あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ナイトメイジ-32


新しく姿を現した通路はそれまでの自然にできた洞窟とは違い、明らかに人の手が加わっていた。
左右の壁、それに天井と床は切り出した石で隙間無く組まれているし、それを照らし出す等間隔に設置された魔法の光源まであって明かりに困ることはない。
空気は幾分湿っているが、不快と言うほどではない。むしろさっきまでいた肌寒い洞窟よりも過ごしやすいくらいだ。
最後に通路に入ったベルはギーシュの背中を見つけると
「ほら、もっと前に行って」
とか言いながら、ぐいぐい前へ押していく。
ベルはどんどんせっつくが、その度にギーシュはどんどん不安になってしまう。
「な、なあ。何で僕が前に出なければいけないんだい?」
「それはね、ギーシュ。あなたが……」
振り向いたギーシュの眉間にベルの指がびしぃっと空気がうなりそうな勢いで突きつけられた。
「今日の主役だからよ!」
ベルは今までことさらギーシュをぞんざいに扱ってきた。
それはもう何かあると使い倒している。
ギーシュも四男とはいえ、軍では元帥を務める名家グラモンの家の人間だ。
貴族に、時には人間に対する仕打ちなのかと疑問を覚えるほどのこともあったが、それでもギーシュがベルに従っていたのは彼女に人を従わせるなにかがいあったからだろう。主に威厳以外の何かが。
だから、こんな言葉がベルの口から出てきたときにはルイズもぽかんとしていたし、ギーシュも同じだった。
「しゅ、主役?」
「そう、主役よ」
面食らうギーシュにベルはさらにたたみかける。
「さらに、英雄よ!」
「英雄、僕が?」
その言葉を頭の中で反芻し、繰り返したギーシュは驚愕から解放された。
「ヒーローよ!」
「ヒーロー?」
かわりにギーシュの顔には明らかな高揚が浮かんできている。
「PC1よ!」
「ぴーしーいち?」
いや、それはなんだかよくわからない。
わからないが、ギーシュはマントをバサリとはためかせ、薔薇を口元に添えた。
「ともかく僕は頼りにされているわけだ」
「そう。で、英雄物語を題材にしたタペストリーとか挿絵とかは見たことあるでしょ?」
「もちろん」
「その中で主役はどんな位置に描かれている?」
ルイズもその質問の答え考えてみた。
昔実家で読んだ本、教会のステンドグラスにトリステインの城に飾ってあるタペストリー。
それに絵画。
それらには共通点があった。
ギーシュも同じ結論に達したらしい。
「先頭に描かれているね」
「そう、だからあなたは先頭に出ないといけないのよ」
「なるほど!よくわかった」
ギーシュの周りで自信が星となってきらめいているように見えるのは気のせいだろうか。
「でも位置が悪いわね。もうちょっと前に出て」
「わかったよ」
「まだ」
「このへんかい?」
「まだまだ」
「ここでいいかな」
「もうすこし」
ベルはとか何とか言いながらギーシュをみんなから5歩ほど前に押し出す。
「少し離れすぎじゃないかな」
「なにいってんのよ」
拳をぐっと握りしめてベルは鼓舞の声を発した。
「その位置が一番見栄えがいいのよ!」
「そ、そーなのか!」
「かっこいいわよ!」
「そーかい!」
まことに、実に、それはもー晴れやかな笑顔にルイズはいささかどころではなく、かなり不安を覚えていた。
何かこういうパターンに覚えがあったからだ。
「さあ、ギーシュ。出発の合図よ!」
「うむ、みんな、前進だ!僕についてくるんだ」
ギーシュは舞台劇の役者のような足取りで通路の奥深くに進んでいく。
あっけにとられていたルイズはその場に立ち止まっていたが、こめかみを押さえたキュルケがなにも言わずに前を促したので、嫌な予感がしながらも後についていった。


ルイズたちがギーシュを先頭に行進を始めてから少しした頃。
「はーい、みんな。歩きながら聞いて」
ベルは突然両手を打ち鳴らして教師のような口調でみんなの注目を促す。
他に見る物もないので変化のない通路を眺めていたルイズはその声に耳を澄ました。
