あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

赤目の使い魔-08


  アルヴィーズの食堂 堂内

トリステイン魔法学院の中心に位置する本塔。その中に、『アルヴィーズの食堂』は存在した。
『小人』の名を冠するそれは、名前に似合わず全生徒の食事を一手に賄える程の規模を誇っている。
日の位置は既に真上を越し、堂内は朝以上の喧騒に包まれていた。
しかし――その中の何処にも、目立つピンクブロンドの髪を見出すことは出来なかった。

「……ここじゃないか」

表情を変えずに、青年――クリストファーは言葉を紡ぎだす。
ルイズが教室を飛び出してから数時間。教室がある程度見れる様になった頃には、時刻は既に午後へと突入していた。
流石に昼食を取る位はするだろうとタカをくくっていたが、どれだけ目を凝らしてもルイズの姿は見えない。
どうやら、先の諍いは思った以上に彼女の心へ響いた様だ。
クリストファーは軽く溜息を吐き、踵を返して寮塔へと向かおうとする。
其処に、声が投げ掛けられた。

「あら。貴方、ルイズの使い魔じゃない」

振り向くと、そこには複数の男に囲まれた(性格には、彼女が侍らしているのだが)少女がいた。
褐色の肌に、燃える様に赤い長髪。

――確か、名前は……

「キュルケ……だっけ?」

クリストファーの言葉を聞いて、少女――キュルケは艶かし気に笑う。
周囲の男達は、突然自分達の世界に乱入してきた彼を訝しげに睨んだ。

「ルイズは一緒じゃないの? その様子じゃ、あの娘の尻拭いが終わったのはついさっきみたいだけど」

所々煤に塗れた彼を見て、キュルケは尋ねた。
クリストファーはどう答えた物かと思案したが、結局「ま、ちょっとね」と肩を竦めて誤魔化す事にした。
キュルケは少し逡巡するように彼を見詰め、小さく溜息を吐くと、立ち上がり男達を後にする。
彼らはキュルケに名残惜しそうに、クリストファーに忌々しげに視線を寄越していたが、キュルケが一睨みすると渋々他の空いている席へと散っていった。
近付いて来るキュルケに、クリストファーは笑いながら言葉を投げかける。

「良かったのかい? 随分とお楽しみ中みたいだったけど」

「いいのよ。あいつ等、私の言うことは大抵聞くし。……それに、私にとっての『お楽しみ』はこんなもんじゃないわよ?」

試してみる? と言わんばかりに誘惑的な笑みを投げ掛けるキュルケ。
クリストファーは、そんな彼女に苦笑を持って、柔らかな拒否の意を示した。
彼女は幾らか不満げな表情をしたが、それは直ぐに消え去り、代わりに言葉が彼女の口から飛び出す。

「ルイズを探してるんだったら、まだ此処には来てないわよ。擦れ違いになるかもしれないし、待ってれば?」

「いやあ……、あの様子じゃ、抜く可能性も無きにしも非ずと言うか……」

キュルケが呆れた様に、クリストファーへと視線を寄越す。

「貴方、一体何言ったのよ。あの娘、性格はあんなんだけど、傷つき易いんだから気を付けなさいよね」

「君には言われたくないなぁ」

その言葉を聞いて、キュルケは「確かに」と苦笑する。

「だけど、あたしの場合はある程度仕方ないのよ。あの娘の家系とは……まあ、少なからず因縁があってね」

「へえ」

クリストファーは素直に驚いた。此処の生徒たちは表面上随分と平和を享受しているように見えたが、水面下ではそんな関係を孕んでいたのか。
貴族制が存在している所から考えれば、兵力を用いての抗争等もしばしば起こっているのだろう。
メイジだって、その力を鑑みればそれらの中枢を担っている事は想像に難くない。
しかし、キュルケはそんな彼の考えを裏切るような言葉を紡ぎだした。

「例えば、あたしのひいひいひいお爺さんはルイズのひいひいひいお爺さんの恋人を奪ったし……」

「……は?」

「後、ひいひいお爺さんはあの娘のひいひいお爺さんの婚約者を寝取って……そうそう、ひいお爺さんも確かあの娘の家の妻を……」

そこまで言った所で、キュルケはクリストファーの冷めた視線に気付き、慌てて言葉を付け加える。

「あ、いや、勿論それだけじゃなくて戦争のたびに殺しあったりもしてるのよ? 領地だって隣同士だし」

それでも、クリストファーの呆れたような視線は緩まない。キュルケは軽く咳払いをして場の空気を強制転換する。

「とにかく、あの娘にとって我がツェルプストー家は不倶戴天の仇敵なのよ。……ま、あたしに取っちゃ至極どうでもいい事なんだけどね。最初に突っかかって来たのはあの娘の方よ」

