あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロと損種実験体-23


  朝。ラグドリアン湖のほとりで一夜を過ごした一行は、もそもそと起き上がる。
 これからもう一度、水の精霊と交渉をしなくてはならないモンモラシーは緊張でよく眠れなかったので眼をこすり。朝の弱いルイズやキュルケは、しかし野宿に慣れてないので二度寝をしようとは思わず、寝不足の頭を揺らしながらも起き上がり。慣れているらしいタバサは、しかし眼を開ければアプトムの顔が見えるという状況で寝るのは精神的疲労が激しく、よく眠れず、やはり憔悴した顔であり。ただ一人、アプトムだけが疲労の色の見えない顔で立ち上がる。
 もう一人、元気な顔をしたギーシュがいるが、こちらはすぐにアプトムの毛布に潜り込もうとするので縛り上げられて転がされているので起きることができない。

「ああ、これがきみの愛なんだねアプトム。でも放置プレイは、あんまり楽しくないよ」

 そんなことを言ってるギーシュを、汚物を見るような眼で見るタバサは、昨夜はこんなのにやられかけたのかと、密かに落ち込み自分もまだまだだなと反省する。


 そんなこんなで、起き出した彼らは朝食を済ませると、またモンモラシーが昨日と同じように使い魔のロビンを湖に放して、水の精霊を呼んだ。

「水の精霊よ。もうあなたを襲う者はいなくなったわ。約束どおり、あなたの一部をちょうだい」

 その言葉に答えてか、水の精霊である水の塊が震え、その一部がはじけてモンモラシーの持つ瓶に飛び込んだ。
 それこそが、水の精霊の涙である。
 それで用は済んだとばかりに湖に沈もうとした精霊に、慌てたモンモラシーが呼び止め話しかけると、水の精霊は沈むのを止め、昨日のようにモンモラシーの姿を写しとったカタチになり、なんだ? と問いかけてくる。

「どうして水位をあげてるの? できればやめてほしいのよ」

 できることがあれば力になるという言葉に、精霊はおそらくは悩んでいるのだろう。グネグネとモンモラシーを模した体を動かし、しばらくして答えてきた。

「お前たちに、任せてもよいものか、我は悩む。しかし、お前たちは我との約束を守った。ならば信用して話してもよいことと思う」

 そうして精霊が語ったのは、盗まれた秘宝を探しているとの答え。
 水の精霊には長く守り続けてきた秘宝があった。それが盗まれたのは、おおよそ二年前。それを取り返すことを決めた精霊は、水を増やし世界を沈める事にした。
 水は、この精霊にとって体の一部のようなもの。水が世界を覆えば秘宝は自分の手に戻る。そんなシンプル且つ迷惑な思考がそうさせたのだ。

「それなら、わたしたちがその秘宝を取り返してくれば、水を増やすのをやめてくれるのね?」

 横から、というかモンモラシーの後ろから口を出したキュルケに、精霊は頷いたつもりなのだろう体を震わせる。

「それで、その秘宝ってなんなの?」
「アンドバリの指輪。我と共に、時を過ごした指輪」
「なんか聞いたことがあるわ。たしか、水系統のマジックアイテムで偽りの生命を死者に与えるという……」

 モンモラシーの呟きに、その通りと精霊が続ける。




「誰が作ったものかはわからぬが、お前たち単なるものがこの地にやってくる前から存在した、旧き水の力」
「誰が盗っていったのか、手がかりはあるか?」

 アプトムの問いに、精霊は答える。曰く、その者たちには風の力を行使する者がいたと、その中の一人がクロムウェルと呼ばれていたと。

「アルビオンの新皇帝の名前じゃない」

 呟いたキュルケに、他の皆が注目するが、言った本人はただの同じ名前ってだけの別人かもしないけどね。と付け加える。

「それで、偽りの生命を与えられた者は普通の人間と違うところがあるのか?」

 あるのなら、それが手がかりになるかもしれないと問うアプトムに、蘇った者は何者であれ指輪を使った者に従うことしかできなくなると答えが返ってきた。

「嫌なマジックアイテムね」

 呟いたのはキュルケ。死後のこととはいえ、心を縛られ他人の命ずるままに動く操り人形にされるなど、奔放なツェルプトーである彼女には受け入れられない話である。

「わかったわ。その指輪はわたしたちが取り返してくる。だから、水を増やすのを止めてちょうだい」

 放って置けば精霊が世界を沈めるつもりだと聞いては、どの道やらないわけにはいかない約束である。それにとルイズは思う。
 死者に偽りの命を与え、思いのままに操るなどという人の尊厳を踏みにじるマジックアイテムは人の手にあるべきではないのだ。
 その想いが通じたのか、精霊はルイズの言葉を受け入れ水を増やすことを止めると約束する。
 そうして、今度こそ水の精霊が湖に沈んでいこうとしたとき、タバサが精霊を呼び止めた。

