あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

毒の爪の使い魔-53-a


――アルビオン:ウエストウッド村・ティファニアの家――

ここウエストウッド村には十軒程度の家が建っており、子供達は三人で一軒に住んでいる。
だが、朝食と夕食はティファニアの家で取る事になっていた。因みに昼食は庭で取る事になっている。
子供達は食事中は無駄話もせずに行儀良くしていたのだが、食事が済めば凄まじいはしゃぎっぷりを見せた。
そんな子供達も、今はティファニアに家へと送ってもらっている。
「あ~…漸く静かになったゼ」
煩い子供連中がいなくなり、静かになった居間の床にジャンガはだらしなく寝転がり、大きく伸びをする。
椅子に腰掛け、ティファニアに貰った食後のワインを飲んでいるアンリエッタがジャンガを振り返る。
「あの年頃の子は、あれ位元気なのが良いと思いますわ。わたくしも、あの子達ぐらいの時はルイズと一緒になって騒いでいましたから」
アンリエッタは在りし日を懐かしみながら微笑んだ。
その言葉に、ああ、とジャンガは納得する。
「そう言や……何時だかの品評会の時にお前がやって来て、あのクソガキとそんな事を話してたっけな…」
その時、部屋の外で盗み聞きした内容をぼんやりと思い返しながら呟く。――そして、ため息。
アンリエッタは小首を傾げる。
「どうかしたのですか、ジャンガさん?」
「ちょっとな…。――あのガキ共と同じ位のお前とあのクソガキが、一緒になって馬鹿笑いをしているのを想像すると…笑えてよ」
「そうですか」
アンリエッタがそう言うと、ジャンガは自嘲気味に笑う。
「…ま、俺はお前ほど楽しい思い出なんざ、欠片も無いがよ」
そう言って、ジャンガは思い出す。
ジャンガはアンリエッタの正面、テーブルを挟んだ位置でワインの注がれた小さめのグラスを持つ人物に目を向ける。
アンリエッタの捜索でこの村へとやって来たアニエスだ。
「そういや、お前もガキの頃は思い出したくない事があるんだっけな。ついこの間まで引き摺ってるような根深いのがよ…」
アニエスは無言でグラスの中身を見つめている。

――故郷を、友人を、家族を、己の居場所の全てを奪った相手へ復讐をする。
それが二十年間をがむしゃらに生きてきた己の全てだった。少なくとも、リッシュモンを殺した時までは…。
だが、あの亜人――ジャンガの言葉に彼女は復讐の空しさと無意味さを知り、新たな故郷――心の拠り所を見つけられた。
彼のお陰で自分は変われた…、大きすぎる借りだった。

(あれで口の悪さが無ければな…)
そんな事を考えながらアニエスはグラスの中身を飲み干した。

アンリエッタはアニエスとジャンガを見比べながら薄く笑みを浮かべる。
「誰しも、良くも悪くも子供の時はありますわ。そして、それに別れを告げ、大人となるのです…」
言いながらグラスの中のワインに目を落とす。
ユラユラと揺れるワインに鏡のように自分の顔が映る。

――ジャンガと彼女が意識を取り戻して数日後、アニエスがこの村へとやって来た。
アンリエッタの捜索でやって来た彼女の話を聞き、アンリエッタは直ぐにでもトリステインに戻ろうとした。
だが、それをジャンガは止めた。”傷が治るまで位は遊んでもいいだろ”などと言いながら。
アンリエッタは大分傷は治っているものの重傷には変わらず、無理をすればまた怪我がぶり返す恐れがある。
そんなつまらない事で”お気に入り”をジャンガは壊したくないのである。
更に付け加えれば、アニエスの話では今現在はアンリエッタの母であるマリアンヌが臨時で政治の杖を振っているとの事。
ならば、急がずとも直ぐに国がどうなる事も無い。このまま任せても大丈夫だろう。
ジャンガはそう判断し、暫くはここに止まる事を決めた。
娘に苦労を掛けてばかりだったその母親にジャンガは自分の親を重ねたのである。
苦労を掛けた分、肩代わりをしろと言うわけだ。
『親の心、子知らず』と言う言葉が在るが、ジャンガにしてみればそれは『子の心、親知らず』と言うわけだ。

ジャンガは大きく欠伸をした。
「そんな事自慢げに語るんじゃネェよ…」
そのまま視線を窓の外へと向ける。
真っ暗な夜空には月が浮かんでいた。交差し、白く輝く一つの月となっていた。
「虚無ね…」
ポツリと小さく呟き、この間の事を思い出す。



