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ゼロの黒魔道士-56


ピコン
ATE ~タバサと暁の勇者達~

『こうして 世界は救われたのでした』

長い、物語の終わりに、タバサは「ふぅ」と何とも言えない吐息を漏らした。
心地よい充足感が、身体を覆い尽くしていく。
最高の作品を読み終えた後というものは、いつも極上の風呂に頭まで沈みこんだときと同じような感覚になるものだ。
とりわけ今回は、その湯が己の身のさらに深い所まで浸み渡っている。

死んだ者は、蘇らない。

それは、いかなるマジックアイテムや、回復の魔法を用いたところで、変わらない。
勇者とて、その事実を覆すことは、できない。
物語は、悲痛なまでの悲劇で、それを描いていた。

彼女が読んでいた『イーヴァルディの勇者』は、主人公が死に行く様を仲間の悲痛な叫びで彩り、中巻を終えていた。
絶対的な悪を倒すことなく、はたから見れば、無駄死にとしか言いようの無いような状況。
かつて勇者であった老人は、無力なままに孫娘の目の前で、その命を無と帰したのだ。
もし下巻がこの場に無ければ、タバサの心に言いようもない悲しみが訪れていただろう。
それほどまでに、彼女は物語の世界に入り込んでいた。

だが、悲劇は永遠には続かない。続くわけには、いかないのだ。
大樹より産まれし悪しきメイジを、倒さねば物語は終えることができない。

例え、勇者が死のうとも。

勇者が死のうとも?

いや、違う。

勇者というものは、やはり死なないのだ。
下巻は、そう。生きている勇者達の話であったのだ。

『物語は、父から むすこへ。
 意志は、 祖父から 孫へ。

 いつまでも、 いつまでも 続いていくのです』

『イーヴァルディの勇者』の想いも、願いも、全ては彼の孫娘が背負った。
それは、決して重荷となることはなく、夜明けを導くような、暁の光だった。
その光に導かれるように、彼女とその仲間達は、悪しきメイジを時空の彼方にて葬ることに成功したのだ。

死んでも、残せる物は、必ずある。
例え死んだとしても、物語として紡がれ続け、その意志を継ぐ者がいる限り、勇者は死なない。

いなくなった人達の、優しい心が、強い志が、変わらぬ愛が、行間からあふれ出して体を包み込む。
そんな輝くような本を一度閉じ、タバサは自身の小さな胸を押さえつける。
小さな体の中に、どれほどだけの父の想いが生きているだろうか。
今の自分は、どれだけ父の願いを叶えることができたというのだろうか。

胸が、しくりと痛む。
復讐を求める、今の自分に、かつての父は笑ってくれるだろうか。
今の自分は、父の望んだような娘に育ったというのだろうか。
果たしてここにいる私は、父の意志を受け継いだと言えるのだろうか。

強く、優しく、王族に相応しい才気をもった父。
いくら望んでも、死んだ者は蘇らない。

もう戻らないあの日を思い、今の自分から目を背ける。
背けた先に、母の寝顔。
狂ってしまった母を助けたくて、自分まで捕まって。
どうしようもないほど愚かな己を、いくら叱咤しても始まらない。

美しく、賢く、貴族に相応しい慈愛をもった母。
唯一の家族となってしまった彼女を、守れないというのだろうか。

苦しい。
一人がこんなに苦しいなんて。
物語で得た充実感が、温もりと力への渇望で削られてゆく。
閉じ込められた雪風は、暖かさをこんなにも望んでいた。

床に置いた『イーヴァルディの勇者』のページが、
もぞりと動かしたタバサの手にコツンと当たり、
最後のページがパラリと開かれる。
『親愛なる友へ』と題された、編者のあとがきだ。


『――例え勇者でも 寂しい時、辛い時は訪れます。
 あなたも、そんなときがあるかもしれませんね。
 え? どうすればいいの、ですって?

