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毒の爪の使い魔-50


「…ンだと?」
ジャンガは言葉を失う。
自分の頬に何かが掛かり、それが紅い事に気が付き、頭上を見上げたその先の光景を見て…。

空にはシルフィードが飛んでおり、その背の上にはアンリエッタの姿があった。
それはいい…。問題なのはアンリエッタの胸から生えた、紅く濡れた槍のような物体だ。
アンリエッタは何が起こったのか解らないのだろう…、呆然とした表情で自分を貫くそれを見ている。
口の端から一筋の血が流れ、次いでゴホッと多量の吐血をした。
そのアンリエッタの背後に人影が立っている。
それが誰かを認識し、ジャンガは驚愕に目を見開き、次いで猛烈な殺意を覚えた。
「ガーレン…ッ!」
唸るような呟きが口から漏れる。
ガーレンは手にした槍を引く。
ズルリ、とアンリエッタの胸から槍状の物が引き抜かれた。
アンリエッタは糸の切れた人形のように、一切の抵抗も無くシルフィードの上に、うつ伏せの姿勢で崩れ落ちる。
ガーレンはそのまま手にした槍状の物を手馴れた仕草で振り回し、アンリエッタの方に先端を向ける。
その瞬間、大爆発が巻き起こった。
「シルフィード!?」
爆発で我を取り戻したタバサは、アンリエッタ諸共巻き込まれた使い魔の名を叫ぶ。
空に広がる黒煙の中から、黒煙の尾を引きながら二つの影が飛び出す。
一つはシルフィード、爆発でボロボロの状態になって地面に落下する。
もう一つはアンリエッタ、大きく吹き飛んだ彼女は遠く離れた地面に叩き付けられた。
そして、徐々に晴れていく煙の中で一人宙に浮く男が一人。…ガーレンだ。
「テメェ…、今のでくたばってなかったのかよ?」
ギリギリと歯を噛み締めながら、ジャンガはガーレンを睨みつける。
ガーレンはジャンガの方へ視線を向け、含み笑いをする。
「無論だ。今しがた、貴様等が苦労して葬ったのは我輩の”遍在”だ」
その言葉に、ジャンガではなくタバサが驚く。
ガーレンはジャンガと同じ世界の者であり、ハルケギニア<この世界>の出身ではないのだ。
当然、メイジなどではないのだから魔法など使えるはずがない。
だと言うのに…目の前の男は魔法を――死んだワルドや自分が使った”遍在”を使用したのだ。
それに、今の爆発は見間違いなどでなければ、ルイズの起こす爆発と殆ど同じだった。
一体全体どうなっている?

悩むタバサを見て、ガーレンは笑いながら答える。
「悩んでいるな…我輩が何故、貴様等メイジの魔法を扱えるかを? 答えは…」
ガーレンは右手に持った槍状の物を見せる。
「これだ」
タバサはガーレンが見せる物を見つめる。

黒塗りの棒の先端に、金色の刃の様な物が付いた形状は、誰が見ても槍のようだ。
今しがた、アンリエッタの胸を貫いた事から、少なくとも通常の槍と同じように扱えるようだ。
だが、これが魔法を使える答えだとガーレンは言っている。
ならば、その槍のように見える物は”杖”なのだろうか?
その時、タバサはとある事を思い出す。
以前、まだ北花壇騎士として任務についていた頃、ある時…自分はミノタウロスの身体に脳を移植した”元”貴族と出会った。
その貴族は杖として大きな”斧”を使っていた。
斧を杖として使えるのならば、槍を杖として使えても何ら不思議な事は無い。
だが、例え杖を持っていても”魔法の素質”が無ければ無用の長物。
本を可也読み漁ってはいるが、異世界の者が杖を持って魔法が使えたなどという記録は無い。
そもそも、ジャンガやガーレンみたいな存在自体が珍しいのだから、無いのは至極当然と言える。
今しがた”魔法は使えない”と決め付けたが、よくよく考えれば”解らない”と言うのが正しい。
ならば、ガーレンはあの槍の様な杖を手にする事で、魔法の力に目覚めたのだろうか?

