーケが学院を襲撃したという事実が、開校以来
起きた事のない大事件である事を物語っていた。
そんな騒ぎの声が外から響く学院長室内で、オスマンは集まった面々を前にして口を開いた。
「ふむ、来てくれたようじゃの」
自分の前に並んだ九朔、タバサ、キュルケ、そしてルイズ達へと顔を合わせ――首をかしげた。
「はて、ワシが呼んだのは、二人だけだと思ったんじゃが――ワシ、ボケた?」
「ちち、違いますオスマン学院長! コイツ、クザクってばアタシの使い魔ですから! ですから!
 その、えっっと……そう、カントクセキニンがあったので!」
「タバサは親友なので、付き添いですわ」
慌てて答えるルイズ、しれっとした顔で答えるキュルケ。正反対の態度の両人の答えにオスマンは
大体を察したのか、あっそ、と言うと話をそのまま続けた。
「で、じゃ。昨日の事は既に知っての通り、この学院の宝物庫が土くれのフーケに襲撃された。
 噂どおりご丁寧に、こんなものまで残しての」
そうして机の上においた紙には、クザクが昨日見た文面が綺麗に書き写されていた。
「さて。そういう事じゃが、まずは昨日のことを聞かせてもらえんかの?」
その言葉に、九朔とタバサが顔を見合わせた。
「私が話す」
「――ああ、我は構わぬ」
「じゃあ」
と、進み出るとタバサは事の次第を話し始めた。
「……なるほど、巨大なゴーレムか。しかも、見たことのない……後を追おうにも、消えるように
 いなくなってはのう」
眉間に皺を寄せて、オスマンは蓄えた白髭を撫でつけた。コルベールも、どうしたものかと禿げた
頭を撫でる。
誰もが黙り込む空気の中、また、九朔も思考する。
(昨日の道化師……あれが、フーケなのか?)
昨日からわだかまっていた酷い違和感がまた大きくなっていた。
見た事はないはず。
聞いた事もないはず。
会った事も無いはず。
その存在とは、何の接点もないはず。

なのに――――自分はどこかで、あの【道化師】と、出会った覚えがあった

それはやはり、いわゆる既視感<デジャヴュ>だったのかもしれない。
それはやはり、ただの見当違いだったのかもしれない。
はたまた、元の世界で似たような大道芸人やピエロを見ただけなのかもしれない。
それならば上々――だが、そうではないと、否と告げている。心の何処かで警鐘を鳴らす己がいる。
あの、仮面。
あの、衣装。
あの、仕草。
あの、身のこなし。
あの、巨人。
あの、ヒトガタ。
思い出せない。決定的な何かが、大十字九朔の身には欠けていた。
考えども、解答へは辿り着かない。堂々巡りする思考の尾喰い蛇。
(我は何を忘れている……。我は……己(オレ)は―――)


「――な、なんですと! フーケの居場所が分かったのですか、ミス・ロングビル!?」
コルベールの素っ頓狂な叫び声が耳を打った。思考の海から引き上げられ、九朔は顔を上げる。
そこにはいつのまに現れたのか、緑髪の24、5くらいの女性が。
「ええ、はい。近在の農民に話を聞いたところ、近くの森に入っていく奇妙な人間を見たとか」
「どのような格好?」
タバサがロングビルと呼ばれた女性に尋ねる。
「格好は普通だったそうです。でも、道化師の仮面やら何やらを持っていたそうで……」
「昨日見たフーケは、道化師の格好をしていた」
タバサがオスマンへと顔を向ける。
「ふむ……フーケ本人である可能性は高い、か」
「コルベール先生、どうなるんですか?」
ルイズの質問に、コルベールは険しい表情を浮かべた。
「本来ならば、王室に届け、兵を差し向けてもらうべきでしょう。しかし……」
「王室に知らせている間に逃げられるじゃろうな」
コルベールの言葉をオスマンが引き継ぐ。
「ましてや、学院の宝物が奪われておるのじゃ。これが外部に漏れれば一大事、己の火の粉も
 払えぬようでは、魔法学院の権威も地に落ちる」
「では、どのようにされるつもりなのだ?」
九朔の問いかけに、オスマンの瞳が鋭く細められた。
「捜索隊を編成し、フーケを追う。この問題、我等で解決する」
「でも、学院長。捜索隊を編成するにも、他の先生達は……?」
「残念ながら、ここにないという事実だけで察してくれ」
ルイズの質問に答え、情けないといった表情を浮かべてオスマンが唸った。
「できるものならばワシが行くんじゃが、ワシが出れば嫌でも目立つ。そうなれば、フーケには
 逃げられてしまうじゃろう」
「では、コルベール先生はいかがですか?」
「私……ですか? 私……私は…………」
キュルケの問いに、コルベールの表情が揺らいだ。手は握り締められ、肩が微かに震えていた。
その表情には怯えにも似たものが見えた。
「…………」
「コルベール先生?」
「残念じゃが、コルベール先生にはワシの手伝いをしてもらわねばならん」
言いあぐねるコルベールの代わりにオスマンが答えた。
「じゃあ、どうされるんですの学院長? これでは捜索隊は編成できませんわ」
キュルケの言葉に一同がしん、と静まり返る。
そして、

