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ゼロの黒魔道士 幕間劇-06


上空、約7000メイル。
ガリアとロマリアの国境に存在する火竜山脈の頂を見下ろす場所。
若き研究者が見渡す限り、全てがあるべき姿に納まる完璧な研究室がそこにはあった。
あえて学術の場にそぐわない物があげるとすれば、部屋の主と漂う香りだろうか。
何と形容すべきか、幻惑的で、そそる様な……

「――論理的じゃないわね。これじゃ報告書の体を成していないわ。
 いいこと?データを出しておきながら、それに対する考察が……」
そんなことをぼんやりと考えていた脳に、目の前の部屋の主の叱咤の声が響く。
先ほどまで書きあげていた報告書をコテンパンに貶されたのだ。
実に微に入り細を穿ち、徹底的のめっためたに、報告書が赤インクで染まっている。

「は、はいっ!直ちにやり直しを……」
「慌ててやってもらっても、貴方のことだから失敗するのがオチでしょ?
 こっちは私がまとめておくから、貴方は環境試験の片づけでもしておいて」
やれやれ、と溜息混じりにかぶりを振ると、それに合わせて流れるブロンドが揺れる。
実に知性的。実に魅力的。女性らしい見事な柔らかさとしなやかさ。
だがその厳しい眼光は、ただただ畏怖の念を若き研究者に与え、
一切の性的印象をお断りだとばかりに切り捨てていた。

「はは、はいっ!そ、それでは……」
「あぁ、だけど3番から26番はまだ見ている最中だから触れないように。
 93番についてはもう飽和しているから処置してもらっても良いわ」
退出間際に、次の指示が的確に飛ぶ。
何百と集めたサンプルの状態を全て覚えているというのか、その鮮やかさに舌を巻いてしまう。
「は、はははいっ!」
若き研究者は思うのだ。
厳しくても、良い師の下についたものだと。

「……全く、実験者の質も下がるばっかりね」
その一方で、師と思われた女研究者は部下の不能ぶりに深く溜息をつくのであった。

 ・
 ・
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「『――以上項目は目標値を満たすが、色質安定せず。合成材料としての使用を検討』
 ……っん~……副産物ばっかり増えるわねぇ。研究テーマ変えた方が良いかしら?」
ヴァリエール家の長女にしてトリステイン・アカデミーの主席研究員であるエレオノールは大きく伸びをした。
部下の報告書を直す度に、舌打ちとため息が漏れる。
今回の火竜山脈での調査は、大人数を抱えた調査であり暫定的に彼女が団長となっている。
船での調査のため、操船関連の全ての管理・管轄を行う重要な職務だ。
彼女自身、責任者になるのは好むところであり、そうした資質も多く持ち合わせていたものの、
いかんせん、今まで自分が行っていたような実際的な研究を自らの手でできないというのはなかなかに苦しかった。
使い勝手が今一つの若手研究員を何人も抱えると、必然その指導・監督に注力せねばならない。
自らの手を汚さずに済みはするものの、一つ一つがまるっきりなっていないのでこれはこれで大変疲れるのである。
やはり自分は骨の髄まで研究者なのだなとエレオノールはふっと自嘲した。
妹の、カトレアの病状を救う手を求めて学術の門戸を叩いたものの、
それがこうも自分の性格に当てはまるものとは思いもしなかった。

「さて……と……」
とは言え、ずっと研究ばかり、いや部下の尻ぬぐいと言った方が適切か。
自分の手と頭をフルに動かせない現場は飽きが来る。
グッと一際大きく伸びをして、エレオノールは立ち上がった。

「ふふ~ん♪ふふ~ん♪ふふーんふゆれってるかん~じょう~……」
鼻歌まじりに、ポットに汲み置いてある水を注ぐ。
今回の調査で割り当てられた船は、フィールドワークとしては上等な環境で、
研究者1人1人に執務室と大きな実験スペースが当てられている。
特に、団長のエレオノールの居住区には、
特大の本棚とテーブルの他に、小腹を埋めるのに役立つ簡素なキッチンまでついていた。

いくら貴族とはいえ、ずっと研究室にこもるような身では、
常日頃料理を使用人に用意させる贅沢もできないので(使用人を叩き起こす手間も惜しいのだ)、
簡単にお茶を淹れたり、目玉焼きを乗せたパンぐらいならエレオノールも自ら作ることがある。
そんな彼女の少ないレパートリーに、最近新たに加わった食材が存在した。

「ん~、香りはいいんだけど……やっぱり味ね」
コーヒー、と呼ばれる東方や南方の奇異なる豆の汁。
この火竜山脈へ訪れるきっかけとなった飲み物で、エレオノールはその覚醒効果を気にいっていた。
香りも悪くないのだが……いかんせん、豆を煮出すという紅茶と同じような調理法では味が今一つだ。
「薬としては効きそうだけど、ダメね……ミルクでも足そうかしら?」
あるいは、茶葉と同様に発酵処理でも必要なのだろうか。
このコーヒーというものに可能性を感じるものの、
まだまだそのポテンシャルを引き出しきっていないのではと、
スミレ色の陶器のティーカップで濃いところをすすりながら思う。
エレオノールは研究者らしく、分析的な思考パターンを踏んでいた。

