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瀟洒な使い魔‐08


咲夜がフーケと戦い、辛くも勝利を収めて眠っている頃、
トリステインの隣国、ガリア王国の王都リュティスにあるヴェルサルティル宮殿。
国王ジョゼフ一世が政治の杖を取る薔薇色の宮殿、『グラン・トロワ』より少し離れた場所にある桃色の小宮殿、
『プチ・トロワ』の一室では、蒼い髪をした少女が肌着一枚というあられもない姿でにベッドに寝そべっていた。
この少女こそジョゼフ一世の一人娘、ガリア王女イザベラである。

「ああ、暇だ……」

思わず口から言葉がこぼれる。
何するでもなくだらしなくベッドに寝転がり、無気力にベッドの天蓋を見つめる。
暇だ、退屈だ、何にもやる事がない。思わず慎みの欠片もない欠伸が出てしまうのも仕方ないだろう。
何をさせても嫌な顔一つしないあの鉄面皮な従妹にまた無茶振りでもしてやろうか。
そんな事を考えていると、イザベラの脳裏にある人物が浮かんだ。

「そうだ、アイツがいたじゃないか! 小憎たらしい人形娘なんかを構ってやることなんてないし、そうしよう!
 おい、誰か! 誰かいないのかい!」

ベッドの脇に垂れ下がった紐を乱暴にぐいぐいと引っ張って人を呼ぶ。
血相を変えたメイドたちが入ってくると、イザベラは彼女達に着替えさせるように言い、
イザベラはその人物に会うのが待ち遠しい、といった風ににやりと笑った。



王城『グラン・トロワ』の廊下。イザベラは共回りの1人もつけずにずんずんと廊下の真ん中を歩いていた。
絹のような蒼いロングヘアをなびかせ、その剥き出しの額は窓から注ぐ陽光を眩く反射している。
このイザベラという少女、無能王と名高いジョゼフの娘だからか、父親ほどではないが魔法の才能に乏しい。
その反動なのか陰険かつ傲慢な性格で、一度ヒステリーを起こすと手がつけられない。
彼女の逆鱗に触れて仕事を首になった者も数知れず、様々な意味で城の者に恐れられている。

が、そのイザベラが最近は丸くなった、と城の者は噂している。

無茶振りをされる回数が今までの半分ほどに減ったととある使用人は語る。
短気でヒステリー持ちな彼女が、今までに比べ若干優しかった、と側仕えのメイドは語る。
サボタージュする事も多いが、授業の際はある程度真面目に受けるようになったと教育係は語る。
あの気性が激しく、燻った導火線の付いた火薬樽のような王女様が、
『今までよりマシ』程度であるがほんのちょっとだけ真っ当な王女らしくなったのである。

「まさか偽者に……?」

「いや、階段で転んだんじゃないか、姫様足元見ないで階段下りるから……」

「俺は怪しげなポーション飲んだって聞いたぞ」

そんな口さがない噂が囁かれるのも無理はない。
その位、城で働く者たちにとって「ガリア王女イザベラ」は恐怖の対象であったのだ。
そんな彼女がちょっとだけ優しくなったとあれば、それはプチ・トロワを揺るがす一大事だろう。
だが、真実は全く違う。偽者に摩り替わったわけでも、転んで頭を打ったわけでも、
ましてや怪しげなポーションを飲んだわけでもない。

「ビャクレン、いるかい? 入るよ!」

イザベラはある部屋にたどり着くと、乱暴に叩き付けるノックの返事も聞かぬままに部屋に押し入る。
部屋の中には先客が3人。まず1人目はベッドに腰掛けた頭頂付近が紫に染まった茶色のロングヘアの女性。
先日イザベラの父、ジョゼフに召喚された使い魔、聖白蓮だ。
もう1人はソファに寝転がった5歳ほどの美しい金髪の少女。
最後の1人は、同じソファに座っているイザベラと同じ蒼い髪を短く切りそろえ、眼鏡をかけた小柄な少女。
ご存知、風のトライアングルメイジ『雪風』のタバサである。それを見た途端、イザベラの顔が不機嫌になる。

