あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ラスボスだった使い魔-42a


「ルイズ……。ちょっと、ルイズ!」
「……んんぅ……ん……?」
 ゆさゆさゆさ、と誰かに身体を揺さぶられてルイズは目を覚ました。
「ぅ……、……ぇぁ……」
 ―――眠い。
 寝たい。
 惰眠を貪っていたい。
 しかし、起こされてしまったからには起きなければならない。
「………………えぇ、と?」
 ぼんやりとした思考と視界で現状を把握しようとする。
 取りあえず部屋の中は真っ暗。
 現在時刻は四時ちょっと過ぎ。
 いくら今が冬で日が落ちるのが早いとは言え、四時ちょっと過ぎでここまで暗いことはありえない。つまり今は午前四時過ぎということか。
 一瞬午後の四時かと思って焦りかけてしまったが、どうやら杞憂だったようだ。
 安心、安心。
「じゃあ、おやすみなさい……」
 ほっとしたルイズは再びベッドの中に潜り込む。
 次の瞬間、
「って、せっかく起こしたのにまた寝てんじゃないわよ!!」
「ひゃぅうっ!?」
 何故か響いてきたキュルケの声と共に、その身体にかぶさっていた布団や毛布がガバッと取り去られた。
「さ、さむっ、さむさむさむさむいいぃぃいいっ!!」
 今は暮れも押しせまって雪もチラつき始めたフレイヤの月である。
 簡単に言えば本格的な冬に入り始めた頃だ。
 そんな季節の午前四時ごろ、暖房も入っていない部屋の中で、就寝中にいきなり毛布と布団が消失してしまえば寒いに決まっていた。
「キュ、キュキュキュルキュルルルケケケ、い、い、い、いきなななりっ、なにっ、すんのよよよょよ!!?」
 寒さでガタガタと激しく震えながら、ルイズは自分からぬくもりを奪い去った赤い髪の女に抗議する。
 一方のキュルケはそんな桃髪の少女に呆れつつ、少々緊迫した面持ちで話を始めた。
「……どうも様子がおかしいの。一番初めに気付いたのはタバサなんだけど、それに合わせてフレイムも何かに警戒してるみたいだし……」
「タバサと、アンタの使い魔が?」
 いきさつはよく知らないが仮にもシュヴァリエの称号を持つメイジと、火竜山脈生まれの高ランクの幻獣。
 前者は積み重ねた戦闘経験から、後者は純粋に野生の力によっていわゆる『勘』が発達している。
 それらが揃って『様子がおかしい』とは……。
「……何かが起こったってこと?」
「もしくは今まさに何かが起こってる最中かもしれないわね。……とにかく早く着替えなさい。一度引いて様子を見るわよ」
「分かったわ」
 軽く頭を振って目を覚ましたルイズは素早く服を着込む。
 そして着終わった直後、ドアの外からタバサが無表情で部屋へと入り込んできた。
 タバサは無言でルイズとキュルケの元へと歩くと、ルイズに向かってポツリと呟く。
「あなたの使い魔がいない」
「え? ……隣の研究室にいるんじゃないの?」
「いなかった」
「………」
 思いがけない言葉にきょとんとするルイズ。
(……どういうこと?)
 ユーゼスが週に二度、規則正しく虚無の曜日とラーグの曜日にジェットビートルでどこかに出かけていることは知っている。
 どこに出かけているのかは知らないが、それでもその日の内にちゃんと戻って来るのでまあいいか、などと思っていたが……まさか戻って来ていないとは。
「はぁ……監督不行き届きね、ルイズ。こういう時こそユーゼスの出番だっていうのに」
「……っ」
 返す言葉もない。
 エレオノールと何かの話をしていようが、アニエスに鍛えられていようが、ユーゼスはあくまでルイズの使い魔なのだ。
 その『自分の使い魔』が、『完全に自分の知らない行動を取っている』という事実。
 これを認識してしまい、ルイズは軽く打ちのめされつつあった。
 だがルイズが本格的に落ち込むよりも早く、下の階から女子寮の扉が派手に破られる音と、何者かが無遠慮に侵入してくる音が響いてきた。
「!」
「……一旦引く」
「賛成」
 顔を見合わせて一時撤退を決める少女たち。
 いくら何でも、ここまで不透明な状況で『じっと黙って様子を窺う』という行動を選択するような真似はしない。
 三人はルイズの部屋の窓からそれぞれ魔法を使って飛び降り(ルイズは風メイジであるタバサに抱えられながらだったが)、茂みに姿を隠すことにした。
「…………ユーゼス」
 その途中、ルイズは他の二人には聞こえないほどの小声で使い魔の名を呼ぶ。
 ―――誰も応えることのないその呼びかけは、夜明け前の暗闇に消えていった。


「あっけないな」
 アルビオン皇帝クロムウェルの『トリステイン魔法学院の生徒たちを人質にせよ』という命を受け、部下を率いて魔法学院を襲撃したメンヌヴィルは、そう感想を抱く。
 敵の警戒網をくぐり抜け、魔法学院まで辿り着き、見張りに立っていた二人の女兵士を殺して、学院の各塔を制圧し、続いて人質を食堂と思しき場所に集める。
 ここに至るまで、スムーズ過ぎるほどにスムーズな進行だ。
 学院生徒たちは拍子抜けするくらいに抵抗せず、怯えた様子でアッサリとこちらの指示に従い、杖を取り上げる時もビクビクと怯えながら……と、実に従順なものだった。
