あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

使い魔の達人-06


「あ、そうだ」
 その日の授業も終わり、あとは夕食を取るというところ。ちなみに、昼の決闘騒ぎに関しては、
始業前に教師からルイズ、ギーシュ両名に厳重注意が言い渡されたのみに留まった。
そして授業後またしても、ひとまず着替えに戻ろうと部屋までの道を行く途中。
ルイズは、手をポンと打つと、ポケットからごそごそと何かを取り出した。果たしてそれは、カズキの携帯電話である。
「これ、なんか鏡がずっと黒いままなんだけど。どうしたのかしら?」
「うん?」
 ルイズから受け取ると、電源ボタンを長押し…ははぁ、とカズキは唸った。
「電池切れだね。もう少し保つと思ったけど、早かったなぁ」
 短い間だけ明るくなって、再び黒塗りに戻ったディスプレイを見て、一つ嘆息。ぱちんと折って、ポケットにしまった。
「あ!ご主人様のものを勝手に取るんじゃないわよ」
「もう良いだろ?どうせこれも、もう使えないんだし」
「へ?どういうこと?」
 カズキは、携帯電話が電気と言うもので動いていること。
電池と言うものに貯まっていたそれがなくなったので、画面は黒くなったことを説明した。
「へぇ。これ、風石みたいなものなのかしら。なんとかならないの?」
 カズキが携帯から取り出した、携帯電話同様、よくわからない材質の箱。金属の端子が伺える。
見たこともない小さな文字のラベルも貼ってある。携帯電話のバッテリーを覗き込みながら、ルイズ。
魔力の結晶体の一つに、そのような名前のものがあるのだ。
「ならないよ。ここ、オレの居た世界じゃないし」
 風石?と首を傾げつつ、バッテリーを返してもらえば、元の箇所に仕舞う。
もう、携帯に保存した写真を見ることもないのだろう。
それは少し寂しいけれど、その記憶の数々は、自分の中に鮮明に残っている。それで十分だ。そう思った。
「そ、そう…」
 ルイズは少しだけ、ばつの悪そうな顔になった。それを見たカズキは笑って
「別にルイズのせいってわけでもないよ。どうせ今日明日中には切れると思ってたし。
それがちょっと早かったってだけ。ルイズも使ってて楽しめたんなら、それも良いかなって思うよ」
 どのみち、この異世界では電波は圏外。元の世界への連絡など、取れようはずもないのだ。
「ち、ちょっと物珍しかっただけよ!あんた、何も言わないんだもの!」
 そう言うとルイズは、ずんずん歩を進めた。カズキは苦笑して、後に続いた。
 部屋に戻ると、あちこち破れ、煤に汚れた制服が床に脱ぎ捨ててあった。午前の授業でできたものだ。
あと、シエスタが運んでおいてくれたのだろう。朝洗濯したルイズの下着が、綺麗に畳まれて籠に入れられていた。
「さてと」
 カズキは自然な動作でそのまま部屋を出ようとしたが、ルイズに阻まれた。
「どこへ行くのかしら?」
「いや、ほら。着替えるんでしょ?オレ、居ない方が」
 ルイズは一つ嘆息した。
「朝やったことをもう忘れたのかしら、この使い魔は。
言っとくけど、あんたがわたしの使い魔である以上、やることはやってもらうことに変わりはないわよ」
 有無を言わせぬ言葉にやがて、カズキは肩を落とした。今度は八回ブチ撒けられた。


