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毒の爪の使い魔-51


漆黒の闇――眼前に広がるのはそれだけ。
どこまでも続く無限にして永遠、光を出しても残り続ける絶対の存在。
それが今己の目に映る全てだった。
「…またかよ」
ジャンガはメンドくさそうに呟く。
一度同じようなのを経験した身だ…、この先の展開は大体想像できてしまう。
――足音が聞こえた。
やっぱりな、とジャンガは自嘲気味に笑う。
ここまで同じだと呆れ返って物も言えない。
足音は確実に近づいて来る。…と、耳を澄ませていたジャンガは眉を顰める。
――聞こえる足音が一つだけなのだ。
前の時はもっと大勢の連中が来たはずなのに、今度は何故一人だけなのだろうか?
まさか、とジャンガは思う。
もし…、今度来たのがあいつ――シェリーだとしたら…。
いや、だがしかし……今更どの面を下げて会えばいいのだ?
正直に言えば、一番会いたいはずなのに、一番会いたくない。
そんな事を考えている間にも足音は近づいて来る。
ジャンガは足音の方へと振り返る。
徐々に足音が近づくに釣れ、漆黒の闇の中に人影がぼんやりと浮かび上がってくる。
足元すら見えない闇の中、ハッキリと見えてくる人影にジャンガは身構える。
――あいつではない。
その体格は女性の物ではなく、男性の物だ。
すると、突然足音が止まり、人影も動きを止める。
ぼんやりと輪郭は解るが、服装や顔などの細かい所は解らない。
一体誰だ? 悩むジャンガに声が掛けられた。

――そろそろ、茶番も終わりにしないか?――

目の前の人影の発した声…だったのだろうか?
人影の口の辺りが動いたのは解る。だが…声は前から聞こえてきたようには感じない。
何て言えばいいのだろうか…、声が直接頭の中に響いた感じだ。

――いい加減にテメェの本性曝け出せよ…――

再び人影の声が頭に響く。
ジャンガは、その人影の命令口調に目の端を吊り上げる。
「ンだ、テメェは? 俺を誰だと思ってやがる?」
両目を見開き、高らかに叫ぶ。
「ジャンガ! 『毒の爪のジャンガ』様だ! どこぞの馬の骨が偉そうに命令してンじゃネェよ!」

――『毒の爪』? 『毒の爪』だァ~?――

馬鹿にしたような――否、どう考えても馬鹿にしている口調で人影は言う。

――今のお前の何処が『毒の爪』なんだよ? 女遊びと正義ごっこに没頭して、牙が抜けきっちまった駄猫のくせによォ~――

その言葉に苛立ちが更に強まっていく。
「テメェ…八つ裂きにされてェようだな、ああッ!?」
爪を構え、ジャンガは駆け出す。
一瞬の間に人影へと飛び掛り、爪を振り下ろす。
まともにそれを受けた人影は地面に倒れる。
「ハンッ、ふざけた事言ってるからそうなんだよ。精々あの世で後悔しな」
ジャンガがそう吐き捨てた時だ。

――無駄無駄――

――頭に声が響く。と、同時に背後に気配を感じた。
振り返ると、少し離れた所に人影が立っている。
「ンだと?」
慌てて足元を見る。――変わらず人影はそこに倒れていた。
顔を上げるとそこにも人影は立っていた。…どうなっているんだ?

――今の軟弱なテメェには赤ん坊だって殺せねェよ――

人影が馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
未だ人影が誰かは解らないが、それだけは理解できた。
こんな訳の解らない所へ来てしまい、更に訳の解らない相手に馬鹿にされる…。
これだけの屈辱は此処最近味わった事が無い。
「るせェッ!」
何故人影がもう一体いるのか…、多少気にはなったが、このイライラの前には些細な問題だ。
腕が振るわれ、カッターが飛ぶ。
放たれたカッターが人影へと向かい、切り裂く。
人影が倒れ、その直後に再び別の場所に気配が現れる。
舌打ちをしつつ、人影の方に飛び掛り、爪を振り下ろす。
人影が切り裂かれ、また気配が現れる。

――まァ、テメェがあくまでも『毒の爪』を名乗るってなら…全部殺ってみな。そうしたら名乗っても良いゼ。…無理だろうけどよ――

――そんな言葉が頭に響いた。
ギリギリと歯を噛み締めながら、ジャンガは現れる気配を――人影を切り裂いていった。
切り裂いては現れ、現れては切り裂く…。
そんなもぐら叩きの様な……終わりの見えないイタチごっこを、ジャンガと人影は繰り返す。

それからどれだけの時間が経っただろうか…?

また新たな人影を切り裂き、ジャンガは荒い呼吸を繰り返す。
どれだけ切り裂いたか…、最早数など覚えていない。
辺り一面を覆い尽くす人影を見渡し、ジャンガは舌打ちする。
地面に横たわる人影は、やはり誰なのか解らない。
それに何故だか知らないが、そのどれもが別人のような気がするのだ。
――ジャンガは頭を降る。今はそんな事は問題ではない。
「オラッ! テメェ、いつまでこんなくだらない事を続ける気だ? とっとと姿を見せやがれ! 一発で終わらせてやる!」
暗闇の中、ジャンガの叫び声が木霊する。
彼方に新たな人影が現れた。

