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鋼の使い魔 幕間-08


 人攫いたちがたどり着いたのは山のもう少し登った場所にある洞窟だった。ただ、洞窟といっても多少人の手がはいっている。出入りしやすいように天井と側面を削ってあり、出入り口の両側には松明を置く台が用意してあった。
「さぁて……へへへ、お前さんのツラを拝ませてもらうぜ」
 集団を先導していた松明を持った男が担がれていたシェフィールドのフードに手をかけ、松明の灯りの元に顔を晒す。
「おおぅ……へへ、へ、こいつぁ、どえらい別嬪さんだ。……ぁん?お前さん、エズレの村人かぁ?」
 じろじろと黄ばんだ目玉でシェフィールドの顔を舐めるように見ながら人攫いは聞くが、うなだれたシェフィールドは無言を返した。
「おい!こいつ本当にエズレの村にいた奴か?」
「いや、わかんねぇけど、あの村で売り物になりそうなのといやぁ一人しかいねぇはずだぜ」
「別にいいじゃねぇか。ただの村娘よりよっぽど売り物になりそうなくれぇ、綺麗な顔してるじゃねぇか。……お前さん、何者だい?」
 一人、腰に剣を挿した男が振り返り、口を開かないシェフィールドの顎に脂ぎった手をかけた。硝子細工のように滑らかな肌触りに男はうっとりとする。
「しゃべる気にはならねぇかい?……へへへ、しかし綺麗な顔してるなぁお前さん……へへ、よだれが出ちまうぜ。こんだけ綺麗なナリならよ、ちっとばかし味見したっていいような気がしねぇか?」
 女性が見れば吐き気を催しそうな顔をして、男の一人は仲間を見回した。
「頭に見つかったら殺されちまうぜ」
「なぁに、頭はまだ寝てるじゃねぇか。全員で口閉めときゃばれやしねぇって……おら、降ろせよ」
 シェフィールドを担いでいた大男に降ろさせる。岩と砂利ばかりの地面に降ろされたシェフィールドに剣を挿している男がのしかかった。
「へ、へ、へへ。黙ってんなら都合がいいぜぇ。すーぐ終わるからなぁ……」
 悪臭漂う息を吐きかけながら、男の手がシェフィールドの腰に伸びる。
 その時。金属を擦り合わせたような音とともに一陣の風が人攫いたちに向かって吹き込む。
「あぁん?何の音……」
 のしかかっていた男が振り返った時、男はよじれる身体の隙間から噴出す鮮血で視界を真っ赤に染め、そのまま胸から上を地面に落として息絶えた。
 目の前の出来事に呆然とした人攫いたちが、男が振り返ろうとした先を見たとき、片手で短い杖をこちらに向け、もう一方の手を肩に伸ばした姿勢でこちらを睨む、マントを被った少女を観ることになった。
「メ、メイジだ!」
「メイジがいるぞ!」
 誰かがそう叫ぶ。それと同時に男達は己の武器を構えつつ、穴倉の中へと引き下がっていった。
 タバサはそれを追わず、まず地面に投げ出されたままのシェフィールドに駆け寄った。
「大丈夫?」
「問題なかったが、反吐が出るよ」
 緩めていた縄を解いてシェフィールドは立ち上がった。不愉快に引きつる目尻が人攫いたちへの嫌悪を感じさせる。
 と、その時。穴倉の中から二人に向かって矢が飛んできた。二人はとっさに横に飛んでそれをかわし、穴倉の壁に身体を沿わせた。
 このまま穴倉の中へ入っていっても外灯りに照らされるまま矢の的になる。加えて、空気の流れの悪い場所ではタバサの使う風の魔法は威力が極端に落ちる。
 そうと決めたタバサは自らに暗視を掛けなおし、杖を納めて肩に吊った剣を抜いた。
「決断が早いな」
 振り返ると、シェフィールドが被っていたローブを脱ぎ捨てていた。初めて見るローブの下はワインレッドの皮でできた独特の様式の服だった。手足はボディラインがでるようなぴっちりとしたデザインで、背中の布が膝裏辺りまで垂れている。そしてその手には一振りの剣が握られていた。
「次の矢が出たら、行く」
