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魔導書が使い魔-イザベラと暗殺者-03


「お腹すいたー!」
声が響いたのは太陽が穏やかに大地を照らす時間だった。
「お腹すいたのね!」
その声に賛同するように新たな声も上がってくる。
「「お腹すいた!」」
そして息を合わせて再び繰り返され。
それはやがて、抑圧され続けた労働者の苦しく切実な叫びの如く噴出された。
「「お腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹す
いたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹す
いたお腹すいたお腹すいたお腹すいた――お腹すいた!!」」
場所は屋敷の裏。大きく影になった庭園の一角。
長らく手入れされていないのだろう、草木に侵蝕された石造りのガーデンテラ
スにそれらはいた。
待遇抗議の声を放つは、蒼い髪を後ろに流し、神秘的な雰囲気を持つ長身の少
女と。自ら輝くような金髪を持ち、小動物のような可愛らしさを漂わせる幼女。
背の高さ、雰囲気、容姿ともに好対照だが。
「「お腹すいた!」」
内面の純朴さと要求の内容は、まったく持って同じであった。
長身の少女――人へと変化したシルフィーは、姿を現したエルザと共に猛然と
抗議する。
「まったくお姉さま。ここに来てから、目立つからってシルフィーのご飯をま
ともに用意してくれないのはどうかと思うのね! きゅい!」
「そうだよ! バレるといけないからって帰るまでごはんくれないんだなんて、
おうぼうだよ!」
抗議の先にいるは本を手に椅子に座る少女――タバサであった。
その表情は本に隠れて見えない。
「シルフィーはエルザと一緒に断固こう……こう……きゅい?」
言葉の途中でつまった、というよりド忘れしたシルフィーにエルザが続ける。
「断固こうぎするかまえなのだ!」
「そう! 抗議する構えなのね!」
だが、そんな2人を前にしてもタバサは微動だにしない。
「「ちょっと聞いているのお姉さま(ちゃん)!」」
本から顔すら上げず、椅子にもたれたままのタバサに2人が詰め寄ったが。
本の位置がズレた。
そのまま本はズレにズレて、石のテーブルへと落ちる。
「「――」」
そして2人は同時に口をつぐんだ。
「すー……すー……」
タバサは静かに寝息を立てていたのである。
それにエルザは口を尖らすが、それ以上のことはしない。
「むー……」
ここ数日の激務を思えば仕方の無いことである。
しばらく2人は悩み。
「……シルフィー行こ」
「きゅい」
眠る主を起こさぬように、そっとその場を離れる。
「……ん」
サワサワと風が吹く。揺れた髪がかかりタバサは身動ぎをした。



眠っていたタバサを起こしたのはイザベラの女中である。
それに従い、イザベラの部屋へと赴いたタバサを出迎えたのは。
「来たね」
呼び出した張本人であるイザベラと、カステルモールであった。
ここにわざわざカステルモールがここにいるということは、なにか重要な用件
なのか。
そう考えを巡らせるタバサに、イザベラは機嫌良さそう話し始めた。
「今から命令を下す」

遊園会の最終日、夜。
その日、会場となっているホールは騒然となった。
静かなざわめきを一睨みし、護衛と従者を連れて傍若無人な歩み。
少し驚いているアルトーワ伯の前で止まると。
「どうしたんだい? あたしがここに来るのは迷惑だっていう面だね」
イザベラは言いがかりにも近い言葉を吐いた。
それにアルトーワ伯は苦笑と共に返す。
「いえ、1日2日と参加なさらなかったので。もうここには来てくれないのかと、
落胆していたぐらいです」
「ふん、言ってな」
その顔を見てイザベラは不機嫌な顔になると、機尾を返した。
「どうぞお楽しみください」
歩み去っていく背中にアルトーワ伯が声をかけるが、イザベラは振り返りもせ
ず人ごみを分け進んでいった。



静寂に沈むホール。
その最奥でイザベラは、本来この館の主の座る席へと腰を下ろしている。
皆退場したホールに、彼女以外の姿は――護衛はおろか、従者も――ない。
刺客を心配し、ほとんどの者はイザベラを諭そうとしたが、イザベラの強権の
前に誰一人として“食い下がることもなく”引き下がった。
片手にワインボトルを持ち、杯を使わずイザベラは直接口を付ける。
咽が艶かしく上下し、口端から一筋ワインが伝った。
イザベラはそれを乱暴に拭うと、独り言のように呟く。
「もう、出てきたらどうだい」
その言葉に誘われるように。
『……』
いつも間にかホールに、白い影が佇んでいた。
白い甲冑、それに目穴部分の埋め込まれたガラスを不気味に赤く発光させ、幽
鬼の如く佇む。
だが、イザベラはそれを見ても、眉すら動かさず吐き捨てた。
「本当に来るとはね……あんたかい? 私の命を狙う刺客ってのは」
甲冑の男は、ただ無言。
「名乗るぐらいしたらどうなんだい」
その言葉に、蜘蛛のような兜から小さな声が漏れた。
『――2号(セカンド)』
男が――駆け出す。
背後から眩い光が吹き出して、地を這うように滑空し、突き出した手に光が集
まり刃と化す。
それが瞬く間に迫る状況で。
「陳腐な名前だねっ」
イザベラは鼻で笑った。
そして男の振るった刃は――
「やらせない」
『――!?』
いつの間にか現れたタバサの杖によって受け止められる。
『ブレイド』の魔法と刃が噛み合い、火花が散った。
男は弾かれるように、後ろへと下がる。
「かかったかかった!」
イザベラの笑いで、男に理解の色が広がった。
『罠……』
無言でタバサは杖を構える。
それは数時間前――

