あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ラスボスだった使い魔-40a


 また夢である。
 ……前回の仮面の男とトーホーフハイとのやり取りでネタ切れかと思っていたが、どうやらまだ何かあるらしい。
(見せてくれるって言うんなら、見るけど……)
 まあ見世物としては割と面白いし、教訓めいたことも内容には含まれているので謹んで拝見させていただくことにする。

「ドロシー! もうこの戦いは無意味だ。武装解除して、降伏するんだ!」
「………」
「■■■■■■■■■さえ倒せば、平和な世界を作り出すことが出来る!」

 何かの要塞らしき建物の中で、ルイズと同じか少し年下くらいの金髪の少年が、同年代の少女に向かって訴えかけていた。
 しかし少女はかぶりを振ると、その少年の言葉を否定する。

「そんな世界は無意味よ……」
「!?」
「戦いのない世界なんて作り出すことは不可能。
 ……わたくしの父はね……わたくしを悲しませないために戦って、死んだわ! だから、わたくしも美しく戦って死ぬの!」

(美しく戦って、死ぬ……)
 彼女の言い分は、ハルケギニアの貴族のあり方にどこか似ていた。
 祖国のために。名誉のために。誇りのために。
 華々しく戦い、見事に散る。
 後にはその勇姿と、名誉が残るであろう。
(……でも……)
 かつての自分であれば、それを当たり前だと感じたかも知れない。
 しかし、その言葉を発した少女を見ていると……何故だか、悲しさを感じた。

「人類の全てに見せつけてやるべきだったのよ! もう戦いなんか見たくないと思わせるような、悲惨な戦争を!」
「それが……この戦争の意義だというのか……?」
「そうよ! 人類から戦争をなくすためには、兵器を取り上げるだけじゃ駄目なのよ! 人類の心そのものを変革させないと……それをしなければ、人類は……お父さまのように、滅んでしまうわ!!」

 頬を涙で濡らしながら、自分の理想と心に刺さった棘とを同時に語る少女。
 そんな少女と対峙する少年は、ゆっくりと穏やかに彼女に語りかけた。

「君は優しいんだね……僕以上に」

 そう言いながら、少年は少女に『優しさ』の必要性を説いていく。

「……ドロシー、君はかつての僕と同じなんだ。
 戦いを憎むあまり、自分の優しさを許せなくなる。……その優しさが人類に必要なんだ」

 この少年の過去に何があったのか、『この部分』のみを切り抜かれて見せられているルイズには分からない。
 だが、その言葉には確かな実感と言うか……重みのようなものが感じられる。

「優しくなければ、人類なんか存在する意味はないんだよ。自分だけが生き残ることを考える人類は……この宇宙には必要ないんだ……」

(……………)
 これを理想論だと一笑に付すことは簡単だ。
 と言うか、戦いの場でこんなことを言うなんて愚かと言われても仕方がないだろう。
 ……仕方がないかも知れないが、それが単なる理想論に過ぎなくても……『理想』を抱いているのならば、その心は気高いと言えるのではないか。
(『理想』……)
 少なくとも、今の自分は持ち合わせていない。
 それに代わる『何か』も、見つけていない。
(……何だか、自分の小ささを思い知らされてるような気がするわね……)
 やや自嘲気味に苦笑しながら、ルイズは夢を見続けていく。

「トレーズ、貴様の正義とは何だ? 何故、この戦いを始めた!?」
「……かつて、ボタン一つで全ての戦いに決着が付いてしまう時代があった。そして、その戦いに人間性は介在しなかった。
 今でもその状況は変わらない……無人の機動兵器モビルドール、そしてデビルガンダム……人間性が介在しない無粋な兵器はこの世界から駆逐しなければならない」

 今度はいきなり戦闘シーンからである。
 激突する二体の鋼の巨人。
 緑と青のそれは、戦いながらも問答を行っていた。

「戯れ言を! その武器は貴様らが作り出したものだろうが!!」
「戦争から人間性が失われれば、勝利も敗北も悲惨なものとなる。……神は、どちらにもその手を差し伸べてはくれない」
「きれい事をぬかすなぁぁっ!!」

 緑の巨人を操る少年は激昂した様子だが、対する青の巨人を操る男はあくまで落ち着いている。
 いや、男の方は少年との会話を楽しんでいる素振りすら見せていた。
 ……と、よくよく声を聞いてみれば、この男は確か以前に『仮面の男』と話していた男のようだが……果たしてこの男と少年の問答の中に、何があると言うのだろうか。

「貴様のために戦火が広がり、多くの人が死んでいった! 貴様が戦う相手は、俺だけで十分なはずだ!!」
「その通りだな、五飛。……君と対決した時、私はこの戦争における君たちの新たな存在意義を見出した」
「だから、あの時に俺を殺さなかったというのか!?」
「そう。数少ない私の理解者を殺すことなど……出来ない」
「ふざけるなぁ!!」