「さてと……どこまで読んだかしらね?」
不味い煮出し豆の汁とミルクをテーブルに置き、椅子をひいて本を開く。
彼女らしからぬことに、その本は研究本や辞典の類ではなく、一編の詩集であった。
同僚には『ちょっと他の教養も身につけようかと』と言い訳はしているものの、
実際はコーヒーと同時期に彼女に出会ったある男性が影響しているということを、彼女自身薄々感づいていた。
最も、彼女の表面部分が必死に否定しているのだが。
魅惑的で不思議な香りのコーヒーと、良く似た不思議な男性。
詩篇や舞台を好む少々気障で美しい男性。
そんな男性のシルエットを頭に浮かぶ端からい払いながら、
エレオノールは詩集の頁をめくった。

今彼女が読んでいるのは、数百年前にクリス・フォン・ミューアと言う夢幻派の詩人が書いた散文詩で、
『異世界の怪しき心をそのままに書いた狂気の作』と歴史学者に評されるものだ。
事実、作者はこの一連の散文を書き終えた後に狂って死んだと伝えられる。
最も、彼が異端的な詩を多く書いたことによる教会の制裁があったという説もあり、
未だ学者たちの議論はつきないのだが。
ともかく、エレオノールが開いたのはそんな散文詩の終盤にあたる部分で、
ある少年と、彼の師の物語のクライマックスである。
幻想的なことに、少年は人間では無い身で、『永遠の命』というものがありながら、
彼の師である『限りある命』に憧れ、あろうことか師に恋をしてしまうというストーリーだ。
今までの頁では、その少年がいかに師を愛しているか、その想いが綴られていたが、
あろうことか、その師が友人と思っていた他の弟子に殺されてしまうという悲劇を迎える。
エレオノールは求めた頁を探し当て、続きを読み始めた。

散文詩の題目は、主人公であり語り部である少年の、その瞳の色から名づけられていた。



ゼロの黒魔道士
~幕間劇ノ六~ Le Garcon d'un Oeil Vert


『――
 泣けば良いのか 怒れば良いか
 誰が答えを 言うだろう

 我を導く 光は既に
 片目と共に 失えり

 叫べども 叫べども
 喘げども 喘げども
 愛しき人は 笑わない

 嘆けども 嘆けども
 喚けども 喚けども
 愛した人は 戻らない

 望んだ物は 刹那でも良く
 ただ君といる 幸せを

 望まぬ物は 永遠に似た
 ただ君のいぬ 苦しみを

 人ならぬ身は 長くを生きる
 人である君は もう死んだ

 嗚呼、嗚呼 何故、何故、何故

 君は信じた 同胞(はらから)の手で
 その腸(はらわた)を 貫かれ

 我は右目の 翡翠と共に
 愛した君を 失えり

 例え双つの 目が無事だとも
 君の笑うは もう見えぬ

 誰が望むか 永久の命を
 死ねぬ我が身が ただ憎い

 冷たい君を 両の腕(かいな)に
 抱いて幾時 涙も涸れて

 それでも君は 笑わない
 それでも君は 戻らない

 絶望が 苦痛が 慟哭が 凄愴が 憤怒が
 憎悪が 嫉妬が 怨念が 失意が 後悔が
 我の身体を 貫き満たす 

 我が 僕が 私が 俺が 己が
 余が 朕が 妾が 某が 吾が 
 混沌の海に 飲み込まれる

 聞こえてくるは 異界の叫びか
 亡者の声が 手を招く

 名知らぬ者の 嘆きを受けて
 我も名の無き 者と化す

 それでも良いと 我は呟く
 それでも良いと 我は流れる

 君からはもう 呼ばれ無いのだ
 名などがあって 何とする

 絶望の淵 彼の世の境
 闇の底から 呼ぶ声が 

 『我らの嘆き 飲み干すが良い
  我らの怒り 受け取るが良い』

 我は現世の 身体を捨てて
 永久の輪廻に 身を預く

 我は久遠(くおん)の 影となり
 我は苦怨(くおん)の 主となり
 ――


「……『緑の瞳の少年(ル・ギャルソン・ダン・ウイユヴェール)』ねぇ……
 なかなか、切ないわね。愛しい人の死を抱いたまま生き続けるなんて」
区切りの良いところで、エレオノールは頁を閉じた。
それまで文学的趣味は無かったために、恋愛劇は彼女に新鮮な感情を与えていた。
これほどまで強く激しい愛を抱くというのは、どういう感情なのだろうか。
エレオノールはそっと額に本を載せて考える。
苦しいのだろうか、それとも、嬉しいのだろうか。
思えば、エレオノール自身、そこまで恋焦がれるということは無かったように思うのだ。
反故になった縁談とて、ロクに顔も合わせることなく終わってしまったことだし……
と思ったところで、別な顔が思い浮かんだ。
言葉だけの婚約者であった者の顔などではなく、流れるような銀髪の詩や舞台を愛する気障な男の……

