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Battleship of Zero(1/2)


「旗艦メルカトールより発信。ワレラ貴艦ニ追随デキズ」

 信号手からの連絡を聞いたルイズは、艦長席で小首を傾げた。

「あら、そんなに速度出してたかしら?」

 減速を指示しながら、ルイズは考え込んだ。自分は第一戦速を指示したはずで、たしか時速三三リーグくらい、だったかな? 風石で飛ぶ帆走艦もそのくらいの速度は出せると聞いた覚えがあるのだけど、違っただろうか。

「風向きのせいですね。追い風でないと、帆走は速度が出し辛いですから」

 ルイズの心を読んだかのような回答をくれたのは、臨時の艦長補佐として乗り組んでいる空海軍の中佐だった。ルイズはガンダールヴのルーンのおかげで自艦の事に関して分からないことはないのだが、その反面、他の艦や空海軍の艦隊運用に関しては素人同然なのだ。もちろん、元来努力家であるルイズはそれに関しても勉強していたが、どうしても学院の授業に時間がとられてしまうため、中々進んでいない。

「なるほど。フネには何度か乗ったことがあるけれど、風任せってのは不便なものだったのね」

「このあいだまで、その風任せなフネに乗っていた私からすると、風向きお構い無しに突き進めるこの艦が凄いのですよ。蒸気タービン、でしたか。大したものです」

 帆船の行き足は、どうしても風向・風速に左右されてしまう。この戦艦<長門>は最大で八万ニ千馬力以上を発する蒸気タービンでスクリューの代わりに取り付けた大径プロペラを回し、その推進力で進んでいるから、帆船ほど風の影響は受けないのだ。もっとも、燃料である重油を錬金の魔法で大量に生成せねばならず、経費がかさんでしまうのが弱点ではあるのだけど。

「聞いた話によると、アカデミーが頑張って技術解析中らしいわよ。そのうち他の艦にも搭載されるんじゃないかしら」

「それは朗報ですね。艦隊の速度が上がれば、戦略・戦術の幅が広くなりますからね」

 速度というのは、軍隊にとって重要な要素である。相手より速く移動できるということは、攻めるにしても守るにしても戦場を自分で選べるということだ。速度で戦争の全てが決するわけではないけれど、遅いよりは速い方が良いことは確かである。ついでに、逃げるときは何よりも重要だし、とルイズは思った。

「艦長、メルカトールから再び発信です」

「ん、読み上げてちょうだい」

「<長門>ハ単縦陣ヲ離レ、本艦ノ右ヲ併走セヨ。以上」

「あー、でかくて邪魔だからどけ、ってのかしら。操舵、面舵」

「おもーかぁーじ」

 冗談めかして言ってみせるルイズに対して、中佐は笑いながら答えた。

「それは、うがち過ぎというものでしょう。この長門と他の艦では速度が合いませんからね。細かく速度を変更するのも疲れますし、気を使ってくれたのでしょう」

 それに、アルビオン艦隊の前で格好悪いのも嫌でしょうしね、と付け加える。それを聞いたルイズも笑いながら針路と速度の指示を出した。

 一応、作戦航海中であるにも関わらず、長門の戦闘艦橋はどこかのんびりした雰囲気に包まれていた。作戦といっても、戦闘が目的ではなく、神聖アルビオン共和国の空軍艦隊を出迎える儀礼的な出撃であったから、仕方がないのだろうか、と中佐は思った。

 あるいは、この少女艦長が原因かもしれない。軍人としては明らかに経験不足(どころではない)だが、やる気はあるし、努力もしている。何より、貴族としての自覚に不足はない。そんな彼女を、皆なんとか支えていこうとしているのを感じた。その結果が、この緊張感とのんびりさが同居した不思議な環境なのかもしれない。

