第9話「王都トリスタニア・後編」
報告に行ったワルドと別れて待たされる事十数分。
ルイズ達は王宮付きの衛士に案内されて謁見の間に通された。
一番奥に置かれている玉座には、紫色のローブを身に纏ったまだ年端も行かぬ少女、アンリエッタ王女殿下が優しく微笑みながら座っていた。
その傍らには灰色のローブに身を包んだ痩せぎすの四十男、宰相のマザリーニが佇み、少し離れた場所にワルドの姿もあった。
その堂々たる面々を前にし、ルイズは今更ながら緊張して唾をごくりと飲み込んだ。
玉座の前までやってくると、ルイズは跪き、頭を垂れた。夏海、ユウスケも見真似で跪く。士だけがぼうと突っ立ってたので、ルイズは服の裾を引っ張って無理矢理跪かせた。
「楽にしてください、皆さん」
アンリエッタに声をかけられ、ルイズ達は顔を上げた。
アンリエッタはルイズの顔を見ると、愛おしそうに微笑んだ。
「久しぶりね、ルイズ。前に会ったのはもう何年前だったかしら?」
「ご無沙汰しております、姫殿下。もうずっと会いに来れず、申し訳ございません」
「良いのよ、ルイズ。またこうして会えたのだから。…あぁ、懐かしいわ。幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたりして…」
「うぉっほん!」
マザリーニが態とらしく咳払いをしてアンリエッタの話を打ち切らせる。
「殿下、昔話はまた次の機会に」
「そ、そうでしたわね…」
アンリエッタはこほんと小さく咳払いをすると改めてルイズ達を見据えた。
「この度は、我が王都トリスタニアを襲った災厄を打ち滅ぼしてくれた事、心より感謝致します」
「勿体ないお言葉です」
ルイズ達は再び頭を垂れた。
「いえ、もしあなた達がいなかったら被害はもっと拡大していたに違いありません。それが最小限で食い止められたのは一重にあなた達の働きのお陰です。是非ともわたくし達からお礼をさせてください」
「お礼…ですか?」
するとマザリーニが一歩前に出て、その手に持っていた書簡を広げた。
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、貴君にシュヴァリエの爵位を与える」
「シュヴァリエぇ!?」
思わずルイズが声を上げた。
シュヴァリエとは、王室から与えられる最下級の爵位であるが、それを手に入れると言う事は純粋にその実力を王宮に認められたと言う証なのだ。
「あなたの使い魔の活躍はワルドから聞かせてもらいました。人を使い魔にする事自体驚きですけど、まさか魔法衛士隊でも敵わない怪物を倒す程とは…。ルイズ、とても立派な使い魔と契約なさいましたね」
「は、はぁ…」
ルイズの声があからさまに沈む。
「わたくし達からはこのくらいの事しかできませんが、是非———」
「殿下っ!」
アンリエッタの言葉を遮るようにルイズが叫んだ。アンリエッタ達の顔が強張った。
「お言葉を遮ってしまい申し訳ございません。また、重ね重ね無礼を承知で申し上げさせてもらう事を先にお詫び致します」
「…何ですか?」
アンリエッタが怪訝そうな顔でルイズに先を促す。
「…この度のシュヴァリエの称号の授与、辞退させて頂きます!」
そう言った瞬間、一同が驚きの表情でルイズに視線を集めた。
「ミス・ヴァリーエル!殿下のご厚意を無駄にする———」
すぐさまマザリーニが抗議に出たが、それをアンリエッタが手で制する。
「…理由を、聞いても良いかしら?」
少し強張った顔でアンリエッタは尋ねた。
「はい。この度の功績、全ては私の使い魔カドヤ・ツカサと、その友人オノデラ・ユウスケの二人によるものです。私自身は何もしていません。ですので、私がシュヴァリエを授与するのは分不相応であると判断しました」
「ですが内一人はあなたの使い魔なのですぞ?使い魔の功績はその主人の功績も同じ、あなたには謝礼を受け取る資格があると判断出来ますが…?」
尚もマザリーニが喰らいつく。
「それでも、私自身が納得出来ません!もし今回の事で何か褒美をとお考えなのでしたら、私にではなくこちらの二人にお与えください!」
と言ってルイズは自分の後ろにいた士とユウスケを示した。
ユウスケは目を丸くして自分を指差し、士は面倒くさそうに小さく溜息を付いた。
「お前、せっかくくれるって言ってんだから、貰っておけばいいだろ」
「うるさいわね!私はただ、自分の実力で取りたいだけよ!」
二人の言い争いをこほんと咳払いを一つして聞き流すと、マザリーニは渋い顔で口を開いた。
「…ですが聞く所によると彼らは平民。彼らをこの場に通した事だけでも特別な措置であると言うのに、その上謝礼までと言うのは…」
「別に宜しいのではなくて?枢機卿」
マザリーニが渋っていると、アンリエッタが首を傾げた。
「しかし、彼らは貴族ではありません。彼らに爵位を与えるわけにもいきますまい」
「何も爵位だけが謝礼と言うわけではないでしょう?」
「むぅ…」
マザリーニは顔を顰めた。
アンリエッタは肩を竦めると、マザリーニを無視してルイズの背後の、士とユウスケを見た。
「カドヤさんに、オノデラさん、でしたね?シュヴァリエの称号とはいきませんけど、わたくしにできる限りの範囲で、何かお礼させてください」
「殿下!?」
マザリーニは声を荒げた。
「姫殿下!」
