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ゼロの黒魔道士-59


まだ、混乱しちゃってるのかなぁと、そうほっぺたをつねりたかった。

「偽者? なるほど――よく似ているが、そちらこそ偽者ではないかな?」
「確かに似ている。だが、こうも不細工だったかなぁ、僕は」
片方は、青い船乗りさんの服に身を包んで。
もう片方は、赤いダンスパーティーに出るような服で。
どちらも全く同じ顔、同じ声、同じウェールズ王子だったんだ……

「ウェールズ王子が――二人!?」
ルイズおねえちゃんも混乱している。
仕方が無いと思うんだ。
混乱しないわけがない、よね……
「偽者だよ……片方は」
それは、間違いない。
まさか双子だった、なんてことなら話は別だけど……
「相棒、そりゃいいんだけどよー?どっちがその偽者なんでぇ?」
デルフが聞く。
ボクがいた世界にも、『エピタフ』って敵がいたっけ。
あいつも、誰かの偽者を作りだして攻撃してくるような敵だったけど、
服装の違う敵を作りだすってことは無かったはずだしなぁ……
「え、えっとー……」
「分かんねぇのかよっ!?」
分かるわけが、無い。どっちが本物かなんて、そんなこと……



ゼロの黒魔道士
~第五十九幕~ 盗めぬ二人のこころ


「アンリエッタ、そうだ。君なら分かるだろ?」
赤い方のウェールズ王子が、
アンリエッタ姫の身体を抱き寄せている方のウェールズがそう聞いたんだ。
「え、あ、え――ウェールズが……二人……」
でも、アンリエッタ姫は答えられない。
お姫さまも混乱しているんだ。
大好きだった人が突然増えちゃうんだもん、混乱しないわけが、無い。
「アンリエッタ、そいつの言葉に耳を傾けるな!」
青い方のウェールズ王子が、
後から現れた方のウェールズ王子が声を荒げる。

「あっちもウェールズ、こっちもウェールズ……二人のウェールズ……」
アンリエッタ姫が呟くように、どっちも本当によく似ている。
……あぁ、ボクの頭もぐちゃぐちゃになりそうなほど混乱してくるや……

「どうやら、僕の姫君は惑いの中にあるようだ――偽者の君のせいでねッ!」
「お門違いも甚だしいな。偽っているのは君の正体だけにして欲しいね」
二人が交互にしゃべるけど、なんか一人がしゃべっているみたいに聞こえる。
幸い、立っている位置が違うから二人がしゃべってるんだって分かる感じだ。
「――言いあっていても時間の浪費に過ぎないかな」
「意見が合うね。僕の思考まで真似をする気かい?」
にらみ合う、二人。
ボクも、ルイズおねえちゃんも、何故か動けなかったんだ。
どっちが本物かなんて分からないし、どっちに味方すればいいか分からなかったから。

「――アンリエッタ、君は下がっていたまえ」
「紳士的で感謝するよ。アンリエッタ、君は逃げていてくれ」
「あ、え、私……」
アンリエッタ姫が解放されたけど、その場に座り込んでしまった。
誰も、身動きが取れそうに無かった。
二人のウェールズ王子以外は。

「勝手は許さないぞ、偽者君! アンリエッタは、僕と来ることになるんだ!」
「どちらが偽者かは、すぐに分かるさ」
間合いを測るように、湖の方へと二人は歩いていく。
二人の距離は縮まることはなく、その睨みつけるような表情もずっとそのままだった。

「――」
「――」
そして、沈黙。
このとき、アンリエッタ姫を保護しに行かなきゃいけなかったかもしれない。
後になって、そう思うんだ。
でも、その戦いにボク達は割って入ることはできなかったんだ。
いや、入っちゃいけない気がした……
なんでだか、分からないけど……
これはウェールズ王子と、そしてアンリエッタ姫の戦いなんだって、そう思ったんだ……
「『エア・カッター』!!」
「『エア・シールド』!!」

蛍が舞い散る湖の岸辺で、風の魔法がぶつかり合った。


ピコン
ATE ~月の明り ―Theme of Love― ~


それは、蛍がやたらと降るような、そんな月明かりの夜のこと。
蒼と紅、二つの月が寄り添うように湖を照らす夜のこと。
美しいはずの景色なのに、目を覆う少女の姿がそこにはあった。

「偽者の君がアンリエッタを?笑わせるなッ!」
「笑いたければ笑うが良いさ!でも僕が本物であることは揺るがないよ!」
風と風が、混じること無く弾け飛ぶ。
そこには情けも容赦もありはしない。ただ敵意が渦巻いていた。

