あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ROOTS OF THE FUNG

 アルマは森で一番高い木の枝に座り、じっと遠くを見ていた。
 上部が白くなった大きな山々は、どこまでも続き、いつ果てるともわからない。
 山を見ながら、アルマは時々背中の翼を少しだけ開いたり、閉じたりしていた。
 遠く見えるその山々は、空を自在に飛び回る翼人たちでさえ入りこむことのない異境の地だった。
 アルマはいつもと変わることのない景色を、何を考えているかわからない、あまり瞬きをしない瞳で見つめている。
 翼人の中でも、アルマは変わり者として知られていた。
 仲間とあまり交わることなく、暇さえあれば遠くの景色を見つめてぼんやりとしているのだ。
 下手をすれば、寝食さえ忘れてそうしている。
 ただし、そのことを咎めたり笑ったりする者はいない。
 何故かといえば、アルマには他の者が見ることのないものを見つめ、聞くことのできないものを聞くからだ。
 その年の天候や森の様子、さらに人間たちの行動まで遠く離れた場所にいながら、全て見通すことができた。
 わりと最近、人間たちが彼らを追い出そうとすることもぴたりと言い当てた。
 そのおかげで翼人たちは相手の動きを事前に知り、対策を練ることができたのだ。
 今はその人間たちとも一応の友好関係になりつつある。
 その一役を買った人間の策も、アルマは難なく読み取っていた。
 翼人があえてそれに乗った理由は、
「凶兆なし」
 そのように言い切ったアルマの言葉を信じてのものだった。
 翼人は争いの好まぬ種族である。
 もしも人間たちが悪しきことを目論んだとしても、その時は前もってアルマの知るところになるだろうと考えたのだ。
 それほど、アルマの予言は信頼されていた。
 枝の上でじっとしていたアルマは、急に違うほうへと顔を向けると、ふわりと飛び立った。
 これはとても珍しいことだった。
 アルマが飛ぶ方向に、すぐにひとつの影が見えた。
 アイーシャと、その夫となった人間の男である。
 さらにそのずっと先には、青い風竜の姿があった。
 風竜の背には、青い髪をした人間の娘が乗っている。
 人間よりもはるかに優れた視力を持つ翼人の眼は、その姿をハッキリととらえていた。
「アルマ」
 アルマの姿を見たアイーシャは嬉しそうに近づいてきた。
 その表情は、今が幸せの絶頂というせいもあるのだろうか。
 しかし、アルマはアイーシャに何の興味も示さず、遠くの竜と人間の娘を見つめていた。
「あの人が、どうかしたの?」
 アルマの予知する力を知っているアイーシャは、少しばかり表情を曇らせて尋ねた。
 何も知らぬ人間の男は、ぽかんと締りのない間抜け面をさらしているだけだ。
「あの人間」
 アルマは、少女とは思えない重々しい声で言った。
「あの人が……?」
 アイーシャはアルマの言葉に、不安に顔を引きつらせ出した。
 アルマがこのような言葉を出す時は、悪い予知だと決まっているからだ。
 そして、それは決して外れたことがない。
「あの人は、いずれとても惨たらしい死にかたをするよ」
 アルマは、感情のこもらない瞳で断言した。
「智恵もある。力もある。人の心を惹きつけることもできる。でも、『本当のこと』は何も見えていない」
 淡々と、アルマは言う。
「な、いきなり何を言うんだ!!」
 アルマの予言に、人間の男は怒り出した。
 男にしてみれば、身も知らない小娘に、自分たちの恩人が悪し様に言われたとしか思えなかったわけだ。
 しかしアルマは男のことなど、まるで眼中にはなかった。
 言葉が届いているかだろうかすら、怪しい。
 アルマはゆっくりと、遠いほうへと顔を向けて、眼を閉じた。
「違う国で、光が大きくなる。最初は小さいけど、やがてとても大きくなる。でも、光が強くなればなるだけ闇もどんどん濃くなっていくよ」
「そんな」
 アイーシャは身を震わせて、アルマと同じ方向を見た。
 その先に、トリステインという国があること。
 ルイズという名前の少女が住むことを、アイーシャは知らない。
「闇はどんどん大きくなる。光は闇を消せない。輝けば輝くほど闇は強く濃くなる。でも、闇はたやすく光を呑みこむよ……」
 アルマの言葉は、どうにもならない重みを持って微風の中に響いた。


 それから時は過ぎる。
 無能王、いや狂王ジョゼフが倒され、シャルル・オルレアンの遺児、シャルロットが女王に即位することが国中に伝えられた。
