あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鷲と虚無-19


部屋に戻ると、才人は毛布の上に倒れこんだ。
まだ筋肉痛にはなっていなかったが、体中の関節が痺れたようになっている。
とにかく今は体を休めたかった。
その様子を見てプッロは苦笑いした。
「さすがに疲れたみたいだな。まあゆっくり休んどけ。俺は外に行く」
才人はうつぶせになったまま、首だけをプッロに向けて返答した。
体を持ち上げるだけの力は残されていなかった。
「ええ……そうさせて貰います……」
プッロが出て行ってから一分も経たない内に、才人は疲れきったまま眠りについた。

それから何時間か経っただろうか、目を覚ましたら夜になっていて外はすっかり暗くなっていた。
あくびをしながら身を起こすと、机に向かっているルイズが目に映った。
どうやら勉強をしているようで、机には本が幾つも積まれている。
ルイズ自身は羽ペンを握りながら紙に何かを書いていた。
あくびで才人が起きた事に気づいたのか、ルイズはペンをおいて才人の方へ振り向いた。

「あら、やっと起きたのね」
「ああ」
そこでプッロとウォレヌスの姿が見当たらない事に才人は気づいた。
「プッロさんとウォレヌスさんは?」
「晩御飯。厨房にいるわ……ねえ、勝手に授業から抜け出したのはどういうつもり?
 プッロだけならともかく、あんたまで。おまけに疲れきって昼寝ときたわ」
ルイズは疑いをこめた目つきで才人を睨む。
「二人で何かしてたんじゃない?ギーシュの事で」
中々鋭いな、と才人は感心した。
どうせルイズにはギーシュと戦う手伝いをして貰うのだ。
隠しておく必要は無いだろう、と才人は判断し正直に答えた。
「う~ん……実はな、学校の外で訓練してた」
「訓……練?あんたが?」
ルイズの疑うような目が、今度は疑惑のそれに取って代わる。
「ああ。ギーシュと戦う為に。昨日言っただろ?自分の身は自分で守らないと足手まといになるってさ」
「訓練って、どんな事をしたのよ」
「散々走り回されて、その後は腕立て伏せだ。まあ、あの人も同じ事をやったんだけど」
「えらく地味ね、それ」
確かにそう言われれば地味に聞こえる。
だが実際にやる側からみればたまった物ではない。

「でもぶっ倒れるまでだぜ?おまけに体が出来上がるまではずっとそれをやるとか言ってたし……」
「なぁに、不満なの?あんたが自分から言い出した事だから仕方ないじゃない」
ルイズは呆れたように言ったが、才人もそれは理解している。
多少の愚痴はこぼしたくなるが、自分が言い出した事だから不満を言うのはどう考えても筋違いだ。
「ああ、解ってるよそんな事くらいは」
「ところでぶっ倒れるまで、って言ってたけどプッロはどうだったの?さっきあいつを見た時は疲れてる様子は無かったけど」
「あの人、俺がぶっ倒れても息切れ一つしてなかったからなあ。
 おかげで俺がどれだけひ弱なのかがよく解ったよ。今も体中の関節が痛えし」
昼寝を始める前に感じていた関節の痛みは、起き上がったら更に酷くなっていた。
おまけに筋肉痛も少しだが感じ始めている。
再び才人は自分の体力の無さと、プッロの言っていた“基礎からしないとどうにもならない”という言葉の意味を痛感した。
足手まとい、というのはまさしくその通りだろう。
今のままでは本当にただの役立たずだ。

