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ゼロの黒魔道士-53


暗闇から、声がする。
「砂漠のお城に、騎士達か」
人をバカにするような、冷たい声。
「これはおもしろい。 囚われのお姫様は誰なのかな?」
お芝居のように、全てを語る声。
「だ、だだ誰だっ!」
ギーシュは慌てて剣を構える。
「ちょ、ちょっとやだ、エルフ!?心の準備が……」
モンモランシーおねえちゃんは、取り乱してギーシュの影に隠れている。

ボク?ボクは……
「……待って」
ボクは、少なくとも、慌てたり、取り乱したりはしなかった。
「ビビ?」
でも、驚いてたんだ。それも、すっごく。
「……この声……」
だって、この声は……この声は……
「フフ、お久しぶり、ビビ君……あと、デルフ君、だったね」
一番、聞きたくない、声だったから……
「おー、あん時の兄ちゃんか!」
「……クジャ!」
ボクは、思いっきり、暗闇に叫んだ。


ゼロの黒魔道士
~第五十三幕~ 宿命



「どこなんだ、クジャっ!!!」
デルフを、がっしり構える。
会いたくない。
クジャなんかに、アイツになんか、会いたくない。
絶対に、会いたくない。
会いたくないのに、いる。
会いたくないのに、どこにいるのか、聞いてしまう。
声が、裏返りそうなぐらい、大きくなる。
呼んで、どうしたいの?
ボクは、どうしてクジャの名を大声で叫ばなくちゃいけないんだ?
分からない。
分からないままに、声が大きくなる。
左手のルーンが、激しく光る。


「ビビ?ど、どうしたのよ?この声、誰?」
「ビビちゃんらしく無いわねぇ」
ルイズおねえちゃんや、キュルケおねえちゃんが、クジャのことを知るはずがない。
アイツが、何をしたかなんて、知っているわけがない。
だから、戸惑うのは当然だ。
じゃぁ、ボクは?
ボクは、今、どう考えているんだろう?
怒っている?なんか、違う。
逃げたい?タバサおねえちゃんがいるのに?そんなわけ、無い。
頭の中が、ぐるんぐるんしてくる。

「ふふ、こっちだよ。こっち! そっと前へ進んでごらん……」
足が、自然と声のする方へ向かう。
導かれるように?違う。絶対に、違う。
これは、ボクの意思だ。
逃げられないなら、前に、進むしか無い。
でも、前に進んで、どうするつもりなんだ?
分からないまま、足がそっちに向く。
分からないまま、歩く速さが速くなる。

「おいおい、相棒、落ち着けよ。 あいつ、そう悪ぃヤツじゃ……」
そういえば、デルフはクジャと会っているらしい。
ボクが、ウェストウッド村で倒れている間、クジャとしゃべっていたって言ってたっけ。
クジャが……悪いヤツじゃない?
それは、信じられないことだった。
アイツは、アイツは……

「フフフ。良い子だねぇ……」
声がした部屋は、扉が開きっぱなしになっていた。
どの壁も本に囲まれていて、カビと埃の匂いがツンと鼻につく。
「……チェス?」
部屋の真ん中には、小さな木の丸いテーブルの上に、チェス盤が置いてあった。
つるつる光る石でできているみたいで、ちょっと高そうに見えた。
「マス目ごとにバラとユリの意匠か。なかなか凝っているね」
部屋の中にあるものは、それだけ。
本の間にでも挟まっていない限り、隠れれそうな場所も無かった。

「クジャ、どこだっ!!」
大きく息を吸っても、妙な落ち着かなさは治らなくって、
もう一回、そのまま、大きな声で叫んだんだ。
できれば、いてほしくない。
いや、それとも、いてほしい?
自分の考えていることが、よく分からなくなってくる。

「……心地よい声だねぇ。 心の高ぶりを感じるよ」
動いたのは、チェスの駒。
白いナイトの馬の口。
声に合わせるように、ニヤリ、といやらしく、歪むのが見えた。
「駒がしゃべった!?」
「マジックアイテムかしら……?」
マジックアイテム?
そうか、これって、どこからか声を伝えるための道具なのかな?
「それより、クジャって誰なのよ?」
クジャがいないことに、ホッとする。
でも、だからこそ嫌な予感が、頭にこびりついて離れなかったんだ。
「クジャ……タバサおねえちゃんをさらったのも、お前の仕業なのっ!?」
クジャは、いつもそうだった。
自分の手は、なるべく汚さないように、悪いことを次から次にたくらんで、
ガイアを、混乱の渦に巻き込んだんだ。
だから、余計嫌な予感がしたのかもしれない。
クジャが、エルフにタバサおねえちゃんを誘拐させることで、
ボク達を苦しめようとしているんじゃないかって、そういう予感。

