あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

使い魔の達人-12


「オレは……」
 魔法学院、学院長室。広く静かな室内で、オスマンから発せられた、カズキは人間か、という問い。
 オスマンが過去に出会った男は、‘ホムンクルス’…人食いの怪物だった。
そして、その男と同じ‘錬金の戦士’を名乗った自分もまた、そうなのではないか?オスマンの疑念は、もっともである。
 言いよどむカズキに、オスマンは続ける。
「我らの英雄を疑うのは、気が進まぬし、申し訳ないと思う。私には、君も彼と同様、人食いの化物とは到底思えん。
しかし、それでも……、彼のような例もあるのでは、な」
 オスマンには、‘錬金術’のことは、ルイズ以上に話してしまっている。
 ならば、あのことも話すべきなのかも知れない。
 カズキは、意を決して口を開いた。
「すんません、オスマンさん。オレたち、嘘をつきました」
「ふむ…オレたち、とは?」
「えっと。オレと、ルイズと、キュルケさんと、タバサの四人です」
 カズキが指折り数えると、オスマンは呆れたように言った。
「なんじゃそりゃ。今回フーケを捕まえた英雄たちではないか。それで、嘘とは?」
「実はオレも、『破壊の聖石』……『核鉄』を持ってます」
 その言葉に、しかしオスマンも、大きな反応は見せなかった。
「ふむ。……ま、あれだけ知っておれば、ありえん話ではないの。と言うことはあれか。
ゴーレム相手に、『破壊の聖石』を二つも使った、というわけかね?」
「そうなりますね」
「君はあれか。いじめっ子かなにかか」
 予想外な感想に、カズキは苦笑を返した。ともあれ、オスマンは続きを促した。
「それで?」
「ここからは、オレとルイズしか知らないんすけど……オレの『核鉄』は今、オレの体の中で、心臓の代わりになってます」
 オスマンも目をむいた。
「オレは、‘錬金術'の闘いに巻き込まれて、一度死んだんです。そして…」
 カズキは、ルイズに話したことと同じことを、オスマンに語った。
 ‘ホムンクルス'との出会い。『武装錬金』との出会い。そして、斗貴子との出会いを。
「……まさかこれに、そんな力があるとはのう」
 オスマンは、その手に持った、ボロボロになっている『核鉄』を見やった。
まさか、死に掛けた人間を甦らせるとは…名づけた自分が言うのもなんだが、まさに『聖石』ではないか。
「オレの中の『核鉄』はある切っ掛けから、より強力な力を持つ、『黒い核鉄』であることがわかりました。
そしてオレは……オレの身体は、傍にいる者の命を吸い取ってしまう、存在するだけで、周囲に死をばら撒く化物になりつつある」
 カズキは掌を見つめながら、言葉を終えた。
 オスマンは息を呑んだ。
「なりつつある、ということは、なんじゃ。まだ人間でもある、と言うことかの?」
 オスマンは、自分が殺めた男を思い浮かべた。彼もまた、人間と化物の狭間を彷徨っていたのだろうか?
「そこなんだよなぁ」
 カズキは頭を抱えた。
「オレの体はもう、期間的に化物になってて、おかしくないはずなんです。
ルイズに『召喚』されたのが、完全にヴィクター化するまで、残り数日もない頃でしたから。
それどころか、ゴーレムとの戦いで『武装錬金』を使ったから、もう完全にヴィクター化してしまっても、おかしくなかった。
……あ、ヴィクター化ってのは、化物になることの通称ってことで」
 『召喚』されて、既に十日以上が経過している。なのに、一向にヴィクター化が完了しないのは、どういうことか。
 オスマンは自分の体調を測ったのか、不思議そうに口を開いた。
「ふぅむ。なんぞ、吸われとる感じはせんの」
「ルイズも、そう言ってました」
 それに、キュルケやタバサも、気を失っていたロングビルや、ここに来るまですれ違った全員、急激に疲弊が訪れる様子はなかった。
「せめて、見た目のひとつも変わっててくれれば、判りやすいもんなんじゃが…」
「あぁ、変わるっすよ」
 今度は、ヴィクター化したときの自分の外見を説明する。闘争心の高ぶったカズキの肉体は、蛍火の髪と、赤銅の肌を有する。
 それを聞いたオスマンは、目を丸くした。以前のコルベールから受けた報告とは、だいぶ違う真相だった。
 あのコッパゲールめ。適当なこと言いおって。
 そう毒づくと、カズキに向き直る。
「……ちと、よいかな」
 オスマンはそういうと、ボロボロの『核鉄』を杖に持ち替え、もう片方の手でカズキの左手を掴んだ。
 そして、瞼を閉じ、短く呪文を紡ぐ。
「あ、あの…?」
「ふむ……なるほどのぅ」
 重々しく唸ると、瞼をあける。厳しい表情をして、オスマンは言った。
「『水』の流れ……まぁ、生命力の流れにも、おかしいところはないの。健康な男性の流れじゃ。
お主の話が事実なら、その左胸に眠るそれは、我らの魔法にも引っかからんほど、自然な心臓の役割を果たしておる、ということになるんじゃが……。
胸の中にその、『黒い核鉄』とやらが入っておるのかは、一概にはわからんの、これは」