 大丈夫ですよ。 きっと、あなたにも――』


部屋の外の嵐は、いつの間にか止んでいる。
何があったかは一切分からないが、それが終結を迎えたことだけは判断もつく。
抱えていた毛布をぎゅっと抱きしめなおし、ドアをそっと見る。
内側からは決して開くことの無い、特殊な鍵で閉じられた鈍重な鋼の扉。


『素敵な 仲間が いるはずですよ?』

仲間――
自分には、いるのだろうか。
イーヴァルディの勇者や、その孫娘のように、共に歩んでくれる仲間が。
窓の外は仄かに明るく。
地平線の向こうは、暁の空が燃えてきているというのに、タバサの心は未だ宵闇の中にあった。



ゼロの黒魔道士
~第五十六幕~ 夜明けの晩に


互いに、もう動けない。
目がかすんで、息がかろうじて体の中を行き来しているという感じだ。

キュルケおねえちゃんも、ギーシュもそうだ。

ふりしぼった、力。
全てを、エルフにぶつけた。
そんな感じがした。

「シャイターン……これが世界を汚した悪魔の力か!」
それでも、エルフはこう叫んだんだ。
焼けつくような痛みも、大きな切り傷もものともせず、叫んだんだ。
悪魔の、力?
それが、ボクのガンダールブの力や、ルイズおねえちゃんの虚無の力を指すのか、
それとも他の誰かの魔法を指すのかはさっぱり分からなかった。
でも、世界を汚すって、何か穏やかじゃない感じがしたんだ。

「悪魔の末裔よ!警告する!決して『シャイターンの門』へ近づくな!そのときこそ、我らはお前達を打ち滅ぼすだろう!」
エルフの指輪が、きらりと閃いたような感じがした。
ただのアクセサリーじゃない。
そう思ったときには、もう遅かったんだ。

地鳴りにも似た、風を切り裂くような音。
ガレキの粒も、ボロボロになった本も、全てを塵や埃になって、視界がふさがれてしまう。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
体ごと、部屋の真ん中に引きずられるようだった。
目も開けてられないけど、足を踏ん張って、その場にとどまろうとする。
ボクは、帽子をぎゅっと握りしめているぐらいしか、できることは無かったんだ。
それが、一瞬だったのかもしれないけど、永遠にも近い長さに感じられて……
始まった時と同じように、急に終わったんだ。

「な、ななんなになになん何事だったのよ!?」
モンモランシーおねえちゃんの、綺麗にくるくる巻かれていた髪がボロボロになって、あちこちに紙や石の屑が絡まっている。
「わ、分からない…… 風、かな……」
ギーシュは、キョロキョロあたりを見渡すばかりだ。
「……エルフの姿は無いけど、最初みたいに隠れてやしないでしょうね?」
ルイズおねえちゃんは、『始祖の祈祷書』をぎゅっと握りしめて杖を構えている。
「んー、どうやら、逃げたみたいよ?尻尾巻いて」
そんな中、キュルケおねえちゃんがあっけらかんとした声が響いたんだ。

「キュルケ、どうしてあんたに分かるのよー!」
「あら、ルイズ。 じゃぁこの穴、他に説明は?」
「あ」
キュルケおねえちゃんが指差した先、そこにはぽっかりと大きな穴ができていた。
ちょうど、大柄な人が一人、すんなりと通れそうな穴が。
丁度、穴から外の風がほんのり入ってくる。
さっきまでの嵐が嘘みたいな、乾いているけどふんわりとした風。
紫色の夜空のカーテンの中、朝日がちらりと尖塔の影から顔を出して見える。
「ははぁーん。 するってぇとさっきのはエルフの『風石』ってなとこか」
「風石?」
「まぁ、アレよ。風の魔法っつーか精霊の力?そいつをギュッと固めて作ったようなもんだわな。
 エルフの地元にゃこいつがわんさかあるらしいぜ?
 普通はフネの燃料とかにすんだけどよー、脱出用に使うたぁ、結構贅沢なことしやがんなぁ」
デルフは、こういう知識がすごくあるなぁってときどき感心する。
……もっと早く言ってほしいなぁって思うのは、それよりもずっと多いんだけどね。

「って、いうことは……か、勝ったのか!?勝った!?勝ったんだ!?うぉお!僕は勝ったんだ!」
ギーシュが、すごくうれしそうだ。
よく、元気があるなぁって思ってしまう。
「エルフに!エルフに勝ったんだ!僕はやったん  だぁっ!?い、痛いよモンモランシー!?」
ギーシュ、あんまり騒いだから、モンモランシーおねえちゃんに頭をはたかれちゃった。
うーん、確かに、ちょっと騒ぎすぎ、かな?
「あのねぇ、まだ終わったわけじゃないでしょ!」
「そうね。 早く行きましょう」
「タバサを助けなきゃね!」
お姉ちゃん達は、3人ともしっかりしている。そのことに、少し安心した。
……まぁ、ギーシュがしっかりしてないだけ、なのかもしれないなぁとちょっとだけ思っちゃうんだけど、ね。
本当に、ちょっとだけ。うん、ちょっとだけ……

