あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

日替わり使い魔-11




 ――レックスは気が気ではなかった。

 時刻は夜――今彼は、仲間と一緒に港町ラ・ロシェールに向かって馬を走らせている。
 走っている馬は二頭。一頭はレックスが乗っている馬で、彼の後ろでは妹のタバサが同乗している。そしてもう一頭はギーシュが乗っているが、こちらは思いっきりバテており、走る馬の背にぐったりと体を預けていた。
 早朝からほぼ休みなく走り通しだったので、ギーシュがこれでも無理はない。むしろ、平然としているレックスとタバサの方が異常とすら言えた。
 そして、レックスの仲間はこの二人だけではない。彼らの頭上をグリフォンが飛んでいるのだが、そちらにもう二人いるのだ。
 その二人とは、ルイズとワルド。婚約者……ということらしく、グリフォンの背の上でぴったりとくっついている様は、遠目にはまさしくそれっぽく見える。

 実のところ、レックスはそのルイズに、淡い想いを抱いていた。

 まるで人形のように可憐なルイズに、レックスは一目で――とはいかないまでも、一日足らずの間に惹かれてしまった。
 とはいえ、レックスはいまだ11歳である。その想いは幼く稚拙ではあるし、そもそも恋愛と呼べるほどの強い想いとは言えないかもしれない。だが生まれて初めての感覚にレックスは戸惑い、気付けばルイズのことばかり考えるようになってしまった。
 今何をしているんだろうか。今日は何をしているんだろうか。怪我とか病気とかになってないだろうか――そんなことばかりである。ここ数日、ルイズに会いたいと思っても妹に邪魔されてばかりというのもあり、その想いは日増しに強くなっていた。
 そんなところに、降って湧いたこの任務。ルイズにいいところを見せるチャンスだと思い、なかば反射的に、自ら協力を申し出た。
 ルイズと一緒にいられる。それだけで舞い上がりそうになる自分の心を押さえつけ、極力真剣に任務に取り掛かろうと、準備に全力を尽くした。任務に失敗してしまっては、いいところを見せるどころではない。

 が――

「くっ……あのおじさん、あんなにルイズにくっついて……!」

「…………」

 頭上を見上げるレックスは、うめくように怨嗟の声を上げる。背後にいるタバサは、そんな兄を半眼で見ていた。
 いざ蓋を開けてみたら、ルイズの婚約者を名乗るおじさん(11歳のレックスから見れば26歳の髭男など、立派なおじさんである)が現れ、彼が淡い想いを抱く相手に馴れ馴れしくする始末。
 しかもそれを、ルイズ自身があまり嫌がっていないというのだから、レックスとしては面白くない。
 そのことで道中散々ギーシュにからかわれもしたが、そんな彼も現在ダウン中。タバサも最初はブツブツ文句を言っていたが、言っても無駄と悟って諦めたか、今は白い目を向けるのみに留まっている。

 と――

「……おぉ……ラ・ロシェールが見えてきた……」

 背後から、疲れ切ったギーシュの幽鬼のような声が聞こえてきた。レックスは視線を頭上から前方に移す。
 見れば、既に山道へと変わりつつある街道の先に、その街道を挟み込むような形で両側に崖がそそり立っていた。その岩壁には建物が並び、ところどころ灯りが点いている――おそらくあれが『港町』なのだろう。

「あれ? 海は?」

「何を言っているのかね? ラ・ロシェールはアルビオンの玄関口だよ。海沿いに作る意味なんかないじゃないか」

「え? それって――」

 どういうこと、と尋ねようとした、まさにその時――

 ――ボウッ。

「「「…………?」」」

 すぐ傍で何かが燃えるような音が聞こえ、レックスたちはその音源へと視線を向ける。
 そこにあったのは、地面に落ちた赤々と燃える松明(たいまつ)――しかも一つだけではない。複数ある。
 のみならず――

「な、なんだ!?」

 ギーシュが焦った声を上げる。松明は高い場所から次々と投下され、あっという間にレックスたちの周囲を明るく照らし出していた。
 突然の状況変化に、判断が追い付くより早く――照らされた彼らを目掛け、頭上から矢が降ってきた。
 レックスは怯える馬を手綱でいなしながら、剣を抜いて矢を払う。一方ギーシュは、暴れる馬も宥められず、無様に振り落とされていた。

