あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロ大師-04


「やはり……この本も駄目だったか」

夜。
聞仲とルイズが図書室でがりがりがりと言語習得に励んでいるのと時を前後し、同じく学院内。
もはや書庫と等しい程本が山積みになった自室の、僅かなスペースで書籍を調べる一人の男がいた。
ジャン・コルベール、『炎蛇』の二つ名を持つ学院の教師である。
もっとも学生からは日頃おかしな研究を続けている変人という認識しか持たれていないが。
主従の学習と異なり、こちらの研究はどうにもこうにも進まなかった。
どの文献を探しても該当するルーンが出てこないからだ。

「さて、困ったな……捨て置くには何やらありそうだし」

使い魔召喚の儀は、学院でもなかなかに注目度の高い儀式ごとである。
楽しみにしている教師も少なくないのだ。
学院長であるオールド・オスマンもその一人であり、どうやらいつもの如く鏡で盗み見ていたようなのだが―――

『あのヴァリエール嬢の使い魔について調べてくれたまえ』

そう依頼してくる彼の目はいつもの好々爺のものでも、ミス・ロングビルにセクハラする狒々爺のものでもなく、
いつになく真剣味を帯びたものだった。
自分もあの場にいたものの、彼の雰囲気に圧倒されていたことは確かだろう。
戦士としての勘というか、彼はもっと上の、何かを極めた超越者のような。
しかし確証はなく、そして確かめようにも物証も何もなかったのだ。
最後に残った本は「始祖の使い魔達」という、古めかしい本だった。
始祖と言っても六千年も前の話で、こうやって記録に残されているのが真実かどうかは解らない。
魔法とそれに関する知識、言語などがそのまま伝わってはいるものの、こうした種の書籍には
無数の贋作が混じるのが普通である。

とはいえ全ての資料に当たり、ここで見つからなければもう他に頼るものはない。
むしろこの本すらも、最後まで読んだから惰性で調べてみようという程度だ。

「……ガンダールヴ……ミョズニトニルン……ヴィンダールヴ……そして」

ぱらりぱらりとページを捲り……コルベールは動きを止める。
そして時を巻き戻すがごとく、猛烈な勢いで先程開いたページを捲り返していく。

「まさか……」

スケッチした彼のルーンと同じ模様が、そのページには記されていた。

「まさか……彼が……神の―――」



次の日、学院長オールド・オスマンは昼間から使い魔の視覚共有をしていた。
そこに授業をそうそうに終わらせて飛び込んでくる男が一人。

「学院長!! オールド・オスマン!! 狒々爺!!!」
「なんじゃ、ジャノ・ジャック・コールタール。いいところだったのに……」
「名前をいい加減覚えて下さい! 大体、いいところってどういう事ですか? オールド・オスマン」

飛び込んだコルベールの目に入ったのは書類を投げつけるミス・ロングビルの姿だった。
書類を顔にめり込ませているのは部屋の主、学院長オールド・オスマンである。
300歳生きるというその老獪な学院長は、ここ一番という覗きのチャンスをコルベールに潰されて機嫌が悪い。

「そんなことより、これを見てくださ」
「そんなこととは何じゃ!!! 御主は研究にかまける余り、男の遺伝子を失って……」
「男の遺伝子って何ですか? 学院長」
「ぎゃ、ぎゃああああああああああああああ!!!!!!」
「……」

悲鳴を上げて折檻を受ける学院長の声は、部屋の壁に邪魔されて外に出ることはなかった。
もっとも、聞きたい人などいないわけだが。

「あーあ、怒って行ってしまったではありませんか……」
「御主のせいじゃぞミスタ。まったく、あと少しであの布に隠された秘密を解き明かせ―――」
「高尚な事のように言うのは止めて下さい。……と、違いますよ。こっちが本題です」
「なんじゃ、古い本なぞ出して……"始祖の使い魔"?」
「そうなのです、先日ミス・ヴァリエールが呼び出した使い魔が……」