「今から命令を下す」
タバサとカステルモールは姿勢を正す。
そしてイザベラはもったいぶる様に間を空け。
「囮として私を使い、刺客を誘き出すよ」
とんでもない事を言った。

「危険」
「そうです。もし王女の身になにかあれば――」
当然のことながらタバサとカステルモールは反対したが、イザベラが耳を貸す
ことはなく。
「お前達は何がなんでも私の身を護り、刺客を捕らえるんだ。いいね?」
そう押し切った。

「……」
そして、タバサはエルザと共に『不可視のマント』でイザベラの傍に控えてい
たのである。
タバサは前を見据えた。
視界には、どういう原理か。腕から光刃を出す白い甲冑の刺客。
隣にはマントを手に持つエルザ。
背後には笑うイザベラ。
カステルモールの姿はない。
なにかしらのアクシデントに見舞われたとタバサは仮定し、戦力計算から排除。
戦力になりうるのはタバサとエルザのみ。
そうタバサが思考した所で、エコーのかかった声が耳に届いた。
『……ジャル゙ロ゙ッド様。ナ゙ゼ領内ガラ゙出ナ゙ガッダノ゙デズ』
イザベラの目が細まる。
それは前回の問い。
「……」
それにタバサは1つ、息を吸った。

「わたしはタバサ――シャルロットではない」

その答えは、遠い昔に出してある。
『…………』
それに、途轍もない覚悟を見たのか。
『ナ゙ラ゙バ……手加減バ致ジマ゙ゼン゙』
光刃をタバサへと向けた。
それにタバサは頷き、エルザが構え。
「ラグーズ・ウォータル――」
タバサの詠唱を皮切りに、それぞれが動き出した。
戦場となったホールで、イザベラは冷めた目でそれを見ると――
「――くだらない」
ギリ、と歯軋りをした。

甲冑の男が動き出したと同時に、エルザがマントを被り不可視となる。
一瞬、男はそちらへ気をやるが。
背から閃光を放ち、一直線にタバサの元へと詰め寄った。
詠唱中のタバサへ刃が振り下ろされ――手にした杖で、見事受け止められる。
『――ッ』
男が息を呑む気配。
驚いて当然。騎士の鎧すら両断した刃を、魔法もかかっていない木の杖で受け
止められているのだから。

タバサの持つ杖はガリアに先祖代々伝わる家宝の1つ。
銘は無く。特殊な能力は一切ない。
だが、ただ1つだけ他の追従を許さない特徴を持っている。
それは――恐ろしく頑丈なのだ。
振り返れば、始祖ブリミルの時代から続くガリア王家の歴史で、比較的初期か
らこの杖は登場する。
いわく、火竜の吐息にも燃えず。
いわく、千の落雷にも折れず。
いわく、数多の戦場でも傷つかず。
事実、タバサがその杖を持って潜り抜けた実戦は数知れず。
だが傷一つ付くことはなかったという、曰く付きの杖である。

斬れぬ杖に、男はタバサを力で押し潰そうとするが――身を屈めて、横飛びに
離れる。
――フォン。
不可視となったエルザの攻撃を避けた所で、タバサの魔法が完成する。
「『ウィンディ・アイシクル』」
男は更に後ろへ下がり、追いすがる氷の矢だけを刃で叩き落した。
再び対峙する両者。
この間まで、10秒と経っていない。
その10秒にも満たぬ攻防で、タバサは冷静に彼我の戦力を推し量っていた。
その結果は。
(少し……足らない)
タバサの体調が万全でないこともあるが。エルザを入れても単純な力量差で、
わずかに負けているのだ。
先の様子を見る限り、エルザの不可視も効果が薄く。相手の尋常ではない移動
速度で、大きな魔法を唱える隙がない。
杖で受けるにも、三度目はないだろう。
不利な状況下。タバサの思考が氷点下にまで冷え、精神がより研ぎ澄まされる。
視線は相手を細く、だが周囲を広く捉えた。
それに応えるように男も、ゆっくりと確かめるように刃を一振りする。
『――』
「――」
お互いに動く瞬間。
「おっと、その戦い。私も参加させてもらおう」
男が横に跳び、そこを風の刃が抉られた。
「――ふっ!」
そして飛翔するように一つの影が駆け抜ける。
「遅くなりました王女」
そう言って、タバサの隣にカステルモールが並んだ。
「本当だね。焦らしに焦らされて、待ちくたびれたよ」
そのイザベラの言葉を背に、カステルモールはマントをなびかせ、杖と短剣を
手に男へと向く。
「焦らした分だけの成果は見せるゆえ、ご容赦を」
カステルモールはタバサへと声をかけた。
「では、参りましょう。“タバサ殿”」
「……ん」
僅かな違和感があったが、タバサはそれを無視して頷き、杖を握り直す。
これで3対1。
前回と違い広いホール。お互いが邪魔にならないこの状況で、連携が取れれば
戦力バランスはタバサたちへ傾く。
先手を切るつもりかカステルモールが詠唱を始め、杖を……タバサへと向けた。
「『エア・ハンマー』」
――ドン!
タバサは人形のように弾き飛ばされると、勢いよく床を転がり、止まる。
五体を投げ出したまま、タバサは「かはっ……」と息を吐いた。
「え――」
身を隠すことすら忘れ、姿を現すエルザ。動くことさえできない男。魔法を放
ったままの姿勢カステルモール。
静止した時間は。
「く、くくく……」
笑いによって打ち破られる。
「あ――はははははははははははははははははっ!!」
それに突き動かされるようにエルザがタバサへと駆け出した。
「おねえちゃん!!」
突如大笑いを始めたイザベラは、今まで見たことも無いような愉悦を浮かべる。
「あは、あははははは! あははは……はははははは!」
そして立ち上がると、笑いながらタバサの元へと歩いていく。
エルザが縋りつくタバサを見下ろして、イザベラは愉快気に話しかけた。
「無様だねぇ……シャルロット」
「――っ!!」
エルザがイザベラを睨みつける。

