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ルイズと夜闇の魔法使い-02


 未知の場所を訪れるにあたってまず重要な事。それは情報収集。
 そんな訳でルイズに連れられてトリステイン魔法学院に辿り着いた柊達は、ルイズにこの世界がどんな場所なのかを聞いた。
 当然それに返って来るルイズの反応は懐疑と憤懣ばかりだった訳だが、召喚直後の興奮状態からは幾分落ち着いたのか何とかまともに話をする事ができた。
 そしてわかったのはこれらのこと。

 この世界はハルケギニアという世界であること。
 その住人は貴族と平民に分類されていること。
 系統魔法と呼ばれる魔法があること。
 ……要するに、ハルケギニアはごくごく普通の中世風ファンタジー世界であること。

 異世界に来るのが初めてになるエリスは一つ一つ興味深げに聞いていたが、すでにそういった世界を経験している柊にとっては別段驚くような事はなかった。
 重要なのはこのハルケギニアが『異世界』である事の確認だ。
 これが柊の知る異世界……ラース=フェリアやミッドガルドの何処かの地方であったなら話は早かったのだが、残念ながらそう上手くはいかないようだ。
 ともあれ、そんなハルケギニアの話を聞いていれば次にルイズが尋ねて来るのが、柊達の素性だ。
 まっとうな反応としてとんでもない田舎者と思っている彼女に、とりあえず正直に異世界の人間だと打ち明けた。

 ファー・ジ・アースと呼ばれる世界。
 侵魔と呼ばれる敵対者。夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)。
 一般的に『地球』と呼ばれる世界の事情に関してはあえて深くは語らなかった。
 人々の認識によって形成される『世界結界』の効果で表向きは魔法だの侵魔だのの存在しない世界とされていること。
 その裏側でウィザードと侵魔の闘いが行われているのだ――などと一から説明し始めればややこしくなってしまい時間がかかるためだ。
 それに、ハルケギニア――『魔法がある世界』からすれば『魔法のない世界』と説明されるよりはまだしも理解の範疇だろう。
 ……根本的に『異世界』という事がルイズ達の理解の範疇を越えているだろうが。

 そして話を一通り終えた後で返って来たルイズの反応は、
「……あんた達、頭大丈夫?」
 だった。
「ほ、本当です!」
「……まあそう来るよな、普通」
 初めて異世界に召喚された人間としては当然なエリスの声と、もう慣れきった柊の嘆息が重なる。
 柊の態度を見てルイズは僅かに眉を怒らせたが、一方でエリスの必死で懸命な視線を受けて小さくため息をつく。
「信じられる訳ないじゃない。ハルケギニアとは別の世界があるとか、侵魔だとかウィザードとか……」
 そして彼女はテーブルに頬杖をついて、いかにも話半分といった調子で口を開く。
「そこまで言うなら、証拠を見せて」
「しょ、証拠……ですか?」
「そうよ。私が話してあげた事は実際ここがハルケギニアだって事が証明してるわ。
 でもあんた達の話は今の所ぜんぶ妄言。自分達が異世界の人間だって証拠、見せてよ」
「……先輩」
 返答に困ってエリスは柊を不安げに見やった。
 柊の方はといえば、ルイズの言葉に困るどころかその言葉を待っていたとばかりに大きく頷いた。
「証拠なら見せてやるよ。この世界じゃ絶対に作れないものをな」
 自信満々に言い放ち、柊は懐から地球の文明の利器とも言える携帯電話――もっとも柊の使っているモノは『0-Phone(レイ-フォン)』と呼ばれる
魔法的な技術の加わった更に高性能なモノだが――を取り出、
「…………」
「……? 何よ、いきなり固まって」
 ――取り出しかけて、踏みとどまった。

 柊はこの光景とやり取りに見覚えがあった。
 それは初めて異世界――ラース=フェリアを訪れた時の事だ。
 その時に出会った仲間……の内の女性二人もやはり当初は柊が異世界の人間だ、という事に少々懐疑的だった。
 ラース=フェリアもまたハルケギニアと同じような世界であったため、柊は彼女等に0-Phoneを取り出して見せ付けてやったのだ。
 それを見て彼女等は僅かに目を見開き、言った。

