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マジシャン ザ ルイズ 3章 (59)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (59)炎蛇の教示者

 ウルザが常に肌身離さず携帯し続けた大剣。それには意味があった。
 何もウルザは伊達や酔狂でそれを放さなかったのではない。軽々しく放せなかったというのが正しいのだ。

 ハルケギニアに来てからこれまでの短い期間では、プレインズウォーカーといえども、ルーンのエンチャントを完全に解明しきることは適わなかった。
 だがその効果の中に、対象者に対する精神汚染に類する効果が存在する『可能性』があることは、早い段階で判明していた。
 仮にそのような効果があったとしても、パワーストーンを眼窩に納めたそのときからグレイシャンの呻きに四千年晒されてきた彼である。影響を受け付けない可能性も十分にある。

 だが、どのような小さなリスクでも、それが使命を阻害する可能性があるのなら慎重を期すべきだと、ウルザはそう考えた。
 その結果、彼はルーンと自分自身とを切り離すことを思いついたのだ。
 しかし、使い魔の感応でもって、繋がっているルイズの状態を常に把握しておくことは、ウルザの行動計画において非常に重要度の高い事項であるのもまた事実。
 その意味において『ガンダールヴ』のルーンは、手放しがたい実益ある代物であるのも確かであった。
 そこでウルザは『ガンダールヴ』を活用しつつも、精神汚染の可能性を完全に排除する方法はないかと考えたのである。
 そしてその末に思いついたのが、ルーンの転写であった。

 常に帯剣するアーティファクトにルーンを移植しておいて、必要に応じて活用することにしたのだ。

 だがここに至り、その力がギーシュに力を与えることとなった。
 ウルザにとって共感能力の活用と、精神汚染の可能性の排除という思惑しかなかったルーンの移植が、一人の少年によって盗み出されたいまとなって、『ガンダールヴ』本来の力によって、彼を助けているというのは、なんとも皮肉な結果であった。



 昔からギーシュは、体を動かすこと自体は嫌いではなかった。走ることも、跳ぶことも、無論自分を鍛えることも別段苦手ではなかった。
 だが、かつてこれほどまでに肉体が思い通りになったことがあっただろうか。いや、ない。
 素早く体を動かしながら、そんなことを思った。
 手にした長大な剣が、羽毛のように軽い。ペーパーナイフのような気安さでそれを二度振るい、×の字を描く。
 すると一呼吸遅れて、正面から襲いかかろうとした三体のゴブリンが崩れ落ちる。これまでどれだけ倒したか、良く覚えていない。
 ギーシュはゴブリンが崩れ落ちる様を見届けず、すぐさまそこから横っ飛びにワンステップ。
 彼がいた場所を石槍が素通りするのと、跳んだ先で更にゴブリン二体を撫で斬りにしたのがほぼ同時。
 しかし、それでも終わりは見えない。
 打ち倒すべき敵は山といるのだ。
 まだまだ縦横無尽に駆け回らねばならない。この戦場で生き残るためには。

 だからギーシュは駆ける。
 その手に、『剣』を携えて。


 両軍共にまだ何とか連携を保って戦っている空戦とは違い、このとき既に地上戦は、敵味方入り乱れた混迷の坩堝へと突入していた。
 悲鳴、怒号、金属同士がぶつかり合う音。それらの喧噪が戦場を支配している。
 様々な魔獣や亜人、不死人、そして鎧を着た人間たちがそこかしこで命を叩き付け合っている。
 隊列もなく、戦術もなく。ただ必死に、敵も味方も、傷つき、傷つけ、倒れ、倒し、泥沼の闘争を続けている。
 圧倒的な物量を投入して敵を殲滅・圧倒せんとするアルビオン軍に、それを突き崩して虎の子である対空砲を無力化させようとする連合軍。
 互いに退けない、決死の戦い。血で血を洗う争い。
 そこではとうに、騎士の理想や戦いの矜恃といったものは失われてしまっている。地に墜ち尽くしている。
 まさに混沌。