 ・
 ・
 ・

「や、やっとついたぁぁ……」
エルフが砕いた穴から見えた尖塔、そこが、タバサおねえちゃんが閉じ込められているところ、らしい。
ぐるぐるとした階段を何段も何段も上がっていくうちに、目が回っちゃいそうになる。
……あまり、窓からの景色は見たくない。
ちょっとだけ、怖いから。

「結構登ったなぁ」
ギーシュは、『魔導アーマー』の原理で足だけ強化して、少しだけ楽をしている。
ちょぴり、うらやましい。

「こんなことならシルフィード連れてくれば良かったわね。 バビュッと飛んで来れたのに」
うなずきたくなる。キュルケおねえちゃんの言うとおり、シルフィードがいれば、ここまで一瞬だったんだろうなぁ。
……あ、でも怖いから、歩いて登ってる今の方がいいかなぁ?

「ギーシュぅぅ……ここじゃなかったら怒るわよ?」
モンモランシーおねえちゃんが、ぎろりとギーシュをにらみつける。
ここじゃなかったら……もう一回降りるのかぁ。
ちょっとだけ、嫌だなって思ってしまう。それだけ、疲れていたんだ。

「ま、間違い無いよ!警備状況と、警備兵のしゃべっていた内容から推理するに、
 まず確実に……いや多分、きっと、そうだったらいいなぁ、なんて――」
「……ギーシュ、自信無いの?」
慌てて最後の方を濁すギーシュに、呆れてしまう。
……調べるなら、確実にしてほしいなぁ。
「おいおい、しっかりしてくれや」
「し、仕方ないだろう!潜入調査なんて初体験で!」
でも、仕方ないかもしれない。
ギーシュ、がんばったんだもんね?
兵士のフリをして事前に潜入して調査してたんだもん。
……でも、お願いだからここで合ってて欲しいなぁ……

「どうやら、正解みたいよ」
キュルケおねえちゃんが指差す先、それは、螺旋階段の一番上。
最初は、行き止まりだと思ったんだ。
でも、行き止まりなわけはないんだ。
行き止まりしか無いんなら、こんな風に階段なんて、あるわけないもんね。
真っ黒でつやつやした、周りの石壁とは全然異質の物。
「……おっきな、扉だなぁ……」
それは、ボクの知っているドアや扉とは全然違う形だったけど、それが扉だって、理解するのに無理は無かったんだ。
でも、スルスルの真っ平らで、ドアノブも無い。
カラスの濡れた羽みたいな色の扉には……
「しかも、何、この模様みたいなの?」
うっすらと光る、文字のような、絵のような変わった物が描かれてたんだ。
なんだろう。何となく、植物の絵のようにも見える。
くるくるっと渦巻いて、枝分かれしていって、それが上や下に伸びていっている。

「エルフの魔法的なもんじゃね?」
デルフの意見は、勘かもしれないけれど、多分、当たっている。
当たっていると思うのも、勘なんだけど、ね。
「簡単には開いてくれないってことかしら……」
キュルケおねえちゃんが眉を寄せて考え込む。
魔法による結界だとしたら、開くのは結構難しい。
例えば、本人やその一族しか開けられない、とか。
エルフしか開けられないっていうんだったら、厄介だなぁって思うんだ。

どうしたらいいんだろう、って考えていると、ルイズおねえちゃんが他の人を押しのけて、一歩前へ進み出たんだ。
「ルイズおねえちゃん……?」
「私にむぁっかせなさいっ! ハイ、全員一歩お下がりくださーい!」
何か、自信満々だ。何か、頼もしい。
「な、何よ、何しようってのよ」
「あー、ルイズ?もしかして、そういうことかい?」
モンモランシーおねえちゃんは、そんなルイズおねえちゃんに首をかしげていたけど、
何か納得したらしいギーシュにひっぱられて、一歩後ろへ下がったんだ。