「――私が行きます!」

その言葉に、視線がルイズへと一斉に向いた。琥珀の瞳は真っ直ぐにオスマンへと向けられ、凛と、
整った顔立ちが彼を見据えていた。
「ミス・ヴァリエール! 君は生徒ですぞ!?」
コルベールが叫ぶような声を上げた。
「でも、誰もいません。誰もフーケを追おうとはしてないじゃないですか!」
「それは……」
ルイズの言葉にコルベールは口ごもる。
「ミス・ヴァリエール。おぬしは大事な生徒じゃ。それに、御家族の件を考えれば……」
「それでは、私もいきますわ」
諌めようとするオスマンを遮り、キュルケが一歩前に出た。
「ツェプルストー、何でアンタが出てくるのよ……」
「あら、ご不満? でも残念。あなたが行くならあたしも行くわ。どうせ一人じゃ何もできない
 でしょうし? それに宿敵且つお隣同士ですし? 何よりヴァリエールだけが良いかっこしい
 するなんて許せないじゃない?」
「なんか、その上から見おろし視線と勝ち誇ったような笑みと言い草が腹立たしいわね」
不満げな表情をするルイズに、余裕と自信に満ち満ちた表情をキュルケは向けた。あざとい位に
勝ち誇っていた。というかルイズで遊んでいた。
「不安」
その横で、タバサも進み出る。
「あら、タバサもいくの?」
「友達だから」
「あ、あら、そう? ま、まあそうなら仕方ないわね……」
言葉少なに告げるタバサ。しかし、その言葉に微かに顔を紅くし、キュルケは頬を掻いた。
「では、おぬしらに頼んで良いか?」
「はい」
「もちろんですわ」
ルイズとキュルケが答え、タバサが頷く。そして、オスマンは九朔へも顔をあわせる。
「お主も良いかの?」
「ああ――我は構わない」
確信があった。あの道化師にもう一度相対すべきだと。何の確証もないが、現時点でそうすべきだと
己という存在の本質的な部分が告げていた。
それに――
(あの道化師。恐らくルイズらだけでは手が余る……いや、余りすぎる相手だ)
昨夜の道化師が纏っていた『見えざる力』ものを思い出し、九朔は表情を険しくした。