――ある日、傭兵崩れと思しき一団がこの村にやって来た。
彼等はどうやらレコン・キスタに雇われていた連中らしかった。
例の怪物や途中で乱入してきたガリア軍によってレコンキスタ側は壊滅し、彼等は報酬を得られなかったらしく、
本業である盗賊の仕事で稼がねばならなかったようだ。
ティファニアは村の代表として彼らの前に立ち、渡せる物は何も無いから出て行って欲しい、と気丈に振舞った。
しかし、連中も端から金目の物が在るなどとは思ってなかったらしい。
ティファニアやアンリエッタを見て、金貨何枚になるだろうなどと口にする所から、
どうやら今回は人攫いが目的だったようだ。
こんな無礼な行いをアニエスが見逃せるわけがなく、剣を抜き放った。
ジャンガも静かに寝ていた所を弓矢が枕代わりの薪に突き刺さって起こされた為、敵意むき出しで威嚇した。
だが、二人が男達と戦う事は無かった。
突然、ルーンが聞こえてきたのだ。しかも、それはジャンガには聞き覚えの在る物だったのだ。
唱えていたのはティファニアだった。ペンシルの様な細く短い杖を振りながら詠唱を続け、男達に杖を振り下ろした。
瞬間、男達の周囲の空気が歪む。
その歪みは暫くして消えてしまったが、男達は様子が違っていた。
呆けたような表情で立ち尽くし、辺りをきょろきょろと見回す。
そんな男達にティファニアはなれた様子で話しかけた。
偵察がどうとか、隊は向こうだとか、いろいろと話をし、それが終わるや男達は来た道を引き返していった。
そして、何が何やら解らずに立ち尽くしていたジャンガ達にティファニアは振り返る。
彼女曰く、彼らの”ここに来た目的の記憶”を消したとの事。
杖を振っていた事からもそれが魔法であることは容易に知れた。
記憶を奪う魔法などアンリエッタも聞いた事が無いが、ジャンガはその正体に薄々気が付いていた。
…答えを言ったのはデルフリンガーだった。

「そのハーフエルフの娘が使ったのは”虚無”だよ」

その夜、ティファニアは子供達をそれぞれの家に帰した後、三人(と一振り)に事の次第を話した。
彼女は、このサウスゴータ一帯を含めた広い土地を治めていた財務監督官の父と、その妾であったエルフの母との間に生まれたそうだ。
何故エルフがこのような場所で人間の愛人となっていたかは解らないようだが、二人が愛し合っていたのは事実らしい。
エルフが快く思われていないのは承知の事実であったため、ティファニアは母と共に家に閉じこもって暮らしていた。
だが、ある日、血相を変えてやってきた父から、自分達の事がばれてしまった事を告げられ、慌てて場所を移した。
父に仕えていた家来の一人の家にティファニアと母は匿われた。だが、父は二人の追放を拒んだ事で投獄。
二人の居場所はやがて突き止められ、王家の軍隊が押し寄せてきた。
父の家来の貴族は必死に抵抗したが適うはずも無く、二人の居る部屋へと兵隊達は押し寄せた。
母はティファニアをクローゼットに隠し、兵隊達の前に立った。
抵抗はしない、自分達エルフは争いは望まない、と言いながら。
だが、そんな母の言葉は届かず、魔法が撃たれる音が部屋に響き渡った。
そして、彼女のいるクローゼットの扉が開かれた。
しかし、彼女は捕まらなかった。誰かが助けてくれた訳ではない…、彼女を助けたのは彼女が唱えた先程の呪文だった。
それは財務監督官だった父が管理していた財宝の一つ、秘法と呼ばれる古ぼけたオルゴールから聞こえてきたのだそうだ。
最初こそ開けても鳴らないと思っていたが、彼女はある日気が付いた。
同じく秘法と呼ばれる指輪を嵌めてオルゴールを開くと、音楽が聞こえてくると言う事に。
しかし、その曲は自分以外の誰にも聞こえなかった。例え指輪を嵌めてもである。
そこでジャンガは目を細め、アンリエッタは目を見開いた。
似すぎている状況を知っているからだ。
ティファニアの話は続いた。
音楽を聞いていると頭に歌とルーンが浮かんだのだそうだ。
それが男達に向って唱えた物。そして、彼女を王家の軍隊から守った物だった。
王家の軍隊が居なくなった後、母の亡骸の前で泣き崩れていた彼女を連れ出したのは、父の家来だった貴族の娘だった。
気になったジャンガは、ティファニアに彼女を連れ出した女の名を聞いた。
マチルダ、と彼女が答えるとジャンガはため息を吐いた。
何となく気になってはいたが、ドンピシャだとは思わなかったのだ。
ガーレンがフーケをマチルダと呼んでいたのだから、間違いなくフーケの本名だ。
残念ながら既に彼女は、あの怪物の炎でゴーレムごと消し炭になっていた。…万が一にも生きてはいないだろう。
するとティファニアが知り合いなのかと聞いてきたので、ジャンガは適当にトレジャーハンター同士だと言った。
賞金稼ぎ以外で適当な仕事と言えば、以前の相棒と組んでやっていたそれしか思いつかなかったのだ。
真っ赤な嘘ではあったが、ティファニアはジャンガが姉と慕う彼女と知り合いだったと知り、大喜びだった。
その後は彼女の魔法が間違いなく”虚無”であるとデルフリンガーから説明がなされた。
アンリエッタはそんな彼女に、ここに住まう事の危険性を説いた。
虚無を狙う人間が大勢居る事、記憶を奪う方法がいつまで有効かは解らない事。
しかし、ティファニアはそれらの話を聞いても直ぐには首を触れなかった。
それは仕方がないとも言えた。父と母の件もあり、彼女は拒絶される事に恐怖を抱いていたのだ。
更に、彼女には子供達の面倒を見なければならない義務もある。
だが、同時に外の世界に強い関心も彼女は持っていた。
アンリエッタは子供達の事は自分が何とかする、と言ってティファニアを説得した。
結局、ティファニアはアンリエッタの傷が完治し、トリステインに戻る時に返事を出す事に決めたのだった。
…そして、アンリエッタのトリステインへの帰国は明日に迫っていた。