「水の精霊。あなたに一つ聞きたい。あなたはわたしたちの間で、『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」
「単なる者よ。我とお前たちでは存在の根底が違う。ゆえにお前たちの考えは我には深く理解できぬ。しかし察するに、我の存在自体がそう呼ばれる理由と思う。我に決まったかたちはない。しかし、我は変わらぬ。お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの水と共にあった。変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」

 その答えに何を思ったのかは、本人にしか分からない。だけど、タバサは頷くと眼を閉じて両手を合わせた。
 それは、静謐にして神聖さを感じさせる姿で、ルイズも同じく眼を閉じて誓いを立てることを決める。
 そうして、キュルケも、モンモラシーも、ギーシュも二人に倣う。
 アプトムだけが、黙って立っていたがそれに文句を言うつもりはない。
 ルイズは誓う。必ず立派なメイジになってアプトムを元いた世界に帰すと自分自身に約束する。
 他の三人が何を誓っているのかなど彼女は知らない。知ろうとも思わない。
 ただ、ギーシュが何を誓っているかだけは分かる。
 何故なら、「ぼくは一生アプトムを愛し続けることを誓うよ!」などと叫んでいるから。

 とりあえず、モンモラシーと二人で「誓うな!」と殴っておいた。







 アンリエッタは夢を見る。
 それは幸せな過去の夢。愛した男性と初めて出会った日の夢。愛を語り合い誓い合った日々の夢。
 見ても虚しいだけの、ただの夢だ。
 だけど、それくらいは許されていいではないか。ただ一つの恋を失い、王などという重責を背負わされた自分には、もはやそれくらいしか縋れるものがない。それすら取り上げられたなら、もはや立ち上がる力すら残らない。
 そうして、ふとアンリエッタは思う。
 彼女は、かつてウェールズとの密会で、二人の永遠の愛を水の精霊に誓約をすることを求めたことがある。だけど彼は、はっきりとは愛を誓ってくれなかった。
 彼に送り、後にルイズに回収してもらった恋文の中で始祖ブリミルの名の元に愛を誓ったりもしたが、それも彼女の一方的なものである。
 ウェールズは、本当は自分を愛してくれていなかったのではないだろうか?
 それは考えることに意味のない疑問である。だけど、心弱い今の彼女は、そんな埒のないことで自分の心を追い詰めてしまっていた。
 あるいは、彼女にも悩みを話せるような心許せる誰かが傍にいてくれたなら、もうすこし健全なことを考えられたのかもしれない。
 だけど、そんな人間はいない。彼女が心許せるのは、おともだちのルイズただ一人で、その友人は気軽に呼び出していい相手ではない。彼女には多大な迷惑をかけてしまっているし、自分より彼女の抱えるその秘密の方が、他の者に知れてはいけないのだから。
 そんなことを考えていた時であった。部屋の扉がノックされたのは。

「ラ・ポルト? それとも枢機卿かしら? こんな夜中にどうしたの?」

 物憂げに問い、ガウンを羽織るとベッドから降りて扉へ向かう。
 だけど返事はなくて、だから彼女は扉の前まで来ても、それを開けようとはしない。

「誰? 名乗りなさい。夜更けに女王の部屋を訪ねるものが、名乗らないという法はありませんよ。さあ、おっしゃいな。さもなければ人を呼びますよ」
「ウェールズ殿下に仕える者です」

 誰何の言葉に答えたのは、若い男の声。聞き覚えのない男性の声は、その言葉だけで彼女の心を縛る。

「それは、どういう意味なのでしょう……?」

 震える声で問いかけた言葉に、扉の向こうから聞こえる声は告げる。ウェールズは生きていると。そして、アンリエッタに会いたがっていると。本人が来なかったのは、ワルド子爵――彼女自身が送った裏切り者に負わされた傷のせいだと。
 男の言葉を信じるに値する根拠はない。だけど、本当だったなら、裏切り者を送り出してしまった自分は、罪を償う機会を与えられたということ。そこに縋りたいと思う自分を彼女は自覚する。
 だが、彼女が唯一信頼する友人は、はっきりとウェールズは死んだと言った。それを信じるなら、男の言葉は偽りでしかない。
 どうすればいい? どうすることが正しい? 自分はどうしたい?
 そんなふうに自問する彼女は気づかない。扉の向こうの男の狙いは、その自問であると。彼女の他への注意力を逸らすことであったのだと。
 頭の中がぼやける。体の力が抜ける。そして、膝から崩れ落ちようとする彼女の体を支える誰かの両手。
 窓は、いつの間にか開け放たれ。彼女の部屋には、ローブを纏った数人の男たち。アンリエッタの意識を逸らし、その隙を狙い入り込み彼女に眠りの魔法をかけた者たち。誰が知るだろう。それが、クロムウェルの送った死人たちであるなどと。



