あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ベルセルク・ゼロ-27-1


 それは突然だった。
 『あの最悪の映像』を最後に失われたはずのガッツの右目に映りこむものがあった。
 倒れ付す王子、ウェールズの姿。眼前に迫り来る白い仮面の男。哄笑に歪むワルドの顔。
 伝わってくる感情はただ、恐怖。
 聞こえてきたのは自分の名を呼ぶ声。
 今、ルイズの身に何起こっているのかはわからない。
 だが――気付けば、ガッツは駆け出していた。
 まったく面倒なことだ、と舌を鳴らしながら。


「……!!」
 何だろう。声が聞こえる。
「……ズ!!」
 よく聞き取れない。何を言っているんだろう。何だかとても必死な様子だけれど。
「ルイズ!!」
 ああ、わかった。私の名前を呼んでいるのか。
 ……。
「ッ!?」
 ルイズは目を開けると慌ててその体を起こした。
 何が、どうなっていたんだっけ。
 ぼぅ、とする頭を押さえて今の自分の状況を思い出す。
 そうだ。眠れなくて、ふらふらと散歩していたら礼拝堂を見つけて、中を覗いてみたら……
 中を、覗いてみたら……ウェールズ王子の死体が!!
 寝ぼけていた頭がようやく覚醒した。同時に、自分の名を呼んでいたのが小さな妖精パックであったことに気付く。
「ルイズ!! よかった、目が覚めた!!」
「パック、どうしてあなたがここに!?」
「ああああ、そんなこと説明してる場合じゃないんだって!!」
「え? 何? どういうこと!?」
「ルイズ伏せてーーーー!!」
 言われるがままルイズは咄嗟に頭を下げる。
 さっきまで自分の頭があった所を何かが通り抜けた。
 ヒュッ、と風を切り裂き飛来したそれはルイズの目の前にびーん、と音を立てて突き立った。
「な、ななななぁ!? 何コレぇ!! 矢ぁ!?」
「ぼぅっとしてると巻き込まれるぞ!! こっちだこっち!!」
 ルイズはパックに促されるまま礼拝堂の隅まで避難する。
 その途中、ルイズは矢が飛来してきた方角に目を向けた。

 いかなる魔術か、5人に分裂したワルドに対しガッツは即座に踏み込み、大剣ドラゴンころしを振るう。
 ワルド達はそれぞれがその一撃を軽やかにかわし、そのまま散り散りに飛翔してガッツとの間に距離をとった。
 そして5人のワルドは同時に呪文の詠唱に入る。
 唱える呪文は5人が共に『ライトニング・クラウド』。一撃で対象者の命を奪いうる、ワルドが詠唱可能な術式の中で最も殺傷力の高い魔法。
 ガッツはドラゴンころしを地面に突き立てる。代わりに左手の義手に装着されたのは鋭い矢を間断なく吐き続ける連射型ボウガン。
 引き金となっているレバーを回す。ドドドドと低いうねりと共に矢が次々と放たれる。
 戦場での一斉射撃を思わせるようなその矢の数にワルドはたまらず詠唱を中断、矢の撃墜に集中せざるを得なかった。
 風の『遍在<ユビキタス>』。自身と全く同様の存在を複製する魔法。
 完全に独立した意志と力を分身にあたえるこの魔法はまったくもって強力極まりなく、この魔法がある故に風の属性が最強だと唱えるものもいる。
 ワルドはこの魔法によって同じ時間、別の場所に仮面の男として存在し、フーケを脱獄させるなど様々に暗躍してみせたのだ。
 そして今、ワルドは自身の限界――同時に4体の遍在を存在させるという離れ業でもって黒い剣士、ガッツと対峙している。
 この対決の結果は本来火を見るより明らかだ。
 スクウェアクラスのメイジであるワルド、そしてそのワルドと全く同等の力を持つ4人の遍在を同時に相手して、魔法を持ちえぬ平民が勝てる道理はない。
 だが―――
「ちぃッ!!」
 飛来してきた矢によって再び詠唱が中断される。
 ガチン、と甲高い音を立ててボウガンが弾切れを訴えた。
「しめた! 今だ…何ィ!?」
 この機に詠唱に集中しようとしたワルドは突如目の前に飛来した物体を慌てて打ち払う。
「今のはナイフか…! そうか、そんなものも持っていたな!!」
 ワルドはギリギリと奥歯をかみ締めた。
 ならばいっそと『エア・ニードル』の魔法によって強化した魔法の杖を持って2体の遍在をけしかければ、即座にドラゴンころしが轟音と共に迫ってくる。
 1体の遍在が何とか強化した杖でその一撃を受け止めた。
 だがドラゴンころしはお構い無しに振り切られ、もう1体の遍在も巻き込みそのままの勢いで2体とも大きく弾き飛ばされる。
 もし杖を魔法で強化していなかったらそのまま両断されていただろう。
 思い出す。ラ・ロシェールでの決闘を。信じがたいことに、レイピアを模した杖を振るう自分よりも、あの馬鹿げた鉄の塊を振るうガッツの剣速の方が速かったことを。
「そこだ!!」
 ドラゴンころしをガッツが振るった直後、残ったワルドの遍在ががら空きの背中に斬りかかった。
「むッ!?」
 背後に迫ったワルドは気付く。目の前に浮かぶ直径五センチ程の鉄の玉。
 何だコレは、と疑問に思った矢先、鉄の弾から飛び出した導火線に気がついた。既に火はともされている。
 総毛立ち、すぐに風の防壁を張る。爆裂。何とか事なきを得る。流れる冷や汗を手袋で拭った。
 再びガッツを囲むように散る5人のワルド。
 ガシャンと音が鳴る。ガッツの手元、ボウガンの装填が既に済んでいた。