 だがそのような泥沼の戦いの中、人々は燦然と輝くものを目にすることになる。
 ある平民の歩兵は目撃した。多数の敵を相手に、単身果敢に立ち回る勇者の姿を。
 ある貴族の騎兵は目撃した。閃光の如き一撃をもって、巨躯を下した豪傑の姿を。
 彼らは周囲の目を引きつけてやまない英雄の姿を、しっかと目に焼き付けた。

 その戦いぶりを見た連合軍は嫌がおうにも鼓舞されることとなった。
 そうして戦術と連携が再び機能し始める。
 小さな変化。だがこの戦場においては、初めての好転であった。

 無論、そのようなことを当のギーシュには知るよしもないのだが。



「す、凄いぞ僕。やればできるじゃあないか!」
 最初に比べてかなり数を減じた敵を前に、ギーシュはやや興奮してそう言った。
 服こそ所々血に汚れているが、それら一切すべては返り血によるもの。
 ギーシュ自体はまだ怪我一つ負っていない。それどころか、あれだけ動きを見せたあとだというのに、息の乱れ一つない健在ぶりである。
「くそっ、剣を使うのがこんなに簡単だと知っていたら、もっとモンモランシーにいいところを見せつけたのにっ!」
 叫んで一閃。バタバタとゴブリンが地に伏せた。

 あるときは苛烈に、あるときは優雅に、手にした武器を振るう。緩急を付けながら、翻弄して敵を仕留める。
 その強さたるや、まるで戦場に降臨した闘神。
 だが、そんな動きを魅せる彼をして、つい先ほど初めて剣を振るった正真正銘の素人だなどと、誰が信じるであろうか。
 けれども、それがまごうことなき真実なのである。

 いま、彼の体は軽快という言葉一つで表せないほどの、俊敏さを発揮していた。
 一歩踏み出せば軽く三歩分は踏み出している。跳躍すれば二メイルは楽勝。走って駆ければ鳥より速い。
 また、肉体だけではなく、感覚もかつてないほどに研ぎ澄まされていた。
 周囲数メイルの内にいるものが、いまどのような動きをしているのか、それが音と気配で手に取るようにわかるのだ。
 だが、そんなことすら色あせてしまうような驚きは、己の有している技能によってもたらされた。
 ブレイドの使い方もろくに知らない素人同然の自分が、剣を持った途端に、歴戦の勇士のような技術を発揮したのだ。
 これには驚いた、流石に驚いた。
 先ほどから驚きの連続だが、だがそれでも驚かずにはいられなかった。
 驚天動地とはこのことである。

 けれどこのときばかりは、ここまでお膳立てされた状態がありがたかった。
(やってやる!)
 彼は決意のまま、自分の意志で一歩を踏み出した。

 それから四半刻、ギーシュは戦った、戦い続けた。
 戦場というキャンバスにアートを描くように、思い描いた戦いを繰り広げた。
 それらすべては、愛する彼女のもとに帰るために。

「これはあれかな。僕の中でこれまで眠っていた隠れた才能が、なんやかんやの危機によって、突如として呼び覚まされたとか、そういうことかな!?」
 余裕が出てきたギーシュは、左手を顎に添えて、現状をそのように分析していた。
 口を動かしつつも右手は大剣の柄を掴んでおり、いまはそれを刺突剣のようにして鋭い突きを繰り出している。
 正面には醜悪なゴブリンの戦士が数体。戦闘は未だ継続中である。
 だがその口ぶりに、もう焦りや驚きはない。
 驚きが一回転して、実感を伴った静かな興奮がその身を包んでいる状態だった。
「うーん、やっぱりそうとしか考えられない。うん、そういうことにしておこう!」
 脳内麻薬からくる一種のハイ状態でそうやって納得するギーシュは、己の左手が光り輝いていることなど、露とも気にしていなかった。