「なんで人形娘がここにいるんだい! あんたにはエズレ村のミノタウロス退治って任務を任せたばっかりだろう!」

実はこのイザベラ王女、ガリア王国が擁する騎士団の1つ、『北花壇警護騎士団』の団長である。
ヴェルサルティル宮殿はその別名が『薔薇園』と呼ばれるほどの無数の花、そして花壇にあふれた場所である。
その為、由緒あるガリア騎士団はその花壇の名前と方位から取った名が付けられている。
だが、唯一『北』のみは花壇が存在せず、また公式的には騎士団は存在しない『事になっている』。
つまり、『北花壇警護騎士団』とは非公式と言う立場から様々な汚れ仕事を処理する闇の騎士団。
非凡な才能ながらも表舞台に立つことができない者や、他に類を見ない門外不出の秘儀を持つ者。
また、表の世界で存在を抹消された者などが集まる魔窟であり、タバサもまたその団員である。

イザベラがその団長を務めているのは父であるジョゼフの気まぐれに過ぎないが、
部下の花壇騎士に任務を命ずる権限を持っている。
そのため、少し前にはるばるトリステインから呼びつけたタバサに任務を押し付けたのである。
そのタバサがこんな所でお茶をしていれば、それはイザベラ王女でなくともムっとするだろう。

「まあまあ、イザベラ様。引き止めたのは私なのですから、そうタバサちゃんを怒らないであげてください。
 それに任務に行く前に一休みしてからでも遅くありませんよ? はるばる千リーグ以上も飛んできたんですから」

その眩い額に青筋を浮かべて怒るイザベラを宥める白蓮。
ジョゼフの使い魔となった後、白蓮は国王直属の女官、そしてガリア花壇騎士としての地位を得た。
一般には使い魔と言うことは伏せ、かつジョゼフの側に居ても怪しまれないようにする為だ。
当然反発もあったが、白蓮が優れた力を持つ異国のメイジであることを示すとそれも収まった。
口さがない者達からは『無能王の愛人』などと陰口を叩かれているが、
元々人が良く心優しい性格の白蓮は多くの者に好かれ、それなりに受け入れられている。
貴族だ平民だという貴族特有の選民思想がないため、主に平民の兵や使用人からの人気が高い。

イザベラは白蓮になだめられてなんとか機嫌を直す。
そして、それと同時にしまった、という顔をした。白蓮の性格を思い出したのだ。
ジョゼフ・イザベラ親子とは違いそれなりに好かれている彼女だが、
生来のお人よしかつおせっかいな気質のため、タバサが押し付けられる任務にたびたび着いて行く事がある。
その上、たまに誰かしらを連れてくる事がある。タバサの横に居る、エルザという少女もそうだ。
確か、つい先週白蓮の部下として王宮に仕えるようになったリュリュと言う少女もそうだったはずだ。
もっとも、あの少女は普段は旅をしたり城下で料理の研究をしているので、王宮に居る事は少ないが。
そんな彼女であるため、タバサが任務に行くとなれば付いて行ってしまうに違いない。
そうなってしまっては白蓮と遊んだり話を聞けないではないか、と内心で毒づく。

元々、イザベラは最初から使用人に恐怖されるような性格ではなかった。
ジョゼフが天才と呼ばれた弟シャルルと比較され続けてきたように、
イザベラもまた従妹に当たるシャルルの娘シャルロット姫と比較され続けてきた。
シャルロットが魔法に関して非凡な才能を発揮したというのも原因の一つだろう。
イザベラは幼い頃より、本心から認めてもらえることがほとんどなかったのだ。
母は今は亡く、肉親であるジョゼフは一人娘であるイザベラになんら関心を持っていない。
それが今に至り、使用人に恐怖される『恐ろしいイザベラ王女』を生み出したのだろう。

そこへやってきたのが白蓮である。
元々人であろうと人外の者であろうと分け隔てなく接するのが白蓮の常であり、
また国王の娘と国王の側近ということで距離も若干近く、ジョゼフが戯れに世話を任せたのが出会いである。
当初は口うるさくイザベラの横暴を諌めることが多くイザベラからは嫌われていたが、
逆に言えば、このガリアで唯一イザベラと真正面から向かい合い、その本心を余すところなく受け止めたのだ。
それはイザベラにとっては初めてのことであっただろう。