「すごい…」
 ルイズは目の前で繰り広げられる激戦に口をぽかんと開けたまま見入っていた。
 矢を放ち、剣を振るうガッツの姿を目にして、ルイズの胸に熱いものが込み上げてくる。
 来た。来てくれた。また、自分を助けに来てくれた。
「…ッ!!」
 唇を噛む。ああ、だけど。ガッツが戦っているその相手はワルドなのだ。
 トリステインの裏切り者。レコンキスタの内通者。ウェールズ王子の仇。
 とても許しがたい、憎むべき存在。
 でも、それでも。
 池の上を漂う小船。震える自分に手を差し伸べてくれたワルド。
 とても優しい、思い出の人。
 ワルドに対する相反する思いがルイズの心を渦巻いている。
「私…私は…!」
 望んでいるのか? 何かの間違いであることを。
 願っているのか? 「冗談だよ」とワルドが笑ってくれることを。
 自分の心の奥底に潜むその思いに気付いたとき、ルイズの小さな胸は真っ赤な怒りで一杯になった。
(ふざけるな!!!!)
 芽生えた激情の正体は自分への怒り。自分のために戦いに身を投じているガッツへの有り得ぬ不義を恥じる気持ち。
 ワルドへの想いは正直未だによくわからない。
 でも、たったひとつだけ確かな想いがある。
(ガッツ―――勝って――――!!!!)
 その胸を掻き抱き、ルイズは祈った。


 矢の装填を終えたボウガンを構え、ガッツは自分の周りを取り囲むワルド達を油断無く見据えている。
 ワルドはそんなガッツに対し、感嘆の声を漏らした。
「本当に大したヤツだな…君は」
 その言葉に含むところは無い。ワルドの本心からの言葉だった。
 ガッツは多対1の戦いに慣れすぎている。ワルドはそう感じた。
 まるで背中に目があるかのような視野の広さ、目まぐるしく変化する戦況に対する判断の早さ、正確さ。どれをとっても図抜けている。
 一体幾つの戦場を、どんな修羅場を、如何ほどの地獄を潜り抜けてきたというのか。
 いや、或いはその力こそ伝説の使い魔『ガンダールヴ』となったことで手にした恩恵なのかもしれない。
 そのはずだ。