『あら、これは魔導電話ですね』
『うむ、魔導電話だな』
『こんなもん持ち出して異世界人とか、ひーらぎ胡散臭いにょー』

『胡散臭いのはてめえらの方だ!? 魔導ってつけば何でも許されるとか思ってんじゃねえぞ!?』


「………………ハルケギニアに魔導電話は……いやなんでもない」
「? 何なのよ、一体」
「せ、先輩……?」
 訝しげにみつめるルイズと不思議そうに見やるエリスの前で、柊はくっと呻いて顔を逸らした。
 とはいえ動いてしまった以上何かしないといけないので、予定変更。
「異世界の人間の証拠だったよな。だったらこれから俺達の世界の『魔法』を見せてやるよ」
「魔法……?」
 柊のその言葉を聞いて、ルイズは僅かに目を細めた。
 そして彼女は椅子に背を預け、嘲りを含んだ微笑を柊に向ける。
「随分とふいてくれるじゃない。杖も持たずに魔法だなんて、さすが平民は言う事が違うわね」
「……杖?」
「そうよ。メイジが魔法を使うには杖が必要……はったりをきかすなら、せめてそれくらいの常識は知ってなさい」
 勝ち誇ったようにふふんと鼻を鳴らすルイズだが、当の柊はまったく堪えなかった。
 むしろ望外の収穫を得て心の中で喝采をあげるほどである。
 なぜなら、これから柊が見せる『魔法』と同じような事がこの世界の魔法でできるなら何の証明にもならないからだ。
 だがこの世界の魔法行使にそんな条件があるというのなら、問題はまったくない。
 ぐうの音も出ないように見せ付けてやるだけだ。
「てことは、俺が杖なしで魔法を使えば異世界の人間だって認めるんだな」
「ええ、いいわよ。その代わりできなかったら契約して使い魔になってもらうからね」
「いいぜ、好きにしろ」
 即答にむっとするルイズをよそに、柊はほくそ笑んでから立ち上がる。
 そして彼はテーブルの上に乗っていた一輪挿しを手に取り、ルイズの目の前に差し出した。
 見世物を見物するかのような、そんな余裕綽々の彼女の目と鼻の先で一輪挿しが二・三度揺れ動き――唐突にそれが薄れて"消えた"。
「……!?」
 ルイズの表情が固まる。
 僅かに身を乗り出して凝視するが、柊の手に握られていたはずの一輪挿しは影も形もない。
 目を離した訳ではない。布が被せられた訳でもない。
 目の前にあったはずのモノが、霞のように消えたのだ。

「先輩、それって……」
 小さく声を上げかけたエリスを、柊は人差し指を立てて静止する。
 実際の所彼がやったのはただ単に一輪挿しを月衣――ウィザードが纏う個人用の結界で、その中に様々な物品をしまう事ができる――の中に収納しただけ。
 厳密に言うならこれは『魔法』ではないのだが、知らない人間からすれば同じようなものだろう。
 現にルイズは何が起こったのか理解できていないらしく、食い入るように柊の手を睨みつけていた。
「どうだ?」
 何も持っていない事を示すように手をひらひらさせながら、柊はルイズに声をかけた。
 すると彼女は悔しそうに歯をかむと、
「な……何よ、魔法じゃなくてただの手品じゃない。こんなので……」
「疑り深いな……ならもう一回見せてやるよ」
 とはいうものの、柊としてはそれなりに予想通りの反応だ。
 百聞では絶対に信じないし、一見でもまず信じない。
 それなら二見でも三見でもするだけだ。
 柊は椅子に座る二人を促して立ち上がらせた。
 そして今まで三人が囲んでいたテーブルを両手で抱えると――今度はそれを月衣に収納して見せた。
 身の丈を越える長大な箒でも楽に収納できる月衣だ、この程度のものは造作もない。
「な――」
 手の中に納まる一輪挿しならまだしも、両の手に抱えるテーブルまで消失してしまってはルイズも絶句するしかなかった。
 テーブルがあったはずの場所に手を伸ばして確認しても、空を切るばかり。
 部屋の中をどう見回してもテーブルは存在しない。
 今日初めて出会い、初めて招き入れた室内に仕掛けがあるはずもなかった。
 つまりこれは――
「あ、あんた達……」
 驚愕に身を震わせながらルイズは二人を凝視する。
 ようやく信じてもらえたようで柊とエリスは顔を見合わせ頷きあい、そしてルイズを向き直ると――