コルベールはあの使い魔の刻印が、本に記されたそれであると学院長に語った。

「……なるほど、なるほど。伝説の使い魔か……」
「人を召喚など前代未聞です。これはもしかしたら……」
「まだ早い。もう少し様子を見なければならんのう」
「伝説の力を、ですか?」
「そうじゃ。彼の者がどのような性質であるかも解っていないわけじゃし」
「こういった事は王宮に報告するべきでしょうか」

学院長は深く息を吐きながら、頭を振ってそれを否定する。

「御主も解っておるじゃろう、研究所が聞きつけたら即座に連れて行かれて実験材料じゃ」
「彼がそんなやすやすと捕まるようには見えませんでしたが」
「まあ、たしかにの。一度能力でも見れれば対応しようがあるのじゃが……」
「そんな事を言っても、喧嘩を引き起こして能力を見るわけにもいきませんよ」



窓の外を見ながら、学院長は遠い目で言葉を紡ぎ出す。

「しかし、まさか彼が神の……」

「学院長!!!」

本日2度目の妨害に、渋く決めようとしていた学院長は挫かれてしまった。
ミス・ロングビルは足下で上を見ていたネズミを捕らえ、遠くに投げながら詰め寄ってきた。

「見せ場を奪って楽しいかね、ミス・ロングビル」
「大変です!! 広場で喧嘩が!! ギーシュ・ド・グラモンとヴァリエール嬢の使い魔が……」


「……」

ルイズは聞仲と連れ添って歩いていた。
若干ビクビクしながら。

正直な所、どうやって聞仲に接すればいいのかがよくわからなかったからである。
彼は基本的に敬語を使わない。使う時は説教の時だけだ。
説教の際は大抵恐ろしい顔をしているので、敬語は逆効果である。
朝に食らった破壊的説教が頭に残っているせいもあった。

確かに、朝早く起きたお陰で確かに頭は良く回るし、授業に適度な緊張感もあって良いことは良いのだ。
召喚したのが人間だと知った時はどうしようかと思ったが、これはこれでいいものである。
ちゃんと敬意を払って接してくれるし、人であるから他の使い魔のように外で待たせるような事も無い。
そういった事を踏まえれば、敬語でないなんてのは些事なのであるが―――。

逆に、聞仲という使い魔が敬語バリバリで謙ってくるような奴だったらそれはそれで嫌だ。
メイジとしてのプライドを持てと言われ育ってきたルイズは、おそらく調子に乗っていただろう。

上手く折り合いを付ければ、もっと自然につきあえるのに……。

「……はあ」
「どうしたルイズ」
「なんでもないわよ」
「そうか。太乙真人、今度はどこへ行けばいい」
『だいたいの場所は回ったかな。中については入れない場所もあるようだし、今度でいいだろう』

ルイズが微妙に悩んでいる横で、聞仲は太乙真人と通信をしていた。
朝の散歩も半分はそれが目的であり、学院内のデータを取っていたのである。

聞仲の立場上、主人であるルイズの周りから離れるわけにもいかない。
本当は通信珠を飛ばしてあちこちのデータを取りたかった太乙だったが、仕方なく周辺データから始めたのだ。

「……で、この珠っていったい何よ」
「宝貝の一つだ。私が使用しているが、まああまり触れない方が良い」
『エネルギー供給は聞仲がしてるけどもやっぱり危ないからね』

珠の向こうの人間は「タイイツシンジン」というのだと、ルイズは聞仲に教わった。
字も……まだ簡単な方であるから、いずれは書けるようになるはずだ。
聞仲の使っている字は文字自体が非常に多い為、まだ全然習得がすすまない。
覚えたのは「聞仲」の二文字だけである。
もっとも、魔法以外にも興味を持つことが出来るようになったというのは大きな転換である。

