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鋼の使い魔-50


 うら寂れたオルレアン邸の庭先に、すっかり疲れてしまったシルフィードが身体を丸めて大いびきをかいて眠っているのに、その傍らのベンチで膝を抱えた
モンモランシーは、まるで死んでいるかのような静寂を作って固まっていた。
 彼女の中を渦巻くのは、こんな現状を作り出した自分への限りない自責の念だった。全ては自分が幻覚剤などという小細工を弄したからだ、と。
 きっとギーシュは水精霊に負け、白痴の人形となって帰ってくるのだ。いつも困ったような、それでいて大なり小なりの心を注いでくれた少年が、空ろな眼差しで
こっちを見る様を想像して、モンモランシーは苦しみ、悶え、悲しくなっていた。

 シルフィードを降ろし、ギュスターヴ、キュルケ、タバサが飛び出していってから、どれほど時間が経ったか分からない。懐中時計が荷物の中にあったはずだが、
取り出してみる気にはなれなかった。ただ、庭の端で風竜がごすかぴーと不細工な寝息を立てており、その腹の辺りにキュルケのサラマンダーが添い寝している。
(私、何、してるんだろう……)
 鬱々と深淵を覗くモンモランシーが、遠くから聞こえる複数の足音に気付くまで、たっぷりと時間が掛かった。そして気付いても、顔を上げて事実を確認するのを拒否した。
 複数の足音が自分のすぐ近くで止まった。
「あんたいつまでそうやって泣いてるのよ」
 幾分か疲れが感じられるキュルケの声が掛けられても、モンモランシーは答えなかった。
「よっと……」
 ギュスターヴの声とともにモンモランシーの肩に何かが寄りかかるのを感じる。
「ふぎゃ」
 ベンチに下ろされた何かから潰れた蛙のような声がして、モンモランシーは漸くそれが何か解って振り返る。
「ん……あぁ? ……はっ!? み、水精霊はどこにっ?!」
 ベンチに下ろされた衝撃で目覚め、ギーシュは飛び上がり様にきょろきょろと首をめぐらすと、傍らにモンモランシーが居るのに気付いて喜びの声を上げた。
「おお! モンモランシー! 怪我もないみたいで良かった! ……えーっと、もしかして水精霊は……」
「安心なさいな。私達がきっちり始末つけておいたわよ」
 ぱたぱたと手を振ってキュルケは言った。
「そうか! 良かったぁ……あ、じゃあ『水精霊の涙』はどうなったのかね?」
「あー…それが、ねぇ……」
 聞くと一転してキュルケは視線を反らして口を濁らせる。向けられた視線は、ここまでギーシュを運んできたギュスターヴを見た。
「採れるには採れたんだがな。……色々ごたついてしまって、これだけなんだ……」
 ギュスターヴがそう言ってギーシュに見せたのは、昼食の時に空けたワインの小ボトルだ。その中に容量の半分ほど、きらきらと真珠粉が混ざったような煌く液体が
入っている。
「こ……これだけ、かい?」
「勿体無かったわねぇ。本当は浴びるほど採れたんだけど、タバサを湖から引き上げたり、受け取る容器をこっちに置いて来ちゃった事をその時になって気付いてね。
近くに落ちてた空き瓶で掬い取れたのがそれだけになっちゃったのよ」
「そ、そんなぁ~! 僕が命がけで囮をやったのにぃ~?!」
 感嘆に声を上げてギーシュは腰から崩れ落ちた。口角と鼻腔が痙攣と弛緩を繰り返している。
「はぁ~~、たったそれだけ、あんなに頑張ったのにたったそれだけ……」
 かくかくを揺れながらつぶやくと、それまで押し黙っていたモンモランシーが不意に立ち上がり、ギーシュの前に立った。
「ギーシュ…」
「……ああ、ごめんよモンモランシー。たったあれっぽっちじゃ薬の材料には……」
 ぶつぶつと言葉を紡ぐギーシュを、モンモランシーは華奢な腕で力いっぱい引き寄せ、抱きしめた。
「も、モンモランシー?」
「ギーシュぅぅぅぅぅ!」
 顔をぐしゃぐしゃにして、モンモランシーはギーシュの身体に抱きついた。蠢惑にギーシュを誑かたり、傲慢なほどに魔法薬つくりに勤しむ姿など、そこには影形も
見られなかった。ただ、涙声でギーシュ、ギーシュと呼びかけながら、少し苦しいくらいにギーシュを抱きしめる。
「ううううぅぅぅ。ギーシュ、怪我してない? 頭変になってない?」
 シャツを涙と鼻汁でべちゃべちゃにされながら、普段では考えられないほど、モンモランシーが愛おしく思えて、知らぬ内にギーシュはモンモランシーの頭を撫でていた。