 シェフィールドが頷くのと同じく、穴倉から矢の雨が一度途切れる。二人は空かさず穴倉の中に飛び込んだ。

 穴の中は8メイルほど先で広くなっていて、天井に近いところに油式のカンテラが何個も吊り下げられていた。
 二人が出口に並ぶと、短槍と剣を持った男二人が飛び掛ってくる。
 素早くタバサは抜き身の剣を構えて踏み込む。
「『払い抜け』!」
 タバサの剣先が男の腋腹を抜け、男が聞くに堪えない悲鳴を上げながら倒れた。
 そのままタバサは武器を握ってけん制する人攫いの集団の中に突っ込んでいく。型も何もなくただ武器を振り回すだけの男達を、タバサは冷静に捌き、的確に技を叩き込んでいく。
 シェフィールドが短槍を突き出してきた男に向かって剣を抜く。鞘から抜かれた剣身は素早く振り抜かれて槍ごと男の両腕を切り落とした。
「ぎゃあっ!」
「……『切り返し』」
 抜き身のシェフィールドの剣は、まるで血で染めたような紅色に光り輝いている。そのまま滑るようにシェフィールドは動き、短銃を構えていた男の人差し指を切り飛ばした。
 突入してものの数呼吸も掛からなかった。穴倉に潜んでいた凡そ10人ほどの人攫いの集団は、たった二人の剣技によって鎮圧されてしまったのだ。
「ひぃ、ひぃ……」
「う、嘘だ。メイジのくせに剣で戦うなんて……」
 悲鳴とうめき声を上げて転がる男達の中には、打ち所悪く事切れたものもいるようだった。
 タバサは呼吸を整えながら、カンテラに照らされるシェフィールドの剣を見た。
 鮮血のような綺麗な紅の剣は、まるで命を固めたような力強さを見るものに感じさせる。
「こいつらはどうするんだ?どこかに突き出すのか?」
 こちらを見るシェフィールドに首を振り、タバサは答えた。
「私達の標的は牛頭鬼、無駄な事はしない」
「そうだな……」
 と、穴倉の奥から人の頭ほどの火球が飛び、二人の足元に転がる人攫いの一人が燃え上がった。
「グギャアッ!」
「メイジが来たと聞いて起きてみれば、小娘が二人じゃないか……」
 穴倉の奥から足音と共に杖を握った男がでてくる。年のころは四十も行っていないだろう。だが、ボロボロの軍装にマントの切れ端を羽織っている。
「お、お頭!助けてくれぇ!」
「煩いぞ。満足に戦う事もできないのか。ゴミどもめ」
 メイジらしき男は倒れる部下達を心底蔑んだ目で見てから、タバサたちを見た。
「見たところ、武者修行中の貴族の娘と、その従者といったところかな」
「誰?」
「名前など忘れたなァ。……そうだな、仮に『オルレアン公』と名乗ろうか。せっかく担ぎ上げてやったのに毒矢などで死んでしまった貴族の恥知らず。間抜けな王弟殿下さ」
 ぎりり、と冷たい眼差しの下で歯を噛み締める。こんなごろつきが父の名をかたり、あまつさえ侮辱するなど、タバサが怒りに胸を震わせていた。
「さ、て。ここで杖を抜かない様子だと、風のメイジのようだな。残念だが私は戦場にいたお陰で、色々と系統をまたいで使うのが得意でね」
 と、ルーンを紡いでメイジ崩れは杖先に先ほど飛ばしたものと同じ火球を作り出した。
「本格的な烈火球【ファイアボール】には程遠いが、君達を丸焼きにするくらいは十分に出来る。さぁ、その手のものを捨ててもらおうか」
 杖先に浮かべた火球をちらつかせながらメイジ崩れが迫る。タバサはシェフィールドと目配せして、手に持っていた剣と腰の杖を地面に投げた。
「うむ。素直なことだ。この二人を縛り上げろ」
 穴倉の奥から、さらに数人の部下がやってきて、ロープを手に無防備な二人に近寄る。
 タバサはこの時、この状況をどうやって打開するべきか考えていた。ロープをかける隙に武器を奪ってメイジに飛び掛るか。それとも、一度捕まり相手の気が緩んだところで武器を手に入れて反撃に転ずるか。それとも……