 どうやら、魔法でカズキの肉体を探っていたようだ。そして、魔法学院学院長に、カズキは、ルイズの使い魔の肉体は、特に問題なし、と判断された。
 まさか、ここにきて信じてもらえないのでは、と思い、カズキはあわてて言った。
「体を透かして見れる魔法とか、ないんですか?」
「んなもんあったら、私が率先して使うわい」
 即答するオスマンは、ひとつ咳払いをしてから続けた。
「まぁ、ともかく。先も言ったとおり、『水』の流れを見る限りでは、健康な人間そのものじゃ。しかし、それは『水』の流れ方を見た場合、じゃがな」
「流れ方…?」
「問題は、もっと本質的なものじゃな。……そうじゃの、流れる『水』の許容量、とでも言えば、お主にも察しはつくじゃろ」
 しばし考えて、なるほど、とカズキは頷いた。
「お主の肉体じゃが、今のままでも、生きるのに支障はない。
が……尋常ではない量の『水』が流れても、問題のないつくりにも、なっておるの。化物になるとは、良く言ったもんじゃ」
 説明しながらオスマンは、額に汗を浮かべている。カズキは悲しそうな表情を浮かべた。
「はい。そして、それを満たすために、オレは、人の命を吸い取ることになります…そのはずなんです」
「ふむ……」
 その状態のまま、オスマンはしばし黙考した。
 この少年の身体は、確かに化物じみたものになっている。
 人間としてまともな部分は、ほとんど残っていない。構造そのものは人間だが、許容量がまるで違う。
 そして、彼の言が正しければ、その構造すら、既に違うものになるはずだ…だが、そうなっていない、というのは…?
「もうひとつ、いいかの?お主、ミス・ヴァリエールに『召喚』されてこっち、なにか変わったことは?」
 問われて、カズキはこの世界に来てからのことを、思い返す。
 いきなりキスされたこと。
 変な文字が刻まれたこと。
 携帯電話にルイズが驚いてたこと。
 朝の着替えに、授業。ギーシュとの決闘。
 ルイズと一緒に、図書館で資料を探したり、街に行って買い物したり。
 そしてついさっきまで、盗賊フーケと、闘ったり……。
「変わったことだらけです」
 カズキは、苦笑を浮かべながら言った。
 オスマンも、そうか、と頷く。そして、続ける。
「……これは、私が今しがた思いついた推論じゃ。こうだったらええなっちゅー、願望もまじっとる」
「はあ」
「お主の肉体じゃが、おそらく……それ以上化物になることは、もはやあるまい」
「はあ……はあ!?」
 間を置いて驚くカズキに、オスマンは先刻から掴みっぱなしの左手。その手の甲に刻まれた、仄かに輝くルーンを見せる。
「お主のこのルーン…これについては?」
 カズキはぶんぶんと首を振った。
 『召喚』された日から、カズキとともにあるルーン。仄かに輝き、武器を手に取ると、もっと輝くそれ。
「これが、いったい何の関係が…?」
「まぁ、落ち着くのじゃ。これは、伝説の使い魔、『ガンダールヴ』のルーンといってな。
あらゆる『武器』を使いこなしたという、伝説のルーンじゃ」
「……伝説の、使い魔」
 いきなりそんなことを言われても、いまいちピンと来ない。思わず、首を傾げた。
「なんでオレに、そんなルーンが…?」
「それはわからん」
 オスマンが即答すると、カズキはなんだそりゃ、と項垂れた。
 オスマンはしかし、と続ける。
「お主の胸の中の、『黒い核鉄』とやら……もし、伝説のルーンが、それを『武器』として認識していたら…?」
 そう言われて、カズキは目を見開いた。
 『核鉄』――『武装錬金』は、‘錬金術'の闘う力。戦術兵器の、開発の成果だと、斗貴子は言っていた。
兵器、つまりは『武器』の大元である『核鉄』にも、反応しているのだとすれば…。
「このルーンが『黒い核鉄』に反応して、オレのヴィクター化を、抑えてくれている……?」
 オスマンは静かに頷いた。が、即座に表情を崩す。
「ま、言っておいてなんじゃが、それが‘使いこなす’ことと同義なのかは、少々怪しいトコじゃな」
 嘆息しながら、そんな所見を述べる。言われて確かに、とカズキも思った。
 このルーンが剣や『武装錬金』に反応していた時は、体は羽のように軽くなった。しかし、今のカズキにそれはないのだ。
「じゃから、もうひとつ」
 掴んだ左手を開放すると、オスマンはその長い髭を撫で付けた。
「もう一つの可能性。それもまた、そのルーンが関係はするんじゃが……」
 カズキは、あらためて自分の手の甲を見やった。
 ルイズに『召喚』されて、キスされて、激しい痛みと共に浮かんだ使い魔のルーン。
 伝説のルーンというだけでなく、今度はなんだというのだろう。
「お主の話では、『召喚』されたときは、その化物になるまで、残り数日、じゃったな」
「……はい」
 オスマンの言葉に、カズキは頷いた。ヴィクターと共に、月まで飛んで。そこからルイズに、『召喚』されて。
「その段階で、お主はミス・ヴァリエールの使い魔となった」
「そうです…けど……」
 答えながら、カズキはその言葉の意味に、なんとなく察しがつき始める。
 いや…まさか……そんなことが?

