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ルイズと夜闇の魔法使い-06


 ――『コントラクト・サーヴァント』で使い魔とする。
 それを聞いても心が揺れなかった、と言えば嘘になるだろう。
 人間だったとはいえ柊達はルイズ自身が召喚したのは紛れもない事実であり、それと契約を交わして使い魔にするのは当然の事だ。
 加えて言えば、召喚した二人の内の片方――柊はドットとはいえメイジを軽く一蹴するほどの人間である。
 そんな強力な人間を召喚したとあれば(現状はともかく)彼女の才を周囲に認めさせる事ができるだろうし、彼を使い魔として従わせればつい先程のギーシュのような侮蔑の声もなくなるはずだ。
 そして何より……『コントラクト・サーヴァント』を済ませれば、紆余曲折があったとはいえ使い魔の儀式は完了する。
 つまり、これまで何一つ満足に魔法が使えなかった彼女が、生まれて初めて『成功』した事になるのだ。
 たった一つだけではあるが、それは間違いなく『ゼロ』ではない。
 周囲には否定しながらも内心では認めざるをえなかったそれを、ようやく払拭できるのだ。
 それで何が変わるかはわからない。回りの人間から見ればほんの小さな一歩かもしれない。
 けれど、一歩でも踏み出せさえすれば、きっと今までとは違うものが見えるような気がするのだ。
 そして今、ルイズの目の前にはその一歩を刻む状況がある。
 何もためらう必要などない。
 ……そのはずだった。


「どうしたのかね、ミス・ヴァリエール」
 ギトーの声で我に返ったルイズは、何かを振り切るように小さく頭を振った。
 瞑目して一つ大きく呼吸する。
「……いえ、なんでもありません」
「そうか。ならば早く済ませたまえ。私も暇ではないのだ、こんな事で長々と時間を割いていられない」
「……」
 ギトーの言葉を聞いてルイズは僅かに眉を歪めてしまった。
 日をまたぐ事になってしまったがこれも使い魔召喚の儀式の続き、神聖なモノなのである。
 まるで押し付けられた厄介事のような言い振りに反論してやりたい気もしたが、彼は一応教員であり上の立場の者だ。
 憤懣を胸の裡に収めてルイズはギトーから目を切った。
 さっさと済ませるのは彼女の望むところである。立会人に用はなかった。
 そしてルイズは少し離れている柊に目を向けて――僅かに息を呑んだ。
 数メイルほど離れた場所にいる柊は、僅かに身を低くして油断なくこちらを睨み据えていた。
 殺気や敵意は感じない。ただ、警戒している気配はありありと感じられた。
 当然といえば当然だろう。いきなり魔法(おそらく『エア・ハンマー』だ)を叩きつけられたとあっては警戒しない方がおかしい。
 ルイズが息を呑んだのは柊の様子というより、むしろその緊張の漂うこの空気に対してだった。
「抵抗は無駄だ、大人しくしておきたまえ」
 その空気を悟ったのか、横合いからギトーが声を上げた。
「使い魔とはいえかのヴァリエール家の禄を食む事になるのだ、平民のまま生きていくよりは破格の待遇だと思うがね」
「……あいにく、首輪はめて誰かに飼われるのは趣味じゃないんだよ」
「――っ」
 唸るように返した柊の声が、ルイズの胸を打った。
 そんな事はない、と返す事ができなかったのだ。
 使い魔は愛玩するだけのペットではない。主と一心同体のパートナーなのだ。
 だが仮に平民を使い魔として、それが反抗的だったとしたらどうしていただろうか。
 躾と称して床の上に座らせ、犬猫が食べるような餌でも与えていたのか。
 つい先程、食堂でそんな事を考えていたような気がする。
「野良犬……いや、噛み付く牙は持っているようだからさしずめ野犬と言ったところか」
 言いながらギトーが杖を構えると、空気が更に剣呑さを増した。
 ルイズは重くなっていく空気から逃げるようにして視線を巡らせる。
 ふと、隣で固まっていたエリスと目が合った。
 エリスはルイズの視線に気付くと僅かに肩を震わせ、一歩後ずさる。
 昨夜の馬鹿みたいなやり取りとは違う。
 食堂での気勢に任せた空気とも違う。
 明らかに重たい空気の中、エリスは怯えたような仕草を見せた後……ぎゅっと唇を噛んでルイズを見つめ返した。
 大人しく従順に見える普段の彼女とは違う、柊のそれとよく似た意志のこもる翠の瞳がルイズの鳶色の瞳を捉える。
(なんなのよ、これ……)
 それを見てルイズは心の中で呻いた。
 契約を強行しようとしているギトーと、それに乗っかる形になっている自分。
 そしてそれに反抗の意思を見せている柊達。
 まるでこちらが悪役――実際彼等から見ればこちらが悪役なのだろう――のようだ。
 使い魔の儀式はメイジが信頼の置ける使い魔を召喚し、契約と祝福を刻む神聖な行為ではなかったのか。
 なのになんでこんな息苦しい雰囲気になってしまっているのだろう。
 人間を召喚した事も含めて、他の生徒達は誰一人としてそんな事にならなかったのに。
 どうして自分の時だけこんな事になってしまうのか。
 どうして自分だけがいつもいつも――