「ああ、そうだ…言い忘れていたが、この杖は貴様等が使っている物とは違う」
その言葉にタバサは考えを中断し、彼の方に目を向ける。
ガーレンは杖を眺めながら言葉を続ける。
「我輩が開発した特別製…、手にするだけで五つの力を自在に引き出し、如何なる魔法も使える究極の杖…。
――残念ながら、未だに未完成ではあるがな…」
「五つの力…?」
魔法の系統は火・水・土・風の四つと、伝説の虚無を合わせた五つ。
その力の全てを自在に操れる? そんな事がありえるはずがない…。
「残念ながら…そのありえない事が出来るのだよ」
タバサの心を読むようにガーレンは言った。
「貴様等は魔法を”神の奇跡”などと呼んでいるようだが…我輩からすれば非常に単純なシステムだ。
我輩の頭脳に掛かれば、解析や改良は実に簡単だった。
この『ロッド・オブ・エンペラー』はそれらのデータから作り上げた物なのだ。
だが、先ほども言ったとおり未完成…。どうにもスクウェアクラスの魔法や高レベルの”虚無”の使用に問題があってな…。
先程のような遍在も一体を生み出すのがやっとなのだよ。もっとも…、それでも貴様等の目を欺く位の効果はあったがな。
まぁ、それら問題点の改善が今後の課題だな」
ロッド・オブ・エンペラー――”皇帝の杖”とは随分とふざけた名前である。
確か、彼は最初に会った時の去り際、自分を世界の支配者などと言っていた。
あのような事を平然と言えるほどの傲慢ぶりならば、そのような名前をつけても不思議ではないだろうが…。

ビュンッ!

風を切る音がし、カッターがガーレン目掛けて飛ぶ。
ガーレンは薙ぎ払うように杖を一閃する。
カッターはあらぬ方向へと曲がり、消えた。
「話の途中で不意打ちか…。貴様らしいと言えばそれまでだが…」
余裕の表情でガーレンはカッターを投げつけた相手=ジャンガを見下ろす。
「るせェッ!! テメェがどうして魔法を使えるかとか、その手にしてるのが何だとか、
ンな事ァどうでもいいんだよッッッ!!!」
ジャンガが叫ぶ。その目は血走り、一目で”キレている”事が解る。
「テメェ…覚悟できてるのかよ?」
ガーレンは不敵な笑みを浮かべる。
「ほぅ。覚悟とは…何に対してのだ?」
「ンなの決まってんじゃねェか…」
ジャンガは遥か彼方で倒れるアンリエッタを見る。
ボロボロな姿で血の海に横たわる彼女を見ていると、以前自分が血の海に沈めかけた気障ガキの姿とだぶる。
自分がしたのを見る分には良いが…、他人に自分の物を殺られるのはこれ以上無いくらいムカつく。
しかも、自分が見ている目の前でやられたのだから…尚の事腹立たしい。
もう我慢ならない…、このくそつまらない見世物の見物料はタップリ払ってやる…、利子をつけてだ。
「くたばりやがれッッッ!!!」
無数のカッターが飛ぶ。
だが、ガーレンの眼前で先程と同様に次々とあらぬ方向へと曲がり、消えていく。
ジャンガは大きく舌打をする。
そんなジャンガを見下ろしながら、ガーレンは、やれやれ、とでも言うかのようにため息を吐いた。
「無駄な事は止めたまえ。我輩には貴様の攻撃など届かぬ」
「こんクソがッ!!」
「それよりも…いいのかね? アンリエッタ女王を放っておいても…」
ジャンガの眉がピクリと動く。
ガーレンは左の義手を口元に寄せ、笑みを浮かべる。
「彼女はまだ生きているぞ? 傷は深く、命に係わる物だが…直ぐに死ぬような物でもない。
無論、放っておけば死ぬが…、今ならばまだ助かるかもしれぬな」
ジャンガは横目でタバサを見る。
タバサは頷き、アンリエッタの下へと走った。
直後、裏の世界を生き、賞金稼ぎの日々を過ごして培われた、ジャンガの”第六感”が警鐘を打ち鳴らす。
考えるよりも先に足が動く…、タバサに追いつくや襟を掴み、強引に後ろへと飛び退く。



