ルイズたちがアルヴィーズの食堂の厨房に現れたとき、そこはちょっとした騒ぎになった。
何しろ、貴族が厨房に現れることは少ない。ましてそれが6人も一度に会することなど、
滅多にないことだからだ。
何しろ、貴族が厨房に現れることは少ない。ましてそれが6人も一度に会することなど、
滅多にないことだからだ。
「お邪魔するわね」
ふがくがそう言って厨房に入る。すでに夕食の支度の真っ最中であり、料理長を筆頭に
戦場の様相を呈している。そんな中、ふがくに最初に気づいたのは、昼食時に出会った
あの黒髪のメイドだった。
「これはミス・フガク……それにミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、
ミスタ・グラモン、ミス・モンモランシ……
み、皆様おそろいでいったいどのようなご用でしょうか?」
明らかに黒髪のメイドは気後れしていた。
「そんなに気を遣わなくても。私は貴族じゃないし、ふがくでいいわよ。
で、ちょっとテーブルと、それにお皿とフォークを6人分借りたいの」
「はぁ、分かりました。ふがく……さん。ちょっと待っていてください」
そう言って黒髪のメイドが奥に下がっていく。その様子を見たルイズが意外な顔をしていた。
「あれ?何も言わないのね?ふがく。わたしたちにはあれだけ名前のことで怒ったのに。
それにオールド・オスマンから准貴族として扱うって言われたの忘れたの?」
「ちゃんと発音できているのにどうして怒る必要があるのよ。
それに、私は貴族とかそういうことはどうでもいいのよ。食事もこっちで食べてもいいし」
「それじゃわたしが困るの!第一、オールド・オスマン直々にお許しいただいたことを無視する
わけにはいかないでしょう?」
そう言われてふがくが憮然とした表情をした。
そうこうしているうちに黒髪のメイドが皿と食器を持って戻ってくる。その後ろには大柄で
立派なあごひげを生やした、いかにも料理人といったエプロンと帽子をかぶった男がいた。
「これは皆様おそろいで。夕食の時間にはまだ早いですが……」
「忙しいときに悪いわね、料理長。わたしの使い魔が変わった食べ物を持ってたから
試食するのよ」
「はぁ、珍しい食べ物、ですか」
料理長は何か腑に落ちない表情をしている。そこに黒髪のメイドが声をかけた。
「マルトーさん、こっちのテーブルを使ってもいいですか?」
「ああ、シエスタ。……それでは皆様、こちらへ」
マルトーがそう言ってルイズたちを案内する。木製の簡素なテーブルだが、ふがくたちが
囲むのには十分な大きさだった。
「さて、このパインカンをどうやって食べるのか、見せてもらうわよ」
ルイズがどんっとテーブルの真ん中にパイン缶を置く。突如現れた見たこともない金属製の
筒に料理長、マルトーは興味を隠しきれない様子だったが、黒髪のメイド、シエスタは
懐かしいものを見るような顔をした。
「……あの、それ、もしかして『カンジュメ』ですか?」
「……えっと、シエスタ、だっけ。缶詰知ってるの?」
「あ、ふがくさんのその発音、ひいおじいちゃんにそっくりです。
えっと、うちにあったのはもっと小さいものでしたけど、ひいおじいちゃんが大切にしていた
ものを私が小さい頃にだだをこねて開けてもらったんです。
『シャンマ』っていう魚料理でしたけど、食べたことがないのに何か懐かしいような味が
したのを今でもよく覚えてます」
「ふぅん。これ、平民でも手に入るものなのね」
メイドのシエスタが食べたことがあると言ったことで、ルイズの興味が薄れていく。
「ミス・ヴァリエール、とんでもありません。私が見た『カンジュメ』は曾祖父が村に来たときに
持ってきたというそれ一つだけです」
「そうよルイズ。ゲルマニアにだってこんなものないわよ」
「ルイズ……だいたいトリステインでも見たことないでしょう?こんなの。
これが平民でも買えるものなら貴族が話も聞いたことがないなんてあり得ないわよ」
「キュルケ、それにモンモランシーまで……そうね、やっぱり珍しいものなのよね。
さぁ、ふがく、早く開けなさい」
「……いろいろ突っ込みたいところがあるけど……まぁ、いいわ」
ふがくが疲れたような顔をしたのはきっと気のせいではないだろう。
ふがくがパイン缶のふたに持ち手の太いナイフ――スイス製のサバイバルナイフ――から
取り出したかぎ爪状のナイフ――缶切りを突き刺すと、ぷしゅ……という音とともに中から
シロップが浮き出す。
「……なんか、これだけでも甘酸っぱい匂いが……」
ルイズが率直な感想を漏らす横で、ふがくがシロップをこぼさないように缶を切り開けていく。
ほんのわずかなつながりを残して切り開けられたパイン缶。缶から皿に取り分けられた、
その黄色いリングを見たルイズたちからは、驚きの声が漏れる。
取り分けられたパインをケーキでも食べるように一口大に切り、口にしたルイズたちは、
その甘酸っぱい未体験の味にしばらく言葉が出なかった。
「…………香りだけじゃなくて味もさわやかね。
しかも大きさがそろっているってことは、大きな実の、それも真ん中のいいところだけ
使ってるのね。
まだあるならわたしがもう1枚もらうわよ」
「ルイズずるい!