 使い魔の達人 第六話  カウントダウン


 食堂に向かったら、給仕していたシエスタに厨房に連れ込まれた。
 ルイズは最初渋ったが、妙に粘るシエスタに「わたしが寝る前までには帰すこと」と言って許可してくれた。
多少改善された食事を終えると、シエスタに腕を引かれて厨房に向かう。
 カズキは通算三度目となる厨房。向かった先で、四十は過ぎたであろう太った中年の男が出迎えてくれた。
「連れてきました、マルトーさん!」
「よう、来たか!聞いたぜ兄ちゃん!貴族のガキを決闘で負かしたってよ、やるじゃねぇか!」
 その男はマルトーと言い、厨房でのコック長を任されている。
丸々と太った体に立派なあつらえの服を着込み、まさにコックと言う風体であった。
「え?え?」
 突然のことにカズキは目を丸くした。しかしマルトーは威勢よく笑い
「なんだよ、自分のことなのに知らねえのか?兄ちゃん今や、学院の平民の間じゃ噂の的だ!
高慢ちきな貴族の鼻っ柱を見事に叩き折った平民達の希望の光!『我らの剣』!!」
 マルトーがそういうと、周りで作業中のコックたちも嬉しそうに頷いた。らんらんと輝かせた瞳をカズキに向けている。
「我らの剣って…」
 なんだかすごく恥ずかしい持ち上げ方だ。頬を染めるカズキにシエスタがにっこり笑いながら言った。
「皆さん、さっきからこの調子で。『我らの剣』も、ムトウさんの見事な剣捌きからついたものだそうですわ。
でも、決闘と聞いたときは心配しましたけれど、ムトウさんが無事で本当によかった…」
 それからシエスタは、先刻は逃げてしまったことを詫びてきた。カズキは気にしないで、と返した。
「聞いた話じゃ、最終的にゃあ貴族の娘っこのために闘ったそうだが、
それでも鼻持ちならない貴族を打ち負かしたことには変わりねぇ!あんたは俺らの誇りさ!『我らの剣』!」
 そういうとマルトーはカズキを厨房脇の食卓へと座らせ、グラスを持たせればなみなみと赤い液体を注いだ。
「ささ!ぐーっとやってくれ!勝利の祝杯だ!!」
「ど、どうも」
 色からすると葡萄ジュースだろうか。香りも確認せず口をつけ…カズキは仰天した。
「お、お酒…!」
「ああ、タルブ産のワインさ!なんだ、その年でまだ酒も飲んだことねぇのか?」
 マルトーが呵呵と笑う。もちろん飲んだことなどない。友人達との打ち上げでも、健全にお菓子とジュースなカズキなのだ。
健康第一。お酒は二十歳になってから、である。ふるふると首を振った。
「できればなにかジュースの方が…」
「それじゃあ何事も経験だな!じゃんじゃん飲んでくれ!『我らの剣』!!」
 カズキの言葉はしかし、このコック長には届かなかったようだ。随分と舞い上がっている。
「ムトウさん。うちのワイン、飲んでくれないんですか…?」
 シエスタが潤んだ瞳を向けてきた。コックの一人がシエスタはタルブの出身なんだ、と耳打ちしてきた。
 そう言われては仕方ない。せっかく振舞ってくれているのだ。据え膳食わねばなんとやら。違うか。
 覚悟を決めたカズキは、持ったグラスを少しずつ傾けた。多少酸味があるが、ジュースみたいに飲みやすいと思った。
「ん、おいし」
「ブラボーですわ」
 グラスの中身がなくなったのを見て、シエスタがはにかんだ。
カズキはシエスタの何気ない一言が気になったが、それはマルトー親父に阻まれる。
「だろう!もっとやってくれ!」
「や、これ以上は流石に」
 どんどん体が熱くなる。なるほど、お酒を飲むとこうなるのか。カズキは未知の体験にちょっと感動した。
「そうか?ま、最初はそんなもんか!それじゃあ次は料理だ!酒もまだ欲しかったら言ってくれ!」
 シエスタがちょっと残念そうな顔を向けてきたので、今度はこちらがごめんと詫びておく。
するとそのうちに、マルトーが腕を振るった料理の数々が並べられた。
今しがた貴族の食卓に出ていたものより良いもののように見える。
「今日はお祝いだからな!全部お前さんに用意したんだ!たらふく食って、英気を養ってくれ!『我らの剣』!!」
「うわぁ、ありがとう!でもオレ一人じゃ、とても食べきれないや。みんなも食べてよ」
 目を見張るような料理の数々だが、今しがた食事を終えてきたばかりのカズキには、半分も入るかどうかわからない。
「なんだと!お前は本当に良い奴だな!よし、手の空いた奴は『我らの剣』と一緒に食っちまえ!」
 すると、厨房は徐々に宴会場と化した。ワインからジュースにグラスの中身を替えて、カズキもそれを楽しんだ。