「奇襲か。久しぶりだね、こーゆーのも」

 上空にいるワルドが『風』の魔法を使って矢の軌道を逸らしているのを横目に、レックスはどこか懐かしげにつぶやいた。その視線は、矢を射る襲撃者の位置を、性格に掴んでいる。

「どうするの?」

「そりゃもちろん――やることは決まってる!」

 問いかけてくる妹に、レックスは馬を降りて剣を構え―― 一気に飛び出す。
 彼の脚力なら、一息に崖を駆け上って襲撃者たちを叩きのめすことなど造作もない。

(いい機会だ。ルイズにボクの実力を見せ付けてやる)

 別に大した下心ではない。気になるあの子の前で、ただいい格好がしたいだけだ。そんな想いを胸に抱きながら、彼は剣を握る手にぐっと力を込めた。



 ――レックスが駆けて行く。
 その背を見送りながら、タバサは「はぁ」とため息をついた。彼の考えていることなど、双子の妹としてずっと一緒にいた彼女であれば、手に取るようにわかる。
 タバサはふと、上空を見上げた。その視線の先では、グリフォンにまたがって『風』の魔法を使い、飛び来る矢をいなすワルドの姿――

「なんか……嫌な感じです」

 そのワルドを軽く睨みながら、タバサはぽつりとこぼす。
 と――

「い、いいのかい?」

 そんな彼女に、ギーシュが矢に怯えながら尋ねた。

「何がですか?」

「彼を一人で行かせて、だよ」

「お兄ちゃんなら心配いりませんよ。それに――」

 大した感慨も見せず、タバサは質問に答えた。言いながら、彼女は視線を上空――ワルドとルイズの乗るグリフォンよりも、更に上へと向ける。
 その視線の先にあるのは、悠々と大空を舞う青い鱗の風竜――

「――きっと、お兄ちゃんが活躍する前に終わっちゃいますから」





 ――結論から言えば、タバサの予言通り、レックスが敵に迫るより早く戦闘が終わってしまった。

 天空の剣を構えて崖を駆け上ろうとしたまさにその時、強力な『風』の呪文による小規模な竜巻で、目標となる敵の一団がまとめて吹き飛ばされたのだ。
 バッサバッサという音に顔を上げてみると、そこには見覚えのある風竜の姿。レックスの活躍の機会を奪ったのは、誰あろう妹と同じ名を持つ少女――もう一人のタバサであった。

「はぁい、お待たせ♪」

 風竜の背からひょっこりと顔を出して挨拶してきたのは、タバサではなく同乗者のキュルケであった。肝心のタバサの方は、なぜかパジャマ姿で本を読みふけっている。
 そんな二人の来訪者に、ルイズは慌ててワルドのグリフォンから降りた。

「お待たせじゃないわよ、ツェルプストー! なんであんたがここに……」

「助けてあげたんじゃないの。朝方、あんたたちが外で楽しげなコントやりながら出かけて行ったもんだから、面白そうだと思ってタバサを起こして駆けつけたの」

「コ、コントって……」

「パンツ一枚にシルクハット。なかなか紳士的な格好でしたわよ、ギーシュ?」

「やめてー! 笑わないでー!」

 片手で口元を押さえ、プププとニヤけるキュルケ。その嘲笑の視線に、ギーシュは羞恥のあまり思わずその場でゴロゴロと転げ回った。
 そしてひとしきり転げ回った後、いたたまれなくなったのか、ずーんと重い影を背負って「……尋問してくる……」とつぶやいて、襲撃者たちの方へと向かう。
 しかしその頃には、ルイズとキュルケの舌戦はギーシュと関係ないところにシフトしていた。
 「お忍びだから来ないで」だの「それならそうと言いなさい」だのと言い合ったり、キュルケがワルドにモーションかけたりルイズが噛み付いたり、そんな彼女らは去って行くギーシュに気付いた様子もない。