何せ、今までイザベラに向けられる視線は怯えか、侮蔑か、媚びるようなものしかなかったからだ。
かの簒奪者の娘、ということで暗殺されかけた事も一度や二度ではない。
母が亡くなってより、白蓮のような真摯でひたむきにイザベラに接する人物などガリアには存在しなかったのである。
それから、次第にイザベラは変わって行った。その激しい気性自体はそのままだったが、
白蓮に対してのみはいつもの意地悪い笑みではなく素直な笑顔を見せるようになった。
使用人たちが垣間見た僅かな変化はその片鱗だろう。

まあ、つまるところイザベラに何が起こったのかと言うと、
『心を許せる友達が出来ました』と言う一言に尽きるのである。
友達と言うよりは、親子といった方が正しいのかもしれないが。



瀟洒な使い魔 第8話「住職が見たガリアの原風景」



「…………」

白蓮は、エズレ村へ行く途上の空でふと物思いに耽っていた。
それが何かと言えば、ジョゼフの使い魔という立場にある自分のことである。
白蓮は使い魔として召喚されるより前は、咲夜の住んでいた『幻想郷』と呼ばれる地に居た。
最も、幻想郷に来るより前は1000年ほどさらに別の世界に封じられていたため、
幻想郷の住人としては新参者の部類に入るが。

白蓮は魔法使いである。ただし、ハルケギニアにおけるメイジとは少々違った存在だ。
幻想郷における魔法使いとは、種族としての『魔法使い』と、人間が魔法を会得した者、
そして人間から『魔法使い』に転化した者に分かれる。白蓮は3番目、人から転化した者である。
魔法とは性質としては妖術のようなもので、基本的には人外の者が振るう術である。
そのため、転化した当初の白蓮はその力を維持するために人外の者を敬った。
当初は自分のためであったが、人外の者たちと触れるにつれ、その不憫な過去を知り、
その力になりたいと思い変わって行った。

そしてその思いは今も変わっておらず、人と人外の者が手を取り合い暮らせるような、
そんな平穏な世を作りたいと思っている。
ハルケギニアで任務についていったり、だれかしらを連れ帰ったりしているのもそのためだ。
少し前に連れ帰ったエルザという少女もまた、この世界では吸血鬼と呼ばれる妖魔である。
メイジに両親を殺され放浪しながら血を吸っていたようだが、
このままではいつか殺されてしまう、と思い、説得の末人を襲うことは止めて貰った。
周囲には日の光に弱い病にかかった子供で、捨て置けず引き取った、としている。
血を吸うこと自体は生態であるため止めさせる事はできず、
普段は血液に近い牛や山羊の乳を飲んでもらい、月に一度白蓮自身の血を与える事にしている。

だが、そういった白蓮自身の目的とは別に、白蓮は気がかりを抱えていた。
それは、一応の主人であるジョゼフの事だ。
ここ暫く彼の使い魔として側にいて、2つ分かった事がある。
まず1つは、彼は無能などではないということだ。
世間では無能王などと呼ばれ蔑まれているが、その実恐ろしいほどに智謀に長けた男である。
大局を見る目、明晰な頭脳、柔軟な思考に裏打ちされた応用力や発想力。
それを政治のために、民の為に用いれば、けして無能などとは呼ばれなかっただろう。

そして2つ目。彼が、とても悲しい男である事だ。
幼い頃より天才と、神童と呼ばれた弟、シャルルの陰に隠れ、比較され続けた。
その頃を知るものに聞けば、実の父と母にすら疎まれていたと言う。それはどれほど辛い事だったろう。
ジョゼフに聞いたところによれば王位は簒奪したのではなく正等に継承されたとのことだが、
それを心の底から信じているものなど少なくとも城にはいなかった。
無理もない、日ごろから遊興に耽っている『無能王』を信じるものなど誰も居ないだろう。
彼自身も誰にも心を許していないと感じる。使い魔である自分にも、娘であるイザベラにさえも。

白蓮もまた伝説の僧侶と呼ばれた弟を持つ為、ジョゼフの気持ちはある程度は理解できる。
あるいは、そういった要素こそがジョゼフに自分が召喚される要因となったのかもしれない。
だからこそ思う。自分は何のためにこの地に呼ばれたのだろう、と。
結論はほぼ出ている。自分は救わねばならないのだ、あの悲しい男を。
手に入れた情報によれば、ジョゼフは今、密偵を用いてある男をそそのかし、他国で内乱を起こしたという。
心底恐ろしい男だと思う。表では愚鈍な王を演じながらも、
裏では策謀を駆使して1国を手玉に取り、直接手を下さずに滅びに向かわせている。