「モンモランシー、僕はこのとおり足腰も立ってるよ。だからさ」
「うん、うん」
「もうこれからはその、他の皆に迷惑を掛けるようなことはやめないかい?」
 ずりずりと頭を擦り付けながらモンモランシーは頷いた。もう真っ平だこんなこと。これからはもっとさしあたりなく魔法薬作ったり香水調合したりしよう、と、心底思って
仕方がなかった。
「あ、あとさ…」
「後、なに……?」
「その、ギュスターヴもキュルケも、見てるんだけど……」
 ちらりとギーシュが脇向けば、じっと見られないほどにギュスターヴとキュルケがにやりにやりとして二人を眺めているのであった。



 『忍び寄る第二幕』



 「……後で厨房を貸してもらえる?」
 一同が再び集まった時、開口一番にモンモランシーはそう言った。既にギーシュは汚れたシャツを変え、ずぶぬれだったタバサも着替えを済ませていた。
 集められたのはオルレアン邸の中で、喫煙や談話を愉しむ為の一室だった。既に時刻は夕刻に入り、この屋敷の家令を勤めるペルスランが、滅多となった客人たちの
ためにとささやかな夕食を作っている。
 避暑地にもされるラグドリアン湖畔にあるこの屋敷も陽が落ち始めると肌寒く、談話室には暖炉の火が灯されていた。
「どうして?」
 形式的には主催者【ホスト】になるタバサはまだ生乾きの髪で答えた。
「『水精霊の涙』は熱処理しないと薬品の材料にならないのよ。生のままじゃ危険で扱えないし。……それと悪いけど熱処理すると目減りして、材料としては足りなくなるわ」
「そう」
「それじゃあタバサのために剣を買うのは無理そうね」
 無駄足だったかしら、とワインに口をつけながらキュルケが呟く。
「……少なくともこっちは助力を得られて助かった。有難う、キュルケ」
「あら。そんな風に仰られるなら、悪い気はしなくてよ」
 ギュスターヴの謝辞にキュルケは微笑みを返す。ギュスターヴは次にタバサを見やった。
「で、だ。タバサには俺から剣を用意してやりたいんだが……」
「気前がいいねぇ君は……」
 この場でおそらく、最も疲れているだろうギーシュはちびちびとワインを飲みつつ、気付けにとモンモランシーに渡された乾燥はしばみ草を口に含んで咀嚼していた。
「はははッ、ま、確かに今回、懐からかなり出してるけどな。わざわざ剣を買って渡すつもりはないぞ」
「ん? するってぇと、相棒自分で剣を打つのかよ」
「そういえば君は、コルベール先生のところで毎日トンテントンテンとさせてたね」
 ちょっと興味あるなぁ、とギーシュは思いつつ、やっぱりもぐもぐと口を動かしている。少し手持ち無沙汰なのはNワルキューレに使った青銅の造花を回収し忘れたからで、キュルケ曰く「そこまでする余裕も義理もない」との事だ。
「……そう」
 タバサは平素と同じように、無表情なまま頷いて答えた。