「――せっかちだねぇ。再会を祝いたく無いのかい?顔は見せられないとはいえ、僕達は親子のようなものじゃないか?」
ぐるん、とお腹の中の物が逆転しそうだった。
確かに、クジャはボク達を、黒魔道士達を作ったその人だ。
でもそれは、世界をかき乱すための、悲しい、戦争の道具として。
だから、ボクは、クジャが、許せなかったんだ。
例え、ボクを作ったのがクジャだとしても、クジャがいなければ、ボクは存在しなかったとしても、
黒魔道士達をひどいことに使ったクジャだけを、許すことはできなかった。
ましてや、親子だなんて、認めることなんて!
「質問に答えて、クジャっ!」
チェスの駒を、思いっきりにらみつける。
クジャの顔じゃないのは分かっているけど、クジャの顔が簡単に想像できるぐらい、
いやらしい笑顔を、ナイトは浮かべていた。

「タバサ、ねぇ……あぁ、あの操り人形君かい?」
歯を見せて、笑う石の馬。
その冷ややかな笑い声に、キュルケおねえちゃんとルイズおねえちゃんが杖を構えたらしい。
「……誰かは分からないけど、嫌な奴っていうことは分かったわ」
「珍しいわね、キュルケ。意見が一致するなんて」
後ろで、カチャリと音がする。
前列にボクが立つって、今まであまり無かったけど、
こうして考えると、後ろに誰かがいるって、すごく頼もしくてありがたいって思うんだ。
「ほんっと。これ以上意見が合ったら結婚しちゃうかもね」
「何バカ言ってんのよ」

「クジャ、何をたくらんでいるの……?」
デルフを、ナイトに突きつけるような形で、前に出す。
もちろん、こいつはクジャ本人じゃない。
それが分からなくほど、混乱してるわけじゃない。
でも、ずっとこのニヤニヤをほうっておいたら、耐えられそうにない。
そう、思ったんだ。
「あ、相棒、落ち着けって! あー、ミョズの兄ちゃんももうちっとさー」
デルフの慌てる声は、ほとんど耳に入らなかった。
クジャが何をたくらんでいるか、今度は何が目的なのか、それを見定めなくちゃいけない。
それだけで、頭がいっぱいだったんだ。
「操り人形君をさらう?この僕が? 何のために?」
“人形”、という言葉が、いちいち胸に突き刺さる。
タバサおねえちゃんを、人形だなんて、言わせたくない。
タバサおねえちゃんは、ボクと違って、人間なのに。
「こっちが聞いているんだっ!!」
これ以上、何か言われたら、ボクはチェス盤ごとニヤニヤ笑いのナイトを斬ってしまいそうだった。

そんなボクの横から、状況をつかみきれてないのか、ギーシュが口をはさんだんだ。
「あ、あの、クジャさん、ですか? タバサ君をさらったのは、貴方ではないのですか?」
「そんな筋書きを用意した覚えは無いねぇ……」
しれっと、ナイトが答える。
きっと、どこか遠いところで、クジャもこんなとぼけた顔で、
嘘をついているんだろうと思うと、ボクの感情は爆発しそうだった。
「嘘をつかないでっ!! エルフまで使って!この世界で何をたくらんでいるのっ!」
「エルフだって?」
まだ、とぼけている。
エルフと、何の関係も無いと、言い張るつもりらしい。

「ビビ君、もしかしてこいつ、何も知らないんじゃ……」
ギーシュはそう言うけど、ボクには、そうは思えなかった。
じゃなければ、こんなところに声を送ったり受け取ったりするアイテムがあるわけがない。
「エルフと、操り人形?どういうことだ……?」
ナイトの向こうで、クジャがブツブツとつぶやいている。
自分はまったく知らない、って風な声でつぶやいている。
これが演技だとしたら、確かにすごい役者だと思うけど、
クジャだったらやりかねない。そう思う。
「――ビビちゃん。腹は立つけど、このままここにいても進展は無さそうよ。先を急ぎましょう」
「そうね、他を探しましょうか」
キュルケおねえちゃんとルイズおねえちゃんの言うとおり、これ以上どうなるものでも無さそうだと思った。
ここに、クジャがいないなら、タバサおねえちゃんを助けるのがどう考えても先だ。
「……うん」
なんか、ちょっぴり納得できないけども、デルフを降ろした。

