あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロと損種実験体-20


 タルブの戦の後、アンリエッタとアルブレヒト三世との結婚は白紙に戻った。
 これは、トリステインがアルビオンに攻められた折に、兵を出し渋ったゲルマニアへの不信からきたものであり、同時にタルブでの奇跡的
な勝利により、アンリエッタを女王にと言う声が上がったからである。
 これにゲルマニアは難色を示したが、文句は出なかった。出せるはずがないのだ。アルビオンはゲルマニアをしても勝利し難い相手である。
それを一国で退けたトリステインを敵に回そうなどと、思えるはずがない。大体にして、アルビオンという脅威はまだ去ったわけではないの
であるし。
 だから、婚約は白紙になっても、二国の同盟はそのままであった。

 それ自体は、アンリエッタにとって幸いなことであったが、納得し難いこともある。
 この戦争における奇跡的な勝利はアンリエッタによってもたらされたとされ、彼女が女王になることが決定してしまったのだ。
 冗談ではないというのが、彼女の本音である。タルブの戦において自分はそこに居合わせたというだけで何もしていないし、王位について
も母がいるではないかという思いがある。
 だけど、決定は覆らない。結局のところ、この国において彼女が決められる事など一つもないのだ。
 はぁ。とため息を吐いて王女は親友を想う。
 先の戦において何が起こったのか正確に理解しているものはいない。だけど、戦場となったタルブに住んでいた民は言うのだ。自分たちは
ヴァリエール公爵家の娘に救われたのだと。
 聞いてみたところ、彼らの村は少し前にオーク鬼に襲われ、そこをルイズに救われたので今回もそうだと短絡的に思ったらしいのだが、一
つ気になる情報がある。
 戦の後、数日の間タルブに魔法学院の生徒が滞在しており、それがルイズであったというのだ。
 これは、おかしな話である。王女とゲルマニア皇帝の結婚式においての詔を詠む巫女に選ばれていたルイズが、あの時点でそんなところに
いたはずがないのに。
 ルイズは何故そこにいたのか? そこで何をしていたのか?

「あれは本当にあなたがやったの? ルイズ」

 呟いた言葉は、誰の耳にも届かずに消えた。




「これってマフラー?」

 他に何があるのかと思いつつもルイズが尋ねると、「はい」と微笑むシエスタの笑顔があった。

 タルブでの戦いの後、眼を覚ましたルイズが最初に見たものは粗末な布団に寝かされた自分を囲み見守る村人たちであった。何故かギーシ
ュもいたが。
 何がどうしてこの状況? と思って聞いてみたところ、アルビオンの艦隊が墜ちた後、ルイズを抱えた黒い亜人が空から降りてきて、彼女
を村人たちに預けてどこかに飛び去ったのだという。
 その亜人が、アプトムの獣化したものだなどと村人たちは知らない。それでも、亜人がアルビオンの竜騎士と戦っていたところは見ていた
し、亜人に託されたのが数日前に村を救ってくれたルイズだと知ったとき、艦隊を墜としたのが亜人に運ばれた彼女だと彼らは確信した。
 だから、村人たちは亜人を敵だとは思わなかったし、亜人に託されたルイズに奇異の目を向けることもなかった。
 そうして、艦隊を飲み込むほどの魔法を使ったせいもあるが、長時間のアプトムの胸に抱えられての飛行で体力を消耗していたルイズは、
しばらくタルブの村人の世話になった後ギーシュと共に学院に帰ってきたのだが、その時に空を運んでもらっていると初夏でも寒く感じると
言ったのを憶えていたシエスタは、ルイズのためにマフラーを編むことにしたのである。

 ちなみに、飛び去ったように見えたアプトムは、獣化を解くところを人に見られるわけにいかなかっただけで、ルイズがタルブにいた間も、
ずっとルイズを見守っていた。
 それはさておき、マフラーを受け取ったルイズは、シエスタがもう一つ持っていることに気づいた。