 でなければ――ガッツの力はヒトが持ち得るものとしては逸脱しすぎている。

 ワルドは紛れも無く天才だった。
 才に恵まれ、しかしそれに驕らず鍛錬を欠かさなかった。
 結果、年若くしてメイジとしての実力はスクウェアのレベルまで達し、グリフォン隊の隊長の地位まで上り詰めた。
 そう、紛れも無く天才―――だが、それ故にワルドは周囲の人間を見下してもいた。
 同世代には彼と肩を並べるような者はいなかったし、世襲によって上の地位にいる者達を彼は老害と断じてもいた。
 つぅ…、と頬に流れる汗を感じる。
「ククク…」
 思わず零れる笑みを隠すことができない。
 歓喜しているとすらいえる表情のままガッツを見つめ、ワルドは口を開いた。
「初めて尊敬の念を抱いた相手が杖持たぬ平民とはな」

 もう甘く見ることはしない。
 目の前の相手は戦術なしのごり押しで勝てる相手ではなかった。
「何も5人が5人、ライトニング・クラウドを唱える必要など無いのだ!」
 ワルド本体の前に2体の遍在が躍り出た。
 その2体の遍在は壁。2体はただ飛来する矢に備え杖を構える。
 その後ろでワルドはライトニング・クラウドの詠唱に入った。
 ガッツが駆け出す。構えているのはボウガンではなく大剣ドラゴンころしだ。
「しまっ…!!」
 ワルドの顔が蒼白に染まった。先ほどの、2体の遍在を同時に吹き飛ばしたガッツの姿が脳裏をよぎる。
 固まるのは愚策だった。一網打尽だ、これでは。
「く、うおお!!」
 迫り来る鉄塊を左右、後方にそれぞれ飛び、三人のワルドは間一髪で回避する。
 となれば次はワルドに勝機が訪れる。残りの2体の遍在は何も遊んでいたわけではない。
 既に、2体とも必殺の呪文の詠唱を終えている。
「ライトニング…!」
 ドラゴンころしを振り切った勢いそのままに後ろを振り返ったガッツの右手から煌くナイフが放たれた。
 絶妙のタイミング。今まさに魔法を放とうとしていた2体の遍在は集中を解き、迫り来るナイフを打ち払わざるを得ない。
 集中力が途切れると同時に、必殺の形を為そうとしていた魔力は雲散霧消した。
 恐るべきはその投擲の正確性だ。喉と心臓を的確に狙うナイフは、どれもかわさなければ十分致命傷になり得るものだった。
「くっ…! 仕方が無い、再び距離を取って…ッ!!?」
 ワルドの目が驚愕に見開かれた。
 遍在ではない、ワルド本人の目の前にガッツが肉薄してきている。
「馬鹿な! 何故私が本体だとッ!!」
「ずっとこそこそと影に隠れてたんでな」
 ガッツは笑い、ドラゴンころしを振り上げた。
「当たってたようで何よりだ」
 鉄塊が振り下ろされる。
 ワルドは諦めたようにやれやれと首を振った。
 ああもうまったく、つくづく大したものだ。
 諦めた。諦めたよ。
 ワルドの頭を叩き割らんと鉄塊が猛然と迫る。
「諦めた。ライトニング・クラウドに拘るのはな」
「なに…?」
「『エア・ハンマー』」
 恐るべき速度で術式を完成させたワルドがその杖を振るう。
 生み出された風の塊がガッツの体を吹き飛ばした。