 万雷の拍手のもとで。


 薄闇が、地上へとその幕を下ろし始めた頃である。
 一人の年若い娘が、森の木陰に腰をおろしていた。
 夜の森は危険であり、慣れた地元の者でさえめったに入り込むことはない。
 もしも飢えた狼の群れや、熊にでも出くわせば命はないからである。
 運悪くオーク鬼などに出くわせば、さらに惨い目にあうだろう。
 ゆえに日暮れ前に急いで帰るのが定石であった。
 それにもかかわらず、少女は座り込んだまま動こうとはしなかった。
 別にどこかを怪我しているわけでもない。
 その服装は、明らかに森に入るようなものでなかった。
 娘は長い髪を苛立たしげにかき上げて、思案に暮れていた。
 すぐ前に「帰るのが定石」と書いたが、そのようなことを、この娘は知らない。
 仮に知っていたところで、娘の行動に大きな変化があるわけでもなかっただろう。
 それというのも、娘には帰るべき場所が存在しないからである。
 本来であれば、自分が住まう薄桃色の宮殿に帰るところなのだが、その宮殿も今や自分のものではない。
 昨日までは、この国の王女という身分であったのだが、今は一人の小娘に過ぎない。
 これだけなら、まだ希望というものは持ちようがあるかもしれないが、それではすまなかった。
 このイザベラという娘は、ガリアを支配するジョゼフ王の一人娘である。
 ジョゼフはすでに故人であるから、支配していたと書くほうが正しい。
 ごくかいつまんで説明すると、
「ジョゼフは、シャルロットという王族の娘に倒された」
「シャルロットはジョゼフと王位を争ったオルレアン公の娘である」
「そのシャルロットがジョゼフに代わり、王位につくことになった」
 大よそこういったことになる。
 こうなれば、先王の娘であることや、王女であるということはプラスどころかマイナスになってしまう。
 イザベラには人望というものがまるでなかったし、シャルロットへの陰湿な仕打ちでオルレアン派から恨みも買っていた。
 悪ければ戦犯の一人として処刑される。
 良くても国外追放くらいにはなるだろう。
 ヘタをすると奴隷として一生はいつくばって暮らせねばなるかもしれない。
 そのことを想像して、イザベラはぶんぶんと首を振るった。
 考えるだけで死にたくなった。
 そこで、自害という選択肢があることを、今さらのように気づいた。
 国を追われるような立場の自分を、一体誰が助けてくれるだろう。
 つらつらと考えてみたが、まるで思い当たるものがない。
 今後の人生を考えてみるのなら、苦しまないうちに死ぬのがもっともいいかもしれなかった。
 方法はどうしたらいいのだろうかと考えると、これがなかなか難しかった。
 どこか身投げをすれば手っ取り早いかもしれないのだが、仕損じて長く苦しむのは嫌だ。
 首吊りというのが簡単で確実そうだが、使えるようなロープや代わりになるようなものが手元にはない。
 かといって、東方に伝わるという聖者でもあるまいし、生きたまま獣に食われるなど絶対にごめんだった。
 生きるということは大変だが、死ぬこともなかなかに大変らしい。
 イザベラは他人事のように考えながら、小さなくしゃみをついた。
 日は沈むに連れて、気温も下がっているらしい。
 凍死というのもあるが、時候柄難しいし、ヘタに風でも引きこめば余計な苦しみを味わうこだけだ。
 ああ、どうしようどうしようと思うだけで、結局はどうにもならないことを思い知るだけだった。
 自殺という選択と同時に、ただ何となく死にたくないという動物的なものがこみ上げてくる。
 泣きたくなったが、涙は出なかった。
 イザベラ本人に自覚はないのだが、鏡を見れば人形のように無表情な顔が映ることだろう。
 風が吹いてきて、イザベラの体を無常になぶる。
 イザベラは膝を抱えてうめいた。
 これからどうすればいいのだろう。
 いくら考えても、結局どうしようもないという結論になるのだが、少したつとまた同じようなことを考える。
 無意味な堂々巡りを頭の中で繰り返すだけのことだった。
 これほど無為な時間が他にあるだろうか。
 不安のために心はどんどん弱まっていき、しまいにはシャルロットに許しを乞おうという気持ちがわいてくる。
 だが、それは生まれてすぐに蛆虫のようにひねり潰されてしまう。
 万が一にも助かる可能性があるかもしれないが、それでも、それだけはどうしても嫌だった。
 シャルロットに頭を下げるということを考えるだけで、怒りで全身の血が逆流しそうだった。