 叫びと共に少年が緑の巨人を飛びかからせ、その手に持つ光の槍を突き出す。
 男もまた青の巨人が持つ光の剣を振るわせて、繰り出される連撃を受け流し、時には反撃していく。

「貴様は、そうして人を見下すことしか出来ない男だ! 所詮エゴでしか戦っていない!! 貴様のために何人の人間が死んだと思っているんだ!?」

 おそらくは男に対して反省や後悔を促すための少年の問いかけ。
 だが、それに対して男は、

「聞きたいかね? ……昨日までの時点では九万九千八百二十二人だ」
「な……!?」
「戦いのために犠牲となった人々の名は全て記憶している……。皆、忘れられぬ者たちだ」

 正確な数字を提示し、そしてそれら全ての名を記憶していると告げた。
(……凄い)
 これにはルイズも驚く。
 正確な死者の数字を把握し、しかもそれらの名前を一人一人記憶しているとは。
 しかも『昨日まで』ということは、一日ずつそれを数えているということだろうか。
 この発言が本当かどうかを確かめる術など自分には持ち合わせていないのだが、もし本当だとしたら自分には逆立ちしたって出来はしない芸当である。

「私は死者に対し、哀悼の意を表することしか出来ない。だが、彼らは決して無駄死になどしていない。
 この『混乱の時代』を乗り越え、地球という名の統一国家を作り出すことによって……人類はようやく銀河系の同胞と肩を並べることが出来るのだ……」

(この人も『理想』を持ってる……)
 しかもそのための犠牲を『必要』として忌避せずにいながら、決して犠牲を軽んじたり無駄にしようとはしていない。
 ……記憶力がどうとか言う以前に、この男のその信念が凄まじかった。

 場面は変わり、今度は別の鋼の巨人……白を基調にして青と赤でカラーリングされたものと、紫と黒に染められた禍々しい印象を与えるものとが対峙している。

「やはりお前とはこうなる運命だったようだな、ヒイロ!」
「……この戦いの十分すぎる意味という奴を聞かせてもらおうか」

 そして、ここでもまた問答が行われていた。
 白い巨人を操る黒髪の少年と、黒い巨人を操る金髪の男。
 彼らは互いに光の剣や銃弾、また銃と思しきものから発射される光の束、鞭のようなモノを交差させながら互いの意見をぶつけ合っていた。

「戦わなければ、戦いの愚かさは分からぬものだ。全人類にそれを知らしめなければならない!」
「何故、そんな役割を引き受けた?」
「サンクキングダムの王家には二人の子がいた……。
 一人は王国を滅ぼしたTDFに復讐するため、あえてTDF特殊部隊OZに身を置いた。もう一人は……完全平和主義を完成させるため、人々を導く存在となった」

(……………)
 『王家』や『王国』という言葉にルイズは反応した。
 それはこのハルケギニアにも存在しており、また自分が属しているものだったからだ。

「だが、この戦いなくして完全平和主義の実現はあり得ない。だから私はゼクス・マーキスという仮面を被り、血塗られた道を歩むことを選んだのだ!」

 ここにもまた『理想』と、そのための方法論があった。
 平和を確立するための前段階としての戦争。
 あのドロシーという少女も、トレーズという男も、そのために行動を起こした。
 戦争に『理想』や『信念』を持ち出す、というのはナンセンスなようにも思えるが……そういうものが無くなってしまえば、先程のトレーズの言葉のように『勝利も敗北も悲惨なものとなる』のだろう。
 問題は、その『理想』の中身がどのようなものなのか、だが……。
(……って、いつの間にか決着が付いてるわね)
 ふと気が付くと、戦いは少年が駆る白い巨人の勝利に終わっていた。
 そして、少年は男に対して諭すように語りかけていく。

「……俺はガイアセイバーズと行動を共にして学んだことが一つある。それは……地球圏が孤立した存在ではないということだ」
「……………」
「俺たちが生きる宇宙は予想以上に広い……その中では地球人類の個々の主義や大義など小さなものに過ぎない」
「主義や大義なくしてどうやって人を導くというのだ!?」
「俺たちのような力を持った者が……それを考えるべきではない。そして、これからの世界を導く者に兵器は必要ない」
「それはリリーナのことか……!?」

 この少年は、自分が戦うことしか出来ない人間だと知っている。
 だから『これからの世界を導く者』のために戦い、そしてそのためならば自分の命すら厭わない。
 肝心なのは、それが『誰かに強制されたから』だとか『そう思い込まされているから』ではなく、自らの意思で決めて実行しているという点だろう。
 ……そうさせるだけの何かが、その『これからの世界を導く者』とやらにはあるのだ。

「お前とトレーズは同じだ。弱者を守るために大義を振りかざす。……しかし、それは決して弱者を助けることにはならない」
「弱者を作り出すのは強者だ! 忘れたか!? 地球という強者の存在がコロニーという弱者を作り、追い詰めていったのだ!」
「ゼクス! 強者など何処にもいない。この宇宙では人類全てが弱者なんだ。俺もお前も弱者なんだ!!」

