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ラスボスだった使い魔-40b


 同日、同時刻、魔法学院にて。
 午前の軍事教練を終えたユーゼスは、研究室でアニエスと話をしていた。
「では、あの『ビートル』というマジックアイテムは、お前でなければ扱えないということか?」
 話の内容は、魔法学院の敷地の外にある平原にドーンと置いてあるマジックアイテム(だと多くの人間は思っている)、ジェットビートルに関してである。
「……それなりの期間を浪費して専用の訓練を行えば、私以外の人間でも扱えるようになるとは思いますが……今のところ『トリステインで』アレを自在に扱えるのは私だけでしょうね」
 自在に扱えるも何もユーゼスに付与されたガンダールヴのルーンの最大の機能はそこにあるのだが、このアニエス相手にそれを明かしてしまうと少々面倒な事態になりそうなので、そこを隠して話を進めるユーゼス。
 そしてアニエスはユーゼスの言葉を聞いて『うーむ』と唸り、質問を続ける。
「その訓練とやらに必要な期間は?」
「戦闘に使えるまでに仕込むのであれば、基礎知識から仕込んで一年は頂きたいところです」
 ハルケギニアの人間に機械知識や航空力学などを説明したとして、すんなりと納得してくれるのかどうかはまた別問題だが……と、ユーゼスはこれもまた肝心な部分を隠す。
「……長過ぎる。それでは戦が終わってしまうぞ」
「私に言われても困ります」
 しれっと答える銀髪の男。
 まあ本当のところを言えば、自分がマニュアルや学術関連の事項をまとめて、エレオノールあたりにでも頼んで『ハルケギニア人に分かりやすいように』内容を噛み砕かせた上で編纂すればその期間を大幅に短縮出来る自信があるのだが、そこまでする義理はない。
 それに……。
「では、『ビートル』を新しく造り上げるというのはどうだ?」
「それは不可能です」
 ……どれだけの時間を費やそうが、ハルケギニア人ではどう足掻いてもジェットビートルを使いこなすことは限りなく不可能に近いのである。
 幾つかあるその理由の中でも主なものは、やはり工業技術力の低さだろう。
 装甲板として使われている特殊合金どころか、内部に使われているちょっとしたネジ一本のための金属ですらまともに精製が出来ないのだから、どうしようもあるまい。
 スクウェアクラスの『錬金』を使えば可能性はあることはあるが、精神力や集中力という不確定な物に左右されるこの世界の魔法では、どうやっても不純物が混ざる。
 その難しさについては、王立魔法アカデミーの主席研究員であるエレオノールの『あなたの故郷の冶金技術は一体どうなってるのよ?』と言うセリフからも推し量ることが出来るだろう。
 また、製鉄だけでなく金属の加工技術にも問題があった。
 何せハルケギニアで最も複雑な金属の加工品である鉄砲にしても『工業製品』ではなく『工芸品』扱い、つまり手作業で作っているのである。
 要するに『全く同じ物を量産する』という概念そのものが存在しないのだ。
 同じ人間が作った、同じ形の銃で、同じ弾丸を使ったとしても、一つ一つがほんの僅かずつ異なっている。
 これでは『工業製品』とは言えない。
 しかし、これに困ったのは他でもないユーゼスだった。
 ビートルに備え付けられている機銃の弾丸の補給、という問題があったのである。
 ……弾丸の材質については目をつぶらざるを得なかった。
 どの道、弾丸は撃てば無くなってしまう物なのだし、そもそもハルケギニアでは対怪獣用の銃弾に使われる特殊合金を調達することは不可能だからだ。
 よって『弾丸の材質』については、多少不純物が混ざろうが鉛なり鉄なり真鍮なりで妥協することにした。
 しかし『弾丸の形状』についてはそうはいかない。
 ユーゼスとしては、銃身や銃口、および弾倉などの規格と微妙に合わない銃弾や薬莢を使い続けるなどという、下手をすると空を飛んでいる途中に墜落しかねない危険な行為は避けたいのである。
 無論、ユーゼスとて対策を何もしなかったわけではない。
 『弾丸と薬莢の鋳型を作って、それをトリスタニアの鍛冶場に持っていき、金を払って弾丸と薬莢を作ってもらう』ということを試してはみたのだ。
 だが、それも結局は『手作業』の限界にぶつかり、失敗してしまった。
 ……そもそもタルブ戦でアルビオンの戦艦に搭載されていたような、ごく初歩的な機銃ですらかなりのオーバーテクノロジーと言えるのである。
