あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと夜闇の魔法使い-03



 目を覚ました柊が最初に見た光景は、石造りの天井だった。
「……知らねえ天井だ」
 どこかのアニメだか漫画だかで出てきた台詞を呟いてみた後、柊はゆっくりと身を起こした。
 ロングビルに用意してもらった使用人の部屋は、その前に訪れていたルイズの部屋と比べれば半分ほどの大きさしかなかった。
 とはいえ別段部屋として手狭な訳ではなく(むしろルイズの部屋が無駄に広い)、まして一夜だけの寝場所としては十分すぎる。
 向かいにベッドがあるのでどうやら相部屋のようだった。
 柊はなんとなく頭をかきながら朝日の差し込んでいる窓に目を向けた。
 まだ完全には日が昇りきっていないのだろう、少々薄暗い色彩の向こうに牧歌的な広場が見えた。
「異世界なんだよなぁ……」
 つい先日まで緑とほぼ縁のない秋葉原にいた事を思い返し、柊は嘆息交じりに呟いた。
 今回の召喚で一番困った事といえば、やはり『召喚された事』につきるだろう。
 これまでの異世界召喚にはそれなりにその世界にいる目的があった。
 だが、今回は何の意味もなく(ルイズ達にはあるのだろうが)召喚された挙句、元の世界に帰る方法が現状ないらしいというのだ。
 異世界に召喚された後でやる事が、元の世界に帰る事。何かの罰ゲームだろうか。
 いっその事開き直ってここに住み着いてやろうか、とも考えないではない。
 が、そんなことになったら幼馴染の赤羽くれはに何を言われるかわかったものではない。
『あっそ、ふーん。あんたはどうでもいいけどエリスちゃんだけはちゃんとこっちに返しなよ?』
 とでも言うだろうか。
「……わかってるよ、うるせえな」
 リアルに想像できた台詞に柊は忌々しく呟くと、ベッドから降りて伸びをする。
 それでさっきの考えは完全に消し飛んだ。
 エリスをちゃんと元の世界に戻すというのもあるし、なによりくれはにそんな風に言われるのがとにかく気に入らない。
 何が何でも元の世界に戻らなくてはならない。
「……うし」
 軽く柔軟をした後、気合を入れる。
 ドアが軽くノックされたのはその時だった。
「食事をお持ちしました」
「あ、すんません!」
 ドアの向こうから聞こえた女性の声に柊は反射的に叫んだ。
 取りに行こうと歩きかけて、寝るときに邪魔なのでズボンを脱いでいた事を思い出す。
 慌ててズボンを履いた後ドアを開けると、そこにいたのは給仕服に身を包んだメイドだった。
 彼女は食事の乗ったトレイを持ったまま、短い黒髪を揺らして静かに頭を垂れる。
「朝早くに申し訳ありません。学院の皆様への朝食の準備がありますので今しか時間が……」
「あ、いや、いっすよ。用意してくれるだけでありがたいんで」
 折り目正しいメイドの態度に柊はかしこまって返してしまう。
 すると彼女はどこか安心したようにほうと息をつくと、顔を上げて――
「ありがとうご……っ!?」
 柊を見た瞬間、固まってしまった。
「……?」
 突然硬直してしまったメイドに柊は小さく首を傾げた。
 ズボンはちゃんと履いている。シャツは昨日のままだが別に汚れてはいない。
 髪も寝癖は……少しあったが、そこまで驚かれるほどのものではなかった。
 なのに目の前のメイドは、何か信じられないモノを見るような表情で柊を凝視している。
「えっと……俺がどうかした?」
 訳がわからないままおずおずと声をかけると、メイドは飛び上がるように身体を跳ねさせて一歩後ずさった。
 ますます訳がわからない……というか、明らかに不審だ。
「――し、」
 メイドが呻くように漏らした。
 彼女は更に一歩後ずさると、
「失礼しますっ!!」
「え、ちょっ!?」
 脱兎のごとく逃げ出してしまった。
 柊は慌てて廊下まで追いかけるが、メイドは振り返る事もせずに一目散に廊下の向こうに走り去っていく。
 ちなみに彼女が持っていたトレイにはスープが入っていたが、一滴も零すことなく全力疾走で消えていった。
 匠の業だった。
「な……なんなんだよ……」
 廊下に取り残された柊はぽかんとしたまま呟いた。
 昨日の今日なので当然彼女と会った事はない。
 いつぞやの時のように、誰かに似ているという訳でもなかった(そこまで観察する余裕もなかったが)。
 いきなり驚かれて、いきなり逃げられた。
 柊がそんな風に立ち尽くしていると、メイドが走り去った廊下の向こうから別のメイドがトレイを持って歩いてきた。
 金髪のメイドは彼の元まで辿り着くと、しずしずと頭を垂れて口を開く。
「失礼しました。先程の者は気分が優れないそうで……」
「はあ……」
 柊がぼんやりと返すと彼女は顔を上げて、どこか心配そうに柊に尋ねる。
「……。あの、彼女が何か粗相を?」
(俺が聞きてえよ……)
 台詞のワリには明らかに不審そうな視線を向けてくるメイドに、柊は釈然としない気分になって彼女からトレイを受け取るのだった。