 フネというのは一蓮托生、一つの家族だ。規律厳しい軍艦でもフネごとに雰囲気が異なるのは、乗り組んでいる者達の個性が現れるのだろう。

 * * *

 トリステイン空海軍・艦隊旗艦、戦列艦メルカトールの艦橋にいる人々の視線は、右舷側を併走する巨艦の姿に釘付けになっていた。

「こうして並んでみると、さすがに大きいな。あの艦橋など、塔のようじゃないか」

 そう言ったのは長官席に座るラ・ラメー伯爵だった。この艦隊の司令長官を務める人物で、トリステイン貴族らしく表現がやや大げさだ。

「全長は本艦の約三倍ですからね。大きいだけじゃなく、戦力として役に立ってくれればいいのですが」

 メルカトール艦長のフェヴィスは不満げにそう答えた。

「まあ、そうだな。なんせ、つい最近飛んだばかりのフネだ。乗組員はまだ慣れてないだろうしな」

「それもありますが……」

「歯切れが悪いな、艦長。心配の種は長門のヴァリエール艦長か?」

「提督も、分かっておられるなら言わずともいいものを。まあ、乗組員は大丈夫でしょう。マニュアルはしっかりしてますし、訓練もみっちり続けてきましたからね。しかしヴァリエール艦長はこのあいだまで女学生だった――いえ、今も、ですよ。これが心配せずにいられますか?」

 乗組員の教育用に作られたマニュアルは、ルイズがガンダールヴの力で読み取った情報をもとに、アカデミーと空海軍が協力して作り上げたものだ。その突貫作業っぷりは当人達曰く、昼夜の区別がなくなる程であったという。ちなみにルイズはというと、あまりの疲労に学院の授業のほとんどを寝て過ごす羽目になっていた。事情を知る教師たちは彼女を寝かせてくれたらしい。

「ほう、艦長が女性に甘いという噂は本当だったと見える」

「その手の冗談は勘弁してください。部下の目もあるんですから……。ヴァリエール艦長は、公爵家令嬢でもあるんですよ。公爵の親バカっぷりはその筋じゃ有名らしいじゃないですか。万が一何かあって、反乱でも起こされたらどうするんです」

「その公爵夫人は魔法衛士隊マンティコア隊の元隊長だろう。血は争えんさ。万が一は起こらなければいいが、こればかりは何ともな。始祖の加護と、ヴァリエール艦長の武運に期待するしかなかろう」

「そうですな……」

 そういって艦長は制帽を被り直した。

「間もなく、ラ・ロシェール上空。操舵手は停船に備えよ」

 * * *

 ラ・ロシェール上空で、長門は他の艦と同じように停船し、風に流されながらアルビオン艦隊の到着を待っていた。暇を持て余したルイズは艦橋の窓辺に立ち、双眼鏡で辺りを眺めている。さすがにウィング(艦橋両脇に張り出した見張り所)に立つのは怖かった。

「んー、まだかしら。電探、何か見えて?」

 双眼鏡では雲の向こうまでは見えないためレーダーによる探索を行っていたが、ルイズは正直言ってあまり期待していなかった。元々、電波による探索という行為自体、ハルケギニアの人々にとっては未知の概念だったのだ。それをいきなり行えといっても、上手くいかないのは当然であった。しかも、長門に搭載されているレーダー自体、性能がどうも怪しい気がするのだ。アカデミーではレーダーに関しても解析・研究が行われているとのことだが、まだまだ時間がかかるらしい。

「こちら電探室。やりました! 航空目標らしきもの探知、追跡中!」

 おお、と艦橋にいる者達が感嘆の声を上げる。

「目標複数。距離二五リーグ。方位三三〇。相対高度は、上方。……反航する形で接近してきます」

「よろしい。よくやったわ。見張り員は十一時の方向に注意」

 これまでの訓練ではノイズを追いかけたり、すぐそこにいる目標を探知し損ねたりを繰り返してきたレーダーだったが、今回は運が良かったのかなんなのか、きちんと目標を見つけることができたようだった。