「とっ、と」
 しかし流石に油断が過ぎていたのも事実。ギーシュは敵の打撃が背後から迫るのを感じ、一端剣を両手で握り直した。
 目を細める、呼吸を整え、タイミングを計って――体を翻す。
 ターン、背後の敵に向き直る。
 そしていまぞ振り下ろされる打撃の衝突点に、ギリギリで剣を割り込ませることに成功させる。直後にガキンという音。両手から肩へと衝撃が伝わった。
 結果、棍棒は大剣で受け止められていた。
 だが危機は去っていない。今度はいま背を向けた側にいる敵たちがギーシュの無防備な背を狙うのがわかった。
 対処するべきは二方向からの攻撃。これに対してギーシュの頭脳は、本能的に最善の動きを導き出した。
 大剣の刀身に右手を延ばして、その一部分、突起のある一画に施された細工を操作する。
 突起を掴んでスライドさせ、刀身を接続しているアタッチメントを外し、中から極細の繊維を取り出し指で絡め取る。そしてギーシュは滑らかな動作で、それを動かし操作した。
 すると手元でカシャリという音。同時に、大剣の一部が突如外れて分解されていた。いや、より正しくは分離されていた。
 準備は整えたギーシュは体を半歩ずらし、前後の敵を左右に捉えた。
 右手は流れるような手つきでその外されたパーツを掴み、それを勢いよく突き出した。
 左手は大剣を盾にして、ゴブリンの攻撃を受け止めた。
 時間にして半秒。一連すべて、目にも止まらぬ早業であった。


 ウルザが『剣』に施した処置は、ルーンの移植のみに留まらなかった。
 むしろそちらの方が後付けで付与されたもので、本来は別の意味を持つアーティファクトであったのだ。
 それはウルザがかつて目にしたアーティファクト『梅澤の十手』に対して、彼がアーティフィクサーとしての導き出した回答であった。

 組み替えることで、様々な形状、様々な機能を持ち、適宜最適な形での運用を可能とする変幻自在の万能兵装。
 彼が手を加え、原形も残さぬほどに改造し尽くされたシュペー卿の剣の、現在の姿であった。

 『剣』に付与された特性・発想自体は目新しいものではない。
 現に、ウルザ初期の作品である『ウルザの復讐者』も、同様の基本理念に基づいて作られている。
 その時々、局面に合わせて姿形を変える多相の戦士。それが戦いというものに対する一つの終着点であるというのは研究者にとっては周知の事実である。
 ウルザはそれを武具に応用したに過ぎない。
 あるときは大剣、あるときは小剣。槍、斧、鞭、その他様々な形状に組み替えることで、戦局に応じた戦い方を可能とするアーティファクト。言うなれば『多相の武具』。それこそが、ギーシュが手にしているアーティファクトの正体だった。


「む……ん、むむ?」
 左右の大小を用いて敵を屠り、一方で攻撃を受け止めることに成功した、ギーシュは怪訝な顔をした。
 刃の中から現れた刃。右の小剣で貫いた敵の姿、それが予想と大きく異なっていたためだ。
 心臓を一突きにされて崩れ落ちたのは、曲刀を手にした黒い鱗のヘビ人間であった。
 見たこともない亜人種。だがそれに、おやと思う暇も与えられない。
 危険を察知して跳躍。即座にその場から飛び退いた。
 直後、上から下へ叩き付けられる戦斧の、強烈な一撃が見舞われる。それはその場に残ったゴブリンもろとも巻き込んで、大地を深く抉りつけた。
 そして退いた先で、ギーシュは見た。そこにいたのは赤銅の巨体。凶悪凶暴の代名詞とも言える怪物、ミノタウロスであった。
「くそっ、なんなんだいきなり……っ!」
 吐き捨てたギーシュは、またゾクリとした悪寒が背中を走ったのを感じた。
――何かおかしい。
 予感じみたものを感じて、ギーシュは顔を左右に巡らして周囲を見た。
 するとどうだろう、周囲の状況が先ほどまでと一変してしまっていた。
 先ほどまで取り囲んでいたゴブリンの軍勢の姿ない、その代わりいまはそこに様々なものがいた。
 青い肌をした一つ目の巨人がいた。山羊と蛇の特徴を有した獅子がいた。猿の顔を持った人間大の蝙蝠がいた。翼を持ったピンクのヒポポタマスがいた。怒り狂う猿人がいた。炎でできたヒトガタがいた。異様に長い針金のような手足を有した真っ黒な蜘蛛がいた。
 他にも何匹もの怪物どもがギーシュの周りを取り囲んでいた。
「くっ!?」
 そこはまるでモンスターの博覧会だった。

