あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

日替わり使い魔-13




 ――目の前で、父が二匹の魔物に嬲られている。

 間断なく耳に響く、肉を打つ打撲音。
 全身を蝕む、疲労と鈍痛という名の束縛。
 首筋に当てられた、冷たい刃の感触。

 魂が永遠に地獄をさまよう――刃の主は、確かにそう言った。
 字すら読めない無学な子供である彼には、その言葉の意味はわからなかったが――それがとても恐ろしいことであることだけは、なんとなく理解できた。
 だが、このままでは目の前の父が命を落としてしまう。彼にとって、それは自分が死ぬことよりも、よほど恐ろしいことに思えた。
 しかし、彼は拘束から抜け出せない。彼を拘束する腕は、骨と皮で出来ているかのように細かった。なのに、その見た目からは信じられないほどの膂力でもって、彼の動きを封じている。
 極度のダメージのせいで思うように動けない体では、その束縛から逃げることはおろか、自ら死を選ぶことすらままならなかった。

 やがて――数え切れないほどの攻撃を受け続けていた父は、ついに膝を折った。

 どさりと音を立てて倒れる頑強な肉体。ゆっくりと床に広がる赤い水溜り。喉の奥から吐き出された父を呼ぶ声は、自分のもののはずなのに、なぜか遠く感じた。
 しかし、父はそんな体でなお、残った力を振り絞って立ち上がった。
 自らの死期を悟り、息子に最後の言葉を残そうとする父。



 だがヤツは――アイツは、そんな父に最後まで言わせることなく――






                                『メラゾーマ』






「――――ッ!」

 ハッとなり、リュカは大きく目を見開いた。
 最初に視界に飛び込んだ景色は、薄暗い遺跡の中――ではなく、あまり良い造りとは言えない狭い寝室であった。
 そこでやっと、彼は自分が眠っていたことを思い出した。あまりゆっくりと寝ていられるほど暇ではないので、ベッドではなく椅子に座っての仮眠である――もっとも、仮眠のつもりだったのが、夢を見る程度には深く寝入ってしまっていたようであったが。

「……あの時の夢、か。随分と久しぶりに見たもんだ……」

 ひやりとしたものを胸に感じて手を当ててみれば、湿った感触が手に伝わった。
 どうやら寝汗をかいていたようである。夢見が悪かったのもあり、あまり良い気分ではない。
 部屋の外を見てみれば既に日は昇っているようで、随分と明るかった。だが、いまだ早朝と呼ばれる時間帯であろうことは、日差しの角度や妙に静かな街の雰囲気で、察することはできた。

 ――ここはラ・ロシェール。アルビオン行きの船が出港する、トリステインの港町である。

 リュカが仮眠を取っていたのは、その街にある宿屋の一つ『金の酒樽』亭の一室である。
 彼は昨晩、クックルとメッキーから報告を受けてすぐ、プックル、シーザー、ホイミンを連れて魔法学院までルーラで飛んだ。そして就寝前のオスマンに事情を話してアルビオンまでの道を尋ね、シーザーの翼でラ・ロシェールまでノンストップで飛んで来たのだ。
 急いだ甲斐もあり、ここに辿り着いたのは夜明け前。そして街に入れないプックルたちを残し、一旦休憩を取ろうと適当に選んだ宿が、ここであった。
 通貨が違うせいで宿泊代金には交渉が必要だったが、『珍しい異国のコイン』というフレーズを武器にどうにか交渉を成立させ、部屋を取ることに成功した。

「そろそろ行くかな」

 つぶやき、リュカは手早く身支度を整え、多くない手荷物を持って部屋を出る。そのまま宿を出るために階段を下りると、酒場へと出た。
 この宿は、一階が酒場を兼ねた食堂となっている――のだが、階段を下りたリュカの視界に飛び込んできた景色は、酒場でも食堂でもなかった。その景色に一番近い表現は『廃墟』とでも言ったところだろうか。
 というのも、その酒場はまるで竜巻が店内を蹂躙したかのように、ありとあらゆる物品が散乱していたのだ。

「あー……」

 その惨状を見て、リュカはちょっとバツが悪そうに頬を掻く――実のところを言えば、その惨状を生み出した責任の半分はリュカ自身にあった。
 ちらりと酒場の脇に視線を向ければ、数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいの無数の男達が、死屍累々と床に横たわっていた。そいつらこそが、『責任のもう半分』のならず者たちである――ちなみに死者はいない。
 そんな中で無事なものといえば、カウンターとそこから向こう側ぐらいなものである。