そこまで、ジャンガが思い返した時だ。
今の扉が開き、ティファニアが入って来た。
「よォ、ガキのお相手ご苦労さん」
「あ、ジャンガさん。あの、新しいワインを持ってきましたけど…どうですか?」
ティファニアは手に持ったワインの瓶を見せる。
ジャンガはニヤリと笑い、立ち上がるとティファニアの下に歩み寄る。
「気が利くじゃねェか」
そう言いながら瓶を受け取るや一気にラッパ飲みし、ぶはぁ~、と親父臭い仕草で息を吐き出す。
「キキキ、美味ェゼ」
すると、ティファニアは心配そうな表情で俯く。
「どうしたってんだ?」
「…あの子が、ティムがまだ戻ってきてないから」
ああ、とジャンガは納得する。
夕食が終わるや”遊んでくる”とだけ言って、外に出て行った子供の事だろう。
「別にガキの夜遊びなんざ、ほっときゃいいんだよ」
「でも、あの子はこんな時間まで遊ぶ子じゃなかったし…」
「んなのそいつの勝手だろうが。いつもよりも長く遊びてェだけだろ。ガキと言ったって赤ん坊じゃねェだろが。
眠くなったら寝床に帰ってくるさ」
「だといいんですけど…」
ティファニアはまだ心配そうだ。
ジャンガは軽く舌打をする。
「そんなに心配なら、こんな森の中をとっとと出るんだな。
ガキ一人満足に好きに遊ばせられないんなら、ここは牢獄同然だな」
ティファニアは小さく息を吐いた。
それを一瞥し、ジャンガはワインを飲みながら窓際に歩いて行き、そのまま座り込む。
そこで、ふと思いついた。
「そうだ、ティファニア嬢ちゃんよ~、あの歌いいか?」
「歌? ああ、あの歌ですか」
「ああ、そうだ。酒の肴には丁度いいゼ。ガキが戻ってくるまでぐらい構わねェだろ?」
「あ、はい」
ティファニアは頷き、飾ってあったハープを手に取る。暖炉の前に椅子を置き、そこに腰掛けた。
目を閉じ、ハープを奏でる。



~ 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる ~

~ 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空 ~

~ 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す ~

~ そして最後にもう一人……。記す事さえはばかれる…… ~

~ 四人の僕を従えて、我はこの地にやって来た…… ~



ティファニアの美声が居間に響く。
ジャンガは目を閉じ、静かに歌へと耳を傾ける。アンリエッタとアニエスもまた、それに習うように静かに歌を聞いている。
暫くすると歌は終わり、演奏だけが続いた。