「……まさか、エルフ!?」
「え?」
「はあ?」

 数歩後ずさって呻いた彼女に、二人は間の抜けた声を漏らした。
「エ、エルフ?」
「だ、だって、こんな魔法知らないわ! しかも杖を持たずに魔法を使うなんて、先住魔法しかないもの!」
「お、おい、何言ってんだ? 俺達は――」
 慌てふためくルイズに柊が詰め寄ろうとすると、彼女は更に後ずさって距離を取る。
 彼女は絶望感に震えながら頭を抱えた。
「ど、どういうこと? 耳だって普通なのに……まさか外見を変えてるの!?
 そんな、よりにもよってエルフを召喚しちゃうなんて……こんな事他の人に知られたら……!!」
「お、落ち着いて下さい!」
「お前人の話を聞いてたのかよ!? 俺達は異世界の人間で、さっきのは異世界の魔法だって言っただろ!」
「き、聞いてたわよ! いいからちょっと落ち着きなさい!!」
「まずお前が落ち着け!?」



 ※ ※ ※



「……確認しとくわ」
 約十分後。
 ようやく落ち着きを取り戻したルイズはテーブルを挟んだ柊とエリスに静かに言った(ちなみにテーブルは再び月衣から取り出した。その時もルイズは驚いた)。
 彼女は神妙な表情で二人を順に眺めやった後、おそるおそるといった風に語りかける。
「……貴方達はエルフじゃないのよね?」
「はい。正真正銘の人間です」
「異世界の、だけどな」
 二人の返答を受けてルイズは小さく頷き、そして息を吐き出した。
「わかった。信じる」
「……随分簡単に折れたな」
「いいの。異世界の人間ならちょっと変な奴で片付くから。『実はエルフでしたー』とか言われるよりずっといい……」
 どうやらこの世界でのエルフは相当に曰くのある存在であるらしい。
 ルイズは妙に悟ったような表情で呟くと、テーブルの上で組んだ手に額を当てて大きくため息をついた。
 気まずい沈黙がしばし流れた後、彼女はやおら立ち上がり二人に目を向ける。
「今日は色々あって疲れたから、もう寝る」
「……は? おい待て、本題はまだ――」
「どの道先生たちの協議が終わるまでは私の一存じゃどうにもできないもの。だから話があるなら明日」
 食い下がろうとした柊を無視してルイズはクローゼットへと足を向けた。
 呆然とその動きを見つめる二人の前で、彼女はクローゼットの扉に手をかけた後思い出したように振り向く。
「そんな訳だから、あんた……ヒイラギだっけ? 出てって」
「あ?」
 いまいち状況を飲み込めない柊は眉を寄せる。
 しかし彼女は一向に構う事無く言葉を続けた。
「あんた、私の使い魔じゃないわよね?」
「当たり前だろ」
「ここは女子寮、男子禁制。で、あんたは男。出て行くのは当然でしょう? あ、そっちの子……エリスは特別に泊めてあげるわ」
「え……あ、ありがとうございます……?」
「な……っ」
 訳のわからないままとりあえず礼を言うエリスの横で柊が立ち上がった。
「じゃあ俺はどこで寝るんだよ。行くアテなんてねえぞ」
「野宿でもすれば?」
「お前、勝手に呼び出しといて何っ……!」
「――大声出すわよ」
 柊の訴えを切って捨てるようにルイズが目を細めて呟いた。
 二人のどちらが正論かと言うなら、議論の余地などあるはずがない。
 柊は悔しそうに身体を震わせると、蹴るようにして踵を返して部屋の入り口に歩き出した。
 「覚えてやがれ!」と負け台詞を残して柊は部屋の外へと消えていく。
 ルイズはふんと鼻を鳴らして彼を見送った後、呆然と立ち尽くしているエリスに目を向けた。
「ホントは平民が貴族の部屋に泊まるなんて有り得ないんだけど……特別なんだからね」
「は、はい……」
 おずおずと答えるエリスに小さく頷くと、ルイズは改めてクローゼットからネグリジェを取り出して着替え始めた。
 エリスは人目をはばからずに服を脱ぎ捨てていくルイズを呆然と見つめている事しかできなかった。
 状況の変化に追いつけない、ということもあるが、何しろ唐突にこの世界に召喚されたため荷物などあるはずもない。
 どうしようかと立ち竦んでいると、ルイズが薄い布をエリスに差し出してきた。
「そのままで寝るの? 貸してあげるから着替えなさい」
「え、あ、はい」
 言われるままにそれを手にとって広げて見ると、エリスは目を丸くした。
 ルイズが今来ているものもそうだが、今手渡されているネグリジェは生地が薄く仄かに透けており、まさしく貴族が羽織っているような代物だった。
「どうしたの? 早く着替えなさい」
「あ、はいっ」
 ルイズに促されてエリスはあわてて服を脱ぎ始める。
 ブラウスとスカートを脱いで下着姿になり――
「……あの」
「なに?」
 エリスは僅かに頬を染めて声を出した。
「その、じっと見られると恥ずかしいんですけど……」
 ちらりとルイズに目を向けて呟く。
 既に着替えを終えていたルイズがベッドに腰掛け、まるで観察するように見つめていたのである。
「女同士じゃない。気にしないで」
「はあ……」
 とりあえず納得する事にしてエリスは着替えを続けた。
 ルイズは下着も脱いで着用していたようだが、流石に下着までは脱げなかった。
 ネグリジェを羽織り、腕を通す。
 エリスはルイズよりもやや背が高いが、どうやらこれはやや大きめの採寸のようで窮屈さは感じない。
 エリスは胸のボタンを留めようと手を伸ばし――
「……あの」
「なによ?」
「…………ちょっとサイズが小……っ、なんでもありません」
 寒気が走って口を噤んだ。
 しかし遅すぎた。
「だったら脱いで裸で寝なさいよ! 似たり寄ったりの体格の癖に調子乗ってんの!?
 大体なんなのよその胸当てはぁ! 強調してアピールでもしてるつもり!?」
「ごめんなさい! ごめんなさいっっ!!」
 飛び掛ってネグリジェを剥ぎ取ろうとするルイズに、エリスは縮こまって必死に謝ることしかできなかった。



