あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

赤目の使い魔-05




眩い朝日が、クリストファーの赤い眼球に染み渡る。
彼としては三日ぶりに味わう太陽の光なのだが、怪我で眠り扱けていたせいかそこまでの感慨は沸かない。
そして、沸く程の余裕も無い。
彼は空を見上げ、愚痴るように呟いた。

「…腹、空いたな」


巻き戻る事数分前。
彼はルイズの許に追いつき、適当に言葉を投げかけていたが、彼女は返事どころか振り向く素振りすら見せない。と言うか、怒髪天を突いている彼女には聞こえているかどうかすら疑わしかった。
彼女が唯一言葉を発したのは食堂と思われる部屋に辿り着いた時。
彼女は両手に扉の取っ手を握り、彼に向かってこう言った。

『あんたみたいな奴に、食べさせる飯は無い!』

そして、轟音と供に彼を外に締め出した。


自業自得、と言われればその通りだし、否定するつもりも無い。
今までの様子を見るに、彼女はかなりの癇癪持ちの様だ。こうなる事はある程度予想できただろう。
それに、中々に面白いものを見させて貰ったのだ。
あの打てば響くような反応は、周囲にどうしようも無く狂った人間しか居なかった彼を非常に新鮮な感慨に浸らせた。
よって、彼の心には後悔の念など微塵も浮かんでは居ない。

しかし、三日三晩何も口にしていない身に飯抜きは流石に応える。
あの調子では、今日一日パン一切れですら与えられないのは確実だ。
どうしたものか、と彼は視線を戻す。すると、

「ん?」

彼の視界に、小柄な人影が映った。
遠目に後ろ手なので、細かな所は良く分からないが、体型から見るに女性だろう。
ただ、ルイズやあのキュルケとか言う赤髪の少女とは違い、その身に纏っているのは濃紺のワンピースに純白のエプロンドレス。黒い髪の上にカチューシャまで付けている。
所謂メイド服だった。

確か、昨日ルイズが貴族がどうとか言っていたはずだ。
それならば、彼女はその世話をする使用人であろうか。
彼は暫し考える。
世話。それには様々な物が含まれるのだろう。
掃除、洗濯。そして、食事。
そこまで考えが至ると、彼は獲物を見つけた獣のような喜びに笑みを浮かべる。
そして、その人影へゆっくりと向かっていった。
挨拶程度の声が届く距離に来た所で、彼は言葉を発する。

「やぁ」

「はい? ……ひゃわぁ!?」

畏まった返事と共に彼女は振り向くが、クリストファーの目を見た瞬間にそれは悲鳴の中へと掻き消える。
見えたのは、まだ少女と呼ぶほうが相応しい可愛らしげな相貌。
そばかすが所々浮いているものの、それらは決して彼女の美貌を損なう事は無く、むしろ年齢に似つかわしい初々しさを醸し出している。恐らく、ルイズ達と同年代位だろう。
失礼とも取れる彼女の反応に対しても、クリストファーはまるで笑顔を崩さない。
この外見になってから何十年と経っている彼は、好奇の目に晒される事に最早慣れ切っていた。

しかし、意外な事に少女の表情は直ぐに元の色へと戻った。

「あ……もしかして、ミス・ヴァリエールの使い魔の方ですか?」

今度は、クリストファーが驚く番だった。
思わず言葉を詰まらせる彼に対して、彼女は微笑を浮かべながら言葉を紡ぐ。

「良かった…。目が覚めたんですね」

そう言うと、少女は佇まいを正し、腰を軽く曲げて一礼をした。

「申し遅れました。私、ここで給仕をさせて頂いております、シエスタという者です。先日、あなたの看護をお手伝いしていて…」

成程。と、クリストファーは内心で手を叩く。
眠っていたのだから、一方的な面識があるのは当たり前の事だ。

「へぇ。じゃ、君にもお礼言わなきゃね。ありがと」

「いえ、仕事ですから」

彼女は、心底嬉しそうな表情を浮かべたまま返事をする。
言動から人間性を読み取ると言うのはいささか愚かな行為と言えるが、彼女の一挙一動は彼女が善意溢れる人間だと言うことを、一片の疑いも無くクリストファーに確信させた。
その屈託の無い笑顔に少しバツが悪くなった彼は、とりあえず実力行使で捻じ伏せるのは止める事にした。
どう説明したものか、と思案するクリストファー。
すると、彼の腹部からなんとも情けない音が漏れた。

