あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鷲と虚無-18


翌朝、才人の一日はルイズは起こす事から始まった。
ルイズはまだ寝ていたが才人たちは既におきている。
壁の時計は七時頃を指していた。
どうやらこの世界は一日の長さが微妙に地球とは異なっているようで、才人はそれの読み方が解らなかった。
だが自分が寝ていた三日間の間に厨房で同じ物をみたウォレヌスたちが見方を聞いており、さっき彼に教えてもらったという訳だ。
「そろそろあいつを起こしたほうがいいぞ。ただでさえ今日は機嫌が悪そうだからな、遅れたらもっと酷くなる」
昨日ルイズを言い負かした事を思い出しているのだろう、プッロはニヤニヤしながら才人に言った。
彼の言っている事が正しいのは解る。
朝の七時に起こせといわれた以上、彼女の性格から考えて遅れるのはどう考えても得策ではない。

才人はルイズのベッドの隣に立つと、「おい、起きろ。朝だぞ」と言いながらルイズの顔を覗き込んだ。
そこで彼は硬直した。彼女の肌の白さ、なめらかさや、精巧な西洋人形のように整った顔立ちに見とれてしまったのだ。
しかも彼女は完全に無防備のまま、目の前で眠っている。
寝巻きではなく制服姿のままというのも奇妙な魅力を作り出している。
(う~ん、やっぱ外見は凄い可愛いな)
これで性格がもっとおしとやかなら完璧なのに、と才人は残念に思った。

「う~~~ん……後五分」
寝ぼけているのか、ルイズはむずがる。
「七時に起こすように言ったのはお前だろ。起きろって」
もう一度強めにいうと、ルイズは渋々と身を起こした。
プッロが「おはようございますお嬢様」とからかうように言ったがルイズはそれを無視し、才人に向けて言った。
「着替えたいからパンツ取って。そこの引き出しの一番下に入ってるから」
「自分でやればいいだろ」
才人が面倒くさそうに言うとルイズは顔を不機嫌そうに歪めた。
「昨日雑用はやるって言ったのは誰だったかしら?」
渋々と才人は引き出しに手をかけた。
そしてなるべく見ないようにパンツを一枚取り出し、ルイズに向けて放り投げる。
それを受け止めたルイズはベッドのカーテンを閉め、姿を消した。
向こうから衣擦れの音が聞こえ初め、すぐに消えるとまたカーテンが開き才人は唖然となった。

ルイズは下着だけになっていた。
彼女の細い、凹凸の少ない平坦な体が露になっている。
半裸の彼女を見るのはこれで二回目だが、まだ慣れる筈もない。
「ばっ、馬鹿!いったい何を――」
「次は制服を着せなさい。それも引き出しの中だから」
あまりの事に才人が何もいえないでいると、隣からプッロが口を出した。
才人と違って、ルイズの肢体を見ても全く動じていない。

「まだ懲りてねえのか、お前は。服くらい自分で着ろ。それともまた“貴族は下僕に服を着させるの”とでも言うつもりか?」
「ふん、だからこれは“雑用”よ。ねえあんた、昨日確かに“雑用はやる”って言ったわよね?“他に出来る事が無い”んだから」
ルイズを意地悪そうな笑みを浮かべながら才人に言うと、そこにウォレヌスが更に割り込んだ。
「そもそも仮にも年頃の娘が男三人の前で半裸になる事に抵抗はないのか?羞恥心があるとは思えんな」
だがそれにもルイズは腰に両手を当て、落ち着いて返した。
その姿は妙に自信に満ちていたが、下着姿のせいで滑稽に見えた。
「使い魔とメイジは死ぬまで一緒に暮らすのよ?いわば一心同体、いちいち恥ずかしがる必要なんてないわ」

ルイズの理屈が妥当かどうかはともかく、才人は彼女に“薬代を払って貰った、看病して貰った、ギーシュとの再戦に協力させた”と借りが三つもある以上、強くは反対できない。
(それに……よく考えりゃこれって悪くないよな?)
この美少女の服を直接着替えさせるという事は、思春期の少年にとってはとても魅力的な事に映った。
「さ、早く着替えさせて」
「……ああ。解ったよ」
そう観念したかのように繕うと、プッロが少し心配するように問いかけた。
「おい、いいのか坊主?こいつの屁理屈なんか真に受ける必要は無いぜ」
才人は勤めて下心など無いかのように答えた。
「お、俺には構わないで下さい。これ位大丈夫ですよ。それにこいつには借りがありますし……」
「……そうかい。なら俺は何も言わねえがよ」
プッロは残念そうにそう言うと、引っ込んだ。

ルイズに服を着せている間、才人の心臓は早鐘のように鳴っていた。
鼓動が二倍は早くなっているのではないかと思わせる程で、周りに音が聞こえるんじゃないかと才人は心配した。
半裸のルイズを見るのは二度目だが、匂いを感じ取れる程に近づくのはこれが初めてだ。
当然の反応といえた。自分の顔が紅潮していないか、そして下半身が不埒な反応をしていないかどうかと才人は焦った。
だがルイズの反応を見る限りそれは杞憂のようだ。恐らく極度の緊張がそうなるのを抑えているのだろう。

