あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと夜闇の魔法使い-04


「……えーと」
 ここは『ヴェストリの広場』と呼ばれる学院の中庭である。
 二つの塔に挟まれ西側に位置し日中でもあまり日の差さないその広場は、たとえ昼休みであっても、人の気配がほとんどない。
 本来ならばそういった場所であるはずのそこは、今現在喧騒のさなかだった。
 寮暮らしで娯楽に乏しい学院生活に刺激を求めて集まった生徒達が輪になってあれこれとはやしたてている。
 その輪の中心にいる二人の内の一人、巻き毛の金髪の少年が手にした薔薇を高々と掲げ、謳った。
「諸君、決闘だ!」
 宣言に生徒達がわっと歓声を上げる。
 そして二人の内のもう一人――柊 蓮司はぽかんとした表情のまま立ち尽くしていた。

 午前中の授業での大爆発の後、ルイズと柊、エリスは教室の後片付けを命じられた。
 昼休みが始まろうかと言う頃合になってようやく大方の片付けを終わらせると、ルイズはエリスを伴ってさっさと食堂へ向かってしまったのである。
 柊は後片付けで誕生したゴミ満載の麻袋と共に置き去りにされた。
 要するに捨てて来い、という事らしい。
 文句を言おうと思ったが、それを言ったところでルイズが堪えるはずもなく、むしろエリスが気にするだけなので憤懣を腹に収めて柊はゴミ捨てに向かったのだ。
 そしてふてくされてその辺の草原で寝転がっていると、生徒達がたむろして柊の許に現れた。
 始めは授業で一悶着あったマリコルヌとかいう奴がお礼参りに来たかと思ったが、どうも違うらしい。
 訳の分からないまま柊はヴェストリの広場に連れてこられ――それでもやっぱり訳がわからなかった。

 柊の目の前では金髪の少年――ギーシュとか言うらしい――が声援に応えるように薔薇を振りまくっている。
 そこから少し離れたところで、燃えるような赤い髪を揺らした少女が興味深げにこちらを見やっている。
 その隣では青髪で眼鏡をかけた少女が立ったまま本を読んでいた。
 そのいずれにも柊は面識がない。
 額に手を当ててしばし考え込み、やはり答えを出す事ができずに柊は振り返って二人の少女を見る。
 こちらは柊と面識のある相手である。
 すなわち、眉を怒らせてこちらを睨んでいるルイズと、何故か申し訳なさそうに俯いているエリス。
 二人の顔を順繰りに見た後、柊は尋ねた。
「……どうなってんだ?」



 ※ ※ ※



 罰として与えられた教室の掃除をあらかた終えた後、エリスはルイズと共にアルヴィーズの食堂へと向かった。
 言葉もなくどんどん先に進んでいくルイズの脇では幾人もの貴族達が談笑している。
 胸にバラの造花(だろう)を差した金髪の少年を中心にして、やれ誰それと付き合ってるとか冷やかし混じりに騒いでいた。
 エリスはルイズについて行こうと足を踏み出しかけ、床に何かが落ちているのを見つけた。
 それは薄い紫の液体で満たされた、ガラス製の小瓶だった。
 瓶の意匠からすると香水なのだろうか。男物には見えない。
 だがこの近辺にいるのは先程の貴族達だけで、全員が男子だった。
 強いて可能性があるとするなら、話題の中心になっているギーシュと呼ばれていた金髪の少年だろう。彼ならこういった類のものを着けていそうだ。
 エリスは小瓶を拾い上げるとそのギーシュに向かって、
「エリス」
 声をかける前に、ルイズから声が飛んだ。
 みればルイズはエリスのいる場所から少し離れた席で立ち尽くしている。おそらく、エリスが椅子を引くのを待っているのだろう。
 小瓶を手にどうしようかと目をギーシュに向けると、彼はエリスの持つ小瓶に気付くと僅かに目を見開き――何事もなかったかのように再び回りの少年達と話し始めた。
(やっぱりあの人のなのかな)
 そう思ってエリスは彼に声をかけようとしたが、そこで少々苛立ったルイズの声が再び響いた。
「早く来なさい」
「は、はい……」
 有無を言わせぬその声にエリスは仕方なく小瓶を持ったままルイズの許に小走りに駆け寄る。
 そして彼女の許までたどり着くと、エリスは小瓶をルイズに差し出した。
 ルイズはその小瓶を手に取るとしばし観察し、一度だけギーシュに目を向ける。
 向こうも動向が気になっていたのか、視線がばっちりと合い、途端に彼は慌てて視線を逸らした。
「……いいわ、これは私の方で処理するから」
「はあ……」
 嘆息しながら小瓶をテーブルに置くルイズにとりあえず頷くと、エリスは椅子を引いてルイズを席に座らせた。
 そしてエリスがその隣にすわると、ルイズはちらりと彼女を見た後大きく溜息をついた。