 そうして自分を弱者だと認められることこそが、既に『強い』ということの証明になっている。
 ルイズだって、自分のことを弱者などとは思わない。……いや、思いたくない。
 だが、ならば自分は強者なのだろうか?
(……少なくとも強者じゃないわね)
 『ゼロ』と呼ばれて蔑まれ、鬱屈した思いを抱えていた自分。立派な貴族に、立派なメイジになりたかった自分。今もこうして夢に対して頭を抱え、深く悩んで考え込んでいる自分。
 これのどこが強者だと言うのだろう。
(……『俺もお前も弱者なんだ』、か……)

 時刻は夜明け前。
「…………、はぁぁ~~…………」
 夢の終わりと共に目覚めて、ルイズが最初にやったことは溜息をつくことだった。
 ……『夢の中の登場人物』と『現実の人間』を比較してもどうにもならないことくらい分かっているつもりなのだが、胸の奥から出てきてしまったものは仕方がない。
「今の夢に出て来た人たちが、誰か一人でもいいからトリステインにいてくれれば……」
 まあ、トレーズとやらと戦っていた少年については少し問題がありそうだったが、それでもトリステインに対する刺激にはなると思う。
 刺激した結果どうなるのかは、また別問題なのだが。
「……………」
 それはそれとして、今の夢はなかなかに衝撃的だった。
 メッセージ性で言えば、いつかの『救世主など必要とはしていない』に比肩するほどである。
 戦争の目的。
 ……と言っても、あんな全世界に渡る規模の『理想』を提示されても、ルイズとしてはピンと来ないというのが正直なところだ。
 今の夢に出て来た彼らは、それぞれ自分の意思で戦場に立っていたようだが……それにしたって、実際に戦うのは万単位にも及ぶ名もない兵士たちだろう。
「『理想』があるのは、羨ましくも思うけど……」
 それに振り回される方の身にもなって欲しいものである。
「……はぁ」
 再び溜息をつくルイズ。
 だが夢の中に出て来た彼らは、その方法に問題はあっても……それこそ人々を振り回すため、最大限に良い表現をすれば人々を導くために、確固たる『理想』や『信念』を持ち合わせていた。
 そういうものを持ち合わせていない自分としては、持っている人間が眩しく見えてしまう。
 では、これから戦争を行おうとしている我が国の女王陛下はどうなのだろうか?
「多分、無いわね……」
 つい最近まで王女としてカゴの鳥のような扱いをされ、女王に即位してからまだ半年くらいしか経っていないのだから贅沢は言えないのだが、やはり夢の中の人物たちと比べると相対評価でどうしても見る目が厳しくなる。
「……………」
 アンリエッタが主導し、もはや秒読み段階に入っている今回の戦争にしてもトリステイン側としては『タルブで先に攻撃されたから、これ以上やられる前にこっちから攻撃しよう』というだけで、主義も大義も正義も道義もない。
 ……いや、大義名分としてはそれで十分なのかも知れないが、例の誘拐事件の背景を知ってしまっているルイズとしては穿った見方になってしまうのだ。
「まあ、わたしもタルブの時は戦いに参加したけど……」
 あの時は、とにかくトリステインやアンリエッタのために何か自分が出来ることはないだろうか、と無我夢中だった。
 そしてユーゼスに命じ、ジェットビートルを飛ばして(行き当たりばったりな要素もかなりあったが)『虚無』を使い、アルビオン艦隊を壊滅させた。
 ……あの時の自分の行為が間違っていたなどとは思わないし、そうしなければ今頃トリステインはアルビオンの占領下だっただろうが、アンリエッタに戦争を踏み切らせた要因の一つはあの一件にあるはずだ。
「……後悔すればキリがないわね」
 夏期休暇が終わって、もう二ヶ月も経つ。
 王軍に志願した男子生徒たちは、じきに戦地であるアルビオンへと赴くはずだ。
 いや、男子生徒だけではなく、教師たちも、元から兵士だった人たちも、平民も、誰も彼もが殺し合いをするためにアルビオンへと向かう。