「くっ…!」
 ガッツはエア・ハンマーによって吹き飛ばされた体勢を即座に立て直す。
 今度はワルドがガッツの目の前に肉薄していた。
「やはり『エア・ハンマー』程度では大したダメージを与えることは出来ないか」
「野郎…!」
 振り下ろされたドラゴンころしが地面を叩く。
 目の前に迫っていたワルドは囮。『フライ』の魔法によって飛翔したワルドの後ろで、遍在のワルドが杖を構えていた。
 ナイフを投げる? 間に合わない。
 ワルドが今唱えようとしている魔法は『ライトニング・クラウド』に比べ、その詠唱にかかる時間が大幅に短い。
「『ウインド・ブレイク』!!」
 先ほどの『エア・ハンマー』とは比べ物にならない衝撃がガッツを襲った。
 吹き飛ばされたガッツはそのまま礼拝堂の壁に強烈な勢いで叩きつけられる。
「が…は…!!」
 息が止まる。壁をこすりガッツの体が床に崩れ落ちた。
 咳き込みそうになる体を抑えつけて立ち上がる。
 ワルド達に目を向けてガッツは息を呑んだ。
 残り三体のワルド、その全てが杖を構え今まさに魔法を放とうとしている。
「『ウインド・ブレイク』…エア・ハンマーの上位互換魔法に過ぎぬが…中々どうして、効くだろう?」
 ワルドは笑う。ガッツが吼える。
 ガッツは左手に装着したボウガンに手をかけた。
 ワルドは既に完成した術式を発動させた。
 吐き出される大量の矢。生み出される風の塊。
 猛り狂う3つの風の塊は吐き出された矢を吹き飛ばし、再びガッツの体を礼拝堂の壁に叩き込んだ。
「ふはははははは!!!!」
 ワルドの高らかな笑い声が礼拝堂に反響する。
 壁に身を預けたまま、ガッツは立ち上がろうとしない。
 パラパラと砕けた破片がガッツの体に落ちる。
 抉れた壁がワルドのウインド・ブレイク、その威力を物語っていた。
「ガッツーーーー!!!!」
 ルイズが悲鳴を上げた。
「おや、目が覚めていたのかルイズ」
 ワルドはルイズに目を留めるとその顔に酷薄な笑みを浮かべた。
「どんな気分だルイズ。君の身を守ろうと勇み馳せ参じた使い魔はあの様だ。君が大人しく僕のものになっていればこんなことにはならなかっただろうに。
 きっと彼ともいい友人になれたに違いない。ああ、まったくもって残念だ」
 言いながら、ワルドは杖を振り術式を紡いでいく。
 込み上げた嫌な予感にルイズの顔が青ざめた。
「何を…する気……?」
「僕はね、ルイズ。彼に対してだけは見くびるような真似など決してしない。『ウインド・ブレイク』程度のダメージ、彼ならば立ち上がるさ。
 だから……完全なる止めを刺す。この『ライトニング・クラウド』で」
 既に術式は完成した。5つの『ライトニング・クラウド』を同時にその身に受けて生きていられる人間など存在しない。
 そう、それはいかなガンダールヴといえども例外なく。その身がヒトに過ぎぬ限りは。
「やめてーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
 ルイズは必死で声を上げる。だがワルドは止まらない。
「『ライトニング・クラウド』!!!!」
 ルイズの視界が眩い光で白く染まる。
 バリバリバリと稲妻の走る音。
 一瞬の静寂。
 ルイズは恐る恐る目を開ける。
 ガッツは黒い煙に包まれて倒れ付していた。

「嘘…」
 ルイズはぺたんとその場に力なく崩れ落ちる。
「決着だ…ふふ、ふふふ……!」
 ワルドはこの上なく満足した様子でルイズに向き直る。
 その手に握られた杖からは新たな魔力が迸っている。
 『エア・ハンマー』。この程度のドット・スペルならワルドは一瞬で発動できる。そう、その身に帯びた『閃光』の名に相応しく。
「さあルイズ。全ての希望が潰えた今あらためて君に問おう。僕のものになりたまえ」
 ルイズは唇を噛んだ。
 幼少の頃の甘やかな記憶に引き摺られ、迷っていた先ほどまでとは違う。
「嫌よ! 絶対に嫌!! 誰がアンタなんかのものになるもんですか!!!!」
 今はただ、この人が憎い。
 よくも、私にとって大切な――本当に大切な使い魔を、よくも。
「ならばまた手荒にいかせてもらうよ。ルイズ、君が悪いのだ」
 杖に込められた魔力を誇示するようにチラつかせる。
 ルイズはその目に涙を浮かべ、膝を震わせながらも立ち上がり、杖を構えた。
「う、うぅ…!」
 かちかちと恐怖に震える歯を無理やりに噛み締める。
「だいじょぶだいじょぶ」
「…!?」
 突然かけられた声に振り返る。
「あいつ、馬鹿みたいにしぶといからさ」
 ルイズの肩で、小さな妖精パックが笑っていた。
「『エア・ハ――』」

 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ! ! ! !