 もしもイザベラが姿を見せれば、きっと、虫けらのように蔑んで見るに違いない。
 城の連中や貴族どもと同じように。
 あの、自分を見下した眼で。
「殺してやる……!」 
 脳裏に映ったシャルロットの顔。
 イザベラは奥歯を砕けるかと思うほどに噛み締めた。
 何故、こうなる前にあいつを処刑しておかなったのか。
 理由なんていくらでも用意できたはずではないのか。
 そう思うと自分で自分が憎たらしくってしょうがなかった。
 死ね。
 死ね。死ね。
 みんな死ね。
 薄ら寒い思考から我に返った時には、森はすでに夜の闇に包まれていた。
 ぞっとするような夜の風がイザベラの首筋をなめ上げる。
 イザベラは忌々しげに立ち上がった。
 別に何をどうこうしようという当てができたわけでもない。
 ただ、じっと座り込んではいられなくなっただけのことだ。
 杖を握り締めて、夜空を見上げてみる。
 自分にシャルロットに与する奴らを倒せる軍団があれば、と思う。
 そこまでいかずとも、せめて一人でも手足となるような部下がいれば、と。
 いるわけがない。
 自嘲をもらしながら杖を弄んでいたイザベラは、ぴたっと動きを停止させた。
 あるアイデアを得た、というより、忘れていたことを思い出したのだ。
 部下がいない。
 いないのら、呼び出せばいいだけではないか。
 才能がなくっても、自分もメイジの端くれだ。
 あの魔法は確実に使えるはず。
 イザベラは杖で虚空に円を描きながら、呪文を唱える。
 使い魔を召喚する呪文を。
「五つの力を司るペンタゴン……」
 そして、使い魔は現れた。
「…………お前、なに?」
 出現した使い魔に向かい、イザベラは思わずそう問いかけた。
 それはとても小さかった。
 平べったい、円盤状のようなものだが、どういうわけかふよふよと宙に浮かんでいる。
 マジックアイテムか、それとも小型のゴーレムなのか。
 正体はわからないが、それでも自分が呼び出したものには違いない。
「……我が名は、イザベラ・ド・ガリア。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 型どおりの言葉を口にしながら、皿のような使い魔に口付けを与えた。
 唇が触れた一瞬後、イザベラの体に電流のようなものが走った。
「ぎゃん!!!」
 蹴飛ばされた犬のような悲鳴を上げて、イザベラは吹っ飛んだ。
 電流のショックか、それとも思い切り体を叩きつけられたためか、イザベラは意識は闇に沈んだ。
 眼を覚ました時、まだ夜は明けていなかった。
 みしみしと軋む体を起こすと、小さな光がふわふわとイザベラの目の前を舞う。
 声が出そうになったが、その前にどうにか呑みこむ。
 光は、怪しく輝く使い魔の眼だった。
 皿のようなものかと思ったが、側面に顔や口らしきものがあることに気づく。
 どうやら契約はうまくいったようだ。
 もっとも、このちっぽけな使い魔に何ができるか、あまり考えたくはなかったけれども。
「ったく、あんたは何なんだい……」
 イザベラは毒づく。
 すると、
「サ・ガー・ク」
 おかしな声が使い魔から出された。
「は?」
 イザベラは思わず使い魔を見る。
 こいつは、しゃべれるのか?
「それが、あんたの名前かい?」
 尋ねると、わけのわからない、言葉とも鳴き声ともわからないものが使い魔の口から出てくる。
 何となく、肯定しているらしいことがわかった。
「まあ、名前考える手間が省けていいか」
 イザベラは出来るだけ良いように考えながら、重い体を立たせる。
 ショックのせいか、手にした杖を握り締めたままだった。
 その杖にちょっと違和感がある。
 変だなと思って見やると、長年慣れ親しんできた杖が、半分だけになっていた。
 先ほどの電流にも似た衝撃で吹っ飛んだのだらしい。
 イザベラは息を呑んだ。
 これでは、魔法が使えない。
 砕けた先はもうどこにあるのかわからない、わかったところで直せるわけもないのだが。
「……っちくしょう」
 イザベラはふらふらと両手を土につけた。
 王女という地位をなくし、父を亡くし、そして杖まで無くした。
 使い魔を得たと考えれば、そのへんはプラスマイナスゼロなのだろうか。
 悲嘆にくれる中、イザベラはどこかで状況を極めて冷徹に考えている自分に驚いてもいた。
 すると、使い魔サガークがしきりに周辺を飛び回る。
 まるで何かを教えようかとするように。