 ――これで相手が柊であったならば、ルイズは躾と称して床にでも座らせていただろう。
 だがエリスは至って従順だった。
 朝の着替えも言えばちゃんと手伝ったし、衣服の洗濯の件もさほど反抗もせずに了承した(もっともエリスもルイズも洗濯する場所を知らなかったので後回しだが)。
 椅子を引く事や自分の横には並ばず後ろに付くようにする……という事は知らなかったようだが、教えればちゃんと実践していた。
 そんな彼女であったので、ルイズとしても他の動物の使い魔と同列に扱いどうこうさせるのは気が引けたのである。
 使い魔ではない、という点を除けばエリスに不満はなかった。
 何かと気に入らない柊よりはこちらを使い魔にしたほうがいくらかマシではないか……とも思う。
 だがそうしようとは今の所考えてはいない。
 何故なら契約をするためには相手に口付けをしなければならないからだ。
 誤解とはいえ昨日"あんな事"になったばかりでは、流石に色々と躊躇われた。

 メイド達が恭しく昼食をテーブルに並べる間、二人は一言も喋らなかった。
 というより、厳密には教室の後片付けからこっちほとんど会話をしていない。
 うわべだけの慰めを受けるよりはずっとましだったが、かといってこのきまずい沈黙はいかんともしがたいものだった。
「……どうして何も言わないの?」
「えっ……」
 エリスに視線は向けず、並べられた食事に目を落としたままルイズは呟くように言う。
「貴女も内心では呆れてるんでしょ? だったらはっきりと言いなさいよ。そんな風に黙ってられる方が気に入らないわ」
「そ、そんなこと……」
 そんなことはない、というのはルイズにもわかっていた。
 彼女の『ゼロ』の所以を初めて知った者は、貴族も平民も関わりなく確実に『ありえない』という表情を浮かべる。
 それは当然だろう。何故なら『魔法の使えないメイジ』などこのハルケギニアの『常識』では存在しないのだから。
 だがエリスと柊はそんな"常識的"な反応はしなかった。
 柊は後の教室の片付けに対して不満を露にするもルイズに対してはなんら以前と変わらない反応だったし、今目の前にいるエリスもルイズに対してどうこうというよりは単純に場の空気に萎縮してしまっているだけだ。
 ルイズにもそれはわかっていた。
 わかっていたが、一度口にすると止めることができない。
「魔法の成功率ゼロ。系統魔法はおろかコモンスペルでさえまともに使えない。あんた達を喚び出した時だって、その前には何度も失敗したわ! その挙句に出てきたのが……あんた達みたいな平民なんて!」
 次第に口調を荒らげ、最後にはルイズは机を叩いてエリスを睨みつけた。
 食堂が一瞬だけ静まり返り、そしてひそひそと生徒達の囁き声や笑い声が零れ始める。
 そんな周囲の反応の無視してルイズは怯えている……というよりは困惑しているエリスを責めるように見つめた。
 エリス達が召喚された経緯に関しては先日柊から説明は受けていた。
 基本的に使い魔の意思によってゲートをくぐるという事例から行けば、彼女が召喚されたのは事故のようなものだろう。
 だが、それを気に置く余裕も、今のルイズにはなかった。
「で、でも。サモン・サーヴァントには成功してるんですよね? だったら――」
「コントラクト・サーヴァント――使い魔として契約できなきゃ何を召喚したって意味ないじゃない! それとも何? 貴女が契約するっていうの!?」
「それは……っ」
 口ごもったエリスにかっとなってルイズは彼女の腕を掴んだ。
 昨夜の誤解の産物とは違う行動にエリスは身体を強張らせ、そこで初めて翠の瞳に僅かな怯えが混じる。
 まさかここでコントラクト・サーヴァントをするのか、と回りの生徒達が興味深げに二人を見やったその時、横合いから声が響いた。