――まァ、こんなところか…――

出来の悪かった生徒が、並みの点数を取れたのを見た先生のような反応だ。
そんな上から目線の態度にジャンガのイライラが再発する。
素早く駆け寄り、首を爪で刎ねた。
宙を舞う首をジャンガは爪で受け止める。
それが誰だか確認しようと首を見つめるが、暗くて解らない。
…考えてみれば、どうにもおかしい。どうして、自分の身体はハッキリと解るのに、この人影は見えないのだろうか?
これだけ間近で見ているにも拘らず、それは墨で真っ黒に染めたかのように解らない。
そんな事に頭を悩ませていると、再び声が頭に響いた。

――落第点はくれてやる。一応は全員殺ったからよ――

「ウルセェんだよ! いいからとっとと姿見せろっつってんだろうが!!」
叫ぶジャンガ。
すると、声の主が冷笑する。

――その前に…、テメェの爪に乗った首…もう一度良~く見て見やがれってんだよ――

「あっ!? 首が何だって――」
言われるがままにジャンガは爪の上の首に視線を向け――驚愕のあまり両目を限界まで見開いた。
「…な…に?」
呆然と呟く。
爪の上に乗った首は影のベールが取り払われ、その姿を曝け出していた。
首はジャンガの知っている人物の者だった。
――それは眼鏡を掛けており、青色の髪をした、年端も行かない少女の物だった。
死んだ魚の様な、白く濁った目で呆然と虚空を――今は覗き込むジャンガを見つめている。
思わず首を落としてしまう。
ドン、という音を立て、首が落ちた。
二、三歩後退り、何かを踏みつける。
思わず足元へ視線を落とす。
そこには桃色の髪をした少女が、肩から袈裟切りにされて倒れていた。
別の場所へ視線を向けると、胸を幾度も深く切りつけられた栗色の髪の少女が倒れていた。
あっちでは金色の髪をした少年少女が、折り重なるようにして倒れていた。
こっちでは赤色の髪をした少女が、腰から真っ二つに切り裂かれていた。
――見渡す限り、何処までも続く死体の山だ。
「…何だ…こいつは?」

――何だは無いだろうが? テメェが殺ったんだよ…――

呆然と呟くジャンガの脳裏に声が響く。

――さっきっから思う存分切り裂いてたのは他でも無い…テメェだろ?――

ジャンガは呆然と爪を見た。
元々紅い毒の爪が更に色鮮やかな紅い色に染め上げられている。
その染め上げている物は今も尚、途切れる事無く爪の先から滴り落ちている。

――気分はどうだ? 嫌な事もつまらない事も全部忘れられるだろ――

ジャンガは何も答えない。
ただただ呆然と爪を見つめ、転がる死体の山を見つめる。

――正義ごっこが如何にストレス溜まる物だか解っただろう――

唐突に、ジャンガは胸を押さえて蹲る。
息が苦しい…、胸が痛い…、頭痛がする…。
まるで何か別の生き物が身体の中で外へ出ようと暴れているみたいだ。

――…今からでも遅くねェ。昔に戻れ。此処へ来たばかりの事を思い出せ――

「ハァ…、ハァ…、ハァ…」
頭が、胸が、腕が、足が、破裂しそうなほどの痛みを発する。
呼吸が荒くなり、吐き気が襲う。
すると、目の前に人影が現れた。今度は二つ…。

――面上げやがれ――

ジャンガは顔を上げ――再び驚愕する。
「あ……ああ…」
一つは正体の解らない先程の人影。
だが…、もう一つは良く解った。嫌と言うほど見知った顔だった。
「シェ……シェリー…?」
――見間違うはずが無い。
あの火事で永遠に失った……桃色髪の少女が目の前に居た。
その目は虚ろであり、自分を見てはいない。

――これで終わりだゼ――

人影が腕を振り上げる。
「な、何しやがる!!?」
ジャンガは叫ぶ。
人影はニヤリと笑った、気がした。

腕が振り下ろされ、少女の首が宙を舞った。

「う、ああ…、あああ…」
転がり落ちた首に手を伸ばす。
が、届く前に人影がそれを踏み潰した。
――思考が完全に停止した。

――全部無くしたな…。これで全ては振り出し…いや、元通り――

楽しそうな声が響き渡る。
だが、ジャンガにはもうどうでもいい事だった。
また彼女を失った…、それだけしか彼の頭には無かった。

――妙な連中に感化されなきゃ、こんな事も無かっただろうによ。可哀想だな…ジャンガ?――

哀れみよりも嘲りを含めた口調で声は言う。
直後、闇が蠢き、死体を残らず飲み込んでいく。
後にはジャンガと人影が残った。

――じゃ、あばよ。お前が昔に戻るのを楽しみにしてるゼ――

人影も消えた。
一人ぼっちとなり、ジャンガは――

「う、う、うあああぁぁぁぁぁーーーーーッッッ!!!?」

闇の中でただ一人…悲痛な叫び声を上げた。



「あああああッ!!?」
絶叫しつつ、目を覚ましたジャンガは跳ね起きた。
荒く呼吸を繰り返しながら目を瞬かせる。
ジャンガは呼吸を整えながら、額に手を当てる。
「……悪夢だゼ」
漸く呼吸が整い、大きく一息吐く。
そこで、ジャンガはとある事に気が付いた。
「ン?」
ジャンガが寝かされていたベッドの周りに大勢の子供が集まり、自分を見つめているのだ。
赤や金、青といった様々な髪の色をした子供達は全員薄汚れた服装をしており、如何にも浮浪児と言った感じだった。
だが、その目はジャンガが見てきた濁った浮浪児の物とは違い、明るい家庭で育ったかのように生き生きと輝いている。
と、一人の金髪の男の子がベッドに乗り上げ、ジッと自分の顔を覗き込んでくる。
「ンだテメェ? …何ジロジロ見てんだよ?」
凄まじく不愉快な夢を見た後だったので、ジャンガの機嫌は最悪である。
今の彼にとって、大勢の子供に物珍しそうに見られる事すら、火薬庫に放る火種の様な物だ。
不快感を通り越し、殺気すら発したジャンガに子供達は本能的にビビった。
「こ、怖いよ~~!」
男の子が恐怖に顔を歪ませ、ベッドを飛び降りるや一目散に部屋から飛び出す。
その後に続くように、他の子供達も部屋を次々に出て行った。

