収穫の無かったガリア行きから帰ってきてすぐ、再びスコール達はガリア付近へと赴いていた。
今回受けた任務内容は、ガリアとトリステインの国境に位置するラグドリアン湖の精霊討伐である。何でも湖の水かさが増して村が一つ水没したとのこと。しかも未だに拡大を続けるその原因がこの湖に棲む精霊にあるらしい。
次に自分の所の村が水に飲まれてはかなわないと、湖付近の村々が金を出し合ってこの依頼は発生していた。
件の水没してしまったらしい家々の屋根を見ながらスコールは首をひねる。
「しかし……湖の精霊を退治すると言っても、その姿も見えずにどうするんだ?」
相棒へとその視線を向ける。ちなみにジョーカーは『戦闘が出来なくはないが基本的に自分は兵站が専門』であるとして再び留守番役だった。
「話によると、時たま姿を現すらしい。自分の住処を荒らされれば出てきもするだろうから、湖に攻撃を……」
与えてはどうかとアニエスが提案しようとしたところで、現れた人の気配に身構える。
「っと……あら、先客かしら」
木々の間に見えるのは、スコールと同い年ぐらいらしい少女と、もういくらか幼いような少女だった。
「メイジ……か?」
二人の羽織ったマントを見て呟く。敵意があるらしいわけではないと見て取り、ライオンハートの柄から手を離す。
こくりと頷きながら、長い杖を持った小柄なメイジが一歩前に出る。
「この湖に接しているガリア側の領土を任されている者。湖の増水に対処するために来た」
「それなら、私たちも目的は同じだ。私たちはトリステイン側の人々からの依頼で動いてる、傭兵のアニエスだ」
「……スコールだ」
軽く自己紹介すると、小柄な少女の方が先に一礼した。
「私はタバサ」
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ、よろしくお願いするわ。アニエスに、スコール? ふふふ、その額の傷も併せて綺麗な顔立ちね」
笑いかけてくる赤毛の少女から、ぷいとスコールは顔を背ける。
「ふ……モテるんだな?」
「からかわないでくれ」
アニエスに言葉に、スコールは口を尖らせる。
「第一、俺にだって恋人が居るんだ」
「お前女が居たのか!?」
出会って3ヶ月。初めて知った事実に目を剥くアニエス。
「……そんなに驚くことか?」
「いや……すまない。お前はあまり人付き合いが得意じゃないと思っていた」
憮然とした表情でまたそっぽを向くスコール。
「それは間違ってないが……」
その彼女や仲間のおかげでこれでもマシになった方なのである。
スマンスマン、と手をかざして謝りつつなだめる二人を眺めながらキュルケは短くため息を付く。
「あら、残念。……どうしたのタバサ?」
「……あの男、見覚えがある」
視線をスコールに向けたまま、呟く。
「え? そう? どこで?」
「一度だけ、学院に居た」
「嘘!? 私があんないい男を見過ごすなんてあり得ないわ! 何時!?」
「あの時あなたはその場にいなかったけれど、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが呼び出したというのは、確か彼」
タバサの言葉に、キュルケは改めてスコールへ視線を移す。
「そう……彼が……」
一方のスコール達もひそひそと二人だけで会話を交わしていた。
(敵意じゃないが、あの少女、やけに俺を見ているな)
(やはりモテるじゃないか。と、冗談だ。そう睨むな。だがあの娘妙だな)
(妙?)
