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ゼロの氷竜-20


ゼロの氷竜 二十話

少女の瞳は、黒く濁っていた。
……黒く、濁ってしまった。
一度濁ってしまえば、もう澄むことはない。
薄まることが、あったとしても。
白百合のような微笑は、黒い土に汚れた。
象牙細工のようだった指先も、黒い土にまみれた。
かつて領民のために振るわれた杖も、黒い土にうずもれた。
貴族としての名を失い、血のつながらない妹を守ると決めたときから。
全ての貴族に、復讐を誓ったときから。
彼女は暗い井戸の底で、黒い土と戯れている。
酷薄な笑みを、その口元にはり付かせながら。

故郷であるアルビオンからトリステインへ下りたことには、いくつかの理由があった。
アルビオンを取り巻く不穏な気配が一つ。
それは例えば酒場から傭兵たちの姿が減ったことや、武具を製作する工房に活気が出てきたことがあげられる。
また同じ場所で仕事を続ける危険性の回避も、理由の一つとして存在した。
だが何より、秘宝の噂を聞きつけたことが最大の理由だっただろう。
ハルケギニアに名だたるオールド・オスマンがもつという、一つのマジックアイテムの噂。
『業火』の名を冠されていた、形状も、能力も知られていないそれに、彼女はいたく興味を引かれた。
噂の根拠が、あまりにも荒唐無稽だったからだ。
曰く、オスマンを魔法学院の長たらしめる理由が、そのマジックアイテムを学院に封印しているからだと。
……胡散臭い話しさ。
彼女に噂を聞かせた男は、そういって笑っていた。
オスマンの素行の悪さは広く知れ渡っており、それ故に閑職に回されたのだという噂がまことしやかに語られていたからだ。
しかし彼女は男と共に笑いながら、大きく心を動かされていた。
信憑性のない噂が、時として真実を語ることを知っていたからだ。
彼女は、力がほしかった。
アルビオンでスクウェアメイジに殺されかけたとき、そしてただの幸運で生き残ったとき、彼女は力への強い欲望を感じていた。
生き残るだけでは、彼女の望みは叶わない。
強い力が必要だった。
国を滅ぼすほどの、強い力が。
ところがどれだけ調べてみても、そのマジックアイテムの正体はわからない。
わかったことはただ一つ、業火という言葉の意味だけだった。
罪人を焼き尽くす炎だと聞いたとき、彼女は失笑しかけた。
盗賊が罪人を罰するのかと。
だが一方で、罪人と呼ぶに相応しい人間たちへの復讐も考えた。
噂が真実であれば、それを果たすことができる。
確かめるだけの価値が、その噂にはあった。
トリステインの酒場でオスマンを見かけたとき、彼女は歓喜する。
学院で私設秘書として雇おうと持ちかけられたときには、思わず歌い出しそうになった。
一方で素行の悪さが事実であり、しかも相当に質が悪いことを知り、いささか以上に辟易もしたが。
ともあれ、目的へと駒を進めることができた。
だから何の問題もない。
なんとか笑顔を作りながら、彼女は自分に言い聞かせた。
酔いつぶれたふりをしながら尻をなで回す目の前の老人に、どうやってむくいをくれてやろうかと考えながら。
その反面、自らの瞳を覗き見るオスマンの視線を、深く暗い井戸の底を見抜くようなそれを、さけようとしない自分に不可思議さを覚えてもいた。





学院での生活は、ことのほか充実していた。
それだけ面倒が多かった、ということにもなるが。
日々繰り返されるオスマンのいたずらに対してロングビルの拳が閃くまで、それほど時間はかからなかった。
端的に言えば、初日に閃く結果をもたらしている。
言葉遣いの丁寧さだけは変わらないものの、その日その瞬間からオスマンの扱いは極めておざなりになっていく。

また、それまで学院に妙齢の女性がいなかったためか、彼女の整った容姿のためか、一部教師や一部生徒からの求愛行動が開始される。
望んで身につけたわけではないが、男のあしらいは盗賊として生きていく中で慣れていた。
けして尻尾を掴ませないことに業を煮やし、徐々に減っていく男たちの中で最後に残ったのは二人。
生徒のマリコルヌ・ド・グランプレ、そして教師のジャン・コルベール。
前者は時折思い出したかのように手紙を部屋へ差し入れる程度だったが、後者はことあるごとに様々な誘いをかけてきた。
女性というものに全く慣れていないコルベールの行動は、時に彼女をいらだたせ、時に彼女を楽しませる。
ロングビルは、けしてコルベールを嫌ってはいなかった。
誘いに応じることは一度としてなかったが。