 だと言うのに、それから更に二世代か三世代ほど発展してしまっている戦闘機の機銃の弾丸を作成、しかも厳密な『規格品』として作り上げることなど『現時点の』ハルケギニア人には不可能だということを、ユーゼスはあらためて思い知ったのだった。
 そして最大の問題点である電子機器。
 これはもう材質とか加工技術とかいう次元の話ではなく、完全にどうにもならないと言っていい。
 ハルケギニア人にとって電気を使った機械や精密機器など、オーバーテクノロジーを通り越してブラックボックス扱いである。
 ……バッテリーの充電すらもマトモに出来ず、『フルに充電されている状態に“錬金”する』という離れ業を使わざるを得なかったほどなのだ。
 中に使われているコンピュータなど、概念を説明するだけでも一ヶ月くらいはかかりそうである。
 おまけに機体の動力として使われているプラーナコンバーターに関しては、ユーゼスですらその仕組みを『何となく』程度にしか把握していない。
 『ハルケギニアの魔法』と『ラ・ギアスの魔法』は、名前だけは同じようだが中身は完全に別物であるし、何よりラ・ギアスには『錬金学』というそれ専用の学問すら存在する。
 それを修得するとなると、また長い時間が必要になるだろう。
 ……シュウ・シラカワもビートルの動力をジェットエンジンからプラーナコンバーターに換装した際、整備用としてコンバーターの図面を残してくれてはいたが、それに書かれているのはあくまで『内部の機構』である。
 決して『人間のプラーナを動力に変換する』仕組みが書かれているわけではないのだ。
 その仕組みをまたハルケギニア人に説明するとなると、もうシュウ自身かラ・ギアスで錬金学を修めている人間を引っ張ってくるしかあるまい。
 と言うか、非常に興味深いテーマなのでむしろユーゼスの方が説明して欲しいくらいだった。
 閑話休題。
 とにかく、物理法則や質量保存の法則を『魔法』によって簡単に覆してしまうようなハルケギニアという世界にとって、学術的にも技術的にも概念的にも『工業』だとか『科学』と言ったモノは異質と言っていい。
 …………あくまで仮にだが、今からその科学技術を発展させようとした場合。
 まずその技術が受け入れられる下地として平民や貴族の意識改革から始めなければならないし、
 そうなると魔法至上主義であるハルケギニアのメイジの立場とのすり合わせがあり、
 下手をすると国どころかハルケギニアそのものを相手にしなければならず、
 そして技術の発展には多大な資金と資源と時間と労力が必要で……。
(―――やはり不可能だ)
 無理矢理に『科学兵器を使った軍事革命』でも起こせば話は別だろうが、そのための準備にもやはり様々な障害が存在するだろう。
 ……そして何より、ユーゼス個人としてハルケギニアの技術発展を見過ごせない理由もある。
 今のハルケギニアが初歩的にでも科学・工業技術を手に入れたとして、その源となるエネルギーは何になるのか?
 風石や土石などの精霊の力の結晶体―――動力源として考えられなくはないのだが、扱いが少々難しすぎる。それに産出量も少なかったはずだ。
 メイジの魔法―――まず有り得ない。それだと結局は個人の力で魔法を行使した方が効率がいい。
 エルフの先住魔法―――どのような物か詳細はよく知らないが、利用するためには六千年にも及ぶエルフとの確執を解消する必要が生じる。現実的ではない。
 未知のエネルギー源―――そうそう都合よく発見されはしまい。
 そうなると、残った手段は必然的に化石燃料くらいしかなくなってしまうのだ。
 この世界には『錬金』という比較的手軽な物質変換システムが存在するため、通常の惑星の石油のように『掘り尽くして枯渇する』ということはまず有り得まい。
 そして無自覚に石油やそこから派生したガソリンなどを乱用し……結果、この星の大気や自然環境は物凄い勢いで汚染され尽くしてしまうのである。
 おそらく自分一人がいくら声高に大気汚染や自然破壊を叫んだとしても、ほとんどの人間は耳を貸そうとすらしないだろう。
 かつてユーゼスが愚かと蔑んだ、地球人たちのように。

 ―――「私は……間違っていない。私はこの星のために……あれを使ったんだ……美しい自然を守るために……」―――

 ―――「壊れていく……この美しい自然が……早急に手を打たなければいけなかったんだ……」―――

(…………我ながら下らん感傷だな)
 昔の記憶に浸りそうになってしまったので、強引に思考を切り上げる。
 未練がましく過去に思いを馳せても意味はない。
 ここは地球ではないし、重要なのは現在や未来のことだ。