「はぁい、ルイズ。昼間は素敵だったわよ」
 カズキが厨房でワインを飲んでいる頃、ルイズも食事を終えて紅茶のカップを手にしていた。
すると、キュルケが冷やかし混じりに声をかけてきた。げ、と心中で呻くルイズ。
キュルケの横には、取り巻き男子の替わりに杖を携えた少女、タバサも伺える。
興味なさそうに本を読んでいて、無理やり連れてこられたのだろうか。
「あら、あの子は居ないの?あなたのナイトで、使い魔の彼…カズキだっけ?」
 大仰にキョロキョロと見回しながら、ルイズを茶化す。ルイズはその一言に紅茶を噴出しそうになった。
「だ、誰がナイトなのよ!あんな使い魔、勝手に決闘なんか受けちゃって。め、迷惑ったらありゃしないわ!
それにあいつなら、今頃は厨房で持て囃されてるんでしょうよ!」
「あらそう?ま、‘貴族をやっつけた平民’ですものね。仕方ないかぁ」
 厨房の方を見やる。平民が貴族に勝利するなど、万に一つもないことだ。
今頃は勝利の宴と、美味しい料理に舌鼓を打っているのだろうか。
「ところで、ギーシュじゃないけど、彼、主人思いの良い使い魔じゃない。
それに今回の件。ギーシュもドットクラスじゃけして弱い方じゃないわ。
そして、『メイジの実力を測るなら使い魔を見よ』。
この言葉に倣うなら、あのギーシュに勝利した使い魔を持つあなたは、少なくともラインクラスの実力を持っていることになるわね。
で、その実力の証明すら手放した、『ゼロ』のルイズでいることを選んだあなただけど、今後はどうするつもりなの?」
 ルイズの横に陣取り、にんまりと口元に笑みを浮かべながらキュルケが問うた。タバサはそのすぐ横に座った。
「な、なんであんたなんかにそんなこと話さなきゃいけないワケ?
わたし、今食後のお茶を楽しんでるの。邪魔しないでくださる?」
 なるべく澄ました表情を繕い、ルイズ。キュルケは一つ息を漏らした。
「なんでって聞かれても、ねぇ。強いて言えば、お隣さんのよしみってヤツ?実家も、部屋も、すぐ隣だもの。
少しくらい心配しても、良いんじゃないかしら?」
 ふんぞり返って、ねぇ、とタバサに同意を求める、まるでそうとは思えない態度のキュルケ。
タバサはあいも変わらず読書に耽っている。興味のなさがこれでもかと顕著だ。
「で、どうなの?言わせてもらうけどあたし、もうどっかんどっかん教室を爆破されるのは御免被るわよ?
それでもあなたが魔法を爆発させるようなら、今後も遠慮なく『ゼロ』と呼ばせてもらうけれど?」
 改めて訊かれたルイズはしかし、思わず呻いて目を逸らした。キュルケは見る見るうちに顔を素面に戻した。
「…やっぱり、何も考えてないってわけね。あれだけ啖呵きっといて、あっきれた。どれだけ意地っ張りなのよ、あなた」
 ま、そこがあなたの良いところでもあるんだけれどね。キュルケは心中でそう続けた。
 それにルイズは、語調を強めて言った。
「余計なお世話よ。今に…今になんとかして見せるわ。なに。冷やかしならいらないわよ」
「あらそう?ま、精々頑張りなさいな」
 そんなやる気の見えない激励を送れば、もう用はないと立ち上がった。
「さ、て。彼もいないみたいだし、今夜は部屋に戻ろうかしら。タバサ、あなたはどうする?」
 その言葉に、ルイズは眉をピクリと寄せた。タバサも部屋に戻るつもりか、すっくと立ち上がった。
「あんた、あいつに何の用なのよ。まさかとは思うけれど…」
 次いで、訝しげな眼をキュルケに突きつける。キュルケはくすくすと笑いながら
「ま、初心なあなたでもわかるかしら?そう、恋よ。ルイズ。あたし、あなたの使い魔に恋しちゃったの」
 わざわざこのわたしに宣言してくる辺り、良い度胸をしてる。ルイズはそう思った。
「へ、へぇ~。そう。あんな使い魔のどこがいいのか知れないけれど、それは良かったわね。
でも、あれはわたしの使い魔なの。わたしの許可がない限り、誰かと‘何か’をさせるつもりはないわ」
 自分で言っておいて、‘何か’を意識したのか。思わず頬を染めるルイズだった。
「あら、そう?でも、彼はあなたの使い魔である前に、一人の人間でしょ?
そういうことは、彼自分の意思で決めることではなくて?」
 タバサは付き合ってられないのか、とっとと食堂をあとにしていた。
「ふ、ふん。あんたみたいなあばずれに渡したら、今日明日中にもあんたに騙された他の貴族に串刺しにされるわ。
わたしもそんなことで、早々に自分の使い魔を失いたくないもの。それにあいつも。
勘違いとはいえ、わたしのために貴族に喧嘩売れるのよ。あんたなんかに、靡くのかしらね」
 ふふん、と自信たっぷりにルイズは言った。なお、カズキは年上が好みなのを、ルイズもキュルケも知らない。
そしてこの一日で、随分とルイズの信頼を得ているらしい使い魔。キュルケは眼を細めた。が、それはそれ。これはこれだ。
「あら、少なくともあなたよりは女性的な魅力もあるし、殿方と勝負するには足りると思いますわよ?
と言うか、あなた魅力も『ゼロ』だからか、比較すると自然、どの女性でも魅力があることになってしまうわね」
 ルイズを上から下までさっと見てはくすりと笑い、朝と同様、胸をずいと前に出してキュルケが言った。
「言うじゃないの」
「あなたほどじゃないわ」
 一触即発の空気が流れる。おそらく止められるであろう唯一の存在、タバサも不在。
このままでは食堂が大惨事になると思われたが…キュルケは一つ笑うと、背を向けた。
「ま、いいわ。ここで言っても始まらないもの。
でも、この情熱は誰にも止められないし、止める気もないこと、努々忘れないことね。ヴァリエール」
「…えぇ。よぉくわかっておりましてよ。ツェルプストー」
 ルイズもそう返せば、踵を返す。そして二人は、ほぼ同時に食堂を後にした。
 向かう先もほぼ一緒だったので、なぜか途中から競歩になったことを付け加えておく。