 あの時、ルーンを刻まれる直前。自分の身体は、一瞬だけヴィクター化した。
 まるで、入ってくる‘何か’を拒むかのように、肉体が反応したんだろうか。
 そして、その‘何か’は、この左手に刻まれることで、治まった。

「おそらく、お主の残り少ない、‘人間’としての部分……それが、‘使い魔’に変わったこと」
 考え込んだカズキに、オスマンは続ける。
「言い換えれば、そのルーンが、お主に刻まれたことが。お主が、ミス・ヴァリエールの使い魔になったことそのものが、
お主の身体を、その状態で留めておるの要因なのではないか、という推測じゃ」
 オスマンは一つ息をついた。
「すると今度は、‘使い魔になること’そのものも、‘まったく別の生物になること’と同義になるんじゃが……、
人間が使い魔になったことなんぞ、聞いたこともないからのぅ。ましてや、化物になりかけの人間なんじゃ。
何が起こっても、不思議ではない。ひとまず私としては、こっちのほうをお勧めするかの」
 伝説の使い魔になったことより、ただ、メイジの使い魔になったということ。
 オスマンは、そちらを推してきた。
 カズキは呆然としながら、自分の左手のそれを見つめた。
「でも、それは……」
「うむ、推論に過ぎん。が、お主の今の状態を説明するのに、他の可能性は考えられんからの」
「ヴィクター化の進行が、予測以上に遅れてる、ってことは?」
「おそらく、それはあるまい」
 カズキは、オスマンが何故こうも言いきれるのかと眉をひそめた。
 そんなカズキに、オスマンは問いかけるように言った。
「お主が自分で使ったんじゃろ?最後の一押しになりかねん、『武装錬金』を」
「そりゃ、そうですけど……」
 だからと言って、伝説の使い魔になったから、あるいは、ルイズの使い魔になったから。
それによって、ヴィクター化が抑えられていたなんて話、突飛過ぎて信じられない。
 じゃあ、オレのこれまでしてきたこと…斗貴子さんとの逃避行は。ヴィクターとの戦いで、一緒に月へ行った事は……無駄だったってのか?
 どこか納得できない様子のカズキに、オスマンは諭すように切り出した。
「信じられん気持ちは、わかる。事実、この推測があっとるかどうかは、今後のお主の経過次第じゃからの」
 そう、もし間違っていたとしたら、化物になったオレは、すぐそばの誰かを傷つけることになってしまう。殺すことになってしまう。
 カズキの脳裏には、いの一番にルイズが浮かんだ。カズキをこの世界に『召喚』し、使い魔の『契約』を交わした少女。
負けん気が強くて、恥ずかしがり屋の頑張り屋で、いろいろ酷いところもあるけれど、根は優しくてかわいい、魔法使いの女の子。
「違う世界から来たお主に、我らの魔法を、始祖ブリミルの遺したその御業を、全部信じろとは言わん」
 そんなルイズを。自分のために、心を痛めてくれたルイズを、間違っても、傷つけるわけにはいかない。
 だから、オレは。
「じゃが……ミス・ヴァリエールの魔法だけは、信じてやってくれんか」
 オレは――



