あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

世界最強コンビハルケギニアに立つ-13




――夜、トリステイン魔法学院。
二つの月が静かに照らす中庭で、二人の男が対峙していた。
一方は子供の身長ほどはあるかという剣を携えた男、暁巌。
もう一方はミノタウロスと見まごうような巨躯を持つ男、ボー・ブランシェ。
遠巻きにルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの四人が見つめる中、二人は静かに向かい合っていた。


トリスタニアから戻った暁はまず、ボーの元へと向かった。
『感触を確かめるために、剣を用いた戦闘の相手をしてほしい』という依頼を伝えるために、である。
暁の知る限り、学院内にいる人間でこの要求に耐えうる人間はボーしかいなかった。
それはボーが相手ならば本気を出せるという理由と、『それくらいできなくてはつまらない』という暁の趣味に由来する感覚が根底に存在するからこその選択。
そしてその依頼をボーが快諾し、それを聞きつけたルイズたち四人が野次馬として参加することとなり、現在の状況が生まれている。


誰もが言葉を発さず、風が木々を揺らす音だけが通り過ぎていく。
そして風の音すらも消失した瞬間――二人は同時に大地を蹴った。
間合いの外から内へ――。
一瞬早く相手を射程内に納めた暁の剣が閃く。
だが――剣が振りぬかれる直前、自分の真横で何か質量をもった物体が風を切っている感覚を暁は感じた。
背筋に走る猛烈な悪寒。
そしてその直後、腹部に激しい衝撃が走り、暁の身体が浮き上がった。

暁の腹にめり込んだのは――真横から繰り出されたボーの拳。
少なくとも暁が剣を振るった時点、下手をすればもう少し後まで、確かにボーは暁の真正面にいた。
そこから一瞬で真横に回り込んで拳を繰り出す――もはや人間業とは言い難い動きである。

(わかっちゃいたが――無茶苦茶だな、こいつ)

後方に向かって吹き飛びながら、どこか他人事のように暁はそんなことを思った。


「暁、貴様少し剣に振り回されすぎではないか?初めて剣を振るったにしてはかなりいい動きなのだろうが、当たる気はまったくしなかったぞ」
「ああ、自覚はある」

ゆっくりと立ち上がり、呼吸を整えながらボーを見据える。
問題は山ほど見つかった。
まず、『剣を振るう動き』を身体が知っていること。
当然ながら暁は剣を振るった経験がなく、我流で少しずつ慣れていく予定だったのだが、何故か身体に癖に近い動きが染み付いていた。
結果として考える前に体が勝手に動き、制御しようと思ったときにはもう遅い、という状況が完成していた。
次に、なぜか身体の切れが異様に良くなっていること。
この手の違和感は以前銃を撃って見せた際にも感じたことであったが、その際はさほど身体を動かさなかったため『気持ち悪い』というだけで済んでいた。
だが今回のように派手に動き回る場合、違和感では済まないようだ。
あらゆる行動が普段より速く、イメージと身体の動きがまったくかみ合わない。
原因は、おそらく左手で淡い光を放っている使い魔のルーンにあるのだろう。
ロングビルは『武器に反応しているのではないか』と言っていたが、それでは済まないのかもしれない。
所詮は推測でしかない。だがそれ以外の理由は浮かばなかった。

「で、どうするのだ。終わりにするか?」
「冗談だろ?もう少し付き合えよ」

もとよりどうにかして慣れるしか選択肢はない。
むしろ今の状況を楽しまなければ、損だ。
猟奇的な、心からの笑みとともに暁は再びボーへ向かい、走る。



「僕はね、思うんだ」

暁とボーの立ち合いを眺めながら、ギーシュは引きつった笑みを浮かべていた。

「師匠に喧嘩を売るとか、今思えばものすごい愚かなことだった、ってね」
「そうね」

今も方向性が変わっただけで愚かなことには違いがない、ものすごく哀れな少年の回顧にルイズは適当な相槌を打つ。
正直なところルイズは彼に構っている余裕などない。
名目上は稽古という名を冠している暁とボーの戦いは、端から見ていて本気の殺し合いにしか思えないものだった。
暁が剣を振るい、ボーが打撃を繰り出す。
猛スピードで繰り返されるその行動一つ一つには、十分に人を殺しうるだけの威力が込められているように思えた。