「それって、アプトムの分?」

 何気なく聞いた言葉に、シエスタは、「あっ!」と声を上げた。
 はっきり言ってしまうと、彼女はアプトムのことを忘れてしまっていた。ルイズのマフラーを編んだ後に、ついでにともう一つ編んだのは
ギーシュの分であった。
 別に、シエスタがギーシュに特別な感情を抱いたからというわけではない。村が襲われた時に颯爽と現れ、村人たちを逃がしてくれた時に、
ほんの少しだけカッコイイなと思ったのも事実ではあるが、あくまでも、ついでにという程度の理由である。
 ここは、もう一つのマフラーはアプトムに渡すべきだろうかと狼狽するシエスタに、ルイズは苦笑してギーシュに渡せばいいと言った。
 アプトムは、非常時になると衣服を使い捨てなければならないのだからという口には出さない理由があっての言葉だったのだが、これが後
に起こるちょっとした事件の原因になるなどと、今のルイズは知らない。




 アルビオンのとある寺院でワルドは目を覚ました。
 混濁した記憶の中、彼は自分が意識を手放す直前の記憶を思い起こす。
 自分はガンダールヴと戦い。そして、どうなった?
 分からない。空を飛ぶ亜人の背後を取ったことは憶えているのだ。呪文を唱えたことも。だけど、その後は?
 悩んでいたところに、部屋に入ってくる人影があった。

「土くれか?」
「残念。そっちはソムルムだよ」

 そう言って、人影の後から今度こそ土くれの二つ名を持つ女が、入ってくる。
 言われて、最初に入ってきた人影が顔全体を包帯で隠した男だと気づいてワルドは舌打ちする。これでは、まるで自分がフーケに傍にいて
欲しいと願っているようではないか。
 なんだか、気まずくて口を開くのがはばかられるような気がしてきたが、ここで黙り込んでいても仕方がない。自分はどうなったのかと聞
いてみたが彼の望む解答は返ってこなかった。
 なにしろ、フーケから返ってきた答えは、「知らないよ」という、そっけないものだったのだから。

「あんたを拾ってきたのはソムルムだ。聞きたいことがあるなら、そっちに聞いてくれよ」

 言われ、包帯男に眼を向けると、こちらも落ちてきたのを拾っただけで、傷の具合から電撃でやられたのだろうとしか分からないと答えが
返ってきた。
 電撃と聞いて、ようやく自分がいかにして敗れたのかをワルドは思い出す。
 この時フーケが包帯男に、白々しい事を、と言いたげな眼を向けていたが、自己の思考に埋没していたワルドは気づかない。
 結局のところ、自分には力が足りなかったのだなとワルドは思う。偏在を駆使してもガンダールヴには敵わなかった。正体を現した亜人に
は、不意をついても傷一つつけられなかった。
 力が欲しいと思った。だから、ルイズを求めた。彼女には何らかの力があると気づいていたから。その障害になると感じ排除しようと考え
た使い魔は、彼の想像を大きく超えた怪物だった。あるいは、自分が求めた力とは、ルイズではなく彼女の使い魔の方だったのかもしれない
とも思い。ままならないものだなと、彼は苦笑し傷の痛みに身を震わせる。
 そうしていると、扉が開き別の人間が入ってきた。
 シェフィールドを従えたクロムウェルである。


「意識が戻ったようだな。子爵」
「申し訳ありません、閣下。一度ならず、二度までも失敗いたしました」
「きみの失敗が原因ではないだろう」

 クロムウェルの言葉に、傍らのシェフィールドが頷き報告書を取り出す。

「なにやら空にあらわれた光の玉が膨れ上がり、我が艦隊を吹き飛ばしたとか」
「つまり、敵に未知の魔法を使われたのだ。これは計算違いだ。誰の責任でもない。しいてあげるなら……、敵の戦力の分析を怠った我ら指
導部の問題だ。一兵士のきみたちの責任を問うつもりはない。ゆっくりと傷を癒したまえ、子爵」

