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Bullet Servants-12


「……と、少し前置きが長くなりましたね」


私の生まれ育った大地と、英雄たるお嬢様にも密接な関わりを持つ、ゴルトロックの英雄神話。
八英雄の一角・フォルテンマイヤー家にとっても、切っても切り離せぬ昔話を語り終え、咳払いする。

「……そして、我が主たるお嬢様――フォルテンマイヤー家当代の“末裔たる者(ミスティック・ワン)”。
 セルマ・フォルテンマイヤー様なのですが――」
「ミスティック・ワン? 何それ?」

……まず、そこからか。
初めて耳にした単語に、(無理もないのだが)また目をぱちくりさせるルイズ様。
ゴルトロックでは耳にすることのあり得ない台詞に、改めてここが異世界であることを実感する。

「……八種族の英雄の一族に代々伝わる、英雄を継承した者に対する称号です。
 ひとまず、当座のこの話の中では――――八英雄家それぞれの当主の事だと思っていただければよろしいかと」
「何よそれ……わざわざ家督を継ぐのに英雄だのなんだのって仰々しいの持ち出すの?
 そもそも『英雄』って言葉、武功を挙げた人に対する賞賛でしょ。 世襲するもんじゃないと思うんだけど……」
「確かにごもっともと言えば、ごもっともではあるのですが――“それがゴルトロックの『英雄』というものでして”」
「……変なの。
 で、そのあんたのいうセルマお嬢さまってさ、『わたしに似てる』って言うことだったけど――どういうことなの?」
「……っ、」

おそらくは相槌のようなつもりで、話の続きを促すルイズ様。
何気なく放たれた、極点を突く言葉――もっとも、そのつもりで話し始めた話題ではあるのだが――に、つい口ごもるが。


「お嬢様は―――“欠落者(ラッカー)”ですので」


ほんの一瞬だけ、再度主への謝罪と覚悟を済ませ、私も口を開いた。


「ラッカー? なんなの、それ?」
「ゴルトロックの言葉で『欠落した者』と言う意味です。
 そしてお嬢様をはじめとするドラゴニュートという種族の中では、それ以上の意味を持つ言葉でもあります」
「欠落、した者……」

その言葉の響きに思うところがあるのか、考え込むようなそぶりを見せるルイズ様。

「先ほど申し上げた、セルマお嬢様の種族の特徴――覚えておられますか?」
「ドラゴニュートっていう種族のこと? そのぐらい覚えてるわよ。
 『竜に変身できる亜人』ってことだったわよね? ほとんど韻竜みたいなものかと思ってるんだけど」
「お嬢様は――変身することができないのです」
「……へ?」

先刻説明した、種族最大の特徴を否定する私の発言に、きょとんと目を丸くするルイズ様。

「で、でも、ドラゴニュートって、『竜に変身できる種族』って言ったばかりじゃない?
 それが、できないって――?」
「……いちおう、それに関わる能力そのものは持ち合わせておられるのですが――
 お嬢様にできるのは、背中に竜の翼を生やすことまでです。完全な竜の姿になることはできません。
 生まれつきそれができない者も、後天的にそうなったという者も居る訳ですが――――
 ラッカーとは、そうした変身能力を欠落したものに対する、ドラゴニュートの種族内での蔑称なのです」
「蔑、称……?」

続けられる私の説明を聞きながら、眉間にしわを寄せて考え込む契約主の少女。

「竜の力を宿し、竜に変身できる力を持って生まれたドラゴニュートという種族において、『変身できない』という事実は――
 こういう言い方も非常に語弊があるのですが、ある種『神からの授かり物をフイにした者』という意識が強いのでしょう。
 故に、発症が先天的ならば『忌み子』、後天的なら『神に見放された者』として――
 ラッカーはドラゴニュートの社会では、太古の昔から現代に至るまで、蔑みの対象とされているのです。
 ……ドラゴニュートでない私には、正直、理解しかねる話ではあるのですが」
「理屈としては、わからないでもないけど……でも、なんか納得できないかも」

ルイズ様から不意に、疑問の声が上がる。

「……? どうなさいました、ルイズ様?」
「だっていくら『韻竜みたいなもの』とは言っても――普段は人間の姿なんでしょ?
 別に生活に困るわけじゃないのに――なのに、そんな酷い言われ方するなんて。そこまで悪いことなの?」