「すっかり遅れちゃった……ん、何か揉めてるのかしら」

食堂に着いた2人を待っていたのは、なにやら揉める2人とそれを取り囲む群衆だった。
どうやら金髪の方が黒髪の方につっかかっているようだが……。

「あ、朝のあの子ね……シエスタ」
「金髪の方は?」
「ギーシュ・ド・グラモン。なにかにつけて気障な奴よ」
『殴られたね』
「あっちの金髪は」
「モンモランシー。ギーシュと付き合ってたのね……」
『さっきのメイドが絡まれてる……なんて典型的な』

「あ、ルイズに聞仲じゃないの。遅かったわね」
「なによあれ。痴話喧嘩?」
「まあそうなんだけど。今日はなかなか面白いわよ」
「面白い?」
「実はね……」

すっきりまとめるのなら、ここまでの顛末はこうまとめられる。
自業自得で擦り付け。
ギーシュの性格を知るものならばこれだけでどうなったのかは解るというものである。
キュルケの説明を聞く聞仲と、同じく説明を聞いているルイズ。
二人が説明を聞き終わったのと、ギーシュが杖を振り上げるのと、足を踏み出したのは全く同じタイミングだった。

「君のせいで二人の女性の名誉に傷が付いたんだ! どう責任をとってくれるのかね!?」
「そ、それは……」

「平民の身分で、僕らメイジに対してその態度……まったく、これだから平民というやつは」
「……」
「さあここで謝罪したまえ、床に頭でも擦りつけて、必死に許しを請うが良い!!」
「……ん」
「なんだって?すみませんと言ったのかな?」
「できません」
「何だと? 君は……自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「私は……ただ瓶を拾っただけです!」
「それが問題だと言っているだろう!!」

周りはなかなかに良い盛り上がりを見せている。
ギーシュの味方をするわけではないが、メイジの身分として平民が反抗するのを見るのは面白いのだ。
彼女の言っていることも至極まっとうな事であり、ギーシュが激昂するのもこれもまた解らないことでもない。
つまり、どちらを見ていても面白いというのが観衆の心情だった。

故に、ギーシュが杖を振り上げたのを見て止めようと思う者は少なく、居たとしてもそういう者が輪に加わっている訳がない。

例外は輪を断ち切って中に入った二人。
彼等に怒りを覚えた二人。
ルイズと聞仲である。

「そこまでよ」
「そこまでだ」

ルイズはギーシュとシエスタの間に割って入った。
聞仲はギーシュの杖を取り上げ、腕を押さえつけた。

「その辺にしておきなさい。これ以上は」
「離せっ…何をするんだ!! 僕はただこの平民を教育してやろうと……」
「……教育だと?」
「何が教育よ。逆らえないメイドを槍玉にして、自分の過失は棚上げってわけ?」
「ぐっ…………ああ、そうか。この平民に親近感でも湧いたか?ヴァリエール」
「―――」
「ははっ、魔法を使えない者同士、仲の良いことだな」
「―――」

それにしてもこのギーシュ、ノリノリである。
それゆえに『言ってはならない台詞』というものの存在を忘れていた。

主人の気配の変化を感じ取り

「なるほど」

聞仲は呟いた。

「貴族と言うからあの馬鹿のようなものだと考えていたが……」

そして、杖をそのままギーシュに向ける。

「貴様等は貴族などではない」


その目はギーシュと、取り囲む生徒達を見据えていた。
視線でドラゴンすら殺しそうな威圧感に、動ける人間など居はしなかった。
ただギーシュだけは条件反射的に言葉を発する。


「なっ……何を言うんだ、僕は由緒正しき……」
「貴族というのが何の為にあるか解っていないようだな」

「王には王の、貴人には貴人の、民には民の責務がある。貴様等はそれすらも理解せず、下を貪るか?」

「つつつつつ、杖を向けるということがどういう事か解っているのか!!? それはすなわち」
「決闘なのだろう?」
「わわわわわ解ってて向けるとは良い度胸だ、決闘だ!!! 決闘しようじゃないか!!!!」
「承知した」