 ――床に転がっている男達は、つい昨晩ルイズたちを襲撃した傭兵たちであった。

 昨晩、適当に見繕ったこの宿には、先客がいた。
 それは、昨晩の襲撃に失敗した傭兵たち。彼らは一見して金を持っていそうな出で立ちのリュカを見るなり、鬱憤晴らしも兼ねて強盗目的で襲い掛かったのだが……いかんせん相手が悪い。
 相手はたかが一人、貴族だろうとメイジだろうと、この人数には太刀打ちできない――とでも思ったのだろう。だが結果は現在の惨状が物語る通り、返り討ちである。
 そうやって自業自得とも言える状況に晒された傭兵たちは今、「つ、強えぇ……」だの「今日は厄日だ……」だの「俺、もう傭兵やめる……」だのと口々に呻いていた。そろそろ何人かが目を覚ましているらしい。
 また、彼らがルイズたちを襲撃した張本人たちであったことは、リュカにとっても都合が良いことだった。少し締め上げただけで、欲しい情報がすぐに手に入れられたからである。
 結果、情報収集に費やす予定だった時間を、丸々休憩に充てることができた。

 ――ルイズたちが乗り込んだ船は、順調ならば昼前にはスカボローの港に到着する。
 そこから王党派が立て篭もるニューカッスル城まで、馬で約一日――

 町の人々が活動を始める頃にでも出発すれば、シーザーの翼ならば上手くすればスカボローで合流できる。そうしたら、勝手な行動を取ったレックスたちを軽く叱ってやった上で、ルイズたちに協力すればいい。
 そんな予定を立てるリュカは、ゴールド金貨の詰まった麻袋を一つ取り出し、店の修繕費と迷惑料のつもりでカウンターの向こうに投げ入れ、宿を後にした。



 ――だが――
 まさかリュカも、まったく同じタイミングで自分と同じ夢を見ていた人間がいたなどとは、露にも思っていなかった。



 時刻は少々遡り、リュカが目を覚ましたのとちょうど同じ頃、その『同じ夢を見ていた人間』はといえば――

「――きゃあああああっ!」

 その人物――ルイズは、絶叫と共にガバッと身を起こした。
 その声に、傍にいた双子の視線が集中する。だが彼女はそれに気付かず、キョロキョロと怯えたような様子で周囲を見回した。
 右を見れども左を見れど、目に映るのは船の甲板の景色のみ――

「……え、夢……?」

 ややあって、今まで見ていたのが夢であることに気付き、ホッと安堵の息を漏らす。

 ――敵の襲撃を退けたあの後、ワルドは停泊していた貨物船の船長と交渉した。
 交渉の結果、貨物の運賃と同等の金額、そして『風』のスクウェアたる彼自身が足りない風石の代わりとなることを条件に、即出発することになった。
 本来無関係なキュルケとシャルロットはともかく、ギーシュを残すことに後ろ髪が引かれる思いがなかったわけではない。
 しかし襲撃者の大半を無力化したとはいえ、桟橋に来てまで襲撃された以上、馬鹿正直に朝の出港まで待とうものなら二度目、三度目の襲撃が来ないとも限らない。
 そういうわけでギーシュを残して港を出た一行は、疲労から船室に案内されるのを待てず、舷側に座り込んで眠ることになった。もっとも、貨物船である以上まともな客室などあるはずもなく、たとえ案内されたとしても乗組員の粗末な船室ぐらいしかなかっただろうが。

 ともあれ、それがルイズの今置かれている現状である。決して、薄暗い古代遺跡で魔物に嬲られるような、悲惨な状況ではなかった。

「どうしたの? 嫌な夢でも見た?」

「ん……そんなところ。大丈夫よ、なんでもないわ」

 心配そうに覗きこむレックスにそう答えると、彼は「そう?」と小首を傾げただけで、それ以上追究はしなかった。

 ――いったい何だったんだろうか、今の夢は。

 一人の戦士が、見るも醜悪な二匹……いや、三匹の魔物に、よってたかって嬲り殺される夢。
 夢と言うには、あまりにも生々しいリアルな夢。首筋に触れる刃の冷たさも、全身を蝕む鈍痛も、耳に届く痛々しい打撲音も、そして――鼻をつく血の臭いすらも、全てが濃密に再現されていた。
 自らの大切な者を人質に取られ、何の反撃も許されずに殺される戦士の死に様は、無惨と言うにはあまりにもむごいと言えた。
 だが――ルイズにはその夢の中で、何よりも気にかかることがあった。

 あの嬲り殺されていた戦士は……最後に自分に向かって、『リュカ』と呼んでいなかったか?