 ―――「貴様のために何人の人間が死んだと思っているんだ!?」―――
 ―――「聞きたいかね? ……昨日までの時点では九万九千八百二十二人だ」―――

 この戦争で一体どれくらいの人が死ぬのかなど、ルイズには想像もつかない。
 単純に駆り出されている人間の数はトリステインとゲルマニアとアルビオンを合わせて十一万ほどらしいが、軍人ではない者が巻き込まれる可能性は十分すぎるほどあるし、戦争が長びけば後から追加人員が投入されて死者が増えることも考えられる。
 そうすると早期決着のため、自分はアルビオンに行った方が良かったのか……などと一瞬思うが、それは要するに『戦争を早く終わらせるために人を早く殺す』ことと同義なわけで。
 ハッキリ言って、自分は虐殺者になんてなりたくないし。
 まあ、つまるところ。
 『虚無』などという規格外の力以外、政治力も経済力も軍事力も持ち合わせていない自分には、これはどうにもならない問題なのである。
「はぁ……」
 三度目の溜息を吐いて、考えても仕方がないことを考えるのをやめた。
 今のクロムウェルのようにトリステイン王家を打倒して自分が王になろうなんて気は全くないし、現状の王政府の不満をタラタラと並べたところで、何かが変わるわけでもない。
 どうせ同じく悩むのなら、もう少し現実的で身近な問題について悩むべきではないか。
 そう、例えば自分の使い魔のこととか。
「……むぅ」
 夢に頻繁に出てくる『仮面の男』と自分の使い魔の関係とかは気になるところだが、先程と同じく夢の中の話を現実に持ち出すわけにはいくまい。
 アレはアレ、コレはコレである。
 さて。
 最近のユーゼス・ゴッツォの行動を振り返ってみると、どうもルイズは自分がないがしろにされているような気がしていた。
 いや、正確に言うと『姉たちに比べて対応がおざなりなように感じていた』のだ。
 例えば、上の姉と下の姉は名前で呼んでいるのに、主人である自分はいつまで経っても『御主人様』呼ばわり。
 例えば、エレオノールとは割と軽い口調(その『口調の違い』が分かる人間は非常に限られていたが)で話しているのに、主人である自分に対しては事務的な口調を崩さない。
 例えば、『どのような人間なのか判断がつきにくい』とかいう建前(だとルイズは思っている)でもってカトレアのことは色々と自分に質問したりするくせに、主人である自分のことは何にも聞こうとしない。
 ―――おかしいでしょ。
 そりゃ姉さまたちも大事だろうけど、それよりも大事にするべき人がいるでしょ。
 だって言うのに、エレオノール姉さまとはしょっちゅう何か話をしてるし、ちい姉さまとは妙になごんだ空気を出しちゃってるし。
「…………むむむぅ」
 ユーゼスは自分が召喚した使い魔なのに、最優先対象がその自分になっていないような気がする。
 いや、それよりも。
「なんか……アイツって、わたしに対して変化が無いんじゃない?」
 そう、それだ。
 召喚してから今までそれなりに……いや、かなり色々あったはずなのだが、自分へのユーゼスの態度は全くと言っていいほど変わっていなかった。
 常に一歩か二歩ほど引いた立ち位置を維持しようとして、使い魔の仕事もそれほど積極的にこなそうとはせず、主人であるルイズを試すような口振りで接する。
 フェオの月に召喚してからウィンの月の現在まで八ヶ月、ずっとこんな調子なのだ。
 それはつまり八ヶ月の間、ユーゼスの中のルイズの……何と言うか、順位やポジションのようなものが小揺るぎもしていないということである。
「……エレオノール姉さまや、ちい姉さまに接する態度は少しずつ変わってるのに……」
 ユーゼスが自分に召喚される前のことはよく知らないが、少なくとも自分の使い魔として召喚されてからは、他の誰よりも自分がそばにいて見続けてきた。
 カトレアより、エレオノールよりもだ。
 だって言うのに、あの銀髪の研究バカは御主人様のことを大して気にも留めていない。
 むしろエレオノールやカトレアの方に比重を置いている様子さえ見せている。
「…………っ」
 何だか自分のことが軽んじられているような気がして、思わず歯噛みするルイズ。
 いや、分かってはいる。
 タルブ戦の直前、姉も交えて三人でやり取りした時に言われたこと。
 一番最初に『アンタは使い魔としてわたしに従いなさい』と命じたのは自分で、ユーゼスは自分に対してあくまで『使い魔としてのスタンス』をほとんど崩さないだけなのだ、と。
 要するにユーゼスは、ルイズとの関係を『主人と使い魔』という形で固定してしまっているのである。
 それは、使い魔としてとても正しい姿であるのだが……。
「…………なんか、ムカつくわ」
 そして『どうにかして今以上の関係になる方法はないものかしら』と悩み始めるルイズだったが、やがて『何でわたしはこんなことを真剣に考えてんのよ!?』という方向に悩みがシフトし……。
 その悩みの原因であるユーゼス・ゴッツォが起こしに来るまで、ベッドの中で唸りを上げ続けるのだった。