弟の存在がジョゼフをあそこまで歪ませてしまったのだろうか?
いつか彼に聞いた事がある。宮中で囁かれている、弟を殺したと言うのは事実なのかと。
彼は事も無げに応えた。そうとも、余が暗殺者を雇って暗殺させたのだ、と。
白蓮自身も命蓮に嫉妬や憎しみの感情を抱いた事はある。だがそれは持続することはなかった。
なぜなら、命蓮は弟なのだ。血を分けた肉親に殺意を抱く事などできない。

いかに比較され続けたとはいえ、そこまでするジョゼフの心中は如何様なものだったのだろう。
弟を己が手にかけるほど、彼は実の弟を憎んでいたのだろうか。
その憎しみの対象が居なくなった今、彼はその手を世界に広げんとしているのだろうか。
止めなければならない、と白蓮は確信する。これ以上、ジョゼフに罪を重ねさせてはいけない。
彼のためにも、イザベラの為にも、そして彼の治めるガリアのためにも。

「……ン、ビャクレン」

神妙な顔で悩んでいる白蓮の肩が叩かれる。タバサだ。
思わず我に返った白蓮が周囲を見回すと、目の前には鬱蒼と茂る森と、森を背景に広がる小さな村があった。
どうやら考え事をしている内に目的地であるエズレ村へ到着していたようだ。
ふるふるとかぶりを振ってシルフィードの背より降りる。すると、1軒の家から老婆が出てきた。
ボロボロの麻の衣服を纏い、穴の開いた靴を履いた、みすぼらしい姿の老婆であった。
見れば家々と戸が開き、ぞろぞろと村民が現れる。白蓮は咳払いを一つすると、
穏やかな笑みをたたえて老婆たちの前に歩み出た。

「エズレ村の方々ですね? 領主のエルメダ様よりミノタウロス討伐の依頼を頂いて参りました。
 私はガリア花壇騎士、白蓮・シュヴァリエ・ド・聖と申します」

「同じく花壇騎士、タバサ」

白蓮が一礼し、その横でタバサがぽつりと呟く。
それを聞いて、先頭の老婆の目から涙が溢れ、涙ながらに状況を説明しだした。
最近、村の近くの洞窟にミノタウロスが住み着き、若い娘を生贄に要求しているのだという。

「10年ほど前にも一度、あの洞窟にミノタウロスが住み着いたのでございます。
 その時は行きずりの騎士様にお頼みして退けていただいたのですじゃ……」

ドミニクと名乗った老婆はとつとつとそう語る。
今回住み着いたミノタウロスは、まず最初にドミニクの孫、ジジに目をつけた。
周囲の村人より、ドミニクが先頭に立って必死に訴えているのはそのためだろう。

「ジジはまだ17、まだまだこれからだというのに……
 騎士様、どうか、どうかお願いしますじゃ! 孫を、ジジを救ってやってくだされ!」

号泣しながらすがり付いてくるドミニク。その枯れ枝のような身体を優しく抱き、
白蓮は小さく、しかし力強く頷く。国とは民に支えられる王が合ってこそ成り立つもの。
すなわち、民なくしては国とはいえない。白蓮は思う、ジョゼフを、ガリアを救う為には、
ますドミニクのような者達から救わねばならない。
それにこの村を救えないようでは、あの深い絶望に包まれたジョゼフを救う事などできないのだ。

「勿論です、ドミニクさん。私はそのためにやってきたのですから。
 その前に、お宅に案内していただけますか? お孫さんに一つだけお願いがあるのです」

白蓮はそう言うと、ドミニクを安心させるような暖かな微笑を浮かべた。



その夜、村はずれにあるドミニクの家で、白蓮とタバサは歓待されていた。
王宮で出される料理とは比べるべくもなかったが、精一杯の心を込めて作られた料理は、
2人の心にしみこむような不思議な暖かさがあった。