(だとすれば、今の夢はまさか――)

「ねえ! それよりも見てよ、あれ!」

 思索に耽るルイズの耳に、興奮したレックスの声が響く。
 その声にルイズは考えるのを中断し、ゆっくりと立ち上がりながら彼が指差す先に視線を向ける――そこには、巨大という表現では飽き足らないほどに巨大すぎる、雲に包まれた岩塊の姿があった。
 岩塊の上には山がそびえ、その端から滝が落ちているのが見える。滝は途中で雲に変わり、岩塊の下半分を完全に覆い隠していた。
 これこそが、『白の国』アルビオン。こうやって雄大な姿を確認できる以上は到着も近いような気になるが、実際にスカボローの港に到着するのは何時間も先だ。つまり、それほどの距離が離れていながらも、これほど大きく見えるということだ。
 その事実だけでも、この浮遊大陸がどれほどの大きさかは類推できるだろう。

「すごい、すごいよ! 島がまるごと空飛んでるよ! あれに比べれば、天空城がショボく見える! こんなの初めて見た!」

 しきりに「すごい」を連呼しては笑うレックスに、ルイズも思わずつられて笑う。もし今、世界が平和になったからと職務放棄して人間に成り下がったどこぞの駄竜神がこの台詞を聞いたら、思いっきり顔をしかめたことだろう。
 子供らしくはしゃぐレックス。その様子に微笑ましさを感じていたルイズは、ふと彼の腕についた傷に気付いた――そして思い出す。彼が昨晩、敵のライトニング・クラウドをまともに受けていたことを。
 彼はその上でなお攻撃の手を緩めずに敵を撃退し、更にはその傷まですぐに治してしまったが――

「ねえ、レックス……その傷」

「え? あ……完全に治ったわけじゃなかったのか。ま、いいや。一晩休んだし」

 言われて初めて気付いたかのように言うと、そのまま傷を放置した。
 ルイズはそんな彼の様子に一つため息を漏らし、懐からハンカチを取り出す。彼女は「ちょっとじっとしてなさい」と言って、そのハンカチをレックスの腕に巻いた。

「これでよし。傷をそのまま放っておくのは良くないわ」

「…………」

「ん?」

「あ、な、なんでもない」

 いきなり黙り込んだレックスに疑問の視線を向けるが、彼はどもりながら視線を逸らした。その頬は、若干赤く染まっていた。
 そんな彼の横顔を見ながら、ルイズは疑問に思う。日常で見せる、歳相応の元気な笑顔。戦闘の時に見せる、どこまでも頼りになる戦士の横顔。一体どっちが、彼の本当の顔なのだろうかと。

「ねえ、一つ聞いていい?」

「な、何?」

「ゆうべ、敵のライトニング・クラウドを受けたけど……その、痛くなかったの?」

 その問いに、顔を赤く染めていたレックスの顔が、途端に真剣なものになる。ルイズにハンカチを巻いてもらった箇所に視線を落とし、そこを手で押さえた。

「……もちろん、痛かったよ。すっごくね」

「でも、そんな素振りも見せずに攻撃してたわよね?」

「そりゃあ、ボクは死んでなかったから」

「……死んでなかったから?」

 さも当然とばかりのその言葉に、ルイズは怪訝そうに眉根を寄せた。
 死んでなければ攻撃できる――レックスの言うそれは、ルイズには極論以外の何物でもないように思えた。

「死んでなかったら、どんな状態でも戦えるってこと? そんなわけないじゃない」

「ところが、そんなわけあるんだよ。少なくともボクにとっては。心臓が止まるその一瞬まで諦めずに、勝利をもぎ取るために足掻き続ける――それぐらいの覚悟じゃないと勝てない敵、痛がってる暇すら許されない戦いを、ボクは経験してきたから。
 だからボクにとっては、死んでないってことは、イコール戦えるってことなんだ」