「――っいやいやいやいやいやいや、それは無い、それは無いわよエレオノール!?
 断じて無いわっ!うん、まだそんな段階じゃ……いやどういう段階なのよっ!?」
両の手を振り乱し、自分の頭上に浮かんだ妄想を消し去ろうと必死になる。
ただの仕事上の付き合いなのだ。気になどなっていない。いるもんか。
カトレアの『姉さま、もしかして新しい恋をしています?』という言葉がまた浮かんで顔が真っ赤になる。
違う。断じて違う。自分は恋なんてしたりしない。恋に落ちたりなんぞしていない。
焦る。慌てる。取り乱す。
やがて心が何とか平静の容を取り戻し、ぜいぜいと息をつく。
全く、ここがトリステインのアカデミーではなく、船の研究室で良かったと思う。
ルームメイトもいないプライベートスペース。変な姿を晒したりせずに済むのだから……

「あ、あのあのみ、ミス・ヴァリエールっ!?」
「っ!?!?みみみみ、見たのですかっ!?今の!?っていうか何時の間に!?」
何たる失態であろうか。
先ほどの若い研究者の姿が、一人であるはずの部屋に存在した。
何ということだ。これは先ほどの叱責の意趣返しということなのだろうか。
「か、火急の用事でして……いえあのその、は、はいっ!見ましたけども!?」
「わ、わわ忘れなさい!即刻すぐ今直ちにっ!?」
上司として、いや、乙女として全てを忘れるように命令する。
あんな恥ずかしい所を同僚上司その他大勢に知られてなるものかと、
先ほど落ちつけたはずの心が再び焦る。

「い、いや忘れようにも……」
「ならばその体ごと忘れ去らせて――」
場合によっては、家名にかけてここで始末した方がよいのではと物騒なことを考えてしまう。
うん、そうだ。火竜山脈は危険な場所だ。若い命が一つ散ったところで……
パニックのあまり、エレオノールの思考は論理や倫理からかけ離れた危険な場所に向かっていた。

「ししし、しかしっ!空が斑の虹に染まるなど前代未聞で忘れようにもっ!?」
「……に、虹?」
ようやっとここで、エレオノールは会話の噛み合わなさに気がついた。
この若い研究者が言っている『見た』は自分の醜態ではないことに、内心安堵の息を漏らす。
「え、えぇ……虹ですが……ほら、窓からも見えますよね?なんとも形容しがたい……」

言われるままに船の丸窓の外を見れば、確かにそれは『虹』であった。
もし、天の蓋を覆い尽くすような『虹』が存在し得ればの話であるが。
「――虹ね。『幸運の帯虹』?いえ、これは空全体に……色相が層を成さず不安定?何と禍々しい……」
例えるなら、油性の溶液を水性界面に広げたような状態。
交わることの無い2種類の溶液が光の斑模様を作りだす。
それは鮮やかでもあり、不安定で儚い色の洪水だ。
その現象は、何度か同僚の水メイジの実験で見たものの、これほどまでに禍々しく蠢くような光を、
エレオノールは見たことが無かった。

理論的な頭脳で、その正体を見極めようとじっと色彩の動く様を見ていると、突然寒気がした。
自分の心を抉るような、そんな悪寒。
体内から一瞬で熱を奪い去るような、そんな感覚。
「な、何これっ!?」
その衝撃に、身をよじるエレオノール。
あの『虹』は、悪い物だ。理屈では無く、あくまでも直感で、エレオノールはそう悟った。
「で、ででですから、ミス・ヴァリエールをお呼びしようとっ!船長が意見をお求めですからして!?」
「……直ちに原因究明っ!ただの天候の異変かどうかを見極めなさい!」
見極めなくてはならない。
研究者として為すべきことはその一点にある。
ましてや、ここ火竜山脈を調査することが自分達の責務なのだ。
もしかすれば、大発見に繋がるかもしれない。

「ははは、はいぃっ!」
「何だって言うの……この胸騒ぎは……!」
しかし、とエレオノールは思う。
慌てて部屋から走り去る若い研究者を見ながら。
この胸を抉るような、
それこそ、先の『緑の瞳の少年』で言うところの、
『全ての絶望』を感じさせるような感覚は何だというのだろうか、と。


数刻もせぬ内に、火竜山脈上空で起こったこの現象は、ハルケギニア全土を覆う。
そして全ての生きとし生ける者が感じとるのだ。
言葉や、理屈ではなく、本能とも呼べる原始的な感覚で。
名も知らぬ者達の、慟哭と憎悪を……


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