「こんな所で契約するなんていくらなんでも風情がないんじゃなくって?」
 その声の主はキュルケだった。
 驚きに呆然とするエリスとあからさまに不快そうに顔を歪めたルイズを満足そうに見やると、彼女は焔のような赤髪を優雅にかきあげて周囲の生徒達を一瞥する。
「失礼。気になさらずご歓談をお続けになって」
 慇懃に言ってのけると生徒達は慌ててルイズ達から顔を逸らす。
 キュルケはそれを見届けると再びルイズ達に向き直り、向かいの席に腰を下ろした。
「昨日の今日でまた揉めてるの?」
「……うるさいわね、アンタには関係ないわ」
 幸か不幸か気勢をそがれたルイズはエリスから手を離し、椅子に身を預けた。
 それを見てキュルケはにやにやとして笑みを浮かべて、頬杖を付く。
「随分ないいようね。昨日貴女達を取り持ってあげたのは誰だったかしら?」
 キュルケの言葉にルイズはくっと言葉を詰まらせ、エリスは僅かに頬を染めて彼女から視線を逸らした。
 と、そこで初めてエリスはキュルケの隣にいつの間にか一人の少女が座っているのに気づいた。
 青髪で眼鏡をかけたその少女はルイズとキュルケの会話に加わるでもなく、手にした本に目を落としたまま微動だにしない。
 エリスの視線に気づいたのか、キュルケは少女の頭を軽く撫でた。
「この子は私の友達、タバサよ。まあこんなだけど悪い子ではないから」
 キュルケに撫でられながら青髪の少女――タバサはまったく反応がない。本から目を上げる事さえしなかった。
 寡黙で表情を見せないその少女に、エリスは真っ先に自分の友達である緋室 灯を思い浮かべた。
 が、どうも違うような気がする。上手く言葉にする事はできないが、何か違和感を感じるのだ。
 そんな風に小さく首を捻ったエリスの脇で、ルイズはタバサを一瞥だけして鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「で、図々しく座り込んで何の用、ツェルプストー? 不快だから視界から消えてくれると嬉しいんだけど」
 刺々しく言うルイズにしかしキュルケは余裕たっぷりの表情を浮かべ、
「あいにく、ゼロのルイズに用はないの。用があるのはエリスの方だから」
「え……私、ですか?」
 頭に疑問符を浮かべながら呟いたエリスにキュルケは大いに頷き、身を乗り出す。
「貴女と一緒に教室から出て行った彼、ルイズが召喚したもう一人なんでしょ? 彼に興味があるの」
「柊先輩に?」
「そう、その……ヒイラギ? 相手がマリコルヌとはいえ、メイジ相手にあれだけ啖呵切れる平民なんてこの国じゃ珍しくって」
 興味津々といった風に語るキュルケに不快を示したのはルイズの方である。
 彼女は端正な眉を思い切り顰めて、半ば侮蔑にも似た声色でキュルケに口を開く。
「学院の生徒に手を出すだけじゃ飽き足らず、平民にまで手を出すつもりなの?」
「優秀な人間に平民も貴族もないわ。『メイジにあらねば貴族にあらず』とか『貴族は魔法をもってその精神となす』なんてかび臭い伝統にしがみついて国力を弱めてるお国の人にはわからないでしょうけどね」
 しかしキュルケはルイズの言葉を歯牙にもかけず、逆に口角を吊り上げてルイズに言葉を投げつけた。
 ルイズは「これだからゲルマニアの人間は野蛮なのよ!」と机を叩き、余裕綽綽のキュルケに詰め寄る。
「だいたい、マリコルヌごときにいい気になったぐらいで何が優秀だっていうの? 単なる怖いもの知らずの馬鹿なだけじゃない!」
「柊先輩はああ見えて凄い人なんですよ。私だって何度も助けてもらいましたし……」
 おずおずと口を出したのはエリスだった。