俗に言うところの『素朴な疑問』を呈する、召喚主の少女。
そこが、私が『似ている』と思った部分の根幹に位置するところなのだが――これも、“近すぎて視えない”ということなのだろうか。

「そのご意見、私としても同意する所ではあるのですが――――
 なにぶんこれも太古の昔から根付いてきた認識ゆえ、個人レベルならともかく社会的には、些か拭い難いものなのです。
 ――ちょうどこのハルケギニアの人々の、“魔法の有無についての意識のように”」
「……え?」

私の言葉に思うところがあったのか、一瞬忘我したかのように、動きが固まるルイズ様。

「……失礼しました、話を続けます。
 お嬢様はもともと、フォルテンマイヤー家とは縁もゆかりもないごく普通の家庭に生まれた、平凡なドラゴニュートの少女でした。
 ある日突然発現した、大神エル・アギアスがその資格者に授ける『英雄継承権の証』である赤い瞳――
 フレイマル・ネクスを見出され、先代ミスティック・ワンのランド様にフォルテンマイヤー家に迎え入れられた、養子なのです」
「英雄の……資格? それに養子、って…………
 そのランドって先代の人―― 子供、いなかったの?」
「いいえ。お嬢様を迎え入れた時の先代にはすでに、
 成人し、赤い瞳も発現した実の息子――シド・フォルテンマイヤーが居られました」
「……え? でも、それって――」

『既に嫡男たる人物がいるのに何故?』と言う表情を浮かべる少女。
その疑問に答えるように、私もすかさず言葉を継ぐ。

「……こういう言い方をするのも、非常に心苦しいのですが。
 お嬢様を迎え入れたのは――フォルテンマイヤー家としては、『万が一の為』という意味が強うございました」
「え? どういうことよ、それ……?」

愕然とした表情を浮かべるルイズ様に、心苦しくも話を続ける。

「八英雄家はその特殊な事情から、たとえ血縁者であっても、赤い瞳を有さないものには継承を許されません。
 そしてもし、当主のランド様と、その嫡男で有資格者であったシド様に万一のことがあった場合。
 その際のお家断絶を避けるための、予備的措置として――
 赤い瞳を発現したお嬢様が、フォルテンマイヤーのもう一人の継承候補として迎えられたのです」
「…………そう、なの。
 納得できない話じゃないけど……でも、何か釈然としないわね」
「……ありがとうございます」
「? 何でそこでお礼言うのよ?」

――『釈然としない』。
この旧時代的な世界の慣習の中で育ってきた貴族の少女が、そう言ってくれただけでも、十分な気がした。

「……失礼しました、話を続けます。
 セルマお嬢様はそうした特殊な事情があったとはいえ、それでもドラゴニュートの英雄の末裔であるフォルテンマイヤー家の
 継承候補となれたことを誇りに思い、懸命に日々を過ごしておられました。……あの事件の日、までは」
「あの、事件の……日?」

話を続けながら、無意識のうちに眉間に皺を寄せていたことに気づく。
私の様子が変わったのを察したのか、幾分か表情を硬くして、ルイズ様が聞く。

「まだ執事修行中だった私が、お嬢様のお側役を命じられてから数年経ってからのことでした。
 ――お嬢様は、暗殺されかかったのです」
「……え? 暗殺って……?」
「私もその場に居合わせ、下手人を…………この手で、殺めることになったのですが。
 その暗殺未遂事件の実行犯は、フォルテンマイヤー家の先代執事――――私の、執事としての師と呼べる方でした」
「…………!」
「先代――ランド様の代から、家族ぐるみでよく仕えてくれていた執事に銃を向けられ。
 さらにそれを、“この私が殺してしまった”という事実。
 そして……同じく使用人として仕えてくれた、とても親しかった彼の家族との――その事件を理由にした離別。
 その時の心の傷が元になって――お嬢様は、変身能力を失ってしまったのです」



……語り続けられる、わたしの使い魔のほんとうのご主人さま――『セルマお嬢さま』の話に、知らず知らず息をのんでいた。

もともとは、この使い魔のハーフエルフが『わたしと似ている』なんて言い出した事から、始まった話題だったが……
異境の地の亜人の話とはいえ――こんな複雑な上に、いろいろと深刻そうな境遇の話が飛び出そうなどと、誰が考えようものか。
わたしも、ラ・ヴァリエール家の三女として生を受けながら魔法が失敗ばかりで、
現状この体たらくではあるのだが――ここまで過酷ではなかった。
むしろ『似ている』なんて言っていいのかと、わたしですら感じたが……共感できる要素も確かにあったので、黙って話を聞く。