ルイズの顔がぱあっと輝いた。
「これは王宮からではなく、あくまでわたくし個人からのお礼です。宜しいですよね?枢機卿」
アンリエッタがマザリーニ笑みを向けた。
その笑みを前にしては、マザリーニも何も言う事ができなくなる。
「…しかし、お礼って言われてもなぁ」
ユウスケが考え込む。お礼を、といきなり言われても、すぐには思いつかない。
「じゃあ、俺から少し、あんたらに聞きたい事があるんだが」
と士が言った瞬間、ルイズ、マザリーニ、ワルドの3人がブハッと吹き出した。すぐさまルイズの鉄拳が士の脳天に直撃する。
その間アンリエッタはきょとんとしていた。
「…いてぇな」
士は殴られた箇所を擦ってルイズを抗議の目で睨む。だが抗議するのはルイズの方だ。
「あ、ああ、アンタねぇ…!仮にもここに在らせられるのはこのトリステインを納められる王女殿下とその補佐を担っている枢機卿猊下よ!そそそそれを、恐れ多くも、あ、あ、あ、あんたら呼ばわりするなんて……!!?」
「仕方ありません、士くん程礼儀から程遠い人はいませんから…」
士の横で夏海が肩を竦めた。
「…良いわ、これ以上姫殿下に無礼を働くわけにもいかないから、私が代わりに聞いたげるわ!」
「面倒くさいな…」
仕方無く士はルイズに質問の内容を伝え、それをルイズが礼儀正しくアンリエッタ達に尋ねた。
質問の内容は、思った通り『仮面ライダー』についてだった。
「『カメンライダー』…ですか?」
「はい、全身に甲冑を纏い、人間を遥かに超えた力を持つ戦士の事です」
「それはもしや、そこの二人と同じ力を持つ者の事ですかな?」
横からマザリーニが尋ねる。
「えぇ、その通りです。何か、王宮にそれらしい報告はされていませんでしょうか?」
アンリエッタとマザリーニは目を合わせたが、二人とも首を傾げるしかなかった。
次いでワルドにも目線を向けたが、ワルドも目を伏せて首を横に振った。
「…どうやら噂すら立って無いようだな」
今日の午前中、街で聞き込みを行ってもまるで収穫は無かった。
王宮ならばそのような超常の戦士の存在が見つかればすぐにでも報告されそうだと尋ねてみたのだが、それも無い。
「ごめんなさい、力になれなくて…」
「いえ、姫殿下がお気に病む必要はありません!」
気を落としたアンリエッタを慌ててルイズがフォローを入れた。
すると今まで何事かを考え込んでいたユウスケがおずおずと手を挙げた。
「あの…謝礼の事で、俺の方からいいですか…?」
「あ、はい!なんでしょうか?」
気を取り直してアンリエッタが応対する。
今の質問に答えられなかった分、ここで名誉挽回と躍起になったのだ。
「実は俺、今欲しいものがあるんですけど」
「物、ですか?」
アンリエッタが聞き返すと、ユウスケは「はい!」と力強く返事した。
「物品を強請るなんて、アンタにしては随分と俗っぽい要求ね」
「そう言われても、お礼ってそれくらいしか思い浮かばなかったんだよ」
「判りました。わたくしに出来る範囲で用意致します」
それを聞いてユウスケは小さくガッツポーズを作った。
「なら俺も———」
と、スッと士の手が挙がった。
一同が注視する中、士は悠然と口を開いた。
「ちょっと頼みたい事があるのですが、よろしいですか?姫殿下」
何よりもまずルイズは士が敬語を使った事に驚いた。と言うか使えるなら始めから使えと心の中で猛烈に突っ込んだ。
しかし何やら含みのある言い回し。しかも言った当人は口元に怪しい笑みを浮かべている。
アンリエッタの背筋に冷や汗が流れた。
ルイズ達は王宮付きの衛士に案内されて謁見の間に通された。
一番奥に置かれている玉座には、紫色のローブを身に纏ったまだ年端も行かぬ少女、アンリエッタ王女殿下が優しく微笑みながら座っていた。
その傍らには灰色のローブに身を包んだ痩せぎすの四十男、宰相のマザリーニが佇み、少し離れた場所にワルドの姿もあった。
その堂々たる面々を前にし、ルイズは今更ながら緊張して唾をごくりと飲み込んだ。
玉座の前までやってくると、ルイズは跪き、頭を垂れた。夏海、ユウスケも見真似で跪く。士だけがぼうと突っ立ってたので、ルイズは服の裾を引っ張って無理矢理跪かせた。
「楽にしてください、皆さん」
アンリエッタに声をかけられ、ルイズ達は顔を上げた。
アンリエッタはルイズの顔を見ると、愛おしそうに微笑んだ。
「久しぶりね、ルイズ。前に会ったのはもう何年前だったかしら?」
「ご無沙汰しております、姫殿下。もうずっと会いに来れず、申し訳ございません」
「良いのよ、ルイズ。またこうして会えたのだから。…あぁ、懐かしいわ。幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたりして…」
「うぉっほん!」
マザリーニが態とらしく咳払いをしてアンリエッタの話を打ち切らせる。
「殿下、昔話はまた次の機会に」
「そ、そうでしたわね…」
アンリエッタはこほんと小さく咳払いをすると改めてルイズ達を見据えた。
「この度は、我が王都トリスタニアを襲った災厄を打ち滅ぼしてくれた事、心より感謝致します」
「勿体ないお言葉です」
ルイズ達は再び頭を垂れた。
「いえ、もしあなた達がいなかったら被害はもっと拡大していたに違いありません。それが最小限で食い止められたのは一重にあなた達の働きのお陰です。是非ともわたくし達からお礼をさせてください」
