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鋼の使い魔-49


 押し寄せる大波が狭い岸辺を覆いつくし、ごろごろと転がっていた岩や石を押し流してしまった。いまやほんの数分前まで陸地であった場所が水の浸食で
水精霊の領域となっている。
 いち早く反応したキュルケとタバサ、かろうじて難を逃れたギーシュとモンモランシーは浮遊【レビテイション】で宙に上がって回避することが出来たが、
四人は魔法に与らないギュスターヴの姿を見失ってしまった。
 そのことに気づき、タバサがシルフィードを呼び寄せ、その背中に降り立ったキュルケは真っ先にギュスターヴを探す。
「ギュスは?! ミスタ・ギュスは……」
 水に浸りきった地上を見て、キュルケは水辺に生えた樹木の一つにその姿を見つけることが出来た。張り出した大きな枝に止まり、その手に抜き身の
デルフリンガーを握っているのが見える。
「回収するわよ!」
「ま、待って、高度下げたら水精霊が攻撃してくるじゃない!」
「黙ってて。……逃げながら下がって」
 きゅ、きゅうぅぅぅ。
 タバサの言葉にシルフィードは嫌そうな鳴き声を上げる。
「頑張って」
 念を押すタバサにシルフィードは一鳴きして応えた。四人を乗せたシルフィードが水に潜るようにぐん、と沈み込む。と同時に、水上を滑るような低空を飛んだ。

 ウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 人型に盛り上がった水精霊が反応する。その体の一部を触手のように伸ばし、緩慢だが威圧する動きで低空のシルフィードを追いかけた。シルフィードはそれを、
大きく旋回するようにして避ける。
「お、おおおお、落ちるぅぅぅ!」
 半泣きになってモンモランシーが叫んでいるのを尻目に、シルフィードは水精霊が伸ばす触手を避け、ギュスターヴの止まる枝の前に停止した。



 『水魔との狂宴』





 身も軽くギュスターヴは飛び、シルフィードの背中に降りた。
「よくあの大波から逃げられたね」
「運がよかったのさ」
 そう答えたものの、ギュスターヴ自身、自分の動きを俄に驚いていた。
(【ガンダールヴ】があるとはいえ、体が軽すぎる気がする。モンモランシーを抱えた時も感じたが……)
 そこまで考えて、低く呻る水精霊が思考に沈もうとするギュスターヴを現実に引き戻す。

 滞空するシルフィードに、水精霊は身体に湛える光で捉えるように人型の頭をめぐらすと、人型を震わせはじめた。その振動が人型の頭へと集まっていくか
と思った瞬間、粘液の中で水泡が爆発するような音とともに一樽分はあるだろう水の塊がシルフィードに向かって飛ばされた。
「避けて!」
 きゅい!
 タバサの声に反応してシルフィードがうねる。水の砲弾がその後も、人型の頭から立て続けに発射されてシルフィードと背中の一行に襲い掛かった。
「お、お、落ちる、落ちるぅぅ!」
 再びモンモランシーから悲鳴が上がる。涼しい顔のタバサとは違い、どうにか捕まっているだけの四人にとって、シルフィードの回避運動は振り落とされる
恐怖との戦いとなっていた。シルフィードの背びれから手を離せば、真っ逆さまに湖に落ちてしまい、それはすなわち水精霊の侵略を身体に受けて廃人と化すことだからだ。
「上がって!」
 水弾をかわしながらシルフィードはその高度を徐々に上げ始める。水弾もそれに合わせて追いかけるように続くが、高度が高くなるほどにその勢いを弱めていた。
しかしそれでも、水精霊の人型は敵意を示す咆哮を止ませなかった。
「あんたたちどうするのよ! 完全に水精霊、怒ってるじゃない!」
「怒らせたのは貴方でしょ?」
 狭いシルフィードの上でキュルケとモンモランシーが言い合う間も水精霊の光がこちらをぎょろりと見つめている。
「水精霊の涙はなんとしても手に入れるわ! そのためには……」
 キュルケが杖を振りかぶり、ルーンを紡ぐ。杖先に南瓜大の火球を作り出し、水精霊に狙いを定める。
「攻撃あるのみ!」
 一気呵成、烈火球【ファイア・ボール】がキュルケの意思によって発射される。火球は外れず水精霊の人型にぶつかると、猛烈な蒸気を吹き上げながら爆発した。