でも、これは本当に甘酸っぱくておいしいわね。
『パイナップル』だっけ?東方から来る商人に話をつけたら輸入できるかしら?」
「……多分、ハルケギニアにはない果物。産地がサハラの向こう側だとすれば、これだけ
果汁のあるものを生で運ぶのは絶対無理。
もしかすると『カンジュメ』なら運べると思う……けれど、一度も見たことがないから生産国で
戦略物資として輸出が制限されているか、流通量そのものがとても少ないはず」
「このパイナップルのおいしさもかなりのものだけど――僕はこのカンジュメという方法に
感動したね。
金属製の容器を密閉して調理した状態で持ち運べるなんて、『土』のメイジとしては
研究意欲をそそられるよ」
「確かに瓶詰めだとそんなに保たないものね。落としたら割れるし。
でもこれ、このまま食べてもおいしいけど、別の料理に使っても良さそうね」
「後は料理長とシエスタにお裾分けするわ。こっちの缶も。缶切りの使い方は今見せたので
分かるでしょ?」
ふがくがそう言ってナイフと未開封のパイン缶を一つテーブルに置くと、マルトーは目を
丸くした。
「いいのかい?こんな珍しいもの」
「今日のおいしい食事のお礼と思ってもらってもいいわ。それに、食べてもらった方がいいし。
あと、このシロップもパイナップルの実を搾って砂糖を加えたものだから、中身と一緒に
使って肉料理や魚料理のソースにすることもあったわね。
食べたことのあるものだと白身魚のムニエル パインソース添えとか、マリネに使ったりも
したかな」
「そりゃあおもしろいな」
ふがくが貴族ではないと聞いたためか、マルトーの口調も堅さがなく気安いもの。
もちろんふがくがそんなことを気にすることもない。ひとしきり頷いた後、マルトーはシエスタを呼ぶ。
「シエスタ、こっちのを切り分けてみんなに分けてやれ。手が離せない奴の分はちゃんと
残してな」
「はい!」
シエスタが開封して中身の残ったパイン缶を手にして厨房へ消える。その後でルイズが
残った最後のパイン缶をふがくからふんだくるようにして奪い取ったのは……余談としておこう。
ふがくがそう言って厨房に入る。すでに夕食の支度の真っ最中であり、料理長を筆頭に
戦場の様相を呈している。そんな中、ふがくに最初に気づいたのは、昼食時に出会った
あの黒髪のメイドだった。
「これはミス・フガク……それにミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、
ミスタ・グラモン、ミス・モンモランシ……
み、皆様おそろいでいったいどのようなご用でしょうか?」
明らかに黒髪のメイドは気後れしていた。
「そんなに気を遣わなくても。私は貴族じゃないし、ふがくでいいわよ。
で、ちょっとテーブルと、それにお皿とフォークを6人分借りたいの」
「はぁ、分かりました。ふがく……さん。ちょっと待っていてください」
そう言って黒髪のメイドが奥に下がっていく。その様子を見たルイズが意外な顔をしていた。
「あれ?何も言わないのね?ふがく。わたしたちにはあれだけ名前のことで怒ったのに。
それにオールド・オスマンから准貴族として扱うって言われたの忘れたの?」
「ちゃんと発音できているのにどうして怒る必要があるのよ。
それに、私は貴族とかそういうことはどうでもいいのよ。食事もこっちで食べてもいいし」
「それじゃわたしが困るの!第一、オールド・オスマン直々にお許しいただいたことを無視する