その演奏を聞いているジャンガの脳裏には、辛くも懐かしい過去が蘇っていた。

それらは全てシェリーと、そしてバッツと過ごした日々の思い出だ。

――シェリーやバッツとの始めての出会い。

――スラムでのシェリーと暮らした日々。

――バッツとのトレジャーハンター、賞金稼ぎとしての日々。

――シェリーと月夜に踊った事。

――バッツと一晩飲み明かした事。

――マフラーを手渡された事。

――十字のマークを付けさせてもらった事。

数え切れない位の思い出が、一瞬のうちに、明確に思い出されていく。
デルフリンガーの弁によれば、この曲は始祖ブリミルが自らの故郷を思って奏でた物らしい。
故に”故郷”という物が詰まっているらしく、聞いた者が故郷を思い浮かべるのだそうだ。
…ジャンガにしてみれば故郷は、あの世界そのものではなく、シェリーやバッツと言った個人だったのだろう。
だからこうして様々な思い出が浮かぶのかもしれない。
ジャンガはこの歌…曲を酒の肴と言ったが、実際は二人の事を思い返せる為に他ならない。
ここ一ヶ月、ジャンガはこの曲を聞いている時が一番リラックスできたのであった。
そうして、暫く思い出に浸っていた。
ふと、思い出したかのように窓の外の月を見上げる。
「綺麗な月だな」
シェリーと静かに、バッツと飲み交わしながら、時折見上げていた月。
その所為か、一人になった後も、時折思い出すようにジャンガは月を見上げていた。
…まさか、そんな月で最後を迎えかけるとは、とんだ皮肉だったが。
ジャンガは苦笑する。
と、その時、ジャンガの左目の視界が揺らいだ。
ハッとなり、慌てて目を擦る。しかし、視界は陽炎のように歪む一方だ。
この現象はジャンガは嘗て一度経験した事が在る。
魔法学院の宝物庫から『土くれ』のフーケが『破壊の箱』を盗んだ事件で、
その討伐にルイズ達が向かい危機に陥った時、その事を”視界の共有”という形で教えたのだ。
袖を捲くり左手を見てみると、やはりルーンは輝いていた。
その時、揺らいでいた視界が正常に戻り、別の光景を映し出した。
その光景を暫く見て、ジャンガは苦虫を百匹ほど纏めて噛み潰したような表情を浮かべる。
「…あんのクソガキッッ!!!」
毒づき、大きく舌打をする。そんなジャンガの声にティファニアもアンリエッタもアニエスも驚きの表情を浮かべる。
「どうしたんですか、ジャンガさん?」
もしや自分の演奏が気に入らなかったのだろうか? などと考えながら、ティファニアは恐る恐る尋ねる。
ジャンガは壁に立てかけてあったデルフリンガーをひっ掴み、窓を開け放つと外に躍り出た。
慌てて窓際に駆け寄るアンリエッタ。
「ジャンガさん、どうしたんですか?」
ジャンガは振り返らずに口を開く。
「お前の親友がこの近くで化け物に襲われてんだよ!」
え? とアンリエッタが驚いている間に、ジャンガは猛スピードで森へと駆けだした。



――同時刻:ウエストウッドの森――

夜空から降り注ぐ月光が広場を明るく照らしだす。
広場の端ではルイズやシエスタが、枝や根に動きを封じられていた。
腕や足に絡みついた枝や根は女の力では到底外せそうもない。杖は既に奪われており、魔法も使えなかった。
しかし、彼女達――特にルイズとシエスタはそんな事は気にならないほどの恐怖を感じていた。
無論、その理由は自分達の前に現れた少女…否、吸血鬼である。
ハルケギニア最悪の妖魔としてあらゆる亜人や幻獣よりも恐れられている存在。
話で聞いたり本で読んだりして知ってはいたが、いざ目の前にすればやはり恐怖を感じる。
そんな彼女達を他所に、タバサとエルザは対峙していた。
「あはは、本当に久しぶり♪ また会えた事もそうだけど、わたしの事をおねえちゃんが忘れてなかった事はもっと嬉しい♪」
懐かしい友達に会ったように、エルザは笑顔で歌うように喋る。
そんな彼女とは裏腹に、タバサは油断無く身構えている。
「あなたは、あの時死んだはず…」
タバサの脳裏に浮かぶのは、悲痛な叫び声を上げながらジャンガに暗い森の中へと引き摺られて行くエルザの姿。
確か、あの後戻って来たジャンガは「まだ生きている」と言っていたが…、どうやって助かったのだろうか?
少なくとも、あの頃のジャンガが、相手に生き残れるような情けを掛けたとは思えないのだ。
そんなタバサの疑問をエルザは察したのか、笑ってみせる。
「わたしは確かに死に掛けたよ。あの亜人のおじさんに体中を切り刻まれて、森の中に捨てられてね。
でもね…ある人が助けてくれたの」
エルザは楽しい思い出を思い返すかのように目を閉じる。