 ※ ※ ※



 食事を終えて少々時間を持て余した後、柊はメイド(朝に会った二人とはまた別の少女だった)に連れられてルイズが授業を受ける教室に向かった。
 石造という違いはあるが大学の講義室とほぼ同じ構造のその教室は、柊が入ってきた入り口からほぼ総ての席の様子が見て取れた。
 なので柊はさほど苦労する事もなく特徴的なピンクブロンドのルイズと隣にちょこんと座っているエリスを発見し、そちらに歩いていく。
 入り口から全容を見れる、という事は逆もまたしかりであり、教室に入ってから柊は周りの生徒からの好奇の目線をほぼ独り占めしていた。
 この類の視線はかつて一年や二年のクラスに編入し、更には三年のクラスに出戻った――しかも総て同じ学校の、だ――という嬉しくない経緯を持つ柊にとっては今更どうというものではない。
 強いて不快を感じるというなら、それが純粋な好奇だけではなく多分に嘲笑を含んだモノだということだ。
「おはようございます……」
「お、おう……?」
 ルイズ達の元に辿り着いたとき、エリスがどことなく疲れたような声をかけてきたので柊は僅かに眉をひそめた。
 見ればルイズの方も、顔を俯けて沈黙したままである。
「どうした?」
「……なんでもない」
「……なんでもないです」
 尋ねて見ても、二人は異口同音に――表情すらも同様にして返すばかり。
 そこで柊は昨夜ロングビルに言われた事を思い出した。
『――無理やりにでも貴方達……あるいはいずれかを契約させる』
 昨日は魔法を乱発しながら自分を追いかけて疲労困憊だったようだし、そこまでやるような人間でもないと思ったのでとりあえず放置していたのだが、甘かったのかもしれない。
「エリス、こいつに何かされたのか?」
 表情を引き締めて柊はエリスに尋ねた。
 すると、
「ナニもされてません!?」
「ナニもしてないわよ!?」
 唐突に二人が立ち上がり叫んだ。
「す、すいません……」
 二人の形相に気圧されて柊が呻くように謝ると、彼女たちは再び席についてはあと吐息をもらした。
 朝から訳のわからない事ばかりだった。
 深く気にする事をやめて柊はルイズの隣の席に座りこむ。
 その時にルイズがちらりと柊を睨んだが、特に何も口にすることはなかった。
 そして柊は懐から0-Phoneを取り出した後、それを操作しながらエリスに呼びかける。
「エリス、0-Phone持ってるか?」
「え? あ……はい、持ってます!」
 エリスははっとしてポケットから自分の0-Phoneを取り出した。
 二人に挟まれた形になるルイズは交互に視線をさまよわせながら、柊達が取り出した物を興味深げに眺める。
「エリス、何なのそれ」
「えと、0-Phoneって言って携帯電話みたいなものです」
「ケイタイデンワ?」
「……えぇと、私達の世界の道具なんです。離れた人と話ができるって――」
「今からそっちにかけっから。設定バイブにしといてくれ」
「あ、はい」
 ルイズが興味津々といった様子で見つめる中、エリスは0-Phoneを操作して設定を変える。
 そして少しの間のあと、彼女の手にした0-Phoneが震え始めた。
「!?」
「あ……繋がりました!」
 エリスが喜色を称えて通話キーを押すと、0-Phoneから軽く柊の声が響いてきた。
「……同じ世界ならどうにか繋がるか。連絡手段としちゃ上等だな」
 左右から聞こえて来る柊の声にルイズはしきりに首を振り不思議そうに柊とエリスの0-Phoneを見やった後、たまりかねたように声を上げた。
「何なのよこの変な箱は? マジックアイテムなの?」
「え、あ、多分そんな感じのものでいいと思います……」
 一応ファー・ジ・アースの魔法技術が備わっているのでマジックアイテムという呼び方は間違ってはいないだろう。
 ルイズはひったくるようにエリスの持っていた0-Phoneを取り上げると、興味深げにあれこれとキーを押し始めた。
「へえ、こんなものがあるのね……」
「この世界にはありません、よね?」
「わかんないわ。ハルケギニアにあるマジックアイテムを全部知ってる訳じゃないし……わ、何これ。すごい」
 子供のように0-Phoneを弄くるルイズにエリスは微笑んでから操作方法を教え始め、そしてふと柊に目を向けた。
「あの、もしかしてこれを使えば元の世界に……アンゼロットさんに連絡が取れるんじゃ?」
「いや、昨日試したがダメだった。まあココは『外世界』だろうから、世界内で繋がるだけで御の字だろ」
「外世界?」
 聞きなれない単語に首を捻ったエリスに、柊は一つ頷いてから話し始めた。


