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ゼロの黒魔道士-57


夏でも、夜は風がふんわりと涼しい。
ましてや、湖の近くだったら。
「タバサおねえちゃんのお母さん、早く良くなるといいね……」
タバサおねえちゃんの実家まで、シルフィードで数日かかった。
(シルフィードのおしゃべりが無かったらもっと速かったかもしれないけど、しょうがないかもしれない。
 シルフィード、すっごくしゃべるんだもん。いっぱい。
 タバサおねえちゃんは、いつもの顔のまま黙って聞いてるだけだったけど。
 でも、シルフィードはそれがうれしそうだったなぁ……?)
ラグドリアン湖のすぐそば。とっても大きなお家。
でも、そこに住んでいるのは、タバサおねえちゃんのお母さんと、執事さん。それとお手伝いさんが1人。
なんか、ちょっと寂しい感じがした。
「エルフの毒だってぇからなー。ちっと骨が折れるんじゃねぇか?」
タバサおねえちゃんのお母さんは、『エルフの毒』っていうものを飲んで酷い病気になってしまったらしい。
今は落ち着いているけど……ときどき、悪夢の中にいるようになるんだって……
ボクにも回復魔法が使えたらなぁって、思わずにもいられなかった。
何人もの水メイジさんでも治せなかったっていうけど、それでも想わずにはいられなかったんだ。

「きっと手があるはずよ! エルフだって……たかがエルフじゃない!エルフにできてメイジにできないわけ無いわ!」
ルイズおねえちゃんが、力強くそう言った。
……ルイズおねえちゃんのおねえちゃん……カトレアおねえさんも、治らない病気だから、思うところがあるみたいだ。
「……うん、そうだね!」
きっと、良くなるよね?
そう願わずには、いられなかったんだ。

ゼロの黒魔道士
~第五十七幕~ 偽りの再会

ラグドリアン湖のほとりを、ルイズおねえちゃんと歩いていたんだ。
もちろん、背中にはデルフを背負って。
ここに着いたのはお昼過ぎで、まだ体も全然回復してなかったけど、
晩御飯を食べたばっかりで眠れなかったし、散歩することにしたんだ。
「あ、他の人達は?」
「キュルケはタバサにつきあうみたいね。モンモランシーは、この辺の出身でしょ?
 なんて言ったっけ……ペルスラン、だったかしら?あの執事とつもる話とかあるみたいよ。ご家族のこととか」
「へぇ~……」
そういえば、モンモランシーおねえちゃんのお家って、この辺にあるって言ってたっけ。
思い出話とか、最近の話とか、色々あるのかもしれない。
「ギーシュの野郎もよく付き合うわなぁ!他人の世間話によぉ」
「ん~……結構、おもしろいんじゃないかなぁ?それはそれで……」
多分、モンモランシーおねえちゃんの昔の話とか、すっごく興味があるんだろうなって思うんだ。
ギーシュ、モンモランシーおねえちゃんのことが大好きだから。

「ラグドリアン湖、かぁ……」
湖の表面が鏡になって、もう1つの星宙があるみたいだった。
「ケケケ、あの鎧姉ぇちゃんの件でここ来て以来だなぁ」
あのときは、やることが多くて景色を楽しむどころじゃなかったもんね。
水精霊に会ったり、タバサおねえちゃん達と戦ったりで……
「綺麗ねぇ~……水精霊が住んでいるだけあるわ」
「うん、蛍とか……あんまり、人はいないのかなぁ?とっても静かだ……」
光の渦になった、蛍の大群。
静けさの中にいると、それをより一層幻想的に感じるんだ。
「まだ水害の影響ってぇのもあんじゃね?人が戻るにゃ間が必要だわな」
水精霊が約束してくれたとおり、水位は間違いなく元に戻っていた。
でも、まだ周りの木にもその痕が残っているように、
影響が完全に無くなるのにはまだ時間がかかるみたいだ。

「そっか……ん?でも誰かいるね……?」
光の渦の向こうに、人影が見えたんだ。
湖の少し向こう側に、二つ。
こっちがガリア側だから……あっちはトリステイン側、かな?
「観光客かしらねぇ?結構多いそうよ。この風景見たさにって……」
確かに、二つの影は恋人同士に見えるし、観光客かもしれないなって思ったんだ。