「こういうふうな場所をね、私たちはフォートレスと呼んでいるの」
「フォートレス、ですか」
さすがは研究者といったところか。
いち早く興味を持ったコルベールは首を前に突き出してベルの言葉に耳を傾ける。
「そう。フォートレスの奥には何か大切な物──少なくともフォートレスを作った人には大切な物がしまわれているわ。あるいは、フォートレスを作った人自身が奥に身を潜めていることもあるわね」
「大切な物や人を外敵から守る。なるほど、それで砦、フォートレスというわけですね」
「フォートレスはいくつかの方法で外敵から内部を守るの。その一つが、フォートレスの内部に人を入れないようにする方法ね。さっきの封印された扉はその典型ね。扉の開け方を知らなければ中に入れないものね」
とうとうと流れるように説明するベルは気分よさげだ。
「でも、侵入を許したらフォートレスは無力というわけではないわ。別の方法で中にある物を守るのよ。その一つが」
突如ルイズの視界の中でギーシュの姿が消える。
「うわあああああああああああああああああ」
その声はあっという間に遠ざかり、消えた。
「トラップね」
「ああっ、ギーシュが!」
あまりにいきなりでとっさには気付かなかったが、さっきまでギーシュが立っていた床はいつの間にか消え失せてぽっかりと穴が開いている。
つまり落とし穴だ。
「ねえ、聞いた?ルイズ。うわー、だって。うわー。いい叫びよね。やっぱり、初心者はいいわ。初々しくって」
「って、落ち着いている場合じゃないでしょーが!」
「大丈夫よ。たぶん」
「あんたねえ」
やたら楽しそうなベルの胸ぐらをつかもうとしていると、どうにかギーシュが落とし穴から這い上がった。
結構ボロボロだが生きているので、ここはよしとする。
「それから次の注意なんだけど」
ギーシュはへこたれず、落とし穴の向こう側に立ち上がり、さらに奥へ進もうとする。
「一つトラップをしのいだからって油断していると次にまたトラップがあることもあるから」
「うわあああああああああああああああああ」
すぐさまギーシュが叫び声とともに姿を消す。
落とし穴の向こう側にもすぐに落とし穴があってギーシュは落ちてしまったのだ。
「あ、ん、た、ねえええ。わかってやってるんでしょ。どこに落とし穴があるかわかってるんでしょ」
「そりゃ、私はフォートレに慣れてるからこれくらいならよくわかるわよ」
「じゃあ、教えてやりなさいよ!」
「なにいってんのよ。後ろから熟練者があーだこーだと言って、それに従うだけって面白くないでしょ。こういうのは自分で考えてやるから面白いのよ」
「そういう問題じゃないわよ」
「そ、そうだよ。ミス・ゼファー」
どうにかまた這い上がったギーシュが肩で息をしている。
今度は立ち上がっても落ちない。
落とし穴三連発はないみたいだ。
「これじゃ身が持たない。せめて罠の見つけ方を教えてくれ」
とたんにベルは目を伏せて、肩を落とす。
あからさまにがっかりした。
「ギーシュ、それは貴族のやることじゃないわ。罠を見つけて外すなんて盗賊のやることよ」
「盗賊だって?」
「そう。あなたも貴族なら、漢なら、そんな真似をせずに罠は全て耐えて、はじき返して、踏みつぶしなさい!」
「しかし……」
「これは真の漢にしかできないことなのよ。だからこれは漢探知と呼ばれているわ」
「漢探知?」
「そして、これは一部業界で最高の英雄と称えられているある男も得意としたことなの」
「そうなのか!」
「あなたならその男に匹敵する英雄になれると思ったんだけど……無理ならしょうがないわ。別の方法にしましょう」
「待ってくれ!」
その時のギーシュの瞳には挑戦者だけが持つ光が宿っていた。
なんかこー、的外れな気もするけど。
てゆーか、そそのかされてるとゆーか、のせられてるとゆーか。
「僕に続けさせてくれ。これは僕の役目だ」
「そう、任せたわ」
そしてギーシュは無意味に頼もしげな背中をみせ、通路の奥に突き進み
「うわあああああああああああああ」
落ちた。
それはもう豪快に。
「しかし、ミス・ゼファー。あれはちょっと……私が変わりましょうか」