「……だったら、無視でも何でもすれば良いじゃないか。彼女、皆から無能って意味で『ゼロ』なんて呼ばれてるんだろう?」

『メイジの実力を知りたくば、使い魔を見よ』と言う言葉があるらしい。
今朝方彼女が連れていたフレイムとか言うサラマンダーは、確実に使い魔として上位に食い込む力を持っているだろう。
故に、彼女がメイジとして相応の実力を持っているであろう事は簡単に予測がつく。
そんな人間が、メイジとして底辺に見られている彼女を相手にするとは思えなかった。
すると、彼女は静かに彼へ答えを返した。


「あたしは、彼女が無能だなんて思ってないわよ」


「おや、意外すぎる答えだね」

予想外の返答に、クリストファーは目を丸くする。
今朝のやり取りから見て、てっきり彼女もルイズを下に見ているものと思っていたからだ。

「彼女、座学なら学年トップなのよ。ま、魔法があんなんだから、その分努力したんでしょ」

そんなクリストファーの反応を見て、キュルケは笑いながら続きを紡ぐ。
その笑顔はまるで――自分の妹を、自慢するような表情だった。

「あの娘がまるっきり『無能』だってんなら、勿論相手にもしないわよ。だけど、あんな必死な様子を見せられたら、宿敵として相手しないのも失礼じゃない?……まあ、反応が面白くてついつい苛めちゃうってのも有るけどね」

楽しそうに話すキュルケを見て、クリストファーは一つの考えに至る。
シエスタが娘を心配する母親なら――彼女は、まるで姉だ。
出気の悪い妹をからかいつつも、優しく見守る姉。

これなら、たとえ彼女が『こちら側』に来たとしても――
まだ、『普通』との繋がりを保っていられるかもしれない。
自分は、もう戻れない。彼女を、『異常』へと導くことしか出来ない。

――だけど、彼女達がいれば……。

そこまで考えた時――彼は羨望でも嫉妬でもなく、只純粋に彼女を『心配』している自分に気がついた。

――なんだよ。
――僕、まだこんな感情あったんだ。

そう心で呟いた彼は、いつもの様に笑った。
楽しそうに。嬉しそうに。そして――何処か、寂し気に。

「何よ、急に笑ったりなんかして」

言いながら、キュルケはクリストファーを訝しげに睨む。自分の話を笑われたかと思ったからだ。
クリストファーは慌てて言葉を返した。

「いや、ちょっとした自己発見をね」

その言葉を聞いても、キュルケは視線を緩めなかったが、やがて、気が付いた様に声を上げた。

「そういえば、まだ名前聞いてなかったわね。何時までも貴方じゃやり難いわ。教えてくれる?」

「ああ、忘れてたよ。僕はクリストファー。クリストファー・シャルドレードだ。……まあ、彼女を見守るもの同士、仲良くしよう?」

そう言って、クリストファーは楽しそうに笑った。キュルケも、釣られて同じ様に笑う。

――ああ、『普通』の人とこんな風に笑い合ったのって、初めてかも

彼は、研究所や『吸血鬼(ラミア)』にいた頃には味わったことの無い充実感を感じていた。
その感情は、最早粉々に壊れた彼の心にも――
確かな安らぎとなって、響いていた。


――と、此処で終わってればこの時間は単に彼にとっての幸せな記憶として残ることになったのだろうが、
この後に起こる出来事によって、それは不幸な時間として残ることになる。

尤も、『不幸』となるのは――

その、原因の方だったのだが。

平和な食堂には不釣合いな、ガラスの砕ける音が笑い会う二人の耳を打つ。
誰かがグラスでも落としたのかとキュルケは音源を探るが、その視線が捉えたのは、頭を葡萄酒で真っ赤に染め崩れ落ちる男子生徒と、
その原因であろう割れた酒瓶を握り締め憤然とした顔をする巻き毛の女子生徒の姿だった。
両手で顔を覆って走り去っていく女子の背も、視界の端に捉えられる。
状況からある程度事情は察しが付いたが、男の顔を見てその考えは確信に変わる。