わけにはいかないでしょう?」
そう言われてふがくが憮然とした表情をした。
そうこうしているうちに黒髪のメイドが皿と食器を持って戻ってくる。その後ろには大柄で
立派なあごひげを生やした、いかにも料理人といったエプロンと帽子をかぶった男がいた。
「これは皆様おそろいで。夕食の時間にはまだ早いですが……」
「忙しいときに悪いわね、料理長。わたしの使い魔が変わった食べ物を持ってたから
試食するのよ」
「はぁ、珍しい食べ物、ですか」
料理長は何か腑に落ちない表情をしている。そこに黒髪のメイドが声をかけた。
「マルトーさん、こっちのテーブルを使ってもいいですか?」
「ああ、シエスタ。……それでは皆様、こちらへ」
マルトーがそう言ってルイズたちを案内する。木製の簡素なテーブルだが、ふがくたちが
囲むのには十分な大きさだった。
「さて、このパインカンをどうやって食べるのか、見せてもらうわよ」
ルイズがどんっとテーブルの真ん中にパイン缶を置く。突如現れた見たこともない金属製の
筒に料理長、マルトーは興味を隠しきれない様子だったが、黒髪のメイド、シエスタは
懐かしいものを見るような顔をした。
「……あの、それ、もしかして『カンジュメ』ですか?」
「……えっと、シエスタ、だっけ。缶詰知ってるの?」
「あ、ふがくさんのその発音、ひいおじいちゃんにそっくりです。
えっと、うちにあったのはもっと小さいものでしたけど、ひいおじいちゃんが大切にしていた
ものを私が小さい頃にだだをこねて開けてもらったんです。
『シャンマ』っていう魚料理でしたけど、食べたことがないのに何か懐かしいような味が
したのを今でもよく覚えてます」
「ふぅん。これ、平民でも手に入るものなのね」
メイドのシエスタが食べたことがあると言ったことで、ルイズの興味が薄れていく。
「ミス・ヴァリエール、とんでもありません。私が見た『カンジュメ』は曾祖父が村に来たときに
持ってきたというそれ一つだけです」
「そうよルイズ。ゲルマニアにだってこんなものないわよ」
「ルイズ……だいたいトリステインでも見たことないでしょう?こんなの。
これが平民でも買えるものなら貴族が話も聞いたことがないなんてあり得ないわよ」
「キュルケ、それにモンモランシーまで……そうね、やっぱり珍しいものなのよね。
さぁ、ふがく、早く開けなさい」
「……いろいろ突っ込みたいところがあるけど……まぁ、いいわ」
ふがくが疲れたような顔をしたのはきっと気のせいではないだろう。
ふがくがパイン缶のふたに持ち手の太いナイフ――スイス製のサバイバルナイフ――から
取り出したかぎ爪状のナイフ――缶切りを突き刺すと、ぷしゅ……という音とともに中から
シロップが浮き出す。
「……なんか、これだけでも甘酸っぱい匂いが……」
ルイズが率直な感想を漏らす横で、ふがくがシロップをこぼさないように缶を切り開けていく。
ほんのわずかなつながりを残して切り開けられたパイン缶。缶から皿に取り分けられた、
その黄色いリングを見たルイズたちからは、驚きの声が漏れる。
取り分けられたパインをケーキでも食べるように一口大に切り、口にしたルイズたちは、
その甘酸っぱい未体験の味にしばらく言葉が出なかった。
「…………香りだけじゃなくて味もさわやかね。
しかも大きさがそろっているってことは、大きな実の、それも真ん中のいいところだけ
使ってるのね。
まだあるならわたしがもう1枚もらうわよ」
「ルイズずるい!