あの日…、わたしはあの亜人に身体を切り刻まれて、森の中に捨てられた。
それもね、両手両足を切り落として、辛うじて死んでないと言う状態でね。
…そんなわたしに森の中の獣達が、集まってきたんだ…。丁度いい”餌”だったんだね。
今でもハッキリ覚えてる…、お腹を爪で割かれる激痛、肉を食い千切り血を啜る音、
獣の荒い息遣い、そして…生きたまま食われていく事に対しての恐怖…。
おねえちゃん想像した事ある? 生きたまま食べられていくのが、どれだけ恐ろしくて苦痛なのか…。
わたしも正直気が狂いそうだったな~…、そして悔しかったな~…。
おねえちゃんの血も吸えてなかったし…。
そしたら、急にわたしに群がっていた獣達が逃げ出したの。
どうしたんだろう? って思っていたら声を掛けられた。死にたくないか? ってね。
顔を向けたら、見かけない格好をしたおじさんがそこに立っていた。
そのおじさんは、わたしを助けてくれるって言ったの。ただし、自分の部下になれって条件を付けて。
その時はあんまり深く考えなかった。だって、死にたくないって事で頭がいっぱいだったんだもん。
だから、うん、って言っちゃった。
そしたら、おじさんはわたしを何処かに連れて行ったの。
何処って? それは言えないなぁ。だって秘密の場所だし。
まぁ…とにかく、そこでエルザの身体をおじさんは治してくれたわけ。
おかげですっかり元通り。それだけじゃなくて、色々凄いおまけをしてくれたの。
もう、あのおじさんには感謝をしてもしきれないわ。
…ただ一つ不満だったのは、少し行動に自由が無くなった事かな?
最近まで、好き勝手動かれると面倒だから大人しくしていろ、って感じな事言われてたし。
一度無視したらお仕置きされちゃったよ。…食べられてた時が増しに思える位のね。
だから、暫くは大人しくしていたわ。一度別のおじさんのお手伝いをしろ、って言われたぐらいで何もなかった。



「で、凄~~く退屈していた時、漸く好きにして良いって言われたの。
しかも、おねえちゃんと遊んで良いっておまけが付いて、わたしは本当に嬉しかった」
エルザは愛しそうな目でタバサを見つめる。
その目に宿っているのは純粋な愛情ではあるが、それ故に狂気に近い感情でもある。
ふと、エルザが何かを思い出したような表情を浮かべる。
隣に立ち尽くしていた少年を見た。
「お使いご苦労様」
「はい、エルザ様」
タバサはそのやり取りを見て――否、エルザを見た時から抱いていた疑問に確信を持った。
「やっぱり、その子は屍人鬼<グール>」
「そうだよ。おねえちゃんは前に見ているから解るの早いね。
特にお腹は空いてなかったんだけど、おねえちゃん達を誘うのに使うから。
だって、わたしが誘ったら、おねえちゃんは直ぐに解っちゃうし」
そう言って、エルザはタバサに微笑んでみせた。
そんなエルザとは対照的に、二人の会話を聞いていたルイズの顔は怒りで歪んでいた。
吸血鬼は血を吸った人間を一人”屍人鬼”として操れる、という事は知っている。
そして、一度屍人鬼になってしまった人間はもう戻れない事も。
だが、こんな年端も行かない少年を屍人鬼にするなど……酷すぎる。
「吸血鬼って冷酷で、狡猾で、残忍な妖魔だって知っていたけど、実物を見て尚更良く解ったわ!
確かに吸血鬼は最悪な妖魔ね! そんな小さな子供すら餌にするんだから!」
エルザはルイズをチラリと見る。
そして、タバサに視線を戻す。
「ねぇ、おねえちゃん、エルザが何を言いたいか解るよね?」
タバサは頷き、口を開く。
「吸血鬼も人間も、やっている事は変わらない」
エルザは薄っすらと笑みを浮かべる。
「そうだよね~。人間だって動物の子供を食べてるよね~。鳥の卵なんか、生まれてすらいないんだもん」
そう言いながらエルザはルイズに視線を向ける。
ルイズは一瞬言葉に詰まったが、直ぐに反論する。
「な、何よ? た、確かに…わたし達も生きている物を殺して食べているわよ。
でも、それは生きる為に仕方ない事よ!」
「エルザのような吸血鬼だって生きる為に人間の血を吸うの」
反論を更に返され、ルイズは更に言葉に詰まった。
すると、今度はシエスタが口を開く。
「でも、あなたはその子の血を吸ったのはわたし達を誘う為だって言ったじゃないですか!?
そんな事の為だけにその子を屍人鬼にするなんて……酷すぎます! その子の親が悲しみます!」
「エルザも親をメイジに殺されたよ」
ポツリとエルザは呟いた。
「エルザも悲しんだよ…、殺したメイジを憎んだよ…、三十年間寂しく生きてきたよ…。
人間だって吸血鬼から家族を奪うんだよ…、それは酷くないの?」
シエスタは口を噤む。
エルザは無表情にシエスタを見つめる。その視線に冷たい物を感じ、シエスタやルイズは背筋が震え上がった。
「人間も吸血鬼も変わらない…、それは命で遊ぶ所もね。鳥を籠の中で飼う事とか。
優しい言葉を掛けたり、餌を上げたり、寝床を与えたり、
愛しんでる…って言えば聞こえは良いけど、結局は檻の中で飼い殺しにしてるだけ…。
鳥に限らないけど…、自由を奪って自分達の都合の良い遊び道具にしてるのに変わりは無いよね」
エルザはそこで一旦言葉を区切る。
「もう一度言うよ? …人間も吸血鬼も変わらない、何も変わらないんだよ」
ルイズもシエスタも今度こそ黙ってしまった。
エルザは二人に興味が失せたか、少年に向き直る。そして微笑み、腕を振るう。