 心ばかりの夕食、そしてそれに続いてモンモランシーが厨房で『水精霊の涙』の熱処理を行い、一同は用意された部屋に引き上げた。突然の来客であったのにも
かかわらず、ペルスランは精力的に働き、タバサの友人達に尽くしてくれた。
 灯す蝋燭無き廊下を今、キュルケは寝間着姿で進んでいた。手には発光【ライト】を掛けた杖を持ち、空いた手には枕を抱いている。
 キュルケが進む先にはタバサの部屋があった。人気ない廊下の中で、そこだけから人の気配がする。
(もしかしたら、もう、眠っているのかもしれないけど……)
 先日ペルスランから聞いた、オルレアン家を襲った不幸。小さな体に、タバサはどれ程の気持ちを押し込んで暮らしているのだろう。そう思うと、キュルケは胸の奥が
ちくちくとするのだ。
 部屋の前で灯りを消し、そっとタバサの部屋のドアを覗き込むと、差し込む月明かりに照らされて、学院の部屋とはまるで違った調度の趣味が垣間見えた。丁寧に
並べられた人形たち、かわいらしいフリルの散りばめられたレースの天蓋のついたベッドがある。けれど、そのベッドの上に、タバサらしき影は見受けられない。
「タバサ……?」
 ゆっくりとドアを開けて、キュルケは部屋の中へと入った。今夜もまた、双つの月は情け容赦ないほど、無関心な明るさで夜を照らす。その中に、タバサはいた。
 寝間着に包まれたタバサは眼鏡を外し、床に膝をつけた姿勢に腕を胸で組み、一心に何かへと祈りを捧げていた。その姿の、なんと健気なことだろう。
 キュルケは一拍の間、何も言う事が出来ずにただそれを見つめていた。タバサの小さな背中を貫くほどじっと見ていたキュルケははっとして、タバサが何に祈りを
捧げているのか分かった。


 それは黒塗りの施された、余り見かけない形の、だが確実に聖具……ブリミル信仰で信者が祈りを捧げる御物だと分かるものだった。聖具はブリミル
若しくはその信仰に殉じて聖人とされた者を模しているとされる、漠然とした人型をしている。タバサは一体、誰に祈りを捧げていたのだろうか。
 杖を近くのテーブルに置き、キュルケはそっとタバサに近づいて、後ろから目隠しする。
「だーれだ?」
 びく、と震えてタバサは、柔らかなキュルケの指先を解いて振り返った。
「ふふふ……。子供はそろそろ、寝る時間よ?」
「どうして」
 ここに来たの、と問いつつ、タバサは立ち上がってベッドに腰掛けた。キュルケは片腕に抱いた枕を差し出した。
「私枕が替わると寝付けないの。けれど、人肌が一緒にあれば眠れるのよ」
 だからね、と枕をタバサのベッドへ置き、タバサの反対側からベッドの上を這って進む。そして背中からタバサを抱きしめた。
「もう、ちゃんと体拭いたの? まだ頭、湿っぽいわよ」
 くりくりとタバサの髪で遊びながら、キュルケは言った。
「キュルケ」
「ん?」
 暖かなキュルケの腕を感じながら、タバサは続ける。
「さっき、私が何をしていたか、聞かないの?」
「何って、寝る前のお祈りでしょう? 私はしないけど、誰でもするでしょう?」
 そう言われて、タバサは何も答えなかった。だからキュルケも、自分の推測が当たっているものと考えた。
 しかしキュルケは知らないだろう。答えなかったタバサの眼差しが、月光すら照らせぬ部屋の闇をじっと見つめていたことを。それは精一杯、タバサの心の抵抗だった。
己を恥じる気持ちだった。
 今すぐにも吐き出したい、感情のうねり。けれどそれは、長年にわたって積み上げたものを崩してしまいかねないものだ。たとえどれ程に慕うキュルケにでも、それは
言えない。
「………ごめんなさい」
 消え入りそうな声でタバサは言った。果たしてそれは、キュルケの耳に届いたのだろうか。
「もう寝ましょう? タバサ。今日は少し冷えるわ」

 その夜、タバサとキュルケは同じベッドで眠りについた。キュルケはタバサが寝息を吐くまで、タバサを胸に抱いていた。眠るタバサは、起きている時には
ついぞ見せない、穏やかでかわいらしい風情を見せていた。
(せめて夢の中でくらい……肩の荷を降ろせるといいわね)
 さらさらと髪を撫でながら、キュルケは稚い友人の寝顔を眺めていた。
「そういえば……」
 その髪のしっとりとした撫で心地が、昼間の出来事を思い出す。
(なぜギュスは、水精霊を頭からかぶっても平気だったのかしら……)
 疑問がぱっと浮かび、暫く考えていたのだが、規則正しいタバサの寝息を聞きながら、キュルケの意識も徐々にまどろんでいったのだった。