眉を顰めるアニエスに尋ねる。
(ああ。メイジ……それも貴族だというのに家名は名乗らないし、それに『タバサ』などという名前は、まるで人形にでも付けるような名前だ)
(人形……)
(まぁ人形のように美しく、そして無表情であることは確かだがな……先程から眉一つうごかさん)
そこまで言うと、改めてタバサ達の方にアニエスは向き直る。
「先程言ったとおり、私たちも精霊を退治すべく来たんだが、肝心のその精霊がどこにいるのかが判らない。そちらは何か知っていないか?」
「ラグドリアン湖の精は常に水の中にいる。けれどなかなか姿は現さない」
タバサの言葉を引き継ぎ、キュルケが肩をすくめる。
「私の火で、湖を攻撃したらすぐに現れたんだけど、初日に逃げられちゃってからはずっと出てこないのよね」
ふむ、とスコールとアニエスで目配せし合い、背後の湖へと再び視線を移す。
「火で攻撃か」
(ジャンクション、属性攻撃にファイガ、属性防御にウォータをセット)
「湖に棲んでいる精霊、棲んでいる湖が蒸発させられてはやはり堪らないようだな」
ライオンハートと、ビスマルクのグリップがその手に握られる。
「ちょっと、人の話聞いてたの? 出てこなくなっちゃったのよ?」
「だったら嫌が応にも出てこざるをえなくするまでだ。レオンハート、有るだろう?火のG.F.は」
「ああ、そちらも擬似魔法で援護を頼む。まずは手数を増やすぞ」
スッとスコールが手を伸ばす。
「G.F.召喚、ケルベロス 反撃の狼煙!」
突如魔力で編まれた三頭の巨大な犬が水面に現れて、雄叫びを一つ上げると、現れた時と同じように突然消えていった。
「!? な、何今のは!」
「判らない。けれど、あの男の声によって現れたように思える」
後ろから見ていたタバサが冷静にそれを分析する。
「トリプル(三連)、ファイガ!」
アニエスの突き出した腕の先、水面の三箇所で爆炎が上がる。
「杖も持たずに魔法?」
「あれは多分、最近広まっている擬似魔法というもの。杖は必要なく、誰でも使えるらしい」
「あれが、噂の」
二人とも実物を見るのは初めてだ。
「タルブでの戦争でも使われたんでしょう……何でトリステインのメイジ達が気にもかけていないかが判らないわね。あの火は、合わせればトライアングルの私にも匹敵するわよ」
それも、全く別の箇所で同時に三つの炎を上げるなど、系統魔法ではどうしたって出来ない技だ。
「……それに関してはおかしい。あんな事が出来るという話は一切聞いていないし明らかに話に聞いていた力とは格が違いすぎる」
「でも、それでも無理よね……精霊が出てこなければ意味がないもの」
そう呟くキュルケの視線の先で、スコールが一歩前へと進み出る。
「G.F.召喚、イフリート 地獄の火炎!」
ズン、と重い振動が響き渡り、湖畔の一角に一柱の魔神が降り立った。
それが腕を組むとその足下から球形になって灼熱した地面、もとい溶岩が、魔神ごと上空に打ち出された。溶岩が上空である程度の高さに到達すると、乗っていた魔神自身の腕で下へ向かって叩き付けられる。もちろん狙いは、ラグドリアン湖そのものだ。
湖のほぼ中央に叩き付けられた溶岩が大規模な水蒸気爆発を発生させ、勢いよく湯気と水柱が上がる。
「あれが炎のG.F.か」
「初級G.F.イフリート。初級と銘打っているが、その力は見ての通りだ」
「成る程、頼もしい! トリプル、ファイガ!」
追い打ちをかけんとアニエスの声が飛び、再び炎が湖をあぶる。
「な……何なのよ今の……」
大量に発生した水蒸気で風が発生し、なびく髪を押さえながらキュルケが呻く。
「巨大な亜人……あれもあの男が使役したように見える」
「異国のメイジって聞いてたけど、いくつも使い魔を持ってるって言うの?」
『うおおおおおおおおお!』
ひときわ大きな水飛沫が上がり、水面から巨大な水の球体が飛び出す。
「出たか!?」
ライオンハートを構え直しながら、そちらに対峙する。
『我を脅かすのは貴様らか!?』
その声が誰何しながら、伸縮を繰り返した水の塊はやがて人の形をとる。
「私!?」
「姿を真似るか!」
「おのれ忌々しいっ!」
火の秘薬から精製した特製弾丸を装填しつつ、アニエスは自身と似た姿をとるモノへ銃口を向ける。
「フレイムショット!」
號ッ! ジャキッ! 號ッ!
立て続けに二発の炎が、その水を粉砕する。
『ううううおおおおお!?』
たちまち炎に身を焦がされ、形を保てなくなった精霊は水中へと潜る。
「イフリート、追撃しろ!」
轟、と再び溶岩の塊が水中に叩き付けられる。それも精霊の消えた場所を狙って。
『ああああアアああああアア!?』
姿は見えぬがその声ははっきりと聞こえる。
『オ、のぉぉぉれぇぇぇぇえええええ!』
怨念の篭もった唸り声を上げながら再びその姿が水面に現れ出ずる。
それが再び形を整えようとするが、スコールの眼前にあってそれは形が整うことがない。
『何ぃっ!? 貴様、単なる者では、ない、のかぁっ!?』
(単なる?)
