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ある少女の手記

ある少女の手記

 不幸なことに、私はある一冊の本に出会った。そう、本当に不幸なことだ。誓って言う、
私はあんなものを読みたいなどとは少しも思ってはいなかった。できることなら、今この
手にあるその本を焼き捨ててしまいたいぐらいだ。

 それは、ある日のことだった。私は春の使い魔儀式で、何度も何度もサモン・サーヴァ
ントに失敗していた。周りのみんなは私を嘲笑っていた。だからだろう、私は愚かにも何
でもいいから呼び声に答えてくれと願ってしまった。
 召喚されたのは、一冊の本だった。周りのみんながまた笑う。おかしなことだ。その時
の私は悔しさに震えていたというのに、いまでは彼らに憐み――いや、取り繕うのは止め
よう。羨望すら抱いているのだ。彼らはまだ、本当の恐怖を知らない。
 私も、その時は知らなかったのだ。知らないでいられる幸運を知らなかったのだ。あの
書を召喚するまでは。あの書と契約するまでは!
 ああ、私はなんて愚かだったのか。彼らに対する反発心だけで、汚らしい、そんな言葉
が可愛く思えるほどの、歪んで暴虐的で、いや、違う。そんな人間の理解の範疇を超えて
いたのだ、あの書は。とにかく、そんなものに、私は口付けをしてしまったのだ。
 その時の衝撃を何と現わせばいいだろう。あの時私は、確かに一度死んだのだ。世界は、
歪んでしまった。ユークリッド幾何学を意味をなくし、三次元や四次元といった基本的な
法則はどこか遠くへ行ってしまった。色彩はとんでもなく狂っていて、例えば絵の具を十
種ぐらいぶちまけたバケツを、さらに十種混ぜ合わせればその色になるだろうか。ラディ
カルからラディカルに狂々と回りながら一面を彩っていた。地面ときたら最悪だ。まるで
無数の蛇が絡み合うようにのた打ち回っていて、そのくせその無数が一つなのだ。
 私の常識は侵された。異界の常識に犯された私の脳は、異界の子を孕み、正常な思考を
食んで成長していく。その胎の中ではまた別の胎児が生まれ、母親――もしかしたら父親
なのかもしれない、とにかく、親の胎を食い破って這い出てきて、その死体をさらに犯す。
 ああ、私の頭の中で汚らしく交尾が繰り返され、増殖し共食いし半減し、成長しながら
若返っていくという矛盾極まりない、とにかくそういうよくわけのわからない状態になっ
ていた。
 そうして、知ってしまったのだ。高次であり低次であり無限次であり零次の、人間では
理解できない、とてつもない邪悪な何かの存在を。それは断じて神などではない。少なく
とも神は人を慈しんでくださる。だが、それにとって人間など塵芥に等しい。
 狂ってしまいたかった。いや、今でも私は狂っているのかもしれないが、とにかくすべ
てを忘れて狂ってしまいたかった。忘れることができないなら、いっそ死んでしまったほ
うが楽かもしれない。それほどの存在がこの世にある。
 ――だが、不幸なことに私は貴族だった。貴族とは魔法が使えるから貴族なのではない。
敵に背を向けぬから貴族なのだ。例え敵がどれほど強大であろうと、例え自分が敵と呼べ
ぬほど脆弱であろうと、逃げ出すことはできないのだ。何より、私にはこの本がある。
 皮肉なことに、私にアレらの存在を知らせたこの本こそが、彼らに対抗……いや、そん
なことはできまい。せいぜいが、狂うまでの一瞬に一秒の猶予があるかないか、その程度
のわずかな時間しか、この本は与えてくれまい。だが、そのわずかな時間を与えられたの
は私だけなのだ。私だけが、唯一アレらに対抗できるかもしれない時間を持っているのだ。
 ならば私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは戦わなくて
はなるまい。貴族として、何よりも人としてあの邪悪と戦わなくちゃいけない。だから、
私はこの学園を出る。私には守りたいものがある。それは家族と過ごした輝かしい過去だ
ったり、この学校でたわいもない喧嘩をした友人たちだったり、私の心にある、譲れない
誇りだったりする。ちっぽけだけど、きっとそれが大事なのだ。
 ……もしかしたら、私はもう狂ってるのかもしれない。いや、本当に狂っているのなら、
自分が狂ったかどうかすらわからないのだから、まだ私は正気なのだろうか。他の人から
見れば、今の私はどうなのだろう。知ることはできない。正気だろうと狂っていようと、
知ってしまえば、私は戦うことができなくなるだろう。だからここに、この手記を残す。
 私が知らぬところで知らぬように判断されるなら、おそらくは大丈夫だろう。そうして
私は思うのだ、あの手記を読んだ人は、私のことをどう思っただろう、って。それが私の
小さなよりどころになる。
 ああ、本来ならこんなものは残すべきじゃないのでしょう。アレらは名を呼ばずとも、
語らずとも、思うだけで人の心に這い寄ってくる。不幸にもこれを読んでしまった人よ、
絶対にアレらに近寄らないで。アレらは人の常識の外にあり、人とは決して馴染まず、通
じず、分かり合えることは絶対にない。
 耳をふさいで、口を閉じなさい。震えて過ぎ去るのをじっと待って。運が良ければ、生
き残ることができるかもしれない。背後からその肩を叩かれなければ。

 きっともう、この学園の誰にも会えないでしょう。家族のみんなにも会えない。それが
一番の心残り。幸せに暮らしてください、それが、私の最後のお願いです。

          ――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール

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