 女王、誘拐の報は、すぐに衛士たちの間に伝えられた。
 王宮から、誰にも知られずに女王を浚うなど、元々不可能なことである。
 だけど、失敗とも言えない。目的を果たし素早く逃げ出した誘拐犯たちに追いつけたのは、魔法衛士隊の中でも、もっとも足の速い幻獣を騎馬とするヒポグリフ隊のみ。そして、彼らは、街道に屍を晒すことになる。


 彼らとて弱いわけではない。だが、誘拐犯たちの手にアンリエッタがいる以上、女王を巻き込むような魔法は使えない。そして、死人は死なないのだ。
 衛士隊の火の玉が爆裂し誘拐犯の女王を連れていない者を馬ごと吹き飛ばす。風の刃が他の者の首を切り裂き、氷の槍が更に別の者の胸を刺し貫いた。女王を連れた敵の馬に稲妻をぶつけもした。誘拐犯たちは、まるで避けるということを知らないのかのように簡単に攻撃を受けていき十騎いた彼らは、次々と倒れていった。
 それで、衛士たちは勝利したと油断した。
 それは、大きな間違いであり、致命的な油断。切られたはずの者は、それがなかったかのように、杖を振るった。刺されたはずの者は、突き立てられた氷の槍をそのままに呪文を唱えた。
 油断をつかれた衛士たちは、緊張を取り戻すより前に恐怖する。さしもの彼らも、殺しても死なない者を恐れぬ胆力はない。
 そして、死ぬ者と死なぬ者。二つの戦いには決まりきった結果しかなかった。


 魔法衛士隊を全滅させた彼らは、何事もなかったように、今だ眼を覚まさないアンリエッタに改めて手を伸ばし、その右腕を風の刃に切り飛ばされる。

「なんのつもりだ? ワルド子爵」

 そう言って向けた視線の先には三つの人影。ワルド、フーケ、包帯の男である。

「なに、アンリエッタを閣下の元に連れて行く役目。この僕が勤めてあげようと思ってね」

 不敵に笑うワルドに、死人たちは納得すると共に理解する。
 そして、思う。愚かなことをと。
 死人たちには、手柄がどうとかいう発想がない。
 当然だ。彼らには、欲望も信念もない。あるのは、命令を忠実に果たさなくてはならないという道具らしい衝動のみ。
 だが、生前の知識はあるし、生きた人間がどう思考するかを理解する知性がある。
 だから、分かる。ワルドが、アンリエッタの誘拐を自分の手柄にしたがっていることを。そして、そのために自分たちの口を塞ぎたがっていることも。
 彼らは死人。すでに命がなく、ない命を守ろうという感情もない。だから、ここで処分されるとしても、そのことに不満はないし下手人に対する恨みも生まれない。
 だけど、道具である彼らには役目がある。その役目を果たさずに消えることは許されない。

 杖を抜いたのは同時。だが、それを振るい魔法を発動させたのはワルドの方が先。閃光の二つ名は伊達ではない。万全に程遠い体調でも、早々遅れは取らない。
 稲妻が走り、死人の一体を貫く。もちろん、そこで動きを止めたりはしない。魔法を放った直後ワルドは移動し、それまで立っていた位置に竜巻が生じる。一騎打ちではないのだ。一体を倒したくらいで油断はしない。
 両者の実力には大きな隔たりがあったのだろう。ワルドの魔法は全てが死人に直撃し、死人たちの魔法はワルドを捕らえられない。
 だが、そんな優位も、ほんのわずかな間のこと。お互いの数の差は実力差を埋めるには充分なものであったし、偽りの生命を与えられただけの死人たちは幾度ワルドの魔法を受けても倒れず数を減らさないのに対し、傷が完治していないワルドは動き続けているだけで消耗していくのだ。


「それで、あんたはどうするんだい?」

 ワルドと死人が戦闘を始めてすぐの、フーケからの問いかけに答えるように彼は剣を抜く。

「おっ、ついに俺を使ってくれるのか? 今度は、前みたいに途中で捨てないでくれよ!」


 インテリジェンスソードの軽口というか、切実な懇願にも聞こえるそれにも言葉を返すことなく、ここでは『ソムルム』と名乗っている男。
包帯の男、アプトムは、ワルドと死人が杖を交える戦場へと飛び込んでいく。
 彼にとって、ワルドの手柄がどうのというのは、それほど興味のある話ではなかったが、虚無の系統を使うと自称するクロムウェルとの繋がりが他にない以上、ここでワルドを見捨てるという選択はありえない。
 相手は殺しても死なないようだが、そんなことで恐れはしない。不死身の肉体という意味では、彼も似たようなものなのだから。