 ――無数に存在する異世界群は大きく分けて『並行世界』と『外世界』に分類される。
 柊達のいる世界であるファー・ジ・アースから見て『並行世界』とは基本的にラース=フェリアやエル=ネイシアといったいわゆる『主八界』の事を指す。
 ファー・ジ・アースに限っていうのならばこの他に『狭界』と呼ばれる並行世界も存在するが、ここではおいておく。
 要するにこの主八界はとある超越存在の意思の下、統一された宇宙観によって形成されたヒトの住む世界群なのである。
 対してミッドガルドやこのハルケギニアのように、その宇宙観『以外』の概念によって作られた世界を『外世界』と呼ぶ。
 これらの外世界はそもそも世界の成り立ちからして完全に異なっており、文化や理念、魔法などの技術の概念、更には時間の流れや連続性ですらも同じであるとは限らない。
 文字通りの意味でファー・ジ・アースとは『異なる』世界なのだ。


「へえ……柊先輩って物知りなんですね」
 ざっとではあるが柊がそんな説明をした後、エリスは多分に尊敬を込めた目線を彼に投げやった。
 彼女の視線を受けて柊は僅かに顔を俯け、照れ臭そうに頭をかく。
「……まあ、何度も異世界に召喚されてっから、今後のためにアンゼロットに聞いてたんだよ。役に立つとは思わなかったけどな」
「ふふっ」
 柊が言うとエリスは可笑しそうに微笑を漏らす。
 それまで0-Phoneを熱心に弄くっていたルイズに呼ばれてエリスがそちらに気を向けると、それを確認した柊は小さく息を吐いた。
 僅かに目を逸らし、窓から映る空をなんとはなしに見つける。
 どの世界でも、空は同じ青い色だった。