「それにしても、上を取るなんて気に入らないわね」

 不機嫌そうにぼそりと呟いたルイズを見て、艦長補佐の中佐は少し関心した。この少女、中々分かってるじゃないか。

「ええ。出迎えの上を取るなんて、半分喧嘩を売っているようなものです。悔しいですが、舐められているのでしょうな」

「こっちを舐めてるんなら、好きにさせとけばいいのよ。相手を舐めて痛い目を見るのは自業自得。だけど……」

 不快感をあらわにする中佐に対して、ルイズは静かに言った。語尾が不明瞭だ。彼女らしくない。そう思った中佐はルイズの顔をうかがった。不機嫌そうではあるが、しかし何かを考えている様子だった。

「ねえ、中佐。相手を騙す為にバカの振りをするのって、戦争でも常套手段よね?」

 そういうルイズの口調には、不安が滲んでいた。脳裏に、思い出したくもない人物の顔がちらついていた。自分を利用し、ウェールズ皇太子を殺害した男。かつての婚約者であり、王国とアンリエッタ王女の信頼を裏切った逆賊。今度会ったら、必ず己の手で息の根を止めてやると誓った相手。なんで奴のことが思い出されるのだろう、とルイズは不思議に思った。ひょっとして、あの一件がトラウマになってしまったのだろうか。

「ええ、艦長。その通りですが……大丈夫ですか? 顔色が優れませんよ」

「ああ、うん、大丈夫。ちょっと気に入らない奴の顔を思い出しちゃっただけだから」

「と、いいますと……?」

「ジャン・ジャック・ド・ワルド。私の元婚約者。レコン・キスタに与した裏切り者」

 殺意を込めてそう言いながら、ルイズは艦橋の窓ガラスに拳を叩きつけた。分厚い防弾ガラスはびくともしなかったが、艦橋内が静まり返る。張り詰めた空気をやぶり、真っ先に口を開いたのは中佐だった。

「お察しします。しかし、その裏切り者のことを何故、今?」

「レコン・キスタがどんなやつらなのか、思い出してたのよ。やつらは手段を選ばないわ。どうも嫌な予感がするのよね……」

「騙まし討ちの可能性、ですか」

 中佐は顎に手をやり、思案顔になる。

「確かに、絶好の機会ではあります。今この場には我が空海軍の主力が揃っていますからね。それを奇襲で片付けてしまえば、他の王国軍部隊など鎧袖一触でしょう」

 トリステイン王国の軍備は、周辺国と比べて実にささやかな規模である。いわゆる常備軍に該当するものは空海軍のみで、地上戦力は戦争が始まることが決まってから傭兵などをかき集めるものなのだ。

 つまり、今現在トリステイン王国軍と呼べるものは――中佐が言ったとおり――この場にいる空海軍の艦艇十数隻しか存在しなも同然なのだ。

「艦隊司令部に何か言った方がいいかしら……」

「分かりません。今言ったとして、聞き入れてくれるかどうか。仮にも我が国とアルビオンの間には、不可侵条約が締結されていますから」

「そうね……。ただの勘じゃ、艦隊司令部は動かないわよね」

 そう言いながら振り返ると、ルイズは苦笑してみせた。制帽をやや崩し気味に被り、逆光に照らされたその姿は、年齢不相応に大人びて見えた。

 中佐は考える。十代半ばの少女の口から、こんな話を聞くとは。いや、一つの経験が人間を劇的に成長させるというのは、あり得ない話ではないが……ならば、この少女はどんな修羅場を潜り抜けてきて、いまここで艦長という役職についているのだろうか。末の弟、ギーシュの言葉を思い出す。彼曰く、このルイズという少女は人として、貴族として尊敬できる人物である。グラモン家の男が素面の真顔でそう言っていたのだ。ならば、この少女の勘とやらも、ひょっとすると馬鹿にしたもんじゃないかもしれない。中佐はにやりと笑みを浮かべた。