 オオオオオオオオオォォォォォォォォン

 人型から悲鳴のような音が上がるのをキュルケは見逃さなかった。
「次はもっと大きいの行くわよ!」
 気合の乗ったキュルケが再び振りかぶりルーンを紡いでいたその時、突如シルフィードの高度ががくりと下がり、ルーンの詠唱が止まった。。
「わ! どうしたの?」
「もう限界。これ以上は休ませないと」
 きゅうぅぅぅぅ。
 人を沢山乗せての細かな空中運動は、まだ幼いシルフィードには非常に疲れるものだったようで、高度は徐々に落ち、一同が乗る背中がフラフラと傾くように
なり始めていた。
 水精霊の人型が動く。降りてきたシルフィードに向けて、再び触手のように身体を伸ばしはじめたのである。鬱陶しそうにシルフィードは逃げるが、高度が下がるに
つれてその動きも緩慢なものに変わっていた。


「このままじゃ水精霊に取り込まれちゃうわ! 逃げるわよ!」
「駄目よ! 今ここで逃げたら次が無いじゃない!」
「どれだけ欲の皮突っ張ってるのよあんたは!」
「貴方だって水精霊の涙が必要なんでしょ! 少しはその広い頭で知恵を絞りなさいよ」
「な、なにが広いですってぇぇぇぇっ!!」
 狭い竜の背中で言い争いをするキュルケとモンモランシーを、まんじりとしてギーシュは見つめていた。
 するとやおらギーシュは腰に挿していた杖を抜いてモンモランシーを呼び止めて言った。
「モンモランシー」
「何よ!?」
「ここは僕が囮をするよ」
 けろりと言って、ギーシュはふらりとシルフィードの背中から飛び降りた。勿論浮遊を使ってはいたが、その背中はシルフィードからどんどんと離れていく。
「ギーシュ?!」
「皆はシルフィードを安全な場所まで移動させてくれ! 僕は水精霊をこの場に引き止めておく!」
 そう勇ましく言うと、まだ水の浸食を受けてない陸地に降り立ったギーシュは、腰から青銅の造花を抜いて投げ放った。
「来い! Nワルキューレ!」
 空いた手で握られた馬鞭型の杖を一振りし、青銅の造花と地面の一部が混ざり合う。すると次の瞬間にはその地面からしなやかな人型が立ち上がり、
同時に浮かび上がったおぼろげに金色に輝く青銅の部品をはめ込まれ、一体の人形が登場した。
「ラグドリアン湖に住まう、水の精霊よ! モンモランシーに変わってこのギーシュ・ド・グラモンがお相手しよう!」
 円盾(ラウンドシールド)と片手両刃剣(レイピア)を構えたワルキューレが、同じく杖を構えたギーシュの動きをなぞる。
 水精霊の人型の頭が上空からギーシュへと動いてゆき、それに合わせて触手の先も陸地へと向いていく。
「今だ。シルフィードを安全な場所へ」
 ギュスターヴの声にタバサが頷き、シルフィードの首を優しく叩く。シルフィードは懸命に羽ばたき、高度を上げて岸辺から遠ざかっていった。
「待って! まだギーシュが! ギーシュがあそこにいるのよ!」
「シルフィードを避難させてから救出に行くわよ当然。それまでギーシュが時間を稼いでくれるわよ」
 遠ざかる岸辺を一瞥して、キュルケは案じるように言う。するとモンモランシーがキュルケに掴みかかった。
「ちょっと、なにするのよ?」
「お高くとまってるトライアングルが偉そうに言うんじゃないわよ! ギーシュはあんた達と違ってだたのドットメイジなのよ! 水精霊と戦って無事で
済むはずがないじゃない……」
 捲くし立てるモンモランシーはそう言ってから、顔を埋めて嗚咽のような涙を流していた。