「お礼…ですか?」
するとマザリーニが一歩前に出て、その手に持っていた書簡を広げた。
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、貴君にシュヴァリエの爵位を与える」
「シュヴァリエぇ!?」
思わずルイズが声を上げた。
シュヴァリエとは、王室から与えられる最下級の爵位であるが、それを手に入れると言う事は純粋にその実力を王宮に認められたと言う証なのだ。
「あなたの使い魔の活躍はワルドから聞かせてもらいました。人を使い魔にする事自体驚きですけど、まさか魔法衛士隊でも敵わない怪物を倒す程とは…。ルイズ、とても立派な使い魔と契約なさいましたね」
「は、はぁ…」
ルイズの声があからさまに沈む。
「わたくし達からはこのくらいの事しかできませんが、是非———」
「殿下っ!」
アンリエッタの言葉を遮るようにルイズが叫んだ。アンリエッタ達の顔が強張った。
「お言葉を遮ってしまい申し訳ございません。また、重ね重ね無礼を承知で申し上げさせてもらう事を先にお詫び致します」
「…何ですか?」
アンリエッタが怪訝そうな顔でルイズに先を促す。
「…この度のシュヴァリエの称号の授与、辞退させて頂きます!」
そう言った瞬間、一同が驚きの表情でルイズに視線を集めた。
「ミス・ヴァリーエル!殿下のご厚意を無駄にする———」
すぐさまマザリーニが抗議に出たが、それをアンリエッタが手で制する。
「…理由を、聞いても良いかしら?」
少し強張った顔でアンリエッタは尋ねた。
「はい。この度の功績、全ては私の使い魔カドヤ・ツカサと、その友人オノデラ・ユウスケの二人によるものです。私自身は何もしていません。ですので、私がシュヴァリエを授与するのは分不相応であると判断しました」
「ですが内一人はあなたの使い魔なのですぞ?使い魔の功績はその主人の功績も同じ、あなたには謝礼を受け取る資格があると判断出来ますが…?」
尚もマザリーニが喰らいつく。
「それでも、私自身が納得出来ません!もし今回の事で何か褒美をとお考えなのでしたら、私にではなくこちらの二人にお与えください!」
と言ってルイズは自分の後ろにいた士とユウスケを示した。
ユウスケは目を丸くして自分を指差し、士は面倒くさそうに小さく溜息を付いた。
「お前、せっかくくれるって言ってんだから、貰っておけばいいだろ」
「うるさいわね!私はただ、自分の実力で取りたいだけよ!」
二人の言い争いをこほんと咳払いを一つして聞き流すと、マザリーニは渋い顔で口を開いた。
「…ですが聞く所によると彼らは平民。彼らをこの場に通した事だけでも特別な措置であると言うのに、その上謝礼までと言うのは…」
「別に宜しいのではなくて?枢機卿」
マザリーニが渋っていると、アンリエッタが首を傾げた。
「しかし、彼らは貴族ではありません。彼らに爵位を与えるわけにもいきますまい」
「何も爵位だけが謝礼と言うわけではないでしょう?」
「むぅ…」
マザリーニは顔を顰めた。
アンリエッタは肩を竦めると、マザリーニを無視してルイズの背後の、士とユウスケを見た。
「カドヤさんに、オノデラさん、でしたね?シュヴァリエの称号とはいきませんけど、わたくしにできる限りの範囲で、何かお礼させてください」
「殿下!?」
マザリーニは声を荒げた。
「姫殿下!」
ルイズの顔がぱあっと輝いた。
「これは王宮からではなく、あくまでわたくし個人からのお礼です。宜しいですよね?枢機卿」
アンリエッタがマザリーニ笑みを向けた。
その笑みを前にしては、マザリーニも何も言う事ができなくなる。
「…しかし、お礼って言われてもなぁ」
ユウスケが考え込む。お礼を、といきなり言われても、すぐには思いつかない。
「じゃあ、俺から少し、あんたらに聞きたい事があるんだが」
と士が言った瞬間、ルイズ、マザリーニ、ワルドの3人がブハッと吹き出した。すぐさまルイズの鉄拳が士の脳天に直撃する。
その間アンリエッタはきょとんとしていた。
「…いてぇな」
士は殴られた箇所を擦ってルイズを抗議の目で睨む。だが抗議するのはルイズの方だ。
「あ、ああ、アンタねぇ…!仮にもここに在らせられるのはこのトリステインを納められる王女殿下とその補佐を担っている枢機卿猊下よ!そそそそれを、恐れ多くも、あ、あ、あ、あんたら呼ばわりするなんて……!!?」
「仕方ありません、士くん程礼儀から程遠い人はいませんから…」
士の横で夏海が肩を竦めた。
「…良いわ、これ以上姫殿下に無礼を働くわけにもいかないから、私が代わりに聞いたげるわ!」
「面倒くさいな…」
仕方無く士はルイズに質問の内容を伝え、それをルイズが礼儀正しくアンリエッタ達に尋ねた。
質問の内容は、思った通り『仮面ライダー』についてだった。
「『カメンライダー』…ですか?」
「はい、全身に甲冑を纏い、人間を遥かに超えた力を持つ戦士の事です」
「それはもしや、そこの二人と同じ力を持つ者の事ですかな?」
横からマザリーニが尋ねる。
「えぇ、その通りです。何か、王宮にそれらしい報告はされていませんでしょうか?」
アンリエッタとマザリーニは目を合わせたが、二人とも首を傾げるしかなかった。