――次の瞬間、眼前で想像を絶する大爆発が巻き起こった。



…叫ぶ事すら出来なかった。
突如巻き起こった大爆発は、ジャンガとタバサを風に吹き散らされる砂のように、数十メイルも吹き飛ばす。
「ぐっ!?」
地面に叩きつけられ、ジャンガは呻き声を上げた。
バックステップを行っていたとは言え、爆発との距離は開いてはいない。
殆ど至近距離で受ける事になった爆発の威力は、ジャンガに相当なダメージを与えていた。
全身が燃えるように熱く、激痛が体中を駆け巡る。
タバサが起き上がり、ジャンガの身体を揺する。
「しっかり…、しっかりして…」
タバサもまた至近距離で爆発を浴びていたのだが、それほどダメージを受けている様子は無い。
それもそのはず…、爆発が起こった瞬間にジャンガがその身を盾にし、彼女を爆風と炎から守ったのだ。

「お願い…、しっかりして」
タバサは必死にジャンガに話しかけながら身体を揺する。
無理も無い…、この状況はあのワルドとの戦いの時に、彼に庇ってもらった時と何ら変わり無い。
あんな思いをするのはもう嫌だ…、二度と迷惑を掛けたくない…。
そう誓っていたのに……あの時と同じような事になってしまうなんて…。

「ウルセェ…、起きてるってんだよ…」
ジャンガはゆっくりと身体を起こす。呼吸は荒いが何とか大丈夫なようだ。
タバサは思わず安堵の息を漏らす。
しかし、事態は未だ安心出来ない。
「ったく……何が起こったってんだ?」
ジャンガは眼前の光景に苦々しい表情で唸る。
つい先程までただの草原が広がっていたそこは、燃え盛る火の海へとその姿を変えていた。
よく見れば、巨大な土の塊が火に包まれているのが見える。恐らくはフーケの土ゴーレムだろう。
確か、彼女はゴーレムに乗っていたはずだが…、肝心の彼女の姿は見えない。今の爆発に吹き飛ばされたのだろうか…?
「フム…”あれ”が来たのか…」
背後からガーレンの声がした。
”あれ”とは一体何だ? …その疑問の答えは直ぐに出た。
十メイルを超そうかと言う巨体が、燃え盛る火の海の中から姿を現したのだ。



それはジャンガもタバサも始めて見るものだった。
異様なまでに巨大な腕、昆虫の様な短い六本の足、腹に有る口の様に見える器官、四つの目、
背中に並んだ三つの噴火口の様な突起物、と…可也禍々しい姿である。
幻獣だとしても見た事が無い種類だ。
『グルルオオオオオォォォッッッ!!!』
この世の物とは思えない恐ろしげな鳴き声を異型が上げる。
同時に凄まじいプレッシャーと殺気が、ジャンガとタバサに襲い掛かる。
これにはさしものジャンガも冷や汗を浮かべた。
「…何だってんだ、あのバケモンはよォ?」
その呟きに答えるようにガーレンが口を開く。
「『ナハトの闇』の産物だ」
「あ!? 何だって!?」
「ククク、だから”あれ”はナハトの闇の産物だ」
「あのバケモンが…ナハトの闇の…だと?」
信じられないと言った表情でジャンガは呟く。
ガーレンは異型をマジマジと見つめる。
「フン、”失敗作”の奴か…」
そう呟いた瞬間――異型の口腔が瞬き、炎の塊が吐き出された。
火系統のファイヤー・ボールなどとは比べ物にならない、巨大な火球が猛スピードで突っ込んでくる。
ガーレンは素早く杖を振り回し、火球目掛けて突き出す。
すると、火球は糸の付いた剣玉の玉のように方向を変え、異型目掛けて突進する。
異型の頭部に火球が命中し、大爆発が起きた。
異型は悲鳴を上げ、炎の中へと吹き飛ぶ。
「まったく…そこらの血に飢えた獣と変わらんな」
異型が吹き飛んだ方向を見据えながら、忌々しそうにガーレンは吐き捨てる。
だが、直ぐに楽しそうな笑みを浮かべるやジャンガに顔を向けた。