 戦意を絶やさず思考をめぐらせていたタバサの脇で、シェフィールドは何を思ったのか片手を高々と掲げて構えた。
「『幻夢の一撃』【ストライクミラージュ】!」
 そう叫んで掲げた手を近寄る男達に振り下ろした。
 男達が突然の動きに一瞬身体を硬直させた時、“それ”は目の前をすり抜けた。
 薄暗い灯りの中でもはっきりと見える、妖しく発光する黒い馬が現れて男達の間を飛び去ったのだ。
 そしてその馬はタバサたちに縄をかけようとした集団の最後尾にいた男にぶつかった。
「なっ、なんだこれはぁ?!」
 飛び掛る謎の黒い馬が後ろ足で立ち上がって、前足の蹄で男の胸を叩きつぶした。男は恐怖に慄く悲鳴を上げて仰向けに倒れこんだ。
「……は! 貴様! 何を……」
 悠然と見守っていたメイジ崩れが気を取り直し、杖を再び構えようとした時、目の前には浅く跳躍し拳を振りかぶるシェフィールドが待っていた。
 その両腕は非メイジの戦士が身につける籠手(ガントレット)らしき、緑色に光る防具に包まれている。
 シェフィールドの拳がメイジ崩れの横面を強かに捉え、杖を抜きかけていた男は派手に吹き飛んで岩壁に叩きつけられる。
「お、お頭!」
 従っていた男達は気が付いた時には、頭目はずるずると岩壁から崩れていた。
「てめぇ!」
 逆上した何人かが手の武器を持ってシェフィールドの背後から襲い掛かる。シェフィールドが再び手を掲げて、唱える。
「『硝子の盾』【シールド・オブ・グラス】」
 そしてなんら防御の素振りをせずにゆっくりと振り向く。振り返った先には突き出された槍先とナイフが待っていた。
 男達はその手に、分厚い肉を貫く独特の感触が返ってくるものと思っていた。
 だが、刃の先は何か透明な板に阻まれているかのように、シェフィールドの身体から数サントのところで止まっているではないか。
「な、なんだよ、これ……」
 分けが分からず、思考が麻痺し始めた瞬間、目の前が爆発的に光ったのが分かった。
 そして男達が次に……意識を失う前に覚えたのは、岩壁に強かに叩きつけられる背中と、胸や腕に何か鋭いものが突き刺さる痛みであった。


 タバサも、倒れたままわずかに息のあったものたちも、一体何が起こったのかわからなかった。
 かろうじて分かったのは一つ。シェフィールドが、一切杖らしきものを使わずに、まるで魔法としかいいようのない現象を起こして、あっという間にメイジ崩れの頭目と部下を倒してしまった、ということだ。
 その現実が人に思わせることは、やはり一つしかない。
「せ、せせ、先住魔法だ!」
「あ、亜人だぁ!亜人の先住魔法じゃないかぁ!」
 卑しい人攫いたちが悲鳴をあげる。無様なことに、起き上がることも出来ないものが這ってでも逃げようとしている。
 そんな男達のなかに、自分達の頭を助けようなどという考えが浮かぶわけもない。
 好きなだけ騒いだあげく、村々から人を浚って売りさばいていた悪党たちは、息絶えたか、気を失っているものを覗いて、穴倉から逃げ去ってしまった。

 タバサは静かになった穴倉の中で、落とした杖と剣を拾って仕舞うと、灯りの元で立ち尽くしていたシェフィールドに、彼女の剣を渡した。
「ああ、ありがとう」
 シェフィールドは剣を腰に吊りなおし、深く息を吐いた。
「貴方は亜人?」
「……そう言うみたい、かな」
「さっき使ったのは、先住魔法?」
「よく分からないな。『妖術』って言うんだ。あれ」
 視線を外しながら、シェフィールドはそう答えた。
 その姿に、先ほどまで男達を圧倒していた時に見せた迫力は感じさせない。いや、初めて宿屋で会った時や、村長の家で感じた名付けがたい圧力もない。どこにでもいる普通の女性のようだった。
「……警戒、しないんだな。私の事」
 シェフィールドの、どこか悲しげな眼差しがタバサに向けられた。