一人残らず部屋を出て行ったのを確認し、ジャンガは不愉快そうに鼻を鳴らした。
そして、辺りを見回す。
簡素な造りの部屋だった。
ベッドの近くに窓が一つ在り、反対側には今しがたガキ連中が出て行った扉。
部屋の中央には丸いテーブルが一つ置かれ、木の椅子が二脚。
その椅子に自分のコートは掛けられ、テーブルの上には帽子と例の花の入った瓶が置かれている。
あと部屋に在るのは、自分が寝かされているベッドぐらいだ。
「…似てるな」
”場所が”ではない。”状況”が似ているのだ。
自分が此方に初めて呼ばれた時も同じように寝かされていた。
無論、あの桃色髪の姿は見えない。――あたりまえではあるが。
ため息を吐く。
それにしても解せない…。何故、こんな所に自分はいるのだろうか?
あの時、自分は怪物から逃げる事にしくじり、殺されかけたはずだ。
それに気を失う直前に見た物は、自分に迫る巨大な火球。
あれはまず間違いなく、直撃したはずだ。だと言うのに、この程度ですんでいるのはどういう事だろうか?
一体誰が自分を助けた? それに、ボロ剣は? 姫嬢ちゃんは?

そんな、尽きない疑問にジャンガが頭を悩ませていると、扉が開かれた。
「あ、良かった…目を覚ましたんですね? 二週間近くも寝ていたから、心配だったんです」
開かれた扉の隙間から少女の物であろう、可愛らしい声が聞こえてきた。
扉の方へとジャンガは顔を向ける。
扉を開けて入って来たのは、美しい金髪を棚引かせた少女だった。
粗末で丈の短いワンピースに白いサンダルと素朴な格好をしている。
「あの…、子供達が何か変な事をしませんでした? 今、この部屋から出て行ったみたいだったけど…」
少女がそんな事を尋ねてくる。
だが、ジャンガはそんな質問よりも気になる事があった。
少女の顔の両サイド…髪の隙間から覗く”とある物”を見たからだ。
「尖ってるな」
「え?」
「その耳…、テメェあの長耳――エルフって奴の仲間か?」
嘗て、アーハンブラ城で戦ったエルフの顔が頭を過ぎる。
少女は慌てた様子で両手で耳を隠す。
「だ、大丈夫。危害なんて加えないから」
「キキキ。…”何もしない”って言う奴ほど、腹ん中では色々と考えているものだゼ?」
ドスの利いた口調でジャンガは脅す。
少女は首を振る。
「な、何も考えていないわ。わたし…争いは嫌いだから」
ジャンガは嘲るような笑いを浮かべる。
「俺が殺り合った奴もそう言ってたがよ…、容赦無かったゼ?」
少女は悲しげに顔を伏せる。
そんな少女を見ながらジャンガは、フン、と鼻を鳴らす。
――どうやら、このエルフ娘は何も知らないようだ。
どうやって助けたか疑問だが、何かする位なら眠ってる間に拘束ぐらいしてるはず。
それがこうして自由の身のままなのは、相手にその気が無いのに他ならない。
…まぁ、それでも何か企んでるなら、切り裂いてやるだけだ。
相方や自分自身と照らし合わせ、ジャンガはそう結論付け、とりあえず泳がせておく事にした。
そして、ベッドから下りた。
時折痛みが走ったが、あの時に比べれば耐えられないほどではない。
少女が驚いた様子でジャンガに近づく。
「あ、まだ無理をしたらだめです」
ジャンガは少女に視線を落とす。
「オイ、俺と一緒に栗色の髪した小娘はどうした? それと俺の背負ってた、やたら煩いボロ剣もよ?」
とりあえず、この場に居ないアンリエッタとデルフリンガーの事を尋ねた。
少女は、ああ、と気が付いたように声を上げる。
「あなたと一緒に倒れていた女の子とあの喋る剣? 女の子の方はまだ向こうの部屋で寝てるわ。
酷い怪我で命に関わる物だったから、まだ起きないと思うけど…」
「剣は?」
「それはまた向こうの別の部屋に置いてあるわ」
それだけ聞くと、ジャンガはコートを羽織り、帽子を被る。
そして痛む身体を引きずりながら、部屋を出て行こうとする。
それを少女は慌てて止める。
「あ、まだ無理はだめです」
「ウルセェな…、別にどうって事ねェ」
振り向かずにそう答え、ジャンガは部屋から出て行く。
少女もその後を追いかけた。