「なに見ているんだい。そこそこ腕は立つみたいだけど、しょせんは人形娘の
従者。礼儀がなってないね」
イザベラは鼻で笑う。
そしてイザベラはカステルモールへと顔を向け――その名を呼んだ。
「焦らされた甲斐あって、随分と楽しんだよ――地下水」
一礼するカステルモール――地下水。
そこには悪意しかなかった。
目の前にやりとりに、エルザは拳を握り締めるのを、目敏くイザベラが見つけ。
「なんだい? その手は――」
『――茶番バ終ヷリ゙ダ』
煮え滾るマグマのような怒気を含んだ声が響く。
びりびりと肌が泡立つ空気を発しながら、その男はいた。
「地下水――!」
イザベラの呼びかけに地下水は男へと杖を向ける。
男が一歩踏み出し、地下水の口から詠唱が洩れる寸前――
「おねえちゃん!!」
タバサが、立ち上がっていた。
「――……っ」
膝が絶えず震え、杖を突く手は頼りなく、俯いた頭は上がらぬまま。
産まれたての小鹿のように弱々しいが、彼女は確かに立っていた。
「大丈夫なの?」
心配そうなエルザにも反応しない。
地下水が向かおうとしたが、イザベラは手で制した。
「ふん、どうしようってんだい?」
イザベラの声にも、タバサは無言。
そして顔を上げ、イザベラと目が合うと――
「――」
そのか細い背を向けた。
「――――っなに、やってるんだいっ」
苛立たしげなイザベラの声。
「……護衛」
その返答は小さく掠れて返って来た。
「――は? あんた、なに言って……」
「護衛」
今度はしっかりとした声が返る。
思わずイザベラは怒鳴った。
「私は、あんたを騙したんだよ!!」
苛立ちのままにイザベラは怒鳴り続ける。
「アルトーワ伯の謀反なんてただのでっち上げ! 初めは刺客なんて話はまっ
たくなかったんだよ!」
それはなにかを訴えるような悲壮さを持ち。
「あんたも聞いただろう!? 私が地下水の名を呼ぶのを! 本物の刺客が来
たのを利用して、あんたに地下水をけしかけたんだよ!!」
叩き付けられる言葉。
「それなのに、なんでまだそんな事しようとするんだい!!」
その全てをタバサは受け止め。

「王女を護衛する――それが今の任務だから」

足を振るい立たせ、タバサは男と――地下水を視界に納める。
「あ……」
その言葉、その姿に――
「ああ……」
――イザベラは、
「あは……あはは……」
ほの暗い――
「あは、はははは……何だいそれ……それじゃ、私が――ただの道化じゃない
か……ははは」
――絶望の声を上げた。
【ああっ! 悲しき道化物語!】

その場の空気が変わった。
ボウっと、イザベラの右手に光が灯る。
【実の父親に蹂躙された悲劇の少女!】
煌々と光る図形。
“JaGuMeuuuuu!!”
不快な鳴き声がホールへと響く。
【心に傷を負った少女に、救済者が現れた】
タバサが振り向くと――イザベラの右手から肉細工が――いや、赤子のような
肉腫が手の甲を突き破っていた。
“aAAaaaaaa――!!”
赤子に似ているからこそ、異形から洩れる産声は不快である。
【だが少女の心が回復するにつれ、完璧な救済者へ嫉妬を募らせる】
光りに晒された異形の身はグズグズと崩れ、まるで図形に吸収されるかのよう
に散っていく。
「なに――あれ……」
眼前の光景に、エルザが怯えだす。
そのタバサの脳裏にいつかの異形たちの姿が浮かぶ。
【少女は救済者へ、あの手この手で悪の限りを尽くす!】
だが、そんなものを彼女は見ておらず、ただ笑らい続ける。
「あははは……あはは……あはははははははははははは――」
【だが……救済者はそれを気にせず、少女を責めない】
狂った笑み、狂った笑い、発狂するかのごとく笑う笑う笑うが――その赤黒い
光を放つ図形が、強固に強制に強引に――イザベラの精神を崩壊させることは
ない。
尽きぬ笑いの果てに、彼女は誰かに囁くように“外の宇宙”へと乞う。
【少女は――救済者にとって“憎むべき価値すらない”ことに絶望し――】
「ははははははは――いらない。もう何もかも全部いらない」
世間から悪を押し付けられ、悪を演じ、悪を実行した少女は――全ての行為が
道化だと知る。
脳の奥から――図形の先から――宇宙の果てから――言葉で表現できない世界
から――ただ求める■■■があった。