でも、これは本当に甘酸っぱくておいしいわね。
『パイナップル』だっけ?東方から来る商人に話をつけたら輸入できるかしら?」
「……多分、ハルケギニアにはない果物。産地がサハラの向こう側だとすれば、これだけ
果汁のあるものを生で運ぶのは絶対無理。
もしかすると『カンジュメ』なら運べると思う……けれど、一度も見たことがないから生産国で
戦略物資として輸出が制限されているか、流通量そのものがとても少ないはず」
「このパイナップルのおいしさもかなりのものだけど――僕はこのカンジュメという方法に
感動したね。
金属製の容器を密閉して調理した状態で持ち運べるなんて、『土』のメイジとしては
研究意欲をそそられるよ」
「確かに瓶詰めだとそんなに保たないものね。落としたら割れるし。
でもこれ、このまま食べてもおいしいけど、別の料理に使っても良さそうね」
「後は料理長とシエスタにお裾分けするわ。こっちの缶も。缶切りの使い方は今見せたので
分かるでしょ?」
ふがくがそう言ってナイフと未開封のパイン缶を一つテーブルに置くと、マルトーは目を
丸くした。
「いいのかい?こんな珍しいもの」
「今日のおいしい食事のお礼と思ってもらってもいいわ。それに、食べてもらった方がいいし。
あと、このシロップもパイナップルの実を搾って砂糖を加えたものだから、中身と一緒に
使って肉料理や魚料理のソースにすることもあったわね。
食べたことのあるものだと白身魚のムニエル パインソース添えとか、マリネに使ったりも
したかな」
「そりゃあおもしろいな」
ふがくが貴族ではないと聞いたためか、マルトーの口調も堅さがなく気安いもの。
もちろんふがくがそんなことを気にすることもない。ひとしきり頷いた後、マルトーはシエスタを呼ぶ。
「シエスタ、こっちのを切り分けてみんなに分けてやれ。手が離せない奴の分はちゃんと
残してな」
「はい!」
シエスタが開封して中身の残ったパイン缶を手にして厨房へ消える。その後でルイズが
残った最後のパイン缶をふがくからふんだくるようにして奪い取ったのは……余談としておこう。
「……そう言えば、あのシエスタって娘、なんで缶詰知ってたんだろ?」
「ああ、シエスタはあのタルブの村出身だからな」
シエスタを見送ったふがくがふと口にした疑問に、マルトーが答える。
「タルブの村?」
「トリステイン王国の南側にある小さな村よ。大きな平原の中にあってワインと薬とお菓子で
有名な村ね。あと……昔お母様から聞いたことのある……なんて言ったか忘れたけど
奇妙なものがあるのよ。あの村」
マルトーに鸚鵡返しで聞き返すふがくにルイズが答えた。
「それに、タルブのワインと秘薬『ミジュアメ』はアストン伯を通じて王家への献上物になって
いるのよ。
亡くなられた国王陛下もタルブの秘薬『アワーメ』の味を大変好まれていたし、
アンリエッタ王女殿下もタルブのお菓子『ドロップ』をこよなく愛されているわ。
王女殿下とご一緒するとテーブルの上には必ずクリスタルの器に宝石のようなタルブの
『ドロップ』が盛られていたのを思い出すわね」
「へぇ。ルイズって、結構すごいんだ。
……でも『水飴』と『粟飴』って……まさか、ね……」
王室に関わりがあると聞いたふがくは素直に驚く。それと同時に聞き覚えのある単語に
似た言葉があることを不思議に思った。
「秘薬を食べるってのはさすがにトリステインの王族ね。『アワーメ』はそんなにしないけど、
最高級の『ミジュアメ』の大瓶は平民の一家四人が一ヶ月暮らせるくらいに値が張るもの。
でも、昔、秘薬『ミジュアメ』が最初に世に出たときはかなりすごかったらしいわね。
どんな傷でも治すという東方の幻の秘薬『コーイ』じゃないかって言われて。しかも作ったのが
メイジの協力を得た平民だったし。
それに……『ミジュアメ』と『アワーメ』は私の実家も扱いたいんだけど、トリステイン王国から
全然許可が下りないのよね。
『ドロップ』も普通の真っ黒なドロップと違って宝石みたいだし、食べると力がわいてくると
評判の『キャラメル』も、見た目はアルビオンのタフィそっくりなのに、あの口溶けと甘さが
たまらないのよねぇ……本当に残念」
「タルブ産の秘薬『ミジュアメ』、『アワーメ』、それにトリステイン魔法衛士隊に配給される
『キャラメル』はトリステイン王国の重要な戦略物資。