 そして、フーケはため息を吐く。
 彼女としては、アプトムにはワルドを見捨てて欲しかったのだ。さんざん煽っておいてなんだが、傷ついたワルドでは死人たちには絶対に勝てないだろうと彼女は判断していた。
 というか、ワルドにはここで死んで欲しいと願ってさえいた。そうすれば、レコン・キスタとも縁が切れて妹の所に帰れるのにと思っていたのだが、当ては外れた。
 こうなっては、自分も参加しないわけには行かない。死人と戦うなど冗談ではない話だが、ここで黙って見ていて後で文句を言われるのも困る。
 アプトムが介入した以上、ワルドに負けはない。このバケモノが、死なないだけの死人に倒されるようなら苦労はしないのだ。


 それは、閃光の二つ名を持つワルドよりも速く走り、死人を切る。彼が持つのは、切れ味など期待できぬ錆びた片刃剣。それを使い、力づくで敵の肉体を断絶する。
 不死身だからどうしたというのだ。死なぬのなら動けなくなるまで切り刻めばいいだけのこと。

 女が唱える呪文は、ゴーレムを作り出す魔法。生み出されたのは、三十メイルの巨大ゴーレム。それが拳を振るい死人を叩き潰す。

 死を恐れず痛みを感じぬ死人たちは、回避よりも攻撃を優先し、ゆえにこちらの攻撃を受けて傷ついていく。
 バラバラに切り刻まれた者、潰され全ての骨を砕かれた者、それらは死ぬことはなくとも動けなくなり、戦線から脱落していく。そのはずであった……。



「なんとかならないかい?」

 ゴーレムに自身を守らせ、なおかつアプトムの後ろに隠れながらフーケが問う。
 本人に、体術の心得がないわけではないが、相手はかつて百倍以上の兵力のレコン・キスタ兵を相手に、自分たちの十倍の死傷者を出させたアルビオン王党派の兵であった者たちである。更に今では死を忘れた存在になったとあっては、白兵戦などやりたくはない。
 それはさておき、困ったなと思う。ただ死なない者になったというだけなら、倒すこともアプトムの力を借りれば簡単とは言わないまでも不可能には遠いことのはずだったのだが、相手は死なないだけでなく傷を負ってもバラバラに解体されても、すぐに再生してしまう。
 それでも、数が少なければどうとでもなったのだろうが、相手は十人もの騎士である。倒し動けないほどに傷つけても、次の相手と戦っている間に再生されてしまう。
 彼ら三人は強い。が、だからと言って、死人たちも弱くはないのだ。一瞬で全員を倒してしまえるわけでもなく、再生の時間を与えてしまう。
 何とかしてくれよというのが、フーケの感想だがアプトムだって困っていないわけではないのだ。例えばここで獣化すれば労せずして死人たちを全て倒せるのだろうが、その後が問題である。単に死なない相手ならバラバラにした後埋めてしまえば済むのだろうが、この様子では埋めた後で再生して帰ってきかねない。
 それでは意味がないのだ。ワルドが手柄欲しさに死人たちを襲ったなどとクロムウェルに知られるわけにはいかないのだから。
 それ以前に、ワルドに獣化を見られるのも都合が悪い。
 では、どうすればいい? そう自問する。自分はともかく、フーケやワルドは長く戦いを続けていればいずれ疲労し動けなくなる。折り悪く雨まで降ってきたようだし、このままでは、それは遠い先のことではないだろう。
 そんな時、「あー」と緊張感のない声を上げる者があった。


「思い出した。あいつら、随分懐かしい魔法で動いてやがんなあ……」

 突然、何を言い出すのかと、チラリと自身が右手に握った剣を見るアプトムに、デルフリンガーはもっと注目してくれよと言わんばかりに大きな声を上げる。

「あいつらは、俺と同じ根っこの魔法で動いてんのさ。四大系統とは根本から違う『先住』の魔法さ」
「『先住』だと? 『虚無』ではないのか!?」

 思わず振り返り、叫び声を上げてしまうワルドに死人が襲い掛かるが、それはフーケが唱えた錬金により開けられた穴に足を取られ、バランスを崩したところを蹴り飛ばされる。

「こんなのが『虚無』のわけねーだろ。仮初めとはいえ命を与えるとか、心を操るとかは、どう考えたって『水』だろ? そこんとこは、『先住』も四大系統も違わねーぜ」
「馬鹿な! では、閣下は先住魔法の使い手だったと言うのか!?」
「いんや。どう考えても、マジックアイテムの力だろ? ほら、あのおっさん。なんか指輪してただろ? ずっと気になってたんだけど、ありゃあ水の先住魔法が込められたマジックアイテムだぜ」

 そういうことは、早く言え!