 『アルヴィーズ』の食堂の上階。そこは大きなホールになっていて、様々な催しに使われることが多い。『フリッグの舞踏会』もまた、この会場で行われていた。
 着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。皆、年に一度の舞踏会を満喫している様子だった。
 カズキは一人、バルコニーの枠にもたれ、そんな華やかな会場をぼんやりと見つめていた。
 あんな席に、冠婚葬祭に使えるとはいえ、学生服の自分じゃ流石に場違いなのもあるだろうし、今はそんな、浮かれた気分にもなれない。
 ホールの中では、綺麗なドレスに身を包んだキュルケが、たくさんの男性に囲まれ笑っていた。
パーティの始まるついさっきまで、黒いパーティドレスを着たタバサと共になんやかやと話していたが、今はあっちに大忙しのようだ。
 タバサもタバサで、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘している。あんな小さな体によくあれだけの量が入るもんだと、ちょっと感心した。
 それぞれに、パーティを楽しんでいるようだった。
「どうしたんですか、ムトウさん。せっかくのパーティなのに、お料理食べないんですか?」
 ふと声がかかる。シエスタが、笑みいっぱいにそこにいた。
 シエスタは、ハイ、と手に持ったトレイを差し出してきた。美味しそうな肉料理の皿と食器、ワインの壜、そしてグラスが載っている。
「ダメですよ。ムトウさんも、今日の主役の一人なんですから。ちゃんと楽しんでくれなきゃ、厨房のみんなが泣いちゃいますわ」
「ん、ゴメン。なんか、楽しめる気分じゃなくて」
 申し訳なさそうに笑うと、シエスタは不思議そうな顔をした。
「あら、なんでですか?確かに、学院長秘書のミス・ロングビルがフーケだったことは、ショックでしたけれど……。
それを差し引いても、ムトウさんが、巷で噂のフーケを捕まえるのに一役買ってることのほうが、私たち平民には重要なことですわ。
もう、マルトーさんなんかすごく興奮しちゃって、今厨房ですごいことになってるんですから」
“『我らの剣』がまたやってくれたぞ!今度は世間を騒がせてる、『土くれ』のフーケを捕まえたそうだ!
なに!フーケは貴族からしか盗まないのか!?良いヤツじゃねえか!なにやってんだ、『我らの剣』は!!
まぁいい、とにかく今日の舞踏会じゃ、『我らの剣』も主役なんだ!お前ら、気合入れろよ!!”
 シエスタは、そんな作業前のマルトー料理長の様子を、面白おかしく語った。
その光景が容易に想像できて、カズキも、マルトーさんらしいや、と思わず笑みをこぼした。
「そんなわけで、今日のマルトーさんは一味違うらしいんです。せっかくですし、どうぞ食べてくださいな」
 そして、あらためてトレイを差し出してくる。数日前の御馳走よりも、すごいのだろうか。
 そう考えると、一気にお腹が空いてきた。沸き立つ食欲には勝てず、トレイを受け取る。が、どうにも隣のワインが気になる。
「ありが…とう」
「あ、私の故郷のワインも、一緒にどうぞ。マルトーさんにお願いして、とっておきのを開けてもらっちゃいました」
「そ、そう…」
 シエスタはどうしても、カズキに故郷のワインを飲んでもらいたいようだ。
 手の空いたシエスタは、周りを見回してから、ぐっと伸びをした。
こんな華やかな席で、わざわざバルコニーに目をやる者もいないだろうから、見咎められることもない。
「そういえば、ムトウさん。ミス・ヴァリエールに『召喚』されたその日に、いきなり出て行くとか言ってましたよね」
 早速料理を食べようとしたところで、シエスタが言ってきた。
 そういや、ここに来たばかりの頃は、そんなことも言ってたっけ。
 そんで、ルイズと話し合って、残ることになって……。
 シエスタに顔を向けると、黒く澄んだ瞳と、目が合った。どこか、懐かしい気持ちにさせる眼差しだと思った。
「今もやっぱり、ここを出たいとは、思ってるんですか?」
 シエスタが、不意にそんなことを尋ねてきた。