「とりあえず生きてる…か」
先程とは別の部屋――寝かされているアンリエッタを見下ろしながらジャンガは呟く。
「あのハーフエルフの娘っ子に感謝しなけりゃな」
そう言ったのは壁に立てかけてあるデルフリンガーの物だ。
ジャンガはため息を一つ吐く。
「”あの野郎”もまたお節介をしやがるゼ…」
「そう言うなって…、命が有るだけいいじゃねぇか?」
事の次第はデルフリンガーと少女――ティファニアと言うらしい――から全て聞いた。
あの怪物の火球が飲み込む寸前、自分達は――ジャンガが言った”あの野郎”である――ジョーカーに助けられた。
ジョーカーはそのまま、このウエストウッド村の近くの森の中へと自分達を連れてくると、自分にのみ治癒魔法を掛けてその場を去った。
そうして倒れていた自分達は、村の子供達に発見され、ティファニアの手でこの村へと連れてこられ、手当てを受けたのだそうだ。
「まァ、余計な事をしないのはあいつらしいが…」
ジャンガは再度ため息を吐く。
「チッ…、余計な借りを作っちまったゼ」
その借りが出来た相手――ティファニアは食事を作っている最中だ。
本人とデルフリンガーの弁によれば純粋なエルフではなく、エルフの母と人間の父との間に生まれたハーフエルフらしい。
既に両親はこの世に無く、世の中の人がエルフを恐れ嫌っている事を知っていた彼女は、
人目を避けてこのような村で暮らしているのだそうだ。
徐にジャンガは窓の外へと目を移す。
何処までも穏やかな風景が窓の外に広がっている。
青々と生い茂る木々に囲まれた空き地。森を切り開いて作ったそこに十軒ほどの小さな家が建っている。
あまり活気は感じられないが、平穏と言う言葉が良く合う。
孤児院だというこの村には大人が一人も居ない。
親を早くに失った子供をティファニアが引き取り、一人で面倒を見ているらしいのだが…。

「う…、うう…」
声が聞こえた。
ジャンガはアンリエッタへと視線を戻す。
閉じられていた瞼が微かに動き、開かれた。
二、三度ゆっくり瞬きをし、アンリエッタは静かに呟く。
「わたくしは…一体…」
「よォ? 遅いお目覚めだな、お姫さま~」
目覚めた時間は自分もさして変わり無い事は無視し、ジャンガはニヤニヤ笑いながらアンリエッタの顔を覗き込む。
「…ジャンガさん?」
ジャンガを認め、アンリエッタは急速に意識を覚醒させていく。
「…わたくしはどうなったのです? ここは一体何処ですか?」
頭に浮かぶ疑問を口にしながら、アンリエッタは身体を起こそうとする。
直後、身体に走った激痛に悶絶し、ベッドに倒れた。
ジャンガはそんな彼女を見つめながらため息を吐く。
「ったく…、お前の身体に何が起こったか忘れたのかよ? 胸を串刺しにされた上にあんな爆発受けたんだ。
本来だったら死んでた怪我だゼ? 生きてるだけ儲け物なんだ、そうそう動けるようにはならネェだろうが」
言いながら毛布を掛け直してやるジャンガ。
その言葉にアンリエッタは徐々に意識を失う直前の事を思い出した。

――シルフィードの上からガーレンの乗るゴーレムらしき物が破壊されたのを見て、ジャンガ達が勝った事に喜ぶ自分。

――その直後、ガーレンの声が背後から聞こえると、振り向く間も無く胸が貫かれた。

――シルフィードの上に倒れこむや、巨大な爆発がシルフィードごと自分を飲み込んだ。

「――そして…わたくしは意識を失ったんでしたわね…」
全てを思い出し、アンリエッタは日の光が差し込む窓を見る。
どのような場所かは窺い知れないが、澄み切った青空が広がっており、青々とした葉の木々が並んでいるのが見えた。
何処かの森の中の小屋の様な物だろう、とアンリエッタは思った。
ジャンガは傍にあった椅子を引き寄せ、ドカッと腰を下ろす。背凭れを前にし、その上に寄り掛る。
「ま、何にせよ…生きてんならそれでいい。…流石に”あれ”でくたばられたら、目覚めも悪いってんだよ」
「何か?」
「……テメェにゃ関係無ェよ」
言いながらジャンガはそっぽを向く。
「相棒は恥ずかしがってるだけですよ、女王様」
デルフリンガーが鞘から飛び出し、付け加える。
ジャンガは殺気を込めた目で睨み付けた。
反射的にデルフリンガーは鞘の中に引っ込んだ。
そして、そのまま暫くの間ふるふると震えていた。
ジャンガは思いっきり不機嫌そうに鼻を鳴らした。

火の中で女が死ぬ――ジャンガにとっては最大級のトラウマ。
あの猛火の中で死んでくれなくて良かった…、それは彼の素直な本音だった。

アンリエッタはそんなジャンガを見つめながら、薄く微笑む。
そして、毛布の中の自分の身体を改める。
ドレスを脱がされ、その全身に包帯が巻かれている。
包帯が服代わりになっている、と言っても過言では無い巻きっぷりだ。
――そう、今の彼女は一糸纏わない状態に近かった。
包帯を巻くのに邪魔なのだから、服は脱がされるのは当たり前。
だが、ブラジャーが存在しないこの世界では、服を脱げば上を覆う物が何一つ無く、
当然、今の彼女は下に穿いている下着以外は何一つ身に着けてはいない。
胸の傷もあり包帯は巻かれているが、その豊かな胸も殆ど晒されている状態だ。
女性に対して免疫が無い奴が見れば、確実に鼻血を高く吹き上げるだろう。
…無論、毛布を掛けなおす際にジャンガはそんな彼女を見たものの、眉一つ動かさなかったのは言うまでも無い。