 が、やがて――

「ところでさあ」

 キュルケが急に、ルイズから視線を外して二人のタバサに視線を向けた。彼女が真っ直ぐに伸ばした手はルイズの額を押さえており、ルイズはリーチの足りない腕を必死にぶんぶんと振っている。
 視線を向けられた二人のタバサは、片や「?」と小首を傾げ、片や本から視線を上げて無表情にキュルケを見る。

「同じ名前が二人って、呼び方に区別付けないと不便じゃないかしら? この際、何か呼び方決めましょうよ」

「知らないわよ! あんたたちが帰ればその必要もないでしょ!」

「あら、つれないこと言わないでよ」

 ガーッ、と噛み付くルイズを軽くあしらい、キュルケは「どうする?」と先を促す。
 その問いに、二人のタバサはお互いに顔を見合わせた。
 だが、彼女たちが何か結論を出すより早く、その隣にいたレックスが元気良く手を上げた。

「はーい! ボクにいい案があるよ! 先にいた方をタバサA、後から来た方をタバサBって呼べばいいじゃん。更に増えるようだったら、順番にタバサC、タバサDって――」

「人をマドハンドみたいに言わないでよ、お兄ちゃん!」

 あまりと言えばあんまりな安直な提案に、妹のタバサが台詞が終わるのを待たず、即座に却下した。そんな妹の不満の声に、しかしレックスも不満げな顔になる。

「えー。タバサ、マドハンド嫌い? あいつらほっとけばどんどん増えるから面白いのに。画面に余裕があればゴーレムも呼ぶしさ」

「そーゆー問題じゃないでしょ! あと、画面とか言わないでよ!」

「じゃ、どーすんの?」

 微妙に脱線しかけた話題を即座に戻し、しかしレックスに切り返されてタバサは口をつぐんだ。
 さすがに咄嗟には代替案も見つからず、助けを求めるようにもう一人のタバサへと視線を送る。彼女は感情の読めない無表情で、じっとこちらを見ており――

「本名?」

「え?」

 唐突に投げかけられた言葉に、タバサはそれが質問であることを理解するのに、少しの時を要した。

「あ、うん。本名。お父さんが考えてくれた、私の名前」

「そう。あなたのお父さんが」

 その返答に、彼女は何か考え込むかのように、ほんの少しだけうつむいた。
 やがて――

「……シャルロット」

「え?」

「私を呼ぶ時は、シャルロットでいい」

「えっと……その名前は?」

「……………………」

 唐突に出てきたその名前に、タバサはその脈絡を尋ねた。しかし彼女は口を閉ざし、答える様子もない。
 踏み込んではいけない部分だったのか。必要最低限の言葉しか発しない彼女の様子に、タバサは気後れしてそれ以上の言葉を続けられなかった。
 場の空気が気まずいものになるかと思った、その時――

「じゃあ、そっちの子がタバサのままで、あなたはシャルロット。それでいいのね?」

 その場をまとめるかのように、キュルケが口を挟んできた。
 その言葉に、タバサ――もとい、シャルロットが無言で頷く。行き詰っていたタバサは、ちょうど良いタイミングでやってきたキュルケに内心で感謝した。

「…………でも」

「ん?」

「私をシャルロットって呼ぶのは、区別が必要な時だけにして」

「わかったわ」

 その要望に、キュルケは短く答えて頷いた。
 ――それ以上は何も聞かない。タバサはそこに、この対照的な二人の信頼関係の一端を見たような気がした。
 キュルケは話は終わりとばかりに、くるりと踵(きびす)を返してルイズたちの方へと向き直る。なおも何か文句を言おうとするルイズに、彼女はニンマリと笑って応戦する構えだ。
 そんな彼女の背中を見ながら、シャルロットは――

「本当の、名前。親からもらった、大切な、名前」

 ――誰にも聞こえないぐらいの小声で、一語一句を噛み締めるかのように、ぽつりとこぼした。



 その後、尋問を終えたギーシュが戻って来た。
 ただの物盗りだと主張しているとの報告に、ワルドはそれ以上の尋問は無駄と判断し、捨て置いて街に向かうことを提案。特に異論もなくラ・ロシェールに入り、一行は街で一番上等な『女神の杵』亭にて宿を取ることとなった。