「そんな……」

 真剣な戦士としての表情で語るレックス。その言葉に、ルイズは二の句が告げられなくなった。
 レックスはいまだ11歳。まだまだ遊びたい盛りの子供である。そんな子供の口から、こんな言葉が飛び出してくる――その事実に、彼がどうしてここまで強いのかを、ルイズはなんとなく察した。
 だがそれと同時、これほどの強さを持つ彼がそんな修羅場を経験しなければならない事態とは一体何かと、想像するだけでも背筋の凍るような思いになる。そしてそんな修羅場に、なぜこんな子供が放り込まれなければならなかったのか、ということにも疑問を覚えた。
 並んで立てば、ルイズの方が肩の位置がわずかに高い――それを思えば尚更だ。
 そんな彼の小さな腕は、しかしそれほどの修羅場を潜り抜けた証拠だとばかりに逞しく、あの落下する中でルイズを仔猫のように軽々と受け止め、抱き上げていた。
 子供とはいえ、異性に抱き上げられた――その事実を思い出し、しかもそれほど嫌な気分ではなかったことに、わずかに頬が熱くなる。だがそんな微妙な心中はとりあえず脇に置いておき、レックスとの会話を続ける。

「レックスは……それでいいの?」

「いいも何も、それがボクに与えられた使命だったから。みんなが笑顔で日々を過ごすために、ボクだけが出来ることだったから」

「何よそれ?」

 使命――唐突に出てきたその単語に、ルイズは眉根を寄せた。
 だがそんな彼女の疑問に、しかしレックスはすぐに口を開くことなく、ポリポリと頬を掻きながら「んー」と言葉を濁した。

「ん……何と言われても、もう終わったことなんだけどね。今のボクには使命も何もない、激しい死闘を経験したことがあるってだけの、ただのレックスだよ」

「……そこは『ただの子供』って表現するところじゃないの?」

「ボクもう子供じゃないもん」

 揚げ足を取るかのようなルイズのツッコミに、レックスはぷぅと頬を膨らませて反論した。その反応が本人の言葉とは裏腹にいかにも子供っぽく見え、ルイズは思わずぷっと噴き出した。
 なんだかんだ言っても、やはり根っこの部分は子供である。色々と普通じゃないレックスにもそんな普通の部分が残っていることを再確認し、彼女は少しだけ安心した。
 だがレックスは、ルイズのそんな心の裡など気付いた様子もなく、その反応に「あーっ! 笑ったなー!」と騒ぎ出した。しかしルイズはそんな反応ですら微笑ましく思えてしまい、「はいはい」と苦笑するばかりである。

 と――ルイズはその時、隣で横になっているタバサに気付いた。

「で、それはそれとして……そっちはどうしたの?」

 ルイズが首を傾げるのも無理はない。タバサは横になっているものの眠っているわけではなく、むしろ今までずっと起きてたかのように目に下に隈が出来ている。よく見ればガタガタと震えていて、顔色もあまり良くはない。
 風邪でも引いたのか――そんなことを考えながら、続く言葉を口にしようとしたその時。

「こ、怖いんです……」

「え?」

「私、高いところ苦手なんです」

 その返事だけで、ルイズはだいたいの事情を察することができた。だったら、わざわざ皆と一緒にこんなところにいないで、無理を言ってでも船室の方を借りてればいいのに――と思う。というか、こんな調子であの浮遊大陸アルビオンに行って大丈夫なのか。

 と、そんな心配が脳裏をよぎった時――鐘楼に登った見張りの船員が、大声を上げた。

「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」

 その声に、船全体に緊張が走った。ルイズとレックスは、見張りの船員が示す方向に視線を向ける。
 そちらには、確かに船員の言葉通り、こちらに接近してくる船の姿が見えた。この船――『マリー・ガラント』号よりも一回りも大きく、舷側に開いた穴からは、二十門を越える大砲がこちらに照準を定めていた。

「いやだわ……反乱勢、貴族派の軍艦かしら」

「敵?」

「たぶん」

 ルイズのつぶやきに反応したレックスの問いに、彼女は曖昧に答えた。それを受け、レックスは剣に手をかける。
 レックスがその気になれば、連中が近付いた頃合を見計らい、大砲を撃たれる前にライデインで一掃することも可能だろう。事実、彼はそれをする気であった。
 だが――

「……やめて、お兄ちゃん」

「タバサ?」

 妙に弱々しい妹の声を耳にし、レックスは振り向いた。足を拘束されているような感覚に、そのまま視線を下に落とす。
 すると、そこでは――床に這いつくばったまま、レックスの右足に両手でしがみ付くタバサの姿。顔は完全に青褪め、今にも泣きそうな様子であった。

「何考えてるのかわかるけど、それだけはやめて。もし……もし万が一、お兄ちゃんがあいつらをやっつける前に大砲が撃たれたら、この船落ちちゃうよ。そうなったらって考えるだけで、私……怖い」