「その日以来、世間の――特にお嬢様と同族であるドラゴニュート達の、お嬢様を見る目も一変しました。
 “欠落者”は、竜人種の中でも『忌み子』としての差別意識が根強く残る存在。
 その継承候補としての身分ゆえ“表面上、ごく最低限の礼節こそ保たれてはいました”が……
 それでもやはりヒトの生きる社会のこと。有形無形の形で、お嬢様へのそうした意識は表され――」

語り続けるリックの顔に、わたしの目でも見て取れるくらいに、苦いものが浮かんでいた。
見ていて少し辛そうではあったが――それでもここまで聞いて『やめろ』とも言えないので、続きを促す。

「う、うん……続けて」
「――当のセルマお嬢様も、“そんな存在になってしまった”ご自身や、事件で負った心の傷とそのときの境遇――
 そして、世間からの目に、ご自分の人生に半ば絶望しておられました。
 なまじ『“第二”継承候補として一族に迎えられていたこと』も、大きかったのかもしれませんが……
 そうして少し前までは、『継承を絶望視された忌み子』となった自分の生きる価値を見失い、厭世的になっておられたのです」
「……そう、だったの」


話を聞き終えて――それだけ告げるとともに、ため息をつく。

――似ている、なんてものじゃない。
生まれも種族も違うし、育ってきた環境だってぜんぜん違う。
でもそこには、“あり得ていたかも知れない『もう一人のわたし』”とも呼べる少女がいた。

わたしは彼の言う『お嬢さま』のように、自分の人生を『どうでもいい』と思ったことなどはないが。
それでも家で、学院で、あるいは社交の席などで落ちこぼれの『ゼロ』呼ばわりされる度に――
自分の生まれと実力のつり合わなさ加減から、すぐにヤケを起こしたり、向こう見ずな行動に出たことも一度や二度ではない。

それに、彼の語った『お嬢さま』を、人生に絶望せしめた出来事。
わたしの生まれ育ったラ・ヴァリエール家はいままで、そうした継承権だの、暗殺だのといった出来事に
無縁だったからよかったものの――もし『自分がただそこに生きていたせいで』。
自分にとって親愛なる誰かが生死を問わず、人生を滅茶苦茶にされていたら……
(このリックのご主人さまにはちょっと失礼かもしれないが)わたしも、彼女のようになっていたかもしれないのだ。

“わざわざ養子として引き取られたのに、家督を継承することさえ絶望視された”、『欠落者』と蔑まれる少女。
そんな境遇の少女に仕えていたリックに、(彼を召喚した自分が言うのも何ではあるが)少なからず同情しそうになったところで――

「……あ、あれ?」

……あることに気づく。
この自分の使い魔たるハーフエルフの執事が、『本当のご主人さま』のことを語るその結びに、言っていた言葉に。

「ね……ねえ、ちょっと待って!」
「……はい?」




「……ふう」

――やはり、この話はどうしても疲れるな。

一気にセルマお嬢様の『ルイズ様と似ている』と感じたところ――
生まれ育った境遇と、それにまつわる過剰な(と、私の主観では思う)蔑視に曝されていたという事実、そしてそうなった原因――
私もその当事者であった、あの暗殺未遂事件のことを語りきり、少しばかり重く嘆息する。

コゼットのことや、“末裔たる者”の宿敵である聖導評議会、そして暗殺事件の本当の黒幕だった『彼』のことは
煩雑さを避けるために割愛こそしたが――それでも私やお嬢様にとっては特に苦い記憶の一部だっただけに、尚更“重い”のだろう。
ここにいる、“私以外の関係者”の一人――否、一挺であるルダも、黙っていてくれたのは幸いだった。
その精神的な疲労感を、ため息でほぐしていたところで――


「ね……ねえ、ちょっと待って!」
「……はい?」

目の前で話を聞いていた少女――ルイズ様が、不意に私に声をかけてきていた。

「どうなさいました、ルイズ様?」
「その……さっきまでの話の最後に、あんた、こうも言ってたわね。『少し前までは』って」
「……? はい、確かに」
「そ、それに……あんたの本当のご主人さま――セルマって人のことだけど。
 最初に言ったその人の肩書き、『当代のミスティック・ワン』とも言ってたわね」
「ええ。……それが何か?」