「なんなのよ!?」
 いらつきながらイザベラが顔を上げると、サガークは何かをイザベラの手に落とした。
 白い、何かグリップのような、あるいはリコーダーのようでもある。
「ひょっとして、これ杖かい? 悪いけどね、杖なら何でもいいわけじゃないんだよ……」
 そう言いつつイザベラはそれを手にした。
 初めて触るものなのに、不思議に手に馴染んだ。
 まるで、長年つかってきた愛用の品であるかのように。
「ジャ・コー・ダー」
 そう、サガークは言った。
「ジャコーダー……」
 初めて聞くのに、どこか懐かしく感じた。
 ジャコーダーを手にしたイザベラはいつしか立ち上がっていた。
 言い難い、おかしな感じだった、
 気のせいか、どんどん自分の魔力が強くなっていくような気がする。
 それは波動のように、ジャコーダーを手にした右腕から全身に広がっていき、イザベラの細胞全てに行き渡る。
 そしてまるで陵辱するかのように魔力を活性化させ、さらに強大化していくようだった。
 うっとりするような陶酔感だった。
 全身が溶けてなくなり、まるで新しい何かに生まれ変わるかのように思えた。
「サガーク」
 気がつけば、使い魔の名前を呼んでいた。
 それに応え、サガークはイザベラの周りを飛び、ぴたりと腹部に取り付いた。
 左右の端から帯状のものが飛び出し、サガークはベルトとなった。
 ぞくりとする快感が、イザベラの中で爆発する。
 イザベラは本能の命じるまま、バックルとなったサガークの、スロット上の部分にジャコーダーを差し込んだ。
「ヘ・ン・シ・ン」
 サガークが何かを言った。
 すると、『何か』がイザベラの全身を覆いつくした。
 それは瞬きほどのわずかな時間だったが、髪の毛からつま先まで、イザベラの肉体、イザベラの細胞を欠片も残さず飲み込んだのだ。
 同時に、イザベラは天を裂くような絶叫をあげ、そのまま仰向けに倒れた。
 ぶくぶくと口から血の混じった泡が吹き上がり、白目をむいている。
 時折、腰に巻きついた使い魔からバチバチと紫電が走り、その度にイザベラの体はビクリと震えた。
 そのまま、イザベラは起き上がることはなかった。
 やがて、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
 冷たい雨に顔を打たれても、イザベラは起きることはなかった。
 そして、真夜中となる。 
 ざあざあと、雨は降り続けていた。
 夕暮れすぎから振り出した雨は冷たく、まるで罪人を打ち付けるかのようだった。
 遠くで、ぴかりと稲妻が闇の纏を切り裂き、飢えた獣の唸り声にも似た雷鳴がそれに続いた。
 森の中に身を横たえたまま、イザベラは凍えるような雨を浴び続けている。
 その体は、微動だにすることはなく、まるで死体のようだった。
 他の人間、あるいは知性のある生き物が見れば、まず死んでいると思うだろう。
 けれど、それは大いに誤りである。
 二度目の稲妻が天空を走り抜けた時、カッとその青い瞳が開かれたのだ。
 全身を雨水に弄りつくされながら、イザベラは起き上がる。
 その動きはまるで雲のようにふわりとして、まるで体重がないかのようだった。
 雲でなければ、肉体というものを持たない亡霊のようである。
「ふふふふふ。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」
 けたたましい、狂人さながらの笑い声は雷鳴と共に轟々とガリアの空へとこだましていく。
 森の奥、木の洞で身を休めていたリスがぶるぶると恐怖で震えた。
 ねぐらで雨がやむの待つ狼は、丸一日獲物にありついていないことを忘れておののいた。
 三度目の稲妻、その輝きが闇を照らす一瞬、イザベラの姿が露わになる。
 胸元から首、そして口元にかけて、異様な模様がひび割れのように広がっていた。
 まるでステンドグラスのような輝きを帯びたそれは、果たして何なのだろう。
 一瞬の輝きが消え、闇が戻った時、恐ろしい咆哮が森を震わせた。
 それは、飢えと渇きに身を焦がす捕食者の叫びだった。

 朝になると、雨はまるで嘘のようにやんでいた。
 新しいガリアにふさわしい、晴れやかな空がどこまで広がっている。
 朝日が地上を照らす頃、せわしなく動く集団が森へと入っていくの、近くの農夫たちは見ていた。
 革鎧や鎖かたびらを着込み、手に手に物騒なものを手にした、いかにも危なげな連中であった。
「ありゃあ、一体なんだろ?」