馬車はトリステイン魔法学院を離れ、ミス・ロングビルが見つけたという不審者のいる森へと
向かっていた。
学院からの距離は馬でおおよそ4時間程度、田園風景が馬の速度にあわせて流れていく。
屋根なしの荷車のようなものとはいえ、大きさはそれ相応、馬車の前にはルイズ達が、後ろに
九朔は腰掛けていた。
「やあ、クザク。先ほどから黙りこくってどうしたね!」
前方で騒ぎあうルイズとキュルケの声が響く中、なぜか、ギーシュが九朔に語りかけてきた。
「…………」
「おーい、クザク」
「…………」
「もしもーし?」
「ん……ああ、なんだ。デルフか」
ようやく気づいた九朔は、ギーシュへと振向いた。
「―――――」
眼の前のギーシュに一瞬沈黙。そして、
「――って、なぜ、お主が此処におるッッ!?」
叫んだ。
「何故って君を見かけたから来ただけだけだが、何か?」
あっさり平然とギーシュは答えた。
「汝…………我々がどういう目的で、何処に向かっているか分かっておるか?」
「ああ。なんだか、ヴァリエールがフーケの捜索をするとか言ってたが、なに、大丈夫だクザク。
 このギーシュ・ドグラモン、今までの僕とは一味違う。まあ、安心したまえ!」
胸を張って答えるギーシュだが、不安を感じざるを得なかった。物凄く不安を感じざるを
得なかった。激しく、これ以上なく不安を感じざるを得なかった。
「って、おい。俺の事も忘れないでくれよ!」
「んむ? なんだね、その剣?」
ギーシュが九朔の隣に立てかけられていたデルフを見た。
「へっ! 知らねえって言うなら教えてやるぜ坊主! 俺の名前は――――」
「デルフリンガーだ。昨夜、オスマン老からもらった」
「へぇ」
「相棒ぉぉぉぉぉぉぉ―――ッッッ!?」
せっかくの台詞を取られ、デルフが絶叫した。
「ああ、すまん」
「謝ってくれるなら良いけどよ……まあ、良いや。それより、一体何考えてたんだ?」
「ああ、そうそう。それは僕も気になっていた。やはり、あれか。あの三人の中で誰が一番
 であるかとか――ひでぶっ!」
ノーモーションの裏拳でギーシュを昏倒させると、九朔は手を口に当て少し考える仕草を見せた。
「特に何もないのだが……そうだな、デルフ。我が別世界の人間だと言えば、汝は信じるか?」
「相棒が別世界の人間? ふむ、そりゃ面白い話だな」
鍔を鳴らしデルフは答えた。
「信じるか?」
「そりゃ、信じるも何も相棒はそうだろ?」
さも当たり前だと言わんばかりのデルフの言葉に、逆に九朔が驚きの表情を浮かべる事になった。
「デルフ……汝、どうしてそうだと断定できる?」
「なぜって、そりゃ相棒。おめえが………………って、なんでだっけ?」
その答えに九朔は馬車の縁からずっこけかけた。
「な……汝、理由も分からずに答えたのか?」
「いや、ほんと何でだ? あれ? なんでだろ? ……やべえ、忘れちまった」
呆れ返って言葉も出なかった。が、しかし、デルフのその声色はウソは言っていないようだった。
「どういうことだ?」
「いや、6000年も生きてると色々忘れちまうもんなのよ、っていうかだな。お前さんがどうして
 『使い手』だったか、っていう理由も思いだせんのよ」
「待て。いきなり知らん単語が出てきたぞ」
「あれ? お前さんが『使い手』だって言わなかったっけ?」
尋ねた九朔に、デルフはその鍔を鳴らした。
「聞いていない」
「そか。んじゃあ、忘れてくれ。思い出したらまた話すわ」
九朔の肩から力が抜けた。どうにもこのインテリジェンスソードは物忘れが激しいらしい。
「汝、刀身だけでなく記憶まで錆びついておるようだな……」
「はっはっは。小粋なジョークだな」
「冗句ではないんだがな」
苦笑いを浮かべながら呟いたのだが、それはデルフには聞こえていないようだった。