「これから、どうするつもりなんじゃ」
 そろそろ学院長室から退室しようか、という段になって、オスマンが尋ねてきた。
 カズキは静かに首を振った。
「正直、これからどうなるか、わかりません。ただ、このままオレがヴィクター化してしまった時は、オレのことをルイズに頼んであります」
 オスマンは、一瞬目を見開いたがしかし、そうか、と頷いた。
 カズキは、自分の左手を、そのルーンを見ながら、続ける。
「でももし、もしオレが本当に、これ以上ヴィクター化しないんなら……」
「元の世界に帰りたい、かね?」
 その言葉に、カズキの心は揺れ動いた。
 もしオレの身体が、ヴィクター化が進行しなくなって、周囲に死を撒き散らさないままなのだとしたら。
 オレのために、泣いてくれたあの人を。オレが泣かせてしまったあの人を、泣き顔のままには、しておけない。
 だけど……。
「オレと、同じような男がいるんです。名前は、ヴィクターって言います」
 見つめた左手を握り、カズキは呟くように返した。
 オスマンは、目を細める。ヴィクターという名前。耳に新しい。
「ほぅ」
「名前からわかるでしょうけど、オレの身体は、その男と同じ状態に近づいて…ました。
向こうの世界で、オレも、ヴィクターも、みんなが助かるための手段を試したんだけど、それは結局、上手くいかなくて。
それでオレは…オレだけが、この世界で、ギリギリ人間として、助かったとしても」
 だけどヴィクターは、今も月に独りきり。
 もし、自分がこれ以上、ヴィクター化しないのなら。
 もし、この世界から、元の世界へ帰れるのなら。
「オレだけが助かって、みんなのところに帰るわけには、いかない」
「そのヴィクターという男も助けたい、と?」
 カズキは静かに頷いた。オスマンは長い髭を撫で付けながら、うぅむ、と唸った。
「しかしのぅ…そのヴィクターという男、お主の世界におるのじゃろう?助けるにしても、どうするんじゃ。こっちの世界にでも呼ぶのかの?」
「う…」
 カズキは言葉に詰まった。
「それにその話しぶりでは、その男、既に完全な化物になっておるんじゃろう?お主の場合は、まだ人間の部分が残っておった。
そして、その部分が使い魔になれたから、なんとかなっとるのかも知れん。が、さすがにそれはのう」
 どんどん旗色が悪くなっていく。確かに、ヴィクターを助けたくても、その方法もわからない。
「ま、魔法でなんとかならないんですか?オレみたいに、魔法でこっちに呼んで、体を人間に戻して……」
 そう食い下がるカズキに、オスマンは難しい顔で返した。
「こっちに呼ぶのは、お主と同じように『召喚』でなんとかなるかも知れん…が、
そもそもお主がミス・ヴァリエールの『召喚』でこっちに来ただけでも、人より少しばかり長く生きとる私も、聞いたことのない話じゃからの。
それに、体の状態を留めることは、お主という例があるから、なんとかなるかも知れん。が、そこからさらに、人間の方に戻すとなるとのう」
 そう告げるオスマンに、カズキは悔しそうに歯噛みした。
「まぁ、元の世界に帰る方法についても、わかっておらんしの。できるかどうかわからんことを、あれこれ言っても詮無いことじゃ」
 そしてオスマンは、じゃが、と、とりなすように言った。
「いろいろといわくつきの、思い出の品を取り返してきてくれた恩人のためじゃ。私なりにも、いろいろ調べてみるつもりじゃよ。
ひょっとしたらその男も、『破壊の聖石』をこの世界に持ちこんだ彼と、同じようにやってこれるかも知れんしの」
 そうだ。すっかり忘れていたけれど、LII(52番)の『核鉄』も、‘ホムンクルス’の男と共に、何故かこの世界にやってきた。
つまり、何らかの方法はあるはずなんだ。オレと同様、やはり『召喚』なのかも知れないけれど。
「お願いします」
 カズキはオスマンに頭を下げた。魔法のことは、魔法の専門家に託すしかない。もちろん、自分でも探すつもりではいるけれど。
「しかしのう…」
 思うところがあるのか、決まりが悪そうに言った。
「これは、私個人の意見じゃが……お主はこのままこの世界で、ミス・ヴァリエールの使い魔を続けた方がええんでは、と思うとる。
まだ推論の域を出ておらんが、もしお主が、人間として生き長えるのなら……彼女はお主にとって、主人というだけでなく、命の恩人ということにもなるの。
それが例え、ミス・ヴァリエールにはそんな意図はなかったとしても、じゃ」
「それは……」
「我らメイジの間では、使い魔とは生涯の友、とも言える存在でな。そうそう切れぬ関係なんじゃ。
元の世界に戻るっちゅうのはお主、それこそミス・ヴァリエールの使い魔であることを、放棄するっちゅうことになる」
 オスマンの言に、カズキはやはり、言葉を詰まらせた。
 ルイズは、オレを召喚した。
 そして、オレを使い魔にした。
 それでオレは、救われているかも知れない。
 確かに、誰も想定しない結末だし、そんなんで恩を感じろって方が無茶な話だ。
 だけど。
 ルイズはオレのために、フーケに立ち向かおうとしてくれた。
 『武装錬金』を使ったオレを、心配してくれたのだ。
 そんなルイズの使い魔をやめて、元の世界に帰る。
「それに、お主が元の世界に戻ること。彼女の使い魔をやめることは、要らん弊害を生むかも知れん。
例えば……お主がミス・ヴァリエールの使い魔であるうちは、この世界におるうちは、お主は人間のまま。
それが向こうの世界では、結局化物に逆戻りっちゅう事態も、考えられる」
 カズキは、ごくりと息を呑んだ。
 それはあくまで、推論に推論を重ねただけのものだ。だが、あり得ない話でもない。
 元の世界でも、魔法が効くとは限らない。この身体が、残った人間の部分が、使い魔のままでいられるかわからない。
「そうなるくらいなら、お主はこの世界に留まったほうが、いいかも知れん」
 一息置いて、オスマンはなおも続けた。
「そしてこれは、あまり言いたくはないが、お主、ミス・ヴァリエールに万一のことを、任せておるのじゃろ?
それなのに、自分が大丈夫だったから、元の世界に戻る……それはちと、勝手が過ぎるんではないかの」
 カズキは思わず、それは違うと口を開いた。
「オレが、オレがルイズに‘それ’を頼んだのは……それは……」
 最初は、『召喚』された日に、ルイズが話の流れで、物の弾みで言い出したことだ。この世界には魔法があるから。
それはヴィクター化した自分すら、殺せるかも知れない。そしていざという時は、ルイズがそれをすると言ったから。
 自分としても、それを鵜呑みにしたわけじゃないけれど……でも、そう。自分でも、一度は納得したことだ。
「それ、は……」
 次に話が出たのは、ほんの数日前のこと。ルイズから、最後まで自分の使い魔でいて欲しい、そう言われたときのこと。
召喚してしまったのが自分なら、始末をつけるのも自分だと、ルイズに改めて言われた時のこと。ルイズに、そう言わせてしまったときのこと。
 だから、オレは残った時間を、ルイズの使い魔として過ごすことにしたのだ。
 全てを、ルイズに放り投げて。
「まぁ、お主とミス・ヴァリエールのことじゃ。私がどうこう口出しすることでもないの」
 今更過ぎることを、言ってのけるオスマン。ふと窓を見やると、陽がだいぶ傾いている。ずいぶん長く話し込んでしまった。
 しばし悩んだ末、カズキは言った。
「……考えて、みます」