 無論、柊が異世界に関する知識をアンゼロットから教わったのはそんな理由ではない。
 かつて彼が関わった外世界、ミッドガルド。
 その世界にまつわる一件のきっかけともなった侵魔との闘いの際に、柊は肩を並べて戦った一人の仲間を失ったのだ。
 『彼女』は実に二万年もの時を隔てた過去のミッドガルドへと飛ばされ、そして終ぞファー・ジ・アースへと戻る事なくその生涯を終えた。
 その事実が事態を解決する要因の一つになった訳なのだが、それでもどうにかできないか、と彼はアンゼロットに頼み込んだのだ。
 結果として、それは叶わなかった。
 彼女を救う事はできなかったけれど、その後の彼女の生涯が"救われなかった"ものではない、というのが唯一の慰めではあった。
 だが、それでも。
 彼女は柊と同い年――クラスメイトだったのだ。
 他人の人生をどうこう言える権利などありはしないが、やはり彼女にも生まれた世界で生きる人生があったのではないか、と思う。

「ベール=ゼファー」
 というエリスの声で現実に引き戻されて、柊は二人を振り返った。
 見ればルイズは0-Phoneに収められているデータから魔王の項目を見ているらしい。
 その隣でエリスがデータの詳細をルイズに向かって口頭で説明していた。
「この人には会った事があります。凄く強くて怖い人でした」
「ただの女の子じゃないの。胡散臭いわね……こっちのは?」
「えと……モッガディード? 半年前から消息不明……らしいです」
「……」
 二人の会話を聞きながら柊は僅かに眉をひそめ、机の上にあった教科書を手にとって開いてみる。
 そこに記されている文字は、柊の見たこともないモノだった。
「……文字が違う?」
「あ、そうみたいです。話す分には全然問題ないんですけど」
「口語の翻訳はできてんのか。ゲートの効果か? 0-Phoneで対応は……してないよな……」
 0-Phoneの翻訳データを確認しながら柊は憮然とため息をついた。
 主八界の中でならいかなる言語であろうと0-Phoneの翻訳ソフトで解析できるのだが、外世界のハルケギニアは当然未対応だ。
 そうなると情報収集のためには独学で言語を学んでいくしかない。
 会話は問題なくできるとはいえ、いきなり暗雲が立ち込めてきてしまった。
 そんな柊の心境をルイズが知るよしもなく、彼女は熱心に様々なデータを閲覧しエリスに解説を求めていた。
 なんとなくルイズの気楽さが面白くなかったので、柊はふと思いついて彼女に声をかけた。
「なあ、ルイズ」
「なに?」
 ルイズは柊に顔を向ける事なくせわしなくキーを押して0-Phoneを操作している。
 ついさっき初めて見たものだろうにその動きは既に慣れたもので、学習能力は相当に高い事がうかがえた。
 それはともかく。
「そこのキーなんだけどな。それを押すと……」
「これがなに?」
 やはりルイズはディスプレイに見入ったまま柊に返した。
 そして柊は彼女がキーを押したのを見計らうと、唐突に重苦しい声で言った。
「――爆発する」
「!?」
 ルイズの動きがぴたっと固まった。
 鈍い動きで顔だけ柊を向くと、彼女は上ずった声で柊に問いかける。
「え。ばくはつって……うそ」
「本当だ。色々情報が入ってたろ? 機密保持のために自爆するようになってんだよ」
 努めて真剣さを装って柊が言うと、少しの沈黙の後ルイズは目に見えて動揺しだした。
「え、そんな、ど、どうすればいい? どうすればいいの?」
 ねえエリス、と助けを求めるようにルイズが振り返ると、当のエリスは困ったような苦笑を浮かべているだけだった。
「もう……先輩?」
「いやあ、やっぱファンタジー世界の人間のリアクションはこうじゃないとな!」
 エリスとルイズの視線を受けて、柊は満面の笑みを浮かべていた。
 何しろ彼の知るファンタジー世界――ラース=フェリアの住人はファー・ジ・アースの文化に即座に適応していたのだ。
 具体的に言うと、初見で完璧に公衆電話を使いこなしたり、食券を利用して立ち食いソバを堪能したり、某黄色い潜水艦でTRPGをやるぐらいに。
 やはり柊としては『車を見て「うひゃあ、鉄のイノシシだあ!」と驚く』ぐらいのリアクションを期待したいのである。
 なので今のルイズの反応は、大変満足だった。
「だ、騙した!? 騙したわね!?」
 ようやく事態を悟ったルイズが怒りの声をあげ、柊に掴みかかる。
 だが柊は嬉しそうな表情でされるがままだ。
「そんな怒るなって。異文化交流って奴だよ」
「ふざけんじゃないわよ! へ、平民の癖に貴族を騙すなんてとんでもない不敬だわ! 手打ちにされたって文句は――」