……緩やかな風の中感じた、その魔力に触れるまでは……
「……違う」
「え?」
「おん?どうかしたかよ、相棒?」
「魔力の流れが……これって……」
ものすごく、嫌な感じ。
エルフと会ったときと近いけど、また違う。
同じように、『精霊の力』っていうのを、操っているような感じはするんだ。
でも、これは……
「ちょ、ちょっとビビ!? もう、回復しきってないのに何だってのよー!?」
気付いたら、そっちに走りだしていたんだ。
こんなにも、『悪意』に満ちた魔力が存在するなんて、信じられなかったから。



ピコン
ATE ~いつか終わる夢~

静まりかえった水面は自分の心が映り込みそうなほどだ。
ときどき、蛍が降ってきては、鏡に波紋を描き込む。

風吹く夜に
最初に出会ったあの場所で。

わずかばかりに涼しくなった晩夏の風が、ゆるやかな熱気を保ったまま、
ざわりと草の香りを撒き散らしながら、ラグドリアン湖を吹き抜けた。
あおられた蛍が、ゆんわりとしたダンスを踊る。
ちらりちらりと仄かに瞬くそれは湖面に映り込んで、星宙を幾重にも重ねたように響いている。

相変わらず、幻想的な風景だ。
アンリエッタは昔を懐かしみ、静かに微笑んだ。
王族という堅苦しい肩書を持つ少女ではなく、ただのアンリエッタとしての感想である。
純白のつややかなドレスは逃避行の最中、日に焼け薄黄色く褪せたボロ麻ローブに変わり、
手入れを数日怠った髪の毛は、四方八方へと気の向くままに撥ね飛んでいる。
その左手にある『風のルビー』だけが、彼女を王侯貴族とつなげる証拠として微かに輝いていた。

さしもの銃士隊もこの変装ならばすぐには気づくまい。
つい最近できたばかりの銃士隊は知らないのだ。
彼女達の守護する女王様が愛読書の1つに、『アクイレイアの商人』(女性が男性に変装するシーンのある有名な喜劇)の台本があることなど。
親愛なる姫君は幼少より、行儀作法等よりも芝居ごとには格段熱心に勉強していたということなど。
仮装や、役になりきるといった所作はお手の物。
ただ単純に『姫では無い誰か』になるのならばいとも簡単なのだ。

それでも、彼女の変わり身は役者も裸足で逃げだすといったほどだ。
誰が花壇で大事に育てられた純白の百合が、
雑草も踏みつけて咲く野アザミに化けていると思うのだろうか。
だが、とアンリエッタは思う。深紅の布を握りしめて。
例えどんな姿になろうとも、愛しきあの人は見つけてくれるはずだ、と。
血のような朱色に染まった布には、ぎゅっと抱きしめた今も魔法のような呪文がしっかり刻まれている。
「風吹く夜に
 最初に出会ったあの場所で」

慈しむように、その言葉を抱きしめる。
やや肌に冷たい夜風の中、そこから穏やかなまでの温もりがあふれ出てくる。
あの人に、会える。
そう考えるだけで、体に喜びが満ちてくる。

そんな想いに酔っていると、小石のポチャンと小さな音が、湖面に撥ねた。
蛍が水しぶきから逃れるように舞い飛び、呼応するように、アンリエッタも跳ね上がる。
胸の高鳴りが、段々と波紋のように体中に広がるのを感じた。

「風吹く夜に」

懐かしい声が、夏風に乗って運ばれる。

「水の誓いを」

震える声で、アンリエッタが返す。

最初に出会ったあの場所で、あの日と同じ合言葉。
あの人は、その時と同じ、ファントムマスクの出で立ちで木陰より現れた。
何もかもが、昔に戻ったようにアンリエッタを感じる。
アルビオンが、そしてアンリエッタが愛した男性。
プリンス・オブ・ウェールズ、その姿がそこにはあった。

「あぁ、愛しの姫よ!会いたかった!」
駆け寄り、抱き合う二人は舞台のワンシーンのごとく。
ただこの一瞬が永遠になれば良いというように、強く抱きしめ合う。

「今は姫とは呼ばないでください。貴方と会うときは、ただのアンリエッタでいさせてください」
「そうだったな。いつまでたっても、僕にとっての君は『裸のアンリエッタ』だ」
アンリエッタの、ともすれば子供のようなお願い事に、ウェールズが飄々と応える。