その時、暖かなスープなどを載せた膳を持ち、ティファニアが部屋に入って来た。
ティファニアはアンリエッタが目を覚ましている事に気が付くと笑みを浮かべた。
「あ、あなたも目を覚ましたんですね。良かった」
膳をテーブルの上に置き、ティファニアはアンリエッタに近寄る。
「あの…包帯はきつくないですか?」
巻かれている包帯を手で触りながら、そんな事を尋ねる。
しかし、アンリエッタはティファニアを――正確には彼女の両耳を見つめながら驚いた表情を浮かべていた。
「あなたは…エルフなのですか?」

その言葉にティファニアは慌てて両耳を隠した。
幾ら怪我の手当てをしたとは言え、ハルケギニアの人間がエルフを恐れている事に変わりは無い。
そんな事も忘れて耳を隠す事を怠った自分の迂闊さをティファニアは反省した。

「ご、ごめんなさい、怖がらせて…。でも、安心して…、危害を加えたりしないから」
ティファニアは必死の表情で弁解する。
とにかく、無駄な争いを好まない彼女は相手の警戒心を解こうとしたのだ。
しかし、当のアンリエッタは最初こそ困惑していたものの、直ぐに冷静さを取り戻した。
優しく微笑みながら口を開く。
「怖がらなくても良いですわ。…わたくしやジャンガさんを助けてくれたのは、あなたですね?」
アンリエッタの言葉にティファニアは目を見開く。
「わたしが…エルフが怖くないのですか?」
アンリエッタは少し考え、首を振った。
「…確かに、エルフはハルケギニアの人間にとって恐ろしい存在です。エルフの事を恐れ、憎悪する人も少なくありません。
ですが、少なくとも今わたくしの目の前にいるあなたは、そんな恐ろしい存在だとは思いません。
それはあなたの目を見れば解ります」
そう言ってアンリエッタは再度微笑んで見せた。
その笑顔にティファニアもまた警戒心が失せ、自然と優しい笑みが浮かぶ。

と、その時大きな欠伸がティファニアの後ろから聞こえてきた。
「どうでもいいがよ…」
欠伸の主であるジャンガが頬杖を突きながら、つまらなそうな顔をしていた。
爪でテーブルの上の膳を指差す。
「飯、冷えるぞ?」



――直後、三人の腹の虫が仲良く合唱した。



――同時刻:アルビオン・ハヴィランド宮殿――

アルビオンの首都ロンディニウム。そこに在るハヴィランド宮殿の大ホールには、
今ロマリア、トリステイン、ゲルマニア、そしてガリアと言った各国の指導者達が集まってきていた。
先だってのアルビオン戦役によって落とされたアルビオン…、その領土の分配などを決める”諸国会議”が行われるのだ。
そのトリステインの席に座ったのは、アンリエッタの母であるマリアンヌ大后だった。
アルビオン…否、レコン・キスタの手先にアンリエッタが連れ去られてからは、
マザリーニの助けを借りながら彼女が代理としてアンリエッタの立場を務めていた。
本来ならば自分は引いた身の上ではあるのだが、そうも言っていられないのが現状である。
マザリーニやアニエスの説得もあり、彼女は何とか政治の杖を振っていた。
その彼女の隣の席にはゲルマニアの皇帝が座り、形だけの挨拶とアンリエッタ誘拐に対するお悔やみの言葉を言っている。
向かい側にはロマリアの大使が座り、その隣にはアルビオンの全権大使の任を担う事になったホーキンス将軍が座った。
これでアルビオンを含めた五国の内の四国の代表が揃った。残るは一国…ガリアのみ。
「奴は遅いですな」
ゲルマニア皇帝…アルブレヒト三世がポツリと呟く。
「ガリア王の事でしょうか?」
マリアンヌの言葉にアルブレヒト三世はつまらなそうな顔で頷く。
「ええ。ガリアの無能王。弟を殺して王座に付いた恥知らずな男。まぁ、ガリアも気の毒と言えますな。
ハルケギニア一の大国でありながら、その格に釣り合わない男を王として抱く事になったのですから」

その時、どかどかどか、と大きな足音が響き、バンッ、とドアが開かれた。
噂をすれば影、とはよく言った物である。
入って来たのは今噂に上がった男だったのだ。
呼び出しの衛士が突然の事に慌てた口調でその名を叫んだ。
「ガリア国王陛下!」
ガリア現国王、ジョゼフ一世その人だった。
今年四十五になるはずだが、そんな年を感じさせない見事なまでに若々しい容姿である。
引き締まった筋肉の付いた身体は力強さを感じ、皺の一つも無い顔はキリッと引き締まっている。
そんな彼にはガリア王家縁の者特有の青い髪と青い髭がそよいでいた。
ジョゼフは先に広間に到着していた面々を見つめ、笑みを浮かべるや大仰な仕草で手を広げ、声を張り上げた。
「これはこれは! 既にお揃いか! いやいや失礼をした! 急な用事もあり、些か遅れた! まずは詫びいるとしよう!」
そう言って、ジョゼフはアルブレヒト三世に近寄り、肩を叩く。
「親愛なる皇帝閣下! 戴冠式には出席できずに失礼した! ご親族とも健康かね!? 君が冠を抱くために城を与えた親族だよ!
いやはや君は何とも優しい人だ! 彼らは鎖の付いた頑丈な扉で守られており、健康を害さない為に食事は微量!
ああ、解る解る! そうとも贅沢は最大の不健康だ! 君の優しさをこの無能王も見習いたいものだ!」
アルブレヒト三世はジョゼフの矢継ぎ早に語られる言葉に声も出なかった。
ジョゼフは一通り言葉を吐き出すと、もう興味は失せたとばかりに彼から顔を背ける。
そして、今度はマリアンヌ大后の手を取った。
「おお! マリアンヌ大后! お久しぶりですな! 少しばかりお年を召された様子ですな!
だがその美貌は相変わらずだ! それも当然! 国政に対する悩みが一切無いのでしょうからな!」
マリアンヌの表情が僅かに強張る。
「自分の娘に王位を譲る事で国は安泰となる! 素晴らしい考えだ! 貴方の娘、アンリエッタ姫の人気は高い!
先代の国王亡き今、ご自身よりも彼女が女王となるのが実にふさわしいのは明白! あなたのお考えには脱帽しますよ!
それにしても悩みが無いというのは良い物だ! わたしは無能ゆえに悩みが耐えぬ故、実に羨ましい限りだ!」
ジョゼフの痛烈な皮肉にマリアンヌは重苦しい表情で俯いた。