「ジャンガ、我輩はここで帰らせてもらうとしよう」
「ああン!!? 逃がすと思うのかよ…?」
苛立ちを隠さずに言い放ち、ジャンガは立ち上がる。
「無理をするな…、今の貴様では無様を更に晒すだけだ」
「ざけんじゃねェ!」
「我輩よりもアンリエッタ女王の身を案じた方が良いのではないか? あの業火の中…あれほどの重傷で長くは持つまい」
「…知った事か」
ジャンガの言葉にガーレンは盛大に笑う。
それがジャンガの癪に障った。
「何が可笑しいんだ、ゴラァッ!?」
「グハハハハ! 無理をするな、今の貴様にあの女を見捨てられるはずが無い」
「何で玩具の事でそこまで命張らなきゃいけねェんだよ? 馬鹿馬鹿しい!」
「――火事で死んだのだったな、貴様の女は…」
誰が見てもハッキリと解るくらい、ジャンガはハッキリと動揺し、身体を振るわせた。
「テメェ…何で知ってやがる?」
「いいではないか理由など…。それよりも、貴様は彼女を見殺しに出来るのかね?」
ジャンガはこれ以上無い位の殺気を視線に乗せ、ガーレンに叩き付けた。
しかし、当の本人は涼しげな表情だ。
「助けたいのならば急いだほうがいいぞ? あれもそうだが…」
ガーレンは杖で空の彼方を指し示す。
ジャンガとタバサはその方角に顔を向ける。…だが、何も無い。
「何の変哲も無い夜空じゃねェか…?」
「ああ…そう見えるな。だが、不自然には感じないかね?」
「ン?」
そう言われてもう一度夜空を凝視する。…そして、確かに不自然な物を感じた。
暗い夜空に明らかに不自然な暗さを持った部分が在るのだ。
そして、それは徐々に大きさを増しているように感じる――否、実際に大きくなっている。
それが何なのかを察し、ジャンガは驚愕した。
「おいおい、まさか…?」
「ああ…そうだ、そのまさかだ」
夜空を徐々に埋め尽くしていく黒い影――それは数え切れないほどの大量のキメラドラゴンだった。
「まだあんなにいたのかよ…」
「我輩もあそこまで増えるとは予想していなかったがな…、まぁ…数が大いに越したことはない。
とまぁ…そう言うわけだジャンガ。急がねば、あのナハトの闇の産物とキメラドラゴン、両方を相手にしなければならなくなるぞ?
そうなったら確実に生き残る事は出来ん。無論…貴様等を待つ連中もな」
ガーレンは空の彼方を眺め、次いで後方のロサイスへと目を移す。
ジャンガは思いっきり舌打する。
そんなジャンガへとガーレンは視線を戻す。
「まぁ、精々頑張りたまえ…。我輩は遠くから一部始終を見学させてもらおう、ククク」
瞬間、ジャンガのカッターが飛んだ。
ガーレンが反応出来ないタイミングと速度。今度こそ確実に仕留めた…はずだった。
だが、カッターが命中したと思った瞬間――ガーレンは忽然とその姿を消したのだ。
直後、どこからともなくガーレンの声が響き渡る。
「では、またお目にかかろう。ジャンガ…貴様が生きていればな。グハハハハハハハ!!!」
ガーレンの笑い声は暗い夜空に響き渡った。



「クソ! クソ、クソ、クソ、クソッ!!」
ジャンガは爪で地面を何度も叩いた。
口からは呪詛の様な言葉が漏れる。
「あのマッドサイエンティストが、ふざけやがって!!!」
何度も何度も地面を叩く。
見ていられず、タバサがその腕を掴んだ。
「落ち着いて、ジャンガ…。悔しいのは解る…、でも今は他にする事がある」
「クソッ…」
未だ苛立ちは治まっていないだろうが、ジャンガは暴れるのを止めた。
そして、眼前に広がる火の海と彼方から迫るキメラドラゴンの大群とを交互に見比べる。
逡巡し、口を開く。
「タバサ嬢ちゃんよ…」
「何?」
「…ロサイスに行って、他の連中と一緒にアルビオン<ここ>からトンズラしろ」
「――え?」
一瞬、言われた事の意味をタバサは理解できなかった。
「俺は姫嬢ちゃんを探して、そこらに隠れる。ほとぼりが冷めたら迎えに来りゃいい」
「ダメっ、そんなの危険すぎる」
タバサは猛反対した。だが、ジャンガは駆け出そうとする。
その腕をタバサは必死に掴んだ。
「放せよ…」
「放さない」
「放せってんだよ?」
「絶対に放さない」
ジャンガは殺気の籠もった視線をぶつける。
タバサもその視線を真っ向から受け止める。
「あなたが行くなら、わたしも行く」
「…テメェは失せろ」
「いや、絶対に付いて行く!」
瞬間、ジャンガの膝蹴りがタバサの鳩尾に叩き込まれた。
不意を突かれた一撃にタバサは両膝を付く。
それをジャンガはつまらない物を見るような目で見下す。
「ケッ、この程度にも反応出来ねェような今のテメェに何を期待するんだよ? 足手纏いはいらねェんだよ…」
「う…、あぐ…」
激痛に汗を流しながら、それでもタバサは顔を上げる。
ジャンガは鼻を鳴らす。
「文字通り何も出来ない”役立たず”になりたいなら、このまま付いて来な。…一分経たずに消し炭だろうがよ」
タバサは項垂れる。