 そう思ったのはフーケであり、アプトムである。
 ワルドは、にわかには信じられないのだろうが、この期に及んで「証拠はあるのか」と往生際の悪いことを言ってくる。

「証拠ったってなあ。燃やしてみればわかるだろ。あいつら水で動いてるから火に弱いぜ」

 簡単に言うな。

 と思ったのはフーケとワルド。
 二人は土のメイジと風のメイジである。
 火の魔法が使えないというわけではないが、得意としてはいない。少なくとも、今戦っているレベルの敵を焼き殺せるような魔法は使えない。
 どうしろと? そう思ったフーケは、険しい顔で剣を睨んではいるが、自分達のように途方にくれたような顔はしていないアプトムに気づいた。いや、包帯でよく分からなかったけど、雰囲気でそんな気がした。

「ひょっとして、あんたなら何とかできるのかい?」

 できたら、ありがたいような嫌なような複雑な気持ちで聞いてみたら、できなくはないと答えが返ってきた。
 ええ、そうでしょうとも。あんたにできないことなんてないわよね。だったら、さっさとやっとくれ。
 ヤサグレた想いを込めて睨みつけてやるが、アプトムとしては、その手段を取っていいのか悩むところである。
 クロムウェルの『虚無』はペテンであったわけだが、だからと言って、彼が『虚無』に関する情報を持っていないという事にはならない。
 彼の持つ指輪が自分にとって役に立たないものであっても、手に入れる過程で自分の欲しい情報を得なかったとはかぎらない。
 もちろん、その可能性が低いことは理解している。だが、他に当てがあるわけではない。
 となれば、クロムウェルに繋がる糸であるワルドに不信感を持たれる行動は慎んだほうがいいのではないだろうか? ただでさえ色々と疑いの目で見られているのに。
 それが、アプトムの考えである。その結果、ワルドが命を落としたとしても、それは仕方がないことである。
 ワルドに不信感を持たれることと、ワルドが死ぬことは、どちらも彼を利用出来なくなるという意味でアプトムにとって同じことなのだから。


 そこに、フーケの安全への配慮はない。アプトムにとって、彼女はワルドと同じで自身の目的のために必要だというだけの存在であり、しかも不可欠というわけではない。安全を保障してもらおうと考える方が、間違いというものである。


 だめだ。このままじゃ、殺される。他の誰でもない。アプトムに殺される。今まで、自分の生命を脅かしているのはワルドだとばかり思ってたけど、それは勘違いだった。このバケモノは人の命なんとも思っちゃいない。
 そう考えるフーケは正しい。現在のところ、彼が打算なしに守る対象があるとすれば、それはルイズとシエスタくらいのものであろう。ルイズに対しては打算が大きいが。
 だから、アプトムに守ってもらいたければ、自分がアプトムに対して価値があることを証明しなければならない。
 こんなことなら、ワルドとアプトムが死人と戦闘を始めた時に逃げておけばよかったと後悔するが、もう遅い。だから彼女は、その情報を口にする。本当なら誰にも話すつもりのなかったことを。

「ああ! もうっ、『虚無』のことなら、私が教えてやるよ! こいつらを片付けたら知ってることを教えてやるから、何とかしておくれ!」

 自棄になって上げた叫びに、アプトムだけでなくワルドや死人たちまでフーケを注目するが知ったことではない。この言葉を聞いた者たちは、全て始末してもらえばいいのだ。
 急な言葉に、どういうことかと問いかけてくるアプトムに、彼女は一人『虚無』と思われる魔法を使う者を知っていると答える。
 ただし、それは自分にとって大切な存在で、だから多くの人間に知られるわけにはいかない。
 その言葉の意味を、アプトムは理解する。
 この情報を得た他の者を生かして帰すな。そういうことなのだ。そして、それは彼の自分の正体は隠すべきという方針にも合致する。
 だから、彼は獣化する。死人たちを焼き尽くす能力を持つ獣化兵の姿に。