 その言葉に、ワルドが感謝し頭を下げる姿を、フーケは白けた目で見ていた。
 作戦の失敗の責任を配下に求めないのは立派だが、何の沙汰もないというのは組織として問題がある。そもそもここで許されると言うのは、
何の期待もされていないということだろうに、悔しいとか言う感情は無いのかねとフーケは思う。
 もちろん、ワルドとて、悔しくないとわけではない。
 だが、彼は元々レコン・キスタという組織が自分の目的と合致しているから属しているだけで、クロムウェルに心からの忠誠を誓っている
わけではない。
 だから、利用価値がないと見放されたりしさえしなければ、大抵の屈辱には耐えられるだけなのである。

 それはともかく、ワルドは艦隊を吹き飛ばしたという魔法についての説明を受け、そして考える。
 彼は、船が墜ちる前に倒されてしまい、その魔法を見ていないのだが、聞く限りでは、そのような魔法は現代には存在していない。威力そ
のものも信じがたいものであるが、その魔法は艦隊を炎上させたというのに、乗っている人の身をまったく傷つけなかったのだという。
 そんなこと、どの系統の魔法でも不可能なことだと断言できるが、では、一体なんだったのか?
 頭に浮かぶのは、ルイズと彼女を抱えて飛んでいた黒い亜人。状況から考えて、やったのはそのどちらかの可能性が高い。特にガンダール
ヴの方は、彼をもってしても計り知れない能力を持っている。だが、何故かワルドは、その魔法がルイズの仕業ではないかと思えた。
 人を傷つけないという魔法が、彼にそう思わせたのだ。だが、そんなことが可能なのだろうか? ガンダールヴを使い魔に持つルイズであ
れば、虚無の担い手であったとしても不思議ではない。しかし、虚無の使い手を自称するクロムウェルは、こう言っていた。虚無は生命を操
る系統だと。それは、艦隊を墜としたという攻撃の魔法の対極にあるのではないだろうか。
 無論、一人で考えたところで答えは出ない。クロムウェルにしても、虚無のすべてを理解しているわけではなく、謎の多い虚無には、ある
いはあのような魔法もあるのかもしれないと答えるだけである。

「しかし、分からなければ調べればいいだけのこと。トリステイン軍は、アンリエッタが率いていたと聞く。この勝利で聖女と崇められ女王
に即位するともいうぐらいだ。彼女なら知っているだろう」

 敵国の王女に聞けばいいなどと簡単に言うクロムウェルに、ハッと顔を上げるが、彼の顔に冗談の色はなく、本気であることをワルドは感
じた。
 それはつまり、自分に行けという命令なのかとワルドは思ったが、そうではないとクロムウェルは手を振る。

「適役は、他にいるのだよ。きみはゆっくり養生したまえ。まあ、王室に眠りし秘密を嗅ぎ当てたというところだろうがね」
「王室に眠りし秘密ですか?」
「アルビオン王家、トリステイン王家、ガリア王家……、もとは一本の矢だ。そして、それぞれに始祖の秘密は分けられた。そうだな? ミ
ス・シェフィールド」
「はい。閣下のおっしゃるとおりですわ。アルビオン王家にも三つの秘法が残っているはずですが、それらは現在一つとして見つかっており
ません」



 シェフィールドの言葉に、フーケがチラリと包帯男の持つ荷物袋に眼を向けたが、そのことに気づいた者はいない。

「なんにせよ。今は、傷を治すことだけを考えていたまえ。ワルド君」

 それだけを言うとクロムウェルはシェフィールドと共に部屋を出て行き、そこにはワルドたち三人が残された。



「くそっ!」

 急に大声を上げるワルドに、驚いたフーケがそちらを見ると、悔しそうに唇を噛んでいる姿があった。
 彼は、自分の優秀さを信じていた。メイジとしては最高ランクのスクウェア。実戦の経験も積み、魔法なしですら大抵の相手には勝てる戦
闘力を持ち、魔法衛士隊隊長にすらなった。これで優秀でないなどと言ったら、ただの嫌味な奴である。
 なのに、ルイズの持つアンリエッタの手紙は奪えず、タルブでの戦においては、率いていた竜騎士を全滅させ自分も傷を負い、ついには、
傷の事もあるのだろうが、クロムウェルに言外に戦力外を通告されてしまった。これで、落ち込むなと言うほうが無理だろう。