「ミス・ヴァリエール!!」
「!?」
 不意に響いた声にルイズは反射的に立ち上がった。
 見れば教壇に中年の女性が立っており、ルイズを見やっている。あれこれとやっている内に授業が始まる時間が来てしまっていたようだ。
「授業を始めますが、よろしいですか?」
「……申し訳ありません、ミセス・シュヴルーズ」
 一度だけ柊をぎらりと睨みつけた後、ルイズは憤懣を胸の奥に収めて頭を下げた。
 ルイズは一年の頃彼女から授業を受けたことはないが、学院の教師の名は概ね諳んじている。
 ルイズの返事を満足そうに頷いて返すと、シュヴルーズは僅かに微笑を称えて口を開いた。
「いえ、使い魔との交流はちゃんとできているようで安心しました。ただ、これから授業なのですからそちらの方に集中なさるよう」
「……っ」
 ルイズの眉がぴくりと動き、そして彼女は唇を噛んだ。
 教室の中にどっと笑いが巻き起こるのは同時だった。
「ゼロのルイズ! 召喚できなかったからって平民を連れてくるなよ!」
 はやし立てる様に生徒の一人が声を上げると、笑いのトーンが一段と高まる。
 酷く耳に障る雑音をかき消そうとするように、ルイズは叫んだ。
「違うわ! ちゃんと『サモン・サーヴァント』は成功したもの! こいつらが勝手に来ただけよ!」
「落ち着きなさい、ミス・ヴァリエール」
「でも……!」
「貴女がちゃんと召喚に成功した事はミスタ・コルベールから伺っています。前例は……まあ、ありませんが、その二人は立派な貴女の使い魔ですよ」
 シュヴルーズとしてはルイズと生徒達を宥めるために言ったのだろうが、場は全く収まらなかった。
 むしろ爆笑から失笑に似たものへと変わり、やおら一人の生徒が立ち上がって手を挙げた。
「ミセス・シュヴルーズ! それは違います!」
「……は?」
 シュヴルーズが怪訝そうに声を漏らすと、その生徒は小太りした身体を誇示するように胸を張って、愉悦交じりにルイズを見やる。
「彼女は『コントラクト・サーヴァント』をしていません。だから、その二人は『使い魔』じゃないんです」
「それは……まあ、確かに」
 シュヴルーズが口ごもると同時に更なる笑いが巻き起こった。
 小太りの生徒はそれで更に気を良くしたのか、煽るようにして両手を広げルイズに言う。
「他所から連れてきた平民じゃ契約なんてできる訳ないもんな!」
「ちゃんと召喚したって言ってるじゃない! 契約しないのはこいつらが――」
「だったらなお悪いよ! 召喚された使い魔に拒絶されるなんてありえないだろ!?」
「そっ……!」
 ルイズは何事かを言いかけ、それを言葉にする事ができなかった。
 侮辱された怒りが渦巻いているのと同時に、一方で彼の言う事が事実だと認識している自分がいる。
 『サモン・サーヴァント』ではメイジにふさわしい使い魔が召喚されるはずなのに、他でもないその使い魔から拒絶されたのだ。
 一心同体である使い魔にすらふさわしいと思われないメイジ。
 それこそまさに――
「魔法が使えない上に使い魔にまで拒否されるなんて、さすがゼロのルイズだ!」
「……っ」
 悔しさがこみあげて口を開く事ができない。口を開けば、どんな言葉を吐き出すか自分にも分からなかった。
 だから彼女は、胸の中で渦巻く感情が零れないようにただ耐えることしかできない。
 僅かに顔を俯ける。
 滲んだ視界の隅を、何かが横切った。