「艦隊は動かせませんが、我々だけでも準備をしておくことは出来るでしょう。例えばそうですね。うっかり実弾を装填してしまうとか」

 冗談めかして言ってはいるものの、外国の貴賓を迎える式典の最中に実弾を装填するなど、ばれたら大事である。

「それって、かなりヤバそうだけど、悪くはないわね。撃たなきゃばれないし。私のアイデアってことにしときましょう」

 ルイズは悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべ、艦内電話を取った。最後の一言は、別に自分の手柄にしようという意味ではない。むしろその逆、ばれたときは自分が責任を被ると言っているのだ。

 中佐は「ご随意に」と肩をすくめた。元々アドバイザーに過ぎない自分には、何の権限もない。この件が後に問題になったとしても、処罰されるのは最高責任者たる艦長だろう。そんなことはお互い分かっているはずだが、ルイズという少女は気を使ってくれたのだ。とはいえ、この長門の所属自体はっきりしないから、どうなるかな? と思い直す。

 なんせ、軍艦であると同時にルイズの使い魔であり、一応トリステイン空海軍艦隊に編入されてはいるものの、運用を開始するにあたって必要になった経費の何割かは、ヴァリエール公爵家が出したと聞く。なんとも複雑な事情である。……いや、わざと複雑なままにしておき、責任の所在を曖昧にすることで、組織の力学から少女を守ろうとしているのか? この少女艦長はアンリエッタ王女とも関わりがあるようだし、こういった腹芸を考える人物が居ても不思議ではない。

「あ、砲術長――暇で死にそう? そう、丁度よかった。仕事ができたのよ。うん。主砲と副砲にね、実弾込めてちょうだい――そう、空砲じゃなくて、実弾。弾種は徹甲弾ね。理由ー? 保険よ、保険。弾が入ってない鉄砲なんて、杖の無いメイジと同じでしょ。じゃあ、事故のないようお願いね」

 射撃指揮所に用件を伝え終えたルイズは受話器を置くと、空を見つめた。その視線の先には、肉眼で見える距離まで近づいてきたアルビオン艦隊の姿があった。

 * * *

 アルビオン空軍・遣トリステイン艦隊旗艦、戦艦<レキシントン>の艦橋には張り詰めた空気が満ちていた。艦長のボーウッドは左舷前方に見えるトリステイン艦隊を見つめている。

「あれが噂に聞いたトリステインの戦艦長門か、随分大きいな……」

 不安げな口調でそう言ったのは、長官席に座っているジョンストン司令長官だ。貴族議会議員でもあり、軍人というよりは政治家である彼は、戦場で上に立つものがとるべき態度というものを理解していないようだった。上官が怯えていては、兵達が戦えるわけがない。

 黙っていればいいものを、とボーウッドは胸中で吐き捨てる。彼は生粋の軍人であった。

「ふむ、報告書にあった鉄の城とは、上手く言ったものですな」

「あのフネと戦って、大丈夫なのかね? ……いや、すまぬ。その為に準備してきたんだったな」

「その通りです、サー。本艦には三四・三サント施条砲と新型砲弾がありますし、切り札はそれだけではありません」

 ボーウッドは内心のいらつきを無視し、落ち着いた口調で答えた。そうだ。このレキシントンは、戦列艦とは一線を画す戦艦なのだから。

 従来の、舷側にずらりと砲を並べる戦列艦は見た目強そうではあるが、その砲室が弱点でもある。舷側に最初から穴が開いているのだから当然だ。それに対しレキシントンは舷側の砲を全て廃し、代わりに大口径砲の旋回砲塔を前・後甲板に搭載するという画期的な設計となっている。中・小口径の副砲群も上部構造に搭載しているため、舷側を厚い装甲板で守ることが可能となった。

 また、砲弾もただの金属球ではない。頑丈な弾殻の内部に炸薬を詰めた徹甲弾(徹甲榴弾)だ。命中すれば、敵艦の船体を貫いて内部で炸裂し、大きな被害を与えることができる。