誰が目を向けられようか。
合わせ鏡の中から出てきたように瓜二つの者同士が殺し合う様などを。
ましてや、愛している者だ。
目を覆ってもなお、闇をこだまする呪詛のように音が響く。
互いを偽りと罵る愛しき人の声が。
それを発する喉ぶちを食いちぎろうとする風魔法の咆哮が。
目を覆えば聞こえてしまう。耳を覆えば見えてしまう。
クモの巣のように、悪夢は逃れようとするほどに絡みつく。
アンリエッタは涙も涸れた瞳で、彼らの傷つけ合う様を感じ続けるしか無かった。

「アンリエッタのことなど、何も知らない癖にッ!彼女に誓ったことも無い癖にッ!」
自分の名前が出てくる度、アンリエッタの身体が仄かに震えた。
怖いのだ。目前で繰り広げられる決闘の末が分からない。
自分の居場所が無い。こんなにも、愛する人の傍にいるというのに。

「いつか手を取り合うことを誓った!偽者の君も、そうだと嘘を付くのかい?」
水兵服を纏ったウェールズが、遠間の攻撃をいなしながら相手を睨みつける。
アンリエッタの脳裏に、かつてのラグドリアン湖が浮かぶ。
彼がいつか公衆の面前で共に手を取り合うことを誓った、あの日に、
想うことができただろうか。
こんなに悲しい闘いを見る日が来るなんて。

「奇遇だな、同じ記憶を?だが君と違い、僕は彼女に愛を誓った!この湖の畔でなッ!」
夜会服に身を包んだウェールズが、一気に間をつめながら吠えた。
アンリエッタの心に、先ほどまでのラグドリアン湖が浮かぶ。
彼が永久に変わらぬ愛を誓った、あの瞬間に、
想うことができただろうか。
こんなに苦しい想いで恋人を見る時が来るなんて。

「大それたことをするな?迷信を信じるわけではないけども、果たせぬ誓いをする覚悟が君にはあったのかい?」
苦笑いを作り、水兵服のウェールズが杖を構える。
接近戦に備えた防御の姿勢だ。

「侮るなッ!それこそが君と僕の違いだッ!君は何故誓わない!アンリエッタへの愛をッ!!」
夜会服を着込んだウェールズが憤りのままに突っ込んだ。
交わる杖のキィンッという高い音が、言葉尻のスタッカートと重なった。

「!!――……」
スタッカートと同時に、アンリエッタの身体が一際震えた。
彼女自身もウェールズに問いたかった疑問なのだ。
彼女は、誓って欲しかった。ただ一言、愛していると。
迷信と言われても構わない。
二人が初めて出会った、この誓いの泉で誓って欲しかったのだ。

「偽者にしては――クッ――良い所を突くじゃぁないか!」
水兵服のウェールズが、半歩後ろへ下がる。
ワルツを踊るような優雅な足運びだが、力を逃がすには最適な動きだ。
だが、同時にそれは質問の答えから逃げているようにも見えた。

「それこそが君が偽者という証拠だッ!アンリエッタを愛せずに、何が本物かッ!!」
夜会服のウェールズがさらに吠えるままに前へ。
二人の顔は同じなのに、その性質はまるで逆であるかのような足運びだ。
杖の先端に込めた魔力が、言葉と共に尖ったナイフのように相手を刺そうとする。

「――では、誓えば叶うとでも言うのかい!?」
水兵服のウェールズが、一転反撃に出る。
ステップバックからのシャッセ・ロール。美しい回転と共に杖が再度交る。
「何だと?」
ギリギリと奥歯を噛む音がアンリエッタの耳にすら聞こえそうだ。
夜会服のウェールズが一層眉を釣り上げた。

「僕は――悲しいことに王族だ!!」
水兵服の方が、攻勢に出る。
ステップは軽やかに。だが杖と言葉に力を込めて。

「偽りの地位にしがみ付いて満足か?今更滅びた王国に未練でもッ!?」
夜会服は主導権を失うまいと、なおも苛烈に杖を立てる。
そこに突かれた杖が重なって、十字が象られる。
まるで亡き国家への墓標であるように。

「違う!ただ、国を負うていて簡単に愛し合うことができぬと知っていた!それだけだ!」
水兵服が夜会服の杖腕の方へとステップインする。
語気そのままに突きあげる杖は、愛を誓うのとはまた別の覚悟を示しているようだった。
「それがどうした?覚悟が無くて愛を語らなかったとでも?とんだ臆病者だなッ!!」
夜会服が距離を取ろうと、この闘いで初めて後ろへ下がった。
それでもなお、水兵服を睨み続けて。