 嘲笑の渦中に晒されているエリスは、正直ここから逃げ出したかった。
 その中心にいるルイズはぎゅっと拳を握り締め、肩を震わせてじっと堪えている。食いしばった唇からは、僅かに血の色が滲んでいた。
 他力本願だと理解してはいたが、エリスは助けを求めるように視線をさまよわせた。
 昨日(誤解の産物とはいえ)二人の間を取り持ってくれたキュルケはつまらなそうに肩肘をつき欠伸をしていた。
 この騒動に参加する気はなさそうだが、止めようという気配はまったくない。
 その近くにいた青髪の少女に至っては、完全に我関せずを決め込んで手元の本に目を落としている。
 そしてエリスは最後に柊に視線をやって……息を呑んだ。
 僅かに目を細めて沈黙を保っている彼は、今まで彼女が見た事がない顔をしていた。
 顔に感情を乗せないまま、けれどありありと感情を滲ませながら柊の手が動いた。
 エリスはそれを止めることができなかった。

「あンっ!?」
 投げつけられた教科書が顔面に直撃し、小太りの生徒は悲鳴を上げてもんどりうって倒れこむ。
 同時に教室が水を打ったように静まりかえった。
 生徒達は時間が止まったように表情を固まらせ、キュルケは驚きに目を見開き、青髪の少女は本から僅かに目を上げた。
 急に沈黙が訪れた教室にようやく我を取り戻したルイズが、ゆっくりと顔を巡らせる。
 生徒に教科書を投げつけた犯人――柊は椅子に背を預けたまま、酷く冷たい目線を生徒に送ったまま口を開いた。
「……わりぃ。手が滑った」
 謝意など微塵も感じさせない柊の言葉に、誰一人として返す者はいない。
 しばしの沈黙の後、小太りの生徒が顔を抑えながらよろよろと立ち上がった。
 わずかな怯えと多大な怒気を孕ませて、彼は偉そうに席にふんぞり返っている柊に口角を飛ばした。
「お、お前……そこの平民! なんて魅惑的な一撃を――違う、僕を誰だと思ってる!?」
「知らねえよ。会った事もないしな」
 ぶっきらぼうに言い放った柊に、生徒は床を蹴り懐から杖を取り出して見せ付けるように突きつけた。
「僕は『風上の』マリコルヌ! 貴族だぞっ!? 平民が貴族に手をあげるなんて――!」
「……あいにく、貴族だの平民だの関係ないトコから来たんでな」
 言って柊はゆっくりと席から立ち上がる。
 同時にマリコルヌの体がびくっと震え、そして生徒達がざわめいた。
 険悪な雰囲気が漂い始める中、柊は――マリコルヌの方には行かず、教壇で凍り付いているシュヴルーズの下に歩き出した。
「な、なんですか! 一体何を――!」
 歩み寄ってきた柊にシュヴルーズは狼狽して後ずさる。
 そして柊はシュヴルーズに、
「授業の邪魔してすいませんでした」
 頭を下げた。
 ぽかんとしたままのシュヴルーズの返答を待たず、柊は踵を返して教室を後にする。
「柊先輩!」
 慌ててエリスは立ち上がり、柊の後を追った。
 教室を出る間際彼女は振り返り、シュヴルーズとルイズに目線をやる。 半瞬迷った後エリスは深々と頭を下げ、そして教室から姿を消した。