「あぁ、待ちたまえ! ビビ君」
立ち去ろうとすると、まだナイトから声がする。
「……何?」
今更、何だっていうんだろう。
「先を急ぐというのなら、1つだけ言わせてくれ。『目に見える物だけが敵ではない』」
何を言うにも、言葉を無駄に重ねて、何が言いたいんだろう。
目に見える物だけが敵じゃない?
それは、その通りだろう。
だって、今クジャは、ボクの目に見えないところにいるのだから。
「……何が言いたいのっ!? お前が、お前が全部仕組んだんだろ!?」
「あ、相棒……」
ボクの怒った声に、ナイトが変わらぬ調子で答えようとする。
「いや。こんな稚拙な演目、僕は描かないよ!これを仕組んだのは、おそら」

その続きを、ボクが聞くことはできなかった。
ボクだけじゃなくて、誰も。
それは、あまりにも突然の風だったんだ。
「え!?」
慌てて帽子をおさえる。
部屋の中なのに、竜巻のような暴風だった。
チェス盤と駒はテーブルごと砕かれて、入れ替わるように人影が部屋の中心に現れた。
「――声がすると思えば」
スラリとした、よく響く綺麗な声。
でも、その声には、何の感情もこもって無かったんだ。
「え、え、え……」
この人影と、部屋に吹き荒れる風が1つに重なって見える。
この風の中にいるだけで、この人に飲み込まれていると錯覚するほどに。
「侵入者か……」
魔力と風の中心、スラリと背の高い人影は、尖った耳の綺麗な顔の人だった。
「エルフっっ!?」
エルフ。ハルケギニアで恐れられている種族。
見た目は、そんな噂とはかけ離れているように、とっても優しそうだった。
「去れ。我は争いは好まぬ……と言いたいところだが」
だけど、分かる。
この人が、ものすごく強いということが。
ビリビリッていうほど、魔力を感じるんだ。
「貴方が、タバサを……!!」
ここにいるということは、このエルフが、タバサおねえちゃんをさらった、張本人。
「これも、約束だ」
エルフが、両手を腰の高さで広げて、構える。
戦闘が避けられる状況ではないし、避けたら、タバサおねえちゃんを助けに行けそうに無い。
そして、何より……

「……行くよ、デルフ!」
避けるつもりなんて、これっぽっちも無い!
「おぅ、相棒っ!」
クジャとエルフの関係は分からない。
でも、今は、この戦いに集中するしかない、そう考えながら、デルフを両手でがっしりと構えた。


ピコン
ATE ~タバサと物語の勇者~

何かが、割れる音が遠くでした。
ベッドの上の女性は、その音にピクリ、と反応する。
怖がっているのか、かすかに、震えて。
「お母様……」
タバサは、いや、シャルロットは、自分と良く似たその女性を、優しく、優しく抱きしめた。
ずっと、こんな感じだ。
この城に幽閉されて1週間ほど。
シャルロットの母は、寝具にくるまり、目を覚まそうとしない。
ときどき、大きな音に怯えては、体が震える程度。
それでも、落ち着いた寝相ではあるし、病状は安定していると言えそうだった。

シャルロットは、母を落ちつけるために、傍らに置いてあった本を拾い上げ、再び朗読し始めた。
月明かりが、鉄格子のはまった窓から程良い具合に射して、
ページをめくるのに何の支障もいらなかった。

本の題目は、タバサがシャルロットであったときに大好きだった、『イーヴァルディの勇者』。
母が、丁度今のシャルロットのような格好で、ベッドの傍で寝しなに母が読んでくれたものだった。

「『イーヴァルディの勇者は剣を構えました』」

『イーヴァルディの勇者』は、ハルケギニアでは有名な英雄譚で、
メイジではなく、平民とおぼしき剣の達人が悪をやっつけるという王道的な内容で、主に庶民に親しまれている。
その単純なストーリー構成から、いくつもの版が存在し、
中にはイーヴァルディの勇者が複数であったり、女性であったりするものまで存在する始末だった。
それだけ、この名もなき戦士である『イーヴァルディの勇者』が親しまれている証拠であろう。