 つまり、レキシントンは大口径砲の火力を左右どちらにも向けることができ、同時に高い防御力も実現しているのだ。従来の戦列艦など、相手にならない。しかし……トリステインには、あの長門がある。魔法学院の生徒が使い魔として召喚したとかいう、異国の戦艦。

 トリステインが長門を戦力化しようとしているのは知っていた。アルビオン空軍はどれだけ急いでも数ヶ月はかかるだろうと推測していたが、どうやらトリステイン空海軍は予想を上回る努力をしていたらしい。大したものだ。だが、その努力は無駄だったと知ることになる。アルビオン空軍は長門の存在に備えて、更なるカードを切っているのだから。

 ボーウッドはアルビオン艦隊の勝利を疑っていなかった。

「信号手、トリステイン艦隊一番艦へ発信――」

 * * *

 ルイズは双眼鏡を構え、ラ・ロシェール上空に到着したアルビオン艦隊の様子を細かく観察していた。特に注目していたのは、先頭を行く艦、戦艦レキシントンであった。旧艦名をロイヤル・ソヴリンといい、アルビオン王国空軍の新鋭戦艦であった。レコン・キスタは、この艦の反乱から始まったのだ。

 ルイズはこの艦を以前見たことがあった。アンリエッタ王女からの密命を受け、ニューカッスルへと潜入する際、城壁に砲撃を加えている姿を目撃したのだ。その全長は約二〇〇メイル。二二五メイルの長門と比べても遜色ない大型艦だ。武装も装甲もトリステインの戦列艦を大きく上回っている。

 いや、レキシントン一隻ならば長門が相手をすればいいのだが、問題はその後方に続く艦影であった。

「何よ、あれ」

「一番艦はロイヤル・ソヴリン級です。しかし、二番、三番艦は……シルエットは似てますが、一番艦より小型ですね。私も知らないフネです」

 ルイズの疑問に答えたのは双眼鏡を持たない中佐だった。“遠見”の魔法で見ているのだろう。彼は風の系統魔法も扱えるらしい。

「噂に聞くマジェスティック級とやら、ですかね」

「マジェスティック級?」

「ええ。アルビオン王国が建造していると噂されていた艦で、ロイヤル・ソヴリン級を元に改良したものだという話を聞いたことがあります。レコン・キスタの反乱で、その後どうなったのかは不明でしたが……」

「うー……。やつら、それを完成させてきたのね。しかも二隻も」

 ルイズは眉間に皺を寄せ、唸るように言った。隠し球を持っていたのはこちらだけではなかった、ということだ。トリステイン空海軍も長門から得た技術を元に、建造中だった戦列艦の設計を大幅に変更して強化を図ってはいるが、それゆえに完成が遅れている。

 それよりもだ、問題は、この場にあの新鋭戦艦群とまともに戦えるのが、この長門しかいないということだ。

「なんていうか、自分の予感が外れて欲しいとここまで強く願うのは初めてよ」

「始祖に祈るのみ、ですね」

 * * *

「アルビオン艦隊一番艦より発信。貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦<レキシントン>艦長。以上です」

「ふむ、コケにされたものですな」

 そう評したフェヴィス艦長の口調は飄々としたものだったが、その眼差しは真剣そのものだ。フェヴィスは当初、この任務に疑問を抱いていた。いくら外国からの賓客を出迎えるためとはいえ、艦隊を全力出撃させるなんて大人気ない。砲艦外交と言われかねないぞ、と思っていたのだ。

 ところが蓋を開けてみればどうだ。アルビオン艦隊の新鋭戦艦三隻を含む陣容はこちらを遥かに上回るものだった。砲艦外交どころではない。戦争をしに来たと言われてもおかしくはない規模だ。