しかし男の前で半裸になるどころかこれだけ接近させるとはどういう事なのだろう、と才人は不思議に思った。
いくらなんでも少しは恥ずかしがる筈だと思っていたが、ルイズはそんな素振りは全く見せていない。
(やっぱり男として見られてないって事か……それとももしかして俺に気があるとか?)
頭に浮かんだその希望的観測を才人は急いで振り払った。
まだあってから数日しか経っていないのにそんな都合の良い事がある筈がない。
だがそれでも女性経験がゼロである悲しさか、(もしや……)という思いは捨て切れなかった。
そして最後に慣れない手つきでわざわざボタンまで止めて着替えを終わらせると、ルイズは当然のように次の要求を出してきた。

「次は水汲んできて」
「ええ?まだやるのか?」
「顔を洗いたいの。そこに桶があるでしょう?それに水を入れてきてなさい。これは立派な雑用でしょ?」
ここに来て才人はルイズの魂胆を理解した。
プッロとウォレヌスを言いなりに出来ない分、自分を思う存分使い倒すつもりなのだろう。
「何も出来ないから雑用くらいはする」と言ったのは軽率だったかもしれない、と少し後悔した。
才人はプッロとウォレヌスを見たが、プッロは肩をすくめウォレヌスは「昨夜君は確かにそう言った。やるしかないだろうな」と言うだけだった。

これも自分で言い出した事だから仕方ないな、と才人は観念し桶を持って部屋を出ると四日前に洗濯に使った井戸に向かった。
今日はメイド達はおらず、代わりにまだ濡れている洗濯物が干されていた。
おそらく自分が来る前に洗濯は終わったのだろう。
早く終わらせようと才人は水を汲み始めたが、ただでさえ寒い早朝それは苦行でしかなかった。
水にぬれた指はすぐにかじかみ、感覚が薄れる。
それでもなんとか桶をいっぱいにすると、才人はそれをこぼさないように慎重に部屋に戻った。

「汲んできたぞ。これでいいのか?」
「ええ」
ルイズは汲んできた水を使って歯を磨き、顔を洗う。
そして今度は「タオルで顔を拭いて」と言ってきた。
これにはさすがに見かねたのか、プッロが口を出した。
「食い物こぼした赤ん坊か、てめえは。そこまで行くとただのズボラだぞ」
「あんたにやらせてるわけじゃないでしょう?問題は無いじゃない。双方とも合意の上なんだから。ねえ、サイト?」
そう言うとルイズは笑顔を浮かべて才人をジッと見つめていた。
彼女の表情を見て才人は本能的に「拒否したら危険だ」と感じ取った。
「え、ええ。問題はありませんです、はい」
そして丁寧に彼女の顔をタオルで拭いてやった。

「チッ……まあ、いい。今日の予定だが、四日前と同じなのか?」
「ええ、そうよ。朝食の後は午前の授業。その後は昼食。そして午後の授業で一日は終わり。教室も同じ場所よ」
ルイズがそう言うと、ウォレヌスが立ち上がった。
「では我々は厨房に行く。教室で会おう」
ルイズはその言葉に苦い顔をした。三人が厨房で朝食をとるのをあまり快く思っていないようだ。
だが彼女は何も言わずに部屋を出、三人もそれに続いた。

するとすぐ近くに四日前に遭遇したルイズの級友、キュルケが立っていた。
彼女は前に会った時と同じく制服の胸元を大きくさらけ出しており、ルイズとは比べ物にならない強烈な色気を放っている。
「おはようルイズ。それと使い魔さん達。気分はどう、ルイズ?」
キュルケは朗らかに挨拶をしたが、ルイズは露骨に嫌な顔をしながら返した。
「なにか用なの?ツェルプストー。今から食堂に行くんだけど」
「あら、級友に向かって随分冷たいのね。用って程じゃないけど、これを渡さなきゃいけないの。昨日で謹慎は終わりでしょ?だからここであなたを待っていたってわけ」
そういうと、キュルケは持っていたノートみたいな物をキュルケに手渡した。
「何よこれ?」
「ここ三日間の授業の内容のまとめ。先生たちが渡しておきなさいって、隣室の私に預けたの」
「そう。一応、感謝しておくわ」
ルイズは“一応”という言葉通り、本当に仕方なくといった風にはき捨てた。