そう考えていた才人の表情を見て、ルイズがほんの少しの期待を含めながら言った。
「それで自分のヘナチョコさを理解してギーシュの事は諦める……って事はなさそうね」
「悪いが、無いな」
才人は多少悪く思いながらも、即座に否定した。
予想通りの答えだったのか、ルイズはかぶりを振りながらもそれほど落胆したようには見えなかった。
「そうそう、プッロさんにお前が協力する事を言ったよ」
まだルイズにこの事を言っていないのを思い出し、才人は言った。
ルイズは顔を机に向けたまま答える。
「ああ、そうなの。なんて言ってた?」
「結構驚いてたぜ。それと、作戦会議をする為に一度三人で集まりたいとも」
「それは構わないけど、ウォレヌスには秘密なのよね。反対するだろうから、って言ってたけどなんで?」
「どうもギーシュに手を出すと面倒な事にしかならない、って思ってるみたいだ。プッロさんとの口論を聞いた限りじゃ」
あまり驚く事ではなかったが、ルイズはウォレヌスの意見に賛成しているようだ。
「彼は正しいわよ。仮に無傷で勝てたとしても、もう“貴族同士の決闘ではないから問題ない”なんて理屈は通用しないわ。
 それにあいつが実家に泣きついたらただじゃすまないわよ、仮にも元帥の息子なんだから……
 まあ、あいつ中途半端にプライドはあるみたいだからそんな情けない事はしないだろうけど」
「そういう事も含めて作戦会議をするんだろ」
そう言いながらも、なにせ三ヶ月だ。
果たして隠し通せるのかどうか才人は少し不安になったが、
それを知ってか知らずかルイズの返答には呆れと疑念がこもっていた。

「まったく……そんなにギーシュを倒したいの?あんたもプッロも」
「ああ。プッロさんも多分そうだし、俺は間違いなくそうだ」
ギーシュが憎いのも、彼にコテンパンにされた悔しさを晴らしたいというのも無論ある。
だがそれだけではない。
才人は生まれた初めて出来た、明確な目標と呼べる物を捨てたくなかった。
思い返しても自分のこれまでの人生の中で、目標と言えるような物はただ一つも無かった。
毎日毎日をただなんとなく生きていただけだ。
それを繰り返してなんとなく高校を卒業し、なんとなく進学し、なんとなく就職する。
だが今は違う。
“悔しさを晴らす為ギーシュを倒す”という強い目標が出来てしまった。
そして目標が出来た以上、あの男は絶対に叩きのめさないといけない。
もし諦めれば自分は残りの生涯何をやろうとも失敗する。そんな気がしてならないのだ。
だからやるしかない、と才人は強く感じていた。

ルイズはため息をつくと机に向き直り、再びペンを握ると勉強に没入し始めた。
他にする事もないので才人は彼女の後姿を見ていたのだが、その内にある事に気づいた。
後姿からでも解るほどに彼女は相当集中している。
積まれてる本の数から見ても魔法が使えない分努力は欠かしていないのだろう。
そしてクラスでのルイズの扱いを思い出し、才人は少し暗い気持ちになった。
目指すべき目標と言えば、魔法を使えるようになるという目標をルイズも持っている。
だが彼女の場合はいくら努力をしようとも結果が出ないのだ。そしてその事を周りから馬鹿にされている。
想像するだけで嫌な気分になった。
自分は努力さえすれば、辛いだろうが最低でもギーシュとまた戦う所まではいける筈だ。
だがルイズの場合はどう努力すればいいのかさえ解らないという状態だ。
それがとても辛く、悔しい事なのを今になって才人は理解した。

そして自分は彼女をこんな勝手な復讐劇につき合わせている。彼女の意思に反して。
(俺は自分勝手なのか?)
もし本当にルイズが心配ならばこんな事は止めるべきだろう。彼女は反対しているのだから。
だが申し訳なく思いながらも、止めようとはしない。
それはただの偽善ではないか?
そこまで考えて、才人は思い直した。
何を考えようとも、今更止めるわけにはいかない。
なら考えてもどうしようもない。そして彼は立ち上がった。
その事に気づいたルイズがピタ、とペンを止める。
「どこかに行くの?」
「厨房だ。俺も晩飯を食べに行く」
実は腹は大してすいていない。
今ルイズといるとバツが悪くなるから、というのが本当の理由だった。
そして才人は逃げるようにして部屋を後にした。
その後はプッロ、ウォレヌスや厨房の連中と夕食を食べ、風呂に入って一日が終わった。
その夜は長い昼寝をしたにも関わらず、疲れが残っていたのかよく眠れた。

次の日も大体は昨日と同じように進んだ。
朝起きた後は洗濯と水汲み、その後はルイズを起こし着替えさせる。
それが終わったら厨房で朝食を済ませ、授業に出た後は再び厨房へ行き昼食を取る。
ただ違ったのは筋肉痛が考えられる限り最悪の状態だったという事だ。
(うう……これで昨日みたいな事をもっと激しくやるのか……)
歩くだけでも全身が痛むというのに、これで走りこみや腕立て伏せをやれば一体どうなるのかと、
才人は恐怖した。
おまけに激しい筋肉痛があるのをウォレヌスに悟られないように動かなくてはいけない。
だから必然的にさらに痛みが酷くなる。
内容がまるで理解できない授業も、動かなくていいので今は僥倖に思える。
そんな状態で昼食を食べていると、プッロが改まったように話しかけた。