 それを言う彼女の表情を見て取ったキュルケがにやにやとした笑みを浮かべて、エリスを覗き込むように見やる。
「へえぇ……つまりヒイラギはエリスの騎士様ってトコロ?」
「きっ、騎士!? 騎士なんて、そんな……!」
 途端にエリスは顔を真っ赤にして両の手を頬に添える。
 火照った顔を隠したい、というのもあったが、それよりもキュルケにそう言われて思わず顔がにやけそうになってしまったのだ。
 一方でルイズは嘲りも露にエリスを鼻で笑う。
「何が騎士よ。あんな幸薄そうな奴のどこが凄いの?」
「……」
 エリスは思わずかちんときてしまった。
 自分自身がどうこう言われるのは一向に構わないが、自分の信頼する相手をとことんまで軽んじているルイズの態度は、少し頂けない。
「先輩は本当に凄い人なんです。何度もせっ……」
 何度も世界の危機を救ってきた……と言おうとしてエリスは慌てて口を噤む。
 柊とエリスが異世界の人間である事を(話の上だけとはいえ)知っているのはルイズだけなのだ。
 キュルケとタバサがいるこの場では軽々しくいう事は避けた方がいい。
 唐突に言葉を切ってしまった彼女を訝しげに見やる二人を前に、エリスは半瞬考えた後改めて言葉を継いだ。
「……その、何度も私の故郷の危機を救ってくれたんですから」
 かろうじて誤魔化すように言ったその台詞はいかにも苦しく、キュルケは僅かに興を殺がれたように「へえ」とだけ返した。
 そしてエリス達の事を知ってはいるがまともに信じていないルイズはその言葉を額面通りに受け取って、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「村を襲ったコボルトやオークを退治した英雄様なのね。確かにそれは凄いわ。だから調子に乗ってメイジに楯突いちゃった、と」
「……っ!」
 そこまで言われては、エリスも引き下がれなかった。
 珍しく彼女は表情を険しくし、椅子を蹴倒すようにして立ち上がりルイズにまくし立てた。
「昨日ちゃんと先輩が説明したじゃないですか! 月衣も見て、今日だって0-Phoneも見たのになんで信じてくれないんですか!?」
 初めて見るエリスの怒った表情にルイズは数瞬だけ呆気に取られたが、すぐに持ち前の負けん気を発揮して立ち上がった。
「信じられる訳ないわよ! 異世界とかウィザードとか侵魔とか!
 侵魔といえばあの魔王とか言うの! どっから見ても普通の女の子ばっかりじゃない!
 あんなのが世界の敵とか、あいつらと闘ってるとか、馬鹿じゃないの!?
 信じろっていうならもっと信憑性のあるモノをだしなさいよ!」
「~~っ!!」
 二人は頭がぶつかりそうな距離でお互いににらみ合っている。
 向かいの席に座っていたキュルケは、当然ながら話についていけずぽかんと見守る事しかできなかった。
 なお、その隣で本を読んでいたタバサは目を上げさえもしなかった。
 売り言葉に買い言葉というべきか、ルイズの言葉にエリスは更に頭に血が上った。
 ファー・ジ・アースの事を何も知らないくせに好き放題に言うルイズが許せない。
 普段控えめなだけに、一旦高ぶるとどうにも収まりがつかなかった。
「見た目だけで判断しないでくださいっ! あの魔王達は本当に世界を滅ぼす力を持ってるんだから!
 メイジっていうのがどんな人達かよく知らないけど、そんなのよりずっとずっと強くて怖いんです!」
「な……っ!」
 少なくともハルケギニアの人間からすればあまりにもな暴言にルイズは思わず絶句してしまった。
 その隙をついた、という訳ではないだろうが、ヒートアップしたエリスは畳み掛けるように叫んだ。
「柊先輩はそんな魔王を相手に戦って、何度も世界を守ってきたんです!
 柊先輩は、柊先輩は――世界で一番強いんだからっ!!」