「ミス・ロングビル。本当に良かったんですか?」
「ええ、構いませんわ。お気になさらないで下さい」
ルイズの問いに、ミス・ロングビルは柔和な微笑を返した。
「でも、ミス・ロングビル。どうして貴女が手綱を? こういうのは普通、付き人がやるものだと
 思うのですけど」
キュルケが御者席に身体を乗り出しミス・ロングビルに尋ねた。
「こんな御者の真似、貴族がやるものじゃありませんわ」
「はい。貴族ならそうだと思います……けど、私は貴族の名をなくした者ですから」
気まずい空気をルイズは感じた。が、当の本人であるミス・ロングビルは表情を崩さない。
「えっと……」
「ミス・ロングビル。そのお話、もう少し詳しくお聞かせ願えないですかしら?」
表情を崩さないロングビルに、キュルケが好奇の視線を送った。
「止めなさいよ、ツェプルストー」
非難めいた声にキュルケは隣のルイズへ視線を移した。
「何よ、別にいいじゃない。暇なんだし……ねえ、ミス・ロングビル?」
「別に良くない! アンタね、そうやって昔の事聞いたりしないの!」
「あーはいはい。分かったわよヴァリエール――代わりにダーリンのトコ行くけどぉ♪」
「ダーリンって……あ、こら! うちの使い魔に手をだすなぁ!」
馬車の後ろへと向かうキュルケをルイズは追った。すぐに、九朔の悲鳴が上がり、第二ラウンドの
鐘が鳴るが、タバサは一度そちらを見やった後、本へとまた視線を落とした。
しかし、タバサの意識は本には向いていない。これから戦う事になるであろうフーケへと向いていた。
昨夜の邂逅、あの後に怯えたままのシルフィードの言葉が焼きついている。
『せ、精霊がみんな怯えてたのね……ああ、あんなこわいの見た事も聞いた事もないのね……。
 うう……おねえさま! あれと絶対たたかっちゃダメ! あれはぜったいにダメなのね!』
今まで、シルフィードがあそこまで怯えた事はなかった。まがりなりにも、彼女は風韻竜。
力のある種族。それをあそこまで怯えさせるフーケとは一体何者なのか。
微かな不安にタバサの無表情はより固くなる。



馬車をおり、六人と一振りは鬱蒼とした森の中を進んだ。昼間だというのに、薄暗く、黴と、
水の腐ったような臭いとが立ち込めていた。
それから暫くすると、急に開けた場所が眼前に広がった。暗い森の唯一そこだけが光が差し込む。
そして、おあつらえ向きに作られた廃屋が五人を待ち構えていた。
「怪しいな」
「怪しいわね」
「ああ、怪しい」
「井戸とかがあったら完璧ね、色んな意味で」
「あれば、落ちないように気をつけるべき」
人のある気配はなかったが、万が一を考慮して近くの茂みに隠れる。
「どうするの?」
「一撃離脱」
「つまり、奇襲だな」
「誰が適役でしょうか?」
「それができるのっってこの中で一番素早い人なんだけど」
全員の視線が九朔へと向けられた。もはや言うまでもない。
「…………ド畜生め」
「諦めなって、相棒」
なぐさめる調子で語りかけるデルフの言葉もやや虚しい。
「……仕方ない。後方援護は頼んだからな?」
杖をそれぞれに構える五人に一度振り返り、九朔はデルフを急ごしらえの鞘から完全に抜いた。
両手でデルフを握り、九朔は構える。左手甲のルーンが輝き、全神経が研ぎ澄まされる。
正眼から腰に、脇構の態勢を取る。前足に重心を取り、姿勢を低く取る。
「――――」
深呼吸。空気を肺から丹田に取り込む。そして、
「――――破ッッ!」
低く取った重心をそのままに、銃身から放たれた弾丸の如く駆け、

斬ッ――

振り抜き、廃屋の戸を切り裂いた。瞬時飛び退き、相手の反撃に備える、が。
「誰もおらぬ…………ようだな」
廃屋の中は外見どおりの有様だった。外から見えるだけでも、埃の積もったテーブルと朽ちた棚
が見える。
やや逡巡したが、誰もいないかをもう一度確かめた後、九朔は全員を呼んだ。
「罠はない」
「みたい、ね」
タバサが杖を振り確かめた後にタバサが、続いてキュルケが入っていく。ギーシュは、外で
見張りを買って出た。
「ミス・ロングビル、何処へ?」
「もしかすると、此処にいないだけで近くにいるのかもしれません。辺りの偵察をしてみます」
ルイズの問いかけにミス・ロングビルは平然と答えた。
「一人で!? そんなの危険ですミス・ロングビル!」
「ならば、我が付いて行こう。それで構わぬか、ルイズ?」
ルイズの肩に手を置き、九朔が彼女の顔を見た。
「九朔……でも」
確かに、昨日、自分の身に降りかかった災難を思えば九朔に任せるのが一番良いのかもしれない。
万が一フーケに遭遇しても、最悪の状況は免れるだろう。
しかし、彼を側から離してはいけないと告げる声がしていた。それは焦燥感にも似ていたが、その
元が何かか分からない。
「…………そうね、アンタなら大丈夫よね」
だから、そう答えるしかなかった。
「では、すぐに戻る。行こう、ミス・ロングビル」
「はい」
二人が森の奥へと消えるのを、良く分からない焦りを胸に感じながら見送り、ルイズは小屋の中に
入っていった。


