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タバサと不死者 第六章

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 ローザの口元から覗く牙を目にして、タバサは眉根を寄せた。
「それが≪血族≫。あなたは奴と同じ化け物に変わってしまった」
 タバサの口調は、ただ事実を確認しているだけだと思わせる淡々としたものだったが、彼女の瞳には怒りとも悲しみともつかない、
謎めいた輝きがあった。
 ローザは冷ややかに笑いを漏らしたが、その声は奇妙なほどに生気が欠けており、美しくも虚ろな響きがあった。
「そのとおりです、騎士さま。わたしはあのお方の≪血族≫となりました。あのお方のふるさとでは『不死者』、あるいは『闇の貴族』とも
呼ばれている不滅の存在。≪屍人鬼≫を操るちゃちなまがいものとは違った、まことの吸血鬼へと生まれ変わったのです。
騎士さまとはじめてお会いしたあの日、子供のようにおびえて取り乱していたのが恥ずかしくなります。だって、今のわたしは
とっても素敵な気分なのですから」
 ローザの声は穏やかなものだったが、タバサはその裏に潜む侮蔑と嘲笑、そしてどす黒い欲望を感じ取り、言いようのない悪寒を覚えた。
「わたしはあのお方から、不老にして不滅の肉体と、永遠の命を授かりました。ゲルマニアの片田舎からやって来た旅芸人にとって、
身に余るほどの栄誉です。貴族のお嬢さまはご存知ないでしょうが、旅芸人というのは気楽なようでいて、なかなか辛い稼業なのですよ。
芸では稼げず、娼婦の真似事で糊口をしのいだことも一度や二度ではありません。今はもう、飢える心配はなくなりました。
すべてあのお方のおかげです。そのかわり、困ったことがふたつだけあるんですよ。ひとつは、もう二度とお日さまを見られなくなったこと。
もうひとつが何か、騎士さまにはわかりますか?」
 タバサは問いかけに答えず、
「あなたは……化け物に変わってしまった」と、
先程の言葉を繰り返した――自分自身に言い聞かせるかのように。
 ローザはうつむくと、白く細い首筋に手を当てた。
 そこに赤いスカーフは巻かれていなかった。
「喉が……喉が渇いてしかたがないのですよ。この渇きは人間の温かい生き血でのみ癒されると、あのお方はおっしゃっていました。
渇きはたいへんなものでしたが、血をいただく相手は時間をかけて吟味することにしました。生まれ変わってはじめての、
記念すべき行いなのですから、適当な誰かで済ませたくはなかったのです。
思わず咬みつきたくなるような綺麗な肌と、けがれなき血と肉をもった人が理想の獲物でしたが、メルドープのような宿場町でそれを探すのは
難しいことでした。そうするうちに私はふと、うってつけの相手に思い当たったのです――騎士さま、あなたですよ」
 そう言って、ローザは顔を上げた。
 血の気の失せた青白い顔に張り付いた微笑は先刻と変わらなかったが、その両眼はいまや大きく見開かれており、瞳が不気味な赤い光を放っていた。
 吸血鬼の赤い瞳を覗きこんだ者が心身の自由を奪われてしまうことを、身をもって学んでいたタバサは、とっさに目を伏せる。
「はじめてお会いしたとき、思ったんです。こんなに小さくて可愛らしい女の子が、荒事を為しにやって来た騎士だなんて、とても信じられないと。
髪も肌もとても綺麗で、まるでお人形さんみたいって」
 陶酔したようにそう言うと、ローザはタバサに向かって一歩踏み出した。
「ああ、その白い肌の下を流れる血は、どんな味がするのでしょうか?」
 タバサは何も言わず、じっとローザの足元を見つめ、相手との間合いを測る。
「騎士さま、わたし、もう我慢できません。だから……」
 次の瞬間、ローザの表情が一変した。
 目の光が強まり、唇が歪んだかと見ると、穏やかな表情が一瞬のうちに、血に飢えた野獣のそれへと変化したのだ。
「血を! あなたの血を!」
 狂気じみた絶叫とともにローザは地を蹴り、タバサに躍りかかった。