 見あげるばかりの水の巨人。ギーシュはそう、目の前の存在を認識した。古来より住まう水の精霊だと、敬っているとあっさりやられてしまう。
 訓練で分かったことだが、ワルキューレを満足に動かせる……十分なスピードとパワーを持って動かす事ができる距離には、明らかな限界があった。
おそらくドットメイジとしての限界がそれなのだろう。
 しがないドットメイジであるギーシュが技巧を凝らしたゴーレム、Nワルキューレ一体。
 その精密操作可能な距離は、きっちり6メイルだった。それ以上はどれだけ訓練しても、現状伸びはしないのだろう。
 そして今、ギーシュはワルキューレを5メイル先に構えさせている。そしてワルキューレは岸辺、水精霊の人型から3メイル離れた位置にあった。
「さぁ来い! 猛り狂った水精霊よ! その体の一部を奪ってくれる!」
 勇ましく叫ぶギーシュに、水精霊から水弾が打ち込まれる。素で食らえば骨が砕けてしまうかもしれないその水塊の射線上にワルキューレが飛び込んだ。
 円盾を構えたワルキューレは水弾の衝撃で吹き飛ぶものの、軽やかに着地し、再びギーシュから5メイルの位置で静止した。
 以前タバサと決闘した時にも使った戦法である。投射攻撃を妨害し、姿勢を崩した相手に攻撃するものだ。
 吼える水精霊は続けて水弾を吐き出し、ギーシュは自分が避けきれないと判断した水弾のみをワルキューレで捌き、他の水弾を自分で避けた。
 水弾の一つを横にかわし、背後の岩に水弾でヒビが走るのを見て冷や汗が吹き出る。
 それでも懸命にワルキューレを動かし、水精霊との距離を測ると、先ほどより水精霊の人型が、わずかだがこちらに近づいていたことにギーシュは気付いた。


「陸地に上がれない水精霊が何故……はっ?!」
 考える暇もなく、水精霊の水弾が迫り来る。再びかわして一歩下がり、水精霊の立ち上がる水面をよく見れば、間違いなく、その立ち上がる人型はこちらへにじり、
にじりと歩んでいるのが分かる。
「ど、どうして岸を上がってくるんだ?!」
 分からないことがギーシュの意識を乱す。距離が徐々に詰まることで水弾の苛烈さも増しているようだった。ワルキューレを動かして捌くにも、受けた後の着地で
よろめいてしまっている。
(攻撃を受けすぎて“骨格”が歪み始めてるのかも)
 骨格と外殻の二層構造によってドットに余る性能を持つNワルキューレは、その構造ゆえに決して打たれ強くはない。円盾で防ぐにも、限界がありつつあった。
「ど、どうした水精霊! 僕はまだまだこのとおり健在だ! 所詮は精霊といってもその程度か!」
 威勢のいい声を上げても果たして水精霊は聞いているのかわからないが、水精霊は湛える光を明滅させて吼え狂った。そして、人型を震わせて“全身”から
水弾を撒き散らし始めた。
「いいいいいいぃぃぃぃっ?!」
 これはまずい、とギーシュは致死の危機を感じ取った。眼前には真横に雨が降るような光景が広がり、逃げるや避けるといったことが出来るような余地がまるでない。
(逃げられない! 避けられない! こ、こういう時は…)
 命の危機に人はその瞬間をとても長い時間に感じると言われる。ギーシュはまさに今、ものの数秒で降りかかる水弾を前に熟考することさえ出来た。
 そして拙いギーシュの頭脳が結論を下す。
「こういう時は、『逃げない』ッ!ワルキューレ!」
 即座にワルキューレを動かしたギーシュは、ワルキューレを自分の目鼻の先に立たせ、盾すらかまえさせずに直立させたのである。目の前にはすでに壁のような
水弾が迫っていた。
「この状況でたった一つ、僕が『生き残る方法』はこれだッ!」
 閃きがギーシュの脳内に煌く。杖を軽く振って短くルーンを唱えた。水弾がワルキューレの外殻に叩きつけられた、その瞬間。
 ワルキューレはその内側から“爆発”した。水精霊側からみれば、そのように見えたのだ。
 そして殴り雨の如き水弾が過ぎ去った後には、水を浴びていないギーシュと、“骨格”だけになったワルキューレが立っていた。