意味不明なフレーズだ。
『その器の内にいくつもの魂を持った……多なる者!? 何者だ、貴様!』
その姿が、細長く形成されていく。
(今度はリヴァイアサンか!)
湖の精霊には似合いの姿かも知れなかった。
「蛇か!?」
「いや、竜の一種だ!」
叫びと共にライオンハートを走らせる。一つの強大な水流と化した湖の精の体当たりを真っ正面から受け止めるように飛び込みつつ、剣先はリヴァイアサンを模したその体を分断する。
『ううううう!?』
切り裂かれた水は再び湖へと落ち、スコールは水没した家屋の屋根を足場に、再び岸まで戻る。
そこまで見届けると再びアニエスは手を突き出して擬似魔法を放つ。
「トリプル、ファイガ!」
スコールも再度の追撃をイフリートへ命じた。
「イフリート!」
水面で炎が爆ぜ、溶岩がたたき込まれる。
「強い……」
一体どういう仕組みなのかは判らないが、確実にダメージは与えているその状況にタバサは無意識に呟いた。
真っ正面から攻撃を受けても平然と立ち、刃を当て、水中に逃げればその水そのものを蒸発せしめん勢いの炎で攻め立てる。
単なる力押し以外の何物でもないが、圧倒的なまでの力でもってそれを成せばこうなるという見本のようだ。
「って、黙って見てるだけじゃ名折れね。私たちも行きましょう」
キュルケの誘いに頷き返し、杖を掲げてタバサ達も戦線に加わる。
イフリートとアニエス、キュルケが湖を炙り、スコールとタバサで湖の精を切っていくのを繰り返して十数分。
あちこちに擦過傷を負って全身汗だくになりながらも、湖の水は完全に湯になり、岸は戦闘開始時から20メイルほど押し込んでいた。
完全に防戦一方となり、精霊は姿を見せなくなっている。時折波でこちらの足を掬おうとしてくるものの、それもすぐさまアニエスとキュルケの火で蒸発させられる。
「ふ……この調子で、行けば……」
「倒しきるまで、そう掛からないだろうな」
汗を拭いながらのアニエスの言葉を引き継ぐ。
「と、いうより……あなた暑くないの?」
呆れ顔でキュルケが尋ねる。汗で肌に張り付いた髪を掻き上げる様が妙に色っぽい。
「これくらいの熱さの場所は今までにも何度か行った」
サボテンダーのG.F.を手に入れるため砂漠地帯にも行ったし、そもそもイフリートを入手したのは溶岩流れる洞窟の中である。まぁ何にしろ平気でジャケット着ているスコールは変なのだが。
「もう一押しだ。仕留めるぞ」
ライオンハートを肩に担いだスコールが再び湖に向いた時点で、大きな水柱……もとい湯柱が立ち上り、反射的に体を構える。
『待て、多なる者よ! 今は争いに来たのではない!』
その湯柱が全て落ち、残ったのは再び水の塊だった。それが伸縮を繰り返し別の形をとる。
「では何の用だ」
『単なる者達、そして多なる者。お前達は強い。このままでは我は滅ぼされてしまう。何故に我を滅ぼそうとするのかを尋ねたい』
収縮した水は、今度はシヴァの形をとった。
「あら、なかなか綺麗ね。私には負けるけど」
何故か張り合っている火のメイジを余所に、思考を走らせる。
(最初にアニエス、次にリヴァイアサン、今度はシヴァ……俺は『単なる者』ではなく、いくつもの魂を持った『多なる者』……こいつも気づいているのか)
「……この湖の水を増やしたのはあんただろう。俺たちはそれで困っている周りの連中の依頼であんたを倒そうとしている。後ろのメイジ二人も同じだ」
スコールの話を聞いて、しばし首をかしげた後、精霊は再び尋ねた。
『では、我が広がるのを止めれば、お前達はもう我を襲わぬのだな?』
その台詞にスコールとアニエスは顔を見合わせた後、後ろにいるメイジ二人にも振り返った。
「異存はない」