「お前さんに聞きたいんだが」
「なんですか?」
「今日の朝にも思ったんだがな……洗濯や掃除は別としてだ、
 あの小娘の顔を洗わせたり服を着せたりするのはみっともないと思わないのか?」
プッロの表情には少しだが軽蔑の念が含められているように見えた。
彼が何を意味しているのか、才人は解った気がした。
「男として悔しくないのか……って事ですか?」
考えれば、プッロがそのように思うのはおかしい事ではないだろう。
自分でさえ、ルイズに男として見られていないという事が情けないのだ。
そして彼はなぜ自分がそんな事をするのかを疑念に思っている。
いや、それはプッロだけでなくウォレヌスも同じようだ。

「同感だ。はっきり言うが、あんな小娘に男がアゴで使われるのは見ていても情けない。
 君だっていい気分じゃない筈だ」
「それは否定しません。でも……あいつには借りがありますから」
才人は正直に答える事にした。
嘘はつきたくないし、うまい嘘なんて思い浮かばない。
それで彼らが自分を見下すのなら仕方ないが、そうはならない気がした。
「借り……か」
「ええ。しかも二つ。まず怪我の薬代を払ってもらいました。そしてつきっきりで看病をしてもらいました。
 他の人間にも任せられたのに。ここまで借りがあるんだから何かでそれを返さないと」
借りはもう一つ“ギーシュとの再戦に協力して貰う”という物があったが、
ウォレヌスの目の前なのでそれは黙っておいた。
プッロがフーッ、と息を吐いて答える。
「借りは返さなきゃ気がすまない性分、ってわけか」
「ええ、そんなもんです。それにもう一つあるんです。まあ、
 これは昨日から考え始めた事なんですけど」
「どういう意味だね、それは?」
ウォレヌスは顔をしかめて聞き返した。
「気づいてますか?あいつがいじめられてるって」
「いじめ、ねえ……」
「まあ、教室中の笑い物になっているのは確かみたいだが」
才人は二人を見据え、はっきりと言ってのけた。
「それだけじゃない。ほとんど誰もあいつに話しかけないし、あいつもそうしない。
 魔法が使えない上にプライドだけはやたら高いからだと思いますが……
 もともとあんな性格だったのか、魔法が使えないからそうなったのか解りませんけど。
 とにかく孤立してるのは確かです。だからかなり追い込まれてるんじゃないんですか?
 覚えてるでしょ、最初の授業が終わった時のあいつのキレ方」
「だがそれは彼女の自業自得もあるんじゃないか」
「そうかもしれません。でもあいつが努力をしてるのは確かです。しかもそれが全部空回り。
 それでやっと召喚できた使い魔も言う事をろくに聞かないときたんですから、
 せめて俺が言う事を聞く位はしなきゃ危ないんじゃないかって」

プッロは腕を組むと、目をつぶってポツリとつぶやいた。
「……随分とあのやかましいガキの肩を持つんだな」
「どれだけ努力をしても成果がでないってのは見ていても辛いんですよ。
 おまけにあいつはその事を周り中から馬鹿にされてる」
そこで才人はいったん言葉を区切ると、一呼吸置いた。
「だから少し位は言う事を聞いてやった方がいいかな、って」
「彼女を哀れんでやっている、と言うわけか?」
「……解りません。もしかしたらそうかもしれません」

これは才人自身にも解らなかった。
自分は本当にルイズを哀れんでいるだけなのかもしれない。
金持ちが道端の乞食に硬貨を一、二枚与えるように。
だがプライドの高い彼女の事だ。そんな事を知ったら烈火のごとく怒り出すに違いない。
平民如きに同情されるなんて願い下げだ、という彼女の以前の言葉からもそれは明らかだ。
才人だって、誰かに“努力が実らないのが可哀想だから言う事を聞いてやる”、
なんて言われたらいい気分はしない。
そんな言葉は相手を自分より下だと見なしていないと出てこないからだ。
だが才人にルイズを見下しているという気持ちはない。
だから哀れみなどではないと思いたかった。
ともあれ、二人は才人の言葉に納得したようだ。