キュルケは軽くうなずくと首をずい、と才人に近づけた。
彼女の香水の香りが鼻をつき、才人は少したじろいだ。
「ねえ、あなた。サイト……って言ったわよね?傷はどうなの?」
「え?あ、ああ。それならもうすっかり治った」
なんでそんな事を聞くんだろう、と才人は疑問に思いながらも答えた。
「じゃあ、あの話は本当だったわけね。ルイズが秘薬の代金を出したっていう」
そう言うとキュルケは今度はルイズの方を見た。
「変な事をするわねえ、あなたも。結構高かったでしょ?なんでそんな事をしたのよ……あ、もしかして彼に気があるとか?」
キュルケがいたずらげにそう言うと、ルイズは語気を荒げてきっぱりと否定した。
「ハッ、色ボケなツェルプストーらしい妄想ね!こんな貧相な平民に気があるとか、馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。自分の使い魔の面倒は自分で見たかっただけよ!」

するとプッロがククッ、と笑い始めた。
「ハハ、ものの見事に振られたようだな?坊主」
「そ、そのようですね……」
才人は苦笑いしながら答えた。
別にルイズが自分を好きだと思っていたわけではない。
まだあったから数日しか経っていないのだ。さすがに才人もそこまでナイーブではなかった。
そもそも彼自身がルイズに対してそのような感情を持っているわけでもない。
だが平気で裸を見せる事からもしや、と思っていただけにこうも明確に否定されると多少のショックは受けた。
やはりあれは単に自分を男して見ていないという事なのだろう。
ルイズは「さっさと厨房に行って朝食でもなんでも食べてきなさい!」と三人を急かすと、そのままキュルケと口喧嘩を続けながら廊下の向こうへ消えていった。

二人が去ると、才人は芽生えた疑問をぽつりと洩らした。
「なんなんでしょうね、あの子は?ルイズの友達ってわけじゃなさそうだし」
キュルケがルイズをからかって楽しんでいるのは間違い無さそうだったが、ルイズの方は本当に嫌っているように見える。
「さあな。だがいい女ってのには間違いない。特にあの乳だ!あれは素晴らしい。股ぐらがいきり立つってもんだ。是非とも一度思い切り掴んでみたい」
プッロは下卑た笑みを浮かべると、両手で何かを揉むような仕草をした。
「えっ、あの、それは――」
プッロの猥雑な仕草と言葉に、才人はどもった。
キュルケの胸部へのコメント自体は諸手をあげて賛同したかったが、こうもあっからかんと言われると恥ずかしく感じてしまう。
そうしたらウォレヌスがハッ、と小馬鹿にするようにプッロを笑った。
「ここの生徒だという事は、彼女は貴族だという事だ。貴様のような下民に興味を持つと思うか?」
「そうですかね?男の魅力に身分は関係ないでしょう。現にエジプトじゃ貴族どころか王族に――」
プッロがそこまで言うと、ウォレヌスは怒鳴って割り込んだ。
「命が惜しければその事は二度と口にするな、と言ったのを忘れたのか!?」
「あ~。へいへい」
才人はプッロがエジプトで王族と何があったのか興味を持ったが、ウォレヌスがこの話題を不快に感じているのは明らかだ。
彼の目の前では聞かない方がいいだろうと思い何も言わなかった。

三人は厨房へ向かい、そこで軽い朝食を取ってから教室へ向かった。
教室の前ではルイズが待っていた。
「きたわね。さ、入るわよ」
三人はルイズに続き、教室に入る。
その瞬間、四人は哄笑に包まれた。
教室中に笑い声が響く。
「おい、ゼロのルイズが戻ってきたぞ!」
「使い魔が役立たずで残念だったわね!」
「平民の看病をしていたそうだな!もしかして気があるのか?」
「どうせならずっと戻って来ない方が良かったのにねえ」
それは他の生徒たちのルイズを嘲笑する声だった。
ルイズは表情を変えずにそれらを無視し、さっさと机に座った。
だが才人は彼女が手を握り締めてる事に気づいた。
やはり、こんな風にクラス中の笑い者になるのは悔しいのだろう。

才人は四日前の授業の風景と、その後のルイズの激昂を思い出し不快感を抱いた。
間違いなく彼女は苦しめられている。
ただでさえ魔法が使えないのをあれだけ気にしているのだ。
それをこんな風に笑われればかなり辛いのは容易に解る。
そう考えると、彼女を無神経に囃し立てるあの連中が酷く醜い者に見えた。
だからといって才人には何も出来ない。
やめる様に言っても聞き入れるような連中ではないだろう。
むしろ更にルイズをあざ笑う為の材料を与えてしまうだけだ。仕方なく、才人は席に座った。

すると、教室の一角に忘れもしない顔を見つけた。
ギーシュだ。他の生徒たちと何かを話している。
彼の姿を認めた途端、四日前の屈辱が才人の脳裏に蘇った。
比喩ではなく文字通り目の前が真っ白になり、今すぐにでもギーシュに掴みかかりたい衝動に駆られた。
(落ち着け……今出て行っても何の意味にもならない)
才人はなんとか自分を押さえつけた。
ルイズを囃し立てている連中と同じで、今出て行っても何の意味もない。
事態をややこしくしてしまうだけだ。才人はせめてもの代わりとしてキッと彼を睨みつけた。
だが気づかれもしなかった。気づいたとしても振り向きもしないだろう。
自分の事など完全に眼中にないのだろうから。
そう思うと再び無力感と悔しさが体に湧き上がってきた。
才人はプッロの方を見やった。
昨日、彼は自分を鍛えてくれると約束してくれたが、何時始めるかは言わなかった。
なるべく早くしてくれよ、と思いながら才人は席に着いた。