 ルイズは思わず叫びだしたい衝動に駆られた。
 しかしそれは幸か不幸か、実現する事はなかった。
 光を纏う風が吹き上がった。


「……かっこわる」
 対峙するルイズ達と柊をぼんやりと眺めつつ、キュルケは小さく呟いた。
 決闘という茶番劇はそれなりに盛り上がりを感じられたのだが、第二幕となったこの光景は果てしなく下らない。
 諸悪の根源は言うまでもなく――主役であるルイズである。
 契約を拒否されたというのは確かに彼女にとって……というよりメイジにとっては想定外だろう。
 自分だって召喚したサラマンダーに契約を拒否されれば、驚きもするしショックを受けもする。
 だがそうなったらそうなったでやりようはある。
 使い魔に自分が主足り得ないと判断されたというのなら、主たるに相応しい事を認めさせればいいだけの話である。
 力で捻じ伏せる……のはゼロのルイズならずとも柊相手には難しいだろうが、それならそれ以外の部分で納得させればいいのだ。
 むしろ相手が人間であればそちらの方こそが重要だろう。
 キュルケの目には今のルイズが他の生徒達と同じように見えた。
 色恋沙汰になってしまうが、与えられる事に慣れきって何一つ自分で掴み取ろうとしない凡百の女生徒達と全く同じだ。
 周囲に嘲笑されながらも決して折れず、躍起になって努力して見えない何かを掴み取ろうとしていたルイズの気概に、
キュルケは彼女をツェルプストーの怨敵たるに相応しいとも思っていた。
 だが少なくとも、今の彼女にはそれを感じなかった。
「これで契約『させてもらう』ようじゃ、正真正銘のゼロね……」
 もっとも今の状態から覆す事などできそうもないが。
 他の生徒達と退散するべきだったか、と思いながらキュルケはなんとなく隣にいるタバサに目をやり、眉をひそめた。
 タバサは柊達を見ていなかった。手にした本に目を通しているのでもなかった。
 彼女は柊達とは全然違う、あらぬ方向に顔を向けたまま微動だにせずに虚空を凝視していた。
「……タバサ?」
 声をかけても反応しないので、キュルケはタバサが見ている方向に目を向ける。
 が、そこには何もない。何の変哲もない青空が広がっているだけである。
 よくよく観察してみれば、どうにもタバサは空を見ている、というより何か別のモノを見ているような気がする。
(……猫みたいね)
 そんな事をキュルケが考えると、不意にタバサが視線を柊達に向けた。
 彼女は一歩を踏み出し、手に握っていた杖――彼女の身の丈を越える大振りのモノだ――を地面に向け、小さく呟いた。
「イル・アース・デル」
「……!?」
 錬金のスペル。
 キュルケが目をむくのを他所に、タバサの声と共に地面から一振りの剣が生み出された。
 造詣はギーシュの作り出したモノと似ているが、トライアングルのタバサが生み出した剣は一目で土のメイジであるギーシュのそれよりも洗練されている事がわかる。
 タバサは手にしていた本をキュルケに放り投げると、作り出された剣の柄を握り、引き抜く。
「ちょ、タバサ、何してんの!?」
「……」
 慌てるキュルケを委細無視したまま、タバサはその剣を柊に向かって力いっぱい投げつけた。
「ちょ、タバサ、何してんの!?」