鬱蒼と茂った草を掻き分けて、奥へ進む。湿り、腐った水の臭いはどんどんと濃くなっていく。
日の光も段々と弱々しくなり、暗がりも濃密なものになっていく。
「ミス・ロングビル、大丈夫か?」
「ええ」
声をかけると、確かな返事が返ってくる。
しかし、小屋の周囲を回るような形で歩いてきたが、はたしてここまで来る必要はあったのか。
いや、ありえない。では、なぜ?
「――――ッッ!」
瞬間、全身の皮膚が粟立った。それは濃密な霊気を帯びた冷気。森という名の場が異質なものに
包まれたのを九朔は感じ取った。
九朔の瞳が、チューニングされたラジヲのように、大気に充満する霊気の流れを知覚した。
それは、先ほどまでは零であった。が、今は違う。濃密な、目が痛くなるような鮮烈な色を九朔の
瞳に映し出している。
それは奇しくも昨日、あの宝物庫で見たものと同質のもの。それが、突然溢れ出したのだ。

それも――あの、ミス・ロングビルの身体から!

「おい、相棒……!」
「分かっている……!」
即座に、鞘からデルフリンガーを抜いて九朔は構えた。
眼前のミス・ロングビルは歩を止めたまま、微動だにしない。だが、その身体からは、明らかに
先ほどの彼女のものとは――人とは思えない鬼気を滲み出していた。
「――一瞬でばれちゃったかぁ」
ロングビルが九朔へと振向いた。その顔は微笑を浮かべている。先ほどと全く変わらないその表情は、
だからこそ余計に、纏う殺気を際立たせていた。
「ねえ、坊や?」
甘く、絡みつくような声がロングビルの口から漏れた。
「んふっ。ねえ、期待したかしら?」
「……何をだ、ミス・ロングビル――いや、土くれのフーケ」
全身の緊張を解く事無く、答える。間合いは充分、何が起きたとしても対応の取れる距離だ。
「何をって……ナニに決まってるじゃなぁい☆ あらあらぁん、もしかして怖いのかしら?
 ふふっ、でも仕方ないわよねぇ。アタシ、フーケだし。でも、怖がらなくても良いのよぉ~?
 だからぁ、おねえさんとぉ――――い・い・事・し・ま・し・ょっ☆」
ぬめりを帯びた微笑が、凄惨なものに変わる。