次いでワルドにも目線を向けたが、ワルドも目を伏せて首を横に振った。
「…どうやら噂すら立って無いようだな」
今日の午前中、街で聞き込みを行ってもまるで収穫は無かった。
王宮ならばそのような超常の戦士の存在が見つかればすぐにでも報告されそうだと尋ねてみたのだが、それも無い。
「ごめんなさい、力になれなくて…」
「いえ、姫殿下がお気に病む必要はありません!」
気を落としたアンリエッタを慌ててルイズがフォローを入れた。
すると今まで何事かを考え込んでいたユウスケがおずおずと手を挙げた。
「あの…謝礼の事で、俺の方からいいですか…?」
「あ、はい!なんでしょうか?」
気を取り直してアンリエッタが応対する。
今の質問に答えられなかった分、ここで名誉挽回と躍起になったのだ。
「実は俺、今欲しいものがあるんですけど」
「物、ですか?」
アンリエッタが聞き返すと、ユウスケは「はい!」と力強く返事した。
「物品を強請るなんて、アンタにしては随分と俗っぽい要求ね」
「そう言われても、お礼ってそれくらいしか思い浮かばなかったんだよ」
「判りました。わたくしに出来る範囲で用意致します」
それを聞いてユウスケは小さくガッツポーズを作った。
「なら俺も———」
と、スッと士の手が挙がった。
一同が注視する中、士は悠然と口を開いた。
「ちょっと頼みたい事があるのですが、よろしいですか?姫殿下」
何よりもまずルイズは士が敬語を使った事に驚いた。と言うか使えるなら始めから使えと心の中で猛烈に突っ込んだ。
しかし何やら含みのある言い回し。しかも言った当人は口元に怪しい笑みを浮かべている。
アンリエッタの背筋に冷や汗が流れた。
太陽が西に傾き始めた頃、城下町は復興作業に追われていた。
グロンギによって殺された平民達は手厚く葬られ、被害を受けた民家や商店の片付けに住民達は忙殺されていた。
武器屋の親父もその一人で、中でも彼の武器屋の崩壊っぷりは他と比べても酷い物で、店内は棚からカウンターに至るまで破壊され、商品も殆どお釈迦になっていた。
その原因がクウガとバヅーに立て続けに店の中に突っ込まれた結果と言う事を親父は知る由もなかった。
「ったく、なんでうちだけがこんな目にあうんだか…」
親父がぼやきながら木屑やら駄目になった武具の破片やらを拾い集めている。国から保証金が出してもらえると聞いたが、それを差し引いてもこの損害は大きすぎる。
「そりゃおめえの日頃の行いが悪い証拠だ!」
すると壁に立て掛けられた錆びた剣がカチカチとはばきを鳴らして笑った。昼間、クウガに使われていたあの喋る剣だ。
「なんだと!?このボロ剣め!そもそもなんで高価な商品がことごとく駄目になったのに、厄介もののお前が無事なんだよ!?お前がぶっ壊れりゃ良かったんだ!」
「へっ!壊れたってのはそりゃその剣がナマクラだったって証拠だろう!見た目ばっか綺麗にしたって実際に使えなけりゃ意味ねぇな!その点、俺は出来が違うからな!」
えっへんと、ボロ剣は無い胸を張った。
「馬鹿言うな!ボロボロに錆びて布切れだって碌に切れないくせに!てめえの方がよっぽどナマクラだろうが!」
親父と剣の口喧嘩がヒートアップしていると、店の入り口に人影が現れた。人影は二つ。うち片方は親父には馴染みの顔だった。
「…随分とやられたな、親父」
「なんでえ、アニエスじゃねえか。どうしたんだ?城勤めのお前さんが今更こんな所に」
アニエスと呼ばれた短い金髪の女性兵士は、小さく溜息を付くと自分と同行してきた黒髪の男を指差して言った。
「その王宮からの命令でな、彼の買い物に付き合うよう命じられた」
「王宮からの?見た所ただの平民に見えるが、実は何処かの国のお偉いさんかい?おれはてっきりお前さんのコレかと思ったぜ!」
と、親父は自分の親指を立ててみせた。アニエスは少し顔を赤らめて眉を顰めた。
「…冗談が過ぎるぞ。どうやら彼は昼間の騒動を解決した功労者らしい。それで、謝礼に彼の望む剣を買ってくるよう命じられたんだ」
「はぁ〜、噂じゃ魔法衛士隊でも敵わない怪物だったって話じゃねえか!それをあいつが!人は見かけによらないねえ。アニエス、お前も負けちゃいられんなあ!」
はっはっはとアニエスをからかう親父。アニエスは気を悪くして彼女が連れてきた黒髪の男、ユウスケの方を見た。
ユウスケはキョロキョロと崩壊した店の中で目当ての剣を捜していたが、壁に立て掛けられていたボロ剣を見つけると声を上げてそちらに駆け寄った。
「あぁっ!こいつだ!こいつだよ!!」
柄を握り、その剣を持ち上げた。
「…それで良いのか?」
アニエスが驚いた顔で尋ねた。
ユウスケが手にしたのは刃がボロボロに錆びていてとてもじゃないが剣としての役目は果たせない代物だ。しかもアニエスの記憶が確かなら、あの剣はある意味この店の名物であるアレだ。
「ああ!俺はこいつが良いんだ!何てったってこいつは俺のイメージに応えてくれたんだからな!」
ユウスケが目を輝かせて手に持った剣を眺めた。どうやら完全にあの剣に惚れ込んでるようだ。
「おや?もしかしておめえ、昼間俺を使って化け物どもを倒してたやつか?」
するとボロ剣はカチカチとはばきを鳴らして言葉を発した。
やっぱりか、とアニエスは肩を竦めたが、その剣の口から飛び出た言葉に耳を疑った。この男が、このボロ剣で昼間の怪物を退治しただと…?