 そして二日後、ギュスターヴ、ギーシュ、モンモランシーの三人は魔法学院へ帰参した。
 キュルケとタバサはあと数日ラグドリアン湖に滞在すると言って三人を見送り、今はまだオルレアン邸に居ることだろう。
 モンモランシーが荷物を引っ手繰って部屋に引篭もり、残されたギーシュとギュスターヴは、とりあえずその場を解散する。時刻は正午頃。普段であればルイズも、
食堂に行っているはずだが、暗示薬『スノーウォーカー』に罹ったルイズは男性のいる場所に行くことができない。おそらく、部屋でシエスタと一緒に食事を
摂っているはずだ。
 なんだかんだと一週間近く顔を合わせていない、奇縁でつながる少女を思って、ギュスターヴの歩調は知れず早くなった。部屋の前に立ち、よく聞こえるように
ノックして暫く待った。
「どちら様でしょうか」


「……俺だ、シエスタ」
 その声に応じたのか、ドアは開かれる。細く開かれたドアから抜け出たのは、最早馴染み深い若草髪のメイドだ。
「おかりなさい!ギュスターヴさん」
 元気に返事を返してくれたシエスタは、それでもどこか疲労の影がちらついている。
「長い間世話を任せていて済まないな」
「いいえ、これくらいのことは仕事の内ですから」
 そうは言っても、他の人と交代できないまま十日以上かいがいしく世話をしてくれているのだから、頭の下がる思いだった。
「……ルイズの調子は、どうかな」
「元気なものですよ。だた、外出はできないというだけですし。……部屋でできることをずっとなさっているんです。読書とか、刺繍とか」
「刺繍?」
 脳内でルイズと刺繍がうまく結びつかなくて、ギュスターヴは首を傾げた。
「はい。時間だけは有り余ってますから、そりゃあもう熱心にやられてます」
 熱心に糸繰るルイズなど、余計にイメージできず、ギュスターヴはますます困惑するばかりだった。

 ラグドリアン湖から帰って来た翌日。
 モンモランシーの召集に応じて、ギュスターヴは仮の寝床からモンモランシーの部屋に出向いた。
 出てきたモンモランシーは封のされた小瓶を片手に、隈の浮いた顔を見せる。
「出来たわよ。あとはこれを飲ませてあげて」
 それだけ言ってモンモランシーは部屋に戻った。おそらく疲労の溜った体をベッドに投げ出していることだろう。
 早速シエスタに薬を手渡し、ギュスターヴは部屋の外で静かに待った。

 中のシエスタから呼ばれ気を使いながら慎重にドアをくぐり、ルイズを部屋に探す。ルイズは部屋に置かれた椅子に座っていて、備え付けのテーブルに水差しと
空のカップが置かれている、部屋には鼻腔をくすぐるうす甘い香りが漂っていた。年頃の少女特有の体臭だと感じたのは、暫くぶりに室内に入れたからかもしれない。
「ルイズ……?」
 ぼんやりと椅子に座っているルイズに声をかけると、ルイズはギュスターヴの顔を見てとても気まずそうな様子を見せた。
「ぎ、ギュスターヴ……その、ず、随分、苦労、かけたわ、ね……」
 どこか気恥ずかしそうに視線を反らすルイズの膝の上に、ギュスターヴは何か白い布が広げられているのを見つける。
「ルイズ、それ……」
「こ、これ?! これは……」
 もじもじと要領を得ないルイズを見て、ギュスターヴはどう対応しようか少し困った。
 水差しを片付けようと盆を持ったシエスタが部屋を出て行き、たっぷりと一呼吸待ってから、ルイズは動いた。
「あ、あのね? ほら、薬のせいで、出歩けなかったでしょ? だ、だから」
 ほら、とルイズは手元の布をギュスターヴに押し付けた。
「何だ?」
「し、主人の危機に骨を折らせた礼よ! 受け取りなさい」
 押し付けられた布を広げてみると、隅のほうに小さくだが紋様が刺繍されているのが分かった。それはどこか、ギュスターヴの鎧に刻まれた紋様に似ている……ようにも
見えるし、そうでもないようにも見える。
「バンダナよ。良い布使ったんだから」
「……引篭もっている間、ずっとこれを作っていたのか?」
「だ、だって、外に出て男の人見たら体か勝手に走っちゃうし……」
「……そうか」
 渡されたバンダナをしげしげとギュスターヴは見る。上質な布地は手触りに心地よく、薄い橙の染料で染めてあるようだ。丁寧に折りたたんで懐に収めると、空いた手で
ルイズの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ぅ……」
「有難う、ルイズ」
 男は顔を皺に寄せて微笑んで少女を見た。
 久しぶりの触れ合いに、ギュスターヴはらしくなくルイズの頭を撫で続け、ルイズはルイズで、始めはキッと目を鋭くして何か言おうとしたが、結局黙って頭を
撫でられていた。