 響いた少女の声と、空を切る音で柊はギトーから僅かに目を離し、そして見開いた。
 赤髪と青髪の少女達の方から、風に乗って剣が飛んできたのだ。
 同時にギトーがそれに気付き、杖を振った。
 柊を狙ったのか、あるいは飛来する剣を吹き払おうとしたのかはわからなかったが、ギトーの狙いはいずれにしろ目的を果たされる事はなかった。
 剣に気付いた瞬間に地を蹴った柊が、中空でそれを掴んだ。
 柄を握り締めて感触を確かめ、そして着地と同時にプラーナを解放する。
 地が爆ぜ、剣を手にした柊は一直線にギトーに向かって疾走した。
 エリスの元へ向かう選択肢はない。
 何しろ相手はメイジなのだ、昨夜ルイズから聞いた障りだけではいかなる魔法を使うのかさっぱり判断できない。
 最優先事項は相手の無力化だった。
「疾さで風のメイジに挑もうなどと!!」
 ギトーが地を蹴ってまさに風のように後退する。
 メイジ――キャスターならば当然の選択だろう。
 エリスを人質にする、という手を取られなかっただけ僥倖というものだ(間にルイズがいたのでその可能性は低かったが)。
 柊は更に一歩を踏み込んで間合いを詰める。
 その前にギトーが杖を振りかざし、真っ向から向かってくる柊に向かって雷光が迸った。

 ギーシュが相手を倒していれば手間が省ける、と決闘を黙認していたギトーは柊が平民にしては『できる』事を既に把握していた。
 奇妙な光によって動きが早くなるのも既に見て取っている。
 故にギトーにとっては柊の動きは想定の範囲内のものでもあり、対応の余裕は十分だった。
 放った魔法はライトニング・クラウド。
 風のトライアングル・スペルであり、直撃を受ければ致死の可能性もある強力な魔法だ。
 威嚇のために使うはずであったが、素手ならまだしも剣を持って向かってくるなら話は別である。
 最悪死に至っても無礼打ちで済むだろうし、ルイズの契約の相手は二人いるので問題はなかった。
 放たれた雷撃は愚直に突っ込んでくる柊に叩きつけられ――

 ――振り下ろされた刃によって、斬り払われた。

「な――!!」
 それはギトーの理解を遥かに越えた現象だった。
 否、ギトーならずともハルケギニアのメイジならば誰一人として考えられまい。
 ライトニング・クラウドは回避が困難な事に加えて、魔法以外での防御は一切できないのだ。
 剣で受けようが盾で止めようが、それごと相手を貫き打ち倒す。
 それが魔法の付加された武器であったならまだしも、柊が手にしているのは錬金で創られただけの何の変哲もない剣なのだ。
 だが、目の前で起こった光景は間違いなく現実。
 ただの平民が、ただの剣で、ライトニング・クラウドを切り伏せた。
 『常識』ではありえない事が起こり、その当事者であるギトーにこの上で冷静な対処を求めるのはいささか酷というものだ。
 彼は柊の持つ剣の刃に光で描かれた奇妙な文様が浮かんでいた事に気付かず――そして、翻した刃の一撃によって自らの杖が叩き切られた事にも、気付かなかった。

