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アノンの法則-11


空には星が瞬き、双月が地上を照らす。
そんな美しい景色とは裏腹に、シエスタはモット伯の部屋のベッドに腰掛け、悲しみにくれていた。
田舎の家族のためにと、今まで真面目に働いてきた。
だが、平民の人生など、貴族の気分一つでどうとでもなってしまう。
(学院に、みんなのいる厨房に帰りたい…)
そう願っても、今夜から自分はあの男のおもちゃだ。
体を覆うのは、少ない布でできた扇情的な衣装。
湯浴みに着替えと、ぐずぐず時間を稼いでいたが、それももう終わり。
これから自分の身に訪れる災厄を思うと、体が震える。
ノックもなしに、部屋のドアが開いた。
「待たせてしまったかな、シエスタ」
この屋敷の主である中年の貴族、ジュール・ド・モット伯爵が姿を現した。
好色な笑みを浮かべるモット伯に、シエスタは恐怖すら覚える。
モット伯は興奮した様子で上着を脱ぐと、ベッドに上がり、シエスタの肩に手をかけた。
「ひっ」
ぞわりと悪寒が走り、鳥肌が立った。
涙がこぼれ、震えが止まらない。
「なに、そう怖がることはない」
そう言いながら、息を荒げたモット伯の手に力が入る。
――誰か、助けて。
叶わぬと知りながら、シエスタは激しい嫌悪と恐怖に、そう願わずにはいられなかった。
その時、部屋に風が吹き込み、ふわりとカーテンを持ち上げた。
窓は閉めていたはず、とモット伯が窓へ目をやると――。
そこには月光を背に、剣を担いだ男が一人、開け放された窓のサッシに乗っかって、こちらを見ていた。
「こんばんわ。伯爵様」
男、いや、少年は静かにそう言った。
「貴様! 何者だ!?」
モット伯の問いに答えずに、少年は部屋の中に降りると、シエスタに手を差し伸べた。
「さ、迎えに来たよ、シエスタ」
「あ、アノンさん……?」
突如現れた少年は、ミス・ヴァリエールの使い魔、アノンだった。
(私を助けに来てくれた? でも、なんで?)
決闘騒ぎがあってから、シエスタはアノンが恐ろしく、彼を避け続けていた。
最初に賄いを振る舞って以来、口も利いていない。
彼は他人を踏みにじる、悪魔なのだと信じ切っていた。
だがその悪魔は今、自分を連れ帰ろうと、助けようとしてくれている。
「貴様、この娘の知り合いか?」
苛立ちを声に滲ませ、モット伯が再度尋ねた。
はっとするシエスタ。
一瞬見えた希望だったが、相手は王宮の勅使。しかもメイジとしてはトライアングルクラスの腕を持つという。
平民が刃向えば、確実に殺されてしまう。
「アノンさん! に、逃げてください!」
「大丈夫だよ。さ、早く帰ろう」
アノンはモット伯など、まるで眼中にないように、シエスタに歩み寄る。
二人の間に割り込むように、モット伯が立ちはだかった。
「貴様、貴族の屋敷に無断で立ち入って、ただで済むと思っているのか?」
モット伯は、杖を取り出してアノンに向ける。
それに合わせて、アノンも背中のデルフリンガーを抜いた。
にやりと、モット伯が笑う。
平民が貴族の屋敷で、剣を抜いた。これはこの場で平民を処刑するのに、十分な理由だ。
どうやって屋敷の警備を抜けてきたか知らないが、ここで私が直々になぶり殺してやろう。
残忍な笑みを浮かべて、モット伯はルーンを唱えた。
近くにあった花瓶から水が飛び出し、空中で帯状になると、鞭の様にしなって、アノンに襲いかかる。
シエスタが悲鳴を上げた。
だが、水の鞭はアノンに触れる前に、飛沫となって消滅した。
アノンがデルフリンガーの一振りで、水の鞭を斬り払ったのだ。
「なん……だと……」
「なんだ。『波濤』のモット、なんて言うから期待してたのになぁ」
「いやー、おでれーた!」
アノンが手にしたデルフリンガーが、つばをカチャカチャと鳴らした。
「すげえな相棒。人間離れした身体能力を別にしても、こりゃ天才の域だぜ」
「嫌だなぁ、デルフ。ボクはそんなにスゴクもないし、天才でもないよ」
どこか照れたように、アノンが言った。
「それより、キミを握ってると本当に体が軽いよ。これがキミの言う『使い魔のルーン』の効果か」
そんな風に自分の剣と話しながら、アノンはゆったりとした足取りで、モット伯との距離を詰めていく。
「き、貴様いったい何者だ!」
モット伯は震える声で叫んだ。
貴族を、それもトライアングル・メイジの自分を目の前にして、全く恐れるそぶりが無い。
それどころか、剣一本であっさりと魔法を叩き落した。
この平民は、まるで得体が知れない。
モット伯は、貴族として生きてきて、初めて平民に恐怖していた。
「く、来るな!」
後ずさりながら、モット伯は杖を振る。
空気中の水分が集まり、宙に浮かぶ数本の鋭い氷柱出現した。
氷柱が、アノンに向けて打ち出される。