【少女は――苦悩の果てに狂った!!】
「――出てこい、私の、私だけの、私ためだけの使い魔よ!!」

ざり……

そんな音と共に、“空間が割れた”。
それは虹色であった。
白と黒とポチとタマを混ぜた複雑な色であった。
またはシャツと出し忘れたポケットティッシュを一緒に洗った洗濯機のようで
あった。
または空と大地と星と銀河と宇宙を混ぜてこねて練って寝かせて、酵母菌でふ
っくら、後は焼いて美味しいパンができたよ。
雑多な/有害な/その世界から、それは滑り落ちる。

それは――書物であった。

“AbUSyU……Liiiii……”
そして不快極まりない世界が繕われる様に閉じると、手に生えていた異形は完
全に崩れて消える。
後に残されるは一冊の書。
イザベラは迷いなく、いや“思考すらしていない状態”で手に取った。
――ばら、ばららららららららら――
頁が独りでに開き、捲られ――パタン――と書が閉じる。
イザベラは、その顔に笑顔を――狂気に歪んだ笑顔を浮かべ。
「我と契約せよ――『屍食教典儀』」
禁忌の書に口付けた。

――フォンッ!

タバサがその一撃を避けられたのは、全くの偶然である。
弱った体に反比例するように研ぎ澄まされた精神状態で、微かに鳴った危険信
号。
それに半場条件反射で反応し、ほんの少し杖を持ち上げただけである。
――だが、それが結果としてタバサの命を救った。
「――ッ!?」
小さな風切り音の直後、杖に重い衝撃が加わる。
「え? うわっ!?」
逆らう間もなく、タバサは傍にいたエルザを巻き込みながら吹き飛ぶ。
そして標的を外したソレは、直線上にいた地下水へ襲い掛かった。
「――な」
咄嗟に構えた杖が真ん中から断たれ、胸が裂け。
「に――」
崩れ落ちた地下水から血が広がる。
『オ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙――!!』
男が吼えるように声を上げた。
ド――ッ!!
眩い閃光が男の背から迸り――瞬間移動、そうとしか思えない速度でイザベラ
へと肉薄する。
帯を引いて光刃が振るわれ――

くらくらとする頭に、無理やり活を入れたタバサが目にしたのは。
「――」
腹部を貫かれた男であった。
男は血でぬらぬらと光る片刃の刀身を背に生やし、手の光刃はイザベラの頭上
で止まる。
イザベラは頭上の光刃にも微動にせず。左手に書を持ち、右手の“掌から生え
伸びる刀身で”男を貫いていた。
『グ――ガブッ』
兜の隙間から血が吐き出される。
光が薄れて刃が消えるが、男はイザベラへの首へと手を伸ばした。
『オ゙……オ゙ォ゙……ッ!!』
だが――
「さっさと死になさい」
イザベラの左腕からドレスを突き破って、無数の刃が男を貫く。
『――――』
ビク、と男が震えた。
そして動かなくなったことをイザベラは確認すると、軽々と男を持ち上げ、投
げる。
男はかなりの勢いで飛ぶと。
――ガシャン!
窓を突き破り、外へと消えた。
イザベラはもう見向きもせず、ただ呆然とそこにいる。
タバサはそれに恐怖を感じた。
たった数分の間で変貌した少女。
纏っていた荒々しい雰囲気は、瘴気を放つ禍々しいものに変わり。杖以上の重
い物など持ったことも無い腕には、無数の刀身が生え。争いに晒したこともな
い身を、返り血に染める。
なにより、この異状に包まれながら、赤子のような無垢な表情が――1番恐ろ
しい。
無数の刃が伸びる腕をイザベラは眺め。刃から滴る血へ、ぴちゃりと舌を這わ
す。
「あはっ」
その無邪気な笑みに、タバサとエルザの背筋が震えた。
「避けて――」
「うへぁっ!?」
タバサの脳内で警鐘が鳴り響き。エルザを突き飛ばすと、その反動で逆へ跳ぶ。
それと同時にイザベラが異形の腕を振り、それをなぞる様に2人の中間地点の
床が断裂される。
床を転がりながら、タバサはまずいと感じた。

これでは次で仕留められる。
急いで立ち上がるが。
「――?」
攻撃は来なかった。
不思議に思いタバサがイザベラを見ると。
頬を高揚させたイザベラが2人を眺めていた。
「なに必死になってるのシャルロット」
楽しげな声。
「これは遊びよ」
くすくすと形良い唇で囀り。
「だから――」
その瞳には虫の足をもぐ子供の――邪気無き残酷さが込められていた。
「そう簡単には殺さないわ」
イザベラが軽く腕を振るうと斬撃が奔り、タバサたちを襲った。