 士官教育終わりたてホヤホヤの予備士官となったギーシュは、勢い勇んで首都トリスタニアの中ほどにあるシャン・ド・マルス練兵場にやって来た。
 トリステインの軍隊は、大まかに分類して三つ存在している。
 その時の王、今で言うならアンリエッタ直属の軍団となる『王軍』。
 各地の大貴族たちが領民を徴兵して作った『国軍』あるいは『諸侯軍』。
 貴族士官や多数の水兵たちが混ぜこぜになった『空海軍』。
 ギーシュのような学生士官は、主にこの内の『王軍』と『空海軍』に配属されることになっている。……仮にも『貴族の学生士官』を下手な貴族の下に付かせるわけにもいかないから、当然ではあるが。
 そして教練士官に書いてもらった紹介状を頼りに、ギーシュは自分が所属することになった王軍の『ド・ヴィヌイーユ独立大隊』とやらの元へと向かっていた。
 二万もの兵でひしめき合う練兵場をあっちこっちにウロウロしながら、それでもギーシュの心は妙な興奮で満ちている。
 ……ぶっちゃけギーシュはヴィヌイーユなんて名前を見かけたことも小耳に挟んだこともなかったが、初陣ということで張り切っているのである。
 何せ自分は、末席とは言え栄えあるグラモン家の一員なのだ。
 この戦争にしても、一番上の兄はグラモン家の軍を預かっており、二番目の兄は空軍の艦長、三番目の兄は王軍士官……と、家の男の全員が出征していた。
 自分だけが後れを取るわけにはいかない。
 ここは一つ、このド・ヴィヌイーユ独立大隊とやらで……まあ手柄を立てられるかどうかは少し自信がないが、あわよくば名前の一つも売っておきたいところであった。
「…………あれ?」
 だが、その独立大隊が見当たらない。
 おかしい。
 いくら何でも存在しない大隊に配属されるなんてことはないはずなので、自分が見付けられないだけだと思うのだが……。
「む、むう……」
 仕方がないので近くにいたコワモテの士官に声をかけ、『戦場では“自分の隊が分からなくなりました”などと言っても誰も教えてはくれんぞ』と頭を叩かれつつも大隊の場所を教えてもらう。
 何はともあれ、その教えてもらった場所に行ってみると。
「う……、む?」
 宿舎のすぐそばにあるため日当たりが悪かったが、まあ、これは別にいい。
 問題はそこにいる人間たちだった。
 いかにも怠惰な雰囲気で宿舎の壁にもたれかかり、何をするでもなく空を見上げている者。
 真っ昼間の、しかも王軍の練兵場だというのに酒を飲んでいる者。
 カードで遊びながら、ツケがどうのこうのと言い合う者……いや、このくらいは別にいいのだろうか。
 ともかく、そんな感じにだらけきった人間ばっかりなのである。
 さすがに注意しようとするギーシュだったが、よくよく観察してみればこの場にいるのは老人兵や『やる気』という言葉をどこかに忘れてしまったような者たちがほとんどだということに気付いた。
 ……何と言うか、もう、色んな意味でダメな部隊だ。
 そう認識すると同時に、ギーシュの胸に嫌な予感が去来する。
「ま、まさか、ここが……」
 嫌な予感が外れて欲しいという願いを込めて、近くにいた老人の傭兵に向かってやや焦り気味に問いかけた。
「お、おい、兵隊」
「はあ、何でございましょう?」
「……『ド・ヴィヌイーユ独立大隊』というのは、ここか?」
「さようで」
 ガックリ、とギーシュは肩を落とす。