「ムトウ、さん?」
 シエスタが、心配そうに声をかけてきた。そういえば、質問されていたんだっけ。
 カズキはシエスタに一つ笑いかければ、会場の方を見ながら言った。
「実は、ちょっと迷ってる」
 実際は、ちょっとどころではないのだが。
 あれからしばらく悩んでも、結局、答えは出なかった。出せなかった。
 流されるまま、ここにいる。
「そうなん、ですか」
 カズキと同じ方向を見やりながら、シエスタは続けた。
「でも私は、ムトウさんが学院に残ってくれたらいいな、って思ってます」
「へ?」
「あ、いえその……!」
 シエスタがわたわたとしだしたところで、ホールの壮麗な扉が開き、ルイズが姿を現した。
「ヴ、ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」
 会場の視線が、一斉に注がれる。呼び出しの衛士の、やたらと大きな声に、カズキもそちらに気を惹かれた。
 そういえば、ルイズってそんな長い名前だったよなぁ、と思いながら、カズキがルイズに目をやると……
 びっくりするほど可愛かった。
 ルイズは長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。
肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、その手に提げられた大剣が物々しさをやたらと醸し出していた。
 ん、大剣?
 皆の視線の先は、美麗に着飾ったルイズから、その手の大剣、鞘に収まったデルフリンガーに移っていた。
 周囲の唖然とした空気の中、すぐ近くの衛士が、思わず口を開いた。
「ミス・ヴァリエール。やはり、帯剣したまま入場というのはその、趣向としても如何なものかと……」
 本日の主役に対して、あまり強く出れない衛士である。ルイズは済ました顔でそれを流し、会場に向けて歩を進めた。
 なにはともあれ、主役が揃ったことを確認した楽士たちは、どこか戸惑いながらも、音楽を奏で始めた。
 これが大剣を持ってなければ、その美貌に惹かれた男たちが群がることだろう。
が、何をどう血迷ったのか、美少女のその手には、寄らば斬るぞと言わんばかりに大剣が携えられているのだ。
 しかし、そんなルイズにかまってばかりもいられない。今日は年に一度の舞踏会。ホールでは、貴族たちがダンスを踊り始めた。
 ルイズは、バルコニーのカズキを見つけると、そちらへあくまで優雅に、ずんずん近寄っていった。
「…あ!それじゃ!ムトウさん、楽しんでくださいね!」
 すぐ近くにいたシエスタが、逃げるようにホールの給仕へと戻っていった。
 ぽつんとその場に残ったカズキの前にルイズは立つと、大剣を抱えあげ、首を傾げた。
「楽しんでるみたいね」
「う、うんぐへっ!」
 頷こうとしたところで、唐突に大剣を投げつけられた。ルイズはあー、重かったと肩を回そうとしたが、場が場なので言うだけにした。
「ってて。なにを……」
 鼻の頭をさすりながら、思わず抗議の声をあげたが、ルイズの並々ならぬ威圧感に気圧された。
「どっかの使い魔が先に行っててって言うから、素直に部屋で待ってれば、何時まで経っても夕方になっても、さっぱり戻ってこないじゃない。
仕方無しに人を呼んで、着付けを手伝ってもらって、わざわざここまで、剣を持ってきてあげたんだけれど。
さて、その使い魔は、御主人様に何か言うことはあるかしら?」
 そこまで言われて、カズキは本日何度目か、あ、と声にならない声をあげた。
 そういや、オスマンさんの部屋を出てから、ルイズの部屋に戻ってなかったっけ。
 カズキは、投げつけられた大剣を拾い上げた。ルイズの買ってくれた、魔剣デルフリンガー。
「えぇと、その、ゴメン。けど、なんでわざわざ、剣なんて持ってきたの?せっかくのパーティーなのに」
 えらい軽い調子で謝られ、思わず青筋を立てそうになったルイズ。しかし、努めて冷静に返す。
「なんでって……あんたが部屋に戻ってこないからでしょうが。ありがたく思いなさいよね」
「は?」
 そこにきてルイズは、ここまで言ってまだわからないのかと、不機嫌そうな顔になった。というか、不機嫌だ。
 黙って、カズキの持った剣を顎で示す。
 しかしカズキはカズキで、ルイズが何をさせたいのかわからず、頭上に疑問符を浮かべるばかり。
 すると、いい加減じれったく思ったのか、ルイズは剣の柄を引っつかみ、鞘からえいと抜く。
 錆の浮いた刀身があらわれ、その鍔がカタカタ揺れた。
「おいおい娘っこぉ。お前さんが抜いてどうすんだよ」
「っさいわね。文句なら、そこの鈍い『使い手』とやらに言いなさいよね。ほら、あんたもとっとと持つ!」