 ……恐らく、この場に緋室 灯がいればエリスの間違いを冷静に指摘しただろう。
 赤羽くれはがこの場にいれば、ひとしきり笑った後で優しく訂正したはずだ。
 だが二人はこの世界には存在せず、少なくとも志宝エリスにとって、世界と世界最悪の存在であった自分を救ってくれたのは他のどんな高レベルウィザードでもなく、柊 蓮司だった。

 アルヴィーズの食堂がしんと静まり返った。
 拳を握り締め、肩を上下させながらエリスはルイズを睨みつける。
 しばしの沈黙の後、ルイズの鳶色の瞳が細まった。
「へぇえ……メイジの通う魔法学院で、随分と大層な事言ってくれるじゃない……」
 確かにルイズは好き放題に言っていたが、『何も知らないくせに』というのは彼女だけに当てはまるものではなかった。
 出会い頭からコントラクト・サーヴァントを拒絶した柊もそうだが、いかに従順とはいえメイジを侮辱されてはルイズも捨て置く訳にはいかない。
 溜まりに溜まった不満を吐き出そうとルイズが手を振り上げたその時、
「そうね、メイジとしてその台詞はちょっと聞き逃せないわねえ」
 今まで黙っていた(というか話についていけなかった)キュルケが声を上げた。
 邪魔をされた形になるルイズが睨みつけると、キュルケは小さくほくそ笑んでからエリスに目を向けて更に言う。
「そこまで言うんだったら、実際に強い事を証明してくれないと。それならヴァリエールも納得するでしょう?」
「しょ、証明……ですか?」
 やや落ち着きを取り戻したエリスが、事態のまずさにようやく気付いて少し気後れしたようにキュルケを見やった。
 だが、焔髪の少女はエリスの後退を許さない。
 椅子に背を預け、演技とは思えないほどに堂の入った尊大さで殊更に嘲るような調子で語りかける。
「そう。誰かメイジと手合わせして強さを見せてちょうだい。ヒイラギならそれくらい余裕よね? なんせ何度も世界を救ったらしい英雄だし……」
「……っ、い、いいですよ。望む所です! 柊先輩は誰にも負けませんっ!」
 あっさりと挑発に乗ったエリスにキュルケは満面の笑みを浮かべた。
 そして彼女は改めてルイズへと目を向ける。
「と、いう事だけど?」
「……好きにしなさいよ。調子に乗ってるこいつ等の鼻をへし折る丁度いい機会だわ」
 主導権を握られた事が気に食わないのか、彼女は腕組みしてそう吐き捨て、そっぽを向いてしまった。
 キュルケは勝ち誇ったように鼻で笑うと、焔色の髪を優雅にかきあげてエリスに向き直った。
「主の許可も得た事だし、それじゃあ――」
「やらない」
 今まで黙って本を読んでいたタバサが唐突にボソリと漏らした。
 どうやら話を総て聞いていたようだ……と言っても、エリスが叫んだ時点で食堂の生徒達の関心はキュルケ達に向いているようで、彼女を含め食堂の全員が話を聞いてはいる。
「まだ何も言ってないわよ!?」
 泡を食って向き直るキュルケに、タバサは本に目を落としたままもう一度言い含めるように呟く。
「私は、やらない」
「そんなこと言わないでさあ……」
 にべもないタバサにキュルケが縋り付く。
 するとタバサはようやく本から目を上げて、やや呆れたような目線をキュルケに向ける。
「自分でやればいい」
「……ぇー」
 ルイズのようにメイジ……貴族としての意識が殊更に高いトリステインの人間ならばともかく、キュルケもタバサも『平民は絶対にメイジに敵わない』などという俗説を信じ込んでいる訳ではなかった。
 なので彼女自身が侮辱されたというのならまだしも(タバサに至っては自身が侮辱されても相手にしなさそうだが)、エリスの叫んだ暴言などはキュルケにとってヒイラギに対する興味が深まるだけのものでしかない。
 かといって自分でそれを確かめるほど積極性があるかというと、はっきり言ってなかった。
 負けるなどとは思っていない。単に面倒くさいだけだ。
 冷静に考えればタバサがそれをやることはないのだが、そこは話のノリである。
 そのノリを(当然の反応だが)一刀両断にされてキュルケは少々鼻白んでしまった。
 段々面倒臭さが表に出始めてキュルケはなんとなく視線をテーブルに向けた。
 ルイズとエリスの席の前に置かれた食器。その間に、小瓶があった。
「その瓶、香水? 確か……モンモランシーのだっけ?」
「………」
 やや独り言じみたキュルケの言葉にルイズはふんと鼻を鳴らし、顎をしゃくる。
 促されたその先には、小瓶を凝視しながら汗をかいているギーシュがいた。
 キュルケは己の幸運を始祖ブリミルに感謝し、会心の笑みを浮かべて小瓶に手を伸ばした。