 もはや耳慣れた鉄の唸り。杖を構えたワルドの体に次々と矢が突き立っていく。
 やがて十本、二十本ではきかぬ程の矢をその身に受けて、ワルドの体がぼやけ、まるで霧のように解けて消えた。
「ちっ…ハズレか……」
 低く、だけどもよく通る声が礼拝堂に響いた。
「馬鹿な……!」
 驚愕に顔を歪め、ワルドは矢が放たれた方向に向き直る。
「あ…あ…!」
 ルイズの目から涙が一粒零れ落ちた。
「ね? オレの言った通りだろ?」
 パックはルイズの肩の上で得意げに腕を組んでいる。
 黒煙が晴れる。
 ああ、立っている。あの男は確かに立ち上がっている。
「ガッツぅ!!!!」
 黒煙の中から現れた黒い剣士の姿を認め、ルイズは思わずその名を呼んでいた。

「何故…生きている…! 貴様、どんな魔法を使った!!」
 狼狽したワルドの叫びに、ガッツはその口を皮肉げに歪め、笑った。
「さあな…生憎こっちはそういったのとは無縁な平民なんでね。魔法だとかそういうのはあんた等貴族様の専売特許なんだろ?」
「貴様…!」
 『遍在』の数を1人減らし、合計4人となったワルドは止めを刺すべく、新たな呪文の詠唱に入る。
 させないとばかりにガッツの左手からボウガンの矢が発射された。
「くっ…!」
 ワルドは猛然と迫る矢の雨を必死で潜り抜ける。
 こんな状況では魔法を発動させるために集中することなど至難の業だ。
 ガチンと甲高い音が鳴る。ガッツの持つボウガン、その弾切れのサイン。
 ガッツは矢の装填をするべく腰の鞄に手をやった。
「な…に…!?」
 戦慄。
 装備を詰め込んでいた鞄が無くなっている。
「さっき、壁に叩きつけられたときか…!?」
 ワルドの唱えた『ウインド・ブレイク』の三連打。その衝撃によってガッツが腰に着けていた鞄はどこかに弾き飛ばされてしまっていた。
「今だッ!!」
 勝機を逃さずワルドの目が鋭く光る。
 ガッツは即座に肩に掛けていたベルトからナイフを抜き、投げ放った。
 だが、だめだ。ナイフでは同時に4人の動きを止めることなど出来はしない。
「『ウインド・ブレイク』!!」
 風の塊を叩き込まれ、ガッツの体が再び吹き飛んだ。
 今度は壁に叩きつけられることは無かったが、ガッツは体勢を崩し、地面に這い蹲るようにして着地する。
 先ほどナイフによって詠唱を中断されたワルドが1人、『ウインド・ブレイク』を唱えガッツを吹き飛ばしたのが2人。
 そして残り1人のワルドは。
「さあ、先ほど『ライトニング・クラウド』から逃れ得たカラクリを見せてみろ!!」
 既に必殺の詠唱を終えていた。
「『ライトニング・クラウド』!!」
 杖から生み出された稲妻が眩い光と共にガッツに襲い掛かる。
 ワルドはガッツの一挙一動を見逃さぬようその目を凝らす。
 ガッツは迫り来る稲妻を避けようともせず、ただ、その手に持った鉄塊を地面に突き立てた。
 瞬間、ガッツに向かっていた稲妻はその方向を変え、地面に突き立てられた『身の丈を越すほどの大剣』を直撃した。
「へっ…」
 大剣の傍らに身を伏せ、ライトニング・クラウドをやり過ごしてからガッツは悠然と立ち上がり、
「どうやら『雷は高いところに落ちる』ってのはマジらしくてな」
 そう言いながら地面に突き立てていたドラゴンころしを手に取った。
 ワルドはその拳を握り、怒りで身を震わせていた。
「そ、そんな下らぬ手で…!」
 だが、その効果は絶大だ。
 ライトニング・クラウドは雷を生み出し、ある程度の指向性を持たせ放出する魔法。
 『術者の杖を離れた後はどうしても自然の法則に影響されてしまうのだ』。それ故に対象に命中しなかった例はいくらでもある。
 とはいえ、自身の持つ剣を避雷針にするなど、あの一瞬で思いつくようなことではない。
 少なくとも、ワルドは今までそのようにして回避した事例を見聞きしたことはない。
 それも当然、か。そもそも避雷針になり得るような馬鹿げた大きさの剣にお目にかかること自体が初めてなのだから。
(落ち着け……)
 ゆっくりと、大きく息をする。動揺した精神が落ち着きを取り戻していく。
 ワルドとて百戦錬磨。ただ強力な魔法が唱えられるというだけでグリフォン隊隊長の肩書きを手にしていたわけではない。
 冷静になった頭でガッツを観察する。やはり、ボウガンに新たな矢を装填する様子は無い。
 弾切れか、或いは別の理由かもしれないが、とにかくもうボウガンは使えないと見て間違いない。
 ナイフや炸裂弾では4人もの同時詠唱を防ぎきれるものではない。
 勝機は依然としてこちらにある。
「次の一手で決める…!」
 その目に絶対の自信を浮かべ、4人のワルドは再び同時に詠唱に入った。