「騎士様のお口に合うかはわかりませんが……」

「いえ、こう言った心の篭った持て成しは何物にも変えがたいものがあります。
 命に代えてでもこの任務を果たさなければならないと、一層心が奮い立ちました。ねえ、タバサちゃん」

黙々と料理を胃に放り込んでいたタバサだが、白蓮に話を振られるとこくりと頷く。
そして食事が一段落付いた頃、ドミニク一家に詳しい事情を聞く。
事の起こりは一週間前、村の掲示板に獣の皮に血文字で記された脅迫状が貼り出されたのに端を発する。
それにはこう記されていた。

『次に月が重なる夜、森の洞窟前にジジなる娘を用意するべし』

荒い筆跡ではあるがこの世界の公用語であるガリア語で記されたそれは、
10年前とほぼ同じ内容でエズレ村を絶望に陥れた。
あの時は村にある程度蓄えもあったため、それをはたいて街に行き、ラルカスという貴族に依頼した。
だが、今回は村を挙げて金を集めても3エキューにもならない。
それでも何もしないよりはと領主に依頼をしたのだが、半ば諦めていたのだという。

「それがあんな立派な竜に乗った騎士様に来ていただけるとは……
 本当に、本当に有難い事ですじゃ……」

何処にそんな水分があったのかと言うほどに涙を流すドミニク。
その様子を見ながら、タバサは声を潜め、白蓮に話しかけた。

「ビャクレン、あなたはさっき何か策があるようなことを言っていた。
 ミノタウロスはトライアングルの私でも勝てるかどうかが分からない難敵、勝算はあるの?」

「勿論。そのための秘密兵器もありますから、少なくとも負けはしませんよ」

タバサの問いににこりと微笑んで頷くと、白蓮はジジに笑みを向けた。
視線を感じたジジが、おずおずとその意味を問う。

「あの、騎士様。何か……?」

「先程、お孫さんにお願いがあるといいましたよね? ジジさん、少し協力していただけないでしょうか」

そう言うと、白蓮はリュティスより持ち出した荷物が入っている袋の口を緩めた。



翌日の夜、白蓮たちは洞窟の入り口に立っていた。件のミノタウロスを退治する為だ。
その場には白蓮とタバサ、そしてジジ。先程まではジジの父親もいたのだが、
ただの人間ではミノタウロスには傷一つも付けられない。そう説得して村へと返した。
ジジの身体は縄で縛られており、白蓮がその背を押すと洞窟の入り口に座り込む。
それを確認すると2人は近くの茂みに隠れ、息を潜めた。ジジを囮にしておびき出すのだ。

「さて、これで後はミノタウロスの出てくるのを待つだけですね」

きりりと表情を引き締めて洞窟に目をやる白蓮を横目で見ながら、タバサは思案する。
この女は何者なのだろう。異国のメイジだという話だが、杖を持っている様子はない。
メイジの使う『系統魔法』は普通杖を用いねば使えない。使えるのは亜人や妖魔の使う『先住魔法』くらいだ。
ならばメイジではないのか、といえば否だろう。その体から立ち上る魔力は常人を軽く凌ぎ、
何度も杖も無しに魔法を使い、空も飛んで見せた事もある。
あのジョゼフがある日突然連れてきた、というからまた愛人かと思えば、そうではないようだ。
ジョゼフとは床を共にしていないようだし、何より本人がそういったことを嫌う。
自分の任務についてくる事が多いが、監視だろうか? それにしては色々と疑問が残る。

白蓮の普段の態度はおよそジョゼフの命で動いている者とは思えない。
ジョゼフの怠惰を諌め、イザベラの横暴を諌め、平民の意見を聞き、時にその身を投げ出して助ける。
自分もいわゆる『普通』の貴族ではないが、白蓮はそれに輪をかけて『普通』ではない。

彼女ならば、協力してくれるだろうか。
ふと、タバサの脳裏にそんな考えが浮かぶ。完全に信用が置ける訳ではないが、少なくとも善人ではあるようだ。
彼女は困っている人間には例外なく手を差し伸べる。ジョゼフ直属の女官であるなら、
自分がこういった任務を行っている『事情』も知っているはずだ。頼めば一も二もなく協力を申し出るだろう。
もっとも、彼女が自分を油断させようとしている演技をしている可能性がないではない。
だが、何となくそれはないだろう、と思えてしまう。なぜなら、いつも彼女が浮かべる暖かな笑顔は、
今は失われてしまった、かつて母の浮かべていた笑顔によく似ていたからだ。