 厨房の方も、すっかり宴もたけなわとなった頃合。すっかり料理人の連中と意気投合したカズキは、マルトーから質問を受けていた。
「それより『我らの剣』よ!お前さん、どこで剣を習ったんだ?
どこで剣を習ったら、メイジのゴーレムを斬るなんてとんでもない芸当ができるのか、俺にも教えてくれよ!」
 カズキは明後日のほうを向いてやおらポーズをとると、その質問に応じた。
「何を隠そう、オレは剣の達人…ってわけじゃなくて、実はオレも良くわからないんだ。
竹刀なら振ったことはあるけれど、剣なんて握ったこともないし。なんだか、自然に体が動いてたんだよ」
 今までとは違う身体の動かし方。ゴーレムとの戦いを思い出しながら、そう答えた。
 竹刀?と首を一瞬傾げるが、そんなことはどうでもいいと、マルトーは厨房のコック達に振り返った。
「お前達!聞いたか!本当の達人とは、こういうものだ!決して己の腕前を誇ったりしないものだ!
見習えよ!達人は誇らない!」
 コック達が嬉しそうに唱和する。
「達人は誇らない!」
 しかし、その言葉を覆すのはカズキ自身である。と言うかそれをしてくれないと、この作品のタイトルも危うい。
「そんな、誇っても良いと思うよ。マルトーさんや厨房のみんなは、何を隠そう、料理の達人だよ。
これだけ美味しい料理をたくさん作れるんだから。これはオレには、真似できないな」
「当ったり前よ!そんじょそこらの坊主に真似できるほど、安っぽい腕はしちゃいねぇさ!
しかしお前、あれだけのことができるのに、俺達にもそんな風に言ってくれるなんて、実に良い奴だな!!
俺はそんなお前がますます好きになったぞ!!どうしてくれる!」
「どうしてくれると言われても…それより、そろそろ良い時間だし、オレも部屋に戻るよ。
みんな、本当にありがとう。ごちそーさまでした!」
 元気よく手を合わせれば、カズキは立ち上がった。お酒は飲んだが、最初の一杯だけだ。特にふらつく様子もなかった。
「そうか、また来いよ!『我らの剣』!!」
 それを端に、厨房の皆が口々に別れの言葉を発してきた。それらに応えながら、カズキは厨房を後にしようとして。
「あ、そうだ」
 カズキはポン、と手を打った。