 遮二無二にでも攻撃してくれれば少しは楽しめただろうに、何となく肩透かしを食らった気分だ。
(一人か二人くらいなら焼くことが出来るかと思ったんだが……まあ、いいか)
 自分はあくまで金で雇われた傭兵である。
 個人的な享楽よりは、取りあえず仕事を優先させねばならない立場にあるのだ。
 そう、『取りあえず』は。
「さて」
 生徒だけでなく教師たちも食堂に集められ、メンヌヴィルはあらためて捕虜となった面々を確認する。
 寝巻きのままの学院の女子生徒が90人ほど、これまた女ばかりの教師たち、そして学院長のオールド・オスマン。
 これだけの貴族に危害が及ぶとなれば、確かに国も動きかねない。
 メンヌヴィルは部下に命じて全員の手をロープで後ろ手に縛ってから、怯える女生徒たちに向かって優しい声で語りかけた。
「なぁに。むやみに立ち上がったり、騒いだり、我らが困るようなことをしなければ、お命を奪うことはありません。ご安心めされい」


(そんな言葉でご安心出来るようなヤツはいないってんだよ、まったく……)
 ミス・ロングビルこと本名マチルダ・オブ・サウスゴータは寝巻き姿で後ろ手に縛られながら、内心で呟きつつ溜息を吐く。
 実は彼女は、いち早くこの襲撃者の存在に気付いていた。
 『とある事情』から、彼女は自分に対して迫る追っ手などの類には敏感なのである。
 そして彼女が本気を出せば、このリーダー格の男はともかくとして、自分が寝泊りしている本塔を襲撃した者たちを倒すことくらいは出来たかも知れない。
 しかし。
(そんなことしたら、また話がややこしくなりかねないからねぇ……)
 自分はあくまで『元貴族の学院長秘書』なのだ。
 決して荒事は得意ではない。
 ……ということになっている。
 ただでさえ自分は過去に『土くれ』のフーケなのではないかという疑惑を(軽くではあるが)かけられていたのだ。
 せっかく定職に就いて収入も安定してきたと言うのに、また疑惑が再燃、いやそうでなくとも『経歴詐称だ』とか言われて職を失ってはたまらない。
 要するにマチルダは『将来的な安定』と『今この場の身の安全』を天秤にかけて前者を取ったのである。
(ま、イザとなったら私だけでも逃げさせてもらうけど……)
 左肩のあたりにくくり付けて仕込んでおいたタクト状の杖を確認する。
 いよいよとなったら口でコレを咥えるなり何なりしてこの杖を取り出し、この場を切り抜ける算段だ。
 そんな状態で詠唱が出来るかどうかは少し怪しいが、まあ自分が得意な『錬金』の魔法は詠唱も短いし、どうにかなる……と思いたい。
 マチルダがそんなことを考えていると、女子生徒の誰かがうめくようにして泣き始めた。
「ぅぅ……うっ、……ぐすっ、ひっく……っ」
「―――静かにしなさい」
 鬱陶しそうに言うメンヌヴィル。
 しかし女子生徒は泣き止まず、むしろ泣き声を大きくする。
「ひくっ……うっ、く……ぅえ、っあ、ぅぁあああんっ」
「……………」
 メンヌヴィルは無言でその女子生徒の近くへ歩いていくと、その手に持っている金属製の杖で女生徒のアゴを持ち上げ、強引に自分の方を向かせた。
「ひっ!?」
「消し炭になりたいか?」
「……!!」
 泣きはらした顔のままでブンブンブン、と首を横に振る女子生徒。
 そして次の瞬間、彼女は無理矢理に泣き声を押し込んだ。
 このようなタイプの人間や状況とはほとんど無縁の人生を送ってきたであろう彼女でも、その言葉が単に自分を黙らせるための方便ではないことを感じ取ったのだろう。
 そのような様子を見かねたのか、オールド・オスマンが傭兵たちに話しかけた。
「あー、君たち」
「何だね?」
「女性に乱暴するのは、よしてくれんかね。察するに君たちはアルビオンの手の者で、人質が欲しいのじゃろう? 我々を何らかの交渉のカードにするつもりなのじゃろう?」
「ほう、どうして分かる」
 なるべく刺激しないようにしているのか、平静な口調で話すオスマン。
「長く生きていれば、そいつがどんな人間で、どこから来て、何を欲しがっているのか分かるようになるものじゃ。……とにかく贅沢はいかん。この老いぼれだけで我慢しなさい」
 傭兵たちはその言葉を聞いてゲラゲラと笑い声を上げた。 
「……おいジジイ、自分の価値を分かってんのか? お前一人だけのために国の大事を曲げるなんてヤツはいねえだろうが。その古ぼけた頭で考えろ」
「……………」
 首をすくめてまた黙るオスマン。
 確かに魔法学院の学院長ともなれば要職であるし、ある意味で国の重鎮と言えなくもないが、貴族の息女90人に教師を含めた数の貴族とではつり合いは取れまい。
 それだけの『量』と一人で、あるいはごく少数でつり合いの取れる価値を持った人間など、もう王族でもおいそれと手を出せないほどの身分の人間になってしまう。
 そんな大貴族はそうそういまい。
 ―――と、マチルダが考えた直後。
「げっ……」
 マチルダのちょうど隣で縛られていた『トリステインでも三本の指に入る名門貴族』で、かつ『この家の動向次第で下手をすると国の動向も決まりかねないほどの影響力を持った家』の長女が、今まさに勢い勇んで立ち上がらんとしている光景が目に飛び込んできた。
(ああもう、何しようとしてるんだい……!)