 ギーシュは状況を把握したときに、さしあたりいま最優先でなにをしなくてはならないのかを考えた。
 それは、『戦う』か『逃げる』かの二択。
 心も体も充実している、本能はまだまだ戦えると吠えている。だが、理性はこの場は全力で逃げるべきだと言っていた。

 先ほどまでゴブリンの軍勢を相手に有利に戦えていたのは、徒党を組んでいただけで連携をしていなかったということもあったが、個々の能力が貧弱であったことが大きかった。
 ギーシュはその点を突いて、数の有利さを利用されないように攪乱しながら、素早く、確実に各個撃破をしていったのだ。
 だが、いま周囲を取り囲んでいる敵にはそれは通じそうもない。
 ただのモンスターの集団に連携などあろうはずもないが、個々の強さは先ほどまでの小兵とは比べものにならないほどに強靱そうな個体が集まってきていた。
 では、逃げられるかと言えばそうでもなかった。
 周囲を取り囲まれているのはもちろんだが、見えている中にも足が速そうなモンスターが何体もいるのが見える。
 例えうまく囲みを抜けたとしても、それで終わりではない。

 タイムアップ。
『―――ッ!!』
 耳をつんざくような吠え声、ミノタウロスが戦斧を振り上げる。直撃を受ければ、どんな人間であろうと真っ二つにするだろう恐るべき一撃が再び振り下ろされようとしている。
 ギーシュはそれを見た。恐れずにしっかりとそれを見て、それから行動した。
 決められた動作で手にした大小を組み合わせて、一度元の大剣の形状に戻す。
 そうしてから再び分解、分離、組立、一瞬。
 今度手に握られているのは杖。
 そして少年は叫ぶ。
「ワルキューレ!」



◇◇◇

「……私を、彼女のもとに連れて行って下さい」
 男はそう、もう一人の男に言った。
「連れて行く? それは構わない。けれど君はそれでなにをするつもりなんだい?」
 黒い肌をした男は応えた。
「約束を果たします」
「なるほど……。それでなにが変わると?」
「………」
「ただの罪滅ぼし?」
「……いいえ」
「本当に? 誰かを言い訳にした贖罪ではないと?」
「はい……。私は行って、私の過去を変えてみせます」
 現在に惑うものは、そう言った。

◇◇◇

「シィッ――!」
 膝立ちからクラウチング。巨躯に似合わぬ敏捷さを発揮して一足飛び。メンヌヴィルがインファイトの距離に肉薄する。
 対するのはローブを纏った禿頭の中年。
 一見して冴えないその男こそは、〝伝説の傭兵〟の異名を持つメンヌヴィルが二十年間探し求めていた、討ち果たすべき目標であった。

「フッ!」
 近づきざまのワンツー。続けて見せ拳の左でフェイントを入れつつ、右脇腹を狙ったボディブロウに繋げる。
 鮮やかな攻撃。
 だがそれらは、コルベールの構えた両腕の上下ですべて阻まれてしまう。
 鉄壁の防御。ならばそれを越えてやると、メンヌヴィルの闘志が勢いを増す。

 軽くローキックを入れると見せかけて、一歩後退。
 寸間を計って膝を曲げる、腰を捻る、上体を傾かせ――それでいてどっしりとした安定感。
 肩を入れ込み、重心移動によって生み出された破壊力を拳に込める。
 次の瞬間、破城槌のような打撃が風を纏って突き出された。
 牛でも殺せそうな一撃。人が受けて無事でいられるような代物ではない。