「うわああああああああああ」
心配げにギーシュの落下を見るコルベールの提案に、ベルはびっくりするほど真摯に答えた。
「先生、痛くなければ覚えないわ」
「ですが……」
「うわああああああああああ」
「ギーシュはね、ああやって一回落ちるたびに単に罠の対処法を学んでいるだけじゃないの」
「と、いうと?」
「うわああああああああああ」
「先を行く者の、人を率いる者の責任も学んでいるのよ」
はっと息をのむコルベールの指はどことなく震えていた。
「だからね。先生。彼がこうやって学ぶ機会を奪わないであげて」
コルベールはためきをつき、はげ上がった自分の頭を恥ずかしそうになでた。
「うわああああああああああ」
「どうやら私は教師としては大変な間違いをするところでした」
コルベールとベル。
2人は落ちていくギーシュを見つめる。
「うわああああああああああ」
かたや生徒を見守る教師の目で。
かたや馬を見る調教師の目で。
そして2人は同時につぶやいた。
「よし、がんばれ」
「よし、がんばれ」
「あんた達ねえ」
「うわああああああああああ」


何度となく落ち行くギーシュを見てルイズはふと気付いた。
「ちょっと、ベル。よく考えたら落とし穴くらいフライを使ったら全然飛び越えられるでしょ」
「そうね」
「ギーシュも忘れちゃってるのよ。教えてあげなさいよ」
ベルはちらりとギーシュを見て、口の前に人差し指を当てた。
しゃべらないで、と言うことだ。
「それに気付いてみんながフライを使ったらどうなると思う?」
それはもちろんみんな空を飛ぶことになる。
「ルイズはフライ使えないんでしょ。みんなが飛んでるのに一人だけ歩きたいの?」
「あう」
あれ、飛べないの私だけ?と思ったのは一瞬だけ。
それよりも一人だけ歩くみっともなさが気になってしまう。
「それに落とし穴に落ちるとしたらルイズだけになるわよ」
それは嫌すぎる。
痛いし。マヌケだし。
「ギーシュのおかげ落とし穴に落ちずにすむんだから、応援してあげなさいよ」
ところで、錬金のおかげで土から青銅や真鍮を作り出せるハルケギニアでも鉱山での採掘は行われている。
貴金属の錬金は困難を極め、採掘する方が遙かにコストがかからないからだ。
さて、鉱山を掘り進めていくと時に地中から毒ガスが発生することがある。
これを素早く見極めるために鉱山の中にカナリヤを連れて行く。
カナリヤは常にさえずっており、何かおかしなことがあるといち早く泣き止むため、これで毒ガスを検知する手がかりとするのだ。
この話を本で読んだとき、ルイズはかわいそうだと思ったものだ。
その時と同じ心持ちになったルイズはギーシュを見つめ、そしてつぶやいた。
「よし、がんばれ」
「うわあああああああああああ」


「って、そんなわけに行かないわよ!」
よい子のみんなは同じようなことがあったら教えてあげよう。特に中の人には。
忘れちゃいけない約束だよ。
マジ悲惨だし。1人欠けるとフォートレス突破きついし。
ベルが何故こんなことをしてるかって?それは悪い子だからさ。
「これだけが理由じゃないんだけどね」
「そーゆー理由は最初から外しなさいよ」
ベルが耳に手を当てて通路の奥を指さす。
何事かと思いながらもルイズは通路の奥に耳を澄ませた。
前にいるギーシュや後ろのキュルケ達もそれに気付いてじっと耳を澄ませている。
最初は小さすぎてどんな音かも判別できなかったが次第に音は大きく、はっきり聞こえてくる。
それは空気の唸りだった。
どんな唸りか。似たような音は聞いたことがある。いや、むしろ良く聞く音だと言っていい。
夏ごろに良く聞く音。花壇や花畑で良く聞く音。
だが、それよりはずっと大きいし、数も多い。
目を前に向ければ通路の奥から唸りの元が姿を現しつつあった。
「系統魔法では二つの魔法を同時に使うのは難しいんでしょ?今回は早めに気付いたけど、ああいうのにいきなり襲われたらフライを使っていると素早く対処できないじゃない。だから歩いたのよ」
「あ、あ、あ」
「あんまり早くゲームオーバーになられてもつまらないしね」