(……っし!!)
 魔法の発動体である杖を斬った事で、柊は快哉を上げた。
 ギトーが柊の行動を想定したように、柊もまたギトーが何らかの魔法を使ってくる事を想定していた。
 それを避ける、というのも手ではあったが、それで距離を置いてしまうとどう状況が転ぶかわからない。
 故に狙いは出会い頭の一発勝負だった。
 攻撃の威力を魔法的な抵抗力に変換させる《護法剣》。
 それでギトーの放った魔法を完全に受け止められるかは正直賭けと言うしかなかったが、幸いにして吉凶の出目は柊の方が勝っていたようだ。
 とはいえ状況が完全に優勢に傾いたと言う訳ではない。
 杖を斬る事はできたものの完全に破壊されなければ魔法が使えるのかもしれないし、もう一人のメイジであるロングビルもいる。
 彼女は今の所静観していたようだったが、どう動くかはわからない。昨晩親切にしてくれた時とは状況が違うのだ。
 とりあえずエリスを確保しようと柊は視線をめぐらせ、
「……!?」
 いつの間にかエリスの下に青髪の少女が走りこんで来ていた。
 柊がもといた場所を挟んで反対側にいたはずの彼女がギトーとの接触の間にここまで移動していたのだ。
「え……!?」
「あ、あんた……!」
「――」
 突然の闖入にエリスとルイズが声を上げる。
 しかし彼女は何事かをルイズに向かって呟いた後、エリスの手を取って走り出した。
 その刹那、少女は僅かに顔を傾け柊に向ける。
 まっすぐに射抜いてくる青い視線を受けて、柊は共に闘った事もある仲間の一人――緋室 灯を思い出した。
 だからだろうか、柊は彼女の意図をなんとなく察し、彼女を追って地を蹴った。
 杖を斬られたギトーと、呆然としているルイズと、呆気に取られたままのキュルケ。
 そしてそれを静かに見守っているロングビルの視線を受けながら、柊達はあっという間にその場から走り去った。
「ぐっ……!」
 ギトーは怒りに肩を震わせて機能を失った杖を地面に叩き付けた。
 ハルケギニアに来たばかりの柊が知るよしもないが、メイジにとって杖を斬られると言うのはこれ以上ないほどの屈辱なのだ。
「ミス・ロングビル、何をしているのだ! 何もせずに逃亡を見過ごすなどと!」
 平民に敗北したという事実を認めたくないのか、ギトーは声を張り上げてロングビルを睨みつけた。
 だが彼女はまったく悪びれた様子もなく、むしろどこか楽しそうに口を開く。
「申し訳ありません。まさかスクエア・メイジともあろう者が平民に遅れを取るとは思いませんでしたので」
 つい先程彼自身がギーシュに言った台詞をそっくりそのまま返すと、それが聞こえたのか後方にいたキュルケがぶふっと吹き出す。
 ギトーは普段の青白い顔を羞恥と怒りに紅く染め、何事かを言おうかと口を開きかけた。
 が、上手い台詞が浮かばないのかややあって苛立ちも露に地面を蹴りつけキュルケを睨みつけた。
「ツェルプストー、何を笑っている! そもそもあの生徒は一体なんなのだ!?」
 タバサは一度ならずギトーの講義を受け人並みならぬ魔法の腕前を彼に見せ付けているのだが、どうやら彼の記憶には残っていないらしい。
 八つ当たり丸出しで睨みつけているギトーにキュルケは僅かに呆れを含んだ息を吐き出すと、タバサから投げ渡された本で軽く肩を叩きながら口を開いた。
「さあ。生憎あたしは彼女じゃありませんので、どういう心境で事に及んだかは分かりかねますわ」
 実際キュルケにとってもタバサの行動は理解の範疇を超えていた。
 普段は積極的どころか消極的にすら他人と関わろうとしない彼女が、こんな形で他人に関わるとは思いもしなかったのだ。
 決闘の後タバサは食い入るように柊を見やっていた。
 彼に何か興味を引かれる事でもあったというのだろうか。
 キュルケに思い当たる事はその程度でしかない。
「ただ、たかが生徒一人の横槍ではその杖の有様を説明する理由にはならないと思いますけど、ミスタ?」
 満面の笑みを称えて言ってやるとギトーはぐっと言葉を詰まらせ、逃げるように踵を返した。
「ミス・ロングビル、直ちに教師達を集めて奴等を追うのだ!」
「はぁ……しかし、他ならぬ貴方が一人でいいとおっしゃっていたので、他の先生方は皆授業の準備などで散っておりますが」
「……不意をつかれたとはいえ、遅れをとった事実は認めよう。だが、だからこそ奴を野放しにはできん。これは魔法学院の名誉に関わる問題だ!」
「……分かりました。手の空いている方に応援を頼みましょう」
 言いながらギトーは足早に歩き出し、ロングビルは小さく溜息を漏らしてその後に続く。
 よほど気が立っているのか、ギトーは当事者であるはずのルイズを置き去りにしたまま立ち去ってしまった。
 ルイズはしばらくの間言葉もなく、柊達が走り去った方を見つめていた。
 やがて彼女は僅かに顔を俯け、ついで胸を張ってそちらの方へ歩き出した。
 もしこの場に他の人間がいればその姿は毅然と見えただろうが、唯一その場に残っているキュルケから見ればいかにも脆く、一突きすれば壊れてしまいそうにも見えた。
 キュルケは歩き去るピンクブロンドの少女を見届けた後、溜息をついた。
 なんとなはしにタバサに渡された本に向ける。
 その表題には『使い魔召喚の儀式について』と、記されていた。