「手っ取り早いわねぇ。その方が……って、ちょっと待ちなさいよ。ルイズ、あんたのノーコン失敗魔法で!?」
ルイズおねえちゃんの、失敗『爆発』魔法。
どんなに分厚い宝物庫の壁だって穴を開けてしまうあの魔法なら、確かにこの扉も消し飛んでしまうかもしれない。
でも、キュルケおねえちゃんの心配どおり、あの『爆発』魔法って、どこにどう爆発するか分からないんじゃないっけ……?
「だーいじょうぶよ!絶対に、外さないわ!」
それでも、ルイズおねえちゃんは胸を張る。
しっかりと扉を見定めてから、深呼吸をして、腕まくり。
何が始まるんだろうって、ちょっとワクワクしてしまう。

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……」
それは、柔らかい歌声だったんだ。
あんまりにも、綺麗なメロディーだったから、
呪文って気づくのに少し時間がかかっちゃったんだ。
それぐらい、聞き入ってしまいそうだった。

「あれ、この歌……?」
「歌じゃなくて、呪文じゃない?でも、なんか聞いたことがあるような……」
ギーシュも、モンモランシーおねえちゃんも、聞いたことがあったみたい。
……そうだ、これは、タルブ戦のときと、全く同じメロディーなんだ……
「――『エクスプロージョン!』」

真っ白な、光。
それは、タルブで見たような空を丸ごと飲み込むような大きな物なんかじゃなくて、
扉をすっぽり包み込むだけの、ほどほどの大きさ。
それが、ふんわりと膨れ上がって……包みこんだ物を溶かすように、弾けて消えた。
「よし!」
ルイズおねえちゃんが、もう一回胸を張る。
ルイズおねえちゃん、自分の魔法をコントロールできるようになったんだなぁって、見てるボクまで嬉しくなる。
それも、こんなに綺麗な魔法を。


光が消え去った後に、人の姿がうっすら見えた。
その人影は、少しだけ驚くように立ち上がって、こっちを見ている。
「タバサおねえちゃん!!」
それが誰かは、すぐに分かったんだ。

「……来て、くれたの?」
タバサおねえちゃんらしくない、何か、壊れそうな、そんな涙顔だった。
シルフィードや、キュルケおねえちゃんが話してくれた、タバサおねえちゃんの過去を思い出してしまう。
それは、酷いどころのの話じゃない。
むしろ、今までこんな顔を見せなかったことが不思議なぐらいなんだ。
それだけ、無理をしてたんだなって思うと、何かやるせない気持ちになる。

「タバサぁぁあ!タバサ、タバサっ、タバサぁあああ!!良かった!本当に良かった!!」
「……ん」
そんなタバサおねえちゃんを、キュルケおねえちゃんが飛びつくようにして抱きしめた。
タバサおねえちゃんは、ほんのちょっぴりだけ迷惑そうに、それでも、優しくそれを受け止めた。
……いつもと同じような、固く結んだ口なのに、何となく、笑顔に見えたんだ。

「モンモランシー、タバサ君とお母上の体を」
「分かってるわよ!それぐらいはやらせてもらうわよ!……あんまり、役に立てなかったしね」
その間に、ギーシュとモンモランシーおねえちゃんは、
タバサおねえちゃんのさらに後ろで寝ている女の人……タバサおねえちゃんのお母さん、かな?
その人の体の具合を見るために、キビキビと動いている。
でも、ここから見る分には、何の問題も無さそうだ。
すやすやと、よく眠っている。

「一件、落着だわなぁ!だっはっはっはっ!俺様大活躍!」
「……うん!」
デルフの大笑いが、嬉しく思える。
あぁ、みんな無事なんだなぁって。
本当に、良かった……

「あぁぁぁぁぁああああ!?!?」
「わぁっ!?」
「お、おぉととととっ!?」
そう思っていたら、ルイズおねえちゃんの真横で急に叫ぶものだから、驚いて尻もちをついてしまったんだ。

「ちょっと、ルイズ……感動しているところに水差さないでよ……」
キュルケおねえちゃんが、文句を言う。
「……苦しい」
タバサおねえちゃんは、そんなキュルケおねえちゃんにほとんど埋もれているって感じだった。
ボクもやられたことがあるから分かるけど、ちょっと苦しいんだよね、あれ……
キュルケおねえちゃんの香水の匂いに埋まって息ができなくなって……
「え、あ、ゴメンなさいね!ついつい力が入っちゃって……」