――自分が身を引き、アンリエッタに王座を任せていなければ…。

――自分に王座を次ぐだけの強い心があれば…。

(こんな事にはならなかったのに…)
終戦間際、アンリエッタがハヴィランド宮殿から逃亡し、その行方が解らなくなった事を聞いた事を思い返す。
娘は一体どれほどの辛い思いをしたのだろうか? そして慣れぬ政治の杖を振るのはどれほどの苦労だったのだろうか?
今回の一件が自分にも責任が在る事はマリアンヌは痛いほど理解していた。
今は如何しているのか解らない娘を案じ、マリアンヌは深いため息を吐いた。

ジョゼフは頭を垂れるマリアンヌにも興味が失せたのか、踵を返すや自分の席に付く。
その間、ロマリアの大使とホーキンス将軍には一瞥もしなかった。
そして指を鳴らす。直後、召使や給仕やらが多くの料理を持って会議室へと入って来た。
その突然の事にマリアンヌやアルブレヒト三世も呆気に取られる。
「ガリアから取り寄せた料理とワインだ! みすぼらしい物で恐縮だ! 各々方の国のご馳走とは比べるべくも無いが、
精々楽しんでくれたまえ!」
言いながらジョゼフは杯を掲げる。それに給仕がワインを注ぐ。
他の面々の前にも杯が置かれ、ワインが注がれていった。
全員にワインが行き渡るや、ジョゼフは立ち上がる。
「では、ハルケギニアの指導者諸君! ささやかだが祝いの宴を開こうではないか!
戦争は終わったのだ! 我がガリアの艦隊と魔法生物によって!」
ハッとなり、マリアンヌは顔を上げた。
「では、平和と我等の健康に乾ぱ――」
「ジョゼフ王!」
ジョゼフの言葉を遮り、マリアンヌの声が会議室に響き渡った。
「何かな、マリアンヌ大后?」
言葉を遮られた事に一切の不快感を感じてもいない表情で、ジョゼフはマリアンヌを振り返る。
マリアンヌは言葉を続ける。
「あなたは今”我がガリアの艦隊と魔法生物”と仰いましたね?」
「そうだが、それが何か?」
「生き残った者の話ではおぞましい姿をした怪物がアルビオンの兵を襲い、アルビオンの地を炎に染めたと言います。
その怪物とは…あなたが今仰られた魔法生物の事ではありませんか?」
「うむ、おそらく、いや間違い無くその通りだ」
あっさりとジョゼフは認めた。
マリアンヌは同時に僅かながら憤りの様な感情を覚えた。
ハヴィランド宮殿を逃げ出したアンリエッタがどこへ逃げたかは知らないが、もしかすればその魔法生物に遭遇したかもしれない。
ともすれば、アンリエッタが無事に済んだか…。

マリアンヌのみならずアルブレヒト三世やその他の出席者も一様に表情を強張らせている。
今現在のアルビオンは悲惨な姿となっている。
所々の森は焼かれ、町は潰され、生き物は殺された。
それらの被害は終戦間際に突如として現れた一匹の怪物によって齎されたのだ。
そう、四つの目を持つ紫色の怪物によって…。
ガリア艦隊が現れると同時に怪物は姿を消したが、そうならなければアルビオン自体、どうなっていたか正直解らない。
アルビオンを滅亡寸前にまで追い詰めた怪物…、それがガリアの魔法生物とは…実に恐ろしい話だ。