イザベラは楽しかった。
心底愉快であった。
ガランドウの心、虚構の立場、継ぎ接ぎだらけの自分。
その全てが満たされ、埋められ、作り変えられ、塗り固められる。
ああ、なんと気持ちのいいことであろうか。
全てはこの魔導書のおかげだ。
この書のおかげで世界は一新し、一変し、一転した。
――ああ、世界は薔薇色となり、書からあふれ出す情報はなんと甘美な味を持
って……ぃ……で……力が、誰にも負けない魔神となれる力が……は……て…
…いで……何をしよう何をしよう、ああまずはこの場の――――入ってこない
で入ってこないで! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 私は私でありたい!! 消さない
で来ないで止めて止めて止めて止めて止めてッ!! 怖い怖い怖い! 誰か誰
か誰でもお願い助け、助けt(削除削除削除削除削除削除削除――)
――さあ、全てを朱に染め、全てを満たした力で刻み込もう。
イザベラは、眼前で逃げ惑う2人を見下ろす。
マントを纏った金髪の幼女と、身の丈に会わない杖を持った青い髪の少女。
前者は記憶に無いが、いたぶるには関係が無い。
後者は――誰? 誰? 誰? 誰誰誰誰……誰?
――あれは誰だろう? なんだろうこの胸の閉塞感は? 胸が騒ぐ暴れだす、
あれは――
「シャル……ロット……」
自然とイザベラは呟いていた。
――そうだ、シャルロットだ。そうだなぜ忘れていたのだ。彼女は/あいつは/
あの娘は私の……なんのなのだろう?
重大な欠落。
ざわめく胸の中に反比例してイザベラの脳内は霧に撒かれるが如く曇る。
そして穴開きだらけの記憶と思考は、鈍く光る図形から湧き上がる狂気と妖気
によって埋められて――
――“うざったい!”
手の甲から刃が伸び――図形を切り裂いた。
裂かれた図形は、断末魔のような輝きを見せると、薄れていく。
すると先ほどから感じていた、頭を締め付けるような感覚が消える。
――ああ、それでなんだったっけ? そうそう……まずは殺してから考えよう。
そして自我の崩壊を“させなかった”図形から解放されたイザベラは、タバサ
へと腕を、刃を、斬撃を振るった。
「あははは! 遊ぼうシャルロット!」



不可視の斬撃を、タバサはイザベラの腕の動きと勘だけで予測し避ける。
「ふっ」
また1つ避けたところで、イザベラが楽しげに話しかけた。
「あはは! なにそれ、逃げてばっかり! もっと遊ぼうシャルロット!」

絶え間ない猛攻。
タバサは綱渡りのように斬撃をスレスレで躱しながらも、魔法を完成させる。
「『エア・ハンマー』」
牽制の意味合いも含めて放たれた風は。
「なにそれ!」
いとも容易く斬撃の前に霧散した。
「つまらないわシャルロット!」
不満そうなイザベラの背後で、わずかに空気が揺れるが。
「残念」
イザベラが背後――不可視となっているエルザへと視線を合わせる。
「まるで馬鹿の一つ覚え」
「――っ!」
エルザは咄嗟に踏み留まったが、イザベラの背から無数の刃が突き出した。
その瞬間、エルザは口走った。
「眠りを導く風よ!」
それは正体を隠す上で、タバサから禁じられた先住魔法。
だが、命の危機の前にその禁をエルザは破る。
すでに契約を済ませた周辺の風が、契約に従い対象に眠りを与えんとした。
大いなる意思の元。風のあるところ、よほど魔法に耐性が無い限り強制的な睡
魔を与える魔法は。
「……そんなそよ風でどうするの?」
僅かに刃の進行を鈍らせただけである。
刃が、鋭い切っ先がエルザへと迫り。
「――『エア・カッター』!」
横から割り込んだ風が、刃を1つ、2つ断ち切り、残る刃をその衝撃で逸らした。
エルザは急いでタバサの元へと飛びのく。
「怪我は?」
「な、ないよっ」
タバサの問いに、姿を現したエルザは額に大粒の汗をかきながら答えた。
「そう」
悠長なことをしている暇はない。タバサはイザベラへと再び注目し――その様
子がおかしいことに気がついた。
「あ……あ……あ、ああ……」
イザベラはぶるぶると震え、自らの手を覗いている。
その手には血がついていた。
先ほどタバサが断った刃が掠めたのか、イザベラの頬から血が滴り落ちる。
それを尋常ではない様子で見るイザベラが。
「なんで?」
ポツリと漏らした。
「なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?
なんで? なんで?――なんで?」
壊れたレコードのように繰り返す言葉に、エルザとタバサは動けない。
「なんで血が出るの? あれ? 私は力を、誰もにも負けない力を手に……じゃ
あなんで血が?」
そして、それはきた。
「なんで!! 私っ負け、なっ! なんで血っ! なんで、なんでなんでみん
な……邪魔するのッ!!」
気が狂ったかのようにな叫び。
それに呼応するように、全身を刀身が突き破った。
駄々っ子のようにイザベラが腕を振るうたびに床が、壁が、シャンデリアが抉
られ、斬られ、砕かれる。
それは一種の暴風であった。
吹き荒れる斬撃のひどさに、タバサとエルザは逆に動けない。
「おねえちゃん……」
打開策を模索するタバサに。
「なぜ逃げない」
その声が届いた。
声の先。そこには倒れたままの地下水がいる。
応急処置をしたのだろう。血は止まっていたが、首だけこちらへ向けて起き上
がる気配は無い。