やがてミセス・シュブルーズが現れると教室も静かになり、授業が始まった。
三日前はあくまでおさらいだったのだろう、今回の授業は聞いた事もない単語が飛び交い才人にはよく理解出来なかった。
だが時おり隣を見ればルイズは誰よりも熱心にノートを取っていた。
プッロが居眠りを始めた以外は授業は滞りなく進み、午前の授業が終わる。
途中で何度か生徒が実演する事になったが、ルイズは指名されなかった。
ミセス・シュブルーズも学習したのだろう。そして三人はまたルイズと別れた。

自分たちがここで食事をとるのはもう厨房の人間にとっても既成事実になっているのか、ついた時には隅のテーブルに昼食が既に用意されていた。
三人はマルトー達に軽く挨拶をして、それを食べ始める。
それをほとんど食べ終わる頃になってプッロが奇妙な事を言い始めた。
「ねえ隊長、俺は午後の授業に出なきゃいけないんですか?」
「なんだ、藪から棒に」
「ただ座ってるだけで退屈なんですよ。両方とも。言ってる事はわけが解らねえし。さっきは気づいたら眠ってたでしょう。あそこに俺がいても意味があるとは思えないんですがね」
それは才人も感じていた事だった。
正直に言って、自分達があそこにいても学べる事がそうあるとは思えない。
それにあそこにいるとギーシュの姿がちらついて落ち着かない。
だがウォレヌスは違う考えを持っているらしい。
「ここの魔法とやらがどういう仕組みなのかを知る格好の機会だぞ?知っておいて損は無い筈だ」
「そうかもしれませんがね、馬鹿な俺が聞いたって理解できませんよ。もし重要な事があるならあとであんたが教えてください」
ウォレヌスは少しの間、考えるようにあごに手をあててから答えを出した。

「まあ、いいだろう。好きにしろ」
「へへっ、ありがとうございます」
プッロはあまり誠意が感じられないように感謝すると、才人を見やった。
「お前はどうなんだ、坊主?隊長について行くのか?」
あくまでも問いかけを装っているが、プッロの目は別の事を言っている事に才人は気づいた。
“俺についてくるんだ”と。何が目的かはわからないが、何か魂胆があるのだろう。
そう思い、才人はうなずいた。
「俺も失礼させて貰います。ちょっと眠いから部屋で休んでおきますよ。ルイズにはそう言っていてください」
「ン、そうか。解った」
ウォレヌスはそう言うと、最後のパンのかけらを口に放り込み厨房を後にした。

彼が出て行くのを確認すると、才人はプッロに問いかけた。
「いったい何だったんですか?俺に用があるからあんな事を言ったんでしょ?」
「うんなもん決まってるだろ、お前を鍛えるんだよ。ウォレヌスがいない今ならバレる心配が無いからな」
才人はハッとなった。
「あ……なるほど」
確かにそれならウォレヌスから離れるいい口実になるだろう。
そして何よりもギーシュを倒すための訓練が始まるのだ。
思ったよりも早かったが、望む所だった。
何をするかはまだ解らないが、なんでもやる覚悟は出来ている。
「そういう作戦だったんですか……てっきり本当に退屈だったのかと……」
「まあ、授業が眠っちまうくらい暇だったってのは本当だ。だから一石二鳥だな。じゃあ学院の外に行くぞ。あまり人目にはつきたくないんでね。だがその前に部屋に戻って荷物をとらにゃならん」

“荷物”というのがなんなのか才人は疑問に思ったが、ルイズの部屋に戻ると、すぐにその“荷物”がなんなのかはっきりとした。
それは彼の武具と水桶、そしてタオルだった。
プッロは両手に自分の盾や鎧を抱えると水桶をタオルを才人に持たせ、足早に部屋から去り才人も後に続いた。
わざわざそんな物を運び出したのだからプッロが着るのだろうが、才人にはその理由が解らない。
「どうするんですか?その盾とか鎧とか」
だがプッロの答えは才人が予期しない物だった。
「坊主、お前が着るんだよ」
「えっ?俺がですか?」
思わず才人は叫んでしまった。
「そうだ。俺が着てどうするんだよ。あのガキともう一度戦る時は二人とも鎧を着なきゃいけないんだ。今の内にお前さんにやり方を教えておく」
それを聞いて才人は納得した。確かに丸腰であのゴーレムと戦うのは得策ではないだろう。
だが、続いてプッロは変な事を言い出した。