「まぁ、酷い。ならば、貴方はいつまでも『覗きのウェールズ』様ですわ」
嬉し涙をそっとぬぐいながら、アンリエッタが応戦する。

そもそも二人の出会いは、ラグドリアン湖で一糸まとわぬ姿で水浴びをしていたアンリエッタを、
ウェールズが覗き見していたことからはじまったのだ。
「これは一本取られたな。だが美しいモノを覗きたいと思うのは男の性でね」
今にして思えば、何とも面映ゆい出会い方であるな、とウェールズは頬をかきながら笑顔を浮かべた。

「――どうしたい、アンリエッタ?」
ふと、ウェールズは気づく。
抱きしめている彼女の顔から、笑顔が消えたのだ。
「貴方は……本当に貴方なの?それとも、似てるだけ?」
それは、短く、あまりにもくだらない疑問文。
ウェールズは困ったような顔で笑ってしまった。
「どうしたというんだい、急に」

「不安に、なりそうなの……」
これが、いつか終わる夢での出来事ではないのかと。
それが、一番怖かった。

アンリエッタには、想像するしか無かったのだ。
アルビオンで、タルブで、何人の兵士や貴族や普通の平民が、愚かな行為で死んだことを。
アンリエッタは、想像するしか無かったのだ。
彼らにも、彼女らにも。愛した人や愛された人がいたということを。

「今、貴方にこうして会えた。その幸せが……不思議と、不安なの」
彼女はそれらを想ったのだ。
未だ無知なる王女として、できることを。
彼女はそれらを想ったのだ。
無垢な少女なりの、罪悪感から。

「夢をね、見てるんじゃないかって。永遠に続く、甘い夢。それが、いつか突然、足元から崩れていくような気がして……」
想ったからこそ、不安になる。
自分だけがその幸せを受けていることを。
想ったからこそ、不安になる。
自分だけがその幸せを受けて良いわけが無いことを。

嬉しいはずなのに、涙が溢れる。
嬉しいはずなのに、体が震える。
今まで立場の上から抑え留めていた言葉が、心が、溢れ出る。

「アンリエッタ」
その流れを受け止めるのは、いつだって王子様のキスなのだ。
跪き、手の甲に優しき口づけを。
憎らしいほどに、絵になる姿であった。

「どうだい?幽霊では無さそうだろう?」
温もりが、左手から、ふわりと広がっていく。
決壊した想いの奔流を、丸ごと受け止めて飲み込んでいく。

「ウェールズ様……」
「おっと、『様』は抜きでいいさ。今や国も身分も失ったからね!」
軽やかな動きで、ウェールズはアンリエッタに預けていた『風のルビー』を、その左手から抜き取った。
悪戯坊主や、道化のようにニヤリと笑ってみせるも、その顔にはどこか悲しみが含まれていた。

「そう、かつてこの指輪を手にして立った国家も、もはや失われし故郷さ。
 お姫さま……いや、もう王女様、か。今の私のような下賎な者と結ばれても果たして幸せな人生が送れるか……」

領地を失った貴族というものは、翼をもがれた鳥に例えられることがある。
手も足も出なくなり、後は食材として食われるのが関の山というわけだ。
ましてや国を失った王族、これほど惨めな存在は無いだろう。
かつての地位や名声が仇となり、身柄を引き受けるような奇特な者もいない。
厄介者。落伍者。捨てる神ばかりで拾う神も無い生ける屍。
己の生きる場所が存在する下賎の者と比べてもなお立場が無い。
待ち受ける運命は、過酷なる放浪。
掌で転がす指輪が、その行く先を憐れむように寂しく輝いた。

「もう『姫』とも『王女』とも呼ばないで!」
その悲しい光を遮るように、『ただの』アンリエッタが大きく叫んだ。

「ウェールズ、貴方は王女という身分である私を好いておられるのでしょうか?
 いいえ、そんなはずは、ありませんよね?
 王女という身分が結婚するのなら、私なんて、ただの人形に過ぎません。
 人形が笑うでしょうか?
 人形が泣くでしょうか?
 私は笑ったり、時には泣いたり、そのような飾り気のない人生を送りたいのです。
 仮面を付けた人生など、送りたくもありません」