床に伏したまま地下水は問う。
「なぜ逃げない。あの王女はどう見ても自滅寸前。ただ、ここを離れれば済む」
それはそうであり。
「それに……お前に助ける義理はないはずだ」
「……」
その問いにタバサは黙った。
「どうなんだ、タバサ」
それに対してタバサは――確かに宣言する。
「王女を護衛する。それが――わたしの任務だから」
その愚直さに。
「ぐ――ぐははははははははは!!」
地下水が笑った。
近くの床が削られ、砕かれ、いつ巻き込まれるかもしれない状況で、地下水は
哄笑する。
「はははは! こりゃあいい! 気に入った!」
それまでの品を感じさせない口調。
地下水が上半身を持ち上げると、その手を、手に持った短剣を振り被り――
「お嬢! オレを使え!」
――投げた
地下水は倒れ、投げつけられた短剣はタバサへと飛び。
――ひょい、とタバサは避ける。
「わっ」
そして驚いたエルザがその短剣を掴み取った。
「いきなりあぶな――」
文句を言おうとしたエルザと、避けた体勢のタバサに――斬撃が迫り。
「イル・ウィンデ!」
風の刃が迎え撃ち、相殺した。
「――っ」
その魔法はタバサではない。
驚きに目を見張るタバサの先に、短剣を掲げるエルザがいる。
「え、え、ええ!?」
エルザ自身も戸惑いの声を上げると。
「避けるなんてひでぇぜ、お嬢」
乱暴な声が、エルザの手の中、短剣から響いてくる。
「インテリジェンスナイフ(知性のある短剣)……まさか」
「そうよ! ガリア北花壇騎士の“地下水”とはオレのことよ!」
エルザが芝居かかった礼をした。
「わ、体がかってに! き、きもちわるい~!」
タバサの脳内で、数々の事柄が繋がった。
“地下水”とは人の心を操れる強力な『水』の使い手ではなく、持ち主を操れ
る強力な『魔短剣』であったのである。
「一体、何を……」
タバサの問いかけに、地下水はケラケラと笑い声を上げる。
「なに、お嬢。ただ王女を護るのを手伝ってやるだけだ」
「ちょっと! そんなのいいからかいほうしてよバカ剣!」
「なんだと小娘!」
急に言い争いを始める2人……1人と1本。
「あああああ――!!」
そこに斬撃が襲い掛かった。
左右に分かれて躱すタバサに、エルザと地下水。
「このままじゃ近づくことも侭ならねぇ! 王女はオレが抑えてやる。そこか
らはお嬢の好きにしな!」
「え、え! うわ~ん!?」
そう言うと、エルザがイザベラへ向かい走り出す。
タバサはそれを見ると斬撃を1つ躱し、その時を待つことした。



掠めるだけで皮を剥ぎ、肉を抉る斬撃の嵐。
それを紙一重で躱しながら、エルザはイザベラへと突き進む。

その動きは達人染みており、またどこか機械的であった。
「気持ちわるいきもちわるいきもちわるい!」
そして己の体を他者に操られる感覚に、エルザは声高々に不満を言う。
「少し五月蝿いぞ小娘」
地下水の言葉に、エルザは大声で返した。
「きぃもぉちぃわぁるぅいぃー!!」
「……ち。わかったよ! “半分”返してやる!」
その声とともに、急にエルザの体に自由が戻ってくる。
自由になった途端にエルザは手にしている短剣へ怒鳴った。
「なにするの! ものすっごい、きもちわるかったんだから!」
「ただの慣らしだ。ぐだぐだ言うなよ」
エルザは先ほどとは違い、軽業師のような身軽さで斬撃を躱す。
「それで――どうやっておさえるの!」
足元をすくう斬撃を飛び越えると、空中にいるエルザを狙うように別の斬撃が
放たれ。
「『――イル・ラナ・デル・ウィンデ!』」
エルザの右腕が、口が別人のように動き。
短剣に付与された魔力の刃と斬撃がぶつかり、打ち勝った。
「単純だ。ようはお嬢に構っていられなくなるぐらい迎撃させる!」
「なにそれ!」
エルザの叫びに。
「こういうことだ!」
「『ラグーズ・ウォータル・イス』……」
またもエルザの口が勝手に言葉を紡ぎだす。
「小娘は躱すことだけに集中しな! 攻撃とタイミングはオレがやる!」
「~~ッ! 『イーサ・ハガラース』……」
エルザが憤慨する気配がしたが、体は斬撃を躱し、口は詠唱を続ける。
「……『ウォータル・デル・ウィンデ』!」
「ぶちかますぞ!」
その宣言と同時に。
「『アイス・ストーム』!!」
風が、空気を、大気を巻き上げ、巻き込み、渦を巻き。
空気中の水が、集まり、凝固し、肥大化し、渦を巡る。
それは、猛る烈風の渦に殺意の氷刃を備えた嵐となり、イザベラへと向かった。
それにイザベラは――手の中の書が独りでに捲られる。
「うあああああああ!!」
イザベラは腕を振るう、振るう、振るう、振るう振るう振るう振るう!
氷の嵐と斬撃が削り合い凌ぎ合う。
「ぐっ!!」
「う、うぅぅ!!」
それに耐えるエルザと地下水は言った。
「「おねえちゃん(お嬢)――いけっ!」」



タバサは走った。
今、イザベラの対応は全てエルザと地下水へと割かれている。
杖を構え、口内で短く詠唱。
途中でイザベラの目がタバサを捉えた。
だが、未だイザベラの目の前に氷の嵐は存在している。
詠唱が終わった。
イザベラの持つ書が高速で捲られ、皮膚を、ドレスを突き破って刀身が現れる。
十数もの刀身がタバサへと向いて、伸びた。
その勢いは凄まじく、1本2本破壊しても他の刀身に貫かれるだろう。
眼前へと迫る刀身へ向かい、タバサはその魔法を解放した。
「『ジャベリン』」
風が渦を撒いた。
それは巡るでもなく、回るでもなく、大気中にある水分という水分を余さず
“運んだ”。