 マチルダは慌てた。
 このやたらと気位の高い女が次の瞬間に取るであろう行動は、容易に予測が出来る。
 ……冗談じゃない。
 先程の女子生徒を黙らせたやり取りを見るに、あの男の沸点はかなり低そうである。
 こういう相手はうかつに手を出したり話しかけたりしないで、取りあえずやり過ごすべきなのだ。
 と言うか、『自分のすぐ隣』という彼女の位置も不味い。
 正直な話、この女が犯されようが売られようが殺されようが自分には直接は関係ないが、下手をすると自分にそのとばっちりが飛んできかねない。
 火薬庫にたいまつを持って近付こうとしているようなものだ。
 そして一歩でも間違えば大爆発の大惨事となり、自分はその爆発に巻き込まれてしまう可能性が割と高い。
 よって、マチルダはその彼女を止めるべく小声で話しかけた。
「ミス・ヴァリエールっ。ここは大人しくしててくださいっ」
「……止めないでください、ミス・ロングビル。ラ・ヴァリエール公爵家の名前を出せば、もしかしたら人質は私一人で済むかも……」
 気丈に言うエレオノールだったが、その決意の言葉の端々には恐怖が見え隠れしている。
(…………危なっかしすぎて、とても出せたもんじゃないね)
 エレオノールが魔法学院に派遣されてから二ヶ月。
 その間、学院長秘書という立場からマチルダは彼女と何度か話をする機会があり、それを通じてエレオノールがどのような人間なのかも『表面的に』ではあるが分かっていた。
 やたらとプライドが高くて、頭に血が上りやすく、良くも悪くも自分の意見を曲げたりしない。
 ―――以上のことから考えるにエレオノールの『交渉役としての適性』はかなり低く、また変な話だが『人質として適している』とも思えなかった。
 こんな我の強い女が、あんな何をするのか分からない男と衝突でもしたらどうなることか。
 勢いあまって10人くらい殺してしまった、なんてことも考えられなくはない。
 そしてその10人の中に自分が含まれない保証など、どこにもありはしないのだ。
「不用意に刺激したりすれば、生徒たちに危害が及ぶかもしれません。今のところ私たちに危害を加える気もないようですし、ここはじっとしてるのが得策です」
 マチルダは取りあえず『自分の身の安全』を『自分“たち”の身の安全』に置き換えてエレオノールを引き止める。
 しかしエレオノールはまだ納得しなかった。
「っ……、で、でも、何もしていなかったら、それこそどんな扱いをされるか……」
「……仮に公爵家だと名乗り出たって、それで素直に私たちを解放してくれるとは思えません。むしろ『人質の中にはこんな重要人物がいる』ってカードの一つにしかされませんよ、きっと」
「う……」
「それに……もし名乗り出た結果、あなたが殺されるようなことになったら、色々な意味で問題が起きてしまいます。単にあなたが死ぬだけではなく」
「ううぅ……」
「第一、向こうがその申し出を受けたとしても、根本的な解決になってないじゃないですか」
「……………」
 マチルダの言葉を聞いて消沈するエレオノール。
 行動を起こそうとした途端に立て続けて否定的な材料を並べられては、その意志をくじかれてしまうのも無理はない。
 しかも今はかなり切羽詰まったシチュエーションにあるので、色々な意味で思考が短絡的になってもいた。
「……じっとしてるしかないのかしら」
「少なくとも今はそうです」
 こういう時に下手に最善の方法を取ろうとするとかえって失敗することが多く、むしろある程度妥協した方が良い結果を残したりする。
 マチルダは魔法学院に就職する以前の経験から、それを学んでいた。
(……さて、いずれにせよ状況が動くまではこのままか……)
 持久戦になるかねぇ、などと考えつつ周囲を見回すマチルダ。
 他の女子生徒や教師たちはほぼ全員が不安そうに周囲を見回したり俯いたりしており、オスマンは拘束されながらも先頭に立って傭兵たちの相手をしていた。
「ジジイ、これで学院の連中は全部か?」
「そうじゃ。これで全部じゃ」
(取りあえず向こうの相手はあの爺さんで大丈夫だとしても、だ……)
 ここから状況がどう動くかによって、自分の動き方もかなり変わってくる。
 まずはその『状況が動く時』を見極めなければならない。
(ふぅむ)
 あわよくば事前に縄抜けでも出来ないものか、とマチルダは手首に巻かれたロープと格闘を始めた。
 その時。

 ゴォオオ…………ンン

「……何の音だ?」
 炎が燃え上がるのに似たような音……聞く者が聞けばプラーナコンバーターの駆動音と理解出来る音と、何か大きな物が地面に着陸する音とが響いてきた。
 当然、学院の部外者であるメンヌヴィルら襲撃部隊はその音に心当たりなどない。
 傭兵の中の一人が疑問を解消するべくオスマンに詰め寄る。
「おい老いぼれ、この音は何だ?」
「さて? 私もそれなりに長いこと生きてはいるが、この世にあるものを何でもかんでも知っておるという訳ではないのでのう」
 チッ、と舌打ちする傭兵。
 取りあえずは様子を見に行った方がいいのではないか……と傭兵たちが話し合いを始める。
 すると、今度は食堂の外から女の声が聞こえてきた。