 若い農夫が言うと、
「どっかからきた傭兵だろう。大方山狩りにできたんだ。森だから森狩りか」
 父親の農夫はつまらなそうに言った。
「狩りって、あんな格好で、まさか熊でも狩るのか?」
 若い農夫はそう疑問を口にする。
「バカ。狩るのは人間だよ。昨日あの森に逃げ込んだの見たヤツがいるってこったから」
「人間だって? 物騒じゃねえか」
「そうだがよ。俺たちには関係ねえ。追われてンのは、無能王のバカ姫だよ」
 ふふん、と父親は笑った。
「こないだシャルロット様に討たれた、ジョゼフ王の?」
「ああ。まあ、父親に似て魔法の才能はしょぼいもんだそうだから、楽で美味しい仕事だって、傭兵連中が狩りにきたんだな」
「殺されちまうかい?」
 若い農夫は露骨に顔をしかめた。
 ヤクザ者としってもいい粗暴な傭兵に捕らえられた姫の身の上を考えると、気持ちのいいものではなかったのだ。
「そこまではしねえだろうな。第一殺してもしょうがねえだろうし、まあ、あれだな。とっ捕まえられて、王宮に引き渡されるんだろう」
「引き渡されたらどうなるんだ?」
「さあな。それこそ俺たちの知ったことじゃねえ。どうせ打ち首か追放だろうが」
「何だか気の毒な気もするなあ」
 若い農夫は森を見ながら、そこに隠れ潜んでいるであろうイザベラ姫の姿を想像しながらつぶやいた。
「めったなこと言うな!」
 父親はそれを聞きつけて、叱りつけた。
「……シャルル様を殺した上に恐ろしいエルフどもと手を組んでた無能王の娘なんだぞ!?」
「そうだけどよ……」
 父親のシャルルに対する敬意の念に、若い農夫はあまり同調できずにいた。
 基本的に王族というの者を、ただ偉い人という漠然とものとしか認識できていないせかもしれぬ。
 亡きシャルルは国民に大いに人気があったわけだが、当然のことだが全てが全て彼のシンパであったわけではない。
 第一無能王と呼ばれるジョゼフの治世は、彼の評判ほど悪かったわけではない。
 少なくともこの農夫の実感する限りにおいては、別に理想郷というわけではないが、そこそこのものであったのだ。
 市井の暮らしそのものは、比較的安定していたのである。
 まあ、最後は国ごと焼き払うことまで考えていたらしいのだが。
 農夫にとって、王宮のことなどどうでも良かった。
 シャルルだろうがジョゼフだろうが、自分たちの暮らしを安定させてくれるのなら、王など誰がなってもかまわないわけである。
 だから、正直な話、シャルロットが女王になったことも、亡き父の無念を晴らしたという話も、興味はなかった。
 多くの人は、シャルロットに喝采を送っていたし、農夫も空気を読んで何も言いはしなかったが。
 元から、そのことについて述べるような意見もなかったのだ。
 国が滅ぶようなことがなかったのにはほっとしている。
 しかし、だからといって、必要以上にシャルロットを崇め奉る気持ちにはなれずにいた。
 いや――こんなことをぐだぐだと連ねる必要はないだろう。
 要するにこの若い農夫は、ひどい目にあう、あるいはすでにあっているであろう娘に同情をした。
 ただ、これだけのことなのだ。
 若い農夫は、釈然としない気持ちで、森に入っていく傭兵たちを見送っていた。
 しかし、森へ入っていった金目当ての傭兵たちは、二度と戻ることはなかった。
 農夫が再び彼らを見たのは、その翌日。
 キノコを採りに森へ入った農夫は、地面に妙なものが落ちているの発見する。
 それが何なのか、最初は見当すら付かなかった。
 何か、半透明なクラゲというより、寒天のように思えた。
 が、その周辺にあるもの、そして『それ』が身につけていた鎧や靴などで、ようやくにわかった。
 それが人間の死体であるということに。
 森へ入っていった傭兵たちの末路だったのだ。
 よくよく近づいてみなければ、本当にわからなかった。
 人間の形は残しているものの、本当に色というものをなくした、半透明の物体と化していたからだ。
 それは殺されたというより、人間として、生物としての存在そのものを奪われた、とでも言いたくなるような有様だった。
 辺りには血の臭いも、腐臭もなかった。
 先住魔法の仕業だろうか。
 農夫はそう思った。
 こんなことを、人間が出来るとは思えなかった。
 そうでなければ、イザベラ姫が傭兵たちを返り討ちにしたのだろうか。
 時がたつに従い、農夫はどうしようもない恐怖に襲われ、せっかく採ったキノコを籠ごと放り出して、逃げ帰った。

 それからしばらくして、奇妙な事件が起きた。