 そこに現れたのは、二足歩行するサイを思わせる巨漢の怪物であった。
 この場で、それを見て驚かなかった者はいない。死人である騎士たちもである。
 見た目には、ただの初めて見る少し強そうな亜人程度である。十人もの死なぬメイジの敵足り得ない。だが、何かが違うのだと彼らは動物的な本能で感じとった。
 そして、それはフーケも同じようなものである。アプトムが変化すると知っていた彼女ではあるが、状況に応じて獣化する姿を選べるという事実までは知らないのだから当然であろう。
 アプトムが、融合捕食を果たした者の中に、ダーゼルブという名の超獣化兵がいる。
 全ゾアノイド中最強の筋力を誇るその姿になったアプトムは、死人たちの中に飛び込み超重量のトラックでぶつかったような衝撃で撥ね飛ばし、倒れた一人に向かって口を開き大きく息を吸う。
 おそらくは、不吉なものを感じたのだろう。その死人は身構えはしたが、しかし自身がすでに死なぬ存在である事に過信していた。
 だから、その結果は必然。怪物の口から吐き出された超高熱の火炎は一瞬にして、死人を焼き尽くし黒い炭に変える。
 もちろん他の死人たちも、その業火に驚きはしたが、黙ってみていたというわけでもない。体当たりの一撃を喰らわなかった者たちが杖を振るい呪文を唱え、竜巻や風の刃で怪物に攻撃を加える。
 だけど、それは意味を成さない行為。今回アプトムの獣化したこの姿の持つ防御力は、メイジの魔法程度が通じるレベルのものではない。
 また、傷つけられたとしても、アプトムには死人たちをも上回る再生能力があると知れば、それは悪夢のような光景であっただろう。
 そんなことを知らぬ死人たちは、それでも口から吐かれる炎にさえ気をつければ死なぬ自分たちに敗北はないと信じる。
 しかし、それも間違いだ。ダーゼルブという獣化兵には、全身から超高熱線を放つ能力も有する。それが、どれほどの威力を持つのかアプトムは身をもって知っている。獣化していない状態であったとはいえ、彼を撃退した程のものなのだ。たかが、死人を焼き尽くすなど造作もない。
 そうして、死人たちは焼き尽くされる。ただし、アプトムにも一つ誤算があった。この形態は機動力に劣る。もはや、ワルドたちを倒すこともアンリエッタを浚うことも叶わぬと悟った死人の何人かが逃走を図り、別々の方向へ向かった時、彼には、その全てを追うことが叶ず、結果として一人の逃走を許してしまったのである。
 かくて、クロムウェルの元に、ワルドの裏切り、クロムウェルの『虚無』のペテンを彼らが知ったこと、そしてフーケの持つ『虚無』に関する情報がもたらされることとなる。


 もっとも、今この場において彼らには、先に考えなくてはならないこともある。
 もはや、アプトムにとって必要のない存在に落ちたワルドと、今だ気絶したままのアンリエッタである。
 ワルドに関しては、問題ない。彼の存在は、元々アプトムにとって大して重要な人間ではないのだ。ここで始末してしまえば済む。別に、
アルビオンでのことを根に持っているわけではない。念のため。
 だが、アンリエッタのことはどうする?
 こちらのアプトムにとって、アンリエッタはアルビオンに行く原因になった少女という以上の意味のないどうでもいい存在である。だが……、




 アンリエッタは夢を見る。
 ここしばらくの間に、彼女が見るのは常に愛する男性の夢。ウェールズの夢である。そして夢の中の彼女は三年前の14歳の頃の姿。それが、ウェールズに恋し逢瀬を重ねた時の年齢だったから。彼女が見るのは、その頃の夢だから。
 だけど、今この時だけは、彼女は17歳である今の姿をしていた。そして、ウェールズも。
 それが何故なのか。と考えるよりも早く不吉なものを感じた彼女は耳を塞ぐ。だけど、ウェールズの言葉は耳ではなく心に響いて届く。

「お別れを言いにきたよ」
「嫌です。聞きたくありません」

 いやいやをするように首を振る。これは自分の夢であるはずだ。ならば、見るのは幸せなものでもいいではないか。
 そんなアンリエッタの我が儘に、ウェールズは困ったような顔をする。

「分かっているんだろう? ぼくはもう、死んでいるんだ」
「やめてください! わたくしには、夢を見ることも許されないというのですか!」
「そんなことはないよ。夢を見ることは悪いことではない。だけど、過去の夢に耽溺してはいけない。見るならば未来の夢を見るべきだ。そんな風に未来を否定するきみを残しては、安心して眠ることができなくなる」
「それで、いいではないですか! ずっと、わたくしのそばにいてください!」
「ぼくは、もうどこにもいないよ。もちろん、きみのそばにもね」