唐突かつ勢い込んで浴びせられるルイズ様の質問に、キョトンとしつつ返答を続けていて。
目の前の桃髪の少女の目に、何か切実なものを感じ取る。これは――――

そして、契約主の少女の口から継がれる言葉。

「……だ、だったら!
 そのセルマって人、結局最終的には――――『ラッカー』ってのが治ったの!?」


問いかける眼に込められた、好奇心というには些か切実過ぎる感情と、その答えに対する期待の色を感じ取る。だが……。
少し前後の脈絡を予想しがたいその問いかけに、気を落ち着けて問い返す。

「……なぜ、そうお思いなのですか?」
「だって――そのセルマって人が継承を絶望視されてた理由って、その――
 事件の影響で変身できなくなっちゃったからでしょ? それがドラゴニュートの間ではよくないことだからって……。
 でも、あんたのいう『お嬢さま』は、“当代”って言われてた。だったら――!」

――成程、そういうことか。
ルイズ様の言葉の裏に隠された考えを察し、心中でため息をつく。
お嬢様と『似ている』と私に言われたこともあり、彼女はどこかでその答えを切望していることもあるのだろう。しかし――

「……確かにこのリックは、貴女と彼女を『似ている』とは言ったけどね。
 貴女はセルマ・フォルテンマイヤーじゃないし、彼女もルイズ・ヴァリエールじゃないのよ?」
「……ルダ?」
「え!? ……拳銃、それってどういう意味よ?」

不意に口を挟んできたルダの言葉に、いかにも『水を注された』と言いたげな顔で、ルイズ様が問い返す。

「“変な期待はするな”ってことよ。リック、言っておやりなさいな」
「へ?」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ルイズ様が硬直する。
期待通りの答えなど用意できないのが気の毒だったが――それでも要求は要求。
偽りなく、顛末を告げることにした。

「……結論から申し上げますと、我が主の変身能力は元に戻ってはおりません。
 セルマお嬢様は今でも、『欠落者』のままです」
「え!? で、でも、そのラッカーってのになっちゃったから、周りの人が――」
「……少し私も説明不足でしたか。
 実はラッカーになっても、お嬢様に刻まれた継承権の証である赤い瞳は、消えてなどいなかったのです」
「へ……ど、どういうこと?」
「私も、まさかそうなるとは思っていなかったけどね。
 それに忘れてない? 仮にもしラッカーでなくなったとしても、もう一人、継承候補の大本命がいたって事を」
「……あ」

ルダの一言に、ランド様の実子、シド・フォルテンマイヤーのことを思い出し――そこでさらに困惑するルイズ様。

「で……でもどうして!? その人、ある意味ずっとあんたのお嬢さまより有力だったんじゃ――」
「確かに、そうではあったのですが……真に英雄の継承者を決めるのは、“大いなる神(エル・アギアス)”の意思です。
 そこには、我々の――ヒトの介入する余地などありませんので。たとえそれが、先代のミスティック・ワンであっても」
「私としても実に予想外だったけど――――エル・アギアスはそれでもあの娘を選んだって訳。
 まぁもちろん、後にその件で少なからずトラブルは発生したのだけれどね」

実際には、断じて“『少なからず』というレベルではなかったのだが”――そこは割愛する。

「で、でも……跡取り決定まで全部神さま任せなの!? おかしいわよ、そんなの!」
「他の『名家』ならいざ知らず――八英雄家については、その成り立ちが成り立ちですので。
 それに、二千年間続いてきたこの形は、単なるルールではなく――――文字通り、人知の及ばぬ神の力も働いておりますれば」
「…………そう、なの……」

答えが期待外れだったことに、ルイズ様はがっくりと、肩を落とした。




「……セルマお嬢様のことに関しては、大体このようなところでしょうか」

話のオチに落胆するわたしに、やんわりと声をかける使い魔のハーフエルフ。

(……結局、治らないのかぁ……)