シエスタは、あまりの事に頭が付いていかなかった。
配膳の時に見つけた瓶、それがまさかこんな事になるなんて誰が予想しただろうか。
普通のメイドだったらここで平謝りし、学生達に笑われ、惨めになりながらもどうすることもできなかったかもしれない。
しかし、シエスタはそこまでするほど自我が弱くはなかった。
自分がしたことが正しいと信じるのに、何故頭を下げなくてはいけないのか―――。
もちろん貴族に逆らうなんて初めてのことである。
しかし彼女にはわかっていた。
ここで曲げたら、おそらくこの先真っ直ぐ生きる事はできないのだと。

とはいえ、魔法の力を知らないわけではない。
ギーシュが杖を掲げた時、シエスタも思わず目を閉じてしまった。

「……?」

上から振り下ろされるはずの衝撃はやってこなかった。
瞼を上げれば、目の前に居たのは自分よりも小さい、鮮やかな桃色の髪をした少女。

「そこまでよ」

見れば、ギーシュの方もその使い魔――聞仲が腕を押さえつけている。
何故? この人達とは何の……ほんの少しの接点しかない。

何故?と聞こうにもルイズはギーシュを真っ向から睨み、こちらを振り向こうとしない。
シエスタはただ、自分の中で答を探す他なかった。


ルイズは、正直ここに立っているのが何故か解っていなかった。

衝動的に体が動いたのは間違いない。
その衝動がどこからくるものか、それが自分でも解っていない。
―――女の子が、目の前で攻撃されようとしていたからだろうか。
もっと単純な話だ。
―――ギーシュの言うように、自分を彼女に重ねていたからだろうか。
違う、そうじゃない。
―――気にくわないからだ。
おそらくはそういう単純なものだ。

ギーシュも、周りも、貴族という貴族全てが気にくわなかった。
女の子が責められているというのに、誰も止めようとしなかった。
振り上げられた杖を、止めようとする者はいなかった。
これだけ大勢がいる中で、誰も。
そして、その中で唯一芯を通そうとしているシエスタに、杖が向けられようとしている。
誰も止められないなら、誰も止めないなら、自分がやるしかない。
そう考えて足を踏み出し―――結局、こうなっているのだ。

怒った時には癇癪のように爆発を起こす、失敗魔法のゼロのルイズ。
ギーシュの言葉を受けた時、瞬間的に頭に血が上った。
が、魔法を放たなかったのは、使い魔の気が一気に膨れあがったからである。

結局使い魔とのリンクによるものか、皆がそれを感じ取っていたかはわからない。
しかし、聞仲との接し方に一つの道が見えてきた。

その聞仲は今、広場でギーシュと対峙している。


ギーシュはもはや錯乱状態だったと言っていい。
彼をここまで支えていたのは貴族としてのプライドだった。
それを聞仲に否定されたものだから、そこはいかに絶望の口に足を突っ込もうが対抗しなければいけない―――
というよりもむしろその場のノリとテンションで話を推し進めてしまったことに、今更絶望しているのである。
彼を見て勇ましい、と思う人間はいなかった。彼の足は震え、その場から逃げ出したそうにしていたからだ。
彼を見て無謀だ、と思う人間しかいなかった。彼の目は明らかにいってしまっていたからだ。

「ま、まあ、僕は貴族で君は得体の知れない平民だ。せめてこの剣くらいは使わせてあげようじゃないか」

ギーシュは自分が作った剣を聞仲の前に刺さるように放り投げた。
特に何の装飾も無い、刃がきっちりついている以外はただの青銅の塊である。

「僕は『青銅』のギーシュ。僕はこれを使って攻撃させてもらうよ」


薔薇から生まれる4体のゴーレム。
彼はこのゴーレムに『ワルキューレ』という名を付けていた。

「……」
「こちらからいかせてもらおう!」

4体のワルキューレが一斉に聞仲に向かって動き出し、各々の武器を振り上げた。
そして、武器を取り落とした。それぞれが持つ武器を、腕ごと。

「……へ?」

ギーシュはきっと幻覚でも見ているのだろうと思った。
あの平民の持っている武器はどう考えても自分の作った青銅の剣だけである。
自分自身の操るワルキューレももちろん、青銅で出来ている。