 ―――「私の経験から言うと、上司や部下や同僚というものは恵まれる時は非常に恵まれるが、恵まれない時は全く恵まれないものだ」―――

 とユーゼスに聞かされてはいたが、まさかここまでとは思わなかった。
 周囲を見回せば、老兵や不良兵ばかり。
 要するにこの大隊は、頭数を揃えるだけのカス大隊なのである。
 『“独立”大隊』と銘打ってあるのは、おそらくそれが理由だろう。
 トリステイン王軍は、十二個連隊の二万の兵という名目で成り立っているのだが、この『連隊』というものは(非常に大雑把な説明だが)いくつかの大隊が寄り集まって出来たものだ。
 つまりどの連隊も、この大隊を自分のところで預かるのを嫌がったということになる。
「……………」
 そこまで思考が及んだところでギーシュは思わず頭を抱え、絶句するのだった。
「だだ、大隊長どのはどこだ?」
 やや上ずった声で老傭兵にそう尋ねたら、彼は隅の一角を指差して目当ての人物の場所を教えてくれた。そしてギーシュがその指差した方向に目をやると。
「……アレが大隊長……?」
 棺桶に片足を突っ込んでいそうなヨボヨボで白髪の老人が、杖を支えに立っていた。
 その横には、参謀記章を肩に付けている若く太った貴族が一人。
 察するに、あの場所が『大隊本部』らしい。
「も、物凄い貧乏クジを引いてしまった……」
 どんよりと暗い気持ちがのしかかってくる。
 こんな大隊に配属されたなんて、恥ずかしくって家族にもクラスメートにもユーゼスにも、モンモランシーにも言えやしない。
 ……何だか手柄を立てることはおろか、生き残ることすら難しいような気がしてきた。
「うぅ……」
 だが、いつまでもこうしてはいられない。
 こんなのでも取りあえずは大隊であり、自分はそんな大隊に配属されてしまったのだから。
「よ、よぉし」
 何はともあれ大隊長に着任の挨拶をしなくては……ということで、ギーシュは『大隊本部』へと歩いていく。
「予備士官ギーシュ・ド・グラモン、ただいま着任いたしましたぁ!!」
 ギーシュ的には精一杯元気よく挨拶をしたつもりだったのだが、
「はぁ? 何じゃ! 何事じゃ!?」
 大隊長であるド・ヴィヌイーユは小刻みに震えつつ、大声でギーシュに問い返してきた。どうも耳が遠いようである。
 仕方がないので、ギーシュは大隊長の耳元まで近付いて叫んだ。
「ギーシュ・ド・グラモンであります! 当大隊の予備士官として配属されました!! 着任許可を頂きたくあります!!」
「おお、そうか!」
 ホッと息をつくギーシュ。
 しかし。
「食事の時間か! 腹が減っては戦は出来んからなぁ! おぬしもしっかり食うのじゃぞ!」
 結局通じていなかったことを痛感し、ズシャリと膝を地面に落とした。
 そんな感じにギーシュがうなだれていると、隣にいた大隊参謀が大隊長に何かを耳打ちし……。
「な、何じゃ、配属か! だったらそう言わんか!」
 ……最初からそう言ってるのに。
 思わず不満が顔に出そうになってしまうが、着任した瞬間に大隊長の機嫌を損ねるわけにもいかないのでグッと我慢する。
「せ、せ、せいれーつ!!」
 年老いた大隊長は『自分の中の何か』を切り売りするような様子で大声を張り上げ、自分の兵隊たちに号令をかけた。
 兵隊たちは、のろのろとした動きで集合してくる。
 そして整列した部隊員たちに向かってド・ヴィヌイーユ大隊長はギーシュを紹介する。
「新任の、中隊長を! しょ、しょ、紹介する!」
「え?」
 ちゅうたいちょう?
 なに、それ?
 唐突に不可解な単語が出て来たので首をひねっていると、大隊長は更に言葉を続けた。
「えー、我が栄えあるド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊に配属された……あ~……、名前!」
「ギーシュ・ド・グラモンであります!」
「えー、そのグランデル君には、第二中隊を任せる! したがって第二中隊はこれより『グランデル中隊』と呼称する!! 中隊長に、けいれーい!!」
「いや、グランデルじゃなくてグラモンなんですけど……」
 名前の間違いを訂正するが、聞き入れてもらえなかった。
 いや、それよりも。
 今、この爺さんはとんでもないことを口走らなかっただろうか?
 えーと、確か、中隊長?
 僕が?
 ……………………無理だぁ!!
「ちょ、ちょっと大隊長どの! 僕は学生士官ですよ!? そんないきなり中隊長なんて!!」
 面倒そうに敬礼している中隊所属の兵隊たちをチラリと見ながら、ギーシュが叫ぶ。
 中隊と言えば、最低でも百人ほどの人数からなる規模である。
 超即席の士官教育を終えたばかりの、新兵とも言えないような自分がそんな(ギーシュにとっての)大所帯を指揮出来るわけがない。
 だが大隊長はぶるぶる震えながらギーシュの肩に手を置き、その理由を語り始めた。
「いやぁ、中隊長が今朝、脱走しおってなぁ。ちょうど後任を探しとったのじゃ」
「ええー!?」
 中隊長が脱走って……斜め上の意味で物凄い大隊だが、それにしても……。
「僕みたいな新任じゃなくって、先任士官がいるでしょうが!」
「あー、ワシと大隊参謀と各中隊長以外、この大隊に貴族はおらん。したがって、余っとる士官は君しかおらん。よろしくな、中隊長」
 学生士官を登用するくらいだから、王軍は士官不足なのだ。
 ギーシュはそう噂に聞いていて、その話に『なるほどな』と得心もしていた。
(……でも、いくら何でもコレはないだろう……)
 ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊は、その名の通り鉄砲隊で総数は約三百五十人ほど。それが第一、第二、第三と三つの中隊に分かれている。内訳は鉄砲中隊が二つ、護衛の短槍中隊が一つ。
 その二つの鉄砲中隊の内の一つである百五十名の兵を、いきなりギーシュは任せられることになってしまった。
 しかも『鉄砲隊』と銘打ってあっても見かけるのは旧式の火縄銃ばかりで、新型のマスケット銃はまったく見当たらない。
(ど、どうすれば……)
 さすがにユーゼスもこんな場合の対処法は教えてくれなかった。……いや、こんな場合を想定している方がおかしいのだが。
 『六万分の一』の兵力のつもりでやって来たのに、あれよあれよと言う間に『六万分の百五十』をまとめるという大役を任せられてしまい、ギーシュの頭は混乱していた。
(って言うか、それ以前に……)
 配属されたのが鉄砲隊、ということがまず大問題である。
 何故なら士官教育を受けたこの二ヶ月というもの、ギーシュは銃についての教育をカケラほども受けていないのだから。