「興味本位で見にきたけど……ありえないわね、これ」

普段と比べると明らかに真剣なキュルケの呟き。
タバサも本を閉じ、じっと二人の戦いを見つめている。
二人の平民の手によって繰り出され続けているのは、メイジですらそう簡単に発現できないほどの暴力。

『死ぬようなことはしねぇさ』

開始前の暁の言葉は信じていいものだったのか――。
その判断をルイズが見失いかけたとき、暁の身体は再び宙を舞った。



ゆっくりと身を起こす暁の身体中を、軋むような痛みが突き抜けていく。
そして胃が裏返る感覚とともに、胃酸が口から逆流した。
手加減されているとはいえ、さすがにボーの打撃が何度もまともに入ってノーダメージなどと言う甘い話は存在しないらしい。

【大丈夫かい?相棒】
「……一応聞くが、相棒って誰だ」
【へ?そりゃお前さんに決まってんだろ】
「ありえねぇ」

あからさまに戦闘能力が劣化していた。
いくら出力が高かろうが、使いこなせなければ価値など存在しないに等しい。
とりあえずは自分の身体を制御し、最悪でもボーと渡り合える状態に持っていく必要がある。
それがわかったことが今日の収穫だろう――暁は苦笑しつつそう結論付けた。

「俺は変な奴に好かれやすいのか?」
「暁、変な奴とは誰のことだ。そしていつから貴様は腹話術が趣味になった」

珍獣を見る様な目つきのボーと、珍獣を見る目つきの暁の視線が交錯した。

【変な奴ってのはたぶんオメーのことだろ、筋肉】
「ぬぉう!?剣がしゃべった!?」

顔にこれ以上ないほどの驚きを浮かべ、ボーが瞬時に後ずさる。
若干どころかかなりわざとらしい動きなのだが、動作には一切演技が含まれていない。
暁はボーが以前『お笑い芸人』と評されていた理由がよくわかった気がした。

「ななななんだその剣は暁!私にわかるように説明しろ!」
「こいつはデル公、ただのしゃべる剣だ」
「そんな説明で理解できてたまるか!」
【デル公って呼ぶな!俺っちにはデルフリンガーっていうちゃんとした名前があるんだ!】
「うるせーよお前ら」

二方向から極めて鬱陶しい騒音を浴びせられながら、暁は心底うんざりしたような表情を浮かべていた。



「終わったみたいね」

どこか安堵したようなキュルケの声を聞きながらルイズは大きく息を吐き、がっくりと肩を落とした。

(なんか、疲れた)

目で追うにはいささか速すぎる戦いを無理して見ていたこともあるが、それ以上に精神的な疲れのほうが大きい。
残念ながらルイズは『どちらかが死ぬのではないか』などと思いながら見る娯楽を楽しいと思うような趣向は持ち合わせていない。
暁かボー、どちらかがいなくなるかもしれないと思うと、見ているのが苦痛ですらあった。
『いなくなってほしくない』という感情と、それでも見つづけることをルイズに選ばせた義務感がどこから来たものなのか、ルイズに心当たりはない。
だが、一つだけ確かな想いがあった。
――できればこんなことはもう金輪際やらないでほしいし、万が一やるとしても自分は見にこないでおこう。
ルイズはもう一度、大きなため息を吐く。
キュルケとギーシュが暁たちのほうへと駆け寄るのが目に入ったが、ルイズは立ち上がる気力すら沸かなかった。
そんなルイズの目の前に小さな手のひらが現れる。
見上げるとタバサが、自分の手を取って立ち上がれと言いたげにルイズに向かって手を差し出していた。

「手」
「……ありがとう」

おずおずとの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
感謝の意を伝えるための言葉は、驚くほどすんなりと口から出た。



【よー、相棒。何なんだよこの鬱陶しい筋肉――】
「うるさい黙れ」

間違いなく騒音の元にしかならないであろう言葉を紡ごうとしたデル公だったが、暁の手によりその刀身が鞘にぶち込まれたことで未遂に終わる。

「暁、貴様何故そんなやかましい剣をわざわざ選んだ!」
「仕方ありませんわよミスタ・ブランシェ」

少々乱暴な問い、というか苦情に答えを返したのはキュルケだった。

「アカツキはお金がないヴァリエールに遠慮して、そんなあからさまにダメな剣を選んだのです。本当に……優しい使い魔だと思いますわ」
「なんと……そうだったのか暁。やはり貴様にも優しい心が」
「違ぇよ」