解ってはいるのだ…、今の自分には出来る事は無い、と。
でも、それが解っていたとしても行かせたくはない。
嫌な予感がしてならないのだ。ここで彼を行かせたら…もう二度と会えない、そんな気がして仕方ない。

不意に、タバサの首に何かが巻かれる。
何だろう? と思いタバサは自分の首に巻かれた物を見る。
「これ…?」
――それはジャンガのマフラーだった。彼が決して外そうとしない大切な宝物。
タバサはジャンガを見る。既に彼は背を向けていた。
「ジャンガ…」
「あの炎じゃ焦げるかもしれネェし、俺はそいつを墓穴まで持ってく積もりだからよ。
戻るまでテメェが預かっとけ。そいつは俺の命より大事な物だからな…」
それだけ言い残し、ジャンガは走り去った。
「ジャンガ!?」
タバサは慌てて叫んだ。
だが、彼が振り向く事は無かった。

タバサは言われた事も忘れ、慌てて追いかけようと立ち上がろうとする。
と、その小柄な身体が突如浮かび上がり、猛スピードでジャンガが消えた方向とは正反対の――ロサイスの方へと飛んでいく。
見ればシルフィードが自分の身体を咥えている。
「放して! シルフィード、放して!! 何で…何で逃げるの!?」
シルフィードは答えない。タバサを咥えているのだから当然だが…。
タバサは暴れたが、シッカリと咥えられている為、抜けられそうにない。
「お願い、放して! また、またあの時みたいな、悲しい思いはしたくないの…、放して!!!
あなたも怪我をしているのに、こんな速度で飛ぶなんて…」
タバサはシルフィードの怪我が酷い物だという事は解っている。
このような速度で飛べば傷に響く。幾ら風韻竜だからとはいえ、無事で済むはずが無い。
涙で顔を濡らし、普段は上げないような叫び声を上げ、感情のままにタバサはシルフィードの顔を必死で叩いた。
と、何か冷たい物が手に触れる。…見れば手は濡れていた。
改めてシルフィードの顔を見て、タバサは気が付く。
――シルフィードもまた泣いていた。
ゴツイ風韻竜の顔を涙が伝っている。中々気が付かなかったのは、風で後方に流れていたからだ。
タバサは己の使い魔の涙に悟った。
…シルフィードもまた悲しいのだ。本当はタバサの願いを叶えてあげたいのだろう。
だが、今の精神力が尽きた彼女では何も出来ない。ジャンガの言ったとおり足手纏いにしかならないだろう。
だからこそ、シルフィードはタバサに出来る事の手伝いをしているのだ。
ロサイスで待つ皆に事の次第を伝え、アルビオンから一時退却する――その為に。
そこまで思い至り、タバサは抵抗を諦めた。
そして、今や豆粒のように小さくなった火の海を見つめながら、更に涙を溢れさせた。



「チィ…、こいつは思った以上に…キツイゼ…」
炎の中、ジャンガは満身創痍で立っていた。
全身ボロボロ、血が常に滴り落ち、息も荒い。
その右腕には先程見つけた、同じく重傷のアンリエッタが抱えられている。
重傷だったが、まだ死んではいない。
フーケの方も一応見つかった。…既に消し炭だったが。
ジャンガは複雑な気持ちになったが、感傷に浸る暇は無い。
先程から何とか森の中へと逃れようとしていたが、そう簡単にはいかなかった。
――炎の壁を突き破り、火球が飛ぶ。
「チッ!」
慌ててその場を飛び退く。直前まで立っていた場所に火球が着弾、大爆発が巻き起こる。
爆発に煽られ、体制を崩しかけるが何とか着地する。
だが、身体への負担が大きい。ゴボッ、と口から吐血する。
それを袖で拭い、ジャンガは火球の飛んできた方向を睨む。
火の海からゆっくりと巨大な影が現れる。それの持つ、四つの目がジャンガを捕らえた。
ジャンガはため息とも取れる荒い呼吸をする。
この火の海…もしくは炎の牢獄の様な場所に入ってから、終始この異型の激しい攻撃に晒されていた。
おかげで逃げ回るのに精一杯で森へと駆け込む事も出来ない。
しかも、さらに厄介な事に――
「相棒…足は大丈夫か?」
背中のデルフリンガーが声を掛けてくる。
「あんまし大丈夫でもねェ…、おかげで動きが鈍って仕方ねェゼ…」
ジャンガは忌々しそうに呟く。