 ガッツがナイフを抜く。ワルドの詠唱が完了する。
 ナイフを投げる。術式を発動させる。
 吹き荒れる風。軌道を変え、地面に叩きつけられるナイフ。
 投げナイフによって詠唱を潰せたのはたった一人。
 ガッツは舌を鳴らし、ドラゴンころしを手に駆け出す。
 2人目のワルドが杖を振った。『ウインド・ブレイク』。風の塊がガッツの体を殴りつける。
 ガッツは歯を食いしばり、その場に踏みとどまった。脳を揺らす衝撃に意識が飛びそうになる。
 だが耐えた。魔法を控えているワルドはあと2人。
「もはや『ウインド・ブレイク』でも止まらぬか! 呆れた男だな!!」
 その杖を『エア・ニードル』によって強化し、ガッツに踊りかかる残り2人のワルド、その内の1人。
 不意を突かれたガッツの頬を浅く切り裂く風の刃。即座に反撃に転じたガッツの一撃をワルドは宙を舞い、ギリギリの所で回避する。
 だが、それまでだ。ワルドは体勢を崩している。ガッツはその機を逃さない。
 追撃を加えようとドラゴンころしを振り上げた。視界の端に最後の1人が映りこむ。
「!?」
 ガッツの目が大きく見開かれた。
 最後の1人は杖を振り上げ笑っている。杖の先からは今まさに稲妻が生み出されようとしていた。
「てめえ…まさか……!」
「さあ、先ほどのように剣を立ててみろ。もっとも貴様が剣を離した瞬間、ここにいる私が喉を切り裂くがね」
 ガッツの目の前で崩れた体勢を整えながら、ワルドの遍在は不敵に笑う。
「そこにいちゃてめえにも当たるだろ」
 ガッツはその口元に笑みを浮かべてはいるが、顔に浮かぶ焦りは隠せない。
「構わんよ。遍在一つで君の命が買えるなら安いものだ」
 ナイフを――駄目だ、間に合わない。
 最後のワルドがその杖を振った。
「『ライトニング・クラウド』!!!!」
 放たれた稲妻がガッツをその目の前にいたワルドの遍在もろとも焼く。
 ワルドの遍在は最後までその顔に笑みを浮かべたまま陽炎のように消え去り、
「が、ああああああああああ!!!!!!!!」
 今度こそ、為す術無く、ガッツの体はライトニング・クラウドの圧倒的な威力に蹂躙された。
 がくりと膝をつき、そのままガッツの体が前のめりに崩れ落ちる。
「ガッツ!!!!」
 ルイズの声が一瞬闇に落ちかけたガッツの意識を引き戻した。
「くッ…!」
 倒れ伏す体を右手で支える。だが。
「う、お…!」
 電撃で引きつった筋肉は言うことを聞かず、ガッツは地面に顔を強かに打ちつけた。
 ワルドがその手をパンパンと打ち鳴らす。
「まさかまだ生きているとは!! まったくもって恐ろしい!! だが…!」
 ガッツからおよそ二十歩離れた距離で、三人のワルドが集結した。
「奇跡はこれにて打ち止めだ。その体ではもはや剣を振ることは出来まい!!」
 杖を振る。紡がれる術式は――言うまでもなく、『ライトニング・クラウド』。
 真なるトドメ。完全なる決着。ワルドに一切の手心は無く。
 ガッツは震える指で隣に横たわるドラゴンころしの柄を握った。
 力が入らない。持ち上がらない。
 するりと指を抜け、鉄塊は再び地に落ちる。