 タバサも、シェフィールドが言う『妖術』を見た瞬間、彼女はやはりジョゼフの使わした暗殺者で、やはり自分を殺す為に同行しているのかと考えた。しかし、男達を叩きのめしてからの彼女は、打ち棄てられた仔犬のように頼りなげな空気を纏って、穴倉の暗い先を見つめていたのだ。
 ともかくタバサは、この謎の亜人、寂しげに視線を投げかける女性を、今は暗殺者だとは思わなかった。
「きゅい~」
 二人が物言わずにいると、外からあの緊張感のない鳴き声ともにシルフィードが駆け寄ってきた。
「きゅい!お姉さま、一体何をしたのね。外で茂みに隠れてたら穴の中から小汚いおじさんたちがぞろぞろ出てきて、シルフィすごく怖かったのね!無事でよかったのね」
 まくし立てながらタバサの周りと飛び回るシルフィードに、シェフィールドは頬を緩ませ、不器用に笑った。


 穴倉に残った人攫いたちを当人達が残した縄で縛り上げて転がし、タバサをシェフィールドはメイジ崩れらしき頭目をたたき起こした。
「ぐっ……」
 頭目は忌々しげにその濁った目で二人を睨んでいる。何とか縄を抜けようともがいているが、後でに親指どうしを結んであり、普通に考えれば自分で外すのは不可能だった。
「お前の手下の一人が牛頭鬼の出る時間を知っていると言っていた。お前も知っているのか?」
「さてな……」
 薄笑いを浮かべる頭目にシェフィールドはこみ上げる殺意を押し殺しながら、タバサを振り返った。
「どうする?」
「このまま官憲に突き出すのは簡単。でも、それだと任務に支障が出る。私は速やかに情報を手に入れたい」
「同感だね。それじゃ、少し離れてて……」
「なに?なにをするのね?」
 と、シェフィールドは手を掲げ、意識を集中しているようだった。タバサはシルフィードと一緒に少しシェフィールドから距離をとる。
「この術は、あんまり得意じゃないんだけど……」
 つぶやきが少し漏れて、シェフィールドの手が頭目に向けられる。
「『ファッシネイション』」
 そう言うとシェフィールドの手から薔薇の花びらのような、赤い欠片が放出される。赤い欠片は同じ色の気体のようなものを纏っていて、縛られていた頭目がそれを頭から掛けられた。
「わぶっ?!き、貴様!一体私に……なにを……」
 頭目は悪態を吐くが、段々と言葉を間延びさせ、目は深酒に酔ったようにどろりとさせ、口が半開きになってしまりがなくなっている。
「ぁー……」
「もう大丈夫。戻ってきて」
「何をしたの?」
「ん……何て言うのかな。……誘惑、したんだ」
 シェフィールドはかなり気まずそうに言って小鼻を掻いている。
「誘惑?」
「そういう術なんだよ。相手を自分の血と精神で誘惑して、意のままに操る術。……はぁ、これすごく苦手なんだ。人を誘惑するなんて柄じゃないし」
 どうやらシェフィールドにとって、今の先住魔法は使い慣れないものだったらしい。まぁ、シルフィードだってたいした事はできないわけだし、亜人にだって得手不得手くらいあるのだろう、とタバサは考えた。
「そう。それで」
「そうだ。さぁ、牛頭鬼について知ってる事を全て話してもらおう」
 再度二人は頭目に詰問を行うと、今度はまるで嘘のようにあっさりと話し始めた。
 頭目によると、そもそもこの穴倉の一番奥の岩壁に亀裂が走っていて、そこからさらに奥に広がる洞窟が牛頭鬼の住処になっているのだという。
「わたしはそこからみのたうろすをかんさつしてこうどうのぱたーんをよみとった」
 抑揚のない声で頭目はそう話した。
「ということはこの奥を進めば牛頭鬼の巣につながっているのか」
「いわかべのきれつからおくはここよりもひろくつかいやすくなっている。だからわたしはふだんはそこにいて、みのたうろすのうごきをかんさつしながらぶかにしじをだしていた」
 恐らく亀裂は牛頭鬼が通れるほどの大きさが無いのだろう。しかし、広くはともかく、使いやすくなっているとはどういうことだろうか……?