「――【妖蛆の秘密】(デ・ウエルミス・ミステリイス)、喰らいなさい」

気づかぬ間に手に収められた鉄の表装のついた黒い大冊、【妖蛆の秘密】がページをひとりでに
めくった。そして、圧倒的鬼気が九朔へと放たれる。
「――ッ!」
「相棒ッッ!」
本能が警告を発した。大地を蹴り、九朔はその場から飛び退く。同時、今までいた場所に
触手が地を割って飛び出した。
――いや、それは触手ではなかった。
「蛆!?」
口腔から生え揃った牙を剥き出しにした蛆が九朔へと吼える。
「あらぁん。オトコノコってばやっぱ突かれるより突くのがお好き~? でもね、新世界を
 見る事も人生経験には大事なのよぉ? だからぁ……」
フーケが腕を横凪に振った。
「目覚めさせてあげるわぁん☆」
軌道に沿い、大量の蛆の触手が大地を破って突き出た。
「うおおおお!? 触手プレイか!? 相棒、これは触手プレイかぁぁ――ッッ!?」
「ええい、そんな事、我が知るか!」
次々と地面から生える蛆をかわし、かわし、避ける。が、前方、突き出た何対かが九朔へ牙を剥いた。
しかし、
「破ァァッッ!」
デルフリンガーの一振りで一刀両断の元に絶命させる。
「アァン! たまんない! たまんないわぁ! もう、全身キュンキュンしちゃう!」
「ちぃ……っ!」
迫り来る蛆を切り伏せ、薙ぎ、避ける――一向に埒が開かない。
「ほらほらぁ。も~っと頑張らないと蛆ちゃんに何処もかしこもズッコンバッコン穴だらけ
 にされちゃうわよぉ~? んふふふ~~☆」
高笑いをあげるフーケに九朔は心の中で舌打つ。
「おいおい相棒! このまんまじゃあ、マジで穴ボコにされちまうぞ!?」
「分かっておる!」
「どうすんだよ!?」
駆けつつ、九朔はデルフの錆びた刀身に手のひらを押し当て真横に引いた。
「――こうする!」
血が手を濡らす。
「血こそ我が存在。我が魔力の証明。我が魔術の源泉……!」
式を組み立てる。術式を編む。血液に含まれた情報がワードによって再構築される。
放物線を描き血液は大地へと落ち、地中へ根を張った。
そして、
「喰らえ――ッッ!」
九朔はデルフを大地に――否、岩に叩きつけた。
火花が飛び散り、血液へと引火する。瞬時、連鎖した発火が導火線となり、炎が蛆を飲み込む。

――GYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAA!

全身を焼かれた蛆が、悶絶の叫びを上げる。火を振り払おうともがくが、もう遅い。魔学反応を
起こした火炎は蛆を燃やし尽くす。
「ちっ!」
フーケから余裕の笑みが一瞬消えた。それを見逃さず、九朔は一気にフーケへと肉薄した。
「破ァ――ッッ!」
脇構え、刃を逆向きに。滑る剣閃は相手を昏倒させるため。九朔はフーケの左脇腹へと
峰を叩き込んだ。
しかし、
「ダメじゃない坊や~。オンナノコだからって簡単に手加減しちゃったらぁ」
固い金属の感触が九朔の手を震わせた。刃はフーケのローブの両腕の先に出現した歪で巨大な
カギ爪に防がれていた。そして、フーケのローブが、一瞬の内で昨夜の道化師の衣装に変わった。
「いくわよぉ?」
顔を仮面が覆い、死刑宣告を告げた。空いた右腕、フーケの巨大なカギ爪がギロチンのような
無慈悲さを持って九朔の頭へ迫る。
「――くっ!」
一気に飛び退く。前髪を数ミリ削ったが、寸でのところで九朔はフーケのカギ爪を回避。
が、しかし、振りぬいた右腕はそのまま大人ほどの太さを持つ木の幹を容易く抉り取った。
「お、おっかねえ……!」
「直撃を喰らったら即死か……!」
「あらお上手☆ でも――それで安心しちゃダメダメよッ!」
笑いの表情を浮かべた仮面の奥からフーケの声が響く。両腕のカギ爪が再び九朔へと迫った。
「死ァッ――!」
交差に薙がれたカギ爪の一撃を引き下がりながらデルフで受け止めた。
「ぐぅっ!?」
「ぬほぉぉ!」
完全な一撃ではない。にも関わらず、その一撃の重みは生半可でなかった。。
「ほらほらぁ☆」
横一文字。
「もっとよぉ☆」
縦一文字。
迫り繰り出されるカギ爪の一撃一撃が、死の脅威を持って九朔を襲う。楽しげに笑うフーケとは
裏腹に、焦燥ばかりが募る。
「くっ! 埒が……開かん!」
「これじゃあジリ貧だぜ、こん畜生め!」
そう言っている内にも、カギ爪は容赦なく九朔達へと向かってきていた。
そして、
「ぐぅっ!?」
遂に、九朔の身体がバランスを崩し、膝をついた。
「あららぁん、坊やったらご愁傷様ぁ~~☆」
それを見逃すはずもなく、フーケが迫る。カギ爪が大きく振上げられ九朔へと振り下ろされた。
ギロチンの刃が、九朔の首を狩らんとする。
「それじゃあ……バイバイねッッ!」
だが、次の瞬間、崩れたはずの九朔の身体がフーケの間合いの内側に一気に踏み込んでいた。
「な――――ッッ!?」
勢いのついた身体を止める事は出来ない。進行方向に置かれた柄頭へ突っ込む体勢、それに合わせて
更に己の速度を加え、九朔は柄頭で強かにフーケの仮面を打った。
「きゃぁぁっっ!」
甲高い音を立てて、仮面に大きな皹が入る。脳を揺さぶられたか、そのまま大地へとフーケは
うずくまった。
「おっしゃあ! やったぜ、相棒!」
「いや、まだだ。まだ、気を抜くな」
うずくまり動かないフーケに、九朔は警戒を解く事無くデルフを構えなおした。
「う……ぅぁぁ…………」
うめき声が仮面から漏れた。仮面を押さえ、フーケがゆっくりと立ち上がる。
「な、なんだ?」
「うっ………ふ、ぐぅ…………!」
割れた仮面の隙間から、フーケの顔が覗く。それは、常人のものではない、狂喜に犯された瞳。
だが、それが――
「い…………や…………」
――不意に揺らいだ。
「た…………す…………け…………」
掠れた、今にも消えそうな声が、フーケの口から漏れた。口を懸命に開くが、それ以上声が漏れない。
「お、おい? どういうこった?」
「いや、我にもわから…………ッッ!?」
全身を再び、おぞましい悪寒が襲った。それも、先ほどまでの比ではない、圧倒的なレベルで。