「―――食堂にこもった連中! 聞け! 我々は女王陛下の銃士隊だ!!」
 顔を見合わせるメンヌヴィルら傭兵部隊。
「……どうやらセレスタンたちはやられたようだな」
 セレスタン、というのは同じ傭兵部隊の仲間のことなのだろう。
 しかし『仲間がやられた』という事実を間接的に突きつけられたと言うのに、メンヌヴィルたちには全く動揺した素振りがない。
 先程オスマンと話していた傭兵が再び老人へと詰め寄った。
「ジジイ、『これで全部』じゃねえじゃねえか』
「銃士は数には入れとらん」
 魔法学院学院長は、強い睨みの視線を飄々と受け流す。
 一方、メンヌヴィルはニヤリと笑みを浮かべて部下たちに指示を飛ばした。
「ジャン、ルードヴィヒ。裏口から出てさっきの音の出所を調べて来い。表にいる銃士隊とやらに気付かれんようにな。俺はこれから『交渉』を行う」
 命令を受けた二人のメイジが言われた通りに裏から出て行き、メンヌヴィルは入り口へと歩いていく。
(……色々といきなりだねぇ、まったく)
 そんな目まぐるしい様子を黙って見ていたマチルダは、流動的すぎる状況に辟易し始めていた。
 彼女の予想では、状況が動くにしてももう少し穏やかと言うか、ゆっくりとしたものであったのだが……。
(おや?)
 と、ここでかつて自分と同行して『土くれ』のフーケを討伐に向かったメンバーが、揃ってこの場にいないことに気付く。
(とは言え、今回はあの時とは状況が違いすぎるし……)
 毎回そうそう都合よく事が運ぶとは思えない。
 しかし『もしかしたら』という、ある種の期待感のようなものはある。
(一体どうなるのかねぇ)
 いずれにせよ自分にだけは被害が及ばぬよう、信じてもいない始祖ブリミルにそっと祈りを捧げるマチルダ・オブ・サウスゴータであった。


 真夜中の空気の中、ちょうど一リーグほど離れた地点にあるシティオブサウスゴータを見つめながら(と言っても暗闇でほとんど見えないが)ギーシュは緊張に震えていた。
 今、自分がいるのは突撃開始点であり、後ろを振り向けば総勢150人にものぼる兵たちが『自分の号令』を待っている。
 ……泣いても笑っても喚いても、間もなく侵攻が開始される。
 ギーシュはド・ヴィヌイーユ独立大隊の第二中隊を率いる中隊長として、その先頭に立っているのだ。
 だが。
「中隊長殿」
「な、なな、何だっ?」
 彼はすぐ近くに控えている副官のニコラの呼びかけに答えるだけでも、もはやいっぱいいっぱいの状態だった。
 身体と声の両方を小刻みに震わせて、ギーシュは軍曹と会話を行う。
「杖を落っことしてますぜ」
「え? あ、ああ、杖ね。……って、杖? ……杖!?」
 言われて汗まみれの手の中を見てみれば、確かにバラを模した自分の杖がない。
 胸やズボンのポケットの中を探ってみても、ない。
 そして足下に視線を向けて、ようやくバラを模した自分の魔法の杖を発見した。
「わ、わわわっ!」
 うろたえながら杖を拾い、胸ポケットにしまうギーシュ。
 そしてゴホンとわざとらしく咳払いをして威厳を保とうとするが、もともとギーシュは『威厳』などというものは持ち合わせていないので保ちようがなかった。
「中隊長殿」
「な、何だ?」
「……大きなお世話かもしれませんが、小便を垂れといた方が良いですぜ」
「僕を馬鹿にするな、軍曹」
「おや」
 ジロリとニコラを見て、ギーシュは言い放つ。
「もう済ませた」
「そりゃ結構で。……と言っても、そんなガチガチに緊張することはありませんや。敵の大砲は先立っての艦砲射撃でほとんど潰したって言うし、どういうわけだか向こうに配備されてるのは大部分が亜人の部隊だって話じゃないですか」
 軽い調子で言うニコラだったが、ギーシュはとてもそう考えられなかった。
 以前、宝探しに出かけた時にオーク鬼の群れと戦わされた記憶が頭をよぎる。
 確か自分のワルキューレは、あの時メチャクチャに苦戦して……いやむしろほとんど負けていなかったか。
 しかも今回はオーク鬼だけでなく、オグル鬼やトロル鬼までいるとか。
 それらの亜人に共通していることと言えば……。
「あ、亜人は凶暴で、でっかくて……あと力が強くて、身体が固くて……」
「でも、くみしやすい相手ですよ」
 サラリと言ってのける副官。
 そんなニコラの姿を見て、ギーシュは何とも言えない頼もしさを感じた。
 知識やアイディアを提供してくれるユーゼスとは、また違う頼もしさだ。
 それに、この状況で他に頼れる人間もいない。
(よ、よし……)
 現金なもので、頼りになる人間を見つけた途端に心も落ち着いてくる。
 そして落ち着いてくると、疑問を抱く余裕が出てきた。
「でも……一体どこから攻め込めばいいんだ? このサウスゴータって街は周りを高い石壁で囲まれてるし、それに丘の上に建ってるから普通に行くにはやりにくいし」
 そんなギーシュの問いに、ニコラは上空を指差して答える。
「今、『工事』をしてくれますよ」
「え?」
 ニコラが指差した方を見てみると、暗闇で見えにくくはあるが上空に十数隻ほどの戦列艦で編成された艦隊が出現していた。
 ボンヤリとその艦隊を眺めていると、
 ドォォオンッ!! ドンッ!! ドォンッ!! ドドドォォオオンッッ!!!