先刻このリックが話してくれた、わたしと少なからず共感するところのあった、彼の『本当のご主人さま』。
『欠落者』とやらになったのに、今ではその家督を見事に引き継いでいるとのことだったから――『もしや』なんて思ってしまった。
あのこうるさい拳銃も言っていた通りに――『“似ているのなら”、もしかしたらわたしも』なんて。
――『ゼロ』からの脱却などという、淡い期待を。

――変な期待はするな? うるさいわね、半分近くはわかってたわよ。
鉄砲ごときに言われる筋合いなんかないじゃないの、生意気な。

そこまで心の中で毒づいて――それに引き続くとある疑問が、わたしの脳裏を一瞬よぎった。
このまま放置するのも寝覚めが悪いので、ついでに尋ねてみる。

「ねえ……ゴルトロックの神さまはどうして、そんな彼女を、継承者に選んだのかしら?
 そもそも、いったい何が基準になるのよ? わたしには分からないわ」
「それに関しては――前者については、申し訳ありませんが正直なところ……本当に、私には答える術がございません。
 “大いなる神”の意思とやらは、我々人類の思惑などとまったく無縁のところにあるものですので。ただ――」
「ただ?」
「後者に関しては……これも正鵠を射たものとは言えませんが、私なりの考えでよろしければ。
 おそらく、英雄として本当に必要なのは――『なろうとする』ことよりも『たろうとする』ことなのではないかと思います」
「……え?」

予想だにしなかった話の流れに、つい眼を丸くする。

「それって、どういう事?」
「英雄に“なりたい”と思うことは――それは翻せば『認められたい』という心から来るものです。
 それ自体を否定するつもりはございませんが……自然、それを目指すために、度を越した無茶に走るもとにもなります。
 そしてその行為の結果が――成功失敗にかかわらず、世の中にとって良い方向に進むとは限りません」
「そ、それで?」
「……例え、英雄的な――世間一般でそう呼ばれるような『凄い行為』に走ろうとしなくてもいい。
 それよりは、本当に失くしてはならない、大切なものを護る。“英雄として、己のあるがままに”。
 例え超人的な力を持ち合わせていなくとも――誇りを持って、本当に成さねばならぬ事を強い意志で成し遂げてみせる。
 そうした者こそ、自ずから、“英雄たるもの”になっていくものなのではないでしょうか」

――穏やかな微笑みとともに、彼の語る『英雄』の条件。
『英雄』というものの話なのに、まるでわたしの『理想と現実』についてのことを言われているような気がして、こそばゆいものを感じた。

「……なんだか、妙に説得力があるわね」
「私のお嬢様という、実例がございますので」

――そして、この一言である。
『お嬢さま』とやらは、よほどの意思で件の逆境から立ち上がって見せたのだろう。
こいつの表情からも、その信頼感が伺える……いまのご主人さまであるわたしとしては、実に複雑な心境だが。
……なぜか自然に、こいつの『お嬢さま』に対して、負けるもんか、という気持ちが湧き上がってきた。
そこまで来て、ふと我に返り――


「あーっ!?」
「ど、どうなさいました、ルイズ様!?」
「そういえばもう昼休みじゃない! お祈りももう終わってるかも……早く行かなきゃ食いっぱぐれちゃうわよ!」
「は……はぁ。それで、この教室の片付けは、これで――?」
「なんだかんだで掃き掃除や机の水拭きまで済ませておいてまだやる気!? これで十分だってば!
 ほら、さっさとついてきなさい!」
「か、畏まりました……!」

……そういえば、いつの間にか陰鬱な気分はかなり薄くなっていた。
脱いでいた背広と手袋を身につけ、あわてて掃除道具の片付けに入る使い魔の姿を傍で見つつ、胸中で呟く。
こいつの『お嬢さま』とやらに、わずかばかりの感謝と、挑戦めいた意思を込めて。


――そうだ。
わたしだって、負けるもんか。


いそいそと掃除道具を片付けてこちらへ駆けつける使い魔を従え、アルヴィーズの食堂へと、駆け足で向かう。
……多分また息も切らさずに涼しい顔でついてくるんだろうなぁ、このハーフエルフ。




「…………さいってい!」

ぱぁん、という小気味良い乾いた音と、しっかりと利いた手首の返しとともに、少女が少年を張り倒す。
食堂のすぐ外にあるガーデン・テーブルと、その上の紅茶とクッキーをなぎ倒しながら、大地に転がる少年。