だから、今はただ彼女を見極めよう。本当に信用するに足る人物なのか、
『雪風のタバサ』ではない、本当の自分を打ち明けるべきなのかを。




双月が重なり、辺りが薄暗くなると、白蓮達が潜む場所とは洞窟を挟んで丁度反対側にある茂みが動いた。
2人は身構えると同時に、そこから大きな牛の頭が現れる。だが牛ではなく、
牛の頭に大男の体がくっついている。牛頭人身の怪物、ミノタウロスだ。
2メイルはある巨躯を揺すりながら、巨大な斧を片手にジジへと近づいていく。
ジジはその様子を見て「ひっ」と声を上げるが、手に握られている斧を見て怯えながらも沈黙する。
タバサは杖をミノタウロスに向け詠唱を始めるが、白蓮はそれを制し様子を見守る。
ミノタウロスはジジを抱え上げると、そのままもと来た道を引き返し茂みに消えた。
その様子を見ながら、2人は顔を見合わせた。

「あの、タバサさん。今のがミノタウロス、ですよね?」

「……そのはず」

2人の頭上には疑問符が浮かんでいた。なぜなら、あのミノタウロスからは亜人特有の獣臭さがなかったからだ。
加えて言えばその瞳の焦点が合っていないような気がしたし、頭の毛並みと腕の毛並みが違うような気がする。
腕の方の毛並みはなんというか、ただの毛深い人間、程度のものだったように見えた。
それに先程ジジを持ち上げた時、「よっこらせ」というくぐもった男の声が聞こえた。
つまるところ、亜人ではなくただの変装している人間に見えたのだ。そこから導き出される答えは……

「つまり、人攫いがミノタウロスの変装をして、と言うことでなんでしょうか」

「恐らく。考えてみれば、あの脅迫状は色々と不自然だった。
 ミノタウロスは子供なら何でもいい、態々選り好みなんてしない。
 人攫いと考えれば合点も行く。あの村で『売り物』になりそうな対象がジジ、そう考えればいい」

「なるほど……ならば後を追いましょう。ミノタウロスでないにしろ、人攫いなど許せる事ではありません。
 ここで捕まえられればそこからルートを辿って一網打尽に出来る可能性もありますしね」

その言葉にタバサはこくりと頷き、懐に収めたナイフの感触を確かめると白蓮に先んじて茂みを出た。

ジジの連れ去られた先には多少開けた場所があり、そこでは数人の男達がたむろしていた。
カンテラに照らし出されたのは5人。各々ナイフや銃などの武器を持ち、皮の鎧を着込んでいる。傭兵だろう。
傭兵達の剣呑な目の輝きに怯えたのか、地面に投げ出されたジジが震えながら声を搾り出す。

「あ、貴方達は……」

「お前にゃ関係ねえ。しかしまあ、昔ミノタウロス騒ぎがあったからか決断も早かったみたいだな。
 実際にミノタウロスの怖さを知ってりゃ、そりゃ臆病にもなるか」

「お陰で仕事もやりやすかったがね。全くミノタウロス様様だぜ」

げらげらと下品に笑う男達の耳に、茂みを掻き分ける音が届く。
その瞬間男達は笑いを止め、音に対して各々の武器の特性に最適な位置へと移動する。
ジジは一番前のナイフの男が抱え、喉元にナイフを当てた。
そして少しの後、そこに現れたのはタバサと白蓮。女2人と警戒を解きかけた男達だが、
タバサの持つ大きな杖を見て油断できない相手と判断。じりじりと下がり始める。

「やはり、そういう事だったのですね。神妙に。ガリア花壇騎士、聖白蓮の名において貴方方を捕縛します」

「動けば魔法を使う。余計な怪我をしたくないなら動かない方がいい」

白蓮が毅然と言い放ち、タバサが杖を構えて男達に向ける。
怯む男達であったが、ジジという人質がいたことを思い出すと盾にするように前に出て切先を喉に当てた。
少しでも動けば刺すぞ、という意思表示である。