 戦列艦は一斉に砲撃を開始し、サウスゴータの城壁を破壊していった。
「うわ……」
 思わず感嘆の声を上げるギーシュ。
 無数の砲塔から煙が舞い、轟音が響くたびに城壁の内の何箇所かが崩されていき、それと呼応して周囲の兵士たちから歓声が上がった。
 どうやらあれがニコラが言う所の『工事』とやららしい。
 しかし、単純に城壁を壊しただけではガレキが生産されるだけでどうにもならないのだが……。
「ん? アレは……」
 そう思っていると、自陣の中から巨大な土ゴーレムが集団で現れる。
 見たところ、どれもこれも身長20メイルほどの大きさのようだ。
「……トライアングルクラスが作ったゴーレムだな」
 以前に自分も参加させられた『土くれ』のフーケのゴーレム対策会議がギーシュの頭をよぎった。
 確かフーケのゴーレムは30メイル程度だったはずだが、皆それよりも小さいのは単純にフーケの実力が飛び抜けているのか、それとも敢えて20メイルの大きさに統一しているのか。
(この場合は後者かな?)
 大きさがバラバラなゴーレムが同じ集団で動いたとして、統制が取れるとも思えない。
 自分のワルキューレだって手の平くらいの小さいサイズから3メイルほどの大きいサイズまで作れるが、集団で動かす時は全て同じサイズだ。
「ん?」
 ギーシュが何となく得心していると、崩された城壁へと向かって歩いていく土ゴーレムの集団の中に見慣れた紋章が一つあることに気付いた。
「アレは……」
 土ゴーレムは、それぞれ作成者の家の旗を背中に立てている。
 ほとんどの旗は目立つようにラメなどを編みこんでいるため、暗闇の中でも識別が出来た。
 そしてあの旗に描かれているバラと豹でデザインされた紋章は、まさしく自分の家の……グラモン家の紋章だ。
 ということは、
「兄さん! 兄さんのゴーレムだ!!」
 思わず叫びを上げるギーシュ。
 他の家のゴーレムと一緒に侵攻していることから、おそらく王軍に所属している二番目の兄か三番目の兄のどちらかかと思われた。
 やがて、敵も接近してくるゴーレムを迎撃すべく巨大な飛び道具(ニコラの解説によれば『巨大バリスタ』というらしい)を使い、前の方にいたゴーレムの内の何体かが打ち砕かれる。
 しかしそれに対応するかのようにして連合軍から竜騎士が飛来し、その巨大バリスタへとブレスや魔法で攻撃を加えていった。
「に、兄さんの作ったゴーレムは……まだ無事か……」
 戦いの規模が大きすぎて呆気に取られるばかりのギーシュだったが、兄のゴーレムが生き残ってることを確認してほっと胸を撫で下ろす。
 と、そこで隣にいたニコラが興味深そうな顔で質問してきた。
「あのグラモン家のゴーレムにご執心のようですが……中隊長殿はグラモン家にゆかりがおありで?」
「末っ子だ」
「……ほう! ということは元帥のお坊ちゃんで!? こりゃおったまげた!」
 その答えを聞き、ニコラは驚いた様子で中隊長の姿を見つめ直す。
「ですが……何でまたこんな場末の鉄砲大隊なんかに? 父上のお名前を借りれば、近衛の騎士隊だろうが、一流の連隊参謀部だろうが、お望みのままでしょうが!」
 するとギーシュは、グラモン家の旗を背中にひるがえす兄のゴーレムを見ながらポツリと口にした。
「……父の名前を使ったら、僕の手柄にならんじゃないか」
 ポカーンとするニコラ。
 だが、やがてその言葉の意味を飲み込んだのか面白そうに笑って中隊長の肩を叩く。
「はははっ! 気に入りましたよ、坊ちゃん! こりゃあ手柄を立てんことには国には帰れませんなあ!」
「……………」
 そうこうしている内に巨大バリスタは竜騎士隊によって沈黙し、生き残りのゴーレムたちはガレキだらけのサウスゴータの城壁にようやくたどり着いた。
 そしてゴーレムたちは、せっせとそのガレキを取り除き始める。
「何をやってるんだ?」
「入口を作ってるんでさ」
「……『入口』って言うと……や、やっぱり、アレかな」
「そのアレってのがどれなのかはよく分かりませんが、少なくともあの入口は我々が突入するためのものだと思いますぜ」
「………………だよね」
 ここに至って緊張がぶり返してきたのか、ギーシュはまた震えだす。
「震えてますぜ、中隊長殿」
「……む、武者震いと言いたいが……恐いだけだな。うん」
 ニコラは頷いた。
「正直でいいですな。むやみに勇気を奮ったって手柄は立てられねえ。かと言って臆病もんでも困っちまう。……とにかく、任せておいてくだせえ」
「う、うむ」
 言われた通りに任せておくことにしたギーシュ。
 そこから先はニコラがテキパキと指揮をしていった。
 まず150人の兵の内、100人の銃兵(ちなみに残りの50人は護衛の短槍隊である)に弾込めを指示する。
 それからギーシュの魔法で火縄に火をつけてもらい、その火を銃兵たちに配る。
 中隊員たちはあまりやる気が感じられず、動作もとても機敏とは言い難かったが、とにかく突撃前の準備は進んでいった。
 そして……。
「中隊長殿、行きますぜ」
「……グ、グラモン中隊前進!」
 震えながらもバラを模した杖を高く掲げて、ギーシュが号令をかける。
 老兵を中心にして構成された中隊はのっそりと、しかしどの隊よりも先んじて動き出した。