「「………」」

両者を流れる言いようも無い沈黙。
シエスタの微笑も、クリストファーの笑顔も、そのままの状態で固まっている。

「………お腹、減ってるんですか?」

おずおずと尋ねるシエスタ。
何と言うか、台無しであった。色々と。

「ちょっと、こちらにいらして下さい」

沈黙を是と判断したのか、シエスタはそのまま歩き出す。
暫く呆けていたクリストファーだったが、我を取り戻すと慌ててその後姿を追って行った。


                   ● ● ●


彼が連れられて来たのは厨房だった。
鍋、オーブンその他諸々の調理器具が所狭しと並んでいる。
これ程の量があれば、ゆうに数百人の食事を賄えるだろう。
何人ものコックやメイドが忙しそうに仕事をしているが、食事も終盤と言う事もあってそれ程の熱気は感じられない。
すると、一人のコックが二人に目を留め、声を掛けてきた。

「よう、シエスタ。手伝いなら必要ないぜ?朝食は粗方片付いたからよ」

丸々と太った身体に、似つかわしい野太い声。
下品とも思える人となりだが、身体にあつらえた衣服は立派な造りをしており、一目でそれなりの地位に居る人間だと言うことが分かる。

「あ、マルトーさん。えっと、そうじゃなくて、実は……」

すると、シエスタは困った様にクリストファーの方を見た。
その様子を見て、クリストファーは自分が名乗っていなかった事を思い出し、コックに向かって手をひらひらと振りながら口を開く。

「クリストファー・シャルドレードだよ。ヨロシク」

コックは、クリストファーを見て、驚きに暫し動きを止めた後、ハッとした表情で言葉を紡ぐ。

「もしかして、こいつが噂の……?」

そんなマルトーの様子を見て、シエスタはいささか自慢げに頷く。

「はい。ミス・ヴァリエールに召喚された、使い魔の方です。」

その言葉により、マルトーの表情に浮かぶ驚愕は最高潮に達するが、それらは直ぐに憐憫のそれへと成り代わった。
クリストファーがその表情の真意を測りかねていると、マルトーは彼へと言葉を投げかけた。

「運が悪かったなぁ、お前。俺も此処で長年コックやってるが、人間が召喚されたなんて一度も聞いた事ねぇぞ?」

そして、マルトーは忌々しげに続きを吐いた。

「しかも、よりにもよってあんな『ゼロ』に呼び出されるなんてな」

その言葉を聞いた瞬間、シエスタは表情が強張らせ、大声で抗議する。

「マルトーさん!彼女を悪く言うのは止めてください!」

「ふん、本当のことじゃねぇか。あんなんじゃ本当に貴族の純血統なのかすら怪しいぜ」

対するマルトーは悪びれもせずに言葉を返す。
そんな彼にシエスタは更に声を発しようとするが、

「料理長!無駄話してないで仕事に戻ってください!」

「おぉ、悪い悪い。じゃあな兄ちゃん。愚痴なら何時でも付き合うぜ?」

厨房の奥から聞こえてきた声によって邪魔をされてしまう。
マルトーも早々に話題を打ち切り、声の許へと走っていってしまった。
シエスタは申し訳なさそうな顔をすると、クリストファーに頭を下げた。

「ごめんなさい。あの人、根は優しいんですけど、貴族の方達を嫌っていて……」

「いやいや。いいよ別に」

それは、正直言って本心だった。
主人と使い魔と言う関係だが、まだそこまでルイズと親しいと言う訳ではない。
と言うか、彼女からしたら寧ろ真逆だろう。
そんな事よりも、気になった事が一つ。

「『ゼロ』って、何?」

その言葉を聴いたシエスタは、若干迷うような表情を見せた後、静かに言葉を口にする。

「……それは、御本人から聞いた方が宜しいかと」
そう言うと、スタスタと先を歩いて行ってしまった。
クリストファーはまだ気になってはいたが、これ以上聞いても無駄だと悟ると、肩を竦めて後を追った。