 ※ ※ ※


 ヴェストリの広場から逃げ出した柊達は、そのまま学院の外へ出てとある草原に辿りついていた。
 そこは先日召喚の儀式が行われ、柊達が初めてハルケギニアに一歩を刻みルイズと出逢った場所でもあった。
 昨日の今日で何が変わるという訳でもなく、追いかけっこでそこら中に空いた失敗魔法の傷跡が至るところに残っている。
 柊はそんな草原を見回し追っ手がない事を確認すると小さく息を吐き出して振り返り、エリスに声をかけた。
「……大丈夫か?」
「だ、大っ……大丈夫、です……ちょっと腰が……」
 ぼーっと突っ立っているタバサの脇でエリスは地面にへたり込み、息も絶え絶えに返す事しかできなかった。

 ――この場所に辿りつくまで、タバサとエリスは常に柊を先行して走り続けた。
 別段柊が手を抜いていた訳ではなく、タバサがエリスの手を引いてなお柊よりも早かっただけだ。
 ごく普通の学生相当の身体能力しかないエリスは本来ならタバサの動きの足かせになるはずなのだが、そうはならなかった。
 というのも、走り始めてからここに辿り着くまでの間エリスはずっと『宙に浮いたまま』だったからだ。
 おそらくは物体を浮遊させる魔法でも使ったのだろう、エリスをそれで浮かせた後タバサは延々と彼女を引っ張っていたのである。
 タバサに引っ張られながら風船のようにふらふらと揺れ動き、目を白黒させながらも必死になってスカートを押さえつけるエリスの姿は中々シュールだった。