 ―――「最初から“この人間はこの隊に配属させる”と決めておいて訓練を始めるか、あるいは訓練中の成績や適性などを見て配属先を決める、というのが一般的だな」―――

 そんなユーゼスの言葉を思い出しつつ、トリステイン王軍は一般的じゃなかったのか、とあらためて肩を落とすギーシュ。
 『急遽大量の傭兵を集め、それをまとめるための士官不足に苦しんでいる王軍は、混乱が尋常ではなく酷い』と聞くだけ聞いてはいた。
 しかし、混乱するにも程がある。
「うぅぅう……」
 懊悩するギーシュだったが、そんな彼の元に中年の男が近付いてくる。
 飄々とした様子のその男は銃身の短い火縄銃を背負い、腰にはこれもまた短めの剣を差している。更に頭には鉄兜、厚皮に鉄の胸当てが付けられた上着を羽織っていた。
「よろしくでさ、中隊長どの」
「よ、よろしく。……君は?」
「中隊付き軍曹のニコラでさ。自分は副官の真似事など、やらしてもらっとりました」
「は、はあ……」
 額の切り傷、日焼けした顔。更によくよく見てみれば身に付けている武具は相当使い込まれているようだ。これは『真似事』というのは控えめな表現で、実質的にはこのニコラという男が中隊を切り盛りしていたのだろう。
「いやぁ、災難ですねぇ。来て早々、中隊長をやらされるなんてねぇ。……見たところ、まだ書生さんだ」
「う、うん」
 傭兵軍曹に親しげに話しかけられ、多少まごつきながらもギーシュは頷く。
「まあ、中隊の面倒は自分と仲間が見ますから。隊長殿は、ドッシリと構えとってくだせえ」
「わ、分かった」
 そもそも『ドッシリと構える』ということをやった経験がないのだが、とにかくこの歴戦の傭兵が近くにいてくれれば何とかなりそうな気がしてきた。
 ……と、その時、遠くでラッパが高らかに鳴らされ、中隊長たちが声を上げ始めた。
「おお、将軍閣下の訓示ですな。では中隊長殿、我々も行くとしましょう」
 ニコラに促され、ギーシュもまたぎこちなくはあるが中隊員たちに声をかけていく。
 間もなくアルビオン遠征軍総司令官であるオリビエ・ド・ポワチエ将軍による兵たちへの訓示と激励があり、その後このシャン・ド・マルス練兵場に集合した二万の王軍は港町ラ・ロシェールに向かう。
 兵たちはそこで艦に乗り込み、戦場となる浮遊大陸アルビオンを目指すのだ。