                   ● ● ●


「ここで待ってて下さい」

厨房の奥に来たところで、シエスタはクリストファーを手近に置かれていた椅子に座らせると、奥へと駆けていく。
クリストファーはそれを只眺めていたが、不意に周りを見渡す。
玄関口も相当だったが、奥はその数倍は大きい。一体何人が此処の食事で養われているのだろうか。
昨日のルイズの言葉によると、此処は学校と言う事だ
そう大した規模では捉えていなかったが、これは考えを修正したほうが良いかもしれない。
と、そこまで考えた所で、シエスタが一枚の皿を手に戻ってきた。
皿には、暖かそうなシチューが並々とつがれている。

「どうぞ、召し上がって下さい。残り物で作った、賄い食なんですけど」

シエスタは微笑みと共に、皿をクリストファーへと差し出した。
クリストファーは交互に皿とシエスタを見る。

「いいのかい?」
「はい!」

クリストファーは暫しの間を置いて、皿へと手を伸ばす。
眼前へと置いた瞬間、シチュー特有の甘い匂いがクリストファーの食欲を駆り立てた。
手を伸ばし、一掬い口へと運ぶ。
素朴ではあるが、賄い食とは思えない程の美味さが口に広がる。

「へぇ、美味しいや」

思わず、率直な感想が漏れる。
味から察するに、中々いい材料も使っている様だ。
残り物で作った物とは言え、流石は元が貴族の食事と言った所か。
見れば、シエスタは嬉しそうに微笑を深め、クリストファーの食事風景を見ている。
そんな彼女を見て、クリストファーの中に少し居心地の悪さが湧き上がる。

「………ちょっと、罪悪感かも」

「え?」

「いや、何でも無いよ」


                   ● ● ●


皿が空になった所で、クリストファーは手を止める。

「ご馳走様。美味しかったよ」

その言葉を聞いて、シエスタは嬉しそうに笑う。

「良かった……。貴族の方にお出しする食事には負けますけど、口にあって良かったです。ミスタ・クリストファー」

その言葉を聞いた途端、クリストファーは顔を顰めた。

「止めてよそんな呼び方。普通にクリスでいいって」

「そんな! 客人にその様な態度は出来ませんわ!」

とんでもない、といって様子で手をぶんぶんと振るシエスタ。
クリストファーはそんな彼女を見て不満気に呟く。

「えー。でもさ」

そして、何でも無い事の様にクリストファーは言葉の続きを口にした。

「僕達、もう友達じゃん」

「………え?」

その言葉に、シエスタはキョトンとする。
それは驚きのせいであり、決して嫌悪感から来る物ではなかったのだが、クリストファーはそう受け取らなかったらしい。

「……嘘、もしかしてそう思ってたのって僕だけ? 食事もくれたし、僕としてはそんな感じだったんだけど。うわどうしよう。僕物凄く恥ずかしい事言った?」

笑顔で慌てるという器用な技を見せるクリストファー。
そんな彼の様子を見て、シエスタは思わず噴出してしまった。

「うわぁ笑われてるよ僕。仕方ないから笑い返す事で虚勢を張ろうと思うんだけど、そんな僕って滑稽?」

口元を押さえ俯くシエスタに、クリストファーは楽しそうな顔で言葉を紡ぐ。
ようやく笑顔をある程度押さえ込んだシエスタは、苦笑しながらクリストファーへと口を開く。

「申し訳ありません。ミスタ……、じゃなくて、クリスさん」

「略称にさん付けもどうかと思うよ?」

同じく苦笑しながら、クリストファーは言葉を返す。

「いえ。これ以上は流石に歩み寄れませんわ。例え友人でも」

その言葉を聞くと、クリストファーは嬉しそうな笑顔を顔に貼り付け、シエスタへと手を差し出した。

「有難う! そしておめでとう! 君は此処で初めての友人だ! とりあえずシチューのお礼と初回サービスで、良友からのスタートにしてあげるよ」

「まぁ、光栄ですわ」

シエスタもクリストファーの手を取り、楽しそうに微笑んだ。

――ちょっと変だけど、悪い人じゃないみたい。

彼女は、最早クリストファーの赤い目も鋭い八重歯も、全然気にならなくなっていた。



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