「ただいまー」
 夜の帳もすっかり落ちて。ルイズが書き物をしているところへ、間延びした声と共にカズキが部屋に戻ってきた。
 ルイズは首から上だけ向けると、嘆息する。
「ただいま戻りました、ご主人様。くらい言えないのかしらね、この使い魔は」
 するとどこか上機嫌らしいカズキは、ノリ良く大仰な仕草で復唱した。ルイズの態度にも、慣れてきたようだ。
「ただいま戻りました、ご主人様」
「…なんか気持ち悪いわね。まぁ良いわ。遅かったけれど、随分もてなされたのね」
「うん、行ったらビックリしちゃったよ。みんな良い人たちでさ。ルイズも来れば良かったのに」
「別に興味ないわ。それに、貴族のわたしが厨房で平民と食事するなんて、普通考えてあり得ないでしょ?」
「そういうもんかなぁ?」
「そういうもんよ」
 そうなのかなぁ、とカズキは腑に落ちない様子。
ルイズは確かに貴族だけど、だからってそれはどこか寂しいよな、と思った。
「それとあんた、昼間の一件で多少強いのはわかったけれど、持ち上げられてもあんまり調子に乗りすぎないことね。
貴族には、平民が大きな顔するのを良く思わないのも居るんだから」
 貴族は体面を気にするものだ。魔法を使う貴族が使わぬ平民に負ける。それを面白く思わぬ者も居るだろう。
こちらの常識を知らぬカズキには、釘を刺しておく必要があると思ったのか、ルイズはそう言った。
「ルイズも?」
「あんたね…わたしをそんじょそこらの下流貴族と一緒にしないでちょうだい。
由緒正しきヴァリエール公爵家の三女ですもの。多少平民が吠えようがどこ吹く風よ」
「そうなんだ、良かった」
 安堵したような言葉に、ルイズは思わず頬を染めた。が、すぐにぶんぶんと首を振る。
「で、これお土産。美味しかったから、包んでもらっちゃった」
 懐から包みを取り出せば、ルイズの机にそっと置いた。
「あ、あら、気が利くじゃない。けどあんた、出された料理を持って帰るってちょっとどうかと思うわよ」
 使い魔のおこぼれと言うのは些か気になったのか、そんなことがつい口を出る。
が、その気遣いにはルイズも機嫌を良くした様子。語調にはそれほど刺もなかった。
そして言いながらもしっかり手を止めて、包みを開く。小さなクッキーが幾つか入っていた。
流石に料理をタッパーに、というわけにもいかない。ルイズも夕飯はしっかり取っているのだ。
「シエスタさんが焼いてくれてたんだ。サクサクっとして美味しいんだよ」
「ふーん。ま、明日のお茶にでも頂くわ」
 包みを直すと、カズキに渡した。できれば焼き立てを食べたいものだが、使い魔の気遣いを無駄にする気にもなれない。
 使い魔の主人ってのも、辛いものよね、とルイズは努めて平静に思った。
 そのうちに書き物もひと段落着いたのか、今日はここまでと席を立つ。
「そろそろ寝ましょうか。そろそろ、やるべきことはわかってきてるでしょ?」
「う、うーん…」
 使い魔の仕事とは女の子の着替え作業のことなんだろうか。岡倉が喜びそうだな、とカズキは思った。

 ルイズの着替えも終われば、カズキは昨日同様、床に寝転がる。ただ、昨日と違う点が一つあった。
「…なに、あんた。就寝中の主人の護衛をする気はないっての?」
「い、いや…そうじゃないんだけど」
 ルイズまでの距離が、昨日より遠くなっている。ベッドから一番遠い壁に寄りかかって、毛布に包まるカズキ。
昨日は疲労がたたってすぐ寝てしまったが、そもそも寝ている間に万が一‘エネルギードレイン’が発動すれば、
それだけでルイズは最悪永眠してしまうことになる。ルイズに限らず、それは避けたい。
‘エネルギードレイン’は距離に比例する。ならば、せめて少しでも距離を稼ごうと言うカズキの苦肉の策である。
可能ならば寝場所を他所に移したいが、人の眠れる場所はどこでも同じことだと思った。
 ランプの明かりも消えれば、暗闇と静寂が部屋を覆った。
 しばし時が経つと、ルイズは自らの声で静寂を裂いた。
「ねぇ」
「うん?」
「あんた…化物になるって言ってたけれど、そもそもあとどれくらい、人間でいられるの?」
 ぽつりぽつりと、先日からのカズキの言に問いかける。ルイズにしても未だ信じきれぬ話だが、
昼間、一緒に考えると言った手前、聞かねばならないことだと思ったのだろう。
「そうだなぁ。あと数日…とりあえず、もう一週間もないんじゃないかな」
 ルイズに召喚されて、これで二日が経った。推定で八月末がタイムリミットと言われたが、細かいところは良くわからない。
早いかもしれないし、遅いかもしれない。けれど、残された時間そのものは、多くはない。そのはずだ。
 落ち着き払った声で返されて、ルイズは嘆息した。
「最後まで足掻くとか言ってたけど、随分時間がないじゃない。あんた、なんでそんなに余裕そうなの?」
「うん…まぁ、わかっちゃいるんだ。こっちじゃ流石に、人間に戻る為の当てもないし。
考えても、どうして良いかわかんないし。実は、結構困ってる」
 元の世界では、斗貴子がカズキと出会う前に潜入し、カズキの、‘錬金術’の闘いの世界へ赴く切欠となった‘力’を回収した場所、
『ニュートンアップル女学院』という目標があった。しかし、こちらにはそれがない。
 そして、足掻くとは言ったものの、それに対し道を示してくれる存在もいない。
自分で考え、決めなくてはならないのだが…打つ手のなさは、いつかの海岸で、頭を悩ませたとき以上だった。
「でも…」
 暗闇を仰ぎながら、カズキは脳裏にある、一つの出来事を思い返す。そしてそれこそが、カズキが心に平穏を保てる理由。
 あの日、校舎の屋上で、斗貴子の特等席で、彼女に――
「…勇気、もらってるからね」
「はぁ?なによそれ」
「それは秘密。なぜなら――」
「その方がカッコいいから?」
 ルイズの声を境に、二人は押し黙った。
 そう、自分でどんな決断をしても、自分がどんな結末を辿ろうとも、大丈夫。
 勇気なら、もらったはずだから。
「…明日、少し調べてみるわ。今の話しぶりじゃ、向こうじゃその、人間のままでいられる手段ってのがあったんでしょ?」
「まぁね」
「ひょっとしたら、こっちでもそういう事例があるかも知れないし」
「ある…のかなぁ」
 ことは‘錬金術’による問題である。‘錬金術’のないこの世界で、果たして解決策が見つかるか…。
 元の世界とは話が違う。あっちは一縷の望みであったが、こちらはそんな望みすらもないのだ。
「そのまま悩んで、何もやんないよりマシでしょ。ありがたく思いなさいよね。
このわたしが、わざわざ使い魔のあんたのために調べてあげるんだから」
「…うん、ありがとう、ルイズ」
 それでも、一緒に探してくれる人が居る事が、今のカズキには何よりも嬉しかった。
 だから、本当に打つ手がないと判断した時には。そしてその前に、人間としての終わりが来た時には。
やはりルイズには悪いが、自分で始末を付けよう。そう思った。