 まあ、若干反則気味ではあるがクロスゲート・パラダイム・システムを使えば弾丸の加工も故障箇所の修復も可能なので、ジェットビートルの整備については構うまい。
 言い訳としては『コレには自分にしか理解の出来ない技術が使われている』というところだろうか。……あながち間違いでもない。
 今のアニエスのように技術供与を要求されても首を縦に振らばければいいだけの話であるし、強硬手段に出られたら『何処までも』逃げればいい。
 仮にビートルを強制的に接収されたとしてもハルケギニア人にアレは扱えないし、扱い方だけ分かったとしても整備方法が分からなければ、いずれどこかが壊れて終わる。
 ともあれ、当面の問題としては目の前のアニエスをどうにかしてやり過ごすことだが……。
「不可能です、と一言だけで言われてもな。……つまりお前の故郷で使われている技術と、トリステインの技術とではそれだけの隔たりがあるということか?」
「短く言えばそうなりますね。何でしたら詳しく解説しても構いませんが」
「遠慮しておこう。理解の出来ないことを延々と説明されても困る」
 やはり腑に落ちない点が多々あるようで、アニエスは腕を組みながら自分を軽く睨みつけている。
 ……とは言え『あなたたちでは私の使う武器は扱えません』と言われて引き下がるくらいなら、始めから追及などはしないだろうが。
(ここは攻め方を変えてみるか)
 ユーゼスは頑なそうなアニエスをはぐらかすため、話の方向性を変えるべく口を開いた。
「ところで王宮から命じられた任務は他にないのですか?」
「!」
 アニエスの顔色が変わる。
 思った通り、顔に出やすい人間のようだ。
「……なぜ王宮からの命令だと考えた?」
「あなた個人がジェットビートルに対してあまり興味を抱いていないことは、見れば分かります。内部構造の詳細を根掘り葉掘り聞いてくるでもなく、ただ『使えるのか』『造ることが出来るのか』を尋ねるだけですからね。
 失礼ですが、あなたは自分が諜報活動や交渉ごとには向いていないことをもう少し自覚するべきです」
「……………」
 そう言うユーゼスとて、それほど話術に長けているわけではないのだが。
 ともあれ話は続いていく。
「おそらくあなたが請け負った任務は最低でも三つ。
 一つ目はあなたが言っていたように魔法学院の生徒への軍事教練。
 二つ目は男手が極端に減った魔法学院の警護役。
 そして三つ目は今話していたジェットビートルについての調査……あるいは接収でしょうか」
 そこで少々もったいつけて言葉を切り、アニエスの表情の変化を確認する。
 ……顔をしかめていることからして、どうやらそれなりに図星を突いていたらしい。
「しかし、その三つだけでは『わざわざ女王陛下直属の近衛の隊が派遣されてくる理由』として弱いのです。おそらく今挙げた三つと同等、あるいはそれ以上に重要な任務があなたたち銃士隊には課せられていると私は考えているのですが……」
「……………」
 アニエスは一度目を閉じて何か考える素振りを見せると、やがて意を決したようにまた目を開いた。
「なかなか鋭いな、お前は……」
 溜息を吐きつつ、銀髪の男を見る銃士隊隊長。
 その視線は今までとは違い、目の前の男を値踏みするかのようなものになっている。
「確かに我々は、たった今お前が言ったこととほぼ同じ内容の命令を受け……そして最後に『もう一つの任務』を与えられて、この魔法学院に来た」
「ほう」
 …………半分冗談のつもりで、少しカマをかけただけだったのだが。
 言ってみるものだ。
(そう言えば、ギャバンもイングラムに少し詰め寄られただけで任務の内容を話していたな……)
 戦闘面においては右に出る者がいないほど優秀だったが、言葉の駆け引きや交渉ごとになると途端にからっきしになる元同僚の宇宙刑事を思い出すユーゼス。
 あの男も隠し事の出来ない人間だった。
 もっともそういう人間だからこそ、ユーゼスと同じく地球圏という危険極まりない宙域に『自分から志願して』来たのだろうが。
 ……と、また思い出に浸りそうになっている場合ではない。
「しかし、陛下から直々に賜ったその任務の内容を軽々しく明かす訳にはいかない」
「そうでしょうね」
 当然の反応である。
 だが、それをアッサリ喋ってしまっていたかつての友人のお人好しぷりに、40年越しの頭痛を覚えてしまった。
 ―――いや、別にギャバンが駄目だったという訳ではない。
 仲間との信頼関係を築くためには、秘密を抱えたままではいけないだろうし。
「しかし、その任務はお前ともあながち無関係というわけでもないからな。あるいはお前にも協力してもらうことがあるかも知れん」