愛のためならば、ウェールズのためならば。
己の冠も、王のマントも脱ぎ棄てる。
そうして、想い人の胸に飛び込みたい。
アンリエッタの涙混じりの長台詞は、心からの愛の賛歌であった。

「そこまで、考えていてくれたとは!」
再びウェールズがアンリエッタを抱きしめた。
先ほどよりも優しく、それでも、離すまいと強く。

「君が王女という身分を脱ぎ捨てると言うのなら、
 私は愛という衣で貴女を包んで差し上げましょう!
 もう、私は貴女と離れることはできない。
 どうか私を貴女というカゴの中に入れておくれ!」

愛には愛で応えよう。
ウェールズの言葉には、嘘偽りは一切感じられなかった。
かつてのラグドリアン湖では、語られることの無かった、愛の誓い。
アンリエッタは、確かな宣誓を彼の声音に聞きとった。

「ウェールズ!」
「アンリエッタ!」
蛍舞う聖なる泉、誓いの園で交わされた口づけは、この地上で最も純粋な愛を語っていた。

「そうだ、新世界へと旅立とう!フネにでも乗って!ガリアも、サハラの聖地も越えて!」
「えぇ、私をどこまでも連れ……」
見果てぬ大地。見知らぬ空。
二人で向かうであろう、素晴らしき未来をアンリエッタは思い描いた。
遠い地で構える二人の居所、
そこで築く幸せな家庭、
愛くるしい笑顔で父母を見やる、二人の子供……

ふいに、その子供の姿が、誰かと重なって見えるのに、アンリエッタは気付かされた。
思い描いた未来の形が、ごく近い過去の情景と層を成す。
そう、あれは凱旋パレードだ。
アンリエッタの戴冠式を兼ねたあのパレードのことだ。
何百人という熱狂の渦の中、千切れんばかりに腕をふってアンリエッタを迎えた子供がいた。
見目麗しいとは言い難い、傷だらけの貧民の子供。
それが期待をこめた瞳で、アンリエッタを祝福していた。
その映像が、何故この瞬間に?

「どうした?アンリエッタ?共に来てくれないというのか?」
恋人の様子を訝しく思ったのか、ウェールズが一度体を離し、アンリエッタに問いかけた。

「……ウェールズ、貴方は、私を愛してくださいますわよね?」
アンリエッタには、想像するしか無かった。
貧民の子が、何を思って彼女を祝福したのかを。
アンリエッタは、想像するしか無かった。
何故に、押しつぶされそうになりながらも、ああも手を振っていたのかを。

「もちろんだとも。今この場所で誓ったじゃないか!永久に変わらぬ、愛を!」
何を当然、とばかりにウェールズが笑ってみせる。
「その通りですわね……」
だが、アンリエッタの想像は止まらない。

彼女は未だ幼く、人の上に立つ資質もほとんど見受けられない存在だ。
たった一つ、彼女が王たる素地を見出すとすれば、それは『想えること』かもしれない。
演劇を好んだ彼女ならではの、心の思考。
ともすれば、感情的で浪漫主義に過ぎる想像力ではあるが、彼女にはその能力があった。

「――ごめんなさい、やっぱり、私、行けません!」
結んでいた体を、両腕で引き離す。
その細い体から出たのは、拒絶ではなく決意の表明。

「――どういうことだい?君の誓いは偽りだったとでも言うのかい?」
困ったような顔で、ウェールズが問う。
水の精霊が住まうラグドリアン湖での誓いは絶対だ。
それを違えるなど、正気の沙汰とは思えない。

「いいえ、違うの!ウェールズ!」
そう言って、言葉を選ぼうとしてか、空を見上げるアンリエッタ。
満点の星宙。
あぁ、最初に出会った『風吹く夜』そのままだ。

「貴方を愛しているからこそ、私は行けない!!」
彼女は、笑っていた。
悲しいはずなのに。いや、悲しいからこそ、笑っていた。

「私は、私は……私は、この国が好きです!貴方と同じくらい、この国が大好きなんです!!」
両者を比べれば、天秤の方が重さで壊れてしまいそうなほど、彼女は両者を愛していた。
だからこその、苦渋の決断。