 ルイズが元に戻ってから、二日後。
 コルベール塔の傍でルイズは一人、小枝を握って空き地を眺めていた。枝先を向けた場所に草木に従うつむじ風が巻き、ルイズの指す先を追う様に『樹の術』は起こった。ただ、アニマを見る目が無ければ、ただルイズが枝を降って風が起きている、程度にしか見えないだろう。
 それでいて、ルイズは近くの炉から聞こえてくる、規則正しい研磨音に耳をじっと傾けていた。
 その音が聞こえなくなって暫くして、ルイズは鍛冶場の中に入った。鍛冶場ではバンダナを巻いて長い髪を纏めたギュスターヴが、拵えのされていない、裸の片刃剣を
水に漬けて休んでいた。
「術を使っている間、気持ち言い風が吹くようになったな」
「あんたに分かるの?そんな事」
「アニマが感じられなくても、肌に当たる風で分かる」
「ふぅん……」
 炉は火が消えないように炭を継ぎながらも、炉口が閉められていて、鍛冶場は意外と涼しかった。
「それがタバサに上げるっていう剣?」
「剣というか、刀だな。大概片刃の長剣は『刀』と言う」
「ん? じゃああの駄剣も刀って言うのかしらね」
 駄剣と呼ばれたデルフはというと、鍛冶場の端っこで盥に張った水に漬けられている。汚れを浮かせているのだそうだ。水に沈んでいるせいか、口うるさくも無い。
「研ぎも済ませたし、あとは銘を掘って拵えを作れば完成だ。帰って来次第、渡してやれる……ルイズ?」
 腰を下ろしていたギュスターヴが振り返ると、ルイズが近くの椅子に寄りかかって寝息を立てていた。
 樹の術に限り、念入りの稽古のお陰か、ルイズは十分なコントロールが出来るようになっていた。どれだけの事が教えられるか分からないが、ギュスターヴは
出来るだけアニマについて教えてやるつもりだった。
 初夏を迎えた爽やかな風が、空き地の方から吹き込んでいた。

 王都の最も汚らわしい場所の一室に、彼らはやってきた。その数八人。皆一同に灰色のローブをかぶり、男か女かすらも分からない。
 彼らを応対した一人のトリステイン貴族は、彼らの持ってきた一通の書状を確認していた。
「……確かに。君らの主人から、君らを暫くの間世話する事、合い分かった」
 その声は肥満体独特のせわしない呼吸音の混じった、中年男性のものだった。
「だが、その前に……君らの名前を教えたまえ。君らを使わせた主人がなにをさせるのかは知らないが……ね」
 それに答えるように、灰色のローブの中から一人が進み出て、フードに手を掛けた。
「お教えしますが、決して口には出さぬと、誓えますかな……」
 そして油煙にくすんだ窓の光を受けてフードの下がトリステイン貴族に晒された。その瞬間、トリステイン貴族は年不相応なほどに情けない声を上げて腰を抜かして
倒れこんでしまった。
「あ、そ、そんな……貴方様は!」
「しっ……いけませんよ。名前を言っては」
 優しく『彼』は腰を曲げてトリステイン貴族に手を伸ばした。優しくいたわりを感じさせるような、若い男性の声で。
「し、しかし、貴方様は、ア、アルビオンで」
「そう、しかし……私はここにいる」
 薫るような、短く整えられた金髪が揺れて、彼……『ウェールズ』は微笑んだ。


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