「『私と無関係ではない』?」
 どういう意味なのだろう、と考えかけて、ユーゼスは考えることをやめた。
 他人の事情に深入りするとロクなことにはならない。
 それに自分から話を振っておいて何ではあるが、別にユーゼスとしてもアニエスが受けた『秘密の任務』とやらに対してそれほど興味があるわけではないのだ。
「宮仕えも大変ですね」
「全くだ」
 せいぜい私に影響を与えない程度に頑張ってくれ……と心の中でアニエスにささやかなエールを送りつつ、ユーゼスは更に話を誤魔化すべく適当な話でお茶を濁していく。


 ……そしてそんな二人の会話を、部屋の外のドアに貼り付いて盗み聞きしようとする女性が一人。
「うぅ~~~……」
 トリステインでも三本の指に入る名門貴族であるラ・ヴァリエール家の長女にして王立魔法研究所『アカデミー』の主席研究員、そして今は魔法学院の臨時教員のエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールである。
「何よ何よ、二人っきりで何を話してるのよ、まったく……!」
 エレオノールは歯ぎしりしながら耳をドアにくっつけて中の会話を聞こうとするが、声は何とか聞こえても詳しい会話の内容までは分からなかった。
 思わず貼り付いているドアをカリカリと爪で引っ掻きそうになるが、音がして気付かれると元も子もないのでどうにか自重する。
 その姿は、どうひいき目に見ても『名門貴族の長女』や『研究機関の主席研究員』には見えなかった。
「なあ、貴族の姉ちゃんよぉ」
「何よ?」
 傍らに置かれていたインテリジェンスソードのデルフリンガーが、からかうような口調でエレオノールに問いかける。
「最近の貴族の女の間じゃ、こうやって平民の男の様子をうかがうのが流行りなのかね?」
「流行りなわけないじゃない」
「だったら、どうしてそんなコソコソと間諜みたいに隠れて聞き耳を立てるんだね?」
「……だって見つかったら、カッコ悪いじゃないの」
 眼鏡越しにデルフリンガーを睨みつけるエレオノール。
 デルフリンガーはカチャ、と鍔を慣らして呆れたように言った。
「だったらハナっからユーゼスのことなんざ気にしなけりゃいいじゃねえか。平民のすることなんか、放っときゃいいじゃねえか」
「そういうわけにはいかないの。……アイツってば……あのバカ、最近は『軍事教練だから時間がない』とか、『気分転換のためにビートルを飛ばす』とか言って、明らかに私といる時間が減ってるんだから」
「いや、お前さんとは十分に一緒にいると思うがね」
「どこがよ!? ヴァリエールの屋敷にいた時は最低でも一日の内に二時間か三時間は顔を合わせてたのに、今じゃここ一週間の平均が四十二分しかないんだから!」
「はあ」
「だって言うのに、私とはあんまり話さないのに、あんな何処の馬の骨とも分からない平民あがりの女と話なんかして……」
「別に男と女の話をしてるってワケでもないだろうに」
「そんなことは分かってるわ」
 しかし『ユーゼスが自分以外の女と二人っきりの空間で話をしている』という時点で、何だか嫌なのである。
 デルフリンガーに言った通りアニエスとはそういう空気が微塵も感じられはしないのだが、それでも嫌なものは嫌なのだ。
 と言うか、思えばユーゼスの周囲には女の影がチラつきすぎている。
 主人であるルイズは五千歩ほど譲って仕方がないにしても、あんまり接点がないはずのカトレアだとか、今こうして話しているアニエスだとか。
 それに今のこの状況。
 魔法学院に男がわずかしかおらず、他は女ばっかり。
 これではほとんどユーゼスのハーレム状態ではないか。
 いや、あの朴念仁にそんな気はサラサラないことくらいは分かっているけれども。
「やきもち」
「っ、違うわ。絶対違うんだから」
 デルフリンガーの呟きが耳に入った途端に顔を赤らめ、ぷいっと顔を背けてそれを否定するエレオノール。
 しかし金髪眼鏡の女性は何かに気付いたように再びデルフリンガーに目をやると、神妙な顔で問いかけた。
「ねえ、あなたって長生きだけはしてるのよね」
「……いかにも俺は六千年もの間生き続けてきた伝説の剣だが、どうしたね?」
「じゃあ、そんな無駄に長生きしてきたあなたに仕方なく尋ねてあげるわ。由緒正しい貴族であるこの私が、あなたみたいなボロ剣に尋ねるのよ。感謝しなさいよね」
「何だね?」
 そしてエレオノールはわざとらしく咳払いをすると、耳まで赤くしながら、貴族としての威厳を何とかキープしようとしている声でインテリジェンスソードに質問をぶつける。