「私は、まだまだ雛鳥です。貴方のように空を術も、歌の歌い方すら知らない、小鳥なんです……
 それでも、私を頼ってくださる人がいる。私に頼るしか無い人がいる。そのような人々を……私は、置いて行けません!」
あの貧民の子供が、何を望んで手を振っていたかは分からない。
だが、その薄汚れた小さな手を振り払えるほど、彼女は強くは無かった。
一方で、恋人と離れるという悲しみが耐えられないほど、弱くも無かった。

「君は、『裸のアンリエッタ』として生きていきたくないのかい?鳥カゴから出たくは無いのかい?」
ウェールズは、なおも問う。
そして、『風のルビー』をはめなおした左手を、さしのべる。
共に行こう、二人だけへの未来へ、と。

「私は、『裸のアンリエッタ』でも生きてゆけます。あなたさえ、いれば……
 でも、そうでない民はどうなるのでしょうか?
 自由な小鳥になれば、カゴは必要なくなるでしょう。でも、民は……多くの民は、未だ国という加護が必要なのです。
 その責を負うのは、今のところ、私しかおりません……」
ウェールズは彼女を愛してくれると、このラグドリアン湖で誓ってくれた。
その言葉だけで、彼女はこれからも歩いて行ける。
たとえ、離れ離れになったとしても。

「私は……今まで、いっぱいワガママを言ってきました。
 今も、これからも、ワガママを言うでしょう」
ここで、言葉を切る。
ふいに、視界がぼやけてきたからだ。
これでは、蛍なのか星宙なのか水面に映ったそれなのか全く分からない。
まぶしすぎる。何もかも。

「でも、貴方へのワガママは、これが最後です!」
あぁ、きっとこの幻想的な風景も夢なのだ。
アンリエッタはそう想った。
だけど、なんて嬉しい夢だったんだろうか。
頬を二筋の涙が伝っていく。

「いつか、この国が私を必要としなくなる日が、きっといつか来るでしょう。
 どうか、そのときに、私を誘拐してくださいませんでしょうか?どこへなりとも、貴方と共に!
 だから、どうかそれまでは……責務を、私なりの戦いを、させてください!」
戦いが終わった後、またこの夢を見たい。
それが彼女のワガママだった。
顔をぬぐって一礼をし、にっこりと笑って見せる。
化粧も何も無い、『裸のアンリエッタ』が見せる、儚くも強い笑顔であった。

「……君は、変わってしまったのか?」
やれやれ、と首をふりながら、ウェールズが問う。
「……変えたのは、貴方の言葉なんです」
堂々とした笑顔のまま、アンリエッタが答える。
「僕の?」
「『生きていてくれ』。それが、貴方の願いと聞きおよびました。
 ですが、それは他の多くの人が、大切な誰かに抱く望みと存じます。
 ……私は、それらを見過ごせるほど、強くありませんの」
彼女の友達が伝えてくれた、ウェールズの言葉。
その言葉に、彼女は泣いた。泣いて、想った。
想いが、彼女を強くした。

「――そう、か……」
諦めたように、肩を落とし、湖面を振り返るウェールズ。
それがとても寂しそうで、アンリエッタの決意が揺るぎそうになる。



「危ないっっ!!」
「……え!?」
ザザザと、風が隆起した。
蛍が一斉に舞い上がる。
全ては一瞬のこと。
アンリエッタは、何者かに突き飛ばされていた。

驚いたまま振り返る。
「なっ!?」
そこにあったのは、地に伏すとんがり帽子の少年と、杖を握りしめる恋人の姿。

「ひ、姫さま!?え、まさか、ウェールズ王子……び、ビビ?ビビ!?ビビぃっ!?」
「相棒ぉっ!?て、てめ何しやがんでぃ!?」
「――予定が狂ったが、これもまた僕に与えられた運命かもしれないね」
「……ウェールズ?」
歪む。涙でぼやけるのとは全く違う。
風景が、聞こえる声が、肌に触れる空気が。
この世の全てが、歪んでくる。

「『虚無』の子達もいるとは都合が良い。一緒に来てもらうよ……無理やりにでも、ね」
「ウェールズ?ウェールズっ!?」
いつか終わる夢ならば、せめて綺麗なままでいて欲しかった。
アンリエッタには想像することができなかった。
いつか終わる夢が、こんなにも悲しく終わるなどとは。


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