「……こんなことなら、あんたなんかにその香水あげるんじゃなかったわ!」
「ま、待ってくれたまえ! きみはなにか酷い誤解をして――」

少年が、己を張り倒した少女に、縋りつくように弁明しようとしたところで。

「その香水の小瓶……ミス・モンモランシが、自信作にしか使わない特別なデザインの……!」
「え゙!?
 あ、いや、そ……その、これ、かい……?」

少年を挟んで、その反対側にいた栗色の髪の少女が、涙ぐみつつ発した言葉に振り返り。
言葉の意味を一瞬遅れて理解した後、錆び付いたドアの蝶番のようにたどたどしく、少年は金髪の少女に視線を戻す。

「……へぇ、それで。
 わたしがそれなりにがんばって作った香水を――よりによって後輩へのプレゼントに使い回し? たいした伊達男ぶりだこと」
「うそ……そんな、ひどい……!」
「い、いや、待ってくれケティ! モンモンも! “ちょっとした手違いなんだよ”!
 ケティ、ぼくはきみにこれを渡そうとしたんじゃないんだ!
 ぼくはただきみに、先日のあの美味しいクッキーのお礼に、この青銅製の薔薇のブローチを――」

パニックの極みに陥った頭で。
背後で、降り始めの小雨のように涙をこぼす、下級生の少女と――
決壊寸前の堤防のような威圧感を湛えた目の前の少女に、無我夢中で弁明する少年。
『や』と『ば』と『い』の三文字に埋め尽くされた頭で必死に、“香水が発端となった”『洪水』を阻止しようとして。


「青銅の薔薇のブローチを――――なんですって?」
「あ゙」

土嚢代わりに積み上げようとしたそれが――“堤防を構成する上での要石”だとも気づかずに。


「……わたしだって、あんたからそんなのもらった事ないのにっ!」
「やっぱり、ミス・モンモランシとお付き合いを……うそつきっ!」
「ぶろっ! ずばらっ!?」

乾いた二つの快音とともに、堤防は決壊した。
両の頬に赤い手形を貼りつけて倒れた少年を見下ろすと、少女達はそれぞれに、少年への憤りを吐き捨てる。

「お噂は聞いてましたけど……まさか本当に、こんな不誠実な方だとは思いませんでした! さようなら!」
「あんたのために夜なべした自分が馬鹿みたい! いいかげんな男の香水にはこれで十分よ! じゃあね!」
「ぶわっぷ!?」

泣きながら走り去る栗毛の少女。
持っていたワインボトルの中身を少年の顔にぶちまけ、肩を怒らせてずかずかと歩み去る、金髪の少女。


「ま、待ってくれ……待つんだ、ふたりとも……!」

蚊の鳴くような声で呼び止めるも、二人の背中はすでに豆粒。
昼休みの食堂で唐突に始まった、文字通りの昼メロドラマが如き光景に、彼に注がれるのはせつない生き物を見る視線ばかり。


「どうして、こんなことに……」

この場で一番せつない思いをしている少年は、芝生に這いつくばったまま、一人呟く。

……いや、そりゃ彼女がぼくに香水くれたのはうれしかったさ。持ち歩きたくもなるよ。
それに、あの子がぼくを慕ってクッキーくれたのだって、無下にはできないじゃないか。
おいしかったし、そ、そ、それに――彼女自身だって、結構かわいかったし?
仲良くなれるとラッキーとも思ったし? お礼の一つもしたくなるってもんだろう、男なら!

で、単にケティにお礼とお近づきの品の、手製のブローチを渡そうとして――“間違ってあの香水を出してしまって”。
そして不運にも、“そこにモンモランシーが通りがかってしまっただけの話じゃないか”。
そりゃ、間違えちゃったのは双方に失礼だった。それは認めよう。だが――


「なんでここまでひどい目に……今日は、厄日、か?」


――いや、まず二股かけようとしたお前が悪い。

ここにいる野次馬達は誰もがそう思ったが、あまりのせつなさと少年の間抜けさ加減に、親切にツッコむ者は誰もいなかった。


「うわああああああああああ! ヤケ酒飲んでやるぅぅううううううううッ!」


自身の“根本的な失敗”は棚に上げ、ひとまず目下の一大事こと失恋のショックに泣き咽ぶ金髪の少年。
彼の名は――――ギーシュ・ド・グラモンといった。


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