 ギーシュは自分の隊だけが突出していることに焦ったが、ニコラが言うには『自分たちの隊は年寄りばっかりなので、早めに出発しておかないと間に合わない』そうである。
 実際、自分の号令に二十秒くらい遅れて他の隊も突撃の号令を出し、先頭を行くグラモン中隊を他の隊が追随するという形になっていた。
 そしてそのままグラモン中隊は真っ先にシティオブサウスゴータの城壁に辿り着き……。
 後から馬で駆けて来た数人の騎士たちに追い抜かれたのだった。
「ああっ、一番槍だったのに!」
 何だかんだ言っても一番槍の栄誉が欲しかったギーシュは、横取りされてたまるかと慌てて城壁の中に飛び込もうとする。
「!」
「うわぁっ!?」
 が、飛び込もうとした瞬間にニコラによって押さえつけられ、更にその直後、
「うっ……!」
「……………」
 ぐしゃ、めしゃ、などという音。
 それが何度か響いたと思ったら、原形をとどめなくなった『さっきまで人間だったもの』や『さっきまで馬だったもの』の残骸が、ギーシュたちのちょうど目の前の地面に飛んで来た。
 凄惨な光景と、生々しい音と、血の臭い。
 トドメに『何か水滴のようなもの』までもがいくつか顔に付着して、一斉にギーシュの五感を刺激する。
「ぁ……」
 『暗闇の中』というシチュエーションが、むしろ状況の酷さを際立たせた。
「っ、う、ぐ……っぅ!!」
 こみ上げる吐き気を必死で抑えるギーシュ。
 ついさっき自分に先んじて城壁の中に突入した騎士たちは、一人残らずオーク鬼が振るう棍棒の餌食になってしまった。
 侵入者を殴り殺したオーク鬼たちはこちらに気付いたのか、のっしのっしとその巨体を城壁の側へと移動させる。
「ぅ……うっ、ぐっ!!!」
 人間の死体。いや、死骸。
 自分もこうなる。
 死ぬ。
 殺される。
 ……オーク鬼に襲われるのはこれが初めてではなかったが、実際に『人の死』を間近で見せ付けられ、それがすぐそばまで迫っていると自覚してしまうと、どうしようもない恐怖感が物凄い勢いでギーシュを侵食していった。
「うぁぁあ!! 撃て!! 撃て、撃てぇえっ!!!」
「駄目だ!! まだ撃つな!!!」
 軽い恐慌状態におちいったギーシュが必死になって叫ぶが、すかさずニコラに止められる。
「ふ……ふく、副長!?」
 ギーシュは半ばパニック状態で自分の副官を見るが、そんな中隊長の状態を考慮しているのかいないのか、ニコラは矢継ぎ早にギーシュに指示を出した。
「中隊長殿! 一番後ろの奴に転ばす呪文を!!」
「え?」
「早く!!」
 判断力が大きく低下しているギーシュは、ニコラの言う通りに『アース・ハンド』の呪文を唱える。
 すると最後尾のオーク鬼が立っているあたりの土が突然盛り上がり、更に腕の形になったかと思うと、その土の腕はオーク鬼の足をつかんで盛大に転ばせた。
「ふぎぃっ!」
 耳障りなオーク鬼の叫び声が聞こえる。
 その次にギーシュの耳に響いたのは、ニコラの射撃命令だった。
「第一小隊! 目標、先頭集団!! てえーーーーーーーーっ!!」
 続いて数十発もの射撃音。
 ギーシュたちを標的と定めて向かっていたオーク鬼の集団、その先頭に位置している数匹のオーク鬼の身体に次々と穴が開いていく。
 そして先頭グループが撃ち倒されたことによって、後続のグループの動きも鈍り……。
「第二小隊! てえーーーーーーーーっ!!」
 その後続のグループも銃弾の雨に襲われる。
 分厚い皮膚と皮下脂肪とが鎧のように身体をガードしているオーク鬼にとって、銃弾の一発や二発、あるいは少しばかりの剣や槍など脅威にはなり得ない。
 それでも、さすがに至近距離かつ数十発の一斉射撃を受けてはひとたまりもなかった。
「ぴぎっ! あぎっ!」
 射撃から生き残ったオーク鬼たちは危険を感じて逃げようとする。
 だが、ただでさえ狭くて身動きの取りにくい城壁の亀裂の中、最後尾のオーク鬼はギーシュが唱えた魔法によって転倒しており、その巨体で道を塞いがれているために後退もままならない。
 体重が人間の五倍もあるオーク鬼が転んだ場合、立ち上がるのにもかなりの労力を必要とするのだ。
「んぐぃぃいいいいいッ!!」
 そんな最後尾のオーク鬼と、前方の同族の死体とに挟まれてモタモタとしている生き残りのオーク鬼たち。
 当然、そんな隙を見逃すニコラではない。
「第三小隊! てえーーーーーーーーっ!!」
 オーク鬼の集団は鉄砲隊の一斉射撃を受け、ばったばったと倒れていく。
 それでもしぶとく何匹かの生き残りは出たが、そんな彼らも短槍隊の突撃を受けて壊滅した。
 かくして、ギーシュの目の前にはオーク鬼の死体が大量生産されることとなったのである。
「す、凄いな……」
「こいつらは単純だからね。敵と見ればまっすぐ襲い掛かってくるんでさ」
 目下のところの安全を確認し、銃兵たちに弾丸を込めさせつつニコラは言う。
 その副官の笑みに、ギーシュはこの上ない頼もしさを感じていた。
「中隊長殿。さ、一番槍ですぜ」
「あ、ああ!」
 騎士たちの死骸に軽く黙祷を捧げ、オーク鬼たちの死体を踏み越えてグラモン中隊は進む。