「……ルイズと、カトレアと、ついでにあのアニエスって女を比べて、今挙げた各人が私より魅力で勝ってる点を述べなさい。簡潔に、要点を踏まえ、分かりやすく」
「…………聞いてどうするんだね?」
「あなたには関係ないわ。いいから尋ねたことに答えなさい」
「やきもち」
「だから違うって言ってるでしょ!」
 カタカタ震えるデルフリンガー。どうも笑っているようである。何でこんなのが初代ガンダールヴが使った剣なのかしら、などと考えながらも、エレオノールは答えを要求した。
「で、どうなのよ?」
「年齢」
「イル・アース・デル」
 端的に提示された答えを聞いた瞬間、エレオノールは杖を取り出して『錬金』の呪文を唱えた。
 するとたちまちデルフリンガーの周辺が輝き、インテリジェンスソードは切っ先から柄まで綺麗に石でコーティングされる。事情を知らない人間が見れば、元から『石の剣』だと思うに違いあるまい。
 アカデミーで『美しい始祖の聖像を作るための研究』に従事している、エレオノールならではの技術であった。
「……………」
 そしてエレオノールは『石の剣』を放ってその場から無言で立ち去ろうとするが、その『石の剣』がブルブルと小刻みに震えていることに気付く。
 たっぷり五分ほどそれを眺めた後で、エレオノールは再び『石の剣』に『錬金』をかけた。
「ぶはっ! い、いきなり何しやがる!?」
「……女性に対していきなり年齢のことを引き合いに出すような、失礼な剣に言われなくはないわね」
 石の束縛から解放されたデルフリンガーは即座に抗議を行うが、抗議された側は逆にそっちが悪いのよと抗議し返す。
「…………ユーゼスはよくこんな女と毎日話が出来るね」
「どういう意味よ?」
「さて、どうだか」
 お互い相手に対して色々と言いたいことはあるようだったが、ここで何やかんや言い争っても何にもならないと判断して先程の話題を続けることにした。
「で、他には?」
「顔は……まあ、好み次第だあね。お前さんはそれなりに整ってる方だが、あの貴族の娘っ子も、銃士隊の隊長も、それからカトレアって姉ちゃんもそれぞれ違った魅力を持ってるわな」
「……一理あるわね」
「つっても、ユーゼスはどうも見た目がキレイだとかいうのには、それほどこだわらねえように思うが」
 うーむ、アカデミーの主席研究員は考え込む。
 と、そんなエレオノールの顔色を変えさせる一言が、デルフリンガーから発せられた。
「…………だが、お前さんは他の三人に比べて持ち合わせていない武器がある」
「な、何よ?」
 やや焦った様子でそれが何なのかを尋ねるエレオノールだったが、返って来た言葉は……。
「むね」
「……………………イル・アース・デル」
 デルフリンガーに三度目の『錬金』がかけられた。
 今度は石ではなく鉛でデルフリンガーを、しかも先程よりも厚くコーティングしたエレオノールは、下に誰もいないことを確認してその鉛の剣を窓から放り投げた。
 ドスンと音がして、鉛の剣が地面に突き刺さる。
 エレオノールは溜息を吐きながら、ゆっくりと20分ほど費やして下に降りてデルフリンガーの着地点へと移動した。
「……………」
 ガタガタと震えながら地面に刺さっていたデルフリンガーを『レビテーション』で引き抜き、更にそれを地面に無造作に放り投げる金髪眼鏡の女性。
 彼女は実に冷ややかな瞳で四度目の『錬金』をインテリジェンスソードにかけ、鉛で固められたデルフリンガーを解放した。
「……う……ううう、くらいよう、くるしいよう、さみしいよう……。……はっ!?」
 何やらブツブツと独り言を呟いていたデルフリンガーだったが、自分を覆っていた鉛のカタマリが消えたことを感知するとすぐに正気に戻った。
 そして再び抗議を行おうとするが、
「どうして本当のことを言ったくらいで……!! ……いや、何でもありません」
「フン」
 また杖が振り上げられたので、慌てて言葉を途中で方向転換させる。また何かで固められてはたまらない。
「はあ……。難儀な女だね、まったく」
「何か言った?」
「別に」
 一方、デルフリンガーに『難儀な女』と形容されたエレオノールは自分の胸をぺたぺたと触りながら、その『持ち合わせていない武器』について考えていた。
 ぺたぺた。
 ……そう、【ぐにゅっ】でも【ぷにっ】でもなく、【ぺたぺた】なのである。
 擬音の感じ方など人によってはまちまちだが、おそらく十人中で七人か八人くらいは【ぺたぺた】と形容するだろう、そんな【ぺたぺた】っぷりだ。