輸出は厳重に管理されているし、よほどの理由がないと個人のお土産以上の量の国外
持ち出しは許可されない」
ため息をつくキュルケに、タバサが冷静に突っ込んだ。
「おまけにそれらの製法を知っているのが東方からやってきたらしい一家族と彼らに協力
しているというアルビオン生まれの土のメイジ一人だけだから、王国から村に銃士隊が
派遣されてるくらいさ。
銃士隊が設立される前は魔法衛士隊の分隊を送り込んでいたと聞くからどれだけ重要視
されているか分かるよ。
もっとも、僕が聞いたところによれば役得も多いから、小さな村への派遣にもかかわらず
希望者も多いらしいけれどね」
「役得?」
ギーシュの言葉にふがくが聞き返す。
「休憩時間に『ミジュアメ』や『アワーメ』をお湯で溶いてジンジャーで味付けした薬湯
『アメユー』が振る舞われるからさ。加えて任期満了して王都に帰還するときには『ミジュアメ』の
小瓶が記念品として渡される。
貴族で構成される魔法衛士隊と違って王女殿下が設立された銃士隊は平民の、しかも
女性ばかりで構成されているからね。平民にとって『アワーメ』も貴重な薬、ましてや
『ミジュアメ』を口にすることなんて普通はまずないからね」
「へぇ。アンタ、見かけによらず物知りね」
「で、ギーシュ。どうして貴方がそんなことを知っているのか聞きたいわね」
「そりゃぁケティがお菓子の材料に使いたいって言って、自分で『ミジュアメ』を作ろうとして
失敗したときにコツを聞きに二人でタルブまで……ぶべらぁ!」
ふがくの言葉に紛れるように言葉を継いだモンモランシーにギーシュが墓穴を掘る。
腰の入った右ストレートがギーシュの顔面に炸裂した。
「ふーん。で、あの子は『ミジュアメ』を作れたの?」
「……い、いや、駄目だったよ。原料は米と麦だって分かっているんだけど、単に挽いて
混ぜ合わせただけだと白いどろっとしたスープになるだけで、あの琥珀色の秘薬には
ならなかったし、それに『錬金』しても駄目だった。見た目は近づいても甘みも全くなかったんだ。
だからタルブに行ったけど、結局何も教えてはもらえなかったよ」
慣れたものかギーシュの復活も早い。鼻血をハンカチで拭くと肩をすくめた。
「まぁ、あの子が簡単に作れたらここまで貴重品にはならないわね。
でも……今度そんなことをしたら……」
「わ、分かっているさモンモランシー。ははは……」
ギーシュの顔色は青ざめ、乾いた笑いをそこに貼り付けていた。
「ああ、シエスタはあのタルブの村出身だからな」
シエスタを見送ったふがくがふと口にした疑問に、マルトーが答える。
「タルブの村?」
「トリステイン王国の南側にある小さな村よ。大きな平原の中にあってワインと薬とお菓子で
有名な村ね。あと……昔お母様から聞いたことのある……なんて言ったか忘れたけど
奇妙なものがあるのよ。あの村」
マルトーに鸚鵡返しで聞き返すふがくにルイズが答えた。
「それに、タルブのワインと秘薬『ミジュアメ』はアストン伯を通じて王家への献上物になって
いるのよ。
亡くなられた国王陛下もタルブの秘薬『アワーメ』の味を大変好まれていたし、
アンリエッタ王女殿下もタルブのお菓子『ドロップ』をこよなく愛されているわ。
王女殿下とご一緒するとテーブルの上には必ずクリスタルの器に宝石のようなタルブの
『ドロップ』が盛られていたのを思い出すわね」
「へぇ。ルイズって、結構すごいんだ。
……でも『水飴』と『粟飴』って……まさか、ね……」
王室に関わりがあると聞いたふがくは素直に驚く。それと同時に聞き覚えのある単語に
似た言葉があることを不思議に思った。
「秘薬を食べるってのはさすがにトリステインの王族ね。『アワーメ』はそんなにしないけど、
最高級の『ミジュアメ』の大瓶は平民の一家四人が一ヶ月暮らせるくらいに値が張るもの。
でも、昔、秘薬『ミジュアメ』が最初に世に出たときはかなりすごかったらしいわね。
どんな傷でも治すという東方の幻の秘薬『コーイ』じゃないかって言われて。しかも作ったのが
メイジの協力を得た平民だったし。
それに……『ミジュアメ』と『アワーメ』は私の実家も扱いたいんだけど、トリステイン王国から
全然許可が下りないのよね。
『ドロップ』も普通の真っ黒なドロップと違って宝石みたいだし、食べると力がわいてくると
評判の『キャラメル』も、見た目はアルビオンのタフィそっくりなのに、あの口溶けと甘さが