盗賊としての仕事は貴族に対する復讐のため、秘蔵の品ばかりが目的となる。
それは損害を与えられる一方で、流通させることの困難さも内包していた。
珍しい品であれば出所がわかりやすくなり、それは買い手が限られることにもなる。
つまり、マジックアイテムを盗み出せてもすぐには金銭と引き替えられない。
様々な事情から収入源が存在せず、さらに孤児を引き取っている妹への仕送りは、絶やすことができなかった。
おそらく妹が孤児を引き取っていなければ、ロングビルの苦労は大きく減るだろう。
だが彼女は妹のその優しさを貴重なものと思っており、その笑顔を守るためにどんな犠牲でも支払うつもりだった。
結果として、ロングビルの生活はとてもつましいものとなる。

トリステイン魔法学院の運営費用は、国名が冠されている以上、王家から支払われる。
予算を割り振る学院長オスマンの仕事ぶりは、ロングビルに衝撃を与えるに十分だった。
無論悪い意味で。
よく言えばおおらかだが、率直に言えば杜撰という言葉で片付けられる。
要するに、オスマンは真面目に仕事をしていない。
固定化で経年劣化が抑えられるとはいえ、様々な消耗品は必要不可欠だ。
贅を尽くした貴族としての食事は、素材の費用だけでも驚くような金額になる。
かしずかれることに慣れた貴族のため、雇われている使用人は数多い。
当然人件費はかさみ、必要な費用はふくれあがっていく。
にもかかわらず、平民相手に支払われる給与は王都に比べて幾分高い。
自分に支払われる金額も高いことは喜ばしく、妹への仕送りも安定するようにはなったが、喜んでばかりもいられない。
金槌どころか自分のゴーレムに殴られたかのような衝撃を受けながらも、ロングビルはオスマンの適当な仕事ぶりを引き締め始めた。

オスマンをせき立て、未処理だった書類の山を片付け始める。
隙あらば怠けようとするオスマンに矢のような視線を送り、水煙草を取り上げた。
それに並行し、鼠あしらいも上達していく。
拳が閃く回数も、うなぎ登りに増加する。
学院長の私設秘書、ロングビルの日々は酷く充実していた。

一体の竜が、一人の学生によって召喚されるまでは。





「ラスタ」
ルイズの意思と言葉に反応し、その魔力を使って金の女王が『魔力感知』を発動させる。
杖を振るわけでもなく、ルーンを唱えるわけでもなく発動した魔法を、ルイズは意識することができない。
不安そうな表情を浮かべた主人を横目に、使い魔が主の友人へ声をかける。
「キュルケ、頼む」
その言葉にうなずき、キュルケが杖を構える。
「ウル……」
ことさらゆっくりと唱えられたルーンに従い、キュルケの杖先に魔法の枠が発生する。
目の前の光景に、ルイズの口から思わずつぶやきが漏れた。
「これが、魔法の力……」
未だ魔法が発動していない段階で漏れたそのつぶやきを、この場で最も年若く、最も強さに執着したメイジは聞き逃すことはなかった。
「……カーノ」
ルーンを唱え終わると同時に、マナが魔法の枠へと完全に重なる。
魔法が発動し、杖先から放たれた炎が消えるまで、ルイズの視線はキュルケの杖から離れることはなかった。
その真剣な、ともすれば威圧するかのような眼光に、キュルケは少し気圧される。
……ま、真剣なのも当然か……
今までどれだけの努力を捧げても、目に見える成果は何一つ得られなかったのだ。
まるで人を殺しそうな眼光も、仕方のないことか。
この場で最も優しい少女は、少しあきらめたように心の中でつぶやいた。
そして新たなる力を授けられた、この場で最も誇り高い処女が杖を構える。
はたと気を取り直し、はやる気持ちを静めるため、ルイズは深く息を吸い、深く息を吐く。
その手助けをするように、使い魔から声がかかった。
「ルイズ、約束を覚えておるな?」
深呼吸を続けながら、主は使い魔に答える。
「杖は誰もいないところへ構える」
その言葉に、ルイズの友人たちが深くうなずいた。
「ルーンは最後まで唱えない」
……まずは、自分が持つマナの存在を認識すること。
使い魔の言葉を、心に刻んだその言葉を、ルイズは思い起こす。
草原の中心に向けて杖を構え、ルイズは静かにルーンを唱え始めた。
使おうとする魔法は、水に属する最も初歩的な、水を生み出すコンデンセイション。
「イル……」
杖先に浮かぶ、小さな球状の枠。
そして己の体から枠へ向けて溢れ出るマナ。
かつてブラムドの言った、魔法が使える証を目の当たりにしたルイズは、それだけで泣き出しそうな喜びを感じていた。
しかし体から溢れるマナを制御しなければ、魔法を使うことなど海に消える泡に等しい。
キュルケが見せてくれた、魔法を使う行程を思い起こす。
マナが枠へと収まっていく過程を。
枠の中心に生まれた形あるマナは、まるで水を受けて育っていく木々のようにも思えた。
だが今、自らの杖先に漂う砂粒のようなマナは、形を成すこともない。
枠の中心に向かってはいても、先刻見たキュルケのマナのように動こうとしなかった。
とはいえ、今までと違って目に見える目標があるのだ。
この砂粒のようなマナを、枠に収めさえすれば魔法を使うことができる。
枠の周囲を漂っていたマナは、枠から大きくはみ出していた。
ルイズは体から放たれていたマナを制御し、枠へ収めようとする。
しかしその意に反し、マナは次から次へと溢れ出す。
意識を集中すればその分だけ、たがが外れたように体からマナが放たれていく。
ルイズの体から溢れたマナは、いつしか杖先の枠を確認できないほどになっていた。
焦れば焦るほど、集中すれば集中するほど、砂粒のようなマナは溢れ出していく。
あたかも、河川が氾濫していくかのように。
このままでは無理だと悟ったルイズは、杖を振って意識を切り替えた。
その意思から解き放たれたマナは、再びルイズの体へと戻っていく。
意に沿うことのないマナに少々怒りを覚えながらも、ルイズは深呼吸して再び杖を構え始めた……。