「ここはこの子の領地で、私は手伝ってるだけだから、別に私の事は気にしなくて良いわよ」
二人の言葉に頷き返して再び精霊の方を向く。
「ああ、そうしてくれるのなら、俺達があんたを攻撃する理由はない」
『判った。我も滅ぼされたくはない。元の広さに収まろう……だが多なる者よ、頼みがある』
「頼み?……俺にか」
先程の会話から、『多なる者』とは自分であろうという当たりを付けて返事を返す。
『そうだ。そもそも我が広がったのは、秘宝をとりもどさんとせんがため』
「秘宝?」
『そうだ。我が暮らすもっとも濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど交差する前の晩のこと。数えるほどもおろかしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ』
精霊の形取っているシヴァが、思い出すように目を閉じて顔を上に向ける。
「それを取り戻そうとして、湖を広げたのか? 気の長い話だ」
呆れたという風にアニエスは額に手を当てる。
「その指輪が高山地帯やアルビオンにでもあればどうするつもりだ。大地の全てが水に覆われるぞ」
『無論、そうなるまで広げるまで。少なくとも先程まではそのつもりであった』
思考の前提が違っているな、と視線をそっぽへ向ける。
「……それでは、俺への頼みというのは」
『我が守りし秘宝、アンドバリの指輪を取り戻して欲しい』
「アンドバリの指輪」
そっと名前を繰り返す。
「聞いたことある気もするんだけど……何だったかしら」
友人へ尋ねるキュルケに、精霊の方から返答があった。
『彼の秘宝は、偽りの生命を死者に与える代物だ。
死は我にはない概念ゆえ理解できぬが、死を免れぬお前たちにはなるほど「命」を与える力は魅力と思えるのかもしれぬ。しかしながら、アンドバリの指輪がもたらすものは偽りの命。旧き水の力に過ぎぬ。所詮益にはならぬ』
(偽りの生命……アンデッドのようなものか?)
「それで、その指輪を盗んだ連中の特徴などは判るか?」
宙に浮かぶ精霊を見上げながら尋ねる。
「傭兵さん達、頼みを聞くつもり?」
「それが筋という物だ。そもそも俺たちが依頼を受けたのは、湖の増水を防ぐためだし、その原因が盗まれた指輪にあるというのなら、返してやるのが一番だ」
「我々は傭兵だからな。盗賊退治と、奪われた物の奪還も良く受ける依頼の一つだ」
フッと口元に笑みを浮かべながら、アニエスは言った。
『お前たちに、任せてもよいものか、我は悩む。だが我自ら執ろうとする手段が阻まれた以上、こうするより他に道はない。
風の力を行使して、我の住処にやってきたのは数個体。眠る我には手を触れず、秘宝のみを持ち去っていった』
「メイジが数名……名前などは判るか」
『確か個体の一人が、こう呼ばれていた。「クロムウェル」と』
キュルケがぽつんと呟いた。
「聞き間違いじゃなければ、アルビオンの新皇帝の名前ね」
「あんたがさっき言ったこと、冗談じゃ無くなりそうだな。放っておけばアルビオンまで水嵩が増しかねない」
「同一人物かは判らんが、何にしろ余計なことをしてくれたものだ」
やれやれと首を振ってもう一度尋ねる。
「外見的特徴などはわからんか?」
『単なる者よ、我にはお前達は皆同じにしか見えぬ。そこの多なる者ほど変わっていなければな』
キュルケがスコールを見上げる。
「多なる者ってあなたのこと?」
「そうらしい」
「他の人間のことは単なる者って言ってるみたいね」
「そのようだ」
「何なのかしら」
「さあな」
適当に相づちを打ちながら、思考する。
(そもそもこうして他に擬態しなければ、こいつには目らしい物も見あたらない。可視波長に意味はないということか?)