 翌日の空き時間から、ルイズはカズキを伴って、学院の図書館で調べ物を始めた。
ハルケギニアの文字が読めないカズキは、主に肉体労働専門である。
ルイズは『レビテーション』を唱えられないため、高所の棚にある書物は専用の梯子を使わねばならない。
使い魔であるカズキに、それを取りに行かせるのだ。
「何を隠そう、オレは梯子登りの達人!!」
「わかったから、メモした題目の本、とっとと取ってきなさい」
 しかし蔵書量も半端ではないこの図書館。カズキ自身、最初はその数に期待もしたが…いざ探すとなると結構な重労働である。
 毎回、最高地上30メイルの高所へ、えっちらおっちら梯子を上る。一歩踏み外せば地上へ真っ逆さまだ。
いくらカズキとて、そんなことで人間としての終わりを迎えたくはない。上るたびに真剣勝負であった。
しかも、本の題名すら判別ができない。間違えれば当然、往復することになる。梯子の上でメモと睨めっこである。
ある特定の言葉をメモに記し、その言葉を含んでいる本があれば取ってくる。これならカズキにもできた。
「と、取って来た…」
「そこ置いといて。で、これはもう返してきて」
 しかしそんなことは、図書館を利用することの多いルイズ自身にしてみれば日常茶飯事なので、特に労う言葉もなかった。
机に向かい、調べ物を続けるのみ。その鳶色の眼は、ひたすら文字を追っていた。カズキは書物の返却のためにまた上った。

「どう、なにかあった?」
 日も暮れてきた頃に、ルイズに問うが、返答は静かに首を振るのみだった。
 カズキは肩を落としたが、調べ物をしてくれているのはルイズなのだ。
「ありがとう。ルイズも自分のことがあるのに。オレのために、ゴメン」
「べ、別にいいわよ。化物になって、迷惑かけられちゃたまらないもの」
 そっぽを向いてそう語るルイズ。彼女にしても、『ゼロ』の返上の為に、何を為すべきか、測りかねている。
一重に練習をしようと、一向に成長する素振りを見せぬ自身の魔法。
カズキ召喚以前から、カズキ同様手詰まりであり、諦念が心の隅にない訳ではない。
昨夜のキュルケの指摘にも言葉に詰まる有様だ。改めて決意を胸に込めたのはよいが、その解決策は一向に見えない。
が、そんな自分より切羽詰っているらしい、自分の使い魔であるカズキ。
そのために尽力するのは、ルイズにも良い気分転換になっていた。