「それにお前の体力を測りたいしな」
「体力、ですか?」
「ああ。昨日、風呂でお前の体つきをみたがはっきり言って貧弱だ。だから体力がどの程度あるのか確かめさせてもらう」
貧弱だと言われて、才人は少しムッとなる。
特別体力に自信があるわけではなかったが、それでも貧弱と呼ばれればいい気はしない。
それに自分が貧弱ならギーシュなどは病人になってしまうだろう。
「そんなにヒョロいですか?俺は。普通だと思いますけどね」
「ま、それはもうすぐ解る事だ」
プッロは既に答えがわかっているかのような表情をしながら答えた。
「じゃあ水桶とタオルの方は?」
「お前さんには汗を沢山流して貰う事になる。それを洗い流すためだ。汗まみれのまま戻ったらウォレヌスに怪しまれるだろうからな。あいつそういう事には鋭いんだよ」

二人は井戸へ向かい、水桶を一杯にした。
そこで才人はルイズが自分達に協力する事をまだプッロに教えていない、という事に気づいた。
この事は早めに言っておいた方がいいだろう。彼はそう思いプッロにそれを教えた。
「そうそう、言う暇が無かったんですけど……」
「なんだ?」
「昨日あなた達が寝た後ルイズが外に行ったんですよ、眠れないからって。俺もちょっと考え事をして眠れなかったんでついていったんです」
「へ~。そんで?」
「長い話を短くすると、あいつにギーシュを倒す為に協力するって約束させました」
プッロはピタ、と歩みを止め才人に向かって振り向いた。
その顔は軽くだが驚嘆に包まれていた。

「おいおい、いったいどんな魔法を使ったんだ?絶対にキイキイ喚いて反対すると思ってたのに」
「そりゃ反対してましたよ。でも“あいつと戦うにはメイジの知識が必要だ”って言ったら納得してくれました。“あんた達バカ二人に任せてたら本当に殺されるから”みたいな事も言ってましたけど」
プッロはプッ、と吹き出した。
「あのガキらしい言い草だな。まあ、あいつは知識は凄いようだからいた方が楽になるってのは間違いない。良くやったぞ、坊主」
我ながら単純だとは思ったが、褒められて悪い気はしない。
「じゃあそのうち作戦会議でもやるんですか?あいつと」
「そうなるだろうな。あのゴーレムって奴の特徴や弱点について色々と聞かにゃならんし」
それには才人も賛成した。
あのゴーレムについては結局のところ一方的に殴られただけで、中身についてほとんど解っていない。
作戦を練るには情報が不足しすぎているだろう。
だがそうする為には三人だけで会わなければならない。
ウォレヌスを怪しませずにそうするのは難しいんじゃないかと才人は疑念に思った。

そうこうしてる内に二人は学院の外へ出た。場所としては三人が召喚された場所に近い。
周りには誰もいないため、訓練をするにはうってつけの場所なのだろう。
プッロは抱えていた荷物を地面に降ろすと、「受け取れ」と言って何かを才人に放り投げた。
それはノースリーブのシャツみたいな上着だった。
亜麻で出来ているように見えたが、羊毛のブランケットで覆われているためかなり厚手に出来ている。
才人は知る由もないが、これはスブアルマリスSubarmalisという鎧の下に着込む衣服、いわゆる鎧下の一種だ。
長年使い込まれている為か、所々擦り切れている上にはっきり言ってあまり綺麗ではない。

「……なんですかこれ?」
「鎧の下に着るんだよ。服の上に鎧をそのまま着けたら跡が酷い事になるし、それがあれば鎧が貫通されてもそこで止まるかもしれないしな。上着を脱いでそれを着るんだ」
「なるほど」
そう言いながら才人は着ていたパーカーを脱ぎ、シャツの上に鎧下を着た。
こんな物を寄こすんだから次は鎧を着るんだろうな、と才人は予測した。
「次はメイルをつけろ。大して難しくは無い。上から着るだけだ」
思った通り、プッロは鎧をつけろと言って来た。
言われるままに才人は鎖帷子を掴みあげる。
思ったより重い。慣れない手でなんとか袖を通したのだが、肩に重量がかかるのが辛い。
メイルの肩の部分が二重になってるのが原因だろう。

「どうだ?」
「重いです……特に肩が」
それを聞くと、プッロはある物を手渡した。
ローマ兵が身につけるベルトで、キングルムと呼ばれる物だ。
革で作られているが、金属製のプレートが埋め込まれており見た目より重量がある。
「これを腰に、メイルを持ち上げるようにしてつけてみろ。肩の重量が分散されるから楽になる」
才人は言われた通りやってみた。
するとプッロが言った通り、肩にかかっていた重さがだいぶ楽になった。
だがそれでもメイルが全体的に重いのには変わりない。
「次は兜だ。まあ、これは解るよな。ただ耳を兜の中に入れるのを忘れるな」
才人は兜を手に取り、頭につけた。
耳が冷たい金属に触れたために背筋が少しゾクッとなったが、それ以外に問題はなかった。
「防具はこれで終わり。後は剣と盾だ」