 ※ ※ ※



(……はあ。これからどうなるんだろう)
 灯の消えた薄暗いベッドの上。
 隣で眠っているルイズに背を向けて、エリスは窓の向こうに映る二つの月をぼんやりと眺めていた。
 よくわからないが何故か既視感を覚える双月を見やりながら、彼女は小さく息を吐く。
 かつてはウィザードとして日常の外側に身を置いてたが、その力を失った今になってまたこんなことになるとはまったく思わなかった。
 それも異世界に召喚される、などというとびっきりだ。
 そういう類の物語ではよくある事だが、やはりエリスもそうなってしまった今思い浮かべるのは元の世界の事だった。
 向こうでも今は夜なんだろうか、とか。明日は学校に行けないなあ、とか。
 家族――はいないが、お世話になっている赤羽家の人達はもうこの事を知っているのだろうか。
 召喚された時にアンゼロットもいたので説明はされているのかもしれない。
 不安があるか、と言われれば当然あると答えるのだが……彼女に悲壮感の類は一切なかった。
 なぜなら、異世界に召喚されたのは彼女だけではなく、柊 蓮司も一緒だからだ。


 三月の初旬、紅い月の下で初めて柊 蓮司と出逢って以来、彼は一度として志宝エリスの信頼を裏切らなかった。
 それどころか彼女の側から彼を――彼と、彼と彼女の仲間と、世界総てを裏切った時でさえ柊 蓮司は志宝エリスを信じ続けた。
 心の裡の小さな匣の中で重ねた指の温もりを覚えている。
 心の裡の茨の檻から乱暴に引き摺り出され、けれど優しく抱きとめられた時の暖かさを覚えている。
 そんな彼がエリスに「大丈夫だ」と言った。
 ならばそれは彼女にとって、どんな不安や苦痛にも勝る絶対の言葉だった。