「だいたいわかった」
「きゅい。お仕事はまだまだつづくのね」
 タバサとシルフィードが各々に答える。
「よし。お前は……そうだな。そこにいるお前の部下と一緒に山を降りろ。街道に出てどこか適当な宿場で詰め所に出頭しろ」
 そこでシェフィールドが転がっている他の男達にも『ファッシネイション』をかけ、頭目と一緒に山を降りるように伝えた。
 かくして、縛られた格好の男達がぞろぞろと山を降りていくという奇怪な光景を見送ってから、三人は再び穴倉の中へと入った。
「まぁ、あの術はそんなに長続きしないけど、山から下ろしてしまえば後は官憲が始末してくれるだろう」
 少なくとも、これで後腐れなく牛頭鬼に専念できる。
「行こう」
「行くのね」

 穴倉のさらに奥には、たしかに頭目が言ったとおり、岩壁に大きな亀裂が走っていた。人一人が余裕で通れるほどの、大きな裂け目がある。
 三人は亀裂を通りぬけると、そこが先ほどまでいた穴倉など比較にならないほど広い地下空間であることを知った。
「山の下とは思えないほど、広いのねー」
 ひろいのねー ひろいのねー のねー ねー
 シルフィードの緊張感のない声が空間に反響する。それほどに、ここは広いということだ。
 穴倉から持ってきたカンテラ如きでは天井すら照らすことが出来ない。高さ10メイル、幅も同じほどある大きな空間だった。
「どこかにあの男が使っていた部屋なりスペースがあるはずだ。まずそこを探そう」
 人攫い集団の頭目が使っていたと思しき場所は亀裂からすぐ傍にあった。空間の一角に、明らかに人が使うためにあるような出入り口の如き場所があり、そこを入ると真新しい木箱や雑貨類が雑然と置かれていて、つい先ほどまで人が使っていたことが分かったからだ。
 タバサたち三人は、部屋に灯りを入れると部屋の捜索を始めた。牛頭鬼の行動を観察していたというのなら、恐らくそれをまとめた紙なりメモがあるかもしれない。
「きゅい。けっこういいもの食べてるのね……。あ、いわしのビネガー漬ああるのね!」
 もともと注意力散漫なシルフィードは、雑貨の中に混じっている保存食を漁っているようだった。なるほど、夜盗の類が食べてるには割といいものがそろっていた。瓶詰めにされた魚、野菜、飲みかけのワインも置いてある。瓶詰めは特に国土の広いガリアやゲルマニアでは流通の多い商品だ。内陸で海の魚を食べようと思えば、このような保存食か、専門の冷蔵技術を持っている貴族向けの鮮魚運搬業者から高値で買うしかない。一方国土面積から見て海岸線の長いトリステインやゲルマニアでは、わざわざ小分けにせず樽ごと保存食にして流通されるという。
「……あった」
 シルフィードが食べ物を漁っているのを尻目に、タバサが黙々と木箱や鞄をひっくり返して見つけ出したそれは、色褪せて褐色になってはいたが、まだ比較的新しいインクで書かれたメモだった。紙に押された印を見ると、軍隊が下士官に配給するものだったようだ。
「読んでみてくれ」
 一息入れようとシェフィールドが腰掛けながら聞き、タバサは灯りを近づけて乱雑に掻かれた字面を読み取ってみた。
「『朝、変化なし 昼、うなり声が聞こえる 夜、変わらずうなり声 深夜、巣を抜けて外へ 早朝、巣へ戻ってくる……』」
 どうやら頭目はまめな男だったようで、こうして何日も牛頭鬼の動きを観察し続けたことがメモの量から判断できた。
 そのメモを読んでいくと、牛頭鬼は三日から五日はこの地下空間に篭り、何日かに一度だけ外に出ては、帰ってくるというサイクルのようだった。
 一番新しいメモには、牛頭鬼が地下空間の奥で活発に動き回っていることが記されていた。
「このメモの様子だと、明日には牛頭鬼は外に出て、外の村に被害がでると考えられる」
「きゅい。こんな細かいことが出来るなら、人攫いなんてしないで真面目に働けばよかったのに」
「まったくだな」
 シェフィールドは嘆息しつつ、懐から時計を取り出して開いた。握りこぶし大の円盤を開くとねじ巻き式の時計になっている。これ一つでも50エキューはするのだが、シェフィールドが亜人なら、どうやって手に入れたのだろう。