剣は鞘についたベルトを肩にかけるだけなので楽だった。
考えれば、本物の剣を握るのはこれが生まれて初めてだろう。
才人はその事に軽い興奮を覚えた。子供の頃の他愛もない思い出が脳裏をちらつく。
(チラシやら新聞やらを丸めた剣でチャンバラごっこをしてたな)
そんな事を思い出してる内に、この剣を抜いてみたくなった。
本物の刃を見てみたい。その思いは男としての本能と言っていいだろう。
「これ、抜いてみていいですか?」
プッロはニヤリと笑って答えた。
「初めて剣を手にした奴は大抵同じ事を言うもんだ。好きにしろ。だが振り回したりするなよ」

こんな状況でもプッロはちゃんと手入れをしていたようで、剣はすんなりと鞘を離れた。
その短剣は銀や青銅で装飾がされた鞘と違って、何の飾り付けもされていない無骨な物だった。
幅広の刀身を持った両刃の剣で、鍔が短い。
刃渡りは60cm程度。あまり長くはないがその分扱いやすそうだった。
太陽の光をあびて煌くその刃に、才人は一瞬目を奪われた。
間違いなく、それは美しいと言えた。だがこれは飾りではない。
実用性のみを求めた殺人の道具だ。
才人は召喚された時にプッロとウォレヌスが血塗れだったのを思い出した。
この剣は確実に誰かを刺し、恐らくは殺している。
それを理解した瞬間彼はぞっとする物を感じ、一瞬この剣を手から放り出したい衝動に駆られた。
そして更に気づく。この剣が誰かを殺したという事は、当然その剣を使った人間が殺人者である事を意味する。
つまりプッロは誰かを殺している。たとえ戦争とは言えど、誰かの命を奪っている。
(人殺し?この人が?)
彼は目の前の気のいい男が、殺人者というおぞましい存在だとはどうしても思えなかった。
(……考えるのはよそう。いまそんな事をしても意味が無い)
才人はそう自分に言い聞かせるとこの考えを無理やり脳の片隅に押し込め、剣を鞘に収めた。
そして逃げるようにして盾に手を伸ばし、持ち手を握った。

見た目からは解らなかったがとにかく重い。
10kg近くはあるだろうそれは手に持つのさえ一苦労だった。
才人はさっきまで考えていた事から気をそらす為に、プッロにその事を聞いてみた。
「あの……あなた達はこんな物を持って戦ってたんですか?」
「そうだよ」
プッロは事も無げに答えたが、才人にとっては信じられない事だった。
持っているだけでも辛いのに、こんな物を振り回して戦うなんて不可能に思えた。
少なくとも自分なら1分も耐えられないだろう。

「これで準備は出来たな。取りあえず、今から走ってみろ。これ以上は無理だって所までな」
「え?走る?」
「ああ、それでお前さんの体力が大体解る。走るっても軽くでいい」
「はあ……」
プッロが自分に鎧を着せた理由はこれで理解できた。
だが、才人にとってこんな重たい物をつけたまま走るのは初めてだ。
どれくらい持つのか不安だった。
取り合えず軽く走り出したが、予想以上に辛い。
前に進む度に鎧の重さが体にのしかかり、動きを制限する。
おまけに左手に盾を持っているためにバランスが崩れ、さらに体力を消耗する。
5分も持たない内にふくらはぎが悲鳴を上げはじめ、肺から空気が搾り出されて息も絶え絶えとなった。
消耗しきった才人は足を止め、膝に手をついてぜえぜえと激しく息を切らした。 
額にはじっとりと玉の汗が浮かび、顔を流れ落ちた。

その醜態を見てプッロは言った。
「参ったな、こりゃ。予想以上にひでえ」
その声には明らかに呆れが篭っている。
「今まで新兵は何人も見てきたが、その中でも一番の酷さだったぞ、お前は」
その言葉に悪意はなかったが、さすがに才人はムカッとなった。
「悪かったですね、それは。でもあんな物つけて走れなんて正気の沙汰じゃないですよ。そういうプッロさんはどれ位走れるんですか?あれを着て」
半分あてつけのつもりで聞いた才人だったが、プッロは事も無げに答えた。
「少なくとも40分は出来るな」

開いた口が塞がらないとはこの事だろう。単純に考えればプッロの体力は才人の8倍以上ある事になる。
古代の人と現代人にはそれだけの差があるのか?と才人はいぶかしんだ。
だが彼は間違っている。正確に言えば、重装歩兵と現代の一般人の差、と言った方が正しい。
言ってみれば彼らは戦闘の間、数十キロの重量を着こんで長時間の間全力運動をする事になる。
その為には当然かなりの体力が必要になる。
プッロとは直接の関係はないが、紀元前490年のマラトンの戦いにおいてアテネの重装歩兵隊は完全武装のまま1・5kmもの距離を駆け足で移動し、そのままペルシャ軍と戦いそれを蹴散らした。
それ位のスタミナが無ければ重装歩兵は勤まらないのだ。
当然ろくに運動をしていない現代人とは比べ物にならない。