「せ、先輩……あの……み、見えちゃいました?」
 あえて何を、とはエリスは言わなかった。
 柊はそっぽを向いて小さく呟く。
「………………………いいや、ちっとも?」
「うぅっ……!」
 くぐもった呻き声を上げてエリスは地面に突っ伏した。
 タバサが先行していたという事は、柊はタバサ達の後方にいたと言う事だ。
 そしてエリスは浮いていた上に引っ張られていて体勢を整える事さえままならなかった。
 つまりはそういう事だった。
「……あー、えーと……」
 激しく気まずくなってしまったので、柊は苦し紛れにタバサに向かって声をかけようとした。
 そこで柊はようやく目の前の青髪の彼女(と、赤髪の少女)の名前を知らない事に気付いた。
「タバサ」
「そっか。ありがとな、タバサ。おかげで助かった」
 柊の声にタバサはさほど興味もなさそうに一つ頷いて返した。
 それを確認した後、柊は所在無さげに頭を掻くとおずおずと彼女に向かって問いかける。
「けど、よかったのか? あんな事して」
 どうやらハルケギニアの常識では使い魔召喚の儀式は神聖なもので、呼び出した生物は契約して使い魔とするのが当たり前であるらしい。
 ルイズが事あるごとに散々言ったことでもあるし、ギトーの態度からしてもそれは窺うことが知れた。
 その例から言えばタバサのやったことは明らかにそれに反することのはずだ。
 しかし彼女は青の瞳で真っ直ぐに柊を見つめると、言った。
「……貴方達はよかったの?」
「いや、そりゃ良くねえけど……」
 そう言われると反論のしようがない。
 もしも柊自身が同じ状況に出くわせば、間違いなく彼女と同じ行動をとったはずだ。
 自分を棚上げしていたことに気付いて柊は思わず黙り込んでしまうと、三人の間に奇妙な沈黙が下りてしまった。
 どうしようかと頭を抱えかけた柊に声をかけたのは、タバサの方だった。
「聞きたい事がある」
「? なんだ?」
「決闘の時とかに貴方が出していた光。あれは何?」
「……」
「それと、ライトニング・クラウドを切り払った時、剣が帯びていた光も」
 柊はわずかに眉をひそめて彼女を見つめる。
 真っ直ぐに見返してくるタバサの翠眼にはほんの僅かに感情の色が篭っていた。
 流石にそれが具体的にどのようなモノであるかまでは分からなかったが。
「……あれは俺達の住んでた場所で伝わってる……技みたいなもんだ」
 異世界を知らない人間のためにいちいち言葉を組み替えるのは面倒だったが、堂々と言いふらして益のある事でもない。
 柊がそう言うと、タバサの目が僅かに細まった。
 刺すような視線を受けて柊は思わず少し気圧されてしまう。
 この類の目つきは緋室 灯もすることがあるので柊はタバサの視線の意味するところが理解できたのだ。
 ――ようするに、自分が『誤魔化している』事が彼女に悟られているのである。
「技、というなら。学べば誰にでも使えるものなの?」
 問い詰めてくるタバサに柊は小さく嘆息し、肩を落とした。
 この類の手合いには半端なごまかしなど通用せず、そして柊にはそれを押し切れるほど権謀術数に長けている訳でもなかった。
 半ば諦めたように柊はタバサに向かって言葉をつむぐ。
「《護法剣》……あの魔法を斬った奴は無理だ。アレは俺にしか使えねえ。その前に見せてた光はプラーナっつってな。こっちは正直わからねえ」
 プラーナは『存在』を司る根源の力。
 その性質上この世に『存在』するモノならば多かれ少なかれ例外なくプラーナを含んでいる。
 とはいえ、それはあくまで柊達のいる世界――『主八界』における法則だ。
 外世界であるハルケギニアにもプラーナがあるかどうかは柊には分からない。
 プラーナを放出している際を除けば、基本自分以外のプラーナを感知することは極めて難しいのだ。
「けどな、」
 言って柊はタバサを真正面から見据えた。
 彼女がそうしているように、柊もまた真っ直ぐに彼女を捕らえたまま言葉を継ぐ。
「興味本位で知りたいだけなら、教えられねえ」
「……」
 プラーナのことは別段隠すような事でもなかった(隠すつもりならそもそも決闘の時にも使わなかった)が、だからといって軽い気持ちで広めていいものでもない。
 言外にその意を込めた柊の瞳をタバサはしばし窺うように眺めた後、
「……ならいい」
 とだけ言って目を反らしてしまった。
 それを見て柊は小さく安堵の息を漏らす。
 彼女が興味本位で聞いているのではない、というのは彼女の視線を受けてとうに気付いていた。
 ここでもしタバサが『興味本位でない理由』を語ってしまっていたら、彼は性格上協力せざるを得なかっただろう。
 だが幸いにして柊は彼女にとってそれを語るほどの相手ではなかったらしい。
「……もしかして、それを聞くために俺達を助けたのか?」
 柊はなんとなく浮かんだ疑問をぶつけてみた。
 すると彼女は、首を小さく左右に振って答える。
「……ついでに聞いてみただけ」
 そしてタバサは今までとは違う……というよりはギーシュとの決闘の際に見せていた全く無関心の表情に戻り、黙り込んでしまう。
 あの時は持っていた本に目を落としていたが、本を持っていない今は空をぼんやりと見つめたまま動かない。
 どうやらついでの用件が終わったので、会話をする気もなくなったようだ。
 そこで柊は首を捻った。
(だったら本当の用件って何なんだ?)
 自分達をここに連れてくるのに一体何の意味があるというのか。
 沸いた疑問を口に出すよりも先に、横合いから小さく声が上がった。
「あ、あの……これからどうするんですか?」
 二人の会話が終わるのを見計らっていたのか、ショックから立ち直ったらしいエリスがおそるおそると言った風に柊達を見ていた。
「あー……どうすっかな」
 彼女の言葉で柊は自分達が置かれている状況を思い出した。
 何しろルイズや教師達を振り切って逃げ出してきたばかりなのだ、タバサの事を気にかけている場合ではない。
 今の所ファー・ジ・アースへと帰還する手がかりがありそうなのはあの魔法学院しかないのだが、調べる間もなくこんな事になってしまった。
 今更のこのこ戻っても無事に済まされるとは思えないし、それどころか下手をすれば追っ手がかけられているかもしないのだ。
 そんな事を考えていると、
「来た」
 心でも読んだかのようなタイミングでタバサがそんなことを呟いたので、柊は思わず身を硬くして学院の方に目を向けた。
 それはある意味では追っ手といっても差し支えはなかっただろう。
 遠目からでもすぐに判別できる、特徴的な髪の色。
 陽光を受けて艶やかに輝くピンクブロンドを揺らして、ルイズがこちらに向かって歩いてきていた。