「まあ、君がただの奴隷根性であいつの言う事を聞いてるわけじゃないのは解った。
 それだけで私は十分だ」
「あのお嬢ちゃんが見ていて痛々しいってのは確かだからな。
 ま、本当にムカついた時は遠慮なくブチ切れるくらいの根性があるんなら構わん」
それでその話は終わった。
ちなみに、才人はもう一つの理由である「ルイズの下着姿が見れたり肌に触れるのが楽しいから」という事には触れなかった。
恥ずかしいのはいうまでもないし、そんな事を言ったらプッロがここぞとばかりに自分を冷やかす予感がしたからだ。
昼食が終わると、昨日と同じように二人はそこに残りウォレヌスだけがルイズの元へ戻った。

そして彼と入れ替わるようにして見覚えがある人間が厨房に入ってきた。
シエスタだった。両手には昼食に使われた物であろう汚れた皿が幾つも重ねてあり、それを器用に運んでいる。
そういえばあの子とは最初の日以来あっていないな、と才人が思っていたら彼女と目が合った。
数秒間、彼女はこちらを目つめ「あっ、サイトさん!怪我はっ!もう大丈夫なんですか!」と叫ぶと、血相を変えて才人達の元へ駆け寄った。
「あ、ああ、シエスタ。もうピンピンしてるよ」
少し驚いた才人がそう答えると、シエスタは目にうっすらと涙を浮かべながら言葉を紡いだ。

「良かった……あの時は本当に死んじゃうかと思いましたよ……
 その後は三日も意識が戻らなかったっていうし。
 回復したっていうのは昨日他の人から聞いたんですけど」
「今は見ての通りこいつにはなんの問題も無い。秘薬とやらのおかげでな」
プッロの言葉に彼女はホッをため息をつくと、すぐにキッと表情を引き締めて皿を机の上に置いた。
(もしかして彼女、怒ってるのか?)
才人がそう思った次の瞬間、シエスタはバンッと拳を机にたたきつけた。
食器や、置かれた皿が揺れる。そして彼女はあらん限りの声で叫んだ。
「ほんとう、馬鹿じゃないですか!?あんな風に貴族の方を侮辱するなんて……
 あの後無礼討ちされなかったのが不思議なくらいです!」
彼女は語気を荒げたまま続けた。
「命が惜しくないんですかあなた達は!?もう二度とあんな事はしないで下さいね!二度とです!」
予想外の彼女の激しい言葉に、才人はたじろいでしまい何も言えなかった。

「プッロさんもプッロさんですよ!あなたとウォレヌスさんもいたのになんで止めなかったんですか!?
 眠りの鐘があったから良かった物の、あのまま続いてたら三人とも殺されてましたよ!」
「殺されるなんて決まっちゃいねえよ。それに仕方ねえだろ、
 喧嘩を売られたんだから。あのまま逃げちゃ男がすたる」
プッロも彼女の剣幕に驚いたらしく、あまり強くは言い返さなかった。
「男も女も関係ありません!死んだらそれでお終いなんですよ?
 あんなのは勇気じゃなくて匹夫の勇って奴です!それに貴族との決闘から逃げたって誰も馬鹿にはしません!」
彼女はそこで一息つくと、顔をずいと二人に近づけた。
「ミスタ・グラモンにはもう近づかないで下さいね!お願いですから!
 もう二度とあんな心配はしたくないんです。約束してください!」
これは困った、と才人は思った。
ギーシュに近づくどころかもう一戦しようととしているのだから、当然こんな事は約束できない。
かといって嘘はつきたくない。どうすればいいのか解らず、才人はプッロの方を見やる。
才人の意図を汲んだのか、プッロは口を開いた。