芝居がかった口調で、なおかつルイズのほうに意地悪な笑みを向けながら紡がれたキュルケの言葉を疑おうともしないボー。
それどころか彼は『私の目に狂いはなかった』とでも言いたげな視線を暁に向けてすらいた。
キュルケとて暁がそのような理由でデルフリンガーを選んだわけではないことは十分に理解している。
にもかかわらず嘘をついたのは、ルイズをからかうためであった。
だが、ボーという単純な男の存在が、その嘘によって一番被害をこうむる人間を暁に変えてしまう。
捻じ曲がった自分像を元に戻すため、ボーに事情を詳しく説明す暁の心底面倒臭そうな様子を眺めながら、キュルケはただ申し訳なさそうに苦笑を浮かべていた。

「わかったか?俺がデル公を選んだのは一番マシだったからだ、俺を勝手に優しい人間にするな」
「そう照れるな、貴様が実は心優しい人間だとわかって私は心から喜んでいるのだぞ?」
「だから違ぇよ」

結局、ボーへの説明のために暁が費やした手間と時間はすべて無駄に終わる。
ボーの頭の中にいるであろう『優しい暁』というわけのわからない生命体を激しく嫌悪しながら、暁は世界すべてを呪うように大きなため息を吐いた。

「アカツキは私が貧乏だから遠慮してあんな剣を買った、とか思われるとけっこう腹立つんだけど」

いろいろなものを諦めた暁に代わり、タバサとともに遅れて輪の中に加わったルイズが否定の言葉を引き継ぐ。

「む、決してそういう意味で言ったわけではないぞ」
「……まぁボーに悪気がないのはわかるけど、けっこう傷つくから私の前であんまりそういうこと口に出さないでくれない?」
「むぅ、了解した。すまない」

仏頂面にどこか申し訳なさそうな色を滲ませてボーがルイズに謝罪する様子を眺めながら、暁とキュルケはほとんど同時に安堵のため息を吐き出した。

「ところで暁、ルイズにしっかり礼は言ったのか?」
「ん?ああ、そういや言ってないな。ありがとよ、ルイズお嬢さん」
「どういたしまして。大事にしなさいよ」
「大事にするよ、なにしろルイズお嬢さんが俺のためにわざわざ買ってくれた剣だからな」

笑みとともにくしゃくしゃとルイズの髪をかき混ぜる暁。
その行動にルイズは非難の言葉を浴びせようとするのだが――何故か彼女の口からは、うまく言葉が出なかった。

「あらヴァリエール、もしかして照れてるの?」

ルイズにとっての不運は、この場にその行動の理由付けをやや強引でもやってのける人間がいたこと。

「僕にもそう見えるなぁ」
「うむ、照れているようだな。顔が赤い」
「照れてる」

そしてそれが一人ではないどころか、その場にいる全員だったことである。

「どうした?ルイズお嬢さん」
「~~~~~~っ!」

頬の赤さが一段回以上濃くなったのをルイズは自覚した。
顔が熱い。恥ずかしい。
頭の中に渦巻くそれらの言葉は、徐々に彼女を追い詰めていく。

「しかし師匠たちが召喚されてからルイズの違う一面が見れて、楽しいなぁ」

瞬間、ルイズの顔色が赤を通り越し、火を吹いた。
ギーシュがそのタイミングで口を開き、笑ったのは間が悪かったとしか言いようがない。
元々恥ずかしさで爆発寸前だったルイズにとってその一言がとどめになってしまったことと、彼自身が極めて鬱憤をぶつけやすい人物だったこと。
この二つが合わさった結果としてギーシュがこうむった被害は――ルイズに杖を向けられ、魔法によって攻撃されるという悲惨なものだった。

「っちょ、何で僕!?」
「うっさい!大人しくヤられなさい!!」
「そんな無茶な!?」

自身の周りで巻き起こる爆発を必死に回避しながら逃げるギーシュと、彼を追いながら何度も杖を振るうルイズ。
当人たちは必死だったが、端から見るとただの愉快な光景であった。

「うむ、元気なのは良いことだ」
「いや止めろよ、お前仮にも師匠だろ」

そんな呑気な会話を尻目に、ルイズの失敗呪文――本人はファイヤーボールを唱えているつもりである――は炸裂しつづける。

「僕そんなの喰らったら死ぬかもしれないんだけど!」
「そんなの知らないわよ!」
「知ってよ!?」

大地を抉り、木をへし折り、学院の壁に亀裂を走らせる。
次々と刻まれるその傷跡は、ルイズの魔法が生身の人間に直撃すれば軽傷では済まないことを示していた。
少なくともこの場にいる人間は、もうルイズの起こす爆発を失敗と笑うことは出来ないだろう。
そして暁たちが『そろそろ止めるか』と動こうとしたとき――大地が、揺れた。