 待ち受ける三人の下まで辿り着いたルイズは、無言だった。
 怒りとそれ以外の感情がない交ぜになった顔でじっと柊達を睨みつけている。
 だがそんな空気の中で一番最初に動いたのは、三人とはかかわりのないはずのタバサだった。
 彼女がルイズと柊達の間に立ちふさがるように歩み出た事で、ルイズの眉間に皺がよった。
「……なによ、あんた」
 威嚇するように低く言ったものの、タバサの表情は微塵にも変わらない。
 彼女はじっとルイズの顔を見つめた後、静かに口を開いた。
「……使い魔はメイジのペットじゃない。主人を全肯定するだけの下僕でもない」
「……っ!」
 瞬間、ルイズの顔が紅く染まった。
 彼女は怒りも露に肩を震わせて、地面を蹴りつけてタバサに詰め寄る。
「あんたには関係ない事よ!」
「そう、私には関係ない。そしてあの教師達も関係ない。これは貴女達が解決すべき問題」
 さほど感情を浮かばせずに言うタバサの態度で、ルイズはようやく目の前の少女の事を思い出した。
 彼女は昨日行われた使い魔召喚の儀式で、幻獣としては最高位とも言っていい竜――風竜を召喚したのだ。
 回りの生徒達が大騒ぎしていた中、彼女ただ一人がまるで当然と言う風に……あるいはさほど興味はないという風に淡々としていた。
 今目の前で、使い魔を使い魔とする事ができないルイズにそうしているように。
 気付けば、ルイズは手を翻していた。
 乾いた音が草原に響く。
 エリスが僅かに息を呑み、柊は僅かに眉を寄せた。
 しかし頬を強かに叩かれたタバサは、表情の変化も見せずにルイズを見据えていた。
「……なによ……」
 ルイズは呻いて、唇を噛んだ。
 両の手を握り締め、顔を俯けて身体を震わせ……弾けるように叫んだ。
「……自分は風竜を使い魔にできたからって、偉そうに言わないで!!」
「――」
 そこで初めて、タバサの表情が変わった。
 僅かに目を細め、その目に表情を滲ませてルイズを射抜く。
「……私は、風竜を使い魔に『してしまった』。だから言っている」
「……?」
 タバサの言葉にルイズが怪訝そうに眉を寄せた。
 だが青髪の彼女はそれ以上ルイズには何も言わず、ただ瞑目するだけだった。