(Nワルキューレの外殻を排除し、その衝撃で水弾の雨を弾き飛ばすッ!)
 ギーシュはその時、水精霊が人のように考えるならば、『してやったり』と見れるだろう不敵な笑みを浮かべた。
「ふ、ふふふ。水精霊といえども一度にあれだけの水を飛ばせば実体を保てはしない」
 緊張が続いていたギーシュの意識は高揚していた。それを現すように、骨格だけになったワルキューレの空ろな瞳が水精霊を睨みつけるように傾いた。
「さぁ反撃だ! キュルケ達を待つまでも無く、その涙を頂く!」
 杖先がしなり、先端を水精霊に向ける。水精霊はその時、人型をうなだれるようにうつむかせていたのだ。
 ワルキューレが動く。身軽になったNワルキューレが目にも留まらぬ速さで水精霊の、光湛える人型頭部を刺し貫こうとレイピアを突き出す。ギーシュはレイピアが
当たった、と思った。だが。

 オオオオオオオオオオオオオォォォォン

 次の瞬間、ワルキューレは猛烈に弾かれた。ワルキューレがもんどりうって浅瀬に鯖折になって崩れ落ちるのを、高揚した頭でギーシュは見る。
「……あれ?」
 表情の固まったギーシュの前で、水精霊の人型はうなだれた体を持ち上げ、先ほどと変わらぬような吼え声をあげた。
「……えーと」
 まだ空白になっている頭で、ギーシュはずるずると岸辺を這い上がる水精霊をよく見た。
 その足元……足というほど明確な形ではないが、岸辺に乗り上げるその場所は、始めより打ち散らしていた水弾ですっかりずぶずぶとぬかるんでいたのである。
「し、しまったーーーー!!」
 ここにきてギーシュは、どうして水精霊が徐々に岸を登ってこれたのかを理解した。水弾で、或いは足元の浅瀬を岸辺に浸食させれば、水の領域を行く水精霊は
移動する事ができる。加えて体内の水分を減らしても、水で繋がっていれば湖からいくらでも取り込むことが出来るのであるから。



 細波のような音とともに、水精霊はじり、じり、ずる、ずると岸辺を昇っていた。恐らく確実にギーシュをその触手で取り込まんとしてのことだろう。
 切り札のつもりのNワルキューレはかく座した上に操作射程を大きく離れてしまっている。自分の力量では現状出来る事がなくなってしまったことを、ギーシュは悟った。
「は、ははは。残念ながら僕はここまでのようだ……」
 ずるずると陸地を浸食して水精霊が近づいてくるのを見ながら、ギーシュは明確な破滅を理解した。おぞましい触手に絡めとられ、自分は水面に浮かぶ廃人として
湖を流れ、醜い水死体となって打ち上げられるのだ。水死すると体内の臓腑が腐り、体がパン生地のようにぶくぶくと膨れ上がるというから、腐臭と混ざってさぞかし、
名状しがたい姿なのだろう……。
「……が、柄じゃあなかったかもしれないなぁ。モンモランシーにいいところ、見せたかっただけなんだけど」
 すでに水精霊が1メイルほどの場所に立っているのを見上げ、ギーシュはつぶやいた。
 モンモランシー。自分の思い人が楽しげに柔和な笑みを浮かべる様を脳裏に思い描くと、体の内側からブルブルと震えてきてしまう。がちがちと歯の合わない音がして、
喉から裏返った叫びが突き上げる。
「や、やっぱり嫌だ! 廃人になって水死体なんて、僕はやっぱり嫌だ! 最期に見るのが水精霊の触手なんて、いやだぁぁぁッ!」
 すくみあがったギーシュを包むように伸び始めた触手に叫びつけても止まるはずもなく、ギーシュはせめて見るまいと瞼を閉じた。