「あのようなものを解き放つなど…正気の沙汰では在りません」
「正気では戦争は起こせない…、と言った言葉も在るが…まあ、それはいいとしましょう。
忌々しいレコン・キスタの連中は一掃出来たのです。何も問題は在りませんよ」
「わたしの娘はその怪物のお陰で行方不明になった…、と言ったらどうでしょう?」
ジョゼフは困ったような、困っていないような、複雑な表情を浮かべる。
「なんと…、アンリエッタ女王が? それは大変だ! 実に大変だ! 一国の女王に我が国の魔法生物が手を出したとは大変な事だ!」
声を張り上げるジョゼフ。
マリアンヌはその大仰な仕草に呆れ返ってしまった。
「ジョゼフ王、この件に関して…あなたはどのように責任を取るおつもりでしょう?」
「さて…、どうしようにもわたしにはどうもできぬよ」
「…仮にも王でありながら、この失態を償わぬ気ですか?」
「わたしは”無能王”と蔑まれている。故に重要な話などは他の臣下共が決めていてな…、わたしには何も知らされないのだよ。
今回の魔法生物の件に関してもわたしは何も知らぬ…。恐らくは臣下の者達が決めたのだろう」
ジョゼフは申し訳なさそうに首を振った。
そんな彼を、マリアンヌは凛とした表情で真っ直ぐに見据えている。
すると、ジョゼフは振っていた首を止め、マリアンヌを見つめる。
「時に、マリアンヌ大后にわたしからもお尋ねしたい事が在る」
「何でしょうか?」
「いや…これは臣下の者達が噂をし合っているぐらいでな、わたしも偶然耳にしたに過ぎないのだが…」
もったいぶった調子でジョゼフは言った。

「我がガリア王家の人間をそちらで匿っていると言う話なのだが…事実でしょうか?」

マリアンヌは心臓を鷲掴みにされたかのような気分になった。
ジョゼフの言った事は紛れも無い事実だ。
今、トリステイン王宮の一室にはガリアの王族の女性が一人匿われている。
娘のアンリエッタが取引の条件だと言って匿い、今も匿い続けている女性。
マリアンヌは正直に言おうか言うまいか悩んだ。
逡巡し、口を開く。
「…心当たりがありませぬ」
ジョゼフは暫しマリアンヌを見つめていたが、ニッコリと笑みを浮かべる。
「うむ、そうだろう、そうだろうとも! そのような事が事実であれば、我が国は黙ってはいないでしょう!
戦争にもなるだろう! その結果どうなるかは、大国ガリアと小国トリステインを比べれば火を見るより明らかだ!
だが、そんな事は無論したくない! ああ、したくないとも! 折角戦争は終わったのに、また戦争を起こすなど愚の骨頂!」
満面の笑みを浮かべながらジョゼフは言葉を続ける。
「だからこれでいい、これでいいのだ! 互いの間に溝が在ってはいかんでしょう!
故にこの話は互いの胸の内に秘めておくとしようではないですか! ああ、その方がいい!
そうそう、他の方々も今の話は忘れていただきたい! 何しろ下らぬ噂話ですからな!
なんにせよ今日は宴を開こう! 戦争が終わった、その素晴らしい事実に対して笑い合おう!」
ジョゼフは高く杯を掲げた。

「では、改めて…平和と我等の健康に乾杯!」



三時間ほど続いた宴は、始めた本人であるガリア王ジョゼフの突然の退室によって終わった。
好き放題に飲んで食べたジョゼフは唐突に「眠い」と呟き、退室して行ったのだ。
何一つ有益な会談は行われなかったが、マリアンヌ達も退室する事となった。
退室する間際、マリアンヌの下にホーキンス将軍がやってきた。
彼は彼女の娘であるアンリエッタの事に対する謝罪をした。
例え直接手を下していなくとも、自分の側の人間が彼女に無礼を働いた以上はそうするべきだと彼は考えたのだ。
マリアンヌはホーキンスの言葉に力無い笑みで答えると、マザリーニを伴って会議室を後にした。

与えられた部屋に向かいながら、マリアンヌはため息を吐いた。
「大后閣下、お気持ちは解りますが…どうか気を落とさずに」
「ええ、解っております」
そう言いながらも、マリアンヌはまたため息を吐いた。
「申し訳ないですね。…ですが、娘の事を思うとどうにも気が沈んでしまって…」
マザリーニは静かに口を開く。
「今現在、銃士隊隊長のアニエスが陛下の行方を捜索しております。
彼女は陛下に強い忠誠心を持っておられます。必ずや…その消息を掴んでくれるでしょう」
「……そうですわね」
そう言ったマリアンヌの顔は、しかし暗く沈んだままだった。



二週間に及ぶ諸国会議は、呆気ないほど何事も無く終了した。
その結果、トリステインとゲルマニアはアルビオンの広大な領土をその版図に加え、
残りの土地は王権復活の時までトリステイン、ゲルマニア、ガリアの三国で共同統治される事になった。
そして、最後に会議に参加した四カ国が同盟を結び、今後四カ国の何れかでレコン・キスタのような反乱が起こった場合、
他の三つの国の軍事介入がえられる”王権同盟”が発表され、その同盟の締結を持ってして諸国会議は閉会となった。

会議終了の夜、ハヴィランド宮殿の一室では…。
部屋の主であるジョゼフが客人と話し込んでいた。その客人はロマリアの神官ジュリオだった。
仕事が終わり、ロマリアへと帰国する前にガリア王に話があるので訪れたのだ。
お供であるはずのガンツは”話に興味が無い”と言って部屋の外で待っている。
部屋を訪れたジュリオの話はガリアへの協力要請だった。
伝説の虚無の担い手……四人居るその担い手を発見したら自分達に報告をして欲しいと。
野心の欠片も無い自分達はただ聖地を”回復する”だけだと。
ジョゼフは最初半分ふざけているかのような態度だったが、話が進むうちにその内容に惹かれたらしく真面目な会話になっていった。
話を聞き終えたジョゼフは協力を承諾するような事は言わなかった。
しかし、虚無の担い手が王家のルビーを嵌めて、始祖のオルゴールを開けば音がすると聞かされ、
それは”機会があれば試す”と答えた。
ジュリオは話の内容にそれなりに満足したのか、薄く笑った。
では、と言いながら立ち去ろうとするジュリオをジョゼフは引き止めた。
始祖に対する信仰…、聖地奪還の願い…、その思想が滅んだレコン・キスタとどれ程の違いが有ったのか? とジョゼフは尋ねた。
それに対し、ジュリオは微笑みながらこう答えた。
――レコンキスタは烏合の衆、王になりたがった子供の集まり。『聖地回復』は自分達の結束の為だけに使った言葉であり、
誰も本気で聖地を取り返したいなどと思っていなかった。
だが、自分達は違う。純粋に聖地を奪還し、”回復する”…それだけだ。
虚無を集めるのも聖地を奪い、何者をも近づけぬようにしているエルフの強力な”先住魔法”に対抗する為だ、と。
ジョゼフは薄い笑みを浮かべながら「狂っている」と呟いた。
それに対し、ジュリオもまた微笑みながら「信仰とはそういう物です」と返す。
そして、今度こそ部屋を退室して行った。