「約束する、シエスタ。あのガキにはもう近づかん」
プッロの答えだけでは不足なのか、シエスタは才人をじっと見つめた。
そもそもあの決闘を起こしたのは才人なのだから当然と言えよう。
「サイトさんは?」
「あ、ああ。俺も約束する」
才人は気圧されるようにそう答えてしまった。
プッロがそう言ってしまった以上、自分にはもう選択肢がないのだ。
明白な嘘をついた事への罪悪感が身を襲ったが、もうどうしようもない。
シエスタは二人の言葉に安心したのか、「とにかく、良かったですよ、お二人ともご無事で。始祖に感謝したいくらいです」と言うとニッコリと微笑み、それが更に才人の罪悪感を刺激した。
その時、奥のほうからマルトーの大声が飛んできた。
「おいシエスタ!さっきから何やってんだ!さっさと皿をもってこい!」
「あっ!す、すみません!すぐに行きます!……あの、もう行かなきゃいけませんけど、また後でお会いしましょう、サイトさん。プッロさん」
彼女はそういうと、皿を取り上げて去っていった。

「思ったより気が強い娘だな」
プッロがポツリとつぶやいた。
「え、ええ。そうですね……でも良かったんですか?あんな嘘ついて」
「仕方ねえだろ。正直に言っても納得してくれるとは思えんしな。女には解らん事さ。それに言ったら言ったで彼女はまた心配する。だから知らない方がいい。」
プッロはあっさりと言ってのけたが、才人はそれだけでは納得できなかった。
「でも彼女、俺達の事を思ってああ言ったんですよ!それに嘘をついて……!」
才人が思わずそう叫ぶと、プッロは少し苛ついたように返した。
「じゃあどうしたいんだ、お前さんは!?
 彼女が止めろと言ったからあのガキをぶちのめすのは諦める、そういうつもりか?」
「違いますよ!でも嘘をつくのは好きじゃないんです」
これでギーシュと再戦に反対する人間は三人目だ。
そして自分達はその内の二人に嘘をついている。
これが自分にとって必要な事なのは理解していても、やはり嘘をつくのは気分が悪い。
「まあ気持ちは解るがな、なんでもかんでも正直に言えばいいって物じゃない。
 正直に話したからかえって酷い事態になる事もあるんだ。俺はそれを身をもって知っている。
 本当の事を言ったって彼女を心配させるだけだ。何の得にもならねえ」
プッロは要するに嘘も方便、と言いたいのだろう。
才人もそれ位は理解できるが、簡単には割り切れなかった。

「それに約束したとはいえ神には誓ってないんだ。少なくとも天罰が落ちる心配は無い」
「そんな問題ですかね……」
神に誓おうが誓わなかろうが、嘘は嘘だとしか才人には思えない。
だがプッロにとってはそれは重要な事らしい。
「ああ、そんな問題だ。ユピテルの石に誓った約束を破るなんざ俺には恐ろしくてとても無理だが、
これは人間同士の話でしかない。
 ま、嘘は嘘だからウェリタスが少しはお怒りになるかもしれんが嘘なんて誰だってついてるもんだ。大した事にはならねえだろう」
また宗教か、と才人は思った。
ウェリタスと言うのはおおかた真実の神か何かなのだろう。
なぜいい年をした大人がこんな御伽噺みたいな事を信じているのか才人にはどうしても解らない。
いまいち納得できなかったが、これ以上は話しても意味が無いと思って才人は何も言わなかった。

程なくして、二人は厨房を出て外へと向かう。
今日は鎧を着る必要が無いため、持っていくのはタオルと水桶だけだ。
「だがそれにしても中々いいとは思わないか?あの子」
途中でプッロがそんな事を言い出した。
「あの子?ルイズ……じゃないですよね」
「んなわけあるか。シエスタだよ、シエスタ」
「ああ、なるほど」
それには才人も完全に同意できた。
確かにあれだけ親切でいい子は滅多にいないだろう。
「ええ、そう思います。親切だし、気配りもきくし……」
「それだけじゃあない。顔に派手さはないが、そぼかすと相まって健康的な色気がある」
「へ?」
突然のプッロの言葉に、才人は固まった。

「そしてあの体だ。あの服からじゃ見えにくいが、脱いだらかなりの物だと俺は睨んでいる。乳は結構な大きさだし、あのちらりと見えた脚も艶めかしい。真っ白な肌も上等品だ。ありゃきっと吸い付くような感じだぜ。お前と同い年くらいだろうに、なかなかそそられる子だ」
プッロが何を言っているのかを理解して、才人は気まずくなった。
(なんでこの人はこんな事をズケズケと言うんだ?)
聞いているだけで顔が熱くなってしまう。
そしてとうとう、彼の口から決定的な発言が飛び出した。
「ああいう子とはぜひヤッてみたいもんだ。思ったより気は強いが、そういう女は俺の大好物だからな。今度口説いてみるか――」
「だっ、だっ、駄目ですよそんな事!!」
この場合の“ヤる”という言葉が何を意味するか才人は当然知っている。
才人は顔を赤らめたまま、思い切り否定した。
だがプッロは困惑の表情を浮かべただけだった。