「う、動くんじゃねえ! こっちには人質が居るんだぞ!」

「好きにすれば良い。人攫い数人と人質一人、1人の犠牲で未来の被害を抑えられるなら安いもの」

タバサはそう言うと、静かに、かつ力強くルーンの詠唱を始める。
周囲に冷気が漂い、タバサの目前に大きな氷の槍が現れる。『ジャベリン』の呪文だ。
完成するや否や躊躇なくソレを放とうとしたタバサだったが、
横合いから飛んで来た別の『ジャベリン』によって槍が破壊される。
タバサは視線を横合いに向けるが、茂みが見える程度でメイジの姿は見えない。
恐らくこの人攫いたちの主犯格なのだろうが、それなりにやる相手のようだ。

「ビャクレン、ここはお願い」

「分かりました」

タバサは白蓮に目配せをするとメイジを追うべく森へと飛び込み、程なくして冷気と轟音が響く。
メイジと接敵したのだろう。それを確認し、白蓮は腰に据えた鞘から小ぶりなナイフを抜く。
そしてナイフを向け、表情を消して傭兵達に降伏勧告をする。

「余り人を傷つけたくはないので、素直に縛についていただけると有難いのですが……」

「へっ、1人で何ができるってんだ? さっきのチビとは違ってあんたはお人よしそうだし、
 何より杖も持ってないってこたぁ平民だろう。なら人質も効果があるだろ? さ、そこをどいてもらおうか」

傭兵達はにやにやと笑うとナイフを頬に当て、軽く滑らせる。
ジジの滑らかな肌が浅く切り裂かれ血が垂れるも、白蓮は溜息を一つつき、告げる。

「……やはりこうなりますか。本当に嘆かわしい……
 その行い、誠に浅く、大欲非道である。いざ、南無三―――!」

声と共に白蓮の額が……正確には、額に刻まれたルーンが輝く。
『ミョズニトニルン』と呼ばれる、咲夜に刻まれた『ガンダールヴ』同様、かつて始祖が従えた使い魔の1人。
白蓮に刻まれたルーンは、『神の頭脳』とも『神の本』とも呼ばれるその使い魔のものであった。
そのルーンの光に反応するようにジジの体がびくりと震え、すぐに解けるように結んであった縄を解き、
体が傷つくのも構わず自分を捕まえていた傭兵を突き飛ばし駆け出す。
驚いた傭兵が思わず撃った銃弾をその背に受けるも、さして堪えた様子もなく白蓮の前にたどり着く。
振り返ったジジを見て傭兵達は驚いた。その顔からは表情と言うものが抜け落ち、仮面のようであったからだ。
目の前に来たジジに向け白蓮がルーンを口にする。するとその体が縮み、小さな人形となった。
その人形を拾い上げ、白蓮は言葉を続ける。

「スキルニル、という古代のマジックアイテムがあります。
 それは血を受けると、その血の持ち主そっくりに変身するという代物です。
 私は王都を発つ前に2つのマジックアイテムを持ち出しました。それがこの1つなのですよ。
 まさか、エズレ村を救う為だけにそんなものを持ち出すなんて思いもしなかったでしょう?」

白蓮はそう言うと、厳しい顔で傭兵達を睨む。
傭兵達は動けない。目の前の人物が、どうやらただの人間ではない事に気付いてしまったのだ。

「仏の顔も三度まで、と言う訳ではありませんが、貴方がたには一度灸をすえねばならないようですね。
 少々痛くします。頭を冷やして反省なさい」

もう一度、強く『ミョズニトニルン』のルーンが輝く。
そして白蓮の口から再びルーンが紡がれると、
傭兵達を閉じ込めるような氷の嵐『アイス・ストーム』の呪文が完成する。
それ自体は数秒で消えたが、髪や衣服を凍りつかせた傭兵達の戦意は根こそぎ砕かれたようだ。

「死なぬように手加減をしました。これ以上やるというのであれば命を奪わざるをえませんが、
 どうしますか? 降伏してください。出来るならば殺生はしたくないのです」

先程と同じ厳しい声で、白蓮が傭兵達に問う。
傭兵達には、その問いに頷く他に出来る事はなかった。



「終わった」

周囲で響いていた轟音が止み、痩せ気味の男を引きずりながらタバサが戻ってくる。
男も傭兵同様身体のあちこちを凍りつかせ、腕や足に氷の矢が刺さっている。
タバサの十八番、『ウィンディ・アイシクル』を食らったのだろう。