 ―― 一般的に、『サモン・サーヴァント』で呼び出される生物は、使い魔になる意思のある者が自らゲートをくぐるとされている。
 だが、実際の所それが『本当』であるかを確かめる事は今の所できていない。
 何しろ魔法の性質上『メイジが使い魔を召喚する』現場に居合わせる事はできても、『使い魔がメイジに召喚される』現場に居合わせる可能性は極めて低く、
本当にその生物が自分でゲートをくぐったのか確認できない。
 加えて召喚された生物はほぼ例外なく厳密な意味で相互の意思疎通をできないため、その時の事情を知ることが困難なのだ。
 犬猫と言った類ならば人語を解するようにもなり事情を伺う事もできるが、それも『使い魔になった後』での話。
 『使い魔は主の都合の良いように記憶を造りかえられる』という説まであっては、その『使い魔』の意思を客観的な事実として断ずることは難しい。
 結局のところ召喚される生物の側の行動と意思は、あくまでメイジの主観に基づいて結論づけられているのだ。
 そしてタバサもまた多くのメイジ達が通例として述べているのと同様、使い魔召喚の儀式に関して何一つとして疑問を浮かべなかった。
 『サモン・サーヴァント』で風竜が召喚された時にも、風竜と『コントラクト・サーヴァント』を交わして使い魔とした時も、それが当然だと思っていた。
 だが、その後にルイズが召喚した人間達は、使い魔となる事を拒絶した。
 更にはその夜、他ならぬ彼女の使い魔である風竜――人語を解する風韻竜が、契約に対して愚痴を漏らしたのだ。
 それは愚にもつかない不平不満だったが、少なくとも『彼女』が自分を主人とするのに満足していないと悟るには十分だった。
 ――ルイズとタバサは、『使い魔』という既成事実があるかないかという違いしかなかった。

 だからタバサは、契約を拒絶する柊達と契約を拒絶されるルイズを見て思う。
 もしもあの時。
 『コントラクト・サーヴァント』を行う前に契約の是非を問うていたら。
 果たして彼女はこんな『ちびすけ』の使い魔になることを諒解していただろうか――


「――私は機会を自分で摘み取ってしまった。貴女はまだ間に合う」
 タバサは訝しげに見つめるルイズに言うと、入れ違うように彼女の脇を通り過ぎて歩き出した。
 言われた意味が分からずルイズはほんの僅かに忘我したまま、タバサの背中を目で追い、そして我に返って叫ぶ。
「ま、待ちなさいよ! 何処に行く気!?」
 タバサはルイズが来た学院の方には向かっていなかった。
 学院から続く街道の先――首都トリスタニアの方向に向かって歩いていたのだ。
「……『コントラクト・サーヴァント』」
 かけられた声にタバサは立ち止まり、そして振り返らないまま答える。
「私のパートナーに、信頼と祝福を刻みに」
 先程自らが言ったとおり、これから先はルイズ達の問題だ。
 タバサはその言葉を最後にルイズ達から意識を切り、トリスタニアに歩き出す。
 『彼女』の主人として、自分自身の問題を解決するために。




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