「……ねえ、エリス」
「……はい?」
 背中から届いた声にエリスは現実に引き戻された。
 彼女は振り向こうかと身を捩らせたが、次いで響いたルイズの声で身体が硬直した。
「あのヒイラギって奴。どういう関係?」
「え、っ」
 心臓が跳ね上がり、顔に熱が帯び始めるのを感じた。
 部屋は暗いので見られる心配はないのだが、エリスはルイズを振り向けないまま身を丸めボソボソと囁くように言う。
「え、えっと。どんな関係って、柊先輩は学校の先輩で……」
「……特別な関係じゃないの?」
「と、特別っ!?」
 エリスは思わず上ずった悲鳴を上げて、身体を震わせた。
 焼けそうに熱い頬に両手を当てて、動悸した心臓を落ち着かせようと深呼吸する。
 特別な関係、とはどういう事なのか。例えば……恋人だとか。
 その単語が頭の中に浮かんだ瞬間、エリスは頭を抱えて閉じこもるように身体を丸める。
 そして脳内に駆け巡る妄想を振り切るように、しかし多分の期待も込めて、囁く。
「そんな。柊先輩と特別なんて……そんなのないです。だって……」
「ふぅん……」
 納得したのか、それとも寝る前の単なるお喋りなのか、さほど興味もなさそうな声でルイズが返した。
 そして部屋が沈黙と暗闇に包まれる。
 エリスはどうにか平静を取り戻したあと、小さく息を吐いて手を胸に当てた。
(だって、柊先輩には……)
 彼女は感触のいいベッドに顔を沈ませて、口の中で呟く。その先の言葉は、口の中でさえ呟くことはできなかった。
 何故かちくりと胸が痛む。その理由は――半ばわかってもいたが、考えたくはなかった。
 早く寝てしまおうと目を閉じると、僅かな衣擦れの音と――
「……?」
 背中にルイズの手を感じた。


 ※ ※ ※


 ルイズが柊達の事を異世界の人間であると信じたか、と言うと。
 もちろんそんなことはなかった。
 とはいえ、目の前で納得し難い『魔法』を見てしまったのは事実。
 実は彼らはエルフである、という可能性はおそらくない。
 最初にそう思い至った時は気が動転していたが、よくよく考えれば二人が召喚されていた時から耳は普通だったのだ。
 鏡をくぐる前から擬態していたとは思えない。というか考えたくない。
 召喚時は日中であったので吸血鬼、という可能性もない。
 では他の先住魔法を使う亜人種は――と考えたとき、天啓のようにとある可能性が思いついたのだ。
 少なくとも彼女が知識として知っている系統魔法ではああいう事ができる魔法は存在しない。
 だが、彼女は『知らない』が、『思い当たる』系統魔法は存在する。

 ――失われた系統とされる『虚無』の属性。
 モノを虚空へと消し去り、モノを虚空から出現させるなど、虚無の名にふさわしいではないか。
 柊がその『魔法』を使う時に杖を使わなかったが、そもそも虚無の魔法自体どのようなものか全くわからないモノなのだ。
 四つの系統魔法を使う時には杖は必要不可欠だが、虚無もそうであるとは限らない。
 杖が必要ないとも限らないと言われれば確かにそうだが、仮定としては『アリ』だろう。
 つまり、柊 蓮司は虚無の魔法を使うメイジである。
 そう考えると、彼と共に志宝エリスが召喚された事も説明ができた。
 エリスは柊の使い魔ではないのだろうか?
 使い魔を持たないルイズは当然実感する機会などないが、一般にメイジと使い魔は一心同体とも言われている。
 ならば柊が召喚されるのにあわせて使い魔であるエリスも一緒に召喚されてもおかしくはない。