「果たせなかったときに、傷つくのは誰だ!?他ならぬアンリエッタでは無いか!」
それは、『相手を傷つけぬ愛』、という覚悟。
水兵服が踊る。撥ねるようなステップで相手に迫る。
「――っ!!」
アンリエッタが叫び声をあげそうになった。
それは解答であったのだ。
何故、『愛していると誓わないのか』という問いの。
彼は、アンリエッタを大切に想っていた。
想うが故、彼自身に縛られて欲しく無かったのだと悟る。
彼が望みを果たせぬまま死んだとしても、アンリエッタに変わらず歩んで欲しかったからこそ。
決して拒絶するが故ではなく、愛するが故の行為。
その視点が生まれたことに、アンリエッタは叫び声を上げそうになった。

「――とんだごまかしもあったものだなッ!」
二の杖、夜会服のウェールズは予備の杖でその言葉を撥ね退けた。
世にも珍しい杖の二刀流。
残る一方が、水兵服の脳天を狙う。

「何だと?」
文字通り、風のように。
防がれたと見るや、水兵服は身体を反らせながらこれを避ける。

「結局は相手が傷つくことを恐れ、それにより自分が傷つくことを恐れッ!ただの小胆では無いかッ!」
吠える。夜会服のウェールズが吠える。
自らと同じ姿をしながら、弱い事を言う自分の偽者に吠える。
二振りの杖が執拗に水兵服を狙う。

「では、君は傷つけても良いと言うのかい?愛する人を、己の欲望のまま傷つけても!」
水兵服が後ずさる。
勢いは相手、と見たか魔法戦に持ち込もうと距離を取ろうとする。
あらゆる距離で真価を発揮できる風メイジは、間合いの取り方こそ肝要となるのだ。

「違うッ!ただ、愛していないなどという偽りはもう沢山だと思ったッ!それだけだッ!」
そうはさせまい、と夜会服が追いすがる。
いずれの杖も必殺の魔法を纏わせてある。
そうとも、偽りを許すわけにはいかない。
自分こそが、本物なのだからという怒りを込め、吸いつくような足さばきを見せる。

「己の満足のためなら、相手はいくら傷つけても良いと?それこそ横暴なだけでは無いか!!」
夜会服が己の気を吐いている間に詠唱した『エア・ハンマー』をぶっ放し、水兵服が一気に距離を取る。
えぐれたのは地面だけ。夜会服は二降りの杖で受け流したらしい。
自分の偽者というだけあって、思考が物の見事に読まれている。
できた隙を利用して距離を取りながら、水兵服はやれやれとかぶりを振った。

「偽り続けることは、もう沢山だッ!本物は僕だッ!だからこそ己の気持ちに正直になるだけだッ!!」
舞う土煙の中、夜会服がなおも吠える。
その怒気は、闘い始めより変わらず。
『偽らぬ愛』という覚悟。
それは『傷つけぬ愛』とは違うベクトルではあるものの、紛れもない愛の覚悟であった。

「そのために、相手を傷つけることになったとしても?」
一息をつきながら、水兵服が問う。
問いながら、ギロリと相手を睨む。
自分と同じ姿でありながら、乱暴なまでの愛を振りかざそうとする相手を。

「アンリエッタは愛の誓いを求めていた!君が僕の記憶まで真似をするなら知っているはずだッ!」
二降りの杖を顔の傍で交差させながら、夜会服が答える。
中途半端な距離。一歩を踏み出すも、一歩戻るも相手の術中にはまりかねない。
自分と違い、頭を不必要に使い自らを偽る相手だ。
何を考えているか分かったものでは無い。

「……」
アンリエッタは土煙りに目を萎ませながら、想っていた。
想うことしかできないから。想うことかできるから。
そして、腹を立てた。自分自身に。
彼女は、『偽らぬ愛』を確かに求めていた。
たった一言、愛の誓いを求めていた。
だが、そのことがこれほどまでに相手を苦しめているとは想わなかった。
二人のウェールズは、間違いなく彼女への愛を語っていた。
いずれも、嘘偽りの響きなど感じられない。
紛れもない、愛の言葉なのだ。
アンリエッタを想い、アンリエッタのために貫く愛の言葉だ。
それが、苦しい。
自分のために葛藤している二人のウェールズを見ることが苦しい。
アンリエッタは静かに想う。
想うことしかできないから。想うことかできるから。
いずれのウェールズも、間違いなく本物である、と。