だが、それもアノンに命中する前に、全てデルフリンガーで打ち落され、粉々に砕け散った。
砕けた氷の欠片が、部屋に差し込んだ月明かりを反射して、星屑のように煌く。
その幻想的な光景の向こうに、モット伯は、悪魔の笑みを見た。
「ひィ! だ、誰か…!」
誇りもプライドも放り出し、モット伯は背を向けて目の前の平民から逃げ出した。
モット伯の体に、ドン、と衝撃が走る。
デルフリンガーが、モット伯の右肩を断ち割り、胴体の真ん中近くまで、その刃をめり込ませていた。
アノンは一瞬でモット伯に追いつき、その背中に向けて、躊躇なくデルフリンガーを振り下ろしたのだ。
切り裂かれたモット伯の体が、ビクビクと痙攣する。
剣が引き抜かれ、モット伯は床に倒れ込んだ。
アノンの足元に、みるみる内に赤い水溜りが広がっていく。
「ああ……」
シエスタは、その光景を見て気を失った。
「シエスタ!」
アノンは倒れたシエスタに駆け寄る。
「安心しな、相棒。気絶してるだけだ」
デルフリンガーの言う通り、シエスタは顔色は悪いが、気を失っているだけのようだ。
アノンは彼女を抱き上げてベッドに寝かせると、倒れたモット伯に向き直った。
血溜まりの中を歩き、しゃがみこんで顔を覗き込む。
「伯爵様ぁー」
アノンは無遠慮に、モット伯の顔を叩く。
「はーくーしゃーくーさーまー」
「ガッ、ゲボッ」
血を吐き、苦痛に喘ぐモット伯。
「あ、よかった。まだちゃんと生きてる」
「おい、相棒。どうすんだ? 死んでなくても、貴族をこんなにしちまったらタダじゃ済まねえぞ?」
血を滴らせたデルフリンガーが、つばを鳴らす。
「! アハハ。やだなぁ、デルフ。ボクは“守人の一族”だよ?」
「は? もり……?」
アノンはデルフリンガーの杞憂を笑うと、口を大きく開き――、
「いただきまーす」
モット伯を、自らの口の中に押し込んだ。
そのまま上を向き、ずるずるとモット伯の体がアノンの中に飲み込まれていく。
まるで大蛇のように、人間を頭から丸呑みにするアノンのシルエットが、双月に照らし出された。
モット伯を腹に収めると、アノンはぺロリン、とかわいらしく口元を舐め、満足気な笑みを浮かべた。
腹に手を当てて、新たに得た力を確認する。
「さてと…ふむふむ。さすが『波濤』。便利な魔法を持ってるじゃないか」
そう言って、アノンは床に転がっていたモット伯の杖を拾うと、魔法で水を操って血に濡れた床の洗浄を始めた。
「……こいつはおでれーた」
アノンの人間の踊り食いを見ていたデルフリンガーが、そう漏らした。
「相棒は他人を取り込んで、その力を使うことができるのか? 人間じゃねえとは思ってたが…本物の化けモンじゃねえか」
「ああ、キミにはそのうち話すよ。なんたって『相棒』だからね」
含みを持たせたアノンの言葉。
不意に、部屋の扉が強く叩かれた。
「モット伯様! 今の物音は一体……!」
戦闘の音を聞きつけて、屋敷の者がやってきたらしい。
扉が何度も叩かれる。
「……どーすんだ相棒。このままじゃ大騒ぎになるぜ」
「平気だよ」
アノンはそう言って、自分の顔に手を当てた。
屋敷の警備を任せられているメイジの男は何度も扉を叩く。
だが、返事は無い。
仲間を呼んで、力ずくで入るべきか、男が決めかねていると、扉が少し開き、眉をしかめたモット伯が顔を覗かせた。
「なんだ、騒々しい」
「い、いえ、物音がしたもので…」
とりあえず、自分の雇い主は無事なようだ。
だが、モット伯のえらく不機嫌そうな様子に、男の声は思わず小さくなる。
「問題ない。平民の娘が騒いだだけだ」
「そ、そうですか。では、失礼します」
慌てて一礼して、背を向けた。
「待て」
モット伯は低い声で男を呼び止める。
「なにか?」
「あの娘、明日の朝一番で学院へ送り返せ」
「は?」
「今日雇い入れたシエスタというあの娘を、学院に送り返せと言ったのだ」
わけがわからず、男は主に言葉を返した。
「し、しかし手続きは正式に終わっておりますし…」
「あの様子なら、学院側も問題なく受け入れるだろう。もし文句が出るようなら、適当に金を握らせて黙らせろ」
「は、はあ…」
「いいな、明日の朝一番だぞ」
それだけ言うと、モット伯は勢いよく扉を閉めてしまった。
男はぽかんと、閉じられた部屋の扉を見つめた。


「これでよしっと」
扉の内側で、そう呟いたモット伯の顔が、粘土細工の様にぐにゃりと歪み、少年の顔に変わった。
「……おでれーた。相棒は、ホントに人間じゃねーんだな」
壁に立てかけられたデルフリンガーが漏らす。
「さて、続き続き」
六千年生きてきた中で、恐らく一番驚いているだろうインテリジェンスソードをよそに、アノンは杖を手に床の洗浄を再開した。


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