 二人の人間が姿を消し、教室に残ったのはただ沈黙だけ。
「なっ……何なんだよ! 謝る相手が違うだろ!?」
 マリコルヌが思い出したように悲鳴を上げた。
 しかしその怒りをぶつける相手は既に教室には居らず、彼は代わりに席で立ち尽くしたままのルイズを睨みつけた。
「おい、ゼロのルイズ! 自分の使い魔の躾もできないのか!?」
 ルイズはマリコルヌの言葉にわずかに身体を揺らしたが、答える事はできなかった。
 代わりにいくらか落ち着きを取り戻したシュヴルーズの声が響く。
「まあまあ、落ち着きなさいミスタ・グランドプレ」
「しかしですね、ミセス――」
「彼等がミス・ヴァリエールの使い魔でないと言ったのは貴方ですよ? ならば彼女に躾の義務などないのではありませんか?」
「いや、それは……っ」
「席に座りなさい、二人とも。授業を始めましょう」
 いくらか厳しさを増したシュヴルーズの声にマリコルヌは渋々と、そしてルイズは呆然としたまま着席した。
 そんなルイズの様子を見て、シュヴルーズは小さくため息をつき
「まあ、彼は今はまだ使い魔ではありませんが……平民でありながらミス・ヴァリエールのために貴族に手を上げた点に関しては使い魔の素養は十分でしょう」
 時と場合を選んで欲しいですけどね、と苦笑を漏らした。
 ルイズはその言葉でようやく顔を上げた。
 どうやらそれは締めの言葉だったようで、シュヴルーズは頭を切り替えて何事もなかったように自己紹介を始めていた。
 シュヴルーズは謙遜しているのか自慢しているのか定かではない『土』系統の講釈を垂れ流しているが、ルイズの耳には全く入っていない。
(あいつが……私のために?)
 ルイズは頭を振ってそれを否定する。
 柊から敬意を受けた事など一度だってない。 それどころか、ついさっき貴族である彼女を騙して楽しんでいた。
 何より、最初の段階で契約を拒絶したのは他ならぬ柊なのだ。
 百歩譲って平民である事は仕方ないにしても、契約ができなかった原因は間違いなくあの男ではないか。
「そうよ。全部あいつのせいなんだから……」
 半ば言い聞かせるようにして彼女は小さく呟く。
 だが、どんなにそれを繰り返しても胸の裡に沸いたよく分からない感情は消えなかった。


 ※ ※ ※


「どこの世界でもいじめっつーのはあるもんだな……」
 教室を辞して、案内された道順を逆に辿って棟の外まで歩いていった柊は嘆息しながら呟いた。
 かつて彼の在籍していた輝明学園はいささか自由に過ぎた校風があり、そういった陰湿な類のものは半ば縁のないようなものだった。
 なので実際そういうモノを目の当たりにした時反射的に行動してしまったが、思い返せばいかにも軽率といえた。
 アレで誰が困るかといえば、それは柊自身ではなく残されたルイズだろう。
「後で謝っといた方がいいよな、やっぱり」
 言いながら柊はその場に座り込む。
 と、そこに背後から駆けてくる足音があった。
「先輩……」
「なんだ、エリス。お前も出てきちまったのか? ますますルイズの立つ瀬がねえな」
 振り向いてエリスの姿を確認すると、柊は苦笑を漏らしながら言った。
 エリスは柊の隣に座り込み、顔を俯けたまま黙り込んでしまった。
 少しの沈黙の後で彼女はおずおずと口を開いた。
「ルイズさん……可哀想でしたね」
「……『ゼロのルイズ』なあ……」
 ゼロのルイズ。
 マリコルヌとか言う生徒の台詞や回りの反応から察するに、要するに落ち零れだとかそういう意味なのだろう。
 学院に帰る時に他の生徒達が空を飛んで帰還していたが、彼女は歩いて戻っていた。
 柊達に気を使っていたとか魔力(?)がなくなっていたとかではなく、『使えなかった』のかもしれない。
 それと、召喚時に柊を追い回しながら滅茶苦茶に周囲を爆発させていた魔法。
 あの時アレは『そういう魔法』だと思っていたが、マリコルヌとか言う生徒が「魔法が使えない」と言っていたあたりからすると『魔法の成り損ない』なのだろうか。
 ただ、一つだけ柊には気になる事があった。ある意味ではこちらの方がより重大でもある。
「……『サモン・サーヴァント』」
「……先輩?」
「あれはちゃんと成功したって言ってたよな」
「そう言ってましたけど……」
 エリスが首をかしげながら答えると、柊は顎に手を添えて黙考し、そして誰に言うでもなく喋り始める。