そんなことはともかく、今の叫び声はただごとじゃない。
「ど、どうしたの、ルイズおねえちゃん?」
ルイズおねえちゃんの顔が、大理石のような灰青色に変わっていく。
「ゆ、指輪が――『水のルビー』が……無いっ!?」
「え!?」
ルイズおねえちゃんが震える手で見せた左手の甲。
その薬指の指輪には、おさまるべき宝石を失った、台座だけの指輪があったんだ。
……お姫さまから預かった、大事な『水のルビー』だけが消えた指輪が……

「……どうやら、タダで逃げてったわけじゃぁ無さそうだなぁ、あのエルフ」
デルフの嫌な勘は大体当たる。
……当たって欲しく無いって思うのは、何度目なんだろう?




ピコン
ATE ~いついつ出やる~

「きゅい~……待つ身は辛いのね……」
アーハンブラ城の外、その少女はブラブラと待っていた。
まだかまだかと、いついつ出てくるのかと、充血した目で待っていた。
「お姉さま、無事なのかしら……」
ハルケギニアで最強クラスに属する韻竜の子、シルフィード。
だが、現在のお仕事は『外で逃走に備え待機』である。
仕方なく、人間の少女の姿に化けて砂っぽい通りに座り込んでいた。
しかし、人間の服の何と窮屈なことか!
よくもまぁ、お姉さまも、みんなも耐えられるものである。
いっそ、みんな裸になってしまえばいいのに、とシルフィードはそう思った。

そんなこんなで、行き先の無い怒りと力が、うずうずと蠢いている。
つまるところ、『退屈』、の一言につきるのだが。

「みんな無事だと良いのだけど……お前もそう思うのね?きゅい?」
朝になり巣へ帰ろうとしているのか、足元をチョロチョロしている砂ネズミに話しかけてみる。
人間様にはあんまり好かれてないらしい砂ネズミだが、
こうしてみるとコロコロと丸っこく、つぶらな瞳に薄茶色の毛皮でなかなかに……
「おいしそ……じゃない、可愛いわね、お前。食べちゃいたいくらい。きゅい」

そういえば、一睡もせずに朝が来てしまっているということに気づかされる。
ゴハンも食べずに、朝までずっとその場で待機。
これはもう、大食漢で早寝早起きを身上とするシルフィードにとってはあり得ない異常事態である。
どのくらい異常事態かというと、お姉さまが大爆笑をして腹筋をつってしまうぐらいの異常事態だ。
つまり、そんなことあり得ない。
しかし、あり得ないことが現在進行形で起きている。
それもこれも、お姉さまへの愛がなせるワザかと、幼い頭でしみじみと考えてしまう。

「……お前は、どう思うね? きゅい」
しみじみしたついでに、何となく、他者にいつも以上に優しくなってしまうのは人と竜も同じなのであろうか、
ついついしゃべることもできないはずの砂ネズミとですら会話をしたくなってしまう。
そうやって砂ネズミにそっと手を伸ばしたところ……
「きゅ、きゅいいいぃぃぃい!?か、かまれたのねっ!?ガブリといかれたのね!?」
ガブリと、鋭い一撃。
伊達や酔狂で環境の厳しい乾燥地帯で生活しているげっ歯類では無い。
身の危険を感じたら、いつでも鋭い牙を抜く覚悟はできている。

そんなことを知る由も無い竜の子はというと……
「きゅいいいい!!せ、せっかくお友達になっても良いと思ったのに!も、もう勘弁ならないのね!
 ちっちゃいのは正義じゃないのねっ!食ってやる!お腹の足しにもならないけどパクリといっちゃうのねぇぇええ!!」
徹夜明けのテンションなのか、お姉さまを助けに行けないストレスなのか、はたまた空腹なだけなのか。
ともかく、その日の早朝、アーハンブラ城の近くでは、砂ネズミを親の仇のように追う青髪の妙齢の美女の姿が見られたそうな。



ピコン
ATE ~籠の中の鳥は~

その晩、彼女は手紙を手に入れた。
それは、ごくごく微細な偶然の積み重ねが彼女と手紙をつないだかのようであった。
いや、神はサイコロを狙って投げるとする運命論者に言わせれば、これも、必然であるのだろう。
水滴がいくつもの道のりを経てもやがて大河となり湖や海に辿りつくことと等しく、あらゆる運命はやがて結びつくものだ。