 休日である虚無の曜日には、一日中資料の探索に当てたが、一向に目当てのものは見当たらない。
主にハルケギニアにおける亜人に関する文献や、それに伴う、何かしら伝染病とその治療法の類。
媒介、秘薬を用いた水魔法の人体への効果の類を漁ってはいるが、どれもカズキの現状を打開するには至らなかった。
「そもそもねぇ、生物の命を吸う、元人間の化物なんて聞いたことがないわ」
 ルイズは念のため、カズキに事の仔細を尋ねていた。
 カズキが危惧していることは、何よりも他者の生命力を吸い取ってしまう‘エネルギードレイン’のみ。
今のカズキは状態が不安定な為、闘争心の高ぶりによってヴィクター化の発現が切り替わる。
‘エネルギードレイン’はそのヴィクター化した肉体の生態であり、人間の呼吸同様、カズキの意思を持って止めることは不可能。
完全に状態が安定してしまえば、カズキはまさに、存在するだけで死を撒き散らす化物となるのだ。
「うーん」
「それに、あんたの心臓代わりになってるんでしょ?その、化物になる原因。
取り除こうにも、それをしちゃあ死んじゃうとか、途方もなく非道い状況じゃない」
 そしてそれを促進している、カズキの胸に潜む‘錬金術’の‘力’の事。
それを聞いたときには、ルイズも話の荒唐無稽っぷりに改めて呆れた。
が、それにより一時は命を永らえている、というカズキの言に思うところもあったのか、調べものは続けていた。
「どうしたもんかなぁ」
「それを今探してるんじゃない。ハイこれ」
 ルイズはメモと本を差し出してきた。さあ一仕事だ、とカズキは腰を上げた。

 しかし、探すうちに一日、また一日と過ぎていく。
できれば夜通し続けたいが、ルイズにそれを強要することもできない。
また、授業を休んでもらうわけにもいかない。ルイズの学生としての本分を邪魔するのは、カズキも本意ではない。
自分の命がかかっていても、そこは律儀なのがカズキである。
昼間は使い魔としての雑用。夕方から夜も図書館での使いっ走りの、戦士見習いのときとは違う二重生活であった。
「ねえカズキ。こんな辛気臭い場所より、あたしの部屋に来ませんこと?ルイズの部屋よりは居心地が良くてよ?」
 時折図書館を訪れるタバサにでも聞いたのだろう。キュルケも顔を見せたが、熱心に本を探すカズキは取り付く島もなかった。
「なによあんた、早速誘惑ってワケ?あんたも、行っちゃダメよ」
「嬉しいけど、オレ、やることあるから。ルイズ行ってきなよ」
「わたしが行ってどうするのよ。っていうかあんた、よくわかってないでしょ」
「?」
 平日は少ない時間を様々な方面から資料を漁ったが、一縷の望みすら見出せず、
ただただ、ルイズの知識が深まるばかりである。そのうちカズキにも、焦燥の色が浮かび始めた。

「ルイズ。身体だるいとか、ない?」
 そんなことを、数日前から度々カズキは口にした。普段は努めて自然体でいるが、時折思い出したかのように問いかけるのだ。
「あんた、その質問何度目よ。そりゃここ数日、暇さえあれば図書館だもの。けれど、あんたの気にするようなことはないわよ」
 首を鳴らしながらそう言うと、メモを差し出し、本棚を指示する。
あれから五日。そろそろ、カズキ自身何らかの変化はあってもおかしくはない…はずであるが、一向にそれは訪れない。
カズキと一緒にいる時間の多いルイズにも体調を尋ねるが、そちらも特に変化はなかった。
「う、うん」
 受け取ったカズキの顔を見れば、頬は少しこけ、瞼の下には隈が浮かんでいる。
カズキがこの数日、あまり寝ていないこともルイズは知っていた。
 いつ何時、ヴィクター化してもおかしくない状況。押し迫る不安に、カズキはどうしても眠れなかった。
深夜、闇の中でルイズの寝息に耳をそばだて、それにようやく安心して、気を失うように浅い睡眠をとる。
そして日の出と共に起き、ルイズの顔色を伺っては、安堵の息を吐くのだ。
 そんなカズキに、ルイズも言い知れぬ何かを感じた。事ここに至るまでどこか信じきれぬ話であったが、
日に日に参っていくカズキを見ていると、そうも言ってられぬことは理解できた。
 カズキが本棚へ向かうのを見やれば、ルイズは、万が一の事を考え始めた。

 わたしは、どうするべきなんだろう。
 もし、あの使い魔が、本当に化物になったとしたら、何をすべきなんだろう。
 一緒に、化物にならぬ方法を考えると言って、一緒に調べものをして、しかし手がかりの一つも、見えてこない現状。
 このままでは、あの使い魔は壊れてしまう。もう幾日も待たず、自ら命を絶ってしまうのだろう。
 ならばわたしは、どうすればよいのか。
 貴族として…いや、彼を召喚した者として、どうすればよいのか。
 ルイズは、書物の文字を追いながら、ひたすらそれを考えた。
 否。答えは出ている。数日前に、少年との会話で、既に決まっていることだ。
 ただそれを、伝えれば良い。
 そして、実行すれば良い。