今シャルロットが読んでいる版では、イーヴァルディの勇者は老人として描かれており、孫娘まで存在する。
朗読を再開したページは、中巻のクライマックスとも言える部分で、
イーヴァルディの勇者が仲間とともに邪悪なる魔導士の本拠地である大森林に潜入するも、
魔導士の罠にかかり、追いつめられるところからはじまった。
イーヴァルディの勇者の孫娘が罠を解除しようと駆けつけるが、彼女もまた魔導士に傷つけられてしまう。
彼は、罠を辛くも脱出し、孫娘を救わんがために、邪悪なる魔導士にたった1人で剣を向けるのだ。

『イーヴァルディの勇者は剣を構えました。
 「くらえっ!」
 風の刃が、勇者におそいかかります。
 だけれども、勇者はこれをたえて、なおも魔導士に斬りかかります。

 「わたしを本気にさせたな!死の世界へ 行くがいい!!」
 邪悪なる魔道士は、恐るべき力を解放しました。
 吹き荒れる炎の渦が、
 聖なる白光が、
 狂えし星々のダンスが、勇者のからだを痛めつけます。
 この世界で最も恐るべき魔法達です。

 それでも、勇者は倒れません。

 「な、なぜ死なん!?」
 見えざる魔道士の顔も、おどろきにあふれていることでしょう。
 勇者の力はすでに尽きて、もう立ち上がることすらできないはずなのです。

 「まだまだ! まだまだ死ねんのじゃ! この命 燃え尽きても! わしは きさまを たおす!!」
 それでも、彼は立ち上がります。
 ボロボロのからだに 炎のような目のかがやきを持って。

 「いかりやにくしみで わたしを たおすことはできぬ!」
 魔導士がにらみ返します。

 「いかりでも・・・にくしみでもない・・・!!」
 息もたえだえに、勇者は大きな声でさけびました。

 「では、なんだと・・・」
 魔導士は、問いかけます……』

続きが気になり、ページを繰る手が速くなる。
だが、その手がピタリと止まる。
彼女の目に、信じられない文が飛び込んできたからだ。

『その問いに答えることなく、イーヴァルディの勇者は死にました』

それは、あまりにも唐突な死であった。
シャルロットは、その文を朗読することをためらった。
何故か、声に出してしまった途端、それが真実になってしまいそうだったから。

物語に呼応するように、窓の外は、嵐の気配。
風が強く吹いてきていた。



ピコン
ATE ~疑問手~

「くそっ!」
クジャは、チェスの駒を握りつぶした。
何が何だか分からない。
その事実が、クジャをさらに苛立たせていた。

研究所の1つとして活用していたアーハンブラ城から、定時連絡が一切無く、
試しにこちらから通信を行ってみれば、ビビの声がする。
話を聞いてみれば、エルフがガリア王の姪をさらったという話。
そして途絶えた通信。
全く、訳が分からない。
「どういうことだ?何故ビダーシャルが操り人形君を?」
まず、クジャはエルフの正体を決め付けた。
何しろ、今クジャが立つ場所は、エルフ達の住処である“悪魔の門”、ハルケギニアの名で言えば、“聖地”なのだ。
この地を離れて暮らすエルフは、極めて稀であり、例外と言えばガリア王ジョゼフの下で働いているビダーシャルぐらいのものだ。

「裏切り?いやそれは無いさ。あり得ない。今更裏切ってどうするというんだ?」
眼下に、“聖地”の全貌を収めつつ、クジャは考える。
整然と並ぶ石造りの尖塔達が月明かりの中でうすぼんやりと浮かび上がって、
街並みというよりも墓標のように彼の目に映った。
クジャは今、その中でも一際高い尖塔の上に立っている。
考え事をするには、何にも邪魔されない高い場所が一番だからだ。

「ジョゼフか?アイツがこの僕に黙って脚本を書き変えた?」
ビダーシャルが予期せぬ動きをしたことで、予定が何もかも狂ったことを、クジャは感じていた。
それは、クジャにとって許されざることである。
「まさか、そんなことがあるわけが無い。これは僕の舞台だ。……じゃぁ何故僕の描いたとおりに踊らない?」
ジョゼフとクジャは、共にチェスの腕前は素晴らしいが、大きな違いが1つある。
「考えろ、考えるんだ。何か見落としは?」
ジョゼフは、チェスプレイヤーそのものだ。
ゲームの流れを感じて、その場その場での最良手を編み出し、危なげなく手を進める。
ジョゼフにとって、サプライズは喜びであり、ハプニングは起こって当然のことなのだ。
一方クジャは、チェスプレイヤーではなく、本質的に劇作家なのだ。
即興にも弱くはないが、どちらかと言えば、相手の力量を鑑みて、まず台本を作り上げる。
そして、彼の組み立てたプロット通りにゲームが進むことに喜びを感じるのだ。
よって、クジャはハプニングを楽しむことがない。
そこが彼の弱みであると言える。