「イル……」
何度、そう唱えただろうか。
十は優に超している。
ところが、ルーンを最後まで唱えることはできていない。
少しいらだちながら、それでも精神の集中を途切れさせない精神力は賞賛に値するだろう。
眉間に刻まれる渓谷が徐々に深くなっていったとはいえ。
ルイズが集中すればするほど、そしていらだてばいらだつほど、その体から放たれるマナは増える。
マナの制御について、ブラムドは一切助言をしようとはしなかった。
正確に言えば、できなかったのだが。
元々マナを知覚する能力に長けたドラゴンであるためか、ブラムドはマナの制御を無意識に行っている。
ブラムドにとってマナの制御は、手を開き、閉じ、指を一つずつ動かす、それらの行為と大して変わらない。
故に、説明をすることもできなかった。
どうやってそれを行っているのかと問われたところで、なぜそれができないのかと問い返すことしかできないだろう。
またルイズとしても、これだけのお膳立てをされ、なおも助言を求めるような行為をしようとはしない。
結果として、ルイズが杖を構え、ルーンを途中まで唱えることが繰り返される。
ルイズと違い、駒に『魔力感知』を付与されていないキュルケにとって、何も起きないこの状態はつまらないことこの上ない。
無論、ルイズを応援する気持ちも強いため、茶化すような言動もできない。
心の中でため息をついたキュルケは、同じく退屈しているであろうタバサの元へと歩を進めた。
だが彼女が歩む先で、彼女の友人は退屈などしていない。
いつものように本を読んでいたからではなく、彼女の思考がめまぐるしく働いていたから。

とある事情で戦うことを強要されている彼女は、ルイズ、キュルケを含めた三人の中で、最も戦闘技術に対する執着が強い。
それは戦うことだけではなく、生き残ることも望んでいるからではあるが。
ともかく戦うことにおいて、情報や知識は何よりも重要といえる。
相手がどういった技術や能力を持っているのか。
所作や詠唱、足の運びや目線の動きがなにを物語っているのか。
それらを知ることは、勝敗の結果を左右する大きな要素といえる。
相手が獣や亜人、魔物であれば生態や特性、能力を知ることはそれほど難しくはない。
先人たちが蓄えた知識は、書物という形を以て後世に伝えられていることが多いからだ。
学院の図書館にも、そういった書物は多い。
しかし相手が人間であった場合、しかも心得のある者なら、それらの情報を得ることは難しくなる。
軍に所属するような人間であれば、所作の中に詠唱を隠すことも多い。
詠唱を餌に、鉄拵えの杖や隠していた凶器で命を狙うこともある。
仮に勝敗を左右することがなかったとしても、生死を分ける一筋の光明にはなりうるのだ。
キュルケが見本のために唱えた詠唱の最中、ルイズはこうつぶやいた。
……これが、魔法の力……
メイジとして十数年生きてきた中で、魔法の力を見ることなどは想像したこともない。
無論それはタバサだけではなく、ハルケギニアにいる全てのメイジに言えることだが。
だからこそ、それを見ることはメイジ相手の闘いにおいて大きな利点となるだろう。
ただし、その力はブラムドの助けを必要とする。
どうやって切り出したものかと思案するタバサの目が、近付くキュルケの姿をとらえた。