「知っているさ!誰よりも!アンリエッタの気持ちを、僕は知っている!!」
「ならば何故、それに答えないッ!それすらもためらうのは、君がやはり偽者だからかいッ!?」
二人が吠える。月夜に吠える。
何度か杖を交えて分かったこと、それは自分達があの夜空の月と同じであること。
酷似した形でありながら、決して一つになることはない、蒼と紅の月。
次に重なったときこそが、決着の刻であろうと、二人共が覚悟をした。

「傷つけることを分かっていて、我を通すことは愛では無い!」
「誓うことすらためらう君が、本物であるはずが無いッ!」
ほぼ、同刻。
水兵服はスパンッと跳ぶようなステップで。
夜会服はシュルリと滑るような足さばきで。
互いの距離がみるみる縮まる。

「相手を思わずして愛と言うのかい?君が語るのはただの自己満足だ!!」
「己を偽ることが愛と言うのかい?君が語るのはただの保身だッ!!」
水兵服が杖を振り上げる。重力を味方につけて一気に片を付ける腹づもりだ。
夜会服は二降りの杖を低く構える。致命傷だけは避けカウンターで一息で落とすつもりだ。
槍の間合いから、剣の、そして杖の間合いへ。

「――僕が」
「僕こそがッ――」
本物である、との一言を、どちらのウェールズが唱えることができただろうか。

「もう、やめてっ――」
二人のウェールズは、想うことができたのだろうか。
彼らの争いがアンリエッタを苦しめたことを。
二人のウェールズは、気付くことができたのだろうか。
アンリエッタが二人の間に割って入ってきたことなど。

 ・
 ・
 ・

「――君が……君が、アンリエッタをっ!!!」
水兵服のウェールズが、『正真正銘本物の』ウェールズがアンリエッタを抱いていた。
心臓を刺し貫かれ、薔薇のような血の痕に包まれてしまった、物言わぬ恋人を。
「僕が……刺した?……僕が……?」
夜会服のウェールズは、『真っ赤な偽者の』ウェールズは呆然と立ち尽くす。
まだ感触が残っている。恋人をその手で貫いた、血塗られた感触を。

「あぁ……君だ……君が刺したんだ!!偽者の君が!!!」
水兵服が、責める。責めずにはいられなかったのだ。
そうでもない限り、押しつぶされそうだった。
自分が、自分のせいで。
アンリエッタをこのような目に合わせたのは全て自分のせいなのだ、という重さに。
『傷つけぬ愛』を覚悟したはずなのに、結局は彼女の命さえ奪ってしまったという事実に。

「――あぁ、僕は偽者だ」
夜会服が、小さく呟く。
自分のしでかしてしまったことに、自分の存在そのものに呟いた。
何故、私は偽者なのだと呟いた。
何故、私は本物になれないのだと呟いた。

そして、偽者である夜会服のウェールズは、ある決意をした。

「――もう、アンリエッタの声は聞けないのか!
 もう、アンリエッタの温もりには触れられないのか!
 こうなれば、もう俺が生きている意味はな――何をする!!」
負うた自責の念に耐えきれず、水兵服のウェールズが自害をしようと杖を振りかぶった。
それを止めたのは、夜会服のウェールズの杖腕。
「君が……本物の君が死ぬ必要は無い」
自身が偽者であると認めながら、夜会服が小さく言った。
生まれて来なければ、こんな気持ちにならなかったのにと、嘲笑しながら。

「何だと言うんだ!?これ以上、君は僕の邪魔をするというのか!?」
水兵服が泣きじゃくりながら問う。
本物である彼も想っていた。
生まれて来なければ、アンリエッタを傷つけずに済んだのに、と。
「……君も知っているとおり、僕は君の偽者だ。僕自身、つい先日知ったのだが……」

知っている。本物のウェールズは偽者の彼が『何』なのかを知っている。
彼が生き残るため、彼がその身をアルビオンで散らしその死体を利用されないようにと用意した、変わり身の人形。
対象者の血を媒介とし姿や記憶を真似動く、古のマジックアイテム『スキルニル』。
紛い物のような量産品、死体役をこなすためだけに作られた安い人形であることを彼は知っていた。
だが、死体として動かぬ偽者は見たが、噂に聞く『アンドバリの指輪』で動くのを見るのは、今回が初めてだった。
だからこそ、許せなかったのかもしれない。
自分と同じ姿をしている者が、自分の名を騙ってアンリエッタに愛をささやく様を。
だからこそ、我を忘れて戦ったのかもしれない。
それがいかなる結末に辿りつくかを、考えもせずに。