 つんけん言いながらカズキに、ずいと柄を差し出す。おののきながらもそれを受け取ると、ルーンが反応したのか、身体が軽くなった。
 伝説の使い魔、ガンダールヴのルーン。やはりこの力は、『黒い核鉄』を。ヴィクター化を、抑えてくれているのだろうか。
 それとも……。
「どう?」
 ルイズの尋ねるような声。その真剣な眼差しは、自分ではなく、剣を向いていた。
「ああ。昨日と同じさ。相棒は相変わらずのギリギリっぷりだぁな」
 軽い調子で返すデルフリンガーに、カズキははっとした。
 そういえばこの魔剣は、自分の身体の状態を、この世界で一番最初に見抜いた剣じゃないか。
 ルイズは、自分の身体を、ヴィクター化の進行具合を調べるために、剣を持ってきてくれたのだと、カズキは今頃理解した。
「ギリギリなのは、この際いいの。良くないけど。問題は、そうじゃない方がどれだけ進んでるかよ」
 ルイズは重ねて促す。魔剣はやはり、軽い調子で返した。
「良くわかんねえ方か?変わってねぇよ。言ったろ、昨日と同じだって。相棒は相変わらずのギリギリ『使い手』さ」
「ふぅん……で、それってこれから変わったりはしないの?」
 デルフリンガーはうぅんと呻ると、鍔をかちかちと鳴らした。
「まず、ねぇんじゃね?『使い手』って、一回なっちまえば、そんな度合いが変わるってもんでもねーし」
「……そうなの。わかったわ」
 そこにきてやっと、ルイズは表情を崩した。
「よかった……」
 そう、安堵の息とともに、ぽつりと呟いた。
 そしてその言葉が、表情が、カズキの中のもやもやを、一息に吹き飛ばした。
「ルイズ」
 呼ばれると、ルイズは頬を赤らめて、あわてて取り繕うように言った。
「よ、良かったじゃない!あんた、なんか知らないけど、化物になることはないそうよ!ボロ剣の言うことだけど!」
「うん」
「ボロはひでーな」
「なによ、元気ないわね。もっと喜びなさいよ。あんたが戻ってこないから、あんたのために、わざわざこれをここまで持ってきてあげたのよ?」
「うん」
「これもひでーな。でたらめ言うぞ」
「そしたらあの店主に頼んで溶かしてあげるわ。ま、あんたもこれで心置きなく、わたしの使い魔ができるってもんよね」
「うん。ルイズ」
「な、なによ……」
 ルイズの魔法を信じること。そして、ルイズを信じること。
 さっきの言葉は、その一押しに、十分足りえたから。
「ありがとう。オレ、たぶんだけど……ルイズのおかげで、助かったと思う。救われたんだと思う。だから、ありがとう」
 穏やかな口調で、カズキは言った。それは心からの、感謝の言葉だった。
 ルイズはきょとんとした表情になると、頬をさらに赤らめた。
「そ、そうなの?」
「うん」
 にっこり笑って、カズキは頷いた。ルイズは、なにがどうしてそうなるのかわからないが、そんな風に笑って肯定されたのでは、こっちも頷くしかなかった。
「な、なんか喋ってたら、喉、かわいちゃったわね」
 思わずカズキから顔をそらすと、ルイズはそう言った。
 カズキは、そういえば、と先刻シエスタのくれたワインを、グラスに注いで、ハイこれ、とルイズに手渡した。
「あ、ありがと。気が利くじゃない」
 受け取ったルイズは、静かにグラスを傾けていった。なんだか、味が良くわからなかった。
 ふとカズキは、ホールを見やった。紳士淑女たちが、音楽に合わせて踊っている光景が目に映る。
「そういや、ルイズは踊らなくていいの?」
 グラスを傾けるルイズの手が、ぴたりと止まった。
 ぎぎぎ、と首から上を、冷えた視線をカズキに向けて、ルイズは口を開いた。
「相手がいないのよ」
「なんで?」
「……舞踏会場に、ボロ剣抱えてやってきて、ダンスのお誘いなんかあると思う?」
 なるほど、それは確かに合点がいく。それなら、ダンスのお呼びがあるはずもない。
「えっと……」
 それはつまり、ルイズはオレのために。オレのせいで、パーティを楽しめないということなんだろうか。
 そう思うと、カズキは申し訳なくなった。
 ルイズはグラスを置いて、すっと手を差し伸べた。
「しかたないから、あんたで我慢してあげる」
 カズキはきょとんとした。
「その……踊ってあげても、よくってよ」
 目を逸らして、照れたように言って来る。その仕草が可愛く見えて、つられて照れてしまった。
「え、えーと。ああいうダンスって、やったことないんだけど」
 ルイズも一瞬きょとんとすると、くすりと笑った。
「あら、ダンスは達人じゃないの?」
 そう言われてカズキも、思わず苦笑を浮かべた。そして、ルイズの手を取った。
 二人は並んで、ホールへと向かった。