 閉じた視界、耳朶には鉄板に垂らした水が弾けるような音が聞こえるだけで、体に水が触れるような感触はやってこない。
「何じっとしてるのよ」
 背後から聞き慣れた声が聞こえた。余裕のある、赤毛のゲルマニア娘の声だった。


「ギーシュを回収して」
「了解」
 返事と共に、振り替えってこちらを見たと思った瞬間に倒れこんだギーシュに駆け寄ったギュスターヴは、右手だけで器用にギーシュを担ぎ上げて飛び下がった。
水精霊はその間まるでギュスターヴの動きに注意を向ける様子を見せなかった。
 むしろ、その注意は間断なく烈火球を投げつけるキュルケにこそ向けられていた。光る頭が明滅して、聞くに慣れない吼え声と共に、また水弾を吐き出す。
 しかし水弾は、ある程度の距離を飛ぶと壁に叩きつけられた熟したトマトのように砕け散った。
「これくらい飛散させれば、精神侵食はされないはず」
「分かってても、やっぱり目の前でやられると心臓に悪いわね」
 手に杖を握ったタバサの言葉に、引きつり気味の微笑みでキュルケは答えた。
「タバサが空砕鎚【エア・ハンマー】で攻撃を防いで、私が攻撃するのはいいけど、ジリ貧はごめんよ?あれって水があればどれだけ叩いても平気なんでしょ?」
「モンモランシーが言った通りなら」
 言葉にあがったモンモランシーはすっかり錯乱してしまってつれてこれる状態ではなかったので、シルフィードと一緒にタバサの家に留まっている。
 ギュスターヴはギーシュを担いで二人の所まで戻ってくると、ギーシュを木陰に寝かして水精霊に向き直った。
「話に聞く限りじゃ、俺はあまり出番が無いと思うんだが……」
「あら、水精霊から涙を切り取るのはギュスの役目ですのよ」
 不敵に笑いながら、キュルケは投石のように振りかぶって、烈火球を水精霊に叩きつける。
「俺がか?火か風じゃなきゃ駄目なんじゃないのか?」
「モンモランシーは始めから水精霊と戦う気が無かったから調べなかったでしょうけどね。
水精霊の核は鋭利な刃物なら切りつける事ができるって、ものの本には書いてあったわ」
「調べたのは私」
 そうだったわね、と会話をしながらでありながらまた一つ投げる烈火球も、寸分と外れずに水精霊に当たって蒸気を濛々を上げていた。


「チャンスは、水精霊が含んでいる水を全て吐き出した時」
 耳に障る音を撒き散らす水精霊が絶え間なく水弾を吐く。タバサがそれを風砕鎚で砕き散らし、合間合間に烈火球が飛ぶ。
「貴方は私を抱えて水精霊の背後に回って」
「背後……」
 短くタバサがそういうのを聞いて、ギュスターヴは水精霊の立つ岸辺を見渡した。ここは砂利に石、岩の転がるなだらかな坂だ。その両側を
切り立った土手が走っている……。
「そろそろよ!」
 鬱陶しいほどに投げ込まれた烈火球で、水精霊からは怒気すら感じられるほどの咆哮が上がり、人型を激しく振動させていた。
 烈しい水精霊の意思が空気を伝って飛び掛ってくるのではないか、と思ったその時。