初めは水の粒ができ、それが固まり核となり、瞬く間に巨大な氷の槍へと成長
する。
そしてタバサは杖を突き出し、解き放つ。
巨大な氷は伸びる刀身を砕き、砕かれ、貫き、貫かれ……タバサはその空いた
空間をひた走る。
そしてとうとう、イザベラの眼前へとたどり着く。
「――しゃる、ろっと……」
呆然とタバサをイザベラは見上げ。
タバサは静かに見下ろした。
そこには虚勢も、狂気もなく。
ただただ、怯えて震え、泣き崩れる少女がいた。
イザベラ――少女は、両の眼から涙を流し。
「たす……けて」
額を突き破って、刀身がタバサへと迫った。
それをタバサは――

「わかった」

――杖で受け止める。
「イル・ラナ・デル――」
高速で詠唱をしながらタバサは杖を振り被った。
「あ――あああああああッッ!!」
イザベラの慟哭と書から毒々しい光が放たれ、書から文字があふれ出す。
それは幾何学な模様となり、組み合わさり、捻じ曲げ、展開し、回転し、
“邪悪で神々しい存在”としてタバサへ覆いかぶさるように広がり――

ジャン――

『ブレイド』を施した杖は、金切り声を上げて“魔導書”を断ち切った。

その瞬間、力尽きたようにイザベラは倒れる。
タバサがイザベラを受け止めると、体中にあった刀身は夢のように消えていた。
書が床へ落ち、ホールに充満していた圧迫感が消える。
「つ、つかれたぁ……」
へちゃりとエルザが床に転がった。
「ははは! やりやがった!」
そのエルザの手から零れ落ちた地下水が笑う。
タバサの腕の中でイザベラは、安らかに寝息を立てている。
そしてタバサが2つとなった書を見ると、それは床に落ちたままで、もうなん
の気配もない。
「……ふう」
タバサが一息吐いた。
だが、課せられた任務、王女の護衛はまだ終わっていない。
「――エルザ、彼女を運ぶ」
疲れたと文句をいうエルザと一緒にイザベラを抱え、連れて行く。
もうすぐ夜明けであった。

無人となったホール。
無惨な傷跡の残るこの場所にあるのは断たれた書物がぽつんとある。
割れた窓から突風が吹いた。
風に吹かれ、書が捲れ、分解する。
それは風に乗って、窓から外へと飛んで行った。
あとには、何も残されていない。



ガリア領内の上空を高速で白い光が帯を引いて進む。
ソレはガリア王宮へと一直線に侵入した。
そして王座の間へと降り立つと、俯く2人の女中と愛人に囲まれるジョゼフへ
と割れた声を出す。

『……ジョゼブ……ガリ゙ア゙王!』
その姿は凄惨であった。
体中の貫通傷。全身の白を自らの血に染め、穴だらけの甲冑から紫電が散る。
それでも、ソレは倒れることも無く、2本の足でしかと床を踏む。
『約束バ果ダジダ……次バゴヂラ゙ノ゙約束ヺ果ダジデモ゙ラ゙オ゙ヴ』
差し出された手を見て、ジョゼフは笑った。
「終わったか! そうかそうか!」
それは無邪気な子供のような笑み。
『早グジロ゙!』
ソレは苛立ち急かす。
ジョゼフは膝元の愛人――モリエールを撫で付ける手を止めると、両手を広げ
た。
「なに、そんなに急く事はない。まあ、お前は急かしているのか、急かされて
いるのか、急いているのかは知らないが。急ぐばかりではいいことはないぞ?」
『…………』
「そう怒るな。わかった、わかったよ!」
無言のプレッシャーにジョゼフは観念したかのように言う。
「お前の伴侶と娘を返そうではないか! さあ、“家族の感動の対面”だ!」
そして腕を振り上げると、指を鳴らした(スナップ)。
『――?』
それと同時に、ジョゼフに仕えていた2人の女中が震えだす。
そして、服の内部から赤黒い触手があふれ出した。
「あは、あはは……あああ……」
醜悪な触手に肢体を弄られる2人。
そして快楽に歪め晒した顔に、甲冑の男は見覚えがあった。
それは、男の生涯の伴侶と最愛の娘。
『……オ゙ノ゙レ゙』
怨嗟の声が響く、そして致命的な亀裂でも入っていたのか。
バキリと、仮面の罅が広がり――割れた。
そこから漏れ出たのは青。
傷み色褪せながらも流れるガリア特有の青い髪と、壮年を深い皺と共に刻み込
んだ顔。
「謀ったな……ジョゼフッ!」
それはアルトーワ伯、その人であった。
「ははははっ! なにを言っている? 確かに返してやろうと言うではないか」
もうその声はアルトーワの耳に届かない。
半壊し、重傷を負った体に火が灯る。両腕を光が包み刃と化す。
「自らが与えた力によって死ぬがいい! 無能王ッッ!!」
後方で白きフレアが巻き起こり、体を急激に加速させる。
閃光となり、常人には視認すら不可能な速度で一直線にジョゼフへと迫り。
――景色が回転した。
(――なに?)
体が動かせない。声が出ない
理解ができなかった。自分は無能王へと鉄槌を下すために走ったはずなのに。
じれったく思っていると、回転する景色がそれを捉えた。
(ああ、体を動かせないのではない)
回転する首が、立ち止まる体を見据え――そもそも体と繋がっていない。
その体の向こうに、白い……“光を発しない光”を見つけた瞬間――
眼前が純白に染められ――アルトーワ伯は、体も首も細切れ以下となった。