 そんな具合であるから、大きく運動してみても自分の胸は小揺るぎもしない。
 って言うか、揺れるものがない。
 上の妹のカトレアなど、歩いているだけで(実際に音が聞こえるわけではないが)【ゆさっ】という音が聞こえんばかりだと言うのに。
「ぐ、ぐむぅ……」
 しかしそのような『感覚的擬音』を自分の胸から感じたことなど、27年ほど生きてきたエレオノールの人生の中で、ただの一度もありはしなかった。
 ―――別にエレオノールとて、触った時に【むにゅん】とか【ぽよんっ】とか、動いた時に【たゆんっ】とか【ぶるんっ】とか、そこまでのものを求めているわけではない。いや、出来れば欲しいけど。
 でも、それにしたって【ふにっ】や【ふるっ】くらいはあってもいいじゃない。
 たかが擬音、と言うなかれ。
 女にとっては(一部の男にとっても)、かなり重要な音なのだから。
 そして見た目。
 これはもう『板』と言うか、『壁』と言うか、そんな感じである。
 ……下の妹のルイズにだって本当にささやかながらも、辛うじて、わずかに、注意しなければ分からないが『盛り上がり』はあると言うのに、自分のはもう完全に『平面』だ。
 完全なるゼロと0.1とでは、そりゃもう『無し』と『有り』ほどの差があるのである。
 自分と同等の相手を探すとなると……強いて言うならあのタバサという青髪の少女くらいだったが、そんな低い次元で比較したくない。
 いや、タバサの場合は見た目が小さいから許されるかもしれない。
 しかし自分はどうだろう。
「……………」
 何だか思考がどんどんネガティブな方向に向かって行きつつあるので、気持ちを切り替えることにする。
 そうよ、胸が何よ。
 あ、あんな無駄な脂肪のカタマリなんかで、女の価値は測れや……しないわ。
 欲しいと、思ったことなんて……う、うう、羨ましい、と思った、こと、なん、て……。
「……う。うぅううぅうぅぅぅぅ、ぅうう……」
 自己暗示に失敗し、ガクリと膝から崩れ落ちるエレオノール。
 だが自分自身を説得する材料は、まだ残されている。
「そ、それにユーゼスだって、胸にはこだわらないって言うか、興味はなさそうだし……」
「まあ確かにユーゼスは、そういうの興味なさそうだわな。大抵の人間の男は、胸の大きい女が好きだっつうのに」
「そう! そうよ!! ま、まあ、私はあの男のことなんて別にどうとも思ってないけど? やっぱり、私みたくスリムで細身でスレンダーで機能的な女の良さは、分かる人には分かるって言うか?」
 いや、ユーゼスは『胸にこだわりがない』ってだけで、別に『ない方がいい』ってんじゃないぞ。
 機能的って、全くない胸にどんな機能があるっつうんだよ。
 セリフの内容と、表情や仕草が一致してねえぞ。
 『どうとも思ってない』んなら、そんなにウキウキするんじゃねえよ。
 何だ、その小躍りしそうな嬉しがりっぷりは。
 ……などなど、言いたいことが山ほど出てくるデルフリンガーであったが、言ったら今度は固められた上に『固定化』までかけられそうなので黙っておくことにした。
「ま、それはそれとして」
 上機嫌のままで、また話題を元に戻すエレオノール。
「他に何かないの?」
「え、まだ続いてたの、この話?」
「当たり前でしょう」
 もういいんじゃねえのかなあ、というインテリジェンスソードの呟きを華麗に無視して、ヴァリエール家の長女は続きを急かした。
 デルフリンガーは仕方なさそうに『エレオノールが他の三人に確実に劣る部分』を考える仕草を見せて……。
「あー……でもアレは他の三人って言うよりは、カトレアって姉ちゃんだけが飛びぬけてる部分だからなあ」
「ん?」
 気になることを口走る。
「何よ、それは?」
「いや、何つうか……アレだな、ちょいとあやふやな言い方になっちまうが、『包容力』ってヤツだな」
「ほうようりょく?」
 また抽象的な物言いである。
 だが……。
「それなら私にだってあるじゃないの」
「…………本気で言ってるのかね?」
「え?」
 首を傾げるエレオノール。
「だって私はラ・ヴァリエール家の長女よ。下に妹が二人もいるんだから、自分で言うのもなんだけど面倒見はいい方だと思うし、貴族としてある程度の度量はあるわ」
「いや、そういうのじゃなくてだね」
 そんな彼女に向かって、デルフリンガーは『包容力』の何たるかを説き始めた。
「いいか? 包容力ってのはな、単なる面倒見とか度量とか優しさじゃなくて……いや、そもそもその優しさ自体がお前さんには今ひとつ欠けてる気がするが……ああクソ、難しいな。