 例えば、リュティスから500リーグほど離れた田舎の村。
 先に吸血鬼事件が起こったこの村が、一夜にして全滅した。
 村人は全員、まるでクラゲか何かのように半透明の状態になって転がっていた。
 これと同じような事件が、あちこちで発生したのである。
 犯人は不明。
 腕利きのメイジであるとか、先住魔法を操る亜人であるとか、色んな憶測が流れたが犯人は不明だった。
 何しろ襲われて生き残った者は一人としていないからだ。
 国の建て直しで猫の手も借りたいほどのガリアであったが、それはもはや無視できないほどのものであった。
 被害者の中にはトライアングルのメイジも幾人もいたからだ。
 状況的に杖を振るい、魔法を使ったのが明らかな場合も少なくなった。
 それでも、犯人はやすやすとこれを打ち破り、メイジたちを餌食にしたのだ。
 やがて……。
 いつからか、こんな噂が世間で囁かれるようになった。
 これは死んだ無能王ジョゼフの祟りだと。
 焦ったのは、今や国の支配者となったオルレアン派であった。
 ようやく簒奪者を倒して国を取り返したというのに、こんな忌々しい噂が流されるなどと。
 だが、事態は彼らを嘲るように悪化の一途をたどった。
 必死になって犯人を捜索するも、一向に進展はない。
 それどころか、捜索に参加した騎士たちが、同じように体の色を奪われた死体となり、路上に転がされる始末。
 行方不明であったイザベラの行方がわかった――この情報が入ったのは、そんな状況下の中だった。
 ある修道院に潜伏しているのが、近隣に住む者の密告によって明らかになったのだ。
 報告を受けたバッソ・カステルモールは至急部下を率いてその捕縛へと向かった。
 不穏な噂で不安定になりかけている今、簒奪者の娘を捕らえることで、それを少しでも打ち消そうというわけだ。
 件の事件と、イザベラを結びつけて考える者はほとんどいなかった。
 何故かと言えば、プチ・トロワの暴君として知られた無能の我侭姫は、父親に似て魔法の才能に恵まれていなかったからだ。
 そんな娘に、あんな真似が出来るわけがない。
 こういった思い込みが、関係者の中にあったせいである。

「いたぞ!!」
「こっちだ、急げ!!」
 荒々しく静寂の似合う修道院内を走り回っていた騎士たちが、歓声に似た声をあげた。
 どかどかと院内を踏み荒らす無粋の輩を、質素な尼僧服姿のイザベラはつまらなそうに見ていた。
 それは、食卓の上を飛び回る蝿でも見るような目つきだった。
 だが、興奮状態にある騎士たちはイザベラの表情などわからない。
 もとから眼中にもないのかもしれない。
「イザベラ……元姫殿下、おとなしく我々に従っていただこう」
 一隊を率いたカステルモールは、慇懃な口調で、しかし軽侮の眼差しでイザベラに言った。
 イザベラは椅子にもたれかかるように座したまま、何も応えない。
 やはり、つまらなそうな顔で騎士たちを見ているだけだった。
 それを騎士たちは、無力な罪人の最後の見栄と認識した。
 カステルモールがさっと手を上げると、一人の騎士が杖を振るう。
 ウィンド・ブレイク。
 威力をセーブしているが、風の槌はイザベラの体を吹き飛ばすのに何ら問題はなかった。
 人形のように転がるイザベラの体に、メイジの操る縄がまとわりつき、縛り上げた。
「よしっ! 連行する!!」
 イザベラを無理やりに立たせ、騎士たちは意気揚々として引き上げ……ようとした。
 ぶつり。
 間抜けな音をたてて、何かが床に落下した。
 イザベラを縛っていたロープだ。
 魔法をかけられたそれは、生半の力では決してほどくことなどできないはずだった。
 ロープを見ればわかることだが、それはほどけたのではなく、強引に、単純な力で引きちぎられたものだった。
 イザベラの脇にいた騎士の一人が宙を舞ったのは、その後だった。
 恐ろしい音をたてながら、騎士の体は宙に跳ね上がり、天井に激突した。
 それが壊れた玩具のように落下する間、イザベラはもう一人の騎士の肩をつかんでいた。
 枯れ木でも踏みつけるような嫌な音がして、騎士が悲鳴を上げた。
 イザベラは膝をついた騎士の髪の毛をつかむと、その首を180度回転させる。
 みき、ぴきき、と音が上がった。
 動かなくなった騎士が放り出されるのと、天井に激突した騎士が床に落下したのは、ほとんど同時だった。
 状況が飲み込めず、騎士たちはぽかんとしていた。
 一体、自分たちの目の前で何が起こっている?