先程タバサを爆発から庇った際、ジャンガは身体に大きな負担を掛けた。
負担は思った以上に重く、その所為で足にダメージがいってしまったのだ。
おかげでスピードは大分削がれてしまっている。
万全の状態ならばまだ逃げ遂せる事も出来ただろうが…。

「クソ…」
「相棒! 上だっ!!」
「!?」
慌てて見上げる。
巨体を軽々と浮かせた大ジャンプで、こちらを踏み潰さんとする異型の姿があった。
何とか避けようとその場を飛び退く。
が、地面を踏み切ろうとした瞬間、激痛が足首に走る。
「ぐっ!?」
予想の半分以下の跳躍。直後、異型が地面に降り立つ。
恐るべき重量を誇る巨体が落下し、衝撃波が周囲に広がる。
距離の離せていないジャンガは吹き飛ばされてしまう。
地面を転がり、何とか立ち上がる。
しかし、身体の方はもう限界だ。それにアンリエッタの方もだ。
と、その巨体からは想像出来ない速度で異型が突進してくる。見れば、巨大な豪腕が振り被られている。
慌ててジャンガはアンリエッタを抱き抱えると、己の背を盾にした。
直後、背中に走る凄まじい衝撃。
ジャンガは再び吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドし、地面から突き出ていた岩に背中から激突した。
先程の比では無い、大量の血が口から溢れる。
「…う、が…」
身体が動かない…、もう全身が激痛に支配されている。
同時にこれ以上無い脱力感に見舞われた。
何も身体的にだけではない…、精神的にもダメージは酷かった。
自分が嘗て…掛け替えの無い相棒を殺してでも、何を犠牲にしてでも得たかった力…、
”ナハトの闇”の産物に自分が今殺されようとしている…、これ以上無いくらい痛烈な皮肉だ。
異型の口腔が瞬き、火球が打ち出された。
これで終わりかよ…、ジャンガが悔しさに歯を噛み締めた…次の瞬間。
「…何?」
自分の身体が”独りでに”動き出した。
自分は何もしていない…、文字通り力が入らないのだ。
…なのに身体は動いている。まるで自身が操り人形になったような感じだ。
異型が火球を連発してくる。それを自身の身体は巧みに避けていく。
そのまま火の海を抜けた。眼前には深い森。
身体は森を目掛けて駆け出す。
あそこまでもてよ…、ジャンガは己の意思に反しながらも、自身の目的を果たそうとする身体に全てをかけた。
――だが、突如として身体は動きを止めた。
糸の切れた人形のように己の身体が地面に倒れ伏す。
「だめか…、やっぱもたなかったぜ」
背中のデルフリンガーが悔しそうに呟く。
「…テメェ…か?」
「ああ…そうだぜ。俺は『吸い込んだ魔法の分だけガンダールヴを動かせる』力があるんだ。
…何でこんな能力付いたかは覚えてないけどよ」
「…んな事…、一言も…言ってねェ…じゃねェか……テメェ…」
「仕方ないだろう、忘れてたんだから。…にしても、何でこんな能力が付いたんだろうな?」
そんな場違いに暢気な会話をしていると、火の海から異型が姿を現した。
「ち、来ちまいやがった」
デルフリンガーはやけに落ち着いた声で話す。…もう何をしても無駄だ、と言う事を察しているのかもしれない。
ジャンガはとっくに限界だから、動く事など出来るはずも無い。
「…おい、ボロ剣…。…もう動けねェ…のかよ?」
「いや、無理だ…、残念だけどよ…。てか、相棒が俺を使わな過ぎるんだよ…。
まともに使ったのって、あの裏切り者の時ぐらいじゃねぇか? もうちょっと吸い込んでいたらよ、まだ動けたんだけどな…」
「…使えねェ…」
短くそう呟き……吐血した。
異型がジャンガを見据える。バカにするかのようにゆっくりと口を開き、その口腔に真っ赤な輝きを生み出す。
デルフリンガーはそれを見ながら呟く。
「ナハトの闇の主――ナハトゥム…、最悪な奴が出てきたね…。こりゃ、ハルケギニアも終わったかな?」