「――ッ!」

背後に出現した、あまりにも巨大な気配。
それに反応し、弾かれるように後ろを振り向いた暁とボーが見事に固まる。

「なんだありゃ……」

どこか呆けたような暁の呟きにつられ彼の視線の先を見たほかの面々もまた、同様な言葉を頭の中に浮かべる。
それは、追いかけっこを続けていたルイズとギーシュをも静止させるのに十分なインパクトを持つ存在だった。
――馬鹿馬鹿しいほどに巨大な土のゴーレム。
まるでキングコングを土でコーティングしたかのようなそれが――ゆっくりと歩みを進めてくる。

「暁!一体何だあれは!何であんなデカブツがこちらに向かってくる!」
「俺が知るか!とっとと逃げろ!踏み潰されるぞ!」

まるで水面に広がる波紋のようにそれぞれがそれぞれの方向へと走り、ゴーレムの進路から逃げ出す。
そして誰もいなくなった空間にゴーレムの足が振り下ろされ、大地にめり込んだ。

「魔法ってのはあんなデカブツまで作れんのか、便利だな畜生!」
「あんなものそう簡単に作れるわけないじゃない!」

暁やボーにとってそれはテレビや漫画の中にだけ存在する極めて現実感のない存在であったし、
ルイズたちにとってはまだ現実味こそあったものの、そうそうお目にかかれる存在ではないことに変わりはない。
畏れや興味といった感情のこもった視線を浴びながら、ゆっくりとゴーレムが学院へと近づいていく。
そして大きく腕を振りかぶり――学院の壁に拳を叩き込んだ。
轟音とともに、壁に穴が穿たれる。

「……解体工事、ってことはないよな」
「アカツキ、それ本気で言ってる?」
「冗談だ、賊ってのは見りゃわかる。強盗にしたって派手すぎるけどな」

黒い影がゴーレムの腕を伝い、建物の中へ侵入していく。
ローブか何かで全身を覆っているらしく、暁の場所からでは背格好すら確認することが出来ない。

「なぁ、ルイズお嬢さん」
「何よ」
「あの強盗、黙って見逃すってわけにはいかないよなぁ?」
「そりゃそうだけど――ってまさかあんた」
「期待しないで待ってな」

唖然とするルイズをよそに、暁はゆっくりとゴーレムのほうへと歩みを進めた。
その顔には、心底楽しそうな笑顔が浮かべながら。

「ボー!始めるぞ!」

暁がそう叫んだ刹那――中庭の薄暗い闇を、獣じみた雄叫びが切り裂く。

「ぬぅおおおおおおおおおお!!」

叫び声の主は考えるまでもなく、ボー・ブランシェ。
そしてルイズが叫び声のしたほうに目をやると――彼は、ありえない場所にいた。

空中。

そうとしか表現しようのない場所にいるボーが現実であるとルイズが認識する直前――轟音が響く。
それは、ボーの蹴りがゴーレムの脇腹にめり込んだ音。

「な――」

普通は到達できない高さまで跳躍し、馬が全速力で壁に突っ込んだような一撃を繰り出す。
平民が魔法の助けなしにそんなことをやってのけたなどと言っても誰も信じないだろう。
それは目の前に存在する巨大なゴーレムが完全に霞むほどに、ルイズにとって――否、ハルケギニアに生きる者にとってあまりに現実味のない光景だった。

暁はずっと『どうすればこのデカブツを処理できるか』を考えていた。
結論から言えば『おそらく無理』である。
ロケットランチャーのような、そういったものに対処するための武器があれば話は変わってくるが、
そんなものが都合よく存在するはずのない現状では、どうにかするにはゴーレムのサイズが大きすぎた。
それでもゴーレムに挑むことを選んだのは、単純に暁がそういった困難や無茶に好んで突っ込んでいく人間だったからに他ならない。
だが、ボーの攻撃によってゴーレムが大きく傾いだことで、状況は大きく変わる。
校舎から出、腕を渡っている最中だった賊がものの見事にバランスを崩し、地面に向かって落下を始めたのだ。
そしてそれを見逃すことなく、暁は地を蹴リ走り出した。