 寂しそうに笑い、ウェールズは続ける。

「きみは、ただ何も見ていないだけなんだ。もちろん、ぼくのこともね」
「そんな! わたくしは、あなたを見ています。いつだって、あなただけを見ています!」
「それは違う。アンリエッタ、きみはね、ただ逃げているだけなんだ。現実から眼を背けて思い出に浸って、自分だけしか見えていない」
「それの何が悪いんですか! 誰も、わたくしを見てくれない! 王宮の者たちは、わたくしをお飾りの女王としか見てくれない。民は、わたくしの苦労も知らないで気軽に奇蹟を求めてくる。母さまも、わたくしの幸せを決めつける。あなただって、わたくしを置いて……、わたくしを捨てて勝手に逝ってしまったではありませんか!」

 それが、アンリエッタの本心。
 とっくに分かっていたのだ。自分が自身をしか見ていないことも、そんな自分が誰かに愛されるはずがないことも。
 アンリエッタが欲したのは、自分を愛してくれる誰か。王女だとか、そんなフィルターなしに自身の心を見てくれる誰か。だから、彼女はウェールズに恋をした。彼が自分を見てくれたと信じたから。
 だけど、結局は彼も彼女を見てくれてなどいなかった。そうでなくて、自分の思いを踏みにじって命を捨てるはずがないではないか。
 そんな彼女にウェールズは、ある事実を告げる。



「誰もと言ったね?」
「ええ」
「では、ミス・ヴァリエールもかい?」

 それは、アンリエッタの命により、死地となるかもしれないアルビオンに赴いた少女の名。

「それは……、王女としての命令だから……。それに、この国の命運をかけた使命だったから……」
「本当に、それだけの理由だったと思っているのかい?」

 責めるような問いに、アンリエッタは、うつむき答えられない。
 本当は、分かっていたのだ。彼女だけは自分を見て、その心を守るために行動してくれたのだと。
 いや、母であるマリアンヌにしても、娘の心を見ていなかったわけではない。そのことをアンリエッタは理解している。ただ、認めたくなかっただけなのだ。自分の言い分が、ただの我が儘だということを。

「アンリエッタ。きみにお願いがある」
「なんですの?」
「幸せになってくれ」
「あなたを失い、もはや生きる喜びをもてなくなった、わたくしがどうすれば幸せになれると言うのですか?」
「ぼくのことを忘れればいい。きみは、若く美しい。ぼくのことなど忘れてしまえば、すぐにでも新しい幸せを掴めるよ」

 それだけを言って、自分の役目は終わったとばかりにウェールズは消える。

「意地悪な人」

 小さく呟き、アンリエッタは涙をこぼして眼を閉じる。そして、もう一度眼を開けた時、彼女は夢から覚めるのだ。



 アンリエッタが眼を覚ました時、最初に見たのは自分を抱き起こしている男の姿。その顔が、ルイズの使い魔のものだとすぐに気づけなか
ったのは、彼女がその男を、ルイズの命令で動く強力な亜人だという記号的な認識でしか見ていなかったからである。
 だから、最初アンリエッタはルイズもいるのではないかと思い。しかし、親友がいないことに気づき、男に問いかける。

「あなたが、わたくしを助けてくださったのですか?」
「そうなるな」





 そうですか。とアンリエッタは礼を言い。では褒美をと思うが、男は首を振る。
 彼の望みは、ここで会ったことをルイズに知らせないこと。それだけである。
 だが……、っとフーケに顔を向ける。

「お前は、何か必要か?」
「貰えるものなら何でも貰う。って言いたいところだけどね。私は盗賊だよ。褒美を貰いに行って、そこで衛兵に囲まれて牢獄行きとか御免だね」

 盗賊? そう思って、見た先にはフードで顔を隠した女。そして、もう一人。

「ワルド子爵!? 何故ここに!」

 それは、彼女から愛する男を奪った憎き仇。親友のルイズを裏切り、その命を奪わんとした卑劣な男。それが、何故こんなところにいるのか。

「女王さま。あんたを、かどわかしてここに連れてきたのは、レコン・キスタの騎士だ。それで、ワルドはレコン・キスタの兵。後は、分かるだろ?」
「つまり、彼もあの騎士の中にいて、わたくしをレコン・キスタに連れて行こうとしていたのですね?」

 それは、質問ではなく確認。だけど、フーケは首を振る。

「残念。あいつは、失態続きで干されててね。それで、あんたを誘拐する命令を受けた奴らから手柄を奪おうとしたんだけど、上手くいかなくて、今はレコン・キスタにも追われる立場になっちまったわけさ」