 振り回される腕は、むなしく空を切った。
 タバサは素早く≪フライ≫の呪文を唱えて浮かび上がり、相手の一撃をかわすと、そのまま三十フィート近い高さにまで宙を翔け昇る。
 タバサは、くやしそうに自分を見上げるローザに向かって言い放った。
「あなたは死んでいる。吸血鬼に偽りの命を与えられているだけ。もう、もとには戻れない。わたしにできることは……」
 そこで少し言いよどむが、意を決したように言葉を続ける。
「あなたの魂を解放し、あるべき場所へと導くだけ」
 タバサは杖を振りかざし呪文を唱えるが、それと同時に彼女の体は、縄が切れた釣瓶(つるべ)のように真下へ落ちる――別の魔法を使ったために、
≪フライ≫の効力が失われたのだ。
 落下しつつも呪文を完成させると、ローザの周囲にいくつもの氷柱が現れた。
 その鋭い先端はいずれも、彼女の胸に向けられている。
 ≪ウィンディ・アイシクル≫の魔法によって作りだされた氷柱が一斉に襲いかかるが、ローザの両腕が目にも止まらぬ勢いで振るわれると、
氷柱はすべて空中で打ち砕かれるか、蠅のように払い落とされていた。
 ふたたび≪フライ≫の魔法を使って落下を止め、空中に静止していたタバサの眼が、驚きに見開かれる。
 ローザは凄艶な笑みを浮かべると、
「心臓を狙えば、あのお方のように倒せると思いましたか? 狙いがわかれば、打ち落とすのはたやすいことです。
『闇の貴族』は力が強いだけではなく、眼もいいのですよ、騎士さま」と言った。
 タバサは素早く≪フライ≫で空高く舞い上がろうとしたが、ローザの動きはさらに機敏なものだった。
 矢のような勢いで飛んできた白っぽい何かが、みぞおちに喰いこむのを感じて、タバサは息を詰まらせ、体をくの字に曲げてあえいだ。
 衝撃によって≪フライ≫を維持するための集中が途切れたため、彼女は墜落し、背中から地面に叩きつけられた。
 ローザが投げつけたのは、握り拳ほどの大きさの氷の塊だった――叩き落とした≪ウィンディ・アイシクル≫の残骸を拾い上げていたのだ。
 あまりの激痛に意識を失いかけたタバサだったが、杖を手放しはしなかった。 痺れる四肢に鞭打って、満身の力で上体を起こし、両手で杖をついて立ち上がろうとする。
 そうしている間にも、ローザは目前に迫っていた。
 振ろうとした杖は、その細腕からは想像もつかない怪力で奪い取られ、さらには強烈な平手打ちが飛んだ。
 タバサの眼鏡は吹き飛び、青い眼には火花が飛ぶ。
 ふたたび意識を手放しかけて膝から崩れ、芝生の上に倒れた。