「あぁ、さっきぶり!お前の事を買いにきてやったぜ!」
ユウスケが無邪気に笑って剣に答えた。
「はあ!?おいデル公!お前があの魔法衛士隊も敵わなかったって怪物を倒したなんて、大法螺吹いてんじゃねえ!お前みたいなボロ剣じゃ野良犬一匹斬れねえだろうが!」
「バカにすんじゃねえ!昼間はこの兄ちゃんと組んで大活躍だったんだぜ!襲い来る怪物を斬って斬って斬りまくって!最後には弓矢んなって奴らをみんなぶっ倒したんだぜ!なあ!」
「ああ!」
ボロ剣と同意するユウスケ。
だが親父とアニエスはとてもじゃないがその話を真に受ける事は出来なかった。特に最後の『弓矢になって』云々は意味不明すぎる。剣の何処をどうやったら弓矢に出来るのだろうか。
「いいねえ兄ちゃん!気に入ったぜ!おめえ、名前はなんて言うんだ?」
「ユウスケ、小野寺ユウスケだ!」
「ユウスケか!俺はデルフリンガーってんだ!デルフで良いぜ!」
上機嫌にユウスケと会話するデルフを見て、武器屋の親父は少し驚いた。
いつも不機嫌でつまらなさそうにしていて、来る客来る客全てに文句ばっかり言っていたあのデル公が、こんなにも楽しそうに誰かと話してる所なんて初めて見た。
「…念のために聞くが、本当にそれで良いのだな?何なら別の店の、もっと良いお前に合った剣を見繕っても構わないが?」
「あぁ!俺、こいつが良いんだ!」
ユウスケは言い切った。今更デルフ以外の剣を選ぶなんて考えもいてないようだ。
アニエスは小さく肩を竦めると、親父に向き直った。
「あの剣を買おう。幾らだ?」
「そうだな、あれなら500エキューでどうだ?」
するとアニエスは顔を顰めた。
「500?ボッタくり過ぎだろ。どう見ても100かそこらが良い所だ」
「ま、いつもならそれくらいだが、店がこの有様だからな。売れるもんはなるべく高く売っておきたいんだよ」
店の惨状を改めて見回し、やれやれとアニエスは溜息を付いた。
「へっ!普段は俺の事厄介もの扱いしてたクセに!こんな時だけ一丁前の商品扱いか!」
「うるせえデル公!いっつも商売の邪魔ばっかしてたんだ!売れる時ぐらいちょっとは店を潤わしてけってんだ!」
デルフと親父の口論を傍目に、アニエスはさらさらと小切手を書いていた。
「ま、殿下からは金に糸目は着けるなとのお達しだからな」
そう独り言を呟くと、小切手を切って親父に手渡す。
「おう!確かに!ちょっと待ってな、今鞘をつけてやるからな」
小切手を確認して気を良くした親父は、何とか無事だった店の奥に引っ込むとそこから鞘を持ってくる。
「どうしてもうるさいと思ったら、こうして鞘に入れればおとなしくならあ」
ユウスケからデルフを受け取った親父は、デルフを鞘に納めてからまたユウスケに手渡した。
「宜しくな!デルフ!」
ユウスケはデルフを完全には鞘に納めず、デルフが喋れなくならないようにはばきの部分だけを覗かせた。
「おう!相棒!」
デルフがカチカチとはばきを鳴らして上機嫌に言った。
鞘紐を使ってデルフを肩に担ぐと、ユウスケとアニエスは一緒に店の外へ向かう。
「…それにしてもその剣で怪物を倒すとは、話が本当なら見かけによらずなかなか剣の腕は立つみたいだな。今度機会があったら手合わせ願いたいものだ」
「ははは…お手柔らかに…」
アニエスの申し出にユウスケは苦笑いで返しながら、二人は店の外に出て行った。
後に残ったのは、この店の主人である親父と、崩壊した店のみだった。
親父は急に静かになった店の中で、何か物悲しさを感じていた。
今までずっと煩わしいと思っていたデルフが売れて、嬉しい筈なのに、それを寂しいと感じてしまうのは店がこんな状態だからだろうか。
「…さぁて、片付け片付けっと」
親父は滅茶苦茶になった店の片付けを再開した。
まるで心の中の喪失感を拭いさるかのように、黙々と作業に没頭した。
グロンギによって殺された平民達は手厚く葬られ、被害を受けた民家や商店の片付けに住民達は忙殺されていた。
武器屋の親父もその一人で、中でも彼の武器屋の崩壊っぷりは他と比べても酷い物で、店内は棚からカウンターに至るまで破壊され、商品も殆どお釈迦になっていた。
その原因がクウガとバヅーに立て続けに店の中に突っ込まれた結果と言う事を親父は知る由もなかった。
「ったく、なんでうちだけがこんな目にあうんだか…」
親父がぼやきながら木屑やら駄目になった武具の破片やらを拾い集めている。国から保証金が出してもらえると聞いたが、それを差し引いてもこの損害は大きすぎる。
「そりゃおめえの日頃の行いが悪い証拠だ!」
すると壁に立て掛けられた錆びた剣がカチカチとはばきを鳴らして笑った。昼間、クウガに使われていたあの喋る剣だ。
「なんだと!?このボロ剣め!そもそもなんで高価な商品がことごとく駄目になったのに、厄介もののお前が無事なんだよ!?お前がぶっ壊れりゃ良かったんだ!」
「へっ!壊れたってのはそりゃその剣がナマクラだったって証拠だろう!見た目ばっか綺麗にしたって実際に使えなけりゃ意味ねぇな!その点、俺は出来が違うからな!」
えっへんと、ボロ剣は無い胸を張った。
「馬鹿言うな!ボロボロに錆びて布切れだって碌に切れないくせに!てめえの方がよっぽどナマクラだろうが!」
親父と剣の口喧嘩がヒートアップしていると、店の入り口に人影が現れた。人影は二つ。うち片方は親父には馴染みの顔だった。
「…随分とやられたな、親父」
「なんでえ、アニエスじゃねえか。どうしたんだ?城勤めのお前さんが今更こんな所に」
アニエスと呼ばれた短い金髪の女性兵士は、小さく溜息を付くと自分と同行してきた黒髪の男を指差して言った。
「その王宮からの命令でな、彼の買い物に付き合うよう命じられた」
「王宮からの?見た所ただの平民に見えるが、実は何処かの国のお偉いさんかい?おれはてっきりお前さんのコレかと思ったぜ!」
と、親父は自分の親指を立ててみせた。アニエスは少し顔を赤らめて眉を顰めた。
「…冗談が過ぎるぞ。どうやら彼は昼間の騒動を解決した功労者らしい。それで、謝礼に彼の望む剣を買ってくるよう命じられたんだ」
「はぁ〜、噂じゃ魔法衛士隊でも敵わない怪物だったって話じゃねえか!それをあいつが!人は見かけによらないねえ。アニエス、お前も負けちゃいられんなあ!」
はっはっはとアニエスをからかう親父。アニエスは気を悪くして彼女が連れてきた黒髪の男、ユウスケの方を見た。
ユウスケはキョロキョロと崩壊した店の中で目当ての剣を捜していたが、壁に立て掛けられていたボロ剣を見つけると声を上げてそちらに駆け寄った。
「あぁっ!こいつだ!こいつだよ!!」
柄を握り、その剣を持ち上げた。
「…それで良いのか?」
アニエスが驚いた顔で尋ねた。
ユウスケが手にしたのは刃がボロボロに錆びていてとてもじゃないが剣としての役目は果たせない代物だ。しかもアニエスの記憶が確かなら、あの剣はある意味この店の名物であるアレだ。
「ああ!俺はこいつが良いんだ!何てったってこいつは俺のイメージに応えてくれたんだからな!」
ユウスケが目を輝かせて手に持った剣を眺めた。どうやら完全にあの剣に惚れ込んでるようだ。
「おや?もしかしておめえ、昼間俺を使って化け物どもを倒してたやつか?」
するとボロ剣はカチカチとはばきを鳴らして言葉を発した。
やっぱりか、とアニエスは肩を竦めたが、その剣の口から飛び出た言葉に耳を疑った。この男が、このボロ剣で昼間の怪物を退治しただと…?