 結局その日も、めぼしい情報は見つからず。
 やがてカズキが本を返却して帰ってくれば、ルイズは口を開いた。
「もう、やめましょ」
 空気が、ずしんと重くなった。
「これ以上探しても、たぶんわたし達に探せる範囲じゃ、おそらく解決策は出てこないわ」
 カズキは黙ってそれを聞いていた。自分でも、薄々感じていたことだ。
「教師専用の『フェニア』の棚の方も見せてもらえないか申請してみたけれど、結局ダメだったし。
そこで何か手がかりを見つけられたとしても…」
「わかってる。実際、時間なさすぎだもんな」
 もう幾日も残っていない、人間としての自分。
向こうの世界ではヴィクターの妻、アレキサンドリアの百年に渡る研究成果があったが、こちらではそんなものはないし、研究する時間もない。
 最後まで、足掻く。そう思って、ここまで来たが――
「ありがとう、ルイズ」
 カズキは礼を言った。ここまで自分に付き合ってくれたルイズへの、心からの感謝の言葉である。
 しかしルイズからの返事は、小さく首を振ることであった。
「でも、わたしはまだ信じきれないの。あんたがそんな化物になるなんて、とてもじゃないけど信じられない」
 カズキは悲しくなった。しかしそれも、仕方のないことかもしれない。証拠と言えば、カズキの証言しかないのだから。
 だが、それ以外を見せるわけにもいかない。それだけは、できない。
「だから――」
 そう、だから自分は――
「あんたが本当に化物になったら、わたしが自分の魔法で、あんたに始末をつけるわ」
「…え?」
「なによ。最初に言ったことじゃない。わたしはあんたのご主人様なんだから、当然でしょ。
そして、わたしもこの学院を辞めるわ。たぶん、あんたを殺す魔法は、わたしの、『ゼロ』の失敗魔法ですもの」
「ど、どういう…」
「あれだけ言っておいて、やっと呼び出した自分の使い魔を、自分の魔法の失敗で死なせるんですもの。
いつまでも学院に居れるわけないじゃない。あ、一応言っておくけれど。
これは、あんたのせいじゃないわ。あくまで魔法をいつまでも上手くできない、わたし自身の問題」
 それだけまくし立てれば、一息ついて、ルイズは続けた。
「わたし、あんたが召喚されて、あの時ギーシュ相手に決闘してくれて。
もし、あんたが一緒にいてくれれば、何か変わると思ったわ。けど、そうじゃないって言うのなら。
変わる時間さえないって言うのなら。その前に、あんたが変わって、死を振り撒くと言うのなら。
せめて、あんたを呼び出したわたしが、始末をつけなくちゃ」
 カズキは今、この世界に来て一番、人間のままでいたいと思った。
 自分のことで、ルイズがそこまで思い詰めているのであれば、化物になるわけにはいかない。
適わぬ願いと知りながらしかし、カズキはそう思わずにいられなかった。
「あんたが、自分で自分の命を絶とうと考えてるのは、見てれば大体わかるわ。時々、そういう顔してるもの。
けど、それだけは絶対にしないで。せめて最後まで、人間として、わたしの使い魔として、生きてちょうだい。
前に言ったとおり、わたしのために、最後まで頑張ってちょうだい」
 すると、ルイズはカズキを、その黒い瞳を見据えた。強い意志を秘めた鳶色の瞳を、カズキは真っ向から受ける。
 最後まで、人間として。
 自分はもう、十分足掻いただろうから。
 カズキは頭を振ると、大きく息を吐いた。
「…わかった。本当に、これまでありがとう、ルイズ」
 心がどこか、楽になった。近日中に終わりを迎える人間としての自分。打つ手がないなら、それまでだから。
「もうオレには、残された時間は少ないけれど。
ここまでオレのために頑張ってくれたルイズが、『ゼロ』って呼ばれないために頑張るよ」
 だから、自分の為に尽力してくれたルイズに、短い時間でも、恩返しをしなくては。そう思った。

「残り数日ってんじゃ期待はできないけれど、そうしてちょうだい」
 ルイズは、内心震えていた。自身の決断に、今頃になり、震えていた。
 果たして自分に、この使い魔の命を終わらせることができるだろうか。
 考えたこともないことだが、自分の失敗魔法ならば、直撃させれば確かに可能かもしれない。人を殺めるに足るかも知れない。
 が、それでも、この優しい使い魔を。自分のために叫んでくれた少年を、殺すことなど、自分にできるのだろうか。
 ルイズは震えながら、もし適うのならば。そんな願いの言葉を重ねた。
「あ、もちろん、あんたが化物にならなかったら、これまで通り使い魔としてこき使ってやるから、安心なさい」
 力なく口元に笑みを浮かべ、ルイズは言った。カズキはそれに、笑って応えた。



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