 終わるのか?
 こんな何処とも知れない異世界で。
 何ひとつ果たせないまま。何ひとつ叶わないまま。

『アイツ』に、何ひとつ思い知らせることも出来ぬまま。


 ―――ふざけるな。 


 ガッツの身に着けている狂戦士の甲冑が蠢いた。


 メキメキメキと音を立て狂戦士の甲冑がガッツの全身を覆っていく。
 怒り、憎悪を火にくべて、ガッツの心の中で黒い炎が燃え上がる。
 炎はやがて獣の姿に。鋭利な牙を醜悪に並べた獰猛な黒い狂犬の形を成す。
 ガッツの頭を飲み込もうと首の後ろからせり上がる甲冑はまるでその獣の顔を模しているかのようだった。
 『狂戦士の甲冑』。
 その甲冑を身に着けたものは己の体の限界まで身体能力を引き出され、正気を失い、痛みを忘れ、死に至るまで戦い続ける獣と化す。
 かつてガッツが霊樹の森の魔女フローラから授かった、紛れも無い呪いのアイテムだ。
(ま…ずい…!)
 ガッツはわずかに残った理性で必死に甲冑に抗っている。
 もしこのまま飲み込まれてしまえば、フローラの弟子であるシールケがいない今、『戻ってこられる』可能性は低い。だが。
 殺せ、殺せと黒い獣が囁いている。
 黙れ。ガッツが甲冑を抑えつける。
 殺せ、殺して、殺し尽くして。
 怒りも憎しみも悲しみも恐怖も全て糧としろ。
 そうしてこそこの牙は届く。空高く羽ばたくあの『鷹』に。
「が…!」
 ガッツの心が甲冑に飲み込まれていく。心が怒りと憎しみに染められていく。
 ガッツの視線の先で、ワルドが今まさに杖を振り下ろそうとしていた。
 どの道このままではあの雷で死ぬ。ならば、いっそ―――!!
 ワルドが魔法を発動させる。甲冑がガッツの頭部を覆い尽くす。

 ―――その刹那。ルイズがガッツとワルドの間に飛び出していた。

「バッ…!!」
 ガッツは駆け出した。幸い、甲冑の効果か体を引きつらせていた痛みはどこかにいっている。
 ルイズの腕を掴み、力任せに引っ張る。
 ルイズの涙に濡れた瞳と目が合った。

 ――馬鹿野郎が。

 ガッツは心の中で呟き、ルイズの体を自分の後ろまで引き摺り倒す。
 カタカタと腰の辺りで音がした。
「相棒ッ! 俺を抜けえぇーーーーー!!!!!!」
 鞘の間から得体の知れない輝きを放ちながらデルフリンガーが声を上げている。
 ワルドの杖が輝く。迷っている暇は無い。
 ガッツはデルフリンガーを鞘から抜き放つ。
 『ライトニング・クラウド』が発動するのとそれは同時だった。
 迸る3本の稲妻がデルフリンガーに飲み込まれていく。
 錆だらけだったデルフリンガーの刀身は、今磨き上げたばかりだというような輝きを放っていた。
「な…んだと……?」
 ワルドを始め、その場にいる全員が呆気に取られている。
「いやぁー忘れてた! これが俺のほんとの姿だった! かつて六千年前にガンダールヴに振るわれていた伝説の剣!! それがこのデルフリンガー様よ!!」
「おい」
 素っ頓狂な声を上げるデルフリンガーをガッツは地面に叩き付けた。
 ガイン、といい音が鳴る。
「あいってえ! 何すんだ相棒!!」
「てめえ、そんなことが出来るんなら何でさっさとやらねえ」
「んなこと言ったって忘れてたんだから仕方ねえだろう。思い出させたのはお前さんだぜ、相棒。さっきのお前さんのとんでもない心の震えが俺の記憶を呼び覚ました」
「心の震え?」
 聞き返したのはルイズだ。
「ああ。怒り、悲しみ、愛、喜び……憎しみ。何だっていい。大きく心が震えれば、それはそのままガンダールヴの力になる」
「憎しみ……」
 ルイズはぼんやりとデルフリンガーの言葉を繰り返す。
 ガッツは甲冑の首元に手をやった。何とか今回は発動を抑えることが出来たらしい。
「相棒! 来るぜ!!」
「ああ」
 ガッツがデルフリンガーを切り払う。目前に迫っていた『ウインド・ブレイク』が消滅した。