瞬間、真っ赤な花が咲いたかのように、少年の頭が爆ぜた。

タバサは目を見開く。ルイズ達も言葉も無く、目を見開いた。
「何を…」
タバサが呆然と呟く。
「もう必要ないもん、この屍人鬼」
エルザはあっけらかんと言い放つ。
「だって、エルザの屍人鬼は…」
言いながらタバサを指差す。
タバサは顔を怒りで歪めながらエルザを睨む。
「わたしを屍人鬼にする」
「ピンポ~ン♪ そのとおり~♪」
エルザは楽しそうな声で言った。
「おねえちゃんを屍人鬼にすれば、いつまでも一緒にいられるしね。エルザはおねえちゃんが大好きだもん」

タバサは早口でルーンを唱え、杖を振るった。
大きな氷の矢が一本飛ぶ。
エルザが動く素振りを見せるまえに、氷の矢は彼女の顔面を捉えた。
硬い物がぶつかる音が響き、氷の矢の勢いそのままにエルザの頭が後ろに反れる。
そこでエルザの動きが止まった。
しかし、タバサは油断無くエルザを見据える。
「や、やったのね…?」
シルフィードが呟く。

「酷いな~、おねえちゃん…」

声が響き、エルザが反らした頭をゆっくりと元の位置に戻す。
その口には氷の矢が咥えられていた。
ピシ…、ピシシ…、バキンッッ!
氷の矢は罅割れ、噛み砕かれた。
口の中に残った氷の欠片をエルザはゆっくりと味わい、飲み込んだ。
口の周りをペロリと可愛らしい舌で舐める。
「冷たくて美味しい」
楽しそうな顔でエルザが言い、タバサは杖を握る手に力を込める。
エルザはそれを微笑みながら見つめる。
「素直になってくれるとは思ってなかったよ。ん~、でもエルザも少し遊びたかったから、これで良かったかもね」
笑いながら右手でマントを掴む。
「それじゃあ、おねえちゃん……少しだけエルザと遊ぼ♪」

右手で掴んだマントをボールを投げるような仕草で目の前に突き出し、手放す。
その途端、マントが黒い拳の様な形に変わり、勢い良く前方に向かって伸びた。
タバサはそれを最小限の動きでかわす。
伸びたマントはその先に在った木々を容易く打ち砕いた。
「おねえちゃん、いい見切りだね?」
エルザがマントを引っ張ると、伸びた部分が瞬く間に縮み、元の大きさに戻った。
続けざまに今度は左手でマントの左端を下から上へと放り投げるように動かし、手放す。
再びマントが大きさを変え、鋭い刃の様な形状になる。
タバサはバックステップでそれを避けた。僅かに掠った前髪が数本、宙を舞う。
素早く体制を整え、『ブレイド』を唱える。
風の刃を纏った杖でエルザに切りつけた。
ガキーーーンッッ!
硬い物がぶつかり合う音が響き渡る。
タバサのブレイドによる一撃は、エルザが右手で盾の様に自分の眼前に広げたマントで防がれていた。
「くっ…」
「おねえちゃん強くなってるね。…って、前はおねえちゃん簡単に捕まったんだっけ?」
懐かしむような声で言いながら、エルザは防いでるマントでタバサの杖を押し返す。
強い力で押し返され、タバサは慌てて距離を取る。
マントを元に戻し、エルザはほくそ笑む。
タバサは油断無くエルザを見据える。
エルザは右手をマントの中へと入れる。
「吸血鬼は屍人鬼を操れるけど、数は一体が限界」
喋りながら、マントの中に入れていた手を取り出す。
それには何かが握られていた。
「…でも、今のエルザには他にもいるんだよ」
大きく右手を振り被り、握っていた何かを投げつけた。
”それ”の速度は尋常でなかった。予想外の速度に、タバサは一瞬反応が遅れてしまった。
タバサの右肩に”それ”は”噛み付いた”。
右肩に当たったそれは一匹の蝙蝠だった。夜闇に浮かび上がるほどに真っ黒な蝙蝠だ。
その目は血のように赤く、爛々と輝いている。
蝙蝠は鋭い牙で噛み付き、タバサの血を吸い続けている。
凄まじい激痛が右肩から全身へと広がっていく。
「早く外さないと、血が全部吸われちゃうよ?」
エルザが言う。血が全部吸われたら困ると思うが、言った本人は大して気にしていない様子。
それもそのはず。蝙蝠の一匹如きでタバサがやられるなどとは思っていないからだ。