――グラモンとこの、馬鹿息子じゃない。

自分を薔薇に例える、ギーシュという名のどうしようもないキザ男だ。
度量が小さく、幾ら『微熱』の名を冠するキュルケにとっても、誘惑する気すら起きない典型的な小物である。
しかし、端正な顔立ちをしているせいで、ある程度の女性が寄ってくるものだから性質が悪い。
最近も、何人かの女生徒に手を出していると風の噂で聞いていたが……

――ま、因果応報よね。

自分の事を棚に上げ、勝手なことを考えるキュルケ。
これで、あの男も少しは懲りただろう。そう思って彼への関心をなくした彼女だったが――

「君が軽率にも香水のビンを拾い上げたお陰で、二人の名誉に傷が付いた! どうしてくれるのかね!」

内容口調、共に下卑た声を聞き、思わず目を剥いて声の許を仰ぎ見る。
立ち直ったギーシュは、あろう事か手近にいたメイドを糾弾し始めたのだ。
当のメイドは、必死に頭を下げて許しを請う。そばかすのある、可愛らしい顔をした少女だ。
周囲の人間は、言葉ではギーシュを非難しているが、その表情から状況を楽しんでいることは明白だ。
ちょっとしたイベントだと思っているのだろう。
キュルケは小さく舌打ちをする。だからトリステインの貴族は嫌いなのだ。プライドと本当に貴族に必要な気品を取り違えている。

「行きましょう。見ていて気持ちの良い物じゃないわ」

放って置いても、その内終わるだろう。
ギーシュは、度量の小さい小物だ。それ故に、こんな所でメイドに手を上げる度胸もないだろう。
あの二人の女子生徒にも、何処まで手を出していたのか怪しいものだ。
そう思って、キュルケはクリストファーの方を見たのだが――

其処に、彼の姿は無い。
慌てて見渡すと、彼は既に騒動の中心へと向かって歩いていた。

そして、ギーシュの肩を叩き――


                         ・ ・ ・


ギーシュ・ド・グラモンは、焦っていた。
事の始まりは、彼のポケットから転がり出た香水だ。
その香水は、モンモランシーが自分自身のために調合しているものであり、それを持っていると言うことは、彼女と付き合っているという事実に直結する。
直ぐに拾って戻せば事なきを得たのだろうが、案の定、通りかかったメイドに拾われてしまった。
必死で誤魔化そうとしたが、周囲の人間がその様子を見て、モンモランシーとの付き合いを言い当ててしまう。
そして、想定した最悪の事態が起こった。二股をかけていた一つ後輩のケティには頬を張られ、ドミノ式に浮気がばれたモンモランシーには、葡萄酒の瓶で一撃をもらった。
この時点で、彼にとっての最善の道は二人を追いかけ頭を下げることだったのだが、衝撃と焦りで混乱した彼は、最も茨の道となる行動を取ってしまう。
即ち、香水を拾い上げたメイドを糾弾してしまったのだ。
突然怒声を浴びたメイドは、身体をびくりと震わせ、必死になって許しを請うた。
『多くの人を楽しませる薔薇でいる』と言う彼の行動理念は、既に頭には無い。

説教をするうちに、頭への衝撃も薄れ、焦りも消えてきた。
ここまでにして、後のことを考えよう。そう思って、話を打ち切ろうとしたのだが――

唐突に、彼の肩が叩かれる。

――何だ、取り込み中だということも分からないのか。

そう思った彼は、眉を吊り上げ、無礼な乱入者を一喝しようと振り返ったのだが――

場に不釣合いな、禍々しく赤い目と、鋭い牙が彼の言葉を押しとどめる。

――コイツは確か、『ゼロ』のルイズの……

空気を読まずにヘラヘラと笑う男を見て、鎮火した筈の怒りが、再び燃え上がる

――平民風情が、貴族の言葉を遮るとは何事だ!

そして、顔を歪ませて肩に掛かった手を振り払おうとし――

彼の視界は、そのまま九十度傾いた。

――は?

当惑する彼の目の前で、赤目の男は横に飛んで行く。
コンマ何秒か遅れて、彼はようやく気が付いた。

――ああ、何だ。
――飛んでるのは、僕か。

其処まで考えが至った所で――
彼の半身は、硬い衝撃に包まれた。






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