 ハルケギニアの暦における最後の月であるウィンの月、その第一週のマンの曜日。
 二つの月が重なる日の翌日であり、アルビオンがハルケギニア地方へと最接近するこの日、トリステイン・ゲルマニア連合軍六万の兵は五百隻以上の大艦隊で次々にアルビオンへと向かっていく。
 ちなみに『五百隻以上』と言ってもその内で本格的に武装を施している艦は六十隻ほどで、他の約四百四十隻は兵や補給物資などの運搬を担当している。
「……まるで、種子が風に吹かれて一斉に舞うようですな」
 ラ・ロシェールの港、イグドラシル桟橋の最上部に立ったマザリーニ枢機卿が、隣に立つアンリエッタへと感想を告げた。
「大陸を塗り替える種子です」
「白の国を、青に塗り替えんとする種子ですな」
 連合軍の艦隊の内、トリステインの艦が掲げている王家の旗は、青地に白の百合をあしらったデザインとなっている。
 そしてアルビオンへと向かう艦隊の壮大な光景を眺めながら、マザリーニが呟く。
「負けられませんな」
「負けるつもりはありませぬ」
 アンリエッタはやや硬質な声でそれに答え、枢機卿と同じくジッと艦隊を見つめていた。
 そんな女王に対してどのような思いを抱いたのか、マザリーニは明るい情報を君主に提示する。
「……ド・ポワチエ将軍は大胆さと慎重さを兼ね備えた名将です。彼ならきっとやってくれるでしょう」
「…………そうですわね」
 『きっと』という部分にやや希望的観測が混じっていることを感じ取るアンリエッタ。
 ―――ハッキリ言って、ド・ポワチエ将軍は『名将』と呼ばれるような将軍ではない。自分の国の中枢人物の評価くらいは、彼女とて知っているのだ。
 だが、彼以上の人材は今の王軍に存在しない。
 探すとなると、他の国か歴史上を見回すしかなくなってしまう。
 こういう時にアンリエッタはトリステインの国力が低いことを感じ取るのだが……。
「するべき戦でしたかな」
 やや陰鬱な心境になっている女王の耳に、枢機卿の言葉が届く。
 アンリエッタはジロリとそんなマザリーニの方を向き、不満まじりに疑問の声を上げた。
「何故にそのようなことを?」
「……アルビオンを空から封鎖する、という手もありました。慎重を期すのならば、そちらが正攻とも思えます」
「何を今更。それに泥沼になりますわ」
 表情を変えないままで言うトリステイン女王。
「そうですな。白黒をつける勇気も必要ですな。私はいささか年を取ってしまったのかも知れませぬ。……しかし、そうなると『虚無』を投入出来なかったのが痛く感じられますな、陛下」
 『虚無』という言葉が出た瞬間、アンリエッタの顔が強張った。
 今回の戦争には参加しない、と明確に記したルイズに対して、アンリエッタは物凄い勢いで『考え直しなさい』だとか『わたくしにはあなたの力が必要です』だとかの文面の手紙を合計で七通送ったが、返って来たのは言い回しは違えど全て『お断りします』という内容のみ。
「…………っ」
 最後の手段として実力行使を匂わせてみたが、すると『もしそちらが強引な手段に出た場合、わたしも“持てる力の全力で”抵抗します』とまで返してきた。
 持てる力の全力。
 空を埋め尽くす艦隊を一瞬で全滅させるほどのそれを向けられるとあっては、アンリエッタも諦めざるを得ない。
 ちなみに、この『アンリエッタとルイズの手紙越しのやり取り』についてであるが、終盤ではルイズも意地になっており、“持てる力の全力”うんぬんは勢いで書いてしまった部分がかなりあるのだが……。
 当然、アンリエッタはそんなことは知らない。
「まあ、物は考えようです。我らは『虚無』を温存している、と思うことにいたしましょう」
「……本当に考えようですわね」
 全く自分の言葉に従ってくれない友人だったはずの少女を思い出して苛立つアンリエッタだったが、枢機卿はそんな彼女へと一つの言葉を投げかけた。
「此度の戦、負けたら何とします? 陛下」
「……………」
 それを聞いて、アンリエッタの心にあった熱が急速に冷めていった。
 負けたらどうするか。
 いや、どうなるのか。
 ―――順当に考えればトリステインはアルビオンに併合……いや完全に侵略されて『アルビオン国のトリステイン地方』とでも名を変え、自分たちトリステインの首脳陣は軒並み処刑されるか、あるいは厳重に幽閉されるか。
 実際にはどうなるのか不明ではあるが、おそらくはこんな所だろう。
 やがてアルビオンはその牙をトリステインに組したゲルマニアに向け、ガリアに向け、ハルケギニアの根幹を成すブリミル教の総本山であるロマリアに向け……。
「っ」
 そこまで想像が及んだところで、アンリエッタは身震いした。
 最も忌避したい未来予想図であるが、そうなってしまう可能性は十分に有り得る。
 そしてその手始めは、まぎれもなく『自分が引き起こしたこの戦争』がきっかけとなってしまうのだ。
「この身を焼くことで罪が赦されるのならば……、喜んで贖罪の業火に身をゆだねましょう」
 やや恐怖感をにじませた口調で、アンリエッタはそう言った。
 今の彼女の根底にあるのは、暗く重い復讐の炎だ。
 その復讐のためならばどんな罪でも被ってやろうという意気込みでここまで来たが……たまにこうして、ふと炎の勢いが弱まり、我に返る瞬間がある。
 その時、自分は決まってその罪深さに苦しみ、もがく。
 この戦は、決してする必要のある戦などではない。
 国のためでも、民のための戦でもない。
 自分の中にある復讐の炎が行き場を求めた結果、つまりアンリエッタ個人の憎しみや怨みを晴らして、恋人だったウェールズの仇を討つためだけに起こした戦だった。
 そのために国中を巻き込み、隣国のゲルマニアを巻き込み、そして親友と呼んだ幼なじみを巻き込もうとしたのである。
 それをハッキリと自覚しながら、しかしアンリエッタは高らかに愛国を謳って死地へと向かう軍を見送り、自分のトリステイン軍がアルビオンを蹂躙することを期待するのだ。
(……勝っても負けても、わたくしの罪が消えることは無いわね……)
 だが、事態はもうここまで動いてしまった。
 今更後戻りなど出来はしない。
 だからこのトリステイン女王である17歳の少女は、飛び立っていく艦隊に向かってこう叫ぶのである。
「ヴィヴラ・トリステイン(トリステイン万歳)!!」
 何とも……少なくともアンリエッタにとっては、虚しい万歳であった。
 しかしその叫びに呼応して、見送るアンリエッタに対し艦の甲板上で敬礼し続けていた将兵たちもまた次々に万歳の声を上げ始める。
「ヴィヴラ・トリステイン!! ヴィヴラ・アンリエッタ!!」
「ヴィヴラ・トリステイン!! ヴィヴラ・アンリエッタ!!」
 やがてその叫びは全艦隊に波及し、六万の将兵による圧倒的な大渦となる。
「ヴィヴラ・トリステイン!! ヴィヴラ・アンリエッタ!!」
「ヴィヴラ・トリステイン!! ヴィヴラ・アンリエッタ!!」
 まるで六万の兵から一斉に責め苛まれるような万歳の声。
 彼らの声によって彼女の罪の意識は深まり、悔やむ気持ちもまた増大していく。
 だが―――
「それでも、わたくしは……」
 その六万の声をもってしても、アンリエッタの心にくすぶり続ける復讐の炎を消すことは出来なかった。
 ……その感情の炎は『後悔の念』という強風にさらされ、その勢いをごく一時的に弱めながらも、再び燃え上がる時を今か今かと待っている……。


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