 仮説が前提の論理とはいえない代物であるが、一応は筋が通ってしまった。
 柊に直接確認するのは怖かった(なにしろ事実なら彼は始祖ブリミルの再臨、という事になってしまう)ので、ルイズは先にエリスの方に矛先を定めた。
 柊を追い出し、エリスに着替えさせたのだ。
 エリスが柊の使い魔ならば、身体のどこかに使い魔の証であるルーンが刻まれているはず。
 注意深く観察してみたが、身体にルーンらしきものはどこにもなかった。
 しかしベッドに入った後"それとなく"柊との関係を尋ねてみると、彼女は目に見えて動揺したのである。
 明らかに怪しい。 何かを隠しているのかもしれない。
 そういえば、着替えの時にエリスの身体を全部確認した訳ではない。
 ショーツ……は置いておくとして。彼女が身に着けていた妙な胸当て。
 胸の形に沿って身体を覆っている布のようなモノ。コルセットにも似ているが覆っているのは胸の部分だけ、というのは奇妙だった。
 怪しすぎる。
 ついでに、年はあまり変わらなさそうなのにエリスのソレは明らかにルイズよりも大きかった。
 何か秘密があるに違いない。
 ルイズは確信した。


 ※ ※ ※


「ねえ、エリス……」
「は、はい……?」
 背中に触れられるルイズの手のひらに何故か悪寒を感じながら、エリスは呻くように言った。 
 細くしなやかなルイズの指が背中から肩に伸び、ゆっくりと肩先を撫で上げる。
「ちょっとお願いがあるんだけど……」
 やさしく宥めるようなルイズの声がエリスの耳朶を打つ。
 悪寒が更に強くなった。

 そういえば、彼女はやけに唐突に柊を部屋から追い出していたような気がする。
 更に、着替えの時には彼女の食い入るような目線を感じていた。
 加えて、今まで少し棘のある態度だったのに、何故かいきなり優しい。

 なにか。
 とても。
 嫌な予感がする。


「あ、あのっ……その、私」
「大丈夫。これは秘密にしておくから」
(何を!?)
 と、エリスは叫ぼうとしたが、口から出す事はできなかった。
 ルイズの手が肩から二の腕に降りてきたのだ。
 ぞくぞくと駆け回る悪寒に硬直してしまったエリスをよそに、ルイズの手は彼女の身体を撫でてあげていく。
 二の腕から胴体に、そして抱きすくめるように胸元へと――
「……わ、私用事を思い出しましたっ!」
 そこが限界だった。
 吹っ切るように叫んでエリスは身を起こし、逃げ出そうとする。
「ま、待ちなさい!!」
 だがそこにルイズの腕が伸び、エリスを捕まえた。
 二人はベッドの上でもみ合いになり、ルイズを払いのけたエリスがベッドから飛び降りるように逃げ出した。
 しかしルイズとしては逃がす訳にはいかない。
 逃げるエリスの背中にタックルを仕掛けるように飛び掛ると、彼女を押し倒した。
 再び床の上で押し合いへし合いが始まり――そして勝ったのは、ルイズだった。
「はぁ、はぁ……逃げる事ないじゃない」
 床に倒れたエリスに馬乗りになり、荒れた呼吸でルイズは語りかける。
 だが、落ち着かせるために言った彼女の言葉にエリスはびくりと震えた。
「大丈夫、痛くしないから……すぐ終わるわ」
「ひぅっ……!」
 揉み合いに勝利した事で薄く笑んだルイズの表情に、エリスは涙目になった。
 そしてルイズの手がゆっくりとエリスの胸へと伸びていく。
 胸を覆う布――要するにブラジャーに触れた瞬間、エリスの中で何かが弾けた。
「い……いやぁっ!!」
「あいたぁ!?」
 思いっきり振り回した腕がルイズの側頭部に直撃し、ルイズはもんどりうって倒れこんだ。
 拘束を振り払ったエリスが這うようにして(腰が抜けていて立てなかった)ドアへと辿り着き、カギを開ける。
「待ちなさい! 待ってってば!!」
「待てと言われて待つ人はいません……っ!」
 背後から響く静止の声を無視して、エリスは廊下へと飛び出した。