「あぁ、さっきぶり!お前の事を買いにきてやったぜ!」
ユウスケが無邪気に笑って剣に答えた。
「はあ!?おいデル公!お前があの魔法衛士隊も敵わなかったって怪物を倒したなんて、大法螺吹いてんじゃねえ!お前みたいなボロ剣じゃ野良犬一匹斬れねえだろうが!」
「バカにすんじゃねえ!昼間はこの兄ちゃんと組んで大活躍だったんだぜ!襲い来る怪物を斬って斬って斬りまくって!最後には弓矢んなって奴らをみんなぶっ倒したんだぜ!なあ!」
「ああ!」
ボロ剣と同意するユウスケ。
だが親父とアニエスはとてもじゃないがその話を真に受ける事は出来なかった。特に最後の『弓矢になって』云々は意味不明すぎる。剣の何処をどうやったら弓矢に出来るのだろうか。
「いいねえ兄ちゃん!気に入ったぜ!おめえ、名前はなんて言うんだ?」
「ユウスケ、小野寺ユウスケだ!」
「ユウスケか!俺はデルフリンガーってんだ!デルフで良いぜ!」
上機嫌にユウスケと会話するデルフを見て、武器屋の親父は少し驚いた。
いつも不機嫌でつまらなさそうにしていて、来る客来る客全てに文句ばっかり言っていたあのデル公が、こんなにも楽しそうに誰かと話してる所なんて初めて見た。
「…念のために聞くが、本当にそれで良いのだな?何なら別の店の、もっと良いお前に合った剣を見繕っても構わないが?」
「あぁ!俺、こいつが良いんだ!」
ユウスケは言い切った。今更デルフ以外の剣を選ぶなんて考えもいてないようだ。
アニエスは小さく肩を竦めると、親父に向き直った。
「あの剣を買おう。幾らだ?」
「そうだな、あれなら500エキューでどうだ?」
するとアニエスは顔を顰めた。
「500?ボッタくり過ぎだろ。どう見ても100かそこらが良い所だ」
「ま、いつもならそれくらいだが、店がこの有様だからな。売れるもんはなるべく高く売っておきたいんだよ」
店の惨状を改めて見回し、やれやれとアニエスは溜息を付いた。
「へっ!普段は俺の事厄介もの扱いしてたクセに!こんな時だけ一丁前の商品扱いか!」
「うるせえデル公!いっつも商売の邪魔ばっかしてたんだ!売れる時ぐらいちょっとは店を潤わしてけってんだ!」
デルフと親父の口論を傍目に、アニエスはさらさらと小切手を書いていた。
「ま、殿下からは金に糸目は着けるなとのお達しだからな」
そう独り言を呟くと、小切手を切って親父に手渡す。
「おう!確かに!ちょっと待ってな、今鞘をつけてやるからな」
小切手を確認して気を良くした親父は、何とか無事だった店の奥に引っ込むとそこから鞘を持ってくる。
「どうしてもうるさいと思ったら、こうして鞘に入れればおとなしくならあ」
ユウスケからデルフを受け取った親父は、デルフを鞘に納めてからまたユウスケに手渡した。
「宜しくな!デルフ!」
ユウスケはデルフを完全には鞘に納めず、デルフが喋れなくならないようにはばきの部分だけを覗かせた。
「おう!相棒!」
デルフがカチカチとはばきを鳴らして上機嫌に言った。
鞘紐を使ってデルフを肩に担ぐと、ユウスケとアニエスは一緒に店の外へ向かう。
「…それにしてもその剣で怪物を倒すとは、話が本当なら見かけによらずなかなか剣の腕は立つみたいだな。今度機会があったら手合わせ願いたいものだ」
「ははは…お手柔らかに…」
アニエスの申し出にユウスケは苦笑いで返しながら、二人は店の外に出て行った。
後に残ったのは、この店の主人である親父と、崩壊した店のみだった。
親父は急に静かになった店の中で、何か物悲しさを感じていた。
今までずっと煩わしいと思っていたデルフが売れて、嬉しい筈なのに、それを寂しいと感じてしまうのは店がこんな状態だからだろうか。
「…さぁて、片付け片付けっと」
親父は滅茶苦茶になった店の片付けを再開した。
まるで心の中の喪失感を拭いさるかのように、黙々と作業に没頭した。
城門から出て行くルイズ達を、アンリエッタは王宮の窓から眺めていた。
まさかあんな頼み事をされるだなんて思ってもみなかったが、久しぶりにルイズの顔も見れたし、少し身体も動かせて、最近曇りがちだった気分が少し晴れやかになった。
「おぉ、こちらにおいででしたか殿下」
するとそこに白髪を携えたマザリーニ枢機卿が姿を見せた。
アンリエッタはせっかく晴れやかだった気持ちにどんよりしたと雲を掛けられ、顔を顰める。
「何ですか?枢機卿。また政治のお話ですか?」
「左様です。私が何故この王宮に仕えているのか、よもやお忘れではないでしょうね?」
その不満をたっぷりと込めてマザリーニに問いかけたが、マザリーニは平然とそれを返した。
マザリーニは先帝亡き後、このトリステインの内政、外交を一手に引き受けていた。その度重なる激務に追われて髪も髭もすっかり真っ白、伸びた指は骨張って、実際の年齢よりも十は老けて見える程だ。
更に気分を悪くしたアンリエッタはぷいとそっぽを向いた。
「政治の話ならわたくし無しでもできますでしょう?だってあなたはこのトリステインの王様なのですから」
それを聞いて、マザリーニは眉を顰めた。
「…何を仰っているかさっぱり判りませんな」