「この奥にも亜人どもはまだウジャウジャいるって話ですから、気を引き締めて行きましょうや」
「分かった」
 そうしてグラモン中隊が警戒しつつシティオブサウスゴータの内部へと踏み込んでみると、確かにニコラの言葉通りに亜人がウジャウジャと存在していた。
 ……もう少し正確に言うと、オーク鬼やトロル鬼などの亜人が、アルビオンの兵士やメイジと一緒になって自分たちを待ち構えていた。比率としては亜人が6か7に対して、人間が3か4と言ったところか。
 どうやらアルビオン軍は本当に亜人たちと結託しているらしい。
「む、むぅ……」
 殺気立った目を自分たちに向ける亜人交じりのアルビオン軍。
 ギーシュは再びの戦いの予感に身震いし、ニコラは『さてどうしたものか』と考え込む。
 こちらの手駒は、100人の鉄砲隊と50人の短槍隊。加えてドットの土メイジが1人。
 対する敵側は、オーク鬼・トロル鬼・オグル鬼の亜人軍団が少なく見積もって50匹ほどに、アルビオン貴族と兵士たちが合わせて20~30名ほど。
(……何だかこっちの旗色が悪い気がするが……)
 取りあえず隣にいるニコラの顔を見てみるが、それほど慌てたり切羽詰まったりといった顔はしていない。
 ギーシュは副官が慌てていない様子にホッとしつつ、彼の口からこの場の方針が出されるのを待った。
 果たしてどのような指示が下るのだろう。
 攻撃、突撃、それとも分散、あるいは一時撤退か。
 いやいや、もしかしたらそれより先に敵の攻撃が始まるのかもしれないぞ。
 取りあえず思いつく限りの展開を予想してみるギーシュだが、士官学校で即席の講習を受けただけの自分ではただ考えるだけの『予想』が出来ても、様々な要素から割り出す戦局の『予測』は出来ない。
 ……果たして敵はどう動くのか。
 そしてニコラは自分たちをどう動かすのか。
 緊張感を漂わせつつ、シティオブサウスゴータの街道の真ん中で両軍がにらみ合いを続ける中……。
 『それ』は、唐突に現れた。
 ビキッ……
「ん?」
 ギーシュの耳に、何かにヒビが入るような音が聞こえた。
 亜人が路面の石畳でも強く踏んだのか……と思った次の瞬間。
 ―――ゴッッ!!!
「うわぁ!!?」「っ!?」「な、何だあ!!??」「コイツは……!」「んぎぃぃぃいいいいッッ!?」
 轟音と激しい地響きが、トリステイン・ゲルマニア連合軍もアルビオン軍も問わず、シティオブサウスゴータにいる全ての存在を襲った。
「じ、地震か!?」
「地震って……ここはアルビオンですぜ!?」
 アルビオンでは地震は起こらない。
 これはハルケギニアの多くの人間の共通認識である。
 そもそも地震とは二枚以上の岩盤プレートがぶつかり合ったり引っ張り合ったりした結果に起きるものであって、単一で空中に浮かんでいるアルビオン大陸では起きようがない(人為的に地面を振動させるなどした場合はその限りではないが)。
 ハルケギニアではこのような地震のメカニズムはほとんど解明されていないが、長い歴史の中で『アルビオンでは地震は起こらない』ということは常識として浸透していた。
 第一、浮遊大陸であるアルビオンでそうそう地震など起きようものなら、とっくの昔にこの大陸は崩壊している。
「そんなこと言ったって、実際に地震が起こってるんだから……」
「! ……中隊長殿、アレを!!」
「え?」
 ゴゴゴゴゴ、と地鳴りが響く中でニコラと話そうとしていると、そのニコラが前方を指差した。
 言われてギーシュも前を見てみると、
「な……何だぁ?」
 赤紫色の結晶のようなモノが生えて、シティオブサウスゴータの街道のみならず街のあらゆる部分を侵食している。
 ―――ギーシュだけではなく中隊全員、敵に至るまでが呆然としている中、ニコラが怪訝な顔でギーシュに質問した。
「……中隊長殿、自分は学がないんでよく分からんのですが……。あの赤っぽいのに心当たりはありますかい?」
「いや、僕も知らない……」
 自分たちが今いる地点のすぐそばにも、その『赤紫色の結晶』は出現している。
 危険かもしれないので直接手に取ることはしないが……本当にこんな物体は、見たことも聞いたこともなかった。
 透明度はけっこう高い。
 地面を突き破るように出現したことから、それなりに硬度もあるようだ。
「ガラス? 氷? いや……やっぱり何かの結晶なのか?」
 そう言えば、前に女王陛下の密命でアルビオンに来た時も(あの時のアンリエッタは『姫殿下』だったが)、船から見たアルビオン大陸には青い結晶のようなものがチラホラと見えていた。
 今回の上陸は、いつ敵が襲って来るのか分からないので大陸の様子を見る余裕などなかったが……思い返してみれば、その『青い結晶』と目の前にある『赤紫色の結晶』は、色が違うだけでほとんど同じような、そうでないような……。
(ダメだ、確信が持てない)
 ギーシュはそれほど記憶力が良い方ではないのである。
「え、えぇと……」
 しかしこの結晶の正体が何であれ、ただごとではない様子はひしひしと感じる。
 これから一体どうするべきなのだろうか。
 ……取りあえずニコラの判断を仰ごうとギーシュはまた隣を向こうとする。
 だがそれより早く、今度はもっと強烈な変化が起こった。
 ヴンッ!!