『多なる者よ』
「何だ」
『我が願いを真に聞き届けてくれるのか、我は見届けたく、同時に何かしらの礼もしたい。お前の裡に居る者どもと同じく、我も受け入れてはくれぬか』
「俺のG.F.になるのか?構わない。すぐにジャンクションしよう」
スッとスコールが手を掲げる。
「じーえふ……?」
「多分、先程の巨大な犬や炎の魔神の事」
疑問符を浮かべる友人に、タバサがフォローを入れる。
「あれが出現する時、彼は『じーえふ召喚』と言っていた」
「使い魔にする、って事? 水の精霊を」
戸惑いの言葉を吐くキュルケの目の前で、幾筋かの光が具象化した水の精霊からスコールへと飛んでいた。
「ドロー」
『多なる者よ、一にして全、全にして一なる我は、今後お前と共にある』
「報酬も受け取った。あんたの依頼、遂げてみせる」
今回受けた任務内容は、ガリアとトリステインの国境に位置するラグドリアン湖の精霊討伐である。何でも湖の水かさが増して村が一つ水没したとのこと。しかも未だに拡大を続けるその原因がこの湖に棲む精霊にあるらしい。
次に自分の所の村が水に飲まれてはかなわないと、湖付近の村々が金を出し合ってこの依頼は発生していた。
件の水没してしまったらしい家々の屋根を見ながらスコールは首をひねる。
「しかし……湖の精霊を退治すると言っても、その姿も見えずにどうするんだ?」
相棒へとその視線を向ける。ちなみにジョーカーは『戦闘が出来なくはないが基本的に自分は兵站が専門』であるとして再び留守番役だった。
「話によると、時たま姿を現すらしい。自分の住処を荒らされれば出てきもするだろうから、湖に攻撃を……」
与えてはどうかとアニエスが提案しようとしたところで、現れた人の気配に身構える。
「っと……あら、先客かしら」
木々の間に見えるのは、スコールと同い年ぐらいらしい少女と、もういくらか幼いような少女だった。
「メイジ……か?」
二人の羽織ったマントを見て呟く。敵意があるらしいわけではないと見て取り、ライオンハートの柄から手を離す。
こくりと頷きながら、長い杖を持った小柄なメイジが一歩前に出る。
「この湖に接しているガリア側の領土を任されている者。湖の増水に対処するために来た」
「それなら、私たちも目的は同じだ。私たちはトリステイン側の人々からの依頼で動いてる、傭兵のアニエスだ」
「……スコールだ」
軽く自己紹介すると、小柄な少女の方が先に一礼した。
「私はタバサ」
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ、よろしくお願いするわ。アニエスに、スコール? ふふふ、その額の傷も併せて綺麗な顔立ちね」
笑いかけてくる赤毛の少女から、ぷいとスコールは顔を背ける。
「ふ……モテるんだな?」
「からかわないでくれ」
アニエスに言葉に、スコールは口を尖らせる。
「第一、俺にだって恋人が居るんだ」
「お前女が居たのか!?」
出会って3ヶ月。初めて知った事実に目を剥くアニエス。
「……そんなに驚くことか?」
「いや……すまない。お前はあまり人付き合いが得意じゃないと思っていた」
憮然とした表情でまたそっぽを向くスコール。
「それは間違ってないが……」
その彼女や仲間のおかげでこれでもマシになった方なのである。
スマンスマン、と手をかざして謝りつつなだめる二人を眺めながらキュルケは短くため息を付く。
「あら、残念。……どうしたのタバサ?」
「……あの男、見覚えがある」
視線をスコールに向けたまま、呟く。
「え? そう? どこで?」
「一度だけ、学院に居た」
「嘘!? 私があんないい男を見過ごすなんてあり得ないわ! 何時!?」
「あの時あなたはその場にいなかったけれど、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが呼び出したというのは、確か彼」
タバサの言葉に、キュルケは改めてスコールへ視線を移す。
「そう……彼が……」
一方のスコール達もひそひそと二人だけで会話を交わしていた。
(敵意じゃないが、あの少女、やけに俺を見ているな)
(やはりモテるじゃないか。と、冗談だ。そう睨むな。だがあの娘妙だな)
(妙?)
眉を顰めるアニエスに尋ねる。
(ああ。メイジ……それも貴族だというのに家名は名乗らないし、それに『タバサ』などという名前は、まるで人形にでも付けるような名前だ)
(人形……)
(まぁ人形のように美しく、そして無表情であることは確かだがな……先程から眉一つうごかさん)
そこまで言うと、改めてタバサ達の方にアニエスは向き直る。
「先程言ったとおり、私たちも精霊を退治すべく来たんだが、肝心のその精霊がどこにいるのかが判らない。そちらは何か知っていないか?」