「だいたい予想はつくが、持続力の方はどうなんだ?俺達は今お前が着てた物に加えて、投槍二本、設営用の杭、それと寝具やら調理器具やらその他私物を持って1日に最低7時間歩かにゃならん。同じ事が出来るか?」
「まさか、無理ですよ!」
今身につけている物だけでも20kgはある。
それにそんな荷物を背負ったら7時間どころか30分持つかどうかも怪しいのは、悔しいが認めざるをえない。
才人は特にスポーツをしているという訳ではないが、それでも太っているというわけではない。
そこまで運動不足ではないという認識を持っていたためショックだった。
だが、そんな体力があってもギーシュとの決闘とは関係ないんじゃないか、と疑問に思った。
戦うといっても7時間も戦い続けるわけではないだろう、と。精一杯の抵抗を込めて才人はそれを聞いてみた。

「でもギーシュと意味あるんですか、それ?俺は別に軍隊に入りたいわけじゃないんですけど……」
「知ってるよ。だが戦う、ってのはかなり体力を使うんだ。今のお前なら戦い始めたら一分も経たずにへばるだろう。
 だからまず体力作りからはじめないとどうにもならないね。それまで他には何もしない方がいい」
才人は少しガッカリした。
そう簡単には行かないだろうとは解っていたが、これではかなりの時間がかかりそうだ。
「でもその合間に何か、技とかも教えてくれてもいいんじゃ?」
その一縷の期待をかけた提案もあっさりと却下された。
「戦う方法を知ってても、それが出来る体力がなきゃ意味がねえだろ。最低でも鎧を着たまま5分は全力で動けなきゃな。さっきの走りで言えばあれを最低で20分だ。
 役立てられる体力が無いんなら技術だけ教えても効率が悪い。それに訓練にはちょっとした器具があった方がいいんだが、そんな物無いからな。その内なんとか調達するにしても今は無理だ」

はぁ~、と才人はため息をついた。
だがプッロの言う事に反論は出来ない。ここは従うしかないだろう。
「だいたいどれ位かかると思いますか?そうなるまでに」
「軍じゃあ素人がかろうじて使い物になるまで五ヶ月はかかるが、お前には部隊行動なんかを教える必要はないからその分は短縮できる。まあ三ヶ月って所だ」
「そ、そんなにですか……」
「当たり前だ。ド素人のガキがそんな簡単に強くなれるんなら俺達は商売上がったりだし、そもそもマルスがそんな事をお許しにならん」
やはり思ったより長くかかりそうなので少し気が挫けた。
辛い修行は構わない。だが時間がかかるというのが嫌だった。
そこで才人はギーシュの顔を思い出して気を奮い立たせた。
(これもあいつを負かす為だ。やるしかない)

もう着ている必要も無いので、才人は鎧を脱ぎ始めた。
まず盾と剣を地面を置く。次は兜を取り、その後は鎧、鎧下と続けた。
それを見届けると、プッロは次の課題を口に出した。
「今言った通り、まずお前さんには体力が必要だ。だからまずは走れ。体作りの基本はそれだからな」
「走る……ですか?」
「ああ、さっきと同じようにな。鎧が無いからずっと楽な筈だ。俺もついていってやるからどうやっても足が動かなくなるまで走るんだ。あと、上着を脱いどけ。じゃなきゃ汗で引っ付いて気持ち悪い事になるからな」

さき程の息切れはもう収まっている。走る事に問題は無い筈だ。
才人はプッロの言う通りにシャツを脱ぐと、そのまま走り始めた。
朝ほどではないとはいえ、やはり上半身が肌寒い。
才人はすぐ後ろをプッロがついていく中、我慢して周りを走り回る。
そのうちに体が温まったので寒さはそのうち気にならなくなり、15分は特に問題なく駆け続けられた。
だがそれから少しずつ息が上がり始め、脚が痛み始めた。
痛みを抑えるためにやむなく速度を落とすと、すぐにプッロの叱責が飛んできた。
「どうした、足が遅くなってきてるぞ!それが限界か?」
「い、いえ。まだ大丈夫です!」
プッロの声を撥ね退けるようにして才人は無理やり足を速めた。
当然ながら痛みは酷くなり、息は更に荒くなる。
それでも意地で走り続けたが、15分ほど経つとどうやっても足が上がらなくなり、バランスを崩した才人は地面に倒れこんだ。