 ――『女神の杵』亭では、部屋を三つ取った。

 まず、レックス、タバサ、ギーシュの部屋。次に後から合流してきたキュルケとシャルロットの部屋。最後に、婚約者同士であるルイズとワルドの部屋。アルビオン行きの船は明後日にならないと出ないそうなので、少なくとも明日一日はこの街で足止めである。
 この振り分けに文句を言ったのは、レックスとギーシュ、そして意外にもタバサの三人。
 レックスはルイズとワルドの同室を認めたくないがため、ギーシュは子守りを任されるのを嫌がったため。タバサだけは理由を明確にはしなかったが、ルイズとワルドが――と言うよりも、ワルドを誰かと同室にはしたくないといった様子であった。
 だがその二人の反対意見も、ワルドによってやんわりと却下された。

「う~…………」

 そんなレックスは現在、あてがわれた部屋で、枕を抱き締めて――と言うよりは、むしろ『締め上げて』と表現した方が適切な様子で、不満げに唸り声を上げていた。
 明らかに、ルイズのことを気にしている様子である。戦闘の経験は豊富でも、こと男女間の恋愛ともなれば、彼の経験はその入り口に片足を突っ込んだ程度。男と女が同室で一夜を共にする意味など、知る由もない。
 もっとも――その意味を知らずとも、気になる異性が自分以外の男の傍にいるというだけでも、レックスからしてみれば気に入らないものがあるのだろう。
 そしてその傍にいるタバサといえば、レックスが他の女のことを考えているにも関わらず、珍しく睨みもしないで眉根を寄せていた。

「二人とも、ご機嫌斜めだね」

 そんな二人に声をかけるのは、同室にされたギーシュである。
 それぞれ眉根を寄せるその表情は、並べて見ればなるほどそっくりで、二人が双子であることが如実によくわかる。
 しかし彼にはわからなかった。レックスがルイズのことを気にしているのも、タバサが双子の兄に兄妹愛以上の好意を寄せているのも、傍から見れば丸わかりだ。だからこそ、レックスの方はわかるにしても、タバサの態度がわからない。
 彼女からしてみれば、ルイズはある意味では恋敵――それがワルドとくっつけば、それは歓迎するべきことであるはずだ。なのに彼女は、ルイズとワルドが同室になることを、あまり好ましく思っていないようだ。

「一つ聞いていいかい、ミス・タバサ」

「はい?」

「君はルイズとワルド子爵が同室になることの、何が不満なんだい?」

「……邪気を、感じるんです」

「邪気?」

 唐突に出てきたその単語に、ギーシュは小首を傾げた。
 タバサは構わず、続ける。

「私、生まれつきそういうのに敏感なんです。あのワルドさんからは、邪気を感じるんです。モンスターはともかく人間――とりわけ高い地位にいる人の場合、大抵はそういうのは権力欲とセットになってるから、たぶんワルドさんも同じだと思うんですけど……」

 グランバニアの王族である彼女の周囲には、グランバニア最高権力者とのパイプを欲する者が絶えない。そういった者たちの多くは、目的の為に手段を選ばない狡猾さを持ち合わせ、その歪んだ心根が邪気となってタバサの感覚に引っ掛かるのだ。

「ふむ。確かにルイズは名門ラ・ヴァリエール家の三女だから、彼女との婚姻は権力の獲得に直結するね。それに26の若さで魔法衛士隊の隊長に上り詰めるぐらいだから、権力欲はともかく、相応の出世欲ならば持ち合わせていてもおかしくないか。
 ――並の出世欲では、そこまでのスピード出世は難しいだろうからね」

「だとしても私、邪気を持つような人と一緒にいたくありません。欲を言えば、他の誰にも一緒にいてほしくないです」

「ワルド子爵も嫌われたものだね」

 片やレックスは、ルイズと会って一日で惹かれてしまった。片やタバサは、ワルドと会って一日で嫌ってしまった。そんな対比を思い浮かべながら、ギーシュはやれやれと肩をすくめた。