 ローザは杖を足元に放り捨てると、ふたたび穏やかな微笑を浮かべたが、その赤く輝く瞳には、皮肉な軽蔑の色が浮かび、獣じみた
情欲の火が燃えていた。
「さあ、遊びはこれでおしまい。騎士さま、悲しまないで。あなたのことは忘れません……永遠に、この世の終わりまでね」
 そう言って襟首をつかみ、なかば気絶したタバサを片手で軽々と引きずり起こすと、もう一方の手でマントを引き剥がす。
 あらわになったタバサの白い首筋を見たローザは、舌なめずりしてからかっと口を開き――身をこわばらせた。
 欲望に燃えた眼に、嫌悪と驚愕の色が浮かぶ。
「なに、この匂い……? ううっ!」
 うめき声を上げると手で鼻と口を覆い隠し、タバサから顔をそむける。
 吸血鬼が嫌悪を覚えた匂いの源は、大蒜だった。
 タバサは紐に吊るされたいくつかの大蒜を、ペンダントのように首から提げていたのだ。
 ローザに起きた異変が、タバサを現実に引き戻した。
 相手が大蒜の匂いに不快を示し、うろたえていることを知ったタバサは、すぐさま反撃に移った。
 シャツの胸ポケットをまさぐり、銀のナイフを取り出す。
 それはつい先刻、宿の厨房で大蒜といっしょに手に入れたものだった。
 彼が話した吸血鬼の弱点を思い出し、万が一の事態のために用意したものだったが、こうも早く使うことになるとはタバサ自身、
思いもしなかった。
 突然の吐き気をもよおす悪臭に驚きひるんだローザだったが、タバサの襟をつかんだ手を放そうとはしなかった。
 その手に銀のナイフが突き刺さり、ローザは甲高い悲鳴を上げた。
 苦しみもだえるローザから解放されたタバサは、放り捨てられた杖に飛びつく。
「痛い、痛い! わたしは不死身なのに、どうしてただのナイフが!?」
 苦痛に顔を歪め、ローザはわめいた。
「どんな武器にも魔法にも、傷つくことはないはず! あのお方はそうおっしゃっていた! なのに、そんな!」
 ローザが手の甲を貫いたナイフを引き抜こうとする隙に、杖を取り戻したタバサは、呪文を唱えた。
 周囲の空気が急激に冷やされ、氷の矢が現れる。
 相手を見据えるタバサの眼に、躊躇の色はなかった。
 ローザが気づいたときには、≪ウィンディ・アイシクル≫が彼女の胸を、狙いあやまたず貫いていた。
「そん……な……」
 うめき声を上げると、ローザは仰向けに倒れ、動かなくなった。
 タバサは大きく息をつくと、平手打ちを受けたときに落ちた眼鏡を拾い上げ、ローザのほうに向き直った。
「始祖よ。願わくばこの哀れな者の魂に、安らぎを与えたまえ。この者の魂が天上への道に迷わぬよう、導きたまえ……」
 血のにじんだ彼女の唇は、祈りの次に、魔法の呪文を紡いだ。
 彼はこう言った――『杭が引き抜かれると吸血鬼はふたたび甦ってしまうため、その体を炎か陽の光によって灰にしなければならない』と。
 彼女には、急いでやるべきことが残っていたため、悠長に日の出を待つわけにはいかなかった。

 翌日の昼過ぎ、タバサは、メルドープから十マイル以上離れた小村であるサン・ヴィトのはずれ、誰も寄り付かないわびしげな丘に来ていた。
 丘の下には地下墓地が設けられていたが、ここ百年近く、何者の棺も運び込まれることはなかった――近くに新しい教会墓地が作られたためだ。
 長きにわたって打ち捨てられていた、この墓地を最近訪れた者といえば、執行官率いる吸血鬼捜索の一隊だけだったが、
彼らは中に踏み入ろうとはしなかった。
 地下墓地の門は錆びた鎖で閉ざされ、腐りかけた扉も動かされた形跡がないため、捜索隊はここに吸血鬼はいないものと判断し、引き返したのだ。
 タバサは、苔むした門をじっと見つめる。
 その顔には昨晩の闘いの傷がまだ残っていた――打たれた頬に貼られた、湿布が痛々しい。
「お姉さま、ほんとにここなの?」
 シルフィードが巨体に似合わぬ不安げな口調で問うと、タバサは地図を拡げた。
 その地図はアルジャンタン地方全域をあらわしたものだったが、大きく不恰好な楕円形が、赤いインクで描き込まれていた。
「この赤いのは?」
「あの化け物の行動範囲。敵はここからここまで、一昼夜のうちに六十リーグを移動したことがある」
 タバサは楕円形の両端を交互に指し示す。
「えー? そんなの、無理なのね。途中で誰かに見つかっちゃうわ。シルフィみたいにお空を飛べるなら話は別だけど……」
「飛べる」
「きゅい?」
 タバサの意外な返事に、シルフィードは戸惑った。
 学院で彼から、その故郷に棲む吸血鬼に関する説明を受けたのち、タバサは推測を立てていた。
 あの吸血鬼はコウモリに変身して夜空を翔け、壁を飛び越し、煙突や二階の窓から家々に――ローザの小屋にも――侵入していたのではないかと。
 そう考えれば、怪物の神出鬼没ぶりにも説明がつく。
 メルドープの寺院の地下室から姿を消したやり口も同じだ――コウモリに姿を変えて、通気口をくぐり抜けたのだろう。
 タバサは説明を続けた。
「行動範囲の中心がここ、サン・ヴィト村。化け物は一晩のうちにここから他の村や町まで往復し、昼間はこの地下墓地で眠っていた。
この周囲に、陽光と人目を避けて隠れられる場所はここしかない」
 この地下墓地には小さな通気口があり、長年のあいだ風雨にさらされて鉄格子を失ったそれは、小動物にとって格好の出入り口となっていた。
 吸血鬼は門を使わず通気口から出入りしていたため、捜索隊の注意を惹くような痕跡を残すこともなかったのだ。
「ええと、どういうこと?」
 主人の言うことが理解できず目を白黒させるシルフィードに構わず、タバサは墓地の門へと向かう。
「もう! お姉さまったらシルフィをばかにして、大事なことはなんにも教えてくれないんだからぁ!」
 ふてくされるシルフィードの声を背に受けながら、タバサは門を閉ざした鎖を≪錬金≫で断ち切り、扉に手をかけたが、
そこでいったん動きを止め、自らの≪使い魔≫を振り返る。
「これで終わり。もう誰も……誰も、犠牲にはならない」
 主人の声を耳にして、シルフィードはぎくりと全身をこわばらせた。
 タバサのことをよく知らぬ者なら気づかなかっただろうが、彼女の声はわずかに震えていた――激しい怒りに。
 主人のただならぬ様子を前にシルフィードは困惑したが、タバサの声はすぐに、元の平坦な調子に戻った。
「すぐ戻る」
「お……お姉さま?」
「空で待っていて」
 そう告げると、ぼろぼろの扉を静かに押し開け、中に踏み込む。
 やがて、少女の小さな後姿は闇に飲みこまれ、消えていった。
「きゅい……お姉さま、どうかご無事で……」
 残されたシルフィードはそうつぶやくと、翼をはばたかせ、空に舞い上がった。