 とにかく、こう、何だ、『男が甘えられる女』とか、『男が最終的に帰ってくる場所』とか、『一緒にいて心の底から安心出来る』とか、そういうのなんだよ」
「むう……」
 言われてみれば、確かに自分にはそういうものが欠けている……ような気が、しないでもない。
 とは言え。
「どうやったら身に付くのよ、それ?」
「身に付けようと思って、すぐに身に付くくらいなら苦労しねえわな。それに少なくとも年単位は時間が必要だね」
「……………」
 デルフリンガーを睨みつけるエレオノール。
 しかしそんなデルフリンガーは飄々とした様子で話を続けた。
「だがまあ、お前さんにも他の連中にはない武器はある」
「え、そう?」
 パッとエレオノールの表情が明るくなる。
「やっぱり、隠そうとしても隠し切れない全身から漂う高貴さとか、他の追随を許さない知的な空気とか、レディとしての余裕とか、そういうのかしら?」
「いや、違う」
 そしてデルフリンガーは、自分が思いつく限りでエレオノールの最大の長所を告げた。
「お前さんは……今は『女教師』で、しかも眼鏡をかけてるじゃあないか」
「は?」
 何を言われているのかよく分からないエレオノールであった。


「……本日、トリステイン・ゲルマニア連合軍の六十隻の戦列艦が、ラ・ロシェールより我が国に向けて出発しました」
「うむ」
「…………これは我が軍の保有する戦列艦の数に匹敵する数、しかも向こうは艦齢の新しい物ばかりです。加えて、こちらは革命時およびタルブでの敗戦で優秀な将官・士官の大多数を失った結果、著しい錬度の低下をきたしています」
「そうだな」
 神聖アルビオン共和国初代皇帝にして、現在開かれている議会の議長であるオリヴァー・クロムウェルは、ホーキンス将軍の報告を受けて頷いた。
 かつて司教だった男のそんな暢気な様子に、白髪白髭の歴戦の将軍は不機嫌さを隠そうともせずに話を続ける。
「しかも、以前より散発的に出現していた例の怪物……そこにいるミスタ・デブデダビデは『アインスト』とか呼んでいましたかな。その出現頻度が加速度的に増加しており、兵たちはその対応に追われて戦の準備もおぼつきません」
「確か、彼からアインストについての対処法は聞いていたはずではなかったかね?」
「……その対処法を実践した上で、です」
 ジロリとクロムウェルの後ろに付き人として控える小太りな男を睨みつけるホーキンス。
 ホーキンスは―――と言うよりこの場にいるクロムウェル以外の全員は、大なり小なりこの正体不明の男を怪しみ、訝しんでいた。
 それはデブデダビデを付き人としている本人も察している筈なのだが、そのアルビオン皇帝は気にした風もなく話を続けようとする。
「暗い材料ばかりだな」
「……………」
 ホーキンスは無言のままでテーブルを強く叩くと、やや語気を荒げて皇帝に問いかけた。
「で、質問です。これらの問題に対する、閣下の『有効な対応策』をお聞かせ願いたい。
 ……艦隊を迎え撃つのは簡単ですが、もし決戦で敗北すれば我らは裸です。敵軍を上陸させたら―――アインスト共と合わせて、もはや泥沼などという言葉ですら生ぬるい状態になります。革命戦争やタルブ戦で疲弊した我が軍は、まず持ちこたえられないでしょう」
 そんなことを言う歴戦の将軍に、血気盛んな若い将軍が非難の言葉を浴びせる。
「それは敗北主義者の思想だ!!」
「……私は現実的な話をしている」
 今にも言い争いになりそうな険悪な空気が漂い始めるが、クロムウェルは彼らを片手を上げて制するとニッコリと笑い、ホーキンスを諭すようにして話を始めた。
「まあ待ちたまえ、ホーキンス君。……そもそもの前提として、彼らがこのアルビオンを攻めるためには全軍を動員する必要がある」
「さようです。と言いますか、もはや全軍を動員しております。何せ、彼らには国に兵を残す必要がありませぬゆえ」
「何故かな?」
「……彼らには、我が国以外の敵がおりませぬ」
「トリステインもゲルマニアも、背中をおろそかにするつもりかな?」
「ガリアは中立声明を発表しました。それを踏まえての全軍侵攻なのでありましょう」
「ふむ」
 後ろを振り返り、クロムウェルはデブデダビデと目を合わせ、互いに小さくではあるが首を縦に振った。
「その中立が、偽りだとしたら?」
「…………まことですか?」
 疑わしいような喜ばしいような、複雑な顔でホーキンスが問いを重ねた。
「つまりガリアが我が方に立って参戦する、と?」
「そこまでは申しておらぬ。なに、ことは高度な外交機密であるのだ」
「……………」
 途端にザワつき始める議会場。
 確かにその話が本当ならば、戦況をひっくり返す心強い援軍となるだろう。