その必然を起した事由を、いくつかご紹介させていただこう。

第一に、その夜は少々蒸し暑かったこと。
夏でも肌触りの良い夜風が吹くトリスタニアではやや珍しい天候だ。
そのため、その窓は大きく開け放たれていた。
これについては全く持って偶然であろう。
此処に意志が介在するとすれば、それこそ神の御業とでも言えるものだ。


第二に、悪徳徴税官チュレンヌの取り調べが遅々として進まなかったこと。
チュレンヌ自体は、小金を溜めこんで威張るだけの小物であったが、
その背後には国の中枢部に携わる大物が存在すると目されていた。
そうした事情から、銃士隊隊長であるアニエスは、チュレンヌの尋問に全精力を注力していた。
(最も、アニエスの熱心ぶりは尋問から得られる成果以上に、
 チュレンヌ捕縛に至る経緯で受けた辱めの腹いせに起因する、という可能性が高い)
アニエスが不在により、城の警備はやや緩くなっていた。
この尋問はいずれ起こるはずであった運命である。
それがこの夜に起こったことこそ、あるいは神の為す悪戯なのであるやもしれない。


第三、これが最も偶然に近く、また必然とも言えるのだが、ラ・ロシェールの幽霊騒ぎである。

『ラ・ロシェールにおいて、若くして死したアルビオン皇太子、ウェールズ・テューダーの幽霊が彷徨っている』
よくある幽霊話の話だと、一笑のもと切り捨てることも可能だ。
古来より、戦乱の直後の幽霊話は風物詩であると言われ、死んだはずの夫や息子が何人も蘇り、そのあたりをうろついたものだ。
大体にして、その多くは見間違いであると言える。
本当に死んだのだろうかという疑問。あるいは、生きていて欲しかったという願望。
人々の儚く脆い心が、彼ら自身に残酷な幻影を見せるのだ。

だが、今回は少しばかり勝手が違う。
そのように、何故か彼女は感じていた。

彼女の名前は、アンリエッタ。今やこのトリステインの女王となられた御身である。
『鳥の骨に閉じ込められた、哀れで可憐な籠の鳥』と市井で歌われるように、
昔ほど自由に羽を動かせるような状況では無くなっていた。
ゲルマニアとの婚姻を断りつつ、諸国の協力をとりつけての国家運営は予想以上に激務であった。
財政、農業、工業、商業、物流、軍事、教育、医療、学術、文化……
やるべき仕事も、顔を出さねばならぬ場所も夜空を彩る星の数ほどもあった。
それでも、彼女はそうした現状に満足していた。
彼女は、決意したのだ。
自身の恋人の訃報を聞き、泣きに泣いた、その直後のことである。
彼女は、生きて、自分の国を守る、と。
彼女の恋人に恥じぬ戦いを、彼女なりの戦いをする、と。

とは言うものの、である。
片手には、年代物のタルブ名産『黒猫印』のワインが入ったグラス。
そして反対側の手には、一片の報告書の束。
内容は、ラ・ロシェールの幽霊話の詳細。
この風聞を耳にしたのは、何度目かのラ・ロシェール町長との戦災補償会談の折である。
女王自ら出向かなくとも呼びつければ用は足りるはずであったが、彼女はそうしなかった。
城の外の空気を吸いたかったという欲求と、
少しでも、かつての恋人がかつていた場所へ近づきたかったという仄かな願望が組み合わさったためだ。
その道中、耳にした幽霊騒ぎ。風に乗って聞こえた、懐かしき人の名前。
その場では気にもしない素振りこそはしていたが、鼓動だけは早鐘のように鳴り響いていた。
トリステインに帰るや否や、即座に秘密裏に調査依頼を出した。
情報屋を生業とする者に、わずかながらのへそくりを渡してである。
求める情報がはっきりと決まっていて、いくらか緊急を要する場合には、
金銭による契約を交わした方が安心して情報が手に入るということを、
アニエスから聞いて知っていたのだ。
その際、あくまでも市井にはびこる噂を聞きたいという風を装った。