「大丈夫だって」

「いや。お願い」

 涙目で必死に訴えてくる妹に、レックスは肩をすくめた。
 天まで届くほど高い塔に昇ったこともあれば、それと並ぶほどの高山の山頂に、竜神の背に乗って飛んで行ったこともある。そんな経験をしておきながらも、彼女の高所恐怖症は治る兆しさえ見せない。
 そういえばあの時も、怯えるタバサを落ち着かせるのに大変だったなぁ……などと昔を懐かしみながら、レックスはやれやれと抜きかけた剣を鞘に戻した。

「とりあえずは様子見……かな」

 ぽつりとこぼしたレックスの意見に、ルイズもタバサも異論はなかった。
 そしてその頃には、ルイズの頭の中からは先ほど見た不吉な夢のことなど、完全に忘れ去られていた――



 ――そして、その後――

 ルイズが空賊の頭目に物怖じせずに啖呵を切ったり、レックスがそれを煽ったり、実は頭目の正体が王党派のウェールズ皇太子だったりと色々あり、ほとんど結果オーライ的な流れで一行は最終目的の人物と接触することができた。
 そんなわけで、王党派が立て篭もる最後の砦であるニューカッスル城――その真下の秘密の港に、ルイズたちは案内されることとなった。



 そして、数時間後――ルイズたちを乗せた『マリー・ガラント』号がウェールズ率いる『イーグル』号に拿捕された、ちょうどその空域にて。

「だいぶ近付いて来たわね」

 眼前に広がるアルビオンを見上げ、シルフィードの背に乗ったキュルケはぽつりとつぶやいた。
 今この場にいるのは、シルフィードに乗ったシャルロット、キュルケ、ギーシュの三人。そしてオマケで、シルフィードに掴まれてぶらーんとぶら下がっている、ギーシュの使い魔のジャイアントモール――ヴェルダンデ。
 ギーシュが言うには、彼ら一行が用があるのは、アルビオンの王党派らしい。ラ・ロシェールで傭兵の一団を退けて後顧の憂いを断った三人は、そのままシルフィードの背に乗ってルイズたちを追うこととなった。
 今現在、アルビオン王党派の所在地はニューカッスル城ただ一つ――つまり、そこまで追い込まれているということである。目的地はわかりやすいので、ルイズたちの道行きが順調ならば、どこかで必ず合流できるだろう。
 もっとも――わかりやすいはいいのだが、この状況では急がなければならないだろう。王党派はもはや、明日にも壊滅する見込みだ。

「で――ここまで巻き込んでおいて、結局任務内容は話してくれないわけ?」

「勝手に首を突っ込んだのは君たちだろう。それにこれは密命なんだ。ぼくをアルビオンまで運んでくれるのは感謝するけど、それとこれとは話は別。さすがに話せないものは話せないさ」

 普段は口の軽いギーシュにこうまで言われては、さすがのキュルケも諦めざるを得ない。仕方ないわねとばかりに肩をすくめ、それ以上は追究しないことに決めた。
 そしてその代わりに、今度はシャルロットの方へと話を振る。既にだいぶ高くなっている太陽を見上げながら、「あとどれぐらい?」と尋ねた。

「ニューカッスルまで、直線距離なら風竜で半日もかからない。けど、アルビオンのほとんどは既にレコン・キスタの手の内。警戒網を潜り抜けながらだと、早くても明日の未明」

「遅ければ?」

「王党派の壊滅に間に合わない」

「そ、それは困る!」

 キュルケの追加の質問に淡々と答えたシャルロット。その返答内容に焦ったのは、当然ギーシュであった。
 ぎゃーぎゃーと騒ぎ出すギーシュを無視しながら、キュルケは「急いで」とシャルロットに伝える。彼女もわかったもので、コクリと小さく頷いてシルフィードに指示を送った。

 と――

「タバサ、後ろから何か来るわ」

 唐突に、キュルケが後方下に視線を向け、シャルロットに警戒を促した。
 その言葉に、シャルロットとギーシュは同時にキュルケの視線の先を追ってみる。
 すると――彼女たちの目に映ったのは、一直線にこちらに向かってくる『金色の何か』の姿。
 翼で風を打ち、大空を羽ばたいてやって来るそれは――