 隣の部屋から響く騒音で睡眠を中断されたキュルケ・ツェルプストーは酷く不機嫌だった。
 艶やかな焔髪を苛立たしげにかきあげると、彼女は文句を言うために自分の部屋を後にする。
 そして廊下に出た彼女が見たのは、
「うるさいわねー、何やってんのよヴァリエー……る?」
「!?」
 見覚えのない、紫髪の少女だった。
 彼女はこの寮にいる女生徒全員の顔を知っている訳ではなかったが、少なくとも目の前にいる少女はこの階の寮生ではない。
 しかも少女は酷く怯えた顔をしており、着ているネグリジェも少しサイズが合っていないような気がした。
 おまけに彼女が出てきたらしき、たった今すごい勢いで閉じられたのはルイズの部屋のドアだ。
 全く訳がわからなかった。
 そんな風にキュルケがぽかんとしていると目の前の少女が、
「た、助っ、助けてくださいっ!!」
 いきなり縋り付いてきて、
「――待ちなさい、エリス!!」
 ルイズが物凄い形相で廊下に飛び出してきた。
 ルイズはキュルケの姿を確認すると驚きの表情を浮かべ、次いで彼女の身体に隠れるようにしているエリスを見て、キュルケに視線を戻して肩を震わせる。
「ツェルプストー! その子をそっちに渡しなさい!」
 何を怒っているのかわからないが、初っ端からそんな態度では当然キュルケとしては気に食わない。
 何事かを言い返そうとして口を開きかけた瞬間、自分に縋り付いている少女が震えているのに気づいた。
 よくよく見て見れば、その少女が纏っているのはルイズのネグリジェだった。
 しかも、服装や髪が少し乱れていた。
 ルイズに再び視線を戻すと、彼女もやはり少し髪と服が乱れている。
「……………あ゛ー」
 キュルケは『納得』した。
 これでルイズの『お相手』が顔見知りであったなら大いに煽ってやる所だが、それが見知らぬ少女――しかも怯えている――では流石に茶化す訳にはいかなかった。
 なのでキュルケは普段の彼女からは想像もできないほど優しい声でルイズに語りかける。
「ルイズ……ルイズ・フランソワーズ。独り身で寂しいのはわかるけど、いくらなんでもそれはよくないわ」
「な……独り身ですって!?」
 ルイズが眉を吊り上げ、怒りに身を震わせる。
 普段と違う生暖かい態度もそうだが、『独り身』という言葉は聞き逃せない。
 おそらくキュルケは昼ごろに行われた『使い魔の儀式』が成立しなかった事を聞いているのだろう。
 既に使い魔を得ている彼女が自分を揶揄しているのだ、とルイズは思った。
「あんたには関係ないでしょ!! これは私とその子の問題よ!!」
 火を噴くような勢いでルイズは叫んだが、一方のキュルケはやはり生暖かい表情でうんうんと頷いた。
「そうよね、お互いの合意は必要よね」
 そして彼女は僅かに頬を染めると、恥ずかしそうに告白した。
「その、正直言って私も”そういうの”に興味がないって訳じゃないけど……ほら、やっぱり非生産的な事なわけだし……ね?」
「は? そういうの? 非生産的? あんた何言っ――」
 いい加減話の雲行きがおかしい事に気づいてルイズが眉をひそめた。
 そしてキュルケの態度と、エリスの表情と、これまでの行為を反芻して――ようやく状況を悟った。
 瞬間、ルイズの顔が真っ赤に染まる。
「ち、違っ! そうじゃない、そんなんじゃないの! 私はただその子に……!!」
「うんうん、わかってるわかってる。だから部屋に戻って……いえ、私の部屋においでなさいな。
 一旦落ち着いてゆっくり話し合いましょう?」
 キュルケはまるで赤子をあやすようにそう言うと慌てふためくルイズの腕を掴み、脇にいるエリスを促して二人と共に自分の部屋に歩き出す。
「だから違うんだってば!! もう何なのよぉおおおぉぉぉ!!」
 夜の静寂を切り裂いて、ルイズの悲鳴がとどろいた。