「俺は……、無能なのか? また聖地が遠ざかったではないか……」

 そんな自分を責める彼を、フーケは微妙な表情で見ていた。
 彼女に言わせれば、相手が悪かっただけである。チラリと隣の包帯男を見て、こんなのを相手にすりゃ、任務を失敗するのも当然だろうに、
なまじ優秀だと大変だねぇ。
 と同情に満ちた視線を向けていたことに気づけなかったことは、ワルドにとって幸いだったに違いない。




 アンリエッタは、ここ数日憂鬱な日々をすごしていた。
 戴冠式を終えて女王になってからは国内外の客と謁見することが多くなったわけだが、女王ともなれば王女の頃のように黙って笑っていれ
ばいいというわけにもいかず、マザリーニが的確に補佐をしてくれていたり、客のほとんどがご機嫌伺いだったりするとはいえ、気を抜くわ
けにもいかず、非常に気疲れしていたのだ。
 だが、次に訪れる客には気を張る必要がなく、ゆえに女王はマザリーニを下がらせ、笑みを持って二人を迎えた。
 大切なおともだちのルイズと、その使い魔であるアプトムを。


 ルイズは緊張していた。アンリエッタとは幼い頃には友人と言える関係であったが、お互いの身分の違いを意識してからは、王女を気安く
友人だなどと言ってはいけないと思っていたし、しかも今は女王になっているのだから粗相があっては大変なことになる。
 彼女は、そう思っていたのだが、アンリエッタの方はそうではない。女王にとっては、今でもルイズは気を許すことの出来るただ一人の友
人なのだから。
 謁見の間にルイズが入ってきた途端、弾けるように女王は玉座を離れ駆け出しルイズに抱きついた。

「ルイズ、ああ、ルイズ!」
「姫さま……、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」



 お互いの立場を鑑みれば当然のものである言葉に、アンリエッタは頬を膨らませる。

「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズあなたはわたくしから、最愛のおともだちを取り上げてしまう
つもりなの?」
「ならばいつものように、姫さまとお呼びいたしますわ」
「そうしてちょうだい。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ」

 つまらなそうな顔をするアンリエッタに、ルイズはなんともいえない顔になる。
 公爵家の末娘たるルイズから見ても、女王という身分は人が羨むものであろうに、それをつまらないものだと切り捨てられては、何と言っ
ていいのか分からない。
 とりあえず、話を変えようと「このたびの戦勝のお祝いを、言上させてくださいまし」と言ってみたところ、ものすごい微妙な顔をされた。

「わたくしに隠し事はしなくても結構よ。ルイズ」
「わたしには、なんのことだか……」

 そんな答えを返すルイズに、アンリエッタは羊皮紙の報告書を手渡す。それには、色々なことが書かれていた。
 タルブで、アルビオンの竜騎士を墜とした黒い亜人のこと。その亜人が艦隊に突撃した後に、艦隊を殲滅した光の玉が生まれたこと。そし
て、その後に亜人からタルブの村人にルイズの身が預けられたことなどを。

「ここまでお調べなんですか?」
「あれだけ派手な戦果をあげておいて、隠し通せるわけがないじゃないの。そもそも、村人に口止めとかしなかったでしょ。知ってる? あ
なたタルブじゃ英雄よ」