「あれは……まさかドラゴン? ということは、もしかして貴族派の竜騎士!?」

「いえ、あれは確か――」

 ギーシュはそれがドラゴンと見るや否や、最悪の展開を予想して青褪めた。しかしキュルケは対照的に落ち着いた様子で、記憶の中からそのドラゴンについての心当たりを探し出した……というより、あのサイズの金色のドラゴンなぞ、彼女の記憶には一匹しかいない。
 だがキュルケがその答えを口にするよりも早く、くだんのドラゴンは凄まじいスピードでシルフィードに迫り――そして急ブレーキをかけ、彼女たちの目の前で停止した。シルフィードが驚いたように「きゅい!」と鳴き、ギーシュが「わわ!」と腰を抜かす。
 だがキュルケは、目の前までやってきたそのドラゴンの姿に、自身の予想が正しかったことを確信した。

「やっぱり……シーザー! っていうことは――」

「君らは……キュルケとタバサ? なんでここに?」

「ダーリン!」

 シーザーの背からひょっこりと顔を出したリュカを見て、キュルケは嬉しそうに歓声を上げた。リュカの傍にはプックルと、あとは初めて見る青いクラゲのような生き物がいた。
 だが、彼らは一様として初めて見る格好をしていた。シーザーは胸当てと兜を、プックルもデザインは違うが同様に兜と、更にルイズも着ていた水の羽衣を身に付けていた。もう一匹も水の羽衣、帽子、盾を装備して、一見してよくわからない見た目である。
 無論、彼らを率いるリュカ自身も、普段の格好ではない。いつものターバンは巻いておらず、マントは惚れ惚れするような見事な一品になっており、光り輝く盾を持ち、背負っている大きな杖はドラゴンの頭部を模した形状をしている。

「ねえ、ダーリン……その格好は?」

「だからダーリンはやめてって何度も……まあいいや。ちょっと手違いがあってルイズと一緒に行けなかったから、急いで追いかけてるところだよ。状況が状況だし、事によったら戦場に突っ込むことにもなると思うから、こんな格好になったってだけさ」

「さすがにルイズも、五万に突っ込むような無茶はしないと思うけど……確かに備えは必要ね」

 リュカの説明に、キュルケは得心がいったとばかりに頷いた。
 正直、盾や兜はともかく、マントや羽衣に鎧以上の防御効果があるとは思えなかったが――リュカがそう言って用意したものであるならば、それらもおそらく見た目通りではあるまい。

「で、最初の質問に戻るけど、そっちはどうしてここに?」

「ああ、それはぼくが話そう」

 キュルケの質問に答え、最初の質問を改めて繰り返したリュカに、ギーシュが説明を買って出た。
 ラ・ロシェールの街で起きた出来事を掻い摘んで――多少、自分の活躍に脚色を加えてはキュルケにツッコミを入れられていたが――話し、ルイズとワルドの二人が先行したこと、そしてレックスとタバサが少し遅れてそれを追ったことを話した。
 そして最後に、自分たちがそれを大幅に遅れて追っているという話で、締め括った。

「なるほど……つまりレックスたちは、変わらずにルイズの傍にいるわけだね?」

「ラ・ロシェールに取り残されてた形跡はなかったから、無事に追い付いたと見て間違いはないと思うけど」

「あの二人がついていれば、さほど心配はないだろうね。実力だけで言えば、あの歳で既に達人レベルを超えているから」

「……みたいね。魔法衛士隊の隊長を一蹴した時は、開いた口が塞がらなかったわ」

 リュカの言葉に頷いたのは、キュルケである。先日の決闘の様子を思い出したのか、感心を通り越して呆れている様子であった。
 そして、リュカはそれから少し口を閉ざし、彼女たちから聞いた話を頭の中で整理する。それも数秒と経たずに終わり、結論が出たらしい彼はアルビオンの方に視線を向けた。