 けれどコルベールは、メンヌヴィルの犯した決定的なミスを見逃さなかった。
 それは距離。
 決定的に踏み込みが甘い。真の必殺には半歩足りない。
 コルベールは人体を破壊するに十分な攻撃力が乗せられた拳撃に対して、守るより避けることをした。
 予備動作無しに、膝のバネだけで後ろに跳ぶ。往年のキレを失わない、見事な回避運動であった。
 だがしかし、この化かし合い自体は、戦場経験の長いメンヌヴィルに軍配が上がった。

「ウル・カーノ!」
 腕が伸びきる寸前、傭兵がルーンを叫んだ。
 続くゴウっという音。
 力ある言葉に従い、拳が空中を擦過して白い炎が発生。一瞬遅れて、突き出した腕を追随する炎が、コルベール目指して一直線に走ったのである。
 射程は伸びた。メンヌヴィルは目算を誤ったのではなく、最初から距離を水増しするつもりで拳を放ったのだ。

 男の口元が凶暴につり上がる。〝防げるはずがない〟 確信の笑み。

 けれども彼は、メンヌヴィルが長年追い求めてきたこの男は、期待通りにその確信すらも上回ってみせた。
「カーノ!」
 炎が到達して焼き尽くすと思われたすんでのところ、コルベールは右手に握っていた杖を左手にパスして持ち替える。そしてその手でポール型の杖を振り降ろし、軽く叩くようにして、先端で白炎を打った。
 続く呪文の発動。
 瞬間、白と赤の炎がシャボン玉のように膨らみ、破裂した。
 それはまるで、これまで幾度となくくり返してきた動作をなぞるかのような、淀みのない動きだった。

 完璧に不意を打ったはずだった。杖無しでの徒手による魔法行使、予測できる訳がない。
 だが実際、現実として不意打ちは失敗に終わった。
 思えば二十年前にも、この男は自分が放った背後からの不意打ちを、難なく防いでいたではないか。
 そのことを思いだして、メンヌヴィルは――
「素晴らしい!」
 と、『驚嘆』と『歓喜』と『賞賛』で相手を讃えた。


 極至近距離で発生した莫大な熱量に、視力を失ったはずの目が『くらむ』感覚を覚えるが、メンヌヴィルはそれを堪えて思い切り体を捻った。
 そして跳躍する。追撃を諦め、躊躇せず後退を選択した。
 蛮勇を持って立ち向かおうとするほどには、メンヌヴィルは目の前の男を侮ってはいなかった。

 再び睨み合う。仕切り直して男たちは対峙する。
 果たして、変化はあった。
「は、はは……」
 知らず、メンヌヴィルの口から笑い声が漏れていた。
 メンヌヴィルの心中は、先ほどよりもずっと昂ぶっている。
 追い求めてきたものに、ついに追いついたという高揚感が、全身を包み込んでいた。
 体中に力が漲る、気力が充実している。
 宿敵を前にして、いまが自分の人生で肉体・精神共にピークであると、メンヌヴィルをとりまくすべてが告げていた。
 神など最初から信奉していない彼であったが、いまこのときに巡り合わせてくれた神の采配に、心から感謝を捧げた。

「はっ、はは! 楽しいなぁ! 嬉しいなぁ! 隊長殿! それでこそ俺たちの隊長殿、俺たちの炎蛇だ! 良かった、本当に良かった!! この二十年間信じていたかいがあったっ!
 お前は、お前だけは、絶対に衰えていないと信じていたかいがあった! さあ始めよう! あの夜の続きを! 二十年前の続きを! 俺たちの始まりの夜を、もう一度! ここで!!」
 ずっと待っていた饗宴の始まりに、男の全身が震えている。
 その顔は、熱に浮かされたように狂笑が張り付いていた。

 腰に括られていた魔法の発動体たるメイスを手に取り、前傾に構える。
 そしてすり足でジリジリとメンヌヴィルは前進する。その様子は獲物を前にした猛獣のようにも見える。