「枢機卿、今街で流行ってる小唄はご存知かしら?」
「はて、存じませんな」
嘘である。トリステインの内政を司る彼はどんな些細な情報も聞き逃さない。それがどんなものか知ってるからこそ、敢えて知らないフリをしているのだ。
「なら聞かせてさしあげますわ。トリステインの王家には、美貌はあっても杖が無い。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨———」
マザリーニは目を細めた。『鳥の骨』などと自分の悪口が王女の口から出たので気分を害したのだ。
「街女が歌うような小唄など、口にしてはなりませぬ」
「いいじゃないの、小唄くらい。それに全部が嘘ってわけでもないでしょう?実際に政治を取り行ってるのはわたくしではなくあなたなのだから。…さっきだって、謁見なんかに付き合わずに一人で政務に勤しんでいれば良かったのよ」
アンリエッタは先程ルイズとの思い出話を邪魔された事をまだ根に持っていた。
「あの時お止めにならなければ今でも長々とお喋りに興じていたでしょう。流石にそれでは政務に支障を来します。…それに、私自身も彼らをこの目で見ておきたかったですからな」
「…彼らとは、ルイズの使い魔の彼とその友人の事ですか?」
「左様です。何せ彼らは魔法衛士隊ですら敵わなかった怪物を倒す程の実力者、その彼らを放っておく手は無いでしょう」
「それでルイズにシュヴァリエを与えようとしたのね?シュヴァリエの爵位と共に従軍義務も与えて、ルイズとその使い魔を我が軍に加えようと」
「えぇ、彼らの実力を鑑みれば当然の事。それに昨今のアルビオンの情勢、いずれ奴らはアルビオン王家を討ち滅ぼし、次はこのトリステインに攻め込んでくるでしょう」
「レコン・キスタ…」
アンリエッタは憎々しげに『敵』の名を口にした。
アルビオンの貴族を誑かし、恐れ多くも始祖が授けた三本の王権の一つを打ち倒さんとし、新たな秩序を打ち立てようとする下賤な蛮族。決して赦すわけにはいかない。
「それを迎え撃つためにも、より強い兵士を一人でも集め、自軍の兵力を固め、そして隣国ゲルマニアとの軍事同盟を———」
「判っております!」
ゲルマニア、と言う単語を耳にし、考えたくもない事を思い出してアンリエッタはヒステリックに叫んだ。
アンリエッタの気持ちを察したマザリーニは肩を竦めると、話題を変える事にしいた。
「…ところで、彼らの口から出た単語、殿下は覚えておられますか?」
「…『カメンライダー』…とやらの事ですか?」
マザリーニは頷く。
「どうやら彼らは自分達と同じ力を持ったその『カメンライダー』なる人物を捜しているようですが、ならばその人探し、この王宮でもできる限り手助けしてみてはと考えているのですが」
それを聞いて、アンリエッタは小さく溜息を付いた。
「…つまり、あわよくば探し出した『カメンライダー』なる人物を我が軍に引き込もう、と言う魂胆なのですね」
「ほほぉ、殿下もなかなかご察しがよろしいですな」
「莫迦にしないでください!一体どれだけあなたの横で政治の現場を目にしてきたとお思いですか?この位、判って当たり前です!」
不機嫌そうにアンリエッタは声を荒げた。
「はははっ!これは失礼致しました!」
かかと笑うマザリーニ。だがすぐに真面目な顔をする。
「…ですが、事態はこの国の行く末を左右するかもしれない事態であります。より迅速に、かつ他国に知れぬよう内密に動く必要がございますな」
「その事、この後の会議で議論するのでしょう?」
「左様です。ですのでこの事を殿下にも心に留めておいて頂きたい」
とは言っても、その会議を取り仕切るのも実質マザリーニ。アンリエッタは会議室の上座に座って最終的にマザリーニの出した案を肯定するだけ。そこにはアンリエッタの意思はまったく存在しない、文字通りの傀儡人形でしかない。
「さあ、そろそろ重臣達も集まっている頃でしょう。我々もそろそろ向かうとしましょう」
そう言ってマザリーニが会議室へと誘う。
アンリエッタはもう一度窓の外を見た。沈みゆく太陽の光がトリスタニアの街を朱に染め上げている。そこにはもうルイズ達の姿は何処にも見えなくなっていた。
「殿下」
マザリーニに急かされ、渋々アンリエッタは窓から離れ、会議室へと続く廊下を重い足取りで歩いて行った。
まさかあんな頼み事をされるだなんて思ってもみなかったが、久しぶりにルイズの顔も見れたし、少し身体も動かせて、最近曇りがちだった気分が少し晴れやかになった。
「おぉ、こちらにおいででしたか殿下」
するとそこに白髪を携えたマザリーニ枢機卿が姿を見せた。
アンリエッタはせっかく晴れやかだった気持ちにどんよりしたと雲を掛けられ、顔を顰める。
「何ですか?枢機卿。また政治のお話ですか?」
「左様です。私が何故この王宮に仕えているのか、よもやお忘れではないでしょうね?」
その不満をたっぷりと込めてマザリーニに問いかけたが、マザリーニは平然とそれを返した。
マザリーニは先帝亡き後、このトリステインの内政、外交を一手に引き受けていた。その度重なる激務に追われて髪も髭もすっかり真っ白、伸びた指は骨張って、実際の年齢よりも十は老けて見える程だ。