走る暁の視線の先――落下中だった賊は空中で数度回転し、手にしているケース――何故そんなものがここにあるのかは甚だ疑問だったが――も手放すことなく、まるで羽毛のように着地した。
落下を始めた場所は学院の五階部分にあたる高さであり、普通はそんな簡単に着地などできるはずがない。
だが暁はそんな一連の流れに驚くこともなく――

『賊を殴り倒せばゴーレムは止まるかもしれない』
『違ったら違った時にまた考えればいい』

――そんな適当極まりない思考とともに、鞘に入れたままのデルフリンガーを振りかぶる。
瞬間、彼が聞いたのは、心底面倒臭そうな舌打ちと、小さな呟き。
それが賊の発した音だと理解する前に――賊の持った指揮棒のような何かが、暁を指し示した。

「――ッ!」

その瞬間暁が感じたのは、奇妙な浮遊感。
まるで水の中にいるような、空にいるような、自らの身体がふわりと浮き上がる感覚。
それは比喩でもなんでもなく――暁の身体は実際に、若干ながら空中に浮かび上がっていた。
あまりに唐突な、まるで想定していなかった状況の変化に暁は対応しきれず、振り下ろした脚は大地を踏みしめることなく宙を切った。
そして振り抜いた脚によって生じたベクトルは他のベクトルと混じり合い――慣性のままに暁の身体を振り回す。
それはまるで、溺れているかのような状況。

『レビテーション』

火・水・風・土のどれにも属さない『コモンマジック』と呼ばれる基本的な術の一つで、自分やモノを浮きがることができる魔法である。
だが、その決して戦闘用とは言えない魔法による僅か一、二秒感の浮遊は、魔法に関する知識も、宙に浮いた経験もない暁を混乱させるには十分すぎた。
そして落ち着く暇も、受身を取る余裕すら与えられることなく――唐突な浮遊感の消失とともに慣性が暁の身体を真正面から大地に叩きつけた。

(これがこの世界の魔法か!)

致命傷にはなりえないものの、一瞬動きを止めるには十分すぎる衝撃が全身を駆け抜ける。
未知の技により完全に手玉に取られたことを自覚しながら――暁は心の奥で、笑った。
暁の世界にも『魔法使い』は存在する。
もっとも魔法自体がハルケギニアのように当たり前の存在ではなく、神話や伝承の遺物をめぐる戦いの最前線にいた暁ですら実際に遭遇したのは数えるほど。
その上この世界の魔法は暁にとっては完全に未知。
未知の敵と戦えること、そして相手が十分に手強いこと――暁は純粋にそれが楽しくて愉しくて仕方なかった。

「暁ィィィィィィ!」

ボーの叫びが聞こえ、揺れる視界の端に指揮棒で天を指し示す賊の姿が映る。
指し示した先にあるのは――ゴーレム。

――嫌な予感しかしない。

無理矢理体を起こし、大きく前方へと跳躍する。
見れば、ゴーレムが崩壊を始めていた。
真下から見上げるそれは、さながらビルの崩壊のような光景。
そして三人がそれぞれの方向へと跳んだ直後――巨大な質量を構成していた土砂が大地に降り注いだ。


視界を埋めていた土煙が晴れたとき、既に賊の姿は消えうせていた。

「派手な逃げ方だな、おい」

残されたのは壁の大穴と土砂の山――。
『強盗が入った』と言うより『学院に迫撃砲が撃ち込まれた』と言ったほうが現実感がある、そんな光景。
苦笑とともにそれを眺めていると、ボーが慌ててといった様子で駆け寄ってくるのが見えた。

「無事か暁!」
「脚はちゃんとついてるぜ?」
「それならばよい。しかし……何だったのだ、あいつは」
「強盗だろ。目的の物はしっかり持ってたみたいだしな」

結局、賊は最後までケースを手放すことなく闇の中へと消えていった。
侵入時は所持していなかった以上、おそらくそれが学院内から持ち出されたものなのだろう。
やはり――暁にはどうしてもケースが引っかかる。
古びてはいるもののトランクの形状、見た目の材質はどう見ても近代的なものであり――まるで暁たちと同様に違う世界からきたかの如く、この世界のあらゆる事象から浮いていた。

(まぁ……気にしても仕方ねぇか)

どの道あとはこの世界の住人たちが勝手に片をつけてしまうだろう、自分には関わりようがない。
願わくばもう一度――という気持ちは無論あったが、その願いは叶わないだろう。
駆け寄ってくるルイズたちを眺めながら暁はそんなことを思い、苦笑した。




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