「さて――それじゃ僕は、これからスカボロー……だっけ? そこに向かって、可能ならルイズたちと合流するつもりだけど、君らはどうする?」

 その問いかけに、キュルケたちは顔を見合わせた。先ほど、あっさりとシルフィードに追い付いたシーザーの速度からすれば、スカボローまではさほどかかるまい。
 だが――

「……あなたはスカボローに行かない方がいい」

 リュカの問いに答える代わりにタバサが口にしたのは、警告であった。その内容に、リュカは「?」と首を傾げる。

「シーザーは目立ち過ぎる。今アルビオンは、ニューカッスル城を除いて全てがレコン・キスタの勢力下。何の警戒もなしにスカボローに行けば、きっと面倒なことになる」

「なるほど……それじゃ、直接ニューカッスルに向かった方がいいってことか。仮に追い抜いてしまうことになるとしても、そこで待ってればルイズたちもやって来る」

「でも、ニューカッスルはレコン・キスタに包囲されてる。それも難しい」

 シャルロットの意見に、リュカは考えを改めて計画を練り直す。しかしシャルロットは、それも難しいことを指摘した。
 もっとも、その条件は先行しているルイズたちも同様である。予定通りにスカボローに着いていれば、どうやってニューカッスル城に入城するかという最後の難題が待ち構えていることだろう。
 まあ、実際はそんな難題もスルーして、王党派の導きで既にニューカッスル城に直接向かっているところなのだが……ここにいる彼女たちには知る由もないことである。
 しかしそんなシャルロットの指摘にも、今度はリュカも考える素振りを見せず、自信ありげに笑って見せた。

「五万と言っても、そのほとんどは『ただの人間』だろう? 全滅させに行くわけじゃないんだから、突っ切るだけなら苦労はないよ。強大な魔物ひしめくエビルマウンテンでミルドラースに向かって突き進んでいた頃を思えば、楽な道行きだろうさ」

「……は? エビルマウンテン? ミルドラース? なんの話?」

「こっちの話。で――ついて来るかい?」

「やめとく」

 リュカの誘いに、シャルロットは即座に首を横に振った。さすがに、その無茶な提案には乗る気にはなれない。逆に、無謀だと言って止めようかと思ったぐらいだ。
 しかしそんな無謀も、彼が笑って言えば可能と思えるから不思議である。彼が「そう? じゃ、また後でね」とあっさり引き下がって去ろうとしたその背を、引き止める言葉は出てこなかった。
 ばっさばっさと翼をはためかせ、シーザーがアルビオンに向かって去って行く――その後ろ姿を見送りながら、キュルケがぽつりとつぶやいた。

「……ギーシュ、あんた一緒に行けば良かったんじゃない?」

「冗談じゃないよ」

 彼の自信が根拠あってのことであろうとも、あくまでも一般の学生に過ぎないギーシュには、それに付き合うだけの実力も度胸もなかった。
 もっとも――付いて行って命を落としたとしても、リュカからすれば「後でザオラルすればいいや」程度の認識であっただろうが。





 それから時は流れ、更に数時間後――日が暮れ、夜の帳が落ちた頃。

「いよいよ明日で終わりますね」

 王党派が最後に立て篭もるニューカッスル城を包囲する貴族派『レコン・キスタ』軍――その旗艦たる『レキシントン』号の甲板の上で、盟主たるオリヴァー・クロムウェルはぽつりとつぶやいた。
 先ほど、明日の正午に攻撃を開始する旨の最後通告を、王党派に突き付けたばかりである。それが終われば、貴族派の圧倒的勝利でアルビオンは我が物となるだろう。
 しかしその呟きに、隣に立つ人物――彼の秘書官たる『シェフィールド』は「ほっほっほっ」と笑った。

「終わり? 何をおっしゃいますか。アルビオンが手中に収まれば、次はこのハルケギニアの全てを制圧しにかかるのですよ。むしろ、始まりに過ぎません」

「そう……そう、ですな。始まりです。ハルケギニアを一つにして聖地を奪還するという我々の使命は、いまだ始まってすらいないのでしたな」

「そうですよ、役者も揃っていないことですしね。ほっほっほっ……このわたくしが『ミョズニトニルン』として呼ばれた以上、『ヴィンダールヴ』はおそらく――いや間違いなく、“彼”以外にあり得ません。いやはや、再会が待ち遠しいですよ……役者が揃う、その時が」

「彼……?」

 クロムウェルには理解しがたいことを言い始めた『シェフィールド』の台詞に、眉根を寄せた。
 その時――ざわざわとしたどよめきが周囲に広がり、行き交う靴音がバタバタと耳に届き始めた。にわかに慌しくなった艦内の様子に、クロムウェルは怪訝な表情になる。

「……何事です? そこの人、止まってください! 何が起こってるのですか?」

 ちょうど近くを通りかかった乗組員を呼び止め、事情を聞く。司令官に直接声をかけられたことで、その人物は足を止め、緊張した様子で直立不動になり、敬礼した。

「はっ! ただ今入った報告によりますと、後方より所属不明の竜騎士が一騎、我が陣営に突入してきたとのことです!」

「一騎? たかが一騎で、どうしてこの『レキシントン』号まで報告が届くのですか?」

「それが……再三の警告にも応じないのみならず、撃墜しようとした我が軍の竜騎士たちが軒並み返り討ちに遭い、更には信じられないスピードでこの『レキシントン』号に接近しているらしく――」