ドサリ――

眼の前のフーケから、鉄の表装がついた大冊が零れ落ちた。ただ、それだけ。それだけのはず。
だが、その書から、その悪寒の根源が発せられていた。
「な、何かすんげえヤバイ感じだな、おい……」
「…………」
指先ひとつ動かしてはならない、そのような気配が在った。下手に動けば取り返しがつかない、
そのような気配が在った。――それほどまでに、危険なものを、その書は発していた。
動かないフーケ。零れた書。終わらせるならば、今しかない。だが、九朔は動けなかった。
なぜなら、【まだ、全ては始まってすらいなかった】のだから。

――――ごぼり――――

書が音を立てて膨らんだ。いや、膨らんだのは書ではなかった。
【書の内側から】溢れ出た何かが、そう見せていたのだ。
「うっ……!?」
腐臭がその書から溢れ出た。
瘴気がその書から溢れ出た。
糞尿にも似た、吐き気をもよおす臭気が溢れ出た。
肉がその書から溢れ出た。
臓物がその書から溢れ出た。
骨がその書から溢れ出た。
重なり合った、不定形の肉塊が外へと溢れ出た。
そして、
「――――――ぁ」
フーケを、その肉塊が取り込んだ。
「なっ!?」
「な、なんだそりゃあああああ―――ッッッ!?」
それはフーケを中心に、書をも飲み込むと急激に膨れ上がった。腐肉の海。それは更に膨れ上がり、
木々を薙ぎ倒し、取り込み、肥大していく。
その異様な光景、不定形の肉塊が見る見るうちに周囲を侵食し――喰らっていた。
「相棒、こりゃマジやべえ! なんていうか、ビリビリしやがる!」
「分かっている!」
その場を離れるしか選択はなかった。肉塊のタールに追いつかれないように全速力で駆ける。
しかし、不意に、その腐肉の集合体が動きを止めた。
「……なんだ?」

ゴゴゴ―――!

肉塊がせりあがる。腐れた肉を分割し、分割し、腐れた臓腑でそれを繋ぎとめて一つの形へと
変じていた。それは大きなヒトガタ。有機と無機を組み合わせた、醜悪にしておぞましい
異界の工芸品。
30メートルはあるだろうそのヒトガタは、昨夜見た、あの有機と無機の巨人に似ていた。
そして、それが、九朔を見た。
瞳も何もないはずなのに、それが自分を見たと、確かに感じた。

RRRRrUUUUOOOOOOOOOOOOOOOhhh―――!!

汚濁した肉を震わせ、それは吼えた。悪意と敵意と殺意が込められた咆吼だった。
それは圧倒的なまでに絶望的な光景だった。


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