 そんないつ本気の殺し合いが始まってもおかしくない緊張感の中だった。
 コルベールが、ぽつりと言葉をこぼした。
「君は二十年前と、何も変わっていないのだね……」
 その言葉に、メンヌヴィルは動きを止めぬまま応じる。
「そうだ。俺はあの夜以来、ずっとお前を追い求めて生きてきたのだ。お前のために生きてきたのだ!」
「……そうか」
「俺は二十年前から、今日のこのときのことばかりを考えて生きてきた。朝も昼も夜も寝ているときも起きているときも! いつも考えてきた! お前という炎を、俺の炎で焼き尽くす日のことを考えてきた!」
「それは……悲しいな」

 その一言で、メンヌヴィルの足が止まった。

「……なんだと?」
「君はこの二十年に、何も得るものがなかったというのか? 何も変われなかったというのか? 何も手にできなかったと? ただそうして……止まったままで過ごしてきたというのか?」
「違う。俺はこの二十年、己を焦がし続けてきた。戦いを糧に腕を磨き、力を手に入れ、失われた視力に代わるものも手に入れた。だがそれもこれも、すべてはお前の背に追いつくためだった!」
「やはり君は何も変わっていない。何もかも、あの頃のままだ。……でも、私は君とは違う」

「やめろ、それ以上言うな!!」

 続く言葉に戦くようにして、メンヌヴィルが声を張り上げる。
 その先は聞きたくないと、大音声で叫ぶ。
 だが、コルベールは残酷に言葉を紡いだ。

「いいや、言うよ。私は言う。君は二十年前の私と戦いたいようだが、私はもうあの頃とは違うのだ。私がここに来たのは、二十年前の続きをするためでも、過去を精算するためでもない。私は、現在の私として、自分の生徒を守るためにここに来たんだ。
 例えその結果、君と戦うことになったとしても、それは決して過去を言い訳にした戦いなどでは決してない」
 凛とした声が、大空洞に響く。
 それはコルベールからメンヌヴィルへの、決別の言葉だった。

「馬鹿な! ではなぜ俺の前に立っている! 俺を倒すためだろう!? そうなのだろう!?」
「……私は、私の二十年を捨てる気なんてない。二十年前に戻るつもりもない。私は、一教師コルベールとして、生徒を守るためにここに来たんだ! そしてそれこそが現在の私の戦う理由でもある!」

 その言葉を聞いて、メンヌヴィルの笑顔が崩れた。その顔が嘆きの様相に変わった。
「おお……おおっ! 隊長殿、隊長殿は俺のためではなく……そんな小娘一人のために戦うというのか!?」
「そうだ!」
「なぜ、なぜだ……っ! 闘争とは常に己のために行われるべきもの! 隊長殿はやはり腑抜けになってしまわれたのかっ!?」
「いいや、私と君の戦う理由、そここそが私と君とを隔てる二十年そのものなんだ!」
 その宣言、己の理想を否定する言葉を耳にして、メンヌヴィルは杖を落としていた。
 尋常ならざるショックを受けて、両手で顔を覆っていた。
 そして、嘆きの面で叫ぶ。
「なんという……なんということだ! こんなことは認めん、到底認められん! 俺が望んだ戦いは、炎は、そんなものではなかった! 俺の理想はもっと崇高なものであったはずだ!」
「……そう思うならば、君は君の正しさを証明したまえ。私は私の正しさを全力で証明する!」
「良いだろう隊長殿! 結局は戦うことになるのだ。互いの二十年、どちらが正しかったのか、はっきりさせようではないか! そうして私はお前を下し、お前を堕落させたすべてを焼き尽くす!」

 床に落ちたメイス型の杖を拾うメンヌヴィル。
 その姿はどこか緩慢で、悲しみに暮れているようでもあった。
 その前で、コルベールは毅然として立ち、相手に向かって手招きをする。

「来たまえメンヌヴィル『君』。講義の時間だ」


                       「炎の色は、温度によって変わる。わかるかね?」
                                 ――〝炎蛇〟のコルベール

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