 ※ ※ ※



「――という訳よ」
「なぁにが『という訳』だ!? 俺のいない所で勝手に話を進めてんじゃねえ!!」
 ルイズから一応の事情を聞かされた柊は思わず叫んだが、しかし当のルイズは聞く耳持たず、ふんと鼻を鳴らして顔を背けてしまう。
 ぎりぎりと歯を鳴らして睨みつけた後、彼は僅かにジト目でその隣のエリスに目を向けた。
 途端にエリスがびくりと肩を震わせ、今にも泣きそうな顔で柊を見返す。
「しかもエリス……お前……」
「あ、あの、そのぅ……ご、ごめんなさい……」
 捨てられた子犬のように震えながら見上げてくるエリスをしばし見つめた後、柊は盛大に肩を落として溜息をついた。
 ウィザード達の闘いを馬鹿にされて黙っていられなかった、というのは柊にも共感はできた。
 拉致られたり巻き込まれたりで何かと厄介事を背負い込む事が多い柊だが、彼はそれ自体を不幸とも不運とも思っていないし、やってきた事にはそれなりに誇りも感じている。
 とはいえ、ここは異世界。ルイズ達はウィザードの事など何も知らない人々なのだ。
 理解されないからといってむきになるのはいささか大人気ないし、少なくともハルケギニアでは理解されても意味はない。
 そういった意味ではエリスの行為はファー・ジ・アースにおける『何も知らない人々』――イノセントに対して世界の真実を語ったにも等しかった。
 彼女がウィザードになって……そしてウィザードであった頃から間もないので仕方ない事ではあった。
 元の世界でそうしなかっただけマシと思えばいいだろう。
「……しょうがねえなあ、もう……でも、今回だけだからな」
「はい……ごめんなさい」
 しゅんと項垂れたエリスの頭に軽く手を置いて、柊はギーシュに向かって一歩踏み出した。
 囁くようにエリスががんばってください、と言い、柊は軽く手を振って返した。