そのワルキューレが、ただの一撃で破られてしまったのだ。

目の前で起きていることは、まさに幻覚か、夢としか思えなかった。
もはや笑い出しそうな勢いである。


「……」
『聞仲。過度な干渉は―――』
「主の前に臣下が動かなくては」
『……まあ、しかたないか。今は魔法とやらのデータ取りをしよう』
「宝貝は使わん。残念だったな」
『あまり本気を出さないように ……だってさ。 by通天』
「決闘なのだから本気は出す。力を抑えるだけだ」

事前に通信した時に通天教主から止められたのは、聞仲が全力を出すような事態だ。
もっともこの学院の生徒でそれほどまでに力を出さなければならない相手は当然居らず、そのような事にも当然ならない。
が、決闘だと言われたからには本気を持って叩きのめさなければ相手は何も学ばないだろう。

この学院の生徒は、魔法を学んでいる。
その代わり、剣術のような武術を学ぶ教科は存在しない。
ルイズと資料から得た知識によれば、生徒と同じような歳で兵士となっている者も居るらしいが、やはりここは『魔法学院』である。
魔法の習得に重きを置いているのだが―――どちらにしろ、ここはひどく甘い。
このまま数年やっていったとしても、伸びが遅れてしまうだろう。

プライドが既に存在しているのなら、あとはそれを刺激してやればよい。


「来ないのか?」
「っ……」
「まだ四体倒れただけだ。やめるのか」

ギーシュは杖を振り、さらに三体のワルキューレを錬金した。
ここでまた聞仲に情報を与えてしまっているのだが。


『一度錬金したものを錬金し直す事はできないみたいだねー』
「なによ、わかるの?」

ルイズは珠――太乙の言葉を聞いて少し驚いたように言った。

『いや、折角聞仲の近くに青銅があるなら、それを錬金すれば不意打ちできるやも』
「ある程度近くないと駄目なんでしょうけどね。ギーシュも一度やられたのは使えないって思ってるのかも」
『作成と操作にどう力が配分されてるかは解らないけど……どうも概念的な話になるなあ』
「概念的?」
『使う人がそう思わないと、駄目ってことさルイズちゃん。例えるなら、ギーシュ君はあれを操り人形のように思っている』
「操り人形……」
『糸が切られたら終わっちゃうって事だよ。そう思っているから、そうなるんだ』

今度はワルキューレを三方向に分けて一撃でやられないように陣形を組んでいる。
三方向から同時に突っ込んでやってしまおう―――という考えだが。

「あ、また一体やられた」
『聞仲はもともと武術に長けた将軍だったからね。今も力を抑えてる筈だよ』
「ギーシュもそろそろ限界かしら。息が上がってる」
『魔法のデータは色々採取してみないとね。今度は他の系統の魔法も見せてくれないかな』

傍観者はあくまで暢気だった。
少し離れたところで見ているキュルケとタバサも、同じく暢気に観戦していた。

「……」
「あーあ、結局聞仲の勝ち? 賭けにならなかったわね」
「強い」
「凄いわよね、杖も魔法も無しであれだけ強いんだもの」

タバサはただその姿を見つめていた。
彼がまだ本領を、実力の欠片すら発揮していない事を、肌で感じ取りながら。


「終わりだな」
「……」

がっくりと膝をついたギーシュは、消えそうな声で「僕の負けだ」と呟いた。
プライドという大きな柱はバキバキに折られ、業者に回収されてしまっている。
廃人化しかけたギーシュに喝を入れるように気迫のこもった声で、聞仲は用件のみを述べた。

「では、我が主人ルイズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、及び学院付きメイド シエスタ、
 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、ケティ・ド・ラ・ロッタ
 この四名に謝罪を行う事。また、毎週イングの曜日、午後にはここに来る事。以上!」