 一方その頃、ルイズは部屋のバルコニーで、ワイングラスを片手に双月を見上げていた。

「……結婚……」

 彼女はつい先ほど、ワルドからプロポーズを受けたばかりであった。
 幼い頃からの憧れの子爵様。親が決めた婚約者だとしても、そんなこと関係なしに、彼女はずっとワルドに憧れていた。
 そんな彼が、十年ぶりに現れ、しかも自分にプロポーズしてくれたのだ。嬉しかった――嬉しくないわけがなかった。
 だけど――と、心の中で何かが引っ掛かった。嬉しいはずなのに、そのプロポーズに即座にYESと答えられない自分がいた。唇を寄せてきた彼を拒絶し、今、一人になって悩んでいる。そのワルドは、部屋の中で一人ワインを傾けていた。

「リュカとフローラは……どうだったんだろう……」

 思い浮かべるのは自分の本来の使い魔と、その妻。
 あの二人だったならば、さぞ素敵な新郎新婦だっただろう。
 脳裏に思い浮かべるのは、白い礼拝堂に豪奢なステンドグラス、立派な祭壇の前に厳かな神父様。それを前にして誓いを立てる、タキシードのリュカにウェディングドレスのフローラ……
 想像しただけでも絵になる光景だった。当たり前だ、容姿に関しては文句のつけようのない二人なのだから。
 リュカは普段はみすぼらしい格好をしていてわかりづらいが、それなりの格好をすればかなりの美男になることは、フリッグの舞踏会で立証済みだ。フローラに関しては、言うに及ばずである。

 ――ならば、自分とワルドの場合はどうなるのだろう。

 ルイズはその想像の中の二人を、そのまま入れ替えてみる。
 フローラを自分に、そしてリュカを――

(リュカを――)

 ――そう想像してみようとしたが、なぜか上手くいかない。
 ウェディングドレス姿の自分はなんとなく想像できたが――リュカをワルドに置き換えるのが、なかなか想像できないのだ。
 結果、彼女の想像の中では、自分と向かい合っている新郎がリュカのままになっていた。
 すなわち、リュカと自分の結婚式――

「って――何よそれ!?」

 そのあり得ない絵面に、ルイズは思わず口に出してセルフツッコミをしてしまった。その突然の怒声に、部屋の中のワルドが訝しげにこちらを見る。
 部屋に背を向けていたのが、不幸中の幸いだっただろう。もしワルドがルイズの顔を見ていれば、その顔が耳まで真っ赤に染まっていたのに気付いたはずだ。

「……いえ、落ち着け、落ち着くのよ、私。こういう時はまず深呼吸。すぅーはぁーすぅーはぁー。そして手の平に『人』という文字を書いて飲み込む。これ三回。うん、よし。落ち着いた」

 リュカと自分は恋人同士などではなく、主人と使い魔である。自分の使い魔に懸想するメイジなど、聞いたことがない。そもそも、リュカ個人の事情もあり、彼とはそれほど多く接していないのだ。そんな短い時間で、一体どこに惹かれるというのか。

(……考えてみれば、それって使い魔失格じゃないの?)

 そこに思い至ると、ルイズの心の中にふつふつとした怒りが湧き上がってきた。
 本来、メイジと使い魔は一心同体。にも関わらず、リュカといえば何かにつけて代理をよこしてくる。挙句の果てには、こんな大事な場面ですら、自身の都合を優先して子供を寄越してくる始末。

(そーよ。あんな無責任な奴、なんとも思ってないんだから!)

 怒りに任せ、胸中でリュカの評価を大幅に下方修正し、罵る。『本当は子供達が彼に何も伝えていない』などという事実を知らない彼女は、リュカが来てくれないことに少なからぬ寂しさを抱えていたが、それを怒りで覆い隠した。
 そう――自分はリュカのことなど、なんとも思っていない。過去二回ほど唇を重ねたことがあるといっても、どちらもコントラクト・サーヴァントであって、恋人同士がするような甘いキスなどではなかったのだ。
 第一、リュカは既婚者なのだ。彼が一番に想っているのはあくまでもフローラであり、それ以外の誰かと改めて結婚など、するはずもない。ましてやその相手が自分などとは、何をいわんや、だ。