 彼らがようやく動き出したのは、イザベラに蹴飛ばされた騎士が口から血の塊を吐き出して絶命した後のことだった。
「おのれ!?」
 杖を突き出し、呪文を唱えようとした騎士の腕が、イザベラにつかまれた。
 骨と肉の砕ける音がした。
 イザベラはそれを放すことなく、まるで竹ざおでも振るように騎士の体を振り回した。
 まるでハエタタキでつぶされる蝿みたいに、騎士たちは弾き飛ばされていく。
 得物の代わりにされた騎士は、口から泡を吹いている。
 カステルモールは咄嗟にエア・ニードルを放つが、それは味方の騎士たちにとどめをさす役目をしただけだった。
 イザベラは無表情に近くに転がっている騎士の頭を踏みつけた。
 頭蓋骨がくだけ、床を朱に染めていく。
「弱いね?」
 イザベラはどうでもよそうに言って、カステルモールを見た。
 それは、ミミズを見下ろすライオンの目だった。
 カステルモールは硬直し、動けなくなった。
 恐怖が、汗となって滝のように流れた。
 コイツハダレダ?
 いざべら?
 違う。こいつは――
「小生意気に牙をむいた蛆虫には、<お仕置き>してあげないとねえ?」
 イザベラが初めて笑みを見せた。
 その首筋から口元にかけて、ステンドグラスのような紋様が走った。
 青い瞳が、虹色に染まる。
 そして。
「化け物……」
 目の前に出現した『者』に、カステルモールはそう言うのが精一杯だった。
 この日、イザベラは身を隠していた修道院から消えた。
 だが――
 彼女を捕縛に向かった一隊は、生きて主……シャルロットのもとに帰ることはできなかった。

 風と、血の匂いを感じて、タバサ――シャルロット・エレーヌ・オルレアン、いや、今はシャルロット・ド・ガリアは振り返った。
 薄闇の中に、誰かがいる。
 風を受け、窓辺のカーテンが揺れていた。
 未だに帰らないカステルモールに、不安を覚えていた彼女は咄嗟に杖を握る。
「だ、誰なのね!?」
 そばにいた人間に姿を変えた風韻竜シルフィードは恐怖を隠しきれぬ声で叫んだ。
「ずいぶんな態度だねえ? せっかく飼い犬を送り届けにきてやったのに」
 嘲笑が影から響いた。
「イザベラ……」
 影を見て、タバサはこわばった声で言った。
「王冠が良くお似合いじゃないか、ガーゴイル?」
 野獣のように歯を剥き出しながら、イザベラは肩を揺すった。
「意地悪従妹!!」
 シルフィードが目をむいた。
 この中に、一体どうやって潜りこんできたのか。
「ここの住み心地はどうだい? 快適か?」
 イザベラは窓辺に立ったまま、ケタケタと笑った。
「……」
「無表情は相変わらずか? せっかく仇を討って、晴れて女王になったんだろう? もっと嬉しそうな顔をしてごらんよ」
「何の用なのね!!」
 主人に代わるように、シルフィードが吼えた。
「言っただろう? 飼い犬を送ってきてやったのさ。しつけのなっていない犬ころをね」
 そう言って、イザベラは何かをタバサたちのほうへ放った。
「きゅいいー!!」
 それを見て、シルフィードは飛び上がった。
 床に転がったのは、人間の生首だったのだ。
 それも、これ以上にない恐怖に歪んだ。
「……!」
 キッとタバサの目に怒りの炎が宿った。
 その首に、タバサははっきりと覚えがあった。
 カステルモールだ。
「おいおい――お前の大事な飼い犬だろう? お帰りなさいのキスくらいしてやったらどうだい?」
 イザベラは愉快そうに高笑いをする。
 その哄笑に、シルフィードはひい、とうめいて立ちすくんだ。
 タバサは、言葉で言い表しがたいものを感じ、身を震わせた。
「あなた、誰」
「はあ? 私が誰かって? お前の従妹のイザベラじゃないか、女王様になって頭がボケたか?」
 心底バカにしきった顔で、イザベラは大仰に肩をすくめてみせる。
「そんなわけない」
「……ほおお? じゃ、あくまで私はイザベラ・ド・ガリアじゃないっていうのか? 何を根拠に? 大体……」
 イザベラはくるりと体をターンさせながら、
「お前が私の何を知る?」
 そう問われ、タバサは黙った。
「お前に嫉妬するだけの無能者か? それとも、狂った簒奪者の娘か? ああ、そうだねえ。或る意味で正解さ。事実そうだったんだから」
 そうだった。
 過去形であった。
「今は違うと?」
 タバサはあえてそう言った。
 シルフィードは恐怖で震え上がり、動くこともままならないようだった。
「んー…。例えばだ、あんたはパンや牛肉にいちいち嫉妬したりするのかい?」
 何が言いたい。
 タバサは危険を感じ、杖を振るおうとした。
 その時、不気味に輝く蛇のようなものが、宙をうねった。