「あぁん?なんでだよ?べつに手篭めにしようって言ってるわけじゃねえのに。単に口説くだけだ」
「とにかく駄目ったら駄目なんです!」
何が駄目なのかは才人にもよく解らなかったが、とにかくそんな不純異性交遊は止めさせなければならない。
そういう思いが頭を支配していた。
だがプッロは才人の意図を完全に勘違いしたようだ。
「なぁんだ、お前も彼女に目をつけてるのか?ガキの癖に油断ならない奴だな。そうだ!どっちが早く口説けるか競争しよう!いや、いっその事三人で……いや、さすがにそれは彼女が引くか――」
見当はずれな上にますます激しくなるプッロの言葉に才人はますます顔が赤くなった。
「とっ、とにかく早く外に行きましょう!時間を無駄にはできませんから!」
自分でもほとんどわけが解らないままそう言うと、プッロを無視して早歩きで外へ向かった。
彼はもう耳元まで真っ赤になっている。
昨日のキュルケへのコメントといい、プッロがかなりの好色家なのは明白なようだ。
おまけにそれを公言してはばからず、あけすけにそういう事を話す。
むしろそれを楽しんでいる節がある。
そういった事に殆ど免疫のない才人としては彼の言葉はかなり、というか凄く恥ずかしく聞こえた。
もちろん才人がそういう事に興味が無いわけではない。
彼も健康な17歳だ。口に出して言うか言わないかの話で才人もキュルケやシエスタには似たような感想を持っている。
だがそれを別の誰かが言うとこの上なく恥ずかしく聞こえる。
自分も同じ事を考えている、という事も関係あるのかもしれない。
そしてプッロはというと才人の奇行を変な物を見るような目つきで見ていた。

外に出ると、才人は昨日と同じように限界まで走り回り、同じように汗まみれでぶっ倒れ、同じように水をぶっ掛けられた。
筋肉痛のおかげでただでさえ辛い運動が更に酷くなり、体中が悲鳴を上げていた。
だが才人は激痛を感じながらも不思議な爽快感を感じはめた。
それはこれに“ギーシュを倒す為”というはっきりとした目的があるからだろう。
ただ体を酷使するのは当然だが苦痛でしかない。
だがそれに強い目的を加えれば快感にすらなるという事を、才人は悟った。
才人は気持ちよさ、苦痛と疲労を感じつつ、ぜえぜえと息を荒げながら地面に横たわっていた。
まだまだギーシュと戦うには程遠いが、確実に事は進んでいる。

訓練が終わり部屋に戻ると才人は昨日と同じように毛布の上に倒れこんで眠り始めた。
そして目が覚めると夕方になっていた。
目をこすりながら身を起こすと、部屋にはルイズもプッロもウォレヌスもいる事が解った。
ルイズは机に向かって勉強中だ。二人はと言うと、手入れの為なのか剣に油のような物を塗っていた。
才人が誰かに声をかけられる前に、唐突にドアがノックされた。
プッロとウォレヌスはドアの方を見やり、ルイズは椅子から立ち上がってドアの前に立った。
「誰なの?」
ルイズがそう問いかけると、女性の声が返ってきた。
「ミス・ロングビルです」
才人はその名前に聞き覚えがあったが、誰なのかが思い出せない。
ルイズがドアを開けると、ロングビルは中に入ってきた。
彼女の緑髪を見て才人はそれが誰なのかを思い出した。
確か学院長の秘書の筈だ。最初の日に会った記憶がある。
いったい何の用なんだろう、と才人が不思議がっているとロングビルはプッロとウォレヌスの前に立ち、口を開いた。
「ミスタ・ウォレヌス。ミスタ・プッロ。学院長が呼んでいます。私についてきて下さい」
「あの爺さんが?いったい俺達に何の用だ?」
プッロがそう聞いてもロングビルは事務的な口調で返すだけだった。
「知りません。私はただ呼ぶように言われただけですので」
二人は顔を見合わせると、剣を鞘に収めて立ち上がった。


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