 オ゛オオオオゥ゛ゥゥゥゥッ

 痙攣を起こす水精霊の人型から、拳大の水弾が矢雨のように弾け飛んだ。それをギュスターヴが凝視した時、ギュスターヴの意識の上でその水弾群は空中を
ゆっくりとこちらへ向かってくるようだった。
(動かなければ……タバサを担いで背後へ……)
 殆ど本能的に、ギュスターヴは左手のデルフリンガーを強く握り締めた。

 キュルケは水精霊が烈しい振動を起こした時、既に詠唱を切り替えて待っていた。そして思惑通りの攻撃が水精霊より放たれたと認識したと同時に、キュルケは
浮遊の魔法を完成させ、自分の出せる最大の速度を出して上昇することができた。
 意識の先端を投げ矢【ダーツ】のように鋭くするイメージが脳裏を走り、正午の太陽が視界の脇に見えた。
 だが、そのように懸命の上昇をするキュルケを戦慄させるものがあった。井戸底からくみ上げたような冷やかな水の感触を脹脛から下に感じるのだ。
(接触【ふ】れられた?!)
 廃人の恐怖がキュルケの上昇に更なる加速をもたらす。肺腑を締め付けるような苦しさを覚えてようやく、キュルケは振り返って地上を見たのだった。
「はっ……はっ……」
 水に濡れる、ただそれだけのことで冷や汗が吹き出る。それでも意識を保って空中にいられるということは、水精霊の精神浸食から逃れた事を意味した。
「タ……タバサッ! ギュスターヴッ!」
 眼下の状況を確認する。水精霊は頭を垂れ、ぶくぶくと水泡を体から湧き上がらせていた。タバサとギュスターヴの姿が確認できない。

 ゆっくりと近づく水弾の壁を前に、ギュスターヴは打ち合わせの内容を忠実に実行した。
 脇で杖を構えていたタバサを右腕で抱きかかえ、そのまま切り立つ土手に向かって走り出す。
 【ガンダールヴ】のお陰だろう十分な加速で土手の壁面を蹴り上げ、ほぼ垂直の岩壁を石畳を歩くような容易さで走り抜けた。
(これは……?!)
 再び自らの動きに驚くギュスターヴだった。こうして走る間、視界の脇に見える水弾はゆっくりと進み、その後にいる水精霊の人型の、表面に走る細波は
ジェリーのように固まって見えた。
 だが、そうして俄な混乱をする間も、ほんの僅かな時であった。切り立つ土手がもうすぐ途切れてしまう。
 ギュスターヴはとっさにデルフリンガーを岩壁に突き立てて体の勢いを強引に殺す。
「ぐっ……!」
「っ……」
 突き刺さったデルフリンガーを支えに、ギュスターヴは岩壁に張り付いた。脇に抱かれたタバサは、はっとして視界の情報を確認する。
「なに……?」
 その声にはタバサらしからぬ驚きの色が含まれていたが、二人の背後で大量の水がぶちまけられる音が聞こえて振り返った。
 背後から見えるうなだれた水精霊、そしてその前方の濡れ崩れた岸辺が確認できた。
「タ……タバサッ!ギュスターヴッ!」
 上空から切羽詰ったキュルケの声が聞こえたが、張り出した樹木の陰に隠れ、その姿を見ることは出来ない。
「タバサ」
 きょろきょろと頭をめぐらしていたタバサをギュスターヴが呼びかける。それが自分の行動を促すものであるのを理解して、ギュスターヴの腕の中に吊られたまま、
タバサは杖を構えてルーンを唱えた。
 大気中に含まれる水気が杖に集まり、同じくタバサが操る旋風が杖に渦巻く。水と風が相混ざり、ギュスターヴは頬に季節はずれの激しい冷気を感じ取った。