「分かるか?偽者として生まれたと知った恐怖を?
 分かるか?永遠に本物にはなれないという苦しみを?
 分かるか?自分に与えられた記憶も、感情も、何もかもが偽りという絶望を?」
偽者が、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
それは、偽りの無い本音であった。
彼自身が闘いの最中放った『偽り続けることは、もう沢山だ』という言葉は、ここに源流があるのかもしれない。
自分自身の全てが紛い物であったという嘆き。
それは本物のウェールズには想像すらできないことなかった。

「そんな僕に、『ある人』が教えてくれたんだ……
 『アンリエッタの愛』さえあれば、僕は本物になれる。僕は、本物の君になれるって……」
そう言って、空を仰ぎ見た。
絶望の最中訪れた、希望の瞬間を想いだしながら。

「無我夢中だったさッ!何が何でも奪うつもりでいたんだ、彼女の『愛』を、本物という称号をッ!」
吠えた。自分自身の、愚かな行動を悔いながら。
「だけどどうだろう?僕は、やっぱり偽者だ!『愛』なんてこれっぽっちも理解しちゃいなかったッ!」
ポツリと、雫が言葉とともに、その双眸から流れ落ちる。
「……泣いて、いるのか……?」
本物が、問う。
「ただの水さッ!偽者の身体に、そんな高級な物が流れているとでも?
 あぁ、そうか……悲しいのか?……自分が偽者と知ったときよりも、ずっと……?」
その身体や記憶が偽りならば、その涙も偽りだろうと、夜会服のウェールズが叫ぶ。
「――……」
本物のウェールズは感じる。
純粋なまでに、本物という言葉を、愛というものを追い求めた彼が、
果たして本当に偽者なのだろうか、と。

少し離れたところから、トンガリ帽子の少年と、桃髪の少女が駆け寄るのが見えた。
「……なぁ、本物君」
「――なんだ?」
それを見ながら、偽者ウェールズがポツリと呟く。
「――やっぱり、君が本物だから、君が……アンリエッタと生きてくれ――理想の、未来へ……」
そう言いながら、夜会服の懐に杖腕を差し入れる。
「な!?何をする気だ!?」
「この指輪、水精霊の物らしいじゃないか?返す前に、ちょっと使うだけさッ!
 ……安心しなよ、僕みたいなゾンビもどきになったりしないからさ――」
取りだしたのは、古ぼけた奇妙な形の指輪。
これが噂の『アンドバリの指輪』だろうか。
確かに、言いしれぬ魔力を感じなくもない。
「君……」
だが、どうしたことだろう。全てを振りきったかのような、この偽者の笑顔は。
そう、まるでこれは、死を覚悟したかのような……
「さようなら、だッ!く……うぁぁあああああぁあぁあぁぁぁ――」
お別れの言葉は、光に包まれた。
「な、おいっ!?」
自分と同じ姿をした者が、光に溶ける。
腕が、顔が、声が、虹色の光となってバラバラに砕けていく。
大粒の蛍のようになったその光が輪を描くように、
祝福を与えるかのようにアンリエッタに注がれていく。
残された本物のウェールズは感じるのだ。
何と暖かい光なんだろう、と。

噂に聞く『アンドバリの指輪』は死者を冒涜する非道の魔具と聞いた。
しかし、本来の姿はこうであったのかもしれない。
虹色の蛍の輪の中でウェールズは感じていた。
純粋な願いと、術者の全てを引き換えに、愛する誰かを救うという、希望。
そんな暖かさを、ウェールズは感じていた。

柔らかな光が溶けて消えたとき、ウェールズは泣いていた。
理由など無く、ただただ涙が溢れて止まらなかった。
「……うぇーる……ズ?」
ウェールズから滑り落ちた涙を感じ、眠り姫が目を覚ます。
「アンリエッタ?アンリエッタ!?君……」
「今度こそ……本物のウェールズなの……?」
アンリエッタが、問う。
微かに記憶に残る光景は、やはり悪夢だったのだと信じたくて。
「いや……」
ウェールズが、否定する。
あれは悪夢などではない、あれは、

「本物だったよ――どちらも、ね……」
ただ、静かにそう告げる。
彼は、偽者なんかではなく、彼自身だったのだと想いながら。
愛に生きようとして、愛のために消えることを選んだ、もう一人の彼なのだと想いながら。

いずれが真と問うこと無く、蒼と紅の月が寄り添うように照らす夜のこと。
流す涙は再会の喜びか、別離の悲しみか。
それは、蛍がやたらと降るような、そんな月明かりの夜のこと。


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