聞仲はそれだけ言うと通信珠を呼び、ルイズの方へ向かって歩いていってしまった。
鮮やかな勝ち方に歓声を上げようとしていた生徒達を放置し、そのまま主人と棟へと戻っていった。
それから、取り巻きはなんとも言えない空気で戻り始めた。
誰も何も言えなかった。なにしろ食堂で「貴族ではない」とまで言われてしまったため、ここで浮かれるのもなんだか気まずい。

最後に残ったのは、立ち上がったまま動かないギーシュと、陰から見ていた女生徒が一人。
金髪巻き毛の小柄な美人、モンモランシーである。
彼は動かないギーシュを心配して、人が去るまで待っていたのである。
なんだかんだ言っても、彼女も決闘を見ていたうちの一人であった。

彼女を視界に捉え、そちらに向かってギーシュは歩き出す。

「モンモランシー……僕、決めたよ。都合の良い話だけど、聞いてくれるかい?」
「な、何?」
「もう君しか見ない。今までの事は悪かった。これからケティにもちゃんと話してくる」
「……」
「始祖に誓うよ。 君を……」
「ギーシュ……」

「一番に愛する」

渾身の力を込めて頭を殴られたギーシュは丸二日、医務室で唸り続けることとなる。
意識が途絶える前に思ったのは顔を真っ赤に染めたモンモランシーも可愛いな……と。

「私だけって言えないの!? この馬鹿ギーシュ!!」

馬鹿につける薬はない。
同様に、馬鹿ップルに処方する薬もない。
以後この二人は学院内一の馬鹿ップルとして知れ渡り、なおかつ本人達にその自覚が無かったりするのであるが。
それはまた番外の話となるので、ここでは主人公の結末を記す。


「……結局、ギーシュの馬鹿ッぷりは変わってなかったわね」
「かもな」

先程、眠りから覚めたギーシュが両方の頬に手形を付けやってきたのだ。
右の頬は、起きた時にモンモランシーに「心配したんだから!」と殴られたらしい。
左の頬は、「ギーシュ様の事は忘れます。でも、最後に思い出を下さい」と言ったケティが思い切り張り倒したらしい。
シエスタに関しては暴力的な事は無く、こちらこそすみませんでしたと謝られたようだ。
さらにその後、もう少し女性の気持ちを察するように、と念を押されたとか。

そんなこんなでギーシュはルイズにもきっちりと謝罪をいれ、その後聞仲にみっちり説教された。
もちろん敬語で。内容は押しつけるようなものでなく諭すような形なのだが、やはり恐いものは恐い。
精神的に今までの非行を突くような説教で、ギーシュの残り精神力がみるみる削られていってしまったのだ。
ルイズが止めなかったらおそらく夜まで続いていただろう。

その後にシエスタもやってきて、ひとしきり礼を言った後に仕事があると思い出して急いで駆けていった。
ルイズも聞仲の食事を頼む、と頼んで自分も食堂に向かった。

特に変わりのない食事の後、ルイズは聞仲と共に図書室へと向かう。

本当の貴族がそもそもどういうものか、ルイズはまだ形にできない。
もともと明確な形に出来るようなものではなく、自ら体現するしかないのだと、聞仲は言っていた。
こだわり過ぎてもどうしようもない、と付け加えながら。

ルイズはとりあえず自分に出来る事をしようと思い、聞仲の書いた文章を写し直す作業にかかった。


そして数刻前。

「結局勝ってしまいましたねえ」
「ふむ……能力は使わず終いか」
「あの……」
「せっかくのチャンスだったのですけどね」
「やはり、本人を呼ぶしかない……か。仕方ないの」
「あのー……」
「ミスタ・コルベール。彼が伝説である事は、誰にも秘密じゃぞ」
「わかりました。彼がヴィンダールヴだなんて言わないですよ絶対」
「オールド・オスマン! 聞いてるんですか!? 仕事をしろって言ってるんですよコッチは!」
「な、なんじゃ居たのかミス・ロングビル」
「ずっと居ましたよ! いい加減にしないと蹴るよ狒々爺!」

暢気な大人達は、まだまだ平和に過ごしていた。


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