「虚勢を張っておるのだろう。主を噛み殺した狂犬どもが吼えているに過ぎん」

 ラメー伯爵の辛辣な物言いに艦橋に居る者たちが凍りつくが、フェヴィスは胸中で苦笑していた。我々は、その狂犬の使節団を迎えに来たわけだ。

「信号手、レキシントンに返信。貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎ス。トリステイン艦隊司令長官。以上」

 伯爵の態度が気になるフェヴィスではあったが、アルビオン艦隊のレキシントンが礼砲を撃ち始めたため、その懸念を意識の隅に追いやった。

 レキシントンの主砲は大口径だけあって装填速度は遅かったが、大きな発砲音が響いてくる。それを聞いたフェヴィスは顔をしかめた。あの主砲はたんに口径が大きいだけでなく、施条砲――砲身の内側に螺旋状の溝が彫ってあるのだ。それによって回転を与えられた砲弾は安定し、遠距離の敵も狙うことができる。自分が指揮するこのメルカトールでは、こちらの射程内に捉える前に撃沈されかねないだろう。戦場では会いたくないものだ……。

「よろしい。艦長、答砲だ」

「はっ。何発撃ちますか? 慣例に従うなら十一発といったところですが」

「七発でよかろう。大人気ないのはお互い様だ」

 それを聞いたフェヴィスはにやりと笑みを浮かべ、命令を下した。

 * * *

 トリステイン艦隊の一番艦が答砲を撃ち始めたのを確認したところで、ジョンストン提督は決断した。

「これより降下作戦を発動する。艦長、よろしく頼む」

 それを聞いたボーウッドは表情を引き締め、頷いた。

「信号手、マジェスティックに発信。降下作戦ヲ開始スル。各艦、旗艦ノ発砲ヲ待テ。以上。この指示を後続艦に伝達するように伝えろ」

 先ほどまで胸中に渦巻いていた雑念を払い、己が果たすべき職務を実行する。

「左砲戦。弾種、徹甲。目標は敵一番艦。指示を待て」

「艦長、マジェスティックより伝達。<ホバート>ヨリ旗艦。総員退艦完了。コレヨリ自沈ス」

 ボーウッドは了解、と応えて頷いた。全ては予定通り。ここからが勝負だ。あらかじめ用意しておいた通信文を、信号手に渡す。

「私の合図で、これを敵一番艦に発信せよ」

 そう、敵だ。今この瞬間から、彼らは打ち倒すべき敵なのだ。

 * * *

「なんだ、事故か……?」

 答砲を撃ちつつあったメルカトールの艦橋で、フェヴィス艦長はそうつぶやいた。アルビオン艦隊の末尾につけていたフリゲートらしき艦が、突如煙を吹いたのだ。黒く濃い煙がもうもうと立ち昇る様子から、火災が発生しているのだとわかる。何が起きているのかと艦橋内がざわついてきたその時、煙を吹いていたアルビオン艦の中央部で大爆発が起きた。真っ二つになった船体とその破片が地上へ落下していく。

「奴ら、やはり……!」

 ラメー伯爵が何事かつぶやくのが聞こえた。フェヴィスはそれを確認しようとしたが、その前に割り込む声があった。

「艦長! レキシントンより発信。<レキシントン>艦長ヨリ、<メルカトール>ヘ。<ホバート>ヲ撃沈セシ貴艦ノ意図ヲ説明サレタシ」

「馬鹿なっ!?」

 信号手の報告を聞いたフェヴィスは、思わず叫んでいた。実弾を装填せず、照準も行っていないのに、撃沈などあるものか。

「信号手、返信しろ! 本艦ノ射撃ハ答砲ナリ。実弾ニアラズ」

「……艦長! 我々は嵌められたのだ!!」

 振り向くと、必死の形相でラメー伯爵がそう呼びかけていた。どういうことかと聞き返そうとしたところで、レキシントンからの返信が届く。

「レキシントンより返信。タダイマノ貴艦ノ砲撃ハ空砲ニアラズ。我ラ、貴艦ラノ攻撃ニ対シ応戦セントス」

 フェヴィスはそれを聞いた瞬間、全てを理解した。アルビオン艦隊は、初めから戦争に来ていたのだ。不可侵条約の締結も、布石の一つだったに違いない。

 レキシントンの甲板上に閃光が走った。艦砲の照準には数分掛かるはずだ。ということは、奴らあらかじめ狙いを定めていたのだろう。畜生、と罵った瞬間、何かが艦橋を揺らした。敵弾が掠め飛んでいったのだ。ラメー伯爵がそれを無視するように叫ぶ。