 何せガリアはハルケギニア最大の国家である。直接にトリステインやゲルマニアを攻めずとも、その戦力をチラつかせるだけで連合軍は撤退を余儀なくされるに違いあるまい。
 そう、例えアルビオン艦隊を打ち破り、大陸に上陸した後だとしても。
「……それがまことだとすれば、この上もなく明るい知らせですな」
「案ずることなく諸君は軍務に励みたまえ。攻めようが、守ろうが、我らの勝利は動かない」
 クロムウェルはそこで一旦言葉を区切ると、ゴホンと咳払いをして次の議題へと移行させる。
「さて諸君。今の話を踏まえた上で、余から諸君に要請しなければならないことがある」
 ザワついていた議会場が静まり、一同の注目が再びクロムウェルへと集まった。
 アルビオン皇帝はその光景に満足げに頷くと、声を上げて議会場の外に控えていた男を呼んだ。
「メンヌヴィル君」
 クロムウェルの口から出た言葉を聞いて、その場にいた将軍の内、何人かの顔色が変わる。
 そして議会場のドアがやや無遠慮に開け放たれ、白髪の男が入ってきた。
 ……顔の皺からするに年齢は40ほどかと思われたが、その顔には額の中央部あたりから左頬にかけて眼を巻き込んでの大火傷の痕が生々しく残されており、一見しても年齢がよく分からなくなっている。
 だが、所々に傷が見える筋骨隆々のその身体は、彼の歳を10は若く見せていた。
 更に平民の剣士と見間違えるような粗雑な格好をしていたが、よく見れば腰に杖を下げている。どうやらメイジ崩れの傭兵かと思われたが……。
「諸君の中にも、彼の名前を聞いたことがある者はいると思うが……。彼が『白炎』メンヌヴィルだ」
 途端に緊張感が走る。
 その二つ名を耳にしたことのある人間は、この議会場でも少なくはない。
 伝説のメイジ傭兵。
 白髪の炎使い。
 卑怯な決闘を行い、結果として貴族の名を取り上げられ、傭兵に身をやつした。
 家族全員を焼き殺して家を捨てた。
 彼が焼き殺した人間の数は、彼がこれまで焼いて食べた鳥の数より多い。
 ……そのような噂ばかりが先行しがちなメンヌヴィルであったが、断言出来ることが一つだけ存在した。
 戦場では徹底的に冷酷に炎を操り、その対象に認定されれば老若男女を問わず誰も彼も『平等に』燃やし尽くす、ということである。
 ―――当然、そんな男と同席している将軍たちはたまったものではない。
 中には額に脂汗を浮かべている者までいたが、クロムウェルは気にした風もなく話を進める。
「で、諸君。君たちが抱えている人材の中で、誰か腕利きの『風』のメイジはいないかね?」
「『風』、ですか?」
 一人の将軍が、疑問の声を上げた。
「そうだ。ワルド子爵が生きていれば彼にでも頼んだのだが、死んでしまっては何を頼むことも出来ぬからな。そうなれば部下が持っている人間を使うしかあるまい」
「何のためにです?」
「……余は万全を尽くしたいのだ。小部隊とは言え、隠密裏に船で運ぶためには『風』のエキスパートが必要だ」
「……………」
 今ひとつ話を掴みかねている将軍たちに向かって、クロムウェルは説明を続ける。
「『不意に現れた第三の勢力』が現れた場合、彼らが全てを占拠したとあっては何も発言が出来なくなってしまう。よって、余はせめて『そこ』を押さえておきたいのだ。仕事をしたのだ、という既成事実を多少なりとも作っておかねばならない」
 やや曖昧な言い方をするが、要はガリアに対して対等な立場を維持したいのだろう……と考えたホーキンスは、皇帝により詳しい説明を求めた。
「『そこ』とは、どこなのでしょうか?」
「…………まず、防備が薄く占拠しやすい場所であること。つまり、首都トリスタニアから近すぎてはいかん。次に、政治的なカードとして重要な場所であること。ということは、逆に遠すぎてもいかん」
「『政治的なカード』、ですか?」
「貴族の子弟を人質に取ることは、『政治的なカード』としての効果を高めてくれるだろう」
 ホーキンスのみならず、将軍たち全員の目が見開かれる。
 そしてクロムウェルは、大げさな動作を交えながらその標的の名を口にする。
「魔法学院だ、諸君。……諸君の中の誰でもいい、手持ちの優秀な『風』メイジを使い、このメンヌヴィル君を隊長とする一隊を夜陰に乗じてそこに送り込みたまえ」
 『人質を取る』という発想自体がなかった将軍たちの中で、自分から立候補してその作戦に参加しようとする者は誰もいなかった。


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