 ――柊 蓮司と志宝エリスはルイズの『サモン・サーヴァント』により召喚された。
 異世界の存在を知らないハルケギニアの人間にはわからないだろうが、本来世界の壁を突破してゲートを繋げる行為はとてつもないものなのだ。
 ファー・ジ・アースではそれこそ世界の守護者が率いる『ロンギヌス』並の組織力が必要だし、同じ外世界で言うならミッドガルドは送還の儀式に複数人数で七日間の準備期間を要した。
 単独で異世界へのゲートを創る事を可能としたのは、柊の知る限り裏界でも一・二を争う力を持つ大魔王ベール=ゼファーと、その彼女の力を与えられた異界の守護騎士のみ。
 つまりルイズのやった事は、いわゆる『魔王級』――それもかなり上位の存在が行使する力に近い事なのだ。

「じゃあルイズさんって実は凄い力を持ってるとか……」
「まあ俺等の基準でこの世界の力を判断していいのかわかんねえけど」
 お手上げ、と言った風に柊が肩を竦めて見せると、隣で座っていたエリスはわずかに顔を傾けた。
「……ルイズさんには言ってあげないんですか?」
 ぽつりと漏らすように彼女が言うと、柊は途端に難しい表情をしてしまった。
「あくまで俺等の基準で言えば、って話だし、言ったってどうせ信じないだろ。あいつ、俺達が異世界の人間ってこと、絶対信じてねえ」
「……ですよね」
 嘆息交じりにエリスは返し、頭を垂れた。
 目の前で月衣を見せられて、そして0-Phoneとその内蔵データを見てもルイズは未だに話半分でしか捉えていないのだ。
 こうなると彼女の満足する『証拠』はそれこそ実際にファー・ジ・アースに連れて行くぐらいしかない。
 だがそんな事ができるのなら彼女が信じようと信じまいと関係がなくなってしまう。
 なぜならその時点で帰る方法が見つかっているのだから。
「……っ?」
 そんな時、ふと眩暈を感じてエリスは頭を抑えた。
 頭の芯にノイズが入ったような気がして、僅かに表情を歪める。
「どうした、エリス?」
 エリスの様子に気づいて柊は彼女を覗き込む――と同時に。


 地面が揺れるような衝撃と、爆音が響いた。


「!?」
 二人は同時にそちらを向いた。
 遠くで何か喧騒のような声が聞こえる。方向から行くと、確かルイズ達のいた教室のほうだ。
「なんだぁ……!?」
 事態を確かめようと立ち上がった後、柊はエリスを思い出して顔を向けた。
 どうやら眩暈(?)は収まっているようで、彼女も立ち上がって柊を見た後小さく頷いた。
 二人は歩いてきた道を辿って教室まで駆けつけると、その中を見て思わず息を呑んでしまった。
 整然としていた教室内は無残に荒れ果て、窓ガラスは片っ端から割れており、生徒達の使い魔が狂騒していた。
 座席の下段の方は跡形もなく崩壊していた。中上段から避難していたらしい生徒達がおそるおそる頭を出していた。
 ふと目をやれば、壁にもたれかかる格好でシュヴルーズが気絶している。
 そんな大惨事の中で、何故か教壇に立ち尽くしているピンクブロンドの少女が一人。
 彼女は所々破れた衣服を気にする風でもなく、乱れた髪をいっそ優雅と思えるほどに軽くかきあげて、言った。
「……ちょっと失敗したみたいね」
 教室中から怒号が響き渡った。




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