「…そんな…」
アルビオン大陸を遠く離れたレドウタブール号の甲板で、タバサは呆然と呟いた。

ジャンガと別れた後、タバサは怪我を押して飛んだシルフィードによって、何とかロサイスまで戻る事が出来た。
そして、タバサは待っていたルイズ達に事の次第を伝えた。
無論、ルイズは猛反対した。ジャンガやアンリエッタをおいて撤退など出来るはずがない、と。
アニエスも当然のように反対するかと思ったが、意外な事に即時撤退命令を出したのだ。
そんなアニエスにルイズは食って掛かった。
何故撤退するのか? アンリエッタを見捨てるのか? と。
そんな彼女を真っ直ぐに見据えながらアニエスは言った。
「女王陛下の事はジャンガに任せている。あいつが退けと言うなら、今は退くしかない」
その言葉はアニエスの中のジャンガに対する信頼の強さを証明していた。
自分の復讐を(乱暴な言い回しではあったが)叱って止めてくれたジャンガに対し、アニエスは父親のような感情を抱いていたのだ。
ルイズにはそんな事は解らなかったが、アニエスがジャンガを強く信頼しているのは解った。
そんなアニエスを見て、タバサにも説得され、ルイズも強引に内心の不安を押し殺し、
ジャンガにアンリエッタの事を任せ、自分達は即時撤退する案に賛成した。
既に準備が整っていた事もあり、キメラドラゴンの群れが到着する前にレドウタブール号はロサイスを発つ事が出来た。

――そして、現在に至る。

タバサの手の中にはエクレールダムールの花の瓶が有る。
…その花が輝きを失い、枯れ掛けている。

エクレールダムールの花は遠く離れていても互いの事が解るマジックフラワーだ。
誓い合った相手が亡くなる時、その花もまた輝きを失って枯れると言う。
そう言った特性ゆえ、エクレールダムールの花を買った男女の墓には、自然と枯れた花の入った瓶が添えられる。
それが今枯れかけているという事は――。

「こんなの信じない!!!」
タバサは叫んだ。目の前の現実を…、自分の中の不安が的中しかけているのを…、尽く否定するかのように。
そんなタバサの絶叫にルイズもシエスタもキュルケも、皆が気遣うような視線を向ける。
ジュリオとガンツは腕を組み、目を閉じている。――ガンツは僅かに歯を噛み締めているが。
「あの人は……あの人はこんな事で嘘を吐かない! 絶対に、絶対に守ってくれる!
どんな不安も…どんな辛い現実も…ずっと裏切り続けてきてくれた…。
それなのに……枯れるなんて、ありえない!!!」
タバサはエクレールダムールの花の瓶を抱きしめる。瓶が割れてしまうかと思うくらい、強く抱きしめた。
そして、身体から放すと再び瓶の中の花を見つめる。だが、花は依然枯れ掛かっている。
タバサは涙を滲ませながら花に向かって呟く。
「お願い……、枯れ…ないで……、お願いだから……」
どこまでも純粋な気持ちで、願いを込めて言った。
…だが、現実は無常だった。

瓶の中でエクレールダムールの花は最後の輝きを放ち――枯れた。

タバサは力無く両膝を付く。
頬を涙が伝い、甲板に止めどなく零れ落ちる。
瓶が手から零れ落ちた。
甲板を転がり、瓶は呆然と立ち尽くすルイズの足元へと転がる。
自分の目の前で止まったそれを見て、ルイズは今度こそ絶叫した。

「ジャンガぁぁぁぁぁーーーーーッッッ!!! 姫さまぁぁぁぁぁーーーーーッッッ!!!」



異型の口から最大級の火球が放たれた。
真っ直ぐに突き進むそれは恐らくは触れた物全てを焼き尽くし、爆砕するだろう。
ジャンガは迫り来る火球を見つめながら、静かに呟いた。
「…クソッタレ…が…」