「見事だ」
文字通り粉微塵となり散っていったアルトーワ伯を尻目に。
白い影、先ほどのアルトーワ伯と似た甲冑を纏ったそれをジョゼフが賞賛する。
それは類似点こそ在ったが、結論からしてソレは違った。
女性的なフォルム、全体的な完成度――なにより絶対的な威圧感からして次元
が違う。
白き影は、薄暗いこの場を染め上げるような鮮烈さを持つが、それ自身は光を
発していない。
例えるならそれは、光によって闇を照らすのはなく。光によって闇を喰らって
いるのだ。

それは手から伸びる光刃を納めるとジョゼフに振り返る。
すると甲冑が端から分解していく。
それは魔術的な意味を持つ文字。
全て文字へ分解し消え去った後、残されるのは裸の女だった。
女はペタペタと歩きジョゼフの下へと辿りつくと、座りその膝へと頭を乗せる。
「ご苦労だった、モリエール」
それにジョゼフが手を乗せると、女――モリエールから嬉しそうな声が返って
来た。
「あー……♪」
「いやぁ、健気なものだねぇ」
突如、その声は響いた
「力のため……いや君のために、言葉と人並みの知性を引き換えに捧げたのだ
から」
それは褐色肌に眼鏡をかけた女中である。
モリエールが僅かに反応するが、それだけであった。
女が手を掲げると、その手にどこからか断章が集まる。
そしてそれは2つに断たれた書物となった。
「裏で暗躍しているあの子だって。君のために魔導書を持ち、君のために脳髄
にガイドブック(外道)を刻み込んだ」
最後のは才能がなかったしね、と女は呟くと、書物の斬られた部分を手で覆い
隠す。
「だが、君はそれでも飽き足らず、自らの娘の魂すらも弄ぶ」
そしてゆっくりと手で撫で付けると、その書物の傷は一切無くなっていた。
「本当に――君は悪い子だ」
女は背後からジョゼフへとしな垂れかかる。
その姿は白い肌と黒いスーツの美女へと変わっていた。
だがジョゼフはそれまでの表情を消すと、ひどく退屈そうな顔となる。
「はっこやつを作る技術を提供したのはお前、書を寄こしたのもお前、あやつ
の頭に外道を刻み込んだのもお前、そしてこれもお前のせいだろう?」
そう言って掲げた右手は裂け、血が流れていた。
イザベラに仕込んだ使い魔の一部、それが破壊されてことによるフィードバッ
クである。
その原因も、使い魔を通してジョゼフは知っていた。
「全てお前の思うが侭だな」
そうジョゼフが言うと、女はしのぶ笑みを浮かべる。
「とんでもない。これでも最後まで思い道理になったことなんて、ほとんど無
くてね」
「ほう」
ほんの少し、興味そそられたジョゼフが視線をやると、女は笑う。
「本当に困ったものさ――ご都合主義(デウスエクスマキナ)にはさ」
その笑いには楽しげな憎らしげな不快げな――酷く愛しげな物が含まれていた。



流れる風を受けてタバサは目を細める。
広がる地平線を見ながら、シルフィードの背でタバサは風を感じた。
背後には、タバサのマントに包まり芋虫となって眠るエルザが転がって、下を
見るとそこには護衛を引き連れた馬車たちがいる。
それを目にして、タバサは視線を元に戻した。
そしてタバサは――腕の中で未だ眠るイザベラを抱え直す。
あれからイザベラを部屋に送ったタバサは、なぜ負傷して倒れているのかと混
乱するカステルモールをなだめすかし、なんとかアルトーワ領を出る準備を始
めた。
屋敷を出る時、アルトーワ伯の姿は無く。代理と名乗る女中が代わりにタバサ
たちを見送った。
その後、タバサは負傷者による護衛の減少をカステルモールに訴え、イザベラ
を安全な風竜へと乗せることを提案する。
カステルモールは色々渋ったが、自身が負傷していることもあり渋々承諾し、
今に至る。
そして、それからずっとイザベラは眠り続けていた。

シルフィーはイザベラを乗せているから喋れない、エルザは昨日の疲れと共に
熟睡、イザベラは昏睡状態。
静かな時間は。
「どうするんだいお嬢」
タバサの腰からの声で破られる。
「その王女を王宮に送り届けても、なんの解決にもならねえぞ」
腰に挿された短剣――地下水の言葉は的を射ていた。
イザベラの変調の原因は恐らくは王宮にある。
だからといって、タバサにはイザベラを匿う余裕や当てがあるわけでもない。
「……わかってる」
「そうか……」
それっきり地下水は沈黙する。
そして、タバサが思い出すのは消えた魔導書。
――あれは一体なんだったのか。前にザビエラ村にいた魔術師と名乗った道化
師もそれらしき物をもっていたが……。
そこまで考えたところでタバサは思考を止める。
複雑な思考をするには、体も頭も疲れ切っていた。
視線を前方に向ける。
見つめた地平線は、どこまでも広がっていた。


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