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
彼の脳が肺に酸素を取り込めと疲れきった体に命令し、意思とは無関係に息を荒げさせた。
だがそんな才人とは裏腹に、プッロは息切れすらしていなかった。
本当に自分とは体力が桁違いに上なのがこれで理解できた。
「まあ、最初はこんなもんか……先が長くなりそうだな。少し休んだら次は腕立て伏せだ」
「……へ?まだやるんすか?」
これで終わりかと思ったのに冗談じゃない、と才人は思った。
もうこれ以上は体が動かない。だがプッロはあっさりと答えのけた。
「当たり前だ。これ位で根をあげられるようじゃ困る。血の小便を出すくらいの事はして貰う。今度もぶっ倒れるまでやれ」
(こ、この野郎……)
理不尽な泣き言だと解りながらも、才人はプッロの言葉に怒りを覚えた。
だがここで止めてしまえばきっと後で後悔する。そう思い、才人は喉元まで出かかった文句を飲み込んだ。
5分ほど休んだ後に、才人は言われた通りに腕立て伏せを始める。
隣ではプッロが先ほどと同じく、才人と同じく腕立て伏せをしていた。
自分では出来ない事をやらせているわけではないと証明しているのだろう。
主に腕を使う運動なので思ったよりは続けられたが、それでも30回程で腕の筋肉と肺が限界を迎えた。

「ゲハッ!ハァッ、ハァ……ハァ……ハァ……」
再び地に突っ伏した才人は走りすぎた犬のように息を切らした。
だがプッロはさっきと同じく疲れたそぶりすら見せていない。
「本当は腹筋もさせたかったんだが、今日はさすがに無理そうだな。明日からはもっときつくなるから覚悟しとけよ」
今日はこれで終わりだと解り才人は安堵したが、予想していたとはいえプッロの“明日からもっときつくなる”という言葉に憂鬱になった。
明日には筋肉痛が凄まじい事になっている筈だ。そんな状態で今日やった事に加えて腹筋までやったら……
正直に言って想像したくもなかった。
だが言うまでもなく、プッロに鍛えてくれと言い出したのは自分からだ。
そしてギーシュに勝つためだ。我慢するしかないだろう。
プッロが言っていた通りに才人は汗が凄い事になっていたので、持ってきた水桶でそれを洗い流し、上着を着なおす。
そして二人はその場を後にした。普通に歩いているプッロとは違い、疲れのせいで才人の足元はフラフラとしおぼつかない。

そんな中、プッロが「そういや一つ聞きたいんだが」と才人に問いかけた。
「なんですか?」
「お前の家は商人だって言ってたよな?金持ちなのか?」
なんでこんな事を聞くんだろう、と才人は不思議に思いながらも否定した。
「いえ、違いますよ。普通です。それ以外に言いようがない位に普通の家です」
「そうか……いや、前にお前と同じようなモヤシの家庭教師をした事があってな、そいつが金持ちの息子だったからお前もそうなんじゃないかと思った」
「か、家庭教師ですか?」

プッロが家庭教師。これ程似合わない物はちょっと考えにくいだろう。
彼が机に向かって何かを教えている姿がどうしても想像できない。
いったい何を教えていたのか、才人は気になった。
まさか微分積分を教えてたわけではあるまい。
ちなみに自分がモヤシと呼ばれた事には何も言わなかった。
プッロを基準にすれば事実だし、第一文句を言う気力も無かった。

「家庭教師って、いったい何を教えてたんですか?」
「戦い方だよ、お前みたいにな。といってもあっちはお遊びみたいなもんだったが」
戦い方を教える家庭教師なんて聞いた事もないが、それで合点が言った。
確かにそれならプッロが適任だろう。
「そいつも体力の無さじゃお前といい勝負、いやそれ以上だったかもしれん。おまけに胃が弱い」
「何歳くらいなんですか?その人」
本当にモヤシみたいな奴なんだろうなと、才人は想像した。
ギーシュは自分よりもヒョロかったが彼はそれ以上なのだろう。

「いま、ちょうどお前と同じ位の年だ。オクタウィウスっていうんだがユリウス家っていう古い貴族のお坊ちゃんでな、更にカエサルの大甥でもある」
カエサルは流石に才人も名前くらいは知ってるし、プッロとウォレヌスの上官だという事も聞いている。
だが逆に言えばそれくらいしか知らない。
だからそのオクタウィウスという人物の出自が凄いらしいのはなんとなく理解できたが、いまいちピンと来ない。
「貴族のお坊ちゃんってわけですか?なんだかギーシュみたいですね。ヒョロいってのも」
「あんなキザ野郎とは比べ物にならねえよ。体力はからっきしだがあいつの頭は凄まじくよく切れる。恐ろしいくらいにな。将来はかなりの大物になると俺は睨んでる」
もし才人が世界史の授業の内容を覚えていれば、「ユリウス家」と「カエサルの大甥」という言葉で「オクタウィウス」が後のローマ帝国初代皇帝アウグストゥスだという事に気づいたかもしれない。
だが幸か不幸か、歴史は彼が一番苦手とする科目だった。
よってそんな事に気づく事もなく、(体はよわっちいけど頭はいい、か。なんだか根暗そうな奴だな)という感想を抱いただけだった。

なにはともあれプッロとの訓練といい、ルイズの協力といい、ギーシュとの再戦は思ったよりずっと早く形になりつつある。
無論、実際にそうなるのはまだまだ先の話だろう。
だがそれでもスタートは切った。後は自分の根性がどれだけ続くかだ。
才人はそう思いながら、痛む足を引きずった。


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