その結果が、今手にしている報告書である。
それを今一度熟読しながら、反対の手に持ったワインを一気にあおった。
最近酒量がやや増えたように思う。
激務の反動か、あるいはこの報告書の衝撃かは分からない。
『美しい金髪の美しい男性が、昼夜問わず目撃されている。目撃した絵描き志望者のペン画を添付する』
一枚目は、そのような内容が簡潔に。
二枚目からしばらくは、具体的な目撃情報のリストである。
木々の後ろを通り過ぎたといういかにもな証言から、酒場で一緒に酒を飲んだとする眉つばな話まで、
雑多な情報が何枚も連なっていた。
それらの1つ1つに目を通し、そしておもむろに、最後の報告書を再び開ける。
ペンで描いた、下書き同然のイラスト。
だが、そこに描かれた横顔は、どんなに崩して描いたところで、もとの美しさを失うことは無かった。
柔和で、知的で、気品のある横顔。
アンリエッタが最初で最後の恋をした横顔が、そこに描かれていた。

「会いたい」

そう小さくつぶやきながら、アンリエッタは自らワインをグラスに注ぎ入れ、作法などかなぐり捨て、またあおった。
誓ったはずであるのに、
諦めたはずであるのに、
もう忘れたはずであるのに、
こんなにも、愛おしい。
涙が、自然とあふれた。
寝具の上に、水玉の模様が描かれていく。
死んだと思っていた恋人が、生きているかもしれない。
いや、幽霊でも良いとさえ思った。
それならば、それなのに、何故彼女に会いに来てくれないというのだろうか。
その悔しさに、彼女は涙した。
悔しさのあまり、落書きの横顔をにらみつける。
にらみつける内に、恨みよりも、愛おしさや寂しさが勝り、また涙する。
涙の分だけ喉が渇き、またワインをあおる。
月明かりが、彼女の泣き顔をなでる夜だった。

それを何度か繰り返していると、窓から射す月灯りに、さっと影がよぎった。
雲にしては早すぎるその動きに、やや酔いが回っていたアンリエッタが、ゆるゆるとその方向を見た。
それは立派な体格をしたカラスであった。
翼を広げれば、アンリエッタの両腕を広げるものの2倍近くはあろうかという堂々たる姿だ。
そんなカラスが、開いていた窓から部屋の中に入り込んでいた。
無礼者、としかりつけても良いのだが、人恋しくなっていた夜のこと。ましてや相手はカラスである。
泣き顔のまま、じっとカラスを見つめるに留まっていた。
理知的なカラスの瞳に、想い人の眼を重ねていると、ふとそいつの足元に目がいった。
それは、小さい布の切れ端のようなものだった。
黒羽のカラスに映えるような、深紅色の布。
何なのかと気になって、ゆるゆるとした動きでワイングラスと報告書をベッド脇に置き、その布をほどきにかかった。
なかなか堅く結ばれているのか、あるいは手先にまで酔いが回っているのかは分からないが、
ともかくかなりの時間を要して布をほどききる。その間もカラスは一鳴きすら立てず大人しい物だった。
ところが、布をほどき終わった途端、「カァー」と一声上げて、
用は済んだとばかりに、開け放たれた窓から再び月夜に吸い込まれていってしまった。

何だったのだろう、と首をかしげるアンリエッタの手には、真っ赤な布。
手にした物を裏へ表へと返し検分していると、酔いも覚めるような文言を発見してしまった。
慌ててキョロキョロと周りを見渡す。
女王の部屋には、もちろん彼女が1人だけだ。
その事実を確認すると、もう一度、その文言をじっくりとかみしめるように、1文字1文字追っていく。
それは短く、文法の本にでも載りそうなほど簡単な単語で構成されていた。

「風吹く夜に
    最初に出会ったあの場所で」

溢れるような真珠の雫が、トリステイン王女の双瞳からこぼれ落ちた。
あの人は、生きている。そう確信することに足りる文章だった。
筆跡も、もちろんそうだが、内容も彼しか書きようが無いものであった。
「風吹く夜に」、これは、彼女と彼だけにしか分からない、秘密の暗号。
言わば、逢瀬の合言葉のようなものだったのだ。

会いたいと願った夜に、会いたいと思っていた人から、会いたいと手紙が届いた。

その晩、彼女は手紙を手に入れた。
それは、偶然なのか、必然なのか。
だが、彼女は手紙を手に入れた。
それは、彼女に今までとは別種の決意をさせるのに充分であった。

窓が開いていた。
城の警備が緩かった。

彼女は、『フライ』の呪文を静かに唱え、窓の外へと飛び出した。
「風吹く夜に、最初に出会ったあの場所で」愛しき人に再び出会うために。


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