「全艦に伝達、戦闘配備! 艦長、合戦準備、左砲戦と為せ!」

「総員、戦闘配備。対艦戦闘用意! 操舵、前進一杯。砲術、左砲戦、目標は敵一番艦だ。撃ち方始めぇ!」

 我を取り戻した艦長が命令を下した次の瞬間、レキシントンが第二射を放った。

 * * *

「艦長の予想通りでしたな。卑怯者どもめ」

 中佐の言葉にルイズは頷いた。混乱しているトリステイン艦隊をよそに、準備しておいた命令を下す。

「総員、対艦戦闘よ。左砲戦」

「せんとーう!」

「砲術、目標は敵艦隊の一番艦。副砲は手近な目標を狙って。射撃開始」

 ルイズの命令が復唱され、各部署に伝達されていく。長門が再び戦闘機械としての本性をあらわにする時がきたのだ。四一サント砲の連装砲塔がゆっくりと回転し、敵艦隊を指向する。副砲群も砲身を動かし始めた。既に砲弾を装填してあるから、あとは射撃解析値さえ得られれば撃てるはずだ。

「機関、両舷前進、最大戦速。敵艦隊を引きつける。信号手、旗艦へ発信。ワレ、コレヨリ敵艦隊ト交戦ス。貴艦ラハ避退セヨ」

 機関の唸りが高まり、艦が前進し始めた。何としても敵艦隊をこちらにひきつけないと、味方が全滅しかねない。それほどの戦力差をルイズは感じていた。

 * * *

 レキシントンが第二射を放ち、メルカトールの甲板上で閃光が発生した。マストの根元付近に命中した徹甲弾は木製の甲板を紙同然に貫通し、下層の甲板で炸裂した。その他にも副砲群から放たれた砲弾があちこちで炸裂している。どこかで火災が発生したのか、黒煙が上がっていた。

「各部署、被害状況知らせ!」

 フェヴィス艦長が叫ぶと、損害を知らせる報告が次々とあがってくる。前進を命じたはずだが、艦はまだ動きださない。突然の戦闘に艦内はいまだ混乱しているのだ。

 レキシントンがみたび発砲。やや遅れて、ようやくメルカトールの砲列も斉射を放つ。

「いいぞ! その調子だ!」

 ラメー伯爵がそう叫び、フェヴィスも頷いた瞬間、視界が真っ白になった。

 苦痛に呻く。何が起きたのか……いや、考えるまでもない。艦橋付近に被弾したのだ。もし直撃だったならば、自分は生きてはいまい。自分の手足が動くのを確認しながら身を起こすと、艦橋内は血に染まっていた。左舷側の防弾ガラスが砕け散っており、床には金属片や赤い何かが散乱している。長官席に座っていたはずのラメー伯爵の姿がなく、床に倒れ伏していた。他の艦橋要員たちも無傷な者はいないようだった。呻き声や、助けを求める叫びが聞こえる。

 額から流れて目に入ってきた血を拭いながら立ち上がる。あちこち痛むが、幸いにして内蔵がはみ出ている、というようなことはなかった。視線を左舷方向に向けると、敵艦隊が見えた。どの艦も損傷を負っている様子はない。こちらの砲撃は当たっていないのだ。