たまらないのよねぇ……本当に残念」
「タルブ産の秘薬『ミジュアメ』、『アワーメ』、それにトリステイン魔法衛士隊に配給される
『キャラメル』はトリステイン王国の重要な戦略物資。
輸出は厳重に管理されているし、よほどの理由がないと個人のお土産以上の量の国外
持ち出しは許可されない」
ため息をつくキュルケに、タバサが冷静に突っ込んだ。
「おまけにそれらの製法を知っているのが東方からやってきたらしい一家族と彼らに協力
しているというアルビオン生まれの土のメイジ一人だけだから、王国から村に銃士隊が
派遣されてるくらいさ。
銃士隊が設立される前は魔法衛士隊の分隊を送り込んでいたと聞くからどれだけ重要視
されているか分かるよ。
もっとも、僕が聞いたところによれば役得も多いから、小さな村への派遣にもかかわらず
希望者も多いらしいけれどね」
「役得?」
ギーシュの言葉にふがくが聞き返す。
「休憩時間に『ミジュアメ』や『アワーメ』をお湯で溶いてジンジャーで味付けした薬湯
『アメユー』が振る舞われるからさ。加えて任期満了して王都に帰還するときには『ミジュアメ』の
小瓶が記念品として渡される。
貴族で構成される魔法衛士隊と違って王女殿下が設立された銃士隊は平民の、しかも
女性ばかりで構成されているからね。平民にとって『アワーメ』も貴重な薬、ましてや
『ミジュアメ』を口にすることなんて普通はまずないからね」
「へぇ。アンタ、見かけによらず物知りね」
「で、ギーシュ。どうして貴方がそんなことを知っているのか聞きたいわね」
「そりゃぁケティがお菓子の材料に使いたいって言って、自分で『ミジュアメ』を作ろうとして
失敗したときにコツを聞きに二人でタルブまで……ぶべらぁ!」
ふがくの言葉に紛れるように言葉を継いだモンモランシーにギーシュが墓穴を掘る。
腰の入った右ストレートがギーシュの顔面に炸裂した。
「ふーん。で、あの子は『ミジュアメ』を作れたの?」
「……い、いや、駄目だったよ。原料は米と麦だって分かっているんだけど、単に挽いて
混ぜ合わせただけだと白いどろっとしたスープになるだけで、あの琥珀色の秘薬には
ならなかったし、それに『錬金』しても駄目だった。見た目は近づいても甘みも全くなかったんだ。
だからタルブに行ったけど、結局何も教えてはもらえなかったよ」
慣れたものかギーシュの復活も早い。鼻血をハンカチで拭くと肩をすくめた。
「まぁ、あの子が簡単に作れたらここまで貴重品にはならないわね。
でも……今度そんなことをしたら……」
「わ、分かっているさモンモランシー。ははは……」
ギーシュの顔色は青ざめ、乾いた笑いをそこに貼り付けていた。
「……なるほどの。そうなるとこの味はワシが生きている間にはもう味わえんかもしれんのぅ」
夕食前の喧噪から3日。学院長室で特別料理を味わうオスマンは、料理を運んできた
マルトーからそのときの話を聞いていた。
ふがくの持ち込んだパイン缶は『東方の果物』として学院のごく一部の貴族と平民に
認知され、同時にマルトーの手によって、ふがくから聞いた『白身魚のムニエル パイン
ソース添え』を再現した特別料理『白身魚のムニエル 極東風』として学院長が舌鼓を
打つことになった。
元々沿岸部以外では貴重品の魚料理にそれに輪をかけて貴重な東方の果物を使用
した贅沢な料理は、材料の都合から学院長であるオスマンと、パイン缶をもたらしたルイズ、
ふがくの三人のみ口にすることができ――これがまた新たな火種になろうとは、ルイズたちは
このとき考えもしなかった。
夕食前の喧噪から3日。学院長室で特別料理を味わうオスマンは、料理を運んできた
マルトーからそのときの話を聞いていた。
ふがくの持ち込んだパイン缶は『東方の果物』として学院のごく一部の貴族と平民に
認知され、同時にマルトーの手によって、ふがくから聞いた『白身魚のムニエル パイン
ソース添え』を再現した特別料理『白身魚のムニエル 極東風』として学院長が舌鼓を
打つことになった。
元々沿岸部以外では貴重品の魚料理にそれに輪をかけて貴重な東方の果物を使用
した贅沢な料理は、材料の都合から学院長であるオスマンと、パイン缶をもたらしたルイズ、
ふがくの三人のみ口にすることができ――これがまた新たな火種になろうとは、ルイズたちは
このとき考えもしなかった。