「所属不明の竜騎士、左舷後方より接近!」

「も、もうここまで!? 持ち場に戻ります!」

 急いで敬礼し、慌しく持ち場に戻る男の背を見送って、クロムウェルと『シェフィールド』は左舷の方へと移動した。
 船の縁から見てみれば、護衛艦の大砲が、乗組員のメイジらが放つ魔法が、雨あられと降り注ぐその中心で――それらを物ともせずに突っ込んでくる、黄金の鱗を持った巨竜の姿が見えた。その背には三つの影が見える。
 さすがに全てを回避しているはずもなく、いくらかは命中しているものの――そのたびに光が竜を包み込んで傷を癒していた。その光の発生源は、竜の背にいる三つの影の一つ、小さな青いクラゲっぽい生き物であった。
 その竜騎士は、撃墜される様子を見せず、どんどんと『レキシントン』号に近付いてくる。

 ――そして、『シェフィールド』は――

「ほっ――」

 いつもより1オクターブは高い声が、その喉から漏れ――

「ほっ、ほっ、ほっ――」

 若干、引き攣ったような笑い声を形成し――

「ほっほっほっ……ほーっほっほっほっほっ!」

 唐突に肩を震わせ、大声で笑い出した。

「シェ、『シェフィールド』殿……?」

 その尋常ならざる様子に、クロムウェルは一歩後ずさりながら、怪訝そうに声をかける。
 しかし『シェフィールド』はそれに答えず、しきりに笑い続け――やがて、竜騎士がまさに『レキシントン』号に最接近してきた頃にその笑い声を止め、口を三日月のような形にしてニタリと笑った。

「ほっほっほっ。噂をすれば影とは、よく言ったものですね……まさか、こんなところで会えるとは!」

 感激しているかのように言う『シェフィールド』。その視線の先にいる竜、その背中にいる男、猛獣、クラゲ――彼らは『風』の魔法、炎や吹雪のブレス、更には広範囲に迸る紫電などを放ち、周囲の竜騎士を撃墜している。
 そして、それを見る『シェフィールド』は――

「……手ぬるい。手加減してますね」

 嘲るような言葉を放ち、横にいるクロムウェルが「は?」と眉根を寄せた。しかし『シェフィールド』は、そんなクロムウェルの様子に構わず続ける。

「彼らに撃墜された竜騎士たちは、おそらく一人として死んではいないでしょう。相変わらず甘い人ですね――ですが、それでこそ“彼”です。
 こんな戦場にいながら甘さを保ち続ける……なんと素晴らしいことでしょう。彼に殺人を犯させることすらできない我が軍では、彼の行く手を塞ぐことなど到底できないでしょうね」

 言っているうちに、竜騎士は『レキシントン』号の真横を過ぎ去ろうとしている。
 ここまで近付けば、もはやその姿ははっきりと視認できる――『シェフィールド』の予想通り、やはりリュカであった。竜はグレイトドラゴン、猛獣はキラーパンサー、クラゲはホイミスライムだ。
 そして彼らの視線は、この『レキシントン』号になど向いていなかった。おそらく、素通りするつもりなのだろう。彼らはこの艦に向かっていたのではなく、彼らの進路上にこの艦があっただけに過ぎない……ということか。

「この艦は眼中にない……ですか。ほっほっほっ。しかしこのまま、素直に通り過ぎることができるとお思いですか? 再会の挨拶です――このわたくしの操る地獄の業火、よもや忘れてはいないですね?」

 言いながら、『シェフィールド』は右手の人差し指を天高く掲げた。その指の先に赤黒い火球が生まれ、回転しながらどんどんと膨れ上がっていく。
 『シェフィールド』の表情が、狂気すら孕んだ愉悦を見せる――

「受け取りなさい! そして思い出しなさい! あなたの父を奪った者を! あなたとあなたの愛する者たちを苦しめ続けてきた者を! あなたがこの世で唯一、一切の光を許さぬ純粋な黒い憎悪を向ける相手を!」

 叫びながら、もはや『シェフィールド』の掲げる火球は3メイルにも及ぶ大きさになり――



「そう、このわたくしの――ゲマの名を!」



 言って、『シェフィールド』――否、ゲマは、「メラゾーマ」と叫んでその手を振り下ろした。




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