 いや、それをいうなら、ガリア王宮は亜人と交流があるということになる。どうしてそんなことが……
「外は7時か。少し休めるな」
 タバサの思惑はともかく、シェフィールドはそう言って壁にもたれて目を閉じた。
「きゅい。お腹すいたのね~。どうせあのおじさんたち戻ってこないんだし、頂いちゃうのね」
 休憩と聞いてシルフィードは嬉しそうに座り込んで見つけ出した瓶詰めを開け始める。酢漬けの独特の香りが狭い空間に広がって、口に涎が溜りそうだ。
「ほらお姉さま。休むときに休んでおかないとお仕事にならないので。だから食べるのね、ほら食べるのね」
 きゃんきゃんと小うるさいシルフィードに促されるまま、タバサは開封された瓶詰めに口をつけることになった。保存食特有の濃い目の味付けが口に広がる。
「あなたも食べるのね?」
 ハンカチで口を拭きながらシルフィードが壁際に振り向く。
 シェフィールドは緩やかに首を横に振った。
「私は遠慮しておくよ。でも、そうだな……水貰える?」
 タバサから水筒を受け取ってシェフィールドはそれだけを静かに口に運んでいた。

 食べ物らしいものを口にして満足したシルフィードが、タバサの鞄の中にあった布を蒲団代わりにして眠っているそばで、タバサ自身は灯りに照らされる部屋を観察していた。
 この地下空間は、明らかに人の手が加えられていた。それも夜盗が潜んでいた穴倉など、比較にならないほど大規模にだ。今腰を下ろしているこの小部屋も、壁や床は単純に岩を均した以上に滑らかで、石造りの神殿の中のようにも見える。
「……起きてる?」
「なんだ?」
 壁にもたれて腰を下ろしていたシェフィールドから声が返ってくる。
「あなたは、なぜこの仕事を請けたの?亜人がガリア王宮の手下をしているのはどうして?」
 カンテラの灯りが揺らめき、壁に伸びていた影が伸び縮みする。
 軽はずみな質問だったかもしれない、とタバサは思った。だから、自分の懸念を包み隠さずに言ってみることにした。
「私は、あなたが私を狙う暗殺者だと、考えていた」
「私がか?」
「そう」
 それを聞いて、シェフィールドは笑って答えた。
「それはないな。私にはそんな器用な真似はできないよ」
 ふぅ、と深く息を吐いて、シェフィールドは続ける。
「私はただ、この国の上の連中と取引をしたんだ。私が彼らの言う事を聞く代わり、私の友人を傷つけないという、な」
「友人?」
「そう、大事な人さ」
 そう答えるシェフィールドの声は、わずかに震えているような気がした。
「あいつらが言うままに、外を歩き、言われた相手を倒す。吸血鬼とか、有翼人とかね。体のいい使い走りさ」
 タバサはシェフィールドがそうやって話し続けるのを、静かに聞いていた。自分とて、彼女と立場は大差ないのだから。だが、未知の魔法を使う彼女すら従えさせる、ガリア王宮の底深さにこそ、タバサの気持ちは向けられていた。
 狂わされた母、謀殺された父の仇を討てるのは、一体いつのことだろう。魔法を磨き、剣技も修めた。それでも尚、足らないのだろうか。今こうしている間も、寂れた屋敷の一室で寝台に沈んでいるであろう母の姿を思うと、身体の奥に黒い熱が篭る。
「……貴方は」
「ん?」
 タバサはそこで言葉を止めた。友人を自由にしたくないのか、など、聞くまでもないだろうから。
「……そろそろ時間だな」
 取り出した時計を見ながらシェフィールドが言った。それを聞いてタバサは眠っているシルフィードを起こす。
「起きて」
「んきゅ……シルフィはもう少し眠っていたいとおもうな……あふぅ」
 なかなか目を覚まさないシルフィードに呆れたタバサは仕方なく、シルフィードの頭を少し持ち上げて、そのまま手を離す。
 脱力していたシルフィードの後頭部が冷たい石の床に叩きつけられ、まどろんでいたシルフィードは飛び上がった。
「んぎゅっ?!」
 飛び起きて頭を抱えてシルフィードがのた打ち回っているのが可笑しくて、眺めていたシェフィールドはころころと笑った。


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