「ラグドリアン湖の精は常に水の中にいる。けれどなかなか姿は現さない」
タバサの言葉を引き継ぎ、キュルケが肩をすくめる。
「私の火で、湖を攻撃したらすぐに現れたんだけど、初日に逃げられちゃってからはずっと出てこないのよね」
ふむ、とスコールとアニエスで目配せし合い、背後の湖へと再び視線を移す。
「火で攻撃か」
(ジャンクション、属性攻撃にファイガ、属性防御にウォータをセット)
「湖に棲んでいる精霊、棲んでいる湖が蒸発させられてはやはり堪らないようだな」
ライオンハートと、ビスマルクのグリップがその手に握られる。
「ちょっと、人の話聞いてたの? 出てこなくなっちゃったのよ?」
「だったら嫌が応にも出てこざるをえなくするまでだ。レオンハート、有るだろう?火のG.F.は」
「ああ、そちらも擬似魔法で援護を頼む。まずは手数を増やすぞ」
スッとスコールが手を伸ばす。
「G.F.召喚、ケルベロス 反撃の狼煙!」
突如魔力で編まれた三頭の巨大な犬が水面に現れて、雄叫びを一つ上げると、現れた時と同じように突然消えていった。
「!? な、何今のは!」
「判らない。けれど、あの男の声によって現れたように思える」
後ろから見ていたタバサが冷静にそれを分析する。
「トリプル(三連)、ファイガ!」
アニエスの突き出した腕の先、水面の三箇所で爆炎が上がる。
「杖も持たずに魔法?」
「あれは多分、最近広まっている擬似魔法というもの。杖は必要なく、誰でも使えるらしい」
「あれが、噂の」
二人とも実物を見るのは初めてだ。
「タルブでの戦争でも使われたんでしょう……何でトリステインのメイジ達が気にもかけていないかが判らないわね。あの火は、合わせればトライアングルの私にも匹敵するわよ」
それも、全く別の箇所で同時に三つの炎を上げるなど、系統魔法ではどうしたって出来ない技だ。
「……それに関してはおかしい。あんな事が出来るという話は一切聞いていないし明らかに話に聞いていた力とは格が違いすぎる」
「でも、それでも無理よね……精霊が出てこなければ意味がないもの」
そう呟くキュルケの視線の先で、スコールが一歩前へと進み出る。
「G.F.召喚、イフリート 地獄の火炎!」
ズン、と重い振動が響き渡り、湖畔の一角に一柱の魔神が降り立った。
それが腕を組むとその足下から球形になって灼熱した地面、もとい溶岩が、魔神ごと上空に打ち出された。溶岩が上空である程度の高さに到達すると、乗っていた魔神自身の腕で下へ向かって叩き付けられる。もちろん狙いは、ラグドリアン湖そのものだ。
湖のほぼ中央に叩き付けられた溶岩が大規模な水蒸気爆発を発生させ、勢いよく湯気と水柱が上がる。
「あれが炎のG.F.か」
「初級G.F.イフリート。初級と銘打っているが、その力は見ての通りだ」
「成る程、頼もしい! トリプル、ファイガ!」
追い打ちをかけんとアニエスの声が飛び、再び炎が湖をあぶる。
「な……何なのよ今の……」
大量に発生した水蒸気で風が発生し、なびく髪を押さえながらキュルケが呻く。
「巨大な亜人……あれもあの男が使役したように見える」
「異国のメイジって聞いてたけど、いくつも使い魔を持ってるって言うの?」
『うおおおおおおおおお!』
ひときわ大きな水飛沫が上がり、水面から巨大な水の球体が飛び出す。
「出たか!?」
ライオンハートを構え直しながら、そちらに対峙する。
『我を脅かすのは貴様らか!?』
その声が誰何しながら、伸縮を繰り返した水の塊はやがて人の形をとる。
「私!?」
「姿を真似るか!」
「おのれ忌々しいっ!」
火の秘薬から精製した特製弾丸を装填しつつ、アニエスは自身と似た姿をとるモノへ銃口を向ける。
「フレイムショット!」
號ッ! ジャキッ! 號ッ!
立て続けに二発の炎が、その水を粉砕する。
『ううううおおおおお!?』
たちまち炎に身を焦がされ、形を保てなくなった精霊は水中へと潜る。
「イフリート、追撃しろ!」
轟、と再び溶岩の塊が水中に叩き付けられる。それも精霊の消えた場所を狙って。
『ああああアアああああアア!?』
姿は見えぬがその声ははっきりと聞こえる。
『オ、のぉぉぉれぇぇぇぇえええええ!』
怨念の篭もった唸り声を上げながら再びその姿が水面に現れ出ずる。
それが再び形を整えようとするが、スコールの眼前にあってそれは形が整うことがない。
『何ぃっ!? 貴様、単なる者では、ない、のかぁっ!?』
(単なる?)
意味不明なフレーズだ。
『その器の内にいくつもの魂を持った……多なる者!? 何者だ、貴様!』
その姿が、細長く形成されていく。
(今度はリヴァイアサンか!)