更に気分を悪くしたアンリエッタはぷいとそっぽを向いた。
「政治の話ならわたくし無しでもできますでしょう?だってあなたはこのトリステインの王様なのですから」
それを聞いて、マザリーニは眉を顰めた。
「…何を仰っているかさっぱり判りませんな」
「枢機卿、今街で流行ってる小唄はご存知かしら?」
「はて、存じませんな」
嘘である。トリステインの内政を司る彼はどんな些細な情報も聞き逃さない。それがどんなものか知ってるからこそ、敢えて知らないフリをしているのだ。
「なら聞かせてさしあげますわ。トリステインの王家には、美貌はあっても杖が無い。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨———」
マザリーニは目を細めた。『鳥の骨』などと自分の悪口が王女の口から出たので気分を害したのだ。
「街女が歌うような小唄など、口にしてはなりませぬ」
「いいじゃないの、小唄くらい。それに全部が嘘ってわけでもないでしょう?実際に政治を取り行ってるのはわたくしではなくあなたなのだから。…さっきだって、謁見なんかに付き合わずに一人で政務に勤しんでいれば良かったのよ」
アンリエッタは先程ルイズとの思い出話を邪魔された事をまだ根に持っていた。
「あの時お止めにならなければ今でも長々とお喋りに興じていたでしょう。流石にそれでは政務に支障を来します。…それに、私自身も彼らをこの目で見ておきたかったですからな」
「…彼らとは、ルイズの使い魔の彼とその友人の事ですか?」
「左様です。何せ彼らは魔法衛士隊ですら敵わなかった怪物を倒す程の実力者、その彼らを放っておく手は無いでしょう」
「それでルイズにシュヴァリエを与えようとしたのね?シュヴァリエの爵位と共に従軍義務も与えて、ルイズとその使い魔を我が軍に加えようと」
「えぇ、彼らの実力を鑑みれば当然の事。それに昨今のアルビオンの情勢、いずれ奴らはアルビオン王家を討ち滅ぼし、次はこのトリステインに攻め込んでくるでしょう」
「レコン・キスタ…」
アンリエッタは憎々しげに『敵』の名を口にした。
アルビオンの貴族を誑かし、恐れ多くも始祖が授けた三本の王権の一つを打ち倒さんとし、新たな秩序を打ち立てようとする下賤な蛮族。決して赦すわけにはいかない。
「それを迎え撃つためにも、より強い兵士を一人でも集め、自軍の兵力を固め、そして隣国ゲルマニアとの軍事同盟を———」
「判っております!」
ゲルマニア、と言う単語を耳にし、考えたくもない事を思い出してアンリエッタはヒステリックに叫んだ。
アンリエッタの気持ちを察したマザリーニは肩を竦めると、話題を変える事にしいた。
「…ところで、彼らの口から出た単語、殿下は覚えておられますか?」
「…『カメンライダー』…とやらの事ですか?」
マザリーニは頷く。
「どうやら彼らは自分達と同じ力を持ったその『カメンライダー』なる人物を捜しているようですが、ならばその人探し、この王宮でもできる限り手助けしてみてはと考えているのですが」
それを聞いて、アンリエッタは小さく溜息を付いた。
「…つまり、あわよくば探し出した『カメンライダー』なる人物を我が軍に引き込もう、と言う魂胆なのですね」
「ほほぉ、殿下もなかなかご察しがよろしいですな」
「莫迦にしないでください!一体どれだけあなたの横で政治の現場を目にしてきたとお思いですか?この位、判って当たり前です!」
不機嫌そうにアンリエッタは声を荒げた。
「はははっ!これは失礼致しました!」
かかと笑うマザリーニ。だがすぐに真面目な顔をする。
「…ですが、事態はこの国の行く末を左右するかもしれない事態であります。より迅速に、かつ他国に知れぬよう内密に動く必要がございますな」
「その事、この後の会議で議論するのでしょう?」
「左様です。ですのでこの事を殿下にも心に留めておいて頂きたい」
とは言っても、その会議を取り仕切るのも実質マザリーニ。アンリエッタは会議室の上座に座って最終的にマザリーニの出した案を肯定するだけ。そこにはアンリエッタの意思はまったく存在しない、文字通りの傀儡人形でしかない。
「さあ、そろそろ重臣達も集まっている頃でしょう。我々もそろそろ向かうとしましょう」
そう言ってマザリーニが会議室へと誘う。
アンリエッタはもう一度窓の外を見た。沈みゆく太陽の光がトリスタニアの街を朱に染め上げている。そこにはもうルイズ達の姿は何処にも見えなくなっていた。
「殿下」
マザリーニに急かされ、渋々アンリエッタは窓から離れ、会議室へと続く廊下を重い足取りで歩いて行った。
その後、すぐさま王宮は『"カメンライダー"捜索隊』の派遣を決定。部隊が編成され、間もなくトリステイン各地に散ってその情報収集に当たる事になる。
しかし王宮のその行動が今後トリステインにどのような結果を齎すのか、まだ誰も知らない。
しかし王宮のその行動が今後トリステインにどのような結果を齎すのか、まだ誰も知らない。