 えー? と声を上げるルイズである。
 レキシントンを墜とした魔法を唱えた後すぐに気を失ったルイズには、敵艦隊を殲滅したという自覚に乏しく、英雄というならアプトムこ
そが、そうなのではないかという認識がある。
 そうして、アンリエッタはアプトムに顔を向ける。

「あなたが、竜騎士を撃滅しルイズを運んだという亜人なのでしょう? 厚く御礼を申し上げますわ」

 それに、アプトムは、さあな。と、どうでもよさそうな返事を口にし。これに、ルイズは困ってしまう。
 姫さまに失礼な口をと思うのだが、彼女は自分のこと以上に使い魔の正体を隠さなくてはならないと思っている。
 アンリエッタを信用していないわけではないが、アプトムのことがアカデミーにでも知られたらと思うと、迂闊なことは口にできない。
 実際、アンリエッタのことは信頼はしても信用するべきではない。彼女は、できることなら救国の英雄とも言えるアプトムになら、爵位く
らいは与えてもいいのではないかと、軽く考えていたのである。
 この、メイジでなければ貴族になれないトリステインで、亜人であろうと思われるアプトムをである。
 こんなことを、マザリーニが知れば胃を痛めることだろうし、アプトムのことを隠したいルイズにしても迷惑でしかない。
 さすがに実行しようとはしていないので、その心配はないのだが、それは別の理由からである。どちらにせよ、アプトムにとって爵位など、
どうでもいいものなのだが。
 ともあれ、ルイズたちの行動が多大な偉業であることは確かであり、その事をアンリエッタは褒め称えるのだが、その時のルイズには、知
り合いのメイドを助けたかったという考えだけで暴走したようなものであり、国を守るとか大きな事は考えていなかったので、素直に賞賛を
受け止めることができない。


「わ、わたしはなにも……、手柄を立てたのはあの亜人で……」
「でも、あの光はあなたなのでしょう? ルイズ。城下では奇跡の光だ、などと噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。あの
光、あれはあなたなのでしょ?」

 実際には、光が生まれた直後は奇跡だと思ったアンリエッタだったが、考えてみればトリステインの危機に都合よく奇跡なんてものが起こ
るはずがない。もし奇跡などというものがありえるのなら、それはウェールズの危機を救うためにこそ起こっているべきであると彼女は考え
ていたのである。
 そんな女王に見つめられ、ルイズはあの時の事を話すことにした。それでも、亜人のことは何故か助けてくれただけで正体は分からないと
いうことにしたが、それを信じるはずもない。とはいえ、アンリエッタもそこを追求することはなかったが。
 そして、ルイズは語る。水のルビーと始祖の祈祷書のこと、そこに記された虚無系統の呪文のことを。

 話を聞いたアンリエッタは、ため息を吐く。

「これであなたたちに、勲章や恩賞を授けることができない理由はわかるわね? ルイズ」
「王家の人間でもないわたしが、始祖の系統である虚無に目覚めたなどと知れれば、国内に無用な混乱を生むからですね」

 答えたルイズに、そうではないのだとアンリエッタは首を振る。

「わたしが恩賞を与えたら、ルイズの功績を白日のもとにさらしてしまうことになるでしょう。それは危険です。ルイズの秘密を敵が知った
ら……、彼らはなんとしてでもあなたを手に入れようと躍起になるでしょう。敵の的になるのはわたくしだけで充分」

 そして、敵は外にだけいるとは限らないのだとアンリエッタはため息を吐く。
 ルイズの言ったように、始祖の系統であるからと手に入れ私欲に利用しようとする者も現れるだろうが、ワルドのような裏切り者の存在は
他にも城内にいるだろうとアンリエッタは信じている。それは、ウェールズの命が奪われたことによる被害妄想じみた感情から来ていたのだ
が、間違いとも言えない考えであった。

「だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたしと、あなたとの秘密よ」
「……」

 ルイズは沈黙する。それが正しい選択なのか彼女には分からないのだ。
 姫さまの言うことは、もっともだと思う。だけど、ルイズには果たさなければならない目標がある。伝説に残るようなメイジになること、
アプトムを元の世界に戻す魔法を見出すことである。
 ルイズも馬鹿ではない。いいかげん、アプトムの元いた地が、こことは違う世界であると気づいている。でなければ、あれほどの能力を持
った生物が故郷に帰るために自分の魔法を必要とするはずがない。
 ルイズは、やっと手に入れたのだ、自分の目標に繋がる足がかりを。だけど、それはまだ最初の一歩を踏み出したにすぎず、ここで足踏み
していてはこれ以上先には進めないと彼女は知っている。
 虚無と系統魔法には大きな違いがある。その一つが新たな魔法の習得に関する条件。
 系統の魔法は、メイジとしてのランクを上げれば、そのランクの魔法を習得することができるが虚無は違う。虚無にランクはなく、必要に
応じて知っている魔法の中から、習得できるようになるのだ。そして、それは逆に言えばそれが必要な状況にならなければ新たな魔法を習得
できないということを意味している。




 始祖の祈祷書には多くの呪文が記されていた。だけど、その中で今のルイズが使える魔法はエクスプロージョンだけである。これから先、
それ以外の魔法を使えるようになるには、彼女はそれらが必要になるような危険に身を置かなければならない。
 それに、もう一つ事情がある。
 始祖ブリミルは、三つの王家に秘宝を残し、始祖の祈祷書はその一つであったのだが、それには虚無のすべての魔法が記されていたわけで
はない。
 そして、始祖の祈祷書には、アプトムを元の世界に帰すような魔法が記されていなかったのである。つまり、ルイズはどういう形になるに
せよ他の秘宝を手に入れなくてはならない。そのためには、アンリエッタの言うように、ただ秘密にしているというわけにはいかないのだ。
 ちなみに、そのことはアプトムにも話してある。ルイズに、己の使い魔に隠し事をするという選択はないのだから。
 だから、ルイズは決意する。

「姫さま。わたしに始祖の祈祷書をお預けください。そして、わたしの力を姫さまとこの国のためにお使いください」
「いえ……、あなたはその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」

 それは純粋にルイズの身を慮っての言葉。ルイズもそれを理解し、しかし受け入れることはできないと彼女は思う。
 これは、姫さまのためであり、国のためであり、自分のためであり、アプトムのためでもある選択だ。ここで引くことを彼女が選ぶ余地は
ない。
 そんなルイズの口に出さなかった考えまでもの全てを理解したわけではないが、アンリエッタはため息を吐く。彼女は、ルイズが一度決め
たことを翻すことのない頑固者であることをよく理解していたのだから。

「わかったわルイズ。いざという時には、あなたの力を借りましょう。始祖の祈祷書も、あなたに預けましょう。しかしルイズ、これだけは
約束して。決して虚無の使い手ということを、口外しませんように。また、みだりに使用してはなりません」
「かしこまりました」
「これから、あなたはわたくし直属の女官ということに致します」

 そう言ってアンリエッタは羊皮紙を取り出しなにやらしたためると、それをルイズに手渡した。
 それは、持つものに色々な権限を与える女王の許可証であり、今後のルイズにとって、とても役に立つものになるのだろう。
 小娘一人の思いつきで、簡単にそういうものを発行できてしまうのは、どうだろうとアプトム辺りは思ってしまったが。
 ともあれ、話が済んで思い出したようにアプトムに顔を向けたアンリエッタは、宝石や金貨を取り出し、それを差し出した。

「タルブでのこと、ほんとうならあなたをシュヴァリエに叙さねばならぬのに、それが適わぬ無力な女王のせめてもの感謝の気持ちです。受
け取ってください」

 それと、これからもルイズをよろしくと微笑む女王から、彼は、黙ってそれらを受け取る。
 別に、女王のためにやったことではないし、ルイズのことも言われるまでもないと思っていたが、別に受け取ることを拒否する理由もない
のだから。



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