湖の精霊には似合いの姿かも知れなかった。
「蛇か!?」
「いや、竜の一種だ!」
叫びと共にライオンハートを走らせる。一つの強大な水流と化した湖の精の体当たりを真っ正面から受け止めるように飛び込みつつ、剣先はリヴァイアサンを模したその体を分断する。
『ううううう!?』
切り裂かれた水は再び湖へと落ち、スコールは水没した家屋の屋根を足場に、再び岸まで戻る。
そこまで見届けると再びアニエスは手を突き出して擬似魔法を放つ。
「トリプル、ファイガ!」
スコールも再度の追撃をイフリートへ命じた。
「イフリート!」
水面で炎が爆ぜ、溶岩がたたき込まれる。
「強い……」
一体どういう仕組みなのかは判らないが、確実にダメージは与えているその状況にタバサは無意識に呟いた。
真っ正面から攻撃を受けても平然と立ち、刃を当て、水中に逃げればその水そのものを蒸発せしめん勢いの炎で攻め立てる。
単なる力押し以外の何物でもないが、圧倒的なまでの力でもってそれを成せばこうなるという見本のようだ。
「って、黙って見てるだけじゃ名折れね。私たちも行きましょう」
キュルケの誘いに頷き返し、杖を掲げてタバサ達も戦線に加わる。
イフリートとアニエス、キュルケが湖を炙り、スコールとタバサで湖の精を切っていくのを繰り返して十数分。
あちこちに擦過傷を負って全身汗だくになりながらも、湖の水は完全に湯になり、岸は戦闘開始時から20メイルほど押し込んでいた。
完全に防戦一方となり、精霊は姿を見せなくなっている。時折波でこちらの足を掬おうとしてくるものの、それもすぐさまアニエスとキュルケの火で蒸発させられる。
「ふ……この調子で、行けば……」
「倒しきるまで、そう掛からないだろうな」
汗を拭いながらのアニエスの言葉を引き継ぐ。
「と、いうより……あなた暑くないの?」
呆れ顔でキュルケが尋ねる。汗で肌に張り付いた髪を掻き上げる様が妙に色っぽい。
「これくらいの熱さの場所は今までにも何度か行った」
サボテンダーのG.F.を手に入れるため砂漠地帯にも行ったし、そもそもイフリートを入手したのは溶岩流れる洞窟の中である。まぁ何にしろ平気でジャケット着ているスコールは変なのだが。
「もう一押しだ。仕留めるぞ」
ライオンハートを肩に担いだスコールが再び湖に向いた時点で、大きな水柱……もとい湯柱が立ち上り、反射的に体を構える。
『待て、多なる者よ! 今は争いに来たのではない!』
その湯柱が全て落ち、残ったのは再び水の塊だった。それが伸縮を繰り返し別の形をとる。
「では何の用だ」
『単なる者達、そして多なる者。お前達は強い。このままでは我は滅ぼされてしまう。何故に我を滅ぼそうとするのかを尋ねたい』
収縮した水は、今度はシヴァの形をとった。
「あら、なかなか綺麗ね。私には負けるけど」
何故か張り合っている火のメイジを余所に、思考を走らせる。
(最初にアニエス、次にリヴァイアサン、今度はシヴァ……俺は『単なる者』ではなく、いくつもの魂を持った『多なる者』……こいつも気づいているのか)
「……この湖の水を増やしたのはあんただろう。俺たちはそれで困っている周りの連中の依頼であんたを倒そうとしている。後ろのメイジ二人も同じだ」
スコールの話を聞いて、しばし首をかしげた後、精霊は再び尋ねた。
『では、我が広がるのを止めれば、お前達はもう我を襲わぬのだな?』
その台詞にスコールとアニエスは顔を見合わせた後、後ろにいるメイジ二人にも振り返った。
「異存はない」
「ここはこの子の領地で、私は手伝ってるだけだから、別に私の事は気にしなくて良いわよ」
二人の言葉に頷き返して再び精霊の方を向く。
「ああ、そうしてくれるのなら、俺達があんたを攻撃する理由はない」
『判った。我も滅ぼされたくはない。元の広さに収まろう……だが多なる者よ、頼みがある』
「頼み?……俺にか」
先程の会話から、『多なる者』とは自分であろうという当たりを付けて返事を返す。
『そうだ。そもそも我が広がったのは、秘宝をとりもどさんとせんがため』
「秘宝?」
『そうだ。我が暮らすもっとも濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど交差する前の晩のこと。数えるほどもおろかしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ』
精霊の形取っているシヴァが、思い出すように目を閉じて顔を上に向ける。
「それを取り戻そうとして、湖を広げたのか? 気の長い話だ」
呆れたという風にアニエスは額に手を当てる。
「その指輪が高山地帯やアルビオンにでもあればどうするつもりだ。大地の全てが水に覆われるぞ」
『無論、そうなるまで広げるまで。少なくとも先程まではそのつもりであった』
思考の前提が違っているな、と視線をそっぽへ向ける。
「……それでは、俺への頼みというのは」
『我が守りし秘宝、アンドバリの指輪を取り戻して欲しい』
「アンドバリの指輪」
そっと名前を繰り返す。
「聞いたことある気もするんだけど……何だったかしら」
友人へ尋ねるキュルケに、精霊の方から返答があった。
『彼の秘宝は、偽りの生命を死者に与える代物だ。
死は我にはない概念ゆえ理解できぬが、死を免れぬお前たちにはなるほど「命」を与える力は魅力と思えるのかもしれぬ。しかしながら、アンドバリの指輪がもたらすものは偽りの命。旧き水の力に過ぎぬ。所詮益にはならぬ』
(偽りの生命……アンデッドのようなものか?)