「操り人形君はガリアのお姫様。飛べない小鳥を別の籠に?一体何の意味が……」
だが、それは同時に彼の強みでもある。
自身の描く完成像に向かって、一つ一つプロットを積み重ねていくからこそ、
相手の疑問手に気づき、理解し、相手そのものの分析に役立つのだ。
今、クジャの頭の中では、その『相手』の姿がおぼろげながら組み上がっていた。

「クジャ」
そのクジャを、呼びかける低い声。
が、クジャはそれに気づく素振りすら見せない。
「いや、狙いは小鳥そのものでは無いのか?では一体何を……」
「クジャ?」
月明かりに、低い声の主の姿が浮かび上がる。
牛の頭に、筋骨たくましい堂々たる体躯。
ミノタウロスになった水メイジ、ラルカスだ。
「大体誰なんだ。誰の差し金で音が狂った?不協和音だ!耳触りだ!」
「クジャ、良いか?」
やれやれ、とため息をついて、ラルカスが話しかける。
命の恩人ということでついてきたはいいものの、
自分語りが多すぎる男に、ラルカスは少々うんざりしていた。
「ん?あぁ、何だい、君か」
やっと気付いたように、クジャが振り返る。
その顔には、不満と苛立ちがありありと浮かんでいた。
「族長達との契約は取り付けた。事が起これば協力はするそうだ」
今回の聖地訪問は、言わばクジャの描く“芝居”の、総仕上げだ。
その目的は、やっと果たされたことになる。
「ふん、長々ともめた割にはアッサリとした結論だねぇ。拍子抜けするよ」
鼻を鳴らして、クジャが吐き捨てる。
実際、聖地を訪れるというだけで、エルフの会議とやらは荒れに荒れたらしい。
閉鎖的にもほどがあるエルフ達との交渉は、並大抵の苦労ではなかったのだ。
「あとは、技術交換についてだが、医療関連についてのみ好意的だな。
 他は色が悪い。特に軍事利用ができそうなものについては」
「医療、ねぇ……薬だって毒になるというのに、勝手なものだよ」
ラルカスの報告に、クジャが嘲笑うような声をあげる。
実際、タバサの母親はその薬で狂ったのでは無いか。
あの薬とて、エルフの世界では元々気つけ薬の類だと聞いている。
「だが、大きな一歩だと言えるだろう?政治とは地道なものと聞くが?」
ラルカスの言うことも実に正しいと言えば正しい。
が、なかなか終わらなかったエルフ達との協議や、
突然発覚したビダーシャルの謎の行動に苛立ちを感じているクジャは、不平をもらさずにはいられなかった。
「まったく、不便だねぇ。壊すだけなら、多少駆け足でも良いと言うのに……」
そこまで言って、クジャははっとする。
「待てよ、駆け足?不協和音はテンポの狂い?筋書きは前と同じ……?」
「クジャ、どうした?」
またも自分の世界に入ったクジャを見て、ラルカスは半分呆れていた。
だが、その後、もっと呆れることになる。
「――フフ……フハハハハハハハハハハハ!!」
「おい、クジャ?」
突然、高らかに笑いだす。
聖地の尖塔達に反射して、輪唱のように笑い声がこだまする。
「なんてことだ!あいつら、もう幕を引くつもりだ!!この僕の芝居を無視してね!!」
「誰のことだ?あいつらとは……」
先ほどまでのクジャと同様、ラルカスには何が何だか分からない状況だった。
「急ぐよ。君にも存分に暴れてもらわなくては!」
踵を返し、帰路を急ごうとするクジャ。
それを慌てて追うラルカス。
「おい、クジャ。何がどうなって……」
「……目に物見せてあげるよ」
クジャは、格別妖艶な笑みを浮かべた。
「クジャ?」
「僕の舞台を今更降りようだなんて、許さないよ……フフ、フハハハハハハハハ!!」
笑い声が、和音となって聖地にこだまする。
それは、悪魔の声のようでもあった。

月明かりが、聖地に影を作る。
尖塔達の白い壁と、月影の黒が、まるでチェス盤のように見える夜だった。


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