ベルの不穏当な発言も耳に入らない。
通路の奥から来たもの。そっちの方に目は吸い付けられていた。
「あれ、あれ、あれ」
「ああ、あれ?フォートレスの番人、クリーチャーね」
ハルケギニアには通常より巨大な生物がいくつも存在する。
その一つがギーシュのジャイアントモールであり、今通路の奥からあらわれたベルが言うところのクリーチャーだ。
それを知るタバサが名を口にした。
「G(ジャイアント)ホーネット」
その名の通り、花壇でみたのよりずっと大きいハチがルイズ達に近寄っているのだ。
「ところでルイズ、知ってる?ある地方ではあれのことをスズメバチって言うのよ」
「スズメ?」
「スズメくらい大きいところからそういう名前がついたんですって」
「どこがスズメよ!」
いや、大きいなんてものじゃない。むしろ巨大だ。
個体差はあるが大きいものだと子どもくらいの大きさがある。
そんな巨大なハチが群れを成し、羽をふるわせてルイズ達に向かって飛んできているのだ。
「あー、あー、あー」
ルイズはハチの顔があんなに怖いことを始めて知った。
あまりありがたくないことに巨大なおかげで細部までよくわかるのだ。
顎を鳴らすかちかちという音も加わっていっそう怖い。
「まずいですな。逃げられませんぞ」
コルベールが眼鏡に手を当て、前に出た。
Gホーネットの群れの方が明らかに人間が走るより速い。おそらくフライを使っても追いつかれるだろう。
それなら魔法で迎撃したいところだが、彼我の距離と移動速度を考えると使える魔法はせいぜい1回。だが、ここにいるメイジ全員で魔法を使っても1回では全滅はもとより退けるのも難しいだろう。
コルベールは自身の持つ最大の攻撃力と攻撃範囲を持つ魔法を考え、その使用を断念した。
あの魔法ならGホーネットの群れを確実に燃やし尽くせるだろう。だが、場所が悪い。こんな逃れる場所のない密閉空間ではGホーネットのみならず、自分自身や生徒達まで巻き込んでしまう。
落とし穴を利用する方法もあるが、効果は未知数だ。
そんな使い方はできない。
「こういう場合は、囮がハチを引きつけてその間に後ろから魔法を打ち出すのがセオリーね」
囮?その方法が有効なのはわかるが、凶悪なGホーネットの群れに飛び込む危険を誰が冒すのか。
この場にいるベルともう一人以外はそう考えた。ただ、ギーシュは何か覚悟を決めたように杖を握りなおしていた。
「シエスタ、出番よ」
「ちょっと待てえ!」
この時点ですごい人選をしているような気がする。
「シエスタはメイドよ!なんてことやらせるつもりなのよ」
「そーだ、やめろ。やめてやれ。いや、そこの使い魔がやれ」
同意はシエスタの背中から得られる。インテリジェンスソードのデルフリンガーだ。
「あら、これが適材適所というものよ」
「てめええええええ」
言っている間にシエスタは背中の大荷物を地面に落とし、デルフリンガーを両手に持つ。
構えるではない。
そんな上等なことがメイドにできるはずがない。
ただ、持っただけだ。
「シエスタ、ゴー」
「はい!」
止める暇などありはしない。
かけ声一つで飛び出したシエスタはGホーネットの群れに飛び込んで気合い一閃……と言いたいがそんな格好のいいものじゃない。
剣で戦うと言うより使い方のわからない剣をぶんぶん振り回しているだけだ。あんな長い剣を振り回せるだけすごいと思うけど。メイドというのは意外に腕力があるらしい。
当然そんな剣ではいくら大きくても飛び交うハチにかすりすらしない。
「頭下げろ!嬢ちゃん」
「きゃっ」
膝をかがめたとたんに髪の毛がふわりと舞う。。
尻の針をつきだしたGホーネットがシエスタの頭上をかすめたのだ。
だが安心する間もない。直後に、残りのGホーネットが一斉にシエスタに襲いかかる。
「い、いけません。早く魔法を!彼女を助けるのです!」
コルベールのあわてた声に促されたルイズは、キュルケ達と一緒になって魔法を飛ばすべく呪文を全力の速さで唱える。
炎の塊が空中に形を成し、空気が攪拌されて切り裂かれる音が通路に満ちる。
「そんなに慌てることもないのに」