 再び艦が揺れる。どこかに被弾したのだろう。畜生、これで終わりなのか。空海軍も、王国も、何もかも奴らに奪われてしまうのか。フェヴィスが絶望感を感じたその時、轟音が体を震わせた。着弾音ではない。右舷側からであった。その音の正体を確認したフェヴィスの顔に驚きが広がった。

 * * *

「主砲発射成功! 次弾装填急げ!」

 長門の艦内は異様な熱気が満ちていた。この艦に乗り組む人々にとって、特別な瞬間だった。遠い異国から召喚されたという、鉄の城のような戦艦に配置されて一ヵ月半あまり。初めて敵に向けて四一サント主砲を撃ったのだ。彼らの知る戦列艦とは比べ物にならぬ大口径の発砲音が船体を震わせる。

「そう簡単には当たらないわよね」

 艦橋で主砲発射を見守っていたルイズは、第一射の砲弾が全て遠弾となるのを見て言った。主砲弾の弾底部には強い光を発しながら燃える秘薬が仕込んであるため、肉眼でも弾道が追える。空中で砲戦を行うための工夫だった。射撃指揮所でも同じように弾着を観測しているはずだ。第二射は修正された照準で発射される。

「メルカトールが降下中。離脱していきます。後続の艦は……速度を上げて本艦を追尾中!」

 見張り員の報告を聞いたルイズは思わず「なんで!?」と叫んでいた。

「逃げろって言ったじゃないの! 人の言うこと聞いてないのかしら?」

「混乱で連絡が伝わってない可能性もありますね」

 中佐はそう口にしたが、胸中では否定していた。理由は簡単。後続艦の艦長らもトリステイン王国の軍人であり、貴族でもあるからだ。この長門が戦っているのに、彼らだけ背を見せて逃げることなど、出来はしないだろう。

 そのとき、信号手から報告が入った。

「戦列艦<ソレイユ>より発信。ワレラ共ニ戦イ、王国ノ盾トナラン」

 ルイズは言葉を返せずにいた。これでは、あの時と同じだ。ニューカッスル、ウェールズ皇太子、最後の晩餐会、その後に起こったこと。今度は、私たちの番なのか。トリステイン艦隊も、彼らと同じように幾ばくかの戦果を上げ――そんなの、ダメだ。確かに、貴族のあるべき姿なのかもしれない。だけど、ダメだ。しかし、いま自分にはどうすることもできない。知らず知らずのうちに、血の気が引くほど強く艦長席の肘掛を掴んでいた。

「艦長」

 ルイズを呼ぶその声は、場違いなほど落ち着いていた。中佐だ。

「我々が先行し、敵の火力を引きつけるべきかと思います。この長門の速力ならば、敵艦隊後方を通過し、相手右舷側へと回りこめるはずです。幸い、友軍艦隊は陣形を維持できています。間合いを詰められれば、なんとか……。後は、長門が何隻撃破できるかでしょう」

 ルイズははっと顔を上げた。中佐は真剣だが、どうにか優しげな表情を作ろうとしているようだった。さすがギーシュの兄、というべきだろうか。だが、その中佐はルイズに戦え、と言っていた。戦わねば、味方が死ぬと。

 ルイズは額に滲んでいた汗をぬぐった。

「そうね。その案で行きましょう。信号手、ソレイユに発信。ワレ、コレヨリ突撃ス。貴艦ラハ反転シ同航戦ヲ挑マレタシ。以上」

 続いてルイズは速度一杯と取り舵を命じる。足元から伝わる機関の唸りが高まり、カタログスペックを上回る出力を発揮した長門が突進を始めた。機関部にも“固定化”の魔法を掛けまくってあるから、多少の無理ではびくともしないはずだ。

 転舵を始めたため主砲の射撃は止まっていたが、副砲群は連打を続けていた。敵艦隊後尾の旧式艦が穴だらけになり、火災を発生させて脱落していく。

「これ以上、あんた達の好きにはさせない……」

 そうつぶやくルイズの左手では、ガンダールヴのルーンが輝いていた。


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