「……そうよね。私の入る余地なんて、最初からないのよね……」

 つぶやき、「ふぅ」とため息がこぼれる。
 と―― 一瞬の間を置き、ルイズはハッと自身のその台詞とため息が意味するところに気付いた。

「――って、これじゃまるで、私がリュカの恋人になりたいって思ってるみたいじゃないのよっ!」

 またもやセルフツッコミをかまし、「今夜の私はどうかしてるわっ!」となかば八つ当たり気味に、手の中のグラスを一気に呷る。
 急に摂取したアルコールによって視界が回り、ルイズの目に映る双月がぐにゃりと歪んだ――





 ――所変わって、その頃のグランバニア王宮、国王の執務室――

「……遅いな」

 インク壷に羽ペンを浸け、椅子の背もたれに背を預け、国王――リュケイロム・エル・ケル・グランバニアはぽつりとつぶやいた。
 彼が見上げるのは窓の外、銀色に輝く一つの月。その日は朝早くから彼の二人の子供――グランバニア王国第一王子レックスと第一王女のタバサが、モンスターを連れずにハルケギニアへと飛び立って行った。その二人が、今になっても帰って来ない。
 モンスターを連れて行っていないということは、あの二人が自ら使い魔の代役を買って出ていると思われるが――

「何か、あったのかな?」

「陛下、入りますぞ!」

 小首を傾げたその時、執務室のドアを空け、老齢の男が入ってきた。
 彼こそがこの国の大臣であるオジロン――リュカの叔父である。

「叔父上?」

「おお陛下! まだ書類が残っているではありませんか! ほらほら、手を休めている暇があれば、書類にサインを続けなされ! ほれ、これが追加の分ですぞ!」

 そう言いながら、オジロンは持って来た書類の束をドスンと執務机の上に置いた。その量を見たリュカが、「うげ」と顔色を変える。

「叔父上……もう少し負かりませんか?」

「何をおっしゃいますか。これでも、私が半分以上引き受けた残りなのですぞ。大魔王や『光の教団』が我が国に残した爪痕、一年程度ではまだまだ癒えてはおらぬのです。現実は物語のように、悪の親玉を倒して終わり、というわけではございませんからな」

「はぁ……旅していた時の方が、気が楽だったな……」

「ともかく! お任せしましたぞ、陛下!」

 そう言って、オジロンは「ああ忙しい忙しい」とぼやきながら、足早に執務室を後にする。リュカは「はぁ~っ」と殊更盛大にため息をつき、再び羽ペンを手に取った。



 ちなみにその執務室の外では、メッキーとクックルが落ち着かない様子で、せわしなくあっちに行ったりこっちに来たりを繰り返していた。
 事あるごとに執務室の窓へと視線を向けるその様子は、見るべき者が見れば「何かを悩んでいる」と判断するに十分なほどであった。

 だが、部屋の中で仕事に追われているリュカは、そんな彼らには気付く気配もなかった――









 ―――おまけ―――

 ※注:このおまけは単なるネタであり、決して本編に影響の出る話ではありません。


 一行が『女神の杵』亭に取った部屋の一つ、キュルケとシャルロットの部屋――

「「…………」」

 その部屋の中では、二人の少女が無言で見詰め合っていた。
 彼女たちの足元には、天使のレオタード、水の羽衣、賢者のローブなど、タバサが用意した服の数々。パジャマ姿という、着の身着のまま以外の何物でもない格好でやってきたシャルロットに対する、善意の気遣いで用意されたものであった。
 そして、用意されたものの中から、シャルロットは自分が着るべきものを選んだのだが――

「ねえ、タバサ――」

「違う」

「え?」

「今の私はダース・タバサ。系統魔法の暗黒面に堕ちたメイジ」

「……その台詞に、あんたは一体どんなリアクションを求めてるっての……?」

「こーほー」

 100%困ってますといった気配を全身から放射するキュルケに、しかしシャルロットは、妙な呼吸音を口頭で表現するのみで応えた。
 そんな彼女の今の格好は――

Eかたみのつえ
Eダークローブ
Eダークシールド
Eサタンヘルム

 ――と、つい今朝方ギーシュが全身全霊で拒否った格好であった。

「欲を言えばライトセーバーが欲しかった」

「私、あんたが何を考えてるのか、時々わからなくなるわ」

「こーほー」

 ちなみにその後、じっくりと時間をかけ、キュルケがシャルロットをなんとか説得したことだけは追記しておく。




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