「!!?」「何だっ!?」
 突然、赤い光が発生し、その光の中から異形の存在が出現したのだ。
「ほ……骨の、怪物?」
 思わず呟くギーシュだったが、まさにそうとしか表現のしようのない存在だった。
 角ばった白い骨の各所に黄色いツノのような突起物がついた、全長2.5メイルほどの大きさの怪物。
 そんなモノが、いきなり赤い光と共に現れたのだ。
 しかも、その光は一つだけに留まらず……。
「ま、まだ出て来るのか!?」
 次から次へとサウスゴータの街を埋め尽くすほどに出現し、その後に怪物を残しては消えていった。
「…………ざっと見たところ、三ケタは下らん数ですぜ」
「それに、何だか『骨のヤツ』以外にも色々と…………何だアレ、甲冑にツタが絡まってるような……」
「あとは一回りほどデカい、紫色の鎧のヤツに……」
「少し小さめの、甲冑に魚のヒレがついたようなヤツ……」
 総数100以上、合計四種類。
 正体不明の怪物の群れを前にして、歴戦の傭兵であるニコラですら困惑や動揺から面食らってしまっている。
 もはやほぼ完全に動きを停止してしまったグラモン中隊だったが、しかしそこで別の陣営が動きを見せた。
「……っ、各隊に伝達! 『アインスト』が現れたぞ!!」
「すぐに機関銃をこっちに持って来い!!」
 ギーシュたちと対峙していたアルビオン軍である。
 彼らは緊張した面持ちで戦闘態勢を整えると、怪物の群れに向かって魔法や剣、槍などで攻撃を開始した。
『グゥゥゥウウウウウウ……!』『ガァァアアアアアァァ……!』『オォォォオオ……!』『…………ァァア!』
 そして怪物たちもまた、アルビオン軍へと襲い掛かっていく。
 骨の怪物は、黄色い爪を巨大化させて。
 ツタの怪物は、普通の生物で言うなら頭部に位置するあたりの甲冑のスキマから破壊力をともなう光を放出し。
 鎧の怪物は、両腕を浮遊させてそれを敵にぶつけ。
 魚の怪物は、甲冑のスキマから電撃を放つ。
 怪物の群れは人間にも亜人にも関係なく攻撃を加えていた。
 そして襲い掛かられている以上、アルビオン軍も応戦せざるを得ない。
「……凄い光景だな……」
「…………まったくですな」
 ギーシュたちは少し離れた地点でそんな戦いを見ていた。
「しかし、さっきアルビオンの連中が言ってた『アインスト』ってのは何なんだ?」
「察するにあのバケモノたちの呼び名ってところだと思いますが……」
 いずれにせよ、こうまで戦況が変わってしまっては迂闊に手を出すのは得策ではあるまい。そのくらいはギーシュにも分かる。
「軍曹、ここは……」
 撤退するべきなんじゃ、と言いかけたところでギーシュのセリフが中断された。
 否、中断しなければならない状況になってしまった。
「う、うわ、うわわわわっ! こっちにも向かってきたぁ!!?」
「……クソッ、アルビオンの連中だけを攻撃してくれりゃあいいものを……そうそう都合よくはいかんか!」
 中隊に迎撃態勢を取るよう命じるニコラ。
 しかし、敵は正体不明の怪物である。
 それなりの数の戦場を渡り歩いてきたニコラの経験にも、魔法学院で知識を学んだギーシュの知識にもない相手だ。
 どんな習性があって、どんな攻撃が有効なのか、まるで分かりはしない。
「ああもう、こんな時にユーゼスがいてくれたらなあ……」
 いつも沈着冷静で、たまに信じられない発想をするあの銀髪の男ならば……あるいは打開策を見つけられるかもしれない。
 だがここはアルビオンで、今ユーゼスはトリステインにいるはず。
 アンリエッタの密命を受けた時に見せた、あの『一瞬で数百リーグを移動した移動方法』を使えば距離の問題などはないも同然だが、だからと言って都合よくこのタイミングで現れてくれるわけもない。
 この危機は、ギーシュたち自身の力で乗り越えなければならないのだ。


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