 カズキはルイズの動きに合わせて、足を動かす。そうすると、素人目にもなんとか曲に合わせて踊っているように見えた。
 ぎこちなさは仕方ないが、それに眉を顰めるでもなく、ルイズも澄ました顔でステップを踏んでいった。
「ねえ」
「ん?」
「あんた、あの時言ってたわよね。わたしに、言わなきゃいけないことがあるって」
 ステップを踏みながら、確認するようにルイズが言ってきた。
「あの時?」
「あんたね……。ゴーレムから逃げてる時に、言ってたじゃない」
 そういえば、確かにそんなことも言っていた。カズキはあぁ、と頷いて。
「あれ、言わなかったっけ?ゴメン、って。昨日のこと、謝ってなかったからさ」
 そう、タバサの風竜が降りてきた時に、ルイズとタバサに、カズキは謝っていた。
 すると、ルイズの表情が固まった。自分の使い魔が、あんな状況で言いたかったことはいったいなんだろう、と期待してこれだ。
 わなわなと、肩が震えそうになった。が、状況が状況なので、踊ることに専念する。
「……まぁ、いいわ。あんたって、そういうやつだし」
 ルイズはそういうと、踊りながら俯いて、小さくため息をついた。ムードもへったくれもなくなってしまった。
 カズキはカズキで、なにかマズいこと言っただろうか、と疑問符を浮かべた。
 二人はそのまま、踊り続けた。
「わたしも、まだ言ってなかったわね」
 ルイズは、思い切ったように口を開いた。

「ありがとう」

「ゴーレムの時のこととか、その……、いろいろ、助けてくれて」
 ルイズは、そう誤魔化すように呟いた。
 カズキは――。

 ――ありがとう。
 屋上の給水塔で、斗貴子さんに、言われた言葉。
 ただ、守りたいと思った人が、言ってくれた言葉。
 そして、今――


「いいよ、気にしなくて」

 みんな、ゴメン
 オレ、こっちの世界で、助かった

「なんたって、オレはルイズの使い魔だから」

 できれば、そっちに帰りたい
 そんで、みんなに謝りたい

「それに」

 けれど
 オレはもう、そっちに戻れないと思うから
 戻っちゃいけないと思うから
 そう思ったから
 ほんとゴメン

「何を隠そう――」

 だから


「オレは、使い魔の達人なんだ」


 さようなら、斗貴子さん




 使い魔の達人 第十二話  ゼロの使い魔





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