歩み寄る自分を気付いたタバサが、懐から本を取り出して読み始める。
キュルケは、その事を少しさみしげに見つめた。
タバサが自分を共と認めてくれているのは確かだとしても、秘密を打ち明けられない相手だと見られていることが、キュルケは少しさみしかった。
それだけ重苦しい秘密かも知れない。
……でも……
心の中でつぶやきながら、首を振って考えをかき消す。
自分がタバサの友としてあれば、彼女はいずれ話してくれるだろう。
そう思いながら、キュルケはタバサの隣に、触れることもたやすい位置に寄り添った。





ざらりとした感触。
手のひらを削るような感覚を覚え、ロングビルはそっと手を止める。
「このまま……」
つぶやきかけた言葉が、宝物庫の壁に跳ね返された。
……このまま、どうするというのか。
自問に対する答えは、すでに出ている。
このまま学院で、オスマンの秘書として暮らしていく。
支払われている給金は申し分なく、滞りもない。
休みについても、わりあい自由に確保できる。
誰かに頼むことのできない仕送りを、定期的にすることができた。
この状況に、どんな不満があるというのか。
些細な不満ならば、腐るほどに存在する。
だが、今の立場を投げ捨てるだけの不満は存在しない。
……存在しない、はずだ。
自身を納得させるような言葉に、内なる声が応えた。
……本当にそうか?
……あの連中を許していいのか?
もぞりと鎌首をもたげたような、フーケの声。
……誇りもなく、おごるだけの貴族どもを
隠しきれない怒りに身を震わせるような、フーケの声。
……お前の、父と母を殺した連中を
……そして妹の、父と母を殺した連中を
怒りと悲しみを織り交ぜたような、フーケの声。
我知らず握られた手のひらに、優美なはずの爪が食い込む。
傷口をなぞるような屈辱が、溶岩のような怒りを沸き立たせる。
「……力さえ……!」
スクウェアメイジに追い立てられ、なぶるように弄ばれた。
あの残忍な笑みを、記憶から消すことができない。
力を求めるその心が、宝物庫に眠る炎を呼び起こそうとしていた。
だが、その熱がロングビルに触れようとした瞬間、彼女の耳が足音を捕らえる。

近付く音は重い。
女子供のそれではないだろう。
何か事件でもあれば別だが、警備を担当する平民はそうして急ぐことはない。
面倒くさがり屋のオスマンは、走るぐらいであれば魔法で飛んでくるだろう。
可能性があるとすれば、一人。
しばらくあとに現れた人物は、果たしてロングビルの予想通りの姿をしていた。
「……ぐっ」
広すぎる額を汗で光らせ、乱れた呼吸で無理に声を出そうとしたコルベールは、むせた。
気管に入ってしまった唾液を激しい咳でなんとか押し出し、顔を上げた彼に向けられていた視線は、なんとも形容しがたい光を帯びていた。
「ぐっ、偶然ですね、ミス・ロングビル」
見た目では予想できないが、コルベールが割に運動を得意としていることは、ロングビルは見抜いている。
今コルベールの額から滲んでいる汗は、女性を前にした緊張感だけが理由ではないだろう。
……何か簡単な言い訳でも用意しておけばいいものを……
そう思いながら、ロングビルは懐からハンカチを取り出し、コルベールの額に手を伸ばす。
「やっ! やっ!! よ、汚れますぞ!?」
首元まで赤く染めるコルベールの態度に、ロングビルは微笑みながら応じる。
「洗えばよろしいでしょう? あまりお動きにならないで……」
「あ、やっ、はっ……」
声にならない声を上げ、わずかに気を落ち着けたコルベールが、不動のままに問う。
「ど、どうしてこんなところに?」
「……少し、考え事をしておりまして……」
「さ、さようですか……」
話しを止めてしまった自身に、コルベールは強い怒りを覚えた。
そんなコルベールの様子を見かね、ロングビルはつい一つの問いを口にする。
「ミスタ・コルベールは、オールド・オスマンの持っておられるというマジックアイテムのことをご存じですか? 『業火』と呼ばれる……」
ちょっとした遊び心、そんなつもりで発した問いは、思いもかけない結果をもたらした。


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