「こちらも今終わったところです。伏兵が居ないとも限りませんが、
 今のを見て戦意を維持できるほど意志は強くないでしょう」

「ま、何があっても姐さんだったら大丈夫だろ? 俺なしでもさ」

突然、2人の会話に男の声が割り込んだ。傭兵たちの声でもなく、新たに人が来たわけでもない。
白蓮が握っているナイフ、それが新たな声の主であった。

「そうは言いましても、私の使う攻撃用の魔法は範囲が広いので、
 あまりこういうところで使いたくないんですよ。その点地下水さんの魔法ならある程度手加減も出来ますし」

「そう言うもんかね。ま、俺は一介のナイフだ、姐さんの振るいたいように振るってくれりゃそれでいいさ。
 暫くは誰かを操るのも面倒だし、なんだかんだで姐さんと居ると楽しいしよ」

地下水と呼ばれたナイフはそう答える。魔法により意思を与えられたナイフ、
いわゆるインテリジェンスナイフがこの『地下水』の正体である。
元々この地下水は自分を持った相手を操る能力を持つ。その力で持ち主を次々と変え、
自分が持つ系統魔法を操り『持ち主』の魔力に上乗せする、というもう1つの能力を駆使して傭兵をやっていた。
イザベラの指揮する北花壇警護騎士団にも何度も雇われ、様々な任務をこなしてきたのだ。
だがある時イザベラの戯れでタバサを相手にした際、居合わせた白蓮に止められ、
自分を見抜いた眼力や自分が操る事のできない白蓮に興味を持ち、その所有物となった。

白蓮の持つ『ミョズニルニトン』のルーンはあらゆるマジックアイテムを操る。
その能力はインテリジェンスナイフである地下水にも及び、
地下水の支配を跳ね除けたのもその能力のうちである。
また、支配されないまま地下水の能力を最大限に行使する事も可能で、
先程のアイス・ストームはその力を用いたものだ。
白蓮自体は系統魔法を扱えない。が、魔法の才能や魔力の量は並外れている為、
地下水の能力を応用すればスクウェアクラスの魔法をも操る事ができる。
伊達に数百年以上魔法使いをやっているわけではないのであった。
最も『ミョズニルニトン』の力や白蓮が使い魔であることが表沙汰になると問題があるので、
公式的には地下水の方が力を調整していることになっているが。

「さて、事件も解決しましたし、あとは村の皆さんに報告して、
 付近の町の衛士さんに彼らを引き渡せば任務完了ですね。
 タバサちゃんは先に魔法学院に帰っても構いませんよ? イザベラ様への報告は私がしておきますし」

「心配無用。それに、シルフィードがいないとビャクレンの移動手段がない」

「あ、それもそうですね……うーん、やはり私も風竜かガーゴイルでも貰うべきでしょうか。
 いつまでも他人に頼ると言うのも問題ですし……今度イザベラ様に掛け合ってみましょう」

「あの姫さんより王様に直で言った方がいいかもな。どっちに言っても大して変わらない気もするけどよ」

そんな風に和やかに話していると、不意に自分達の来たほうの茂みからがさがさと音がた。
同時に、重量級のゴーレムが歩いてくるような軽い地響きが響く。
エズレ村の住民が様子を見に来た、と言うわけではないだろう。

「何か来る。とても大きい」

タバサが杖を音のする方に向け、いつでも魔法を放てるようルーンの詠唱を開始する。
白蓮もまた地下水を構え、ルーンを詠唱する。そうしている間にも音は近づき、地響きもまた近づいて来た。

「―――嬢ちゃん、姐さん、来るぜ」

地下水の声と同時に茂みが一際大きい音を立て、2.5メイルもある巨大な影が姿を現す。
両腕があり、二本の足で歩いているが『それ』は人間ではない。
ボールを繋ぎ合わせたような尋常ではない盛り上がりを見せる筋肉を供えた肉体。
先程のミノタウロスもどきの傭兵が持っていた斧がナイフに見えてしまうような、無骨で巨大な斧。
そして、その巨体に相応しい大きさの牛の頭部に、漂う獣臭。
このハルケギニアにおいて、ミノタウロスと呼ばれる亜人がそこにいた。



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