ベルだけがやけにのんきだった。


実際その通りだった。
タバサの作った竜巻がGホーネットを吹き散らし、中に混ぜた氷の塊が羽を切り刻んだ。
ルイズの失敗魔法は……察してあげて欲しい。
特に有効なのはキュルケ、コルベールの操る火の系統魔法だ。
2人の火のメイジが放つフレイムボールは狙い定めた目標を決して外すことはない。
例えよけても命中するまで追い続けるし、一度爆発すれば周りにいるGホーネットまで巻き込む。
群れのただ中にいるシエスタを巻き込む心配もないので好きに放てるのだ。
落ち着いて距離を取って対処できればGホーネットはメイジの驚異にはなり得ない。
だが、そのために群れに突っ込んで囮となっていたシエスタはと言うと、それはもう大変な有様だ。
Gホーネットは野生の本能に従って敵に殺到。
ギーシュがワルキューレを援護に突っ込ませたものの、Gホーネットの攻撃を一身に受けてしまった。
おかげで剣を振りまわすだけのシエスタでも足止めできたのだが。
結果、槍の穂先のような針でぶっすり刺されて致命傷、こそなかったものの体のあちこちを刺されてた上に毒まで受けてしまった。
それでも生きているのが不思議と言えば不思議なのだが。
「ねえ、大丈夫なの……」
ルイズが心配するのも無理はない。
手も、足もぷっくり腫れてしまっている。
額も同じで、右目が半分しか開いていない。
「だれか、ハチに刺されたときの魔法知っている人いない?秘薬はない?」
普通の小さいハチに刺されたってとても痛いのだ。
あんな大きなGホーネットに刺されるならどうなるかわからない。
わからないが早めの治療に越したことはない。
「やけに親切ね。このあたりの貴族は平民には薄情だと思ってたんだけど」
「ベル、あんたには貴族ってものについて一度じっくり話し合う必要があるわね」
まあ、ベルがあんまりにも無茶苦茶やらせたってのもある。
あんな殺人蜂の群れに剣の扱いも知らない女の子を差し向けるなんてどうかしてる。
「あの、ミス・ヴァリエール。私なら平気ですから」
「そんなわけにはいかないでしょ」
振り返ったルイズは目をむいた。そして、こすった。見間違いではないかと思ったからだ。
さっきまで赤くふくれあがっていたシエスタの手足、それに右目をふさいでいた額の腫れがすっかり引いていた。
「え、あれ?治った?」
「はい、治しました」
「だって、刺されたんでしょ?あんなに腫れてて。平民が?」
「やですよ。平民だって虫さされくらい治せますよ」
ああ、そうか。
平民は病気にかかったり怪我をしたなら自然に治るのを待つしかないかと言えばもちろんそうではない。
魔法が使えない平民には平民なりの治し方がある。
裕福な貴族であるルイズは怪我や病死をしたら多少費用がかかっても魔法や秘薬で治してしまうのでそういうことには疎い。
「ベル様に教えていただいた方法なんですけどね」
「ベルぅううううううう!」
当たり前だが民間療法は魔法に比べれば格段に低い。
少なくともさっきまでぱんぱんに腫れていた顔が一瞬で治るなんてのはあるはずがない。
「あんたシエスタになに教えたのよ」
「大したことないわよ。特殊能力って言ってもわからないわよね。そうね……特技みたいなモノね」
「特技みたいなものって。あれで?」
おいしいご飯が作れますとか、編み物が上手ですとかと同じように言われても困る。
「そうよ。練習して重い物を持ち上げられるようになりましたとか、人より体が丈夫ですとかと一緒。両方の手が利き手です、なんてのとも一緒ね」
「そ、そうなんだ」
「そうなのよ」
今まで知らなかったけど、どうやらそういうものらしい。
魔法以外にもある人体の神秘とか、すごさと言うものに関して改めて感銘を受けるルイズであった。
いまいちおかしいような気もしたけど。


「大変!シエスタ。まだ腫れてるとこがあるわよ」
「ええっ、どこですか?」
「胸がまだ腫れてる」
「そこは違います!」






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