「……これだけ盛り上げといて言うのもなんだがね」
 ひとしきりギャラリーに応えて満足いったのか、ギーシュは一息ついて後方に控えていたキュルケを振り返った。
 そして根本的な質問を彼女になげかける。
「なんで僕が決闘とかしないといけないんだ?」
「何言ってんの、メイジを馬鹿にされたのよ? あの平民に思い知らせてやんないといけないでしょ?」
「まあ、それは確かにそうだが……」
 完全無欠に関係ないのに巻き込まれたギーシュとしては釈然としないのか、口の中でぶつぶつと何事かを呟く。
 それをみたキュルケは小さく嘆息すると、にやりとした笑みを浮かべて懐から小瓶をちらつかせた。
「そういえばさっきアンタの落し物を拾ったんだけど――」
「あーーーーーっとぉ!! ミス・ツェルプストーの頼みなら聞かないワケにはいかないなぁ!!!」
 わざとらしく大声で言ったキュルケの台詞をかき消すようにギーシュは叫ぶと、金の髪をばさあっと大仰にかきあげて柊に向き直った。
 そして手にした薔薇をつきつけ、芝居がかった口調で更に叫ぶ。
「そんな訳でそこな平民! 君には縁もゆかりもないが貴族の誇りのため、そして何より僕の心の平穏のために医務室送りになってもらうよ!
 怨むのならルイズに召喚された己の不幸を呪うんだね!!」
「あー……もうどうだっていいからさっさとしようぜ」
 明らかにやる気のなさそうな声で柊が答えると、ギーシュは不敵に笑って一歩進み出て、両者は対峙した。



「……で、実際どんな感じだと思う、彼?」
 思惑通りに進んだ光景に満足気な笑みを浮かべたキュルケは、隣で本を読んでいるタバサに向かって声をかけた。
 タバサは二人の決闘が始まらんとするこの時に至っても本から目を上げようとはせず、声だけでキュルケに答える。
「昨日の動きを見る限り、かなりできる」
「あら、それじゃギーシュはご愁傷様ってところかしらね」
 サラマンダーを召喚して早々に学院に戻ったキュルケは見ていないが、先日の召喚の儀式の際、頭に血の上ったルイズが放った爆発の失敗魔法は方向も距離も位置も規模もまるででたらめで、それゆえに著しく予測と回避が困難な代物だった。
 実際生徒は何人も巻き込まれたし、コルベールも何度も巻き添えを食らった(ちなみにタバサは使い魔の風竜で早々に上空に避難した)。
 だが、ルイズの標的である当の柊は爆発のあおりを受けこそすれ一度たりとも直撃をもらう事はなかったのだ。
 少なくとも身のこなしに関しては一般人の枠をぬきんでている。加えて動き方をみれば――
「……貴女がやってたらどうだったかしら、『雪風』のタバサ?」
 むしろこちらが本題だ、といわんばかりのキュルケの声が届いた。
 タバサはそこでようやく目を上げて、柊を見やる。
 そして彼女はさほど興味もなさそうに、言った。
「……"今の"彼になら、多分勝てる」



「こういう経緯上当然知っているとは思うが、僕はメイジだ。ゆえに魔法で闘う……よもや文句はあるまいね?」
「好きにしろ」
 嘆息交じりに応える柊にギーシュはふんと鼻を鳴らすと、手にした薔薇を軽く振った。
 花弁が一枚地面に落ち、やがて周囲の土ごと巻き込んでそれは甲冑を纏った女性の人型を形成する。
 完成したその造形にギーシュは満足そうに一つ頷くと、次いで柊に目をやり大仰に腕を広げてみせた。
「僕の二つ名は『青銅』、青銅のギーシュだ。したがってこの青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
「そうかよ。だったら……」
 言いながら柊は腕を中空に差し伸ばした。
 果てしなく面倒くさいがやる以上負けるのは御免だ。
 幸いにして見たところワルキューレとやらもその使い手も大した腕ではない。
 さっさと終わらせてしまおうと柊は月衣から己の得物を――
「…………あっ」

 そこで柊はようやくそれを思い出した。
 ここ一ヶ月近く闘いのない平穏な日常を過ごしていたため、あまり意識する事もなくなっていたのだ。
 加えて今回の召喚はこれまでのものと違って、一悶着はあったもののごくごく『平和的』だったので、ほぼ完全に失念していた。
 要するに、今の柊 蓮司は――


(…………………………魔 剣 が ね え)


 『魔剣使い』ではなく、『使い』だった。
 決闘は今まさに始まろうとしていた。 




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