 『ウインド・ブレイク』を放った姿勢のまま、ワルドはわなわなと震えている。
「何だ…何だその剣は!! ガッツ!!!!」
「知らねーよ」
「伝説の剣、デルフリンガー様だ! よぉく覚えておきな!!」
 ガイン、と再びデルフリンガーは地面に叩きつけられた。
「いってえ! ひでえや相棒! この命の恩剣に向かって」
「ルイズ、お前は離れてろ」
「無視だもの! ひょっとして俺のこの扱いは変わんないわけ!?」
 ぎゃーぎゃー喚くデルフリンガーをよそに、ルイズは首を横に振った。
「嫌よ!! そんな、私だけが逃げるなんて――」
「邪魔だ」
「うぐぅ…!」
 ルイズは何も言い返せない。実際に今までルイズがガッツにかけてきた迷惑を鑑みれば、何も言い返せるわけが無い。
「でも…!」
 元はといえばこれは『私の戦』。それなのに、ガッツが戦っているのをただ黙ってみているなんて、そんなの耐えられない。
 納得がいかない様子のルイズに、ガッツはやれやれとため息をついた。
「使い魔と主人ってぇのは一心同体なんだろ?」
「えっ?」
「なら、俺の剣はお前の剣だ。そういうことにしとけ」
 ルイズはしばしきょとんとガッツの顔を見上げていた。
 やがて、ガッツの言葉の意味が染み渡る。胸のうちに熱いものが込み上げてきた。
 慌ててルイズはガッツから顔を背ける。
 そうだ。折角ガッツが自分から使い魔を名乗ったんだ。
 だったら、ご主人様がこんな無様な顔を見せたらいけない。
「任せるわ。しっかりやんなさい。私の使い魔<マイサーヴァント>」
「了解だ。ご主人様は高みの見物でもしてな」
 ルイズが離れるのを確認して、ガッツはデルフリンガーを構え、ワルドの方に向き直った。
 ワルドはその顔に呆れのような色合いを滲ませ、ガッツを見据えている。
「まさか…そんな奥の手を隠し持っていたとはな」
「まあな」
「くくく…平気な顔をして嘘をつく。魔法を無効化するその能力、知っていれば最初から使わぬ理由などあるまい。
 ……運すら備え持つか。つくづく…つくづく厄介な男だ……」
 ワルドはひとつ大きく息を吸って続けた。
「こちらの魔法が効かぬ以上小細工は不要だ」
 ワルドの持つ杖が青白く輝く。『エア・ニードル』の魔法だ。
「魔法の渦の中心に杖がある以上、この魔法は吸収できまい。ガッツ、確かに貴様の剣の腕は素晴らしい。人の至り得る極みにあるといってもいい。
 だが、傷ついたその体で、同時に前後から襲い掛かられて、果たして凌ぎきることができるかな?」
 ワルドの遍在、そのうちの1人がガッツの後ろに回る。
 ガッツもそうはさせぬと言う様に後ろに下がったが間に合わない。2人のワルドがガッツを前後に挟み込んだ。
「さあ、今度こそ決着だ。どちらか一方を斬れば、残ったもう一方が貴様の命を奪う。いくら貴様でも、その弱った体で前後同時に斬る事など出来まいよ」
「さあ、どうだろうな。案外何とかなるかもしれねえぜ?」
「減らず口を……」
 シン、と静寂が満ちる。
 パラリ…とひび割れた壁から破片が零れ落ちた。
 破片がゆっくりと地に落ち、カーン、と甲高い音が礼拝堂に響く。
 それが合図となった。


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