タバサは蝙蝠を掴み、肩口から外そうと引っ張る。
しかし、蝙蝠はしっかりと噛み付いたまま、外れる気配を見せない。
ただの蝙蝠とは思えない顎の力だ。エルザの使い魔のようなものだろうか?
蝙蝠を操る吸血鬼などお話の中だけかと思っていたが…。
…悩んでいる場合ではない。今はこの蝙蝠を外さないといけない。
タバサはブレイドを唱えた杖で蝙蝠を薙ぎ払う。
切り裂かれた蝙蝠は一瞬分かれた姿を晒し、瞬く間に黒い霧に変わる。
それを見て、やはりただの蝙蝠ではないとタバサは確信した。
「これがあなたが言っていた…おまけ?」
「そう、おまけの一つ。面白いよね、こんな風に蝙蝠を操るのは」
風も無いのにマントが大きく靡き、左右に広がる。
闇より暗いマントの内側に、無数の赤い光が浮かび上がる。
驚く暇も無い…。次の瞬間、マントの内側から数え切れないほどの無数の蝙蝠が飛び出し、タバサへと襲い掛かった。
高速で突撃する蝙蝠の群れに次々と衝突され、タバサの身体に傷が増えていく。
しかし、タバサは冷静にルーンを唱え、杖を振る。
空気が渦巻き、巨大な竜巻が現れた。
竜巻はタバサごと蝙蝠の群れを飲み込み、巻き上げていく。
やがて、竜巻が消えると蝙蝠の群れは跡形も無かった。
地面に舞い降りたタバサは、杖を支えにして立ち上がる。そして、エルザをへと顔を向けた。
エルザは右手を掌を上にして、顔の高さまで掲げている。
その手の上に蝙蝠の群れが密集していく。
蝙蝠の塊は徐々に巨大化し、やがて一メイルはあろうかという一匹の巨大な蝙蝠へと変貌した。
エルザはニヤリと笑い、右手を振り下ろす。
巨大な蝙蝠がタバサ目掛けて飛び掛る。その顎がタバサの腹を捉えた。
鋭く巨大な牙が身体に食い込むや、巨大蝙蝠は血を吸い始めた。
苦痛に顔を歪めるタバサを見つめながら、エルザは顎に手を当てる。
「流石にこれはやりすぎたかな?」
「そうでもない」
背後から声がし、エルザは振り返る。
タバサがブレイドを唱えた杖で切りかかるのが見えた。
エルザはマントでそれを受け止める。
鍔迫り合いをしながら、エルザは後方を見る。
巨大蝙蝠はタバサに喰らい付いている。
再び目の前のタバサに視線を戻す。
「何で?」
「遍在、解り易く言えば意思を持った分身」
「分身か…、あの竜巻…それを隠す為でもあったんだ。おねえちゃん本当に凄い」
エルザは余裕の表情で笑っている。
そんな彼女の様子にタバサは緊張する。
パチンッ、と指を鳴らす音が響く。
瞬間、マントの隙間から大量の蝙蝠が噴出した。
「デル・ハガラース」
しかし、タバサもその程度は見抜いている。
素早く呪文を唱えて身を軽くし、高く跳躍し距離を取る。
マントの隙間から溢れ出した蝙蝠の群れはエルザの周囲を飛び回っていたが、やがてマントの中に納まった。
そこへ巨大蝙蝠が飛んできた。見れば遍在は既に消滅していた。
エルザは傍らに降り立った巨大蝙蝠の頭を撫でる。
そして、タバサを見据えて指差す。同時に巨大蝙蝠が飛び掛る。
タバサへと喰い付こうと、大きく顎を開き牙を除かせた。
冷静に相手を見据えながら、タバサは縦一文字に杖を振るった。
ブレイドの鋭い切れ味は、巨大蝙蝠の身体を難なく真っ二つに切り裂いた。
綺麗に左右対称に切り分けられた巨大蝙蝠は、飛んできた勢いそのままにタバサの両脇を通り過ぎる。
タバサはエルザを見据える。
エルザは静かに含み笑いをする。
「おねえちゃん、甘いよ?」
ハッとなり、タバサは慌てて振り返る。
瞬間、無数の蝙蝠が弾丸のようにタバサに突撃してきた。
まるで石の散弾を喰らったかのようだった。
タバサは一瞬で抵抗力を奪われ、地面に倒れ付す。手放した杖が、カラン、と乾いた音を立てて地面に転がった。
倒れ付したタバサの身体を、地面を突き破ってきた木の根がガッシリと拘束する。
「ふふ~ん、あの蝙蝠は元々小さな蝙蝠が集まって出来てたんだから、こういう事も出来るんだよ」
エルザは得意げな表情でそう言った。