ジュリオが去り、ジョゼフは頬杖を突きながら呟いた。
「『信仰とはそういう物』…か。なるほど、確かにその通りかも知れぬな!」
「うむ、同意だ」
そう言って暗がりから姿を見せたのはガーレンだった。
ガーレンはジュリオが出て行った扉を見つめる。
「ククク、我輩の出会う月目の男はどうやら似たような者ばかりのようだな。…あの男も大した猫の被りようだ」
「ああ、まったくだ。…それよりも、お前の話は全て正しい事ばかりなのがこれで証明された。もっとも余は疑う事など知らぬがな」
「だから”無能”だと? 貴様は実にずる賢い狐だ。誰もが貴様の小細工に騙されている。
”無能”を隠れ蓑に水面下で事を成し、いざ準備が整えば一気に獲物の首を取る…大した策士だ! 我輩も素直に賞賛しよう」
ガーレンは高笑いをした。
そのまま一頻り笑い、徐に笑いを引っ込めると真面目な表情でジョゼフに語りかける。
「そう言えば、近々このアルビオンに例の虚無の担い手が貴様の姪等と共にアルビオン<ここ>へ来るぞ?」
ジョゼフは笑った。
「それはまた何と言う僥倖だ! このアルビオンに担い手が!」
「それだけではない。ここにはもう一人担い手が居る。風のルビーもその担い手の傍にある」
ジョゼフの高笑いが一層増した。
「それは良い! このアルビオンで担い手を二人、ルビーを二つ、秘宝を一つ手に入れる事が出来るとはな!」
そして、自らの使い魔に命令を与えるべく人形を手に取る。
それをガーレンが制した。
「まぁ待て…、今回は奴に任せる事にしている」
「奴…、あの少女か?」
ジョゼフは自分をアルビオンへと送った人物を思い出す。
頷くガーレン。
「奴も今回は可也自重していたのだ。そろそろご褒美を出しておかねばな…。後々駄々を捏ねられても困る」
ふむ、とジョゼフは顎に手を添えながら考え込み、人形をテーブルの上に置いた。
「いいだろう、そいつに任せよう」
ガーレンはニヤリと笑みを浮かべる。
「久方ぶりに自由が得られたのだ…、奴も今頃ははしゃいでる事だろう。…羽目を外し過ぎなければいいがな」
「なるほど…確かに、あのような”純粋な者”が一番恐ろしいものだ。遊びと殺戮の区別が付かない相手は実に恐ろしいものだ」
「その純粋さゆえに奴は手駒にふさわしいのだ…、下手に感情が豊かよりはよっぽど制しやすい」
「同感だな! 余も小さい頃は虫を潰す事に愉悦を感じた時期があったからな!」
そう言って二人は高らかに笑い合った。



――同時刻:ウェストウッドの森――

一人の少年が森の中でキノコを採っていた。
明るい森の中でのキノコ採りは彼にはとても楽しい遊びの一つだった。
「ねぇ、ねぇ、そこの君?」
そんな少年に声が掛けられた。
慌てて少年は顔を上げ、辺りを見回す。そして見つけた。
木漏れ日が差す森の中、大きなマントを羽織い、フードを深く被った自分と比べてもそう変わらないような人影が立っているのを。
「誰?」
少年が不思議そうに尋ねる。
フードの中でその人物は笑う。
「ふふふ、一人かな?」
その声はとても澄んだ幼い少女の物だった。
少年は少女の質問に頷いて見せた。
フードの中で少女は再度笑った。
「キノコ採りが好きなら、こっちにおいでよ? もっと沢山キノコがあるよ」
言いながら手招きをする。
しかし、少年は応じようとしない。
「どうしたの?」
不思議そうに首を傾げる少女の言葉に少年はおどおどした感じで口を開く。
「知らない人には付いて言っちゃ駄目だって…、テファお姉ちゃんが言っていた」
少女はクスクスと笑う。
「平気だよ。こんなに明るいんだし、直ぐそこだから」
「でも…」
まだ納得がいかない少年の手を少女は掴んだ。
日焼けを一切していない、雪のように白い肌をした腕だった。
「大丈夫だから、こっちおいでよ。わたしを信じて。ね♪」
そんな風に言ってニッコリと笑う。
その笑顔に遂に警戒心が無くなったのか、少年は頷いた。
少女は少年の手を引き、森の奥へと連れて行く。

二人の姿が森の奥に消える瞬間、少女は少年に振り向き、こう言った。



「エルザと一緒に遊ぼうよ♪」


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