 竜の翼が力強く大気を打つ。
「お姉さま、今度はちゃんと帰ってゆっくり休めるのよね? 学院に戻ったと思ったら、すぐにまた、どこかへ向かわされたりしないわよね?」
 念を押すようなシルフィードの問いにタバサは答えず、いつものように本の頁をたぐっていた。
 背に乗った主人に無視されても構わず、シルフィードは喋り続ける。
「それにしても、今回の任務はおかしなことばかり! 無事に終わって学院に帰ったと思ったら、またすぐ引き返して。
それに、あの丘の下のお墓で何があったのかも、教えてくれないし。お姉さまがとっても大きな棺桶を運び出してきたから、中を覗いてみたら、
あるのは灰色の塵とぼろぼろの服だけ。あれで終わりって、どういうこと? もう、わけのわかんないことばかりだったの! きゅい!」
 ひとしきりぼやいたのち、シルフィードはやや真剣な口調で、主人に問いかけた。
「ね、お姉さま。結局、あの怪物はなんだったの?」
 タバサはようやく口を開くが、答えは謎めいたものだった。
「知らないほうがいい。あれは、闇の彼方から迷いこんだもの。わたしたちの理解が及ばないもの」
「もう、お姉さまったら! たまに答えてくれたと思ったら、そうやってけむに巻くんだから。シルフィがわかんないように、
わざと難しい言いかたして!」
 シルフィードの抗議を気にもかけず、タバサはふたたび頁に目を落とす。
 彼女は、『不死』の怪物の異様きわまりない特性も、ローザを襲った悲劇とその最期についても、シルフィードに教えようとはしなかった。
 それらはあまりに邪悪でおぞましい事柄であり、無邪気で天真爛漫なシルフィードに知らせるのは、間違った行いだと感じたのだ。

 タバサは思う。
 早く学院へ帰りたい、と。
 キュルケとは一週間以上も会っておらず、あの自由奔放な行いや一方的なお喋りが、無性に恋しかった。
 そういえば、今日は≪虚無の曜日≫――彼との約束の日だが、学院に着くのは早くても昼過ぎだ。
 彼をラグドリアン湖畔の屋敷に連れて行くには遅すぎるし、これ以上シルフィードを酷使するのも、気がとがめる。
 しかし、彼の使う癒しの魔法が、母を苦しめる病に対してどのような効き目を見せるのか、一刻も早く知りたいという思いもある。
 うまくすれば、五年前の優しく美しかった母が、戻ってくるかもしれないのだ。
 自分はどうするべきかと、タバサは考えに没頭した――暗澹たる出来事の記憶を、脳裏から締め出すかのように。

 結局、タバサの悩みは無駄に終わり、シルフィードは休む間もなく主人と≪ゼロのルイズ≫を乗せて『北の山』へ飛ぶことになるのだが、
それはまた別の物語だ……


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