「それで、その指輪を盗んだ連中の特徴などは判るか?」
宙に浮かぶ精霊を見上げながら尋ねる。
「傭兵さん達、頼みを聞くつもり?」
「それが筋という物だ。そもそも俺たちが依頼を受けたのは、湖の増水を防ぐためだし、その原因が盗まれた指輪にあるというのなら、返してやるのが一番だ」
「我々は傭兵だからな。盗賊退治と、奪われた物の奪還も良く受ける依頼の一つだ」
フッと口元に笑みを浮かべながら、アニエスは言った。
『お前たちに、任せてもよいものか、我は悩む。だが我自ら執ろうとする手段が阻まれた以上、こうするより他に道はない。
風の力を行使して、我の住処にやってきたのは数個体。眠る我には手を触れず、秘宝のみを持ち去っていった』
「メイジが数名……名前などは判るか」
『確か個体の一人が、こう呼ばれていた。「クロムウェル」と』
キュルケがぽつんと呟いた。
「聞き間違いじゃなければ、アルビオンの新皇帝の名前ね」
「あんたがさっき言ったこと、冗談じゃ無くなりそうだな。放っておけばアルビオンまで水嵩が増しかねない」
「同一人物かは判らんが、何にしろ余計なことをしてくれたものだ」
やれやれと首を振ってもう一度尋ねる。
「外見的特徴などはわからんか?」
『単なる者よ、我にはお前達は皆同じにしか見えぬ。そこの多なる者ほど変わっていなければな』
キュルケがスコールを見上げる。
「多なる者ってあなたのこと?」
「そうらしい」
「他の人間のことは単なる者って言ってるみたいね」
「そのようだ」
「何なのかしら」
「さあな」
適当に相づちを打ちながら、思考する。
(そもそもこうして他に擬態しなければ、こいつには目らしい物も見あたらない。可視波長に意味はないということか?)
『多なる者よ』
「何だ」
『我が願いを真に聞き届けてくれるのか、我は見届けたく、同時に何かしらの礼もしたい。お前の裡に居る者どもと同じく、我も受け入れてはくれぬか』
「俺のG.F.になるのか?構わない。すぐにジャンクションしよう」
スッとスコールが手を掲げる。
「じーえふ……?」
「多分、先程の巨大な犬や炎の魔神の事」
疑問符を浮かべる友人に、タバサがフォローを入れる。
「あれが出現する時、彼は『じーえふ召喚』と言っていた」
「使い魔にする、って事? 水の精霊を」
戸惑いの言葉を吐くキュルケの目の前で、幾筋かの光が具象化した水の精霊からスコールへと飛んでいた。
「ドロー」
『多なる者よ、一にして全、全にして一なる我は、今後お前と共にある』
「報酬も受け取った。あんたの依頼、遂げてみせる」
ラグドリアン Lv18 HP986
修得済みアビリティ 未修得アビリティ 派生アビリティ
精神J 魔力J ―――――→魔力+20%→魔力+40%
ST防御J ST防御J×2――→ST防御J×4
まほう 運J
G.F. 精神+20% ――→精神+20%→精神+40%
ドロー GFHP+10%――→GFHP+20%→GFHP+30%
アイテム ちりょう
オートプロテス
召喚魔法 不変の誓約
その戦闘中、ありとあらゆるステータス変化を無効。