あの瞬間、タバサが切り捨てた巨大蝙蝠はタバサの両脇を通り過ぎると同時に無数の蝙蝠に戻った。
そして、無防備なタバサへ突撃を行ったのだ。
彼女の操る蝙蝠はまさに変幻自在である。

「さてと…、少し長くなっちゃったけど、これでお終いだね」
言いながら、エルザはゆっくりとタバサへと歩み寄る。
屈み込み、タバサの頭を両手で挟み込むように掴み、自分に顔を向けさせる。
タバサは苦痛に顔を歪めながら、それでもエルザを睨む。
「そんなに睨まないで。おねえちゃんはエルザの屍人鬼になるの。そして、エルザとずっとずっと一緒に暮らすの」
「きゅーーーーいーーーーー!!! そんな事はさせないのね!!!」
そんな怒鳴り声が響き渡る。
シルフィードが暴れているのだ。
「静かにしてほしいな…、いいところなんだから」
エルザは明らかに不機嫌な表情で呟く。念願が漸く叶う時だというのに、横槍を入れられたのだから無理も無いが…。
しかし、シルフィードは暴れるのを止めない。
エルザはため息を吐く。
「無駄だよ、そんな力じゃ振り解けないから」
「お姉さま! 許して欲しいのね! 今からシルフィ、一番大切な約束破るのね!」
そう叫ぶや、シルフィードは呪文を唱える。
「我をまとう風よ、我の姿を変えよ」
口語による呪文が唱えられるや、風が吹き、青い渦となってシルフィードの身体を包む。
突然の事にルイズ達は愚か、エルザも動揺を隠せない。タバサだけがそれを見つめている。
「な、何!?」
エルザの声が響く。
渦の中、枝や木の根が弾け飛ぶ音が響く。
やがて青い渦が消え去り、そこには一匹の風竜の姿が在った。
当然、風韻竜であるなどと知らなかったルイズ達は驚いた。
少なくともシエスタは完全にパニックである。
「あわわわわ!? イルククゥさんがシルフィード!? どう言う事ですか!?」
と、ルイズはシルフィードの正体に気が付いた。
「あ、あなた、もしかして韻竜だったの!?」
「きゅい! 説明は後なのね!」
シルフィードはエルザ目掛けて駆け出した。
怪我は治りきっていないので飛べないから走るしかないのである。
エルザは既に動揺から立ち直っていた。
「ふぅ~ん…韻竜か。まだいたんだ、そんなの。そう言えば何処かで見た事があると思ってたけど…あの時の従者か」
全てを理解し、エルザは不適に笑った。
「でも、伝説の韻竜でも、今のエルザの敵じゃないよ?」
パチン、と指を鳴らす。
シルフィードの眼前の地面が盛り上がり、土の壁が姿を現す。
行く手を遮ろうとするそれを、シルフィードは巨体に物を言わせて強引に突き破る。
だが、突き破った瞬間、二本の黒い布がシルフィードの首と胴体に巻きつく。
シルフィードは暴れるが、巻きついたそれは外れない。
見れば、巻きつくそれはエルザのマントだった。
するとマントが動き、シルフィードの身体を持ち上げる。
直後、マントが振り下ろされ、シルフィードの身体を地面に叩き付けた。
マントは滅茶苦茶に動き回り、シルフィードを地面や木に叩きつけていく。
「や、止めて!」
タバサが叫ぶがエルザは笑うだけ…、マントの動きは暫く止まらなかった。


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