 その言葉に、ワルドはうつむき何かを言おうとして思いとどまり、そんな彼にアンリエッタは口の端を歪める。

「トリステインを、いいえルイズを裏切り、レコン・キスタを裏切り、今は全てを失ったというわけですか。裏切り者の末路にはふさわしいですね」

 それは、アンリエッタには相応しくない醜い嘲笑であったのだけれど、ワルドに対してなら、今の彼女にはそれも許されるだろう。

「それで、彼はどうなるのですか?」
「しばらくすりゃあ、あんたを迎えにトリステイン貴族共がくるだろ? そいつらに引き渡すさ」

 どうせ死刑だろうしねと口の中で呟く。
 フーケにとって、ワルドの存在は邪魔なものでしかない。かといって、自分の手を汚す気もない。
 ほうっておけば、アプトムが始末してくれると思っていたが、何を考えているのか、そうしてくれる様子はない。
 なら、トリステインに引き渡すのが一番いいだろうと彼女は思う。
 トリステインという国にとって、ワルドは許されざる裏切り者であろうし、この国にはワルドの他にもレコン・キスタと通じている者がいる。
 そのことが漏れることを恐れる者たちは、ワルドの口を塞ぎたいだろうし、なによりも愛する者を奪われたアンリエッタが彼を許すはずがない。



 ワルドは、すでに自分がどうしようもない立場にあることを理解していた。
 フーケにいいように行動を誘導されて、今ではレコン・キスタに居場所をなくしてしまった彼であるが、今にして思えば、あのままレコン・キスタに身を置いていても自分の目的が果たされたかどうかは怪しい。
 クロムウェルという男には、本気がない。
 全てにおいて、大げさに喜んで見せたり嘆いて見せたりの芝居がかった言動をするだけで、本心がどこにあるのか誰にも読ませない。
 これまでは、それに疑問を覚えなかったワルドであるが、本当は虚無の系統の使い手ではないという一つの嘘がクロムウェルへの、ひいてはレコン・キスタという組織への不信感へと繋がってしまった。つまり、聖地奪還という言葉も偽りだったのではないかと今になって疑いを持ってしまったのだ。
 それに、聖地を奪還するために戦わなくてはならない相手は先住魔法の使い手であるエルフだ。先住のアイテムに頼る者を首魁とするレコン・キスタが勝てる道理がどこにある?
 だが、それなら自分はどうすればいいのか?
 ワルドには、何もない。聖地に行く。その目的のために全てを投げ出してレコン・キスタについたのだ。
 別に、そのことに後悔があるわけではないが、何も持たず目的を叶える手段すら失った今の彼には、行動の指針がない。
 聖地を目指す。その目的に変わりはないがそのために何をすればいいのか。
 それ以前に、このままここにいては最後に残った命すら失うことになるのだろうが、あの亜人――ガンタールヴであってガンダールヴでない男が逃がしてくれるはずもない。
 そんな彼の心配が無用のものになるのは、そのすぐ後のことである。


 アプトムにとって、もうここに用はない。フーケの言った虚無の魔法を使う者に会いに行くという目的ができたのだから、いつまでもここに留まる理由はない。
 のだが、なかなか立ち去れないのは、何故か彼の着たローブを握り離さないアンリエッタがいるからである。
 これはどういう状況なのかと思うのだが、当のアンリエッタの方もよく分かっていないらしい。

 アンリエッタにとってアプトムという名の亜人であろう男は、ルイズの使い魔であるという以上の意味を持たない。
 なのに、その手を離せない。
 何故か、そばにいるとウェールズがいてくれているような錯覚を感じるのだ。この男とウェールズに共通点など見つからないというのに。
 その感覚に関して、アンリエッタは自分の感情をこう分析する。
 今ここにいるのは、自分以外にはルイズの使い魔のアプトム。レコン・キスタに属していたらしいのに何故か自分を助けてくれたらしいフーケ。そして、愛する男性の命を奪った憎むべき敵ワルド。
 この中で、彼女の信用に値する相手はアプトムだけなのだから、そばにいて欲しいと思うのは当然ではないかと。
 それが、正しい分析なのかどうかは別として、アプトムにとって、それは迷惑な感情である。だが、ルイズと、その使い魔になっている自分の事を考えると、ここでアンリエッタを邪険にするというのは賢い選択ではない。
 どうしたものかと辺りを見回し、そして彼は気づく。
 自身の能力によるワルドの利用価値に。


「俺のことが信用できるか?」

 そんな言葉に困惑したのは、アンリエッタだけではなくフーケもである。
 だがアプトムは、そんなことを気にせずにワルドに近づいていく。


 アプトムには、融合捕食という他の生物を吸収し、その相手の遺伝子情報から優れた形質をコピーする能力がある。
 その能力によって、彼は吸血鬼と呼ばれる亜人を取り込み、その能力を奪ったことがある。
 その能力とは……。




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