 蛇の一撃を受け、タバサの杖は無残に砕け散った。
 タバサは手を押さえ、床に膝をついた。
「お姉さま……!」
 シルフィードがくぐもった叫びをあげる。
「だからさー、餌にいちいち感情移入する物好きがいるかってことだよ」
 杖を破壊したのは、イザベラの手に握られる、やはり杖だった。
 短杖の先端から、光の鞭が伸びている。
 杖を失ったメイジ。
 それは翼をもがれた鳥と同じだ。
 イザベラはタバサを見ながら、冷たく笑った。
 タバサの瞳に、恐怖が浮かんだ。
 目の前にいる、イザベラの姿をした何者かに、ただ恐怖した。
 喰われる。
 絶対的な立場の違い。
 北花壇騎士として戦った日々、その積み重ねが、いとも容易く否定されていく。
「お前、私の父上を殺して、自分の母親を助けて……これから、希望が始まる、とでも思ってたのかい?」
 違うねえ、とイザベラは謳うように言った。
「これから始まるのは希望じゃなくって、絶望なんだよ!!」
 貴様を神輿に担ぐ阿呆どもも、私ら親子を蔑み続けた愚民どもにもな――
「サガーク」
 イザベラの声を受けて、その使い魔が現れる。
 腹部にとりつき、ベルトと化した。
「ヘ・ン・シ・ン」
 奇妙な、笛に似たメロディが響き、イザベラを何かが包み込む。
 それは、魔力だ。
 可視出来るほどに高濃度の魔力は、異形の鎧へと姿を変え、イザベラの全身を覆っていった。
 見たこともない、どこか毒蛇を思わせる銀色の鎧。
 おそらく、過去にハルケギニアには存在したことのないであろうもの。
「さてと。それじゃあ謀反を企て、生意気にも王位を奪おうとしたおバカちゃんに、女王の判決を言い渡そうか?」
 その魔杖が、タバサに向けられる。
「死――だ」


 遠く離れたどこかで。
「なあ、渡。ファンガイアの祖先が、人間と変わらない姿をしてたって知ってるか?」
「……なに、それ。初耳だけど。そうなの、にいさん?」
「俺も伝承の一部を少し聞いただけだがな…。元々、魔力を持っているということをのぞけば、ファンガイアは人間と同じだったんだ」
「そうだったんだ。だから……」
「ああ、人間と、ファンガイアが結ばれて子供が出来る。別におかしくもない。元々が同じものだったんだからな」
「だけど、どうして――」
「祖先は人間と違い、魔力を使っていろんなことができた。だが、いつの頃からか、魔力で肉体を強靭なものへと作り変え、今みたいな姿になっていったらしい」
「何だか、悲しいね……」
「そうだな。ああ、最初にファンガイアの原初とも言える存在になったのは、一人の女性だそうだ。いわば……ファンガイアのイブだな」


 時が過ぎて。
 かつて、グラン・トロワと言われる壮麗な宮殿は、新たに再建されていた。前よりも巨大に、前よりも鋭く攻撃に。
 その最大の変化は、その色彩であった。
 以前は王族の髪を象徴するかのように清冽な青に染められていた宮殿は、今は夜闇のごとく黒に染められている。
 宮殿の中央、玉座に座るのは黒いマントと王冠を身につけた若い女。
 イザベラ・ド・ガリアだった。
 ほんの少し前に城を追われた王女は、絶対的な支配者として玉座に君臨している。
 イザベラが見下ろす中、その眼下には無数の家臣たちが控えていた。
 しばらくは楽しそうにそれらを見ていたイザベラだが、頃合も良しと立ち上がった。
 それに合わせて、家臣たちも顔を上げる。
 皆一様に、その瞳に、その首筋から鼻にかけて、ステンドグラスを思わせるものが浮かび上がっている。
 それは、イザベラも同様だった。
「変革の時は来た――」
 良く通る声で、イザベラは語る。
「私たちは、メイジという種から一歩前進し、新たな段階へと到達した。もはや杖に頼る必要もない! エルフの先住魔法に脅えることもない!」
 イザベラの言葉に、おおお、とどよめきが返る。
「我らはハルケギニアを超え、東の果てまでも進んでいくだろう! 邪魔をするエルフは全て、喰らい尽くす!!」
 その絶叫に応えるように、家臣たちはその身を変えていく。
 人の姿から、魔物へと姿を変えていくのだ。
 虫を思わせるもの。魚のようなもの。直立する獣のようなもの。
 ただ、鳥のようなものは一人としていなかったが。
 姿は千差万別だが、共通するのはステンドグラスのような体組織。

 イザベラの言葉通り、それは大きな変革の兆しであった。
 ただ……それは平民や、変革を拒むメイジたちには地獄の訪れであると言えた。
 何故なら、『彼ら』にとって、人間は、餌でしかないのだから。



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