「氷河剣【アイスソード】……だったな」
 顕現する一振りの剣を手にタバサが頷く。詠唱が続き、更なる冷気がタバサの元に集まっていく。
 息が白むほどの冷気が湛えられた氷河剣を逆手に構え直し、タバサの双眸が捉えたのは、ナメクジが這った様な跡のようにも見える、水精霊が昇った岸に繋がる
浅瀬の一点だった。
 鋭く息を吐き、タバサの手が動いた。氷河剣をにらみつけた水中の一点へ向けて投げつけたのだ。その鋭く澄まされた氷の刃が浅瀬に突きたてられると、
膝下ほどの水深があるはずだろう浅瀬が一帯に渡って凍結を始める。
「これは……ッ」
 驚くギュスターヴに抱えられた無手のタバサが言う。
「氷河剣で水精霊の水分供給路を断った。……湖底ならともかく、浅瀬に上がっていれば凍結で動きを止めるのは可能……」
 僅かだが、語るタバサの呼吸が乱れていた。体力ではなく、魔法をつかさどる精神に激しい疲労を受けているのだろう。
「後は核を壊せば、水精霊から涙を採る事が出来る。それは貴方の仕事」
「タバサ?」
「後は頼む」
 それだけ言うと、タバサは身をよじってギュスターヴの腕の中からすり抜けてしまった。
「タバサ?!」
 すり抜けて足元の水面へとタバサは落ちた。しかし落下の途中で体を捻り、受身を取った事から始めからこうするつもりだったのかもしれない。
「おーい相棒」
 呆然と水に浮かぶタバサを見ていたギュスターヴに左手に握った魔剣から声が掛かった。
「俺様けっこー丈夫だけどさ、あんまりぶら下がってると流石に曲がり癖つくしさー、はえーとこ水精霊を斬っちまおうぜ」
 振り返ったギュスターヴの視界に水精霊の人型が見える。先ほどまでうなだれていたそれは、今度は飢え乾いた迷人のように体をよじり、光湛える頭を
かきむしっているような動きをしていた。
「さー、さっきみてーに戦う勇気を込めな。進行した【ガンダールヴ】の力がありゃ、水精霊くれー楽勝よ」
「進行した……?」
「いーからいーから」
 釈然としないものを感じたギュスターヴだったが、デルフの言葉にも一理ある。水精霊を倒してしまわなければタバサを陸に上げられないのだから。
 岩に刺さるデルフリンガーを握り直し、呼吸を変えて意識を集中する。筋肉の軋みが認識できるほどの戦いの呼吸に自らを置き換えた。
 それが出来たとともにギュスターヴは動く。デルフリンガーを抜き、空かさず跳躍して振り上げた一撃を水精霊の背中から左肩にかけて走らせる。
「まるで斬った感触が無いな」
「駄目だぜ、ちゃんと核を斬らねーと。あの頭の部分が核だ。斬ったと同時に『涙』が出るぜ」
 ぬかるむ砂砂利を踏みしめて反転、遥か目線の上に目標を定める。
 軽く体を沈みこませてギュスターヴは再び跳躍する。体を捻り、その剣先が過たず水精霊をすり抜けた。
「『龍尾返し』!」
 まるで据え物の果物を切るような感触が手に残った。ずぶずぶとぬかるみに着地し、速やかに剣を鞘へと走らせるのだった。
「いいぜ、相棒。それが“本来の”【ガンダールヴ】さ……」


 キュルケの見下ろす岸辺に起こった出来事は、まさに一瞬の事だったのだろう。
 うなだれる水精霊の背後が一面凍ってしまったかと思えば、樹木の陰で何か大きなものが水に落ちる音がした。
 そして、瞬きをする、たったそれだけの時間の後、肩と頭を切り裂かれた水精霊とその足元に立つギュスターヴを確認できたのだった。
 ギュスターヴは切り裂かれた水精霊の頭から零れ落ちる、煌く液体を浴び、さながらそれは水の巨人が流す涙の如く、綺麗なものであったという。



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