直後、火球がジャンガを飲み込んだ。

大爆発が巻き起こり、天高く爆煙が立ち上る。
それを見て異型は勝ち誇るかのように、歓喜するかのように、夜空に向かって吼えた。
――直後、異型はビクリと身体を震わせる。
それはまるで、獣が自分よりも恐ろしい相手に出くわしたかのような反応だ。
異型はブルブルと震え出し、慌てて火の海の中に姿を消した。
直後、火の海の傍に人影が立った。――ガリア王ジョゼフ一世その人であった。
ジョゼフは辺りを見回し、やれやれ、と言った感じでため息を吐いた。
「まったく…加減と言う物を知らぬのだな。やはりこの力の制御は難しいか…」
異型が消えた方向を見つめながらそう呟く。
しかし、直ぐに笑みを浮かべる。
「だが、やはり素晴らしい! この火の海…まさに地獄の光景を再現しているかのようではないか!?
素晴らしい! 素晴らしいぞ! これならば、余が苦しみ、泣き叫ぶ事の出来る悪夢を見つける事ができるだろう!
…それでも見つからなければ、ハルケギニア全土をこうすればいいのだ」
火の海を絵画を見るような目で見つめながら、ジョゼフはそう言った。
悪夢を求めた者の力……悪夢を生み出すには最適と言える。やはり、自分はこの力を得て良かった。
これならば今度こそ…今度こそ、自分は泣く事が出来るかもしれない。

「シャルル! 見ていろ…、今度こそ俺は人として泣き叫ぼう! 嘗てお前を手に掛けた時のように、泣き叫ぼう!
悪夢に溺れ、悪夢を求め、悪夢に苦しんだ…過去の英雄の様に!!!」

ジョゼフは笑った。狂ったように笑い続けた。――既にこの世に居ない弟を思いながら。



一方、少し離れた森の中――。

一本の大木にジャンガとアンリエッタは寄り掛らされていた。
それを見下ろす一つの影。影は指を鳴らす。ジャンガの身体が輝き、傷がある程度塞がっていく。
それを見届け、影は踵を返す。
「待てよ」
影に向かってデルフリンガーが声を掛けた。
「…何でしょうか?」
「挨拶もせずに帰るのか?」
「ご冗談を…。あんな大喧嘩をしたのですから、そうそう世間話はできませんよ」
「そうかい…。…女王さんには何もしないのか?」
「……ええ、まぁ。ワタクシにはそんな義理はありませんし…」
「自分に素直だな…」
「のほほほほ♪」
影は笑う。
「ま、ジャンガちゃんの傷はある程度治しておいたので、大丈夫でしょう。女王陛下はジャンガちゃんに任せますのでね」
「この事話しても構わねぇか?」
影は逡巡し、頷く。
「構いませんよ、別に困りませんし。…では、ワタクシはこれにて。怪我も治りきっていないので失礼しますネ~。アディオ~ス♪」
笑い声を残し、影は消え去った。
残されたデルフリンガーは鞘へと治まった。



同じ頃、更に別の場所――。

薄暗い闇の中、ガーレンは静かに立ち尽くしていた。
「アルビオンを染める紅蓮の炎…、それはこの先この世界が辿る運命の表れ…。
世界は未知なる恐怖に怯え、際限なく悪夢を生み出す。
その悪夢を糧とし、ナハトの闇は再び現世に蘇る」
闇の中にガーレンの声が響き渡る。
その背後に影が二つ。
一つが楽しそうに笑う。
一つが不適に笑う。
ガーレンの言葉に呼応するように二つの影は思い思いの笑みを浮かべた。
そして、ガーレンが狂気に支配された笑みを浮かべ、高らかに笑った。
「グハハハハハ!!! 何とも言えない高揚感だ! ”向こう”では失敗したが…今度こそ上手くいく!
ナハトの闇は蘇り、世界を覆う! そしてその時こそ、我輩は真なる皇帝――否、神として世界に君臨する。
世界よ! 我輩を称えよ!! 我輩こそが正義! 絶対にして唯一無二の存在!」

両腕を高らかに広げ、ガーレンは叫んだ。

「今一度言おう! 我が名はガーレン!! ゴールドメダルの所有者にして、唯一無二の支配者たる資格を持った者なり!」


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