 ※ ※ ※



「……もう、何だってんだよ……」
 ルイズの部屋を追い出された柊は、女子寮の扉の前で大きくため息をついた。
 勢いに任せて外に出てはみたが、ルイズに言った通り行くアテがある訳でもない。
 幸い気候は暖かいので野宿してもどうにかなるということはなさそうだが、やはり気が滅入る。
「こんな事ならエリスの時のテント一式、貰っときゃよかったぜ……」
 彼女の住むマンションのベランダでのテント生活を思い出して柊は息を吐き出し、夜空に浮かぶ二つの月を見上げた。
 ルイズから聞いたハルケギニアの話は特に驚くような事はなかったが、話す内に日が暮れて二つの月が浮かんだ時は目を見張った。
 というのも、ほんの三ヶ月程前に関わった事件で空に二つの月が浮かぶ、という現象が起きたためだ。
 とはいえこの世界では二つの月が昇るのは普通の事であるらしい。それなら何も心配はなかった。
「何者です」
「……!」
 と、そこで不意に誰何の声が上がり柊ははっとして声の主を探した。
 女子寮の入り口から少し離れた場所、薄暗がりの中に、ローブに身を包んだ人影があった。
 フードに隠されていて顔立ちはよく分からないが、声の高さから恐らくは女。
 そして友好的な雰囲気でないことはわかる。
「ここは名のある貴族の子弟が通う魔法学院。たとえ偶然とはいえ平民が足を踏み入れて良い場所ではありませんよ」
 剣呑な響きでその女性は言うと、懐からルイズが持っていたようなタクトを取り出した。
 それで柊はこの世界の魔術師――メイジが魔法を使う時には杖が必要だという話を思い出す。
 恐らく彼女はメイジで、取り出したアレは『杖』なのだろう。
 柊は慌てて両手を上げると敵意がない事を示す。
「ま、待ってくれ! 俺は……あー、その、ルイズって奴に召喚されて……!」
 言いかけて柊は心の中で舌打ちした。 明らかに怪しすぎる言い訳だ。信用されるはずがない。
 だが、相手の反応は違った。
「召喚? まさか、貴方が件のミス・ヴァリエールの……?」
「そ、そう! それ!」
「……なるほど」
 女性は小さく息を吐くと剣呑な空気を収め、手にした杖を懐に戻した。
 あっさりと信用した事にむしろ柊の方が驚いていると、女性はくすりと笑みを零す。
「昨日今日の出来事ですから、むしろそれらしい言い訳をするよりは信憑性があります」
 普通の人間ならそんな事は言いませんしね、と言いながら女性はフードを払った。
 そして彼女は青い髪を揺らして僅かに首を傾げ、温和な表情で眼鏡越しに柊を見つめる。
「それで、こんな所でどうしたのです。ミス・ヴァリエールと一緒ではないのですか?」
「あ、いやー。それが、なんでかわかんないけどいきなり追い出されまして……」
「……はあ」
「それで泊まるアテもないんでどうしようかと……」
「……」
 柊の言葉を受けて女性は指を顎に当て、しばし黙考した。
 そして僅かに顔を俯けると、探るように尋ねる。
「そういえば貴方と……もう一人いたんでしたか。契約を拒否した、と聞きましたが」
「あ、そうっす」
「今後も契約をするつもりは?」
「ありません」
 そこははっきりと断言した。
 すると彼女は何故か納得したように頷くと、ちらりと周囲を見回した後で柊に歩み寄り心持ち低めの声で言う。
「……ならば、連れの人と一緒に今すぐここを離れた方がいいでしょう」
「え?」
 女性の提案に柊は僅かに驚いて目を見張る。
 しかし女性はまっすぐに柊を見つめ、言葉を続けた。
「貴方達に対する処遇は明日先生方の協議で決定されます。……が、まず間違いなく結論はこうでしょう。
 ――無理矢理にでも貴方達……あるいはいずれかを契約させる」
「な……なんだよそれっ!?」
「使い魔の儀式は『彼等』にとって神聖な儀式です。やり直しなど認められません。
 ましてヴァリエール公爵家はトリステインでも三指に入る程の名門……その御息女が使い魔に拒絶された、などという事になれば彼女自身の風評はおろか学院の名にも傷がつきます。
 『彼等』は彼等の名誉にかけて貴方達を認める訳にはいかないでしょうね」
「……無茶苦茶だな」
「……あの方達は『貴族』ですから」
 女性は僅かに目を逸らした。 その表情と、その言葉の響きに一瞬だけ陰鬱なものが混じる。
 その変化に柊はひっかかりを覚えもしたが、他人の事情に深く踏み込んでいる場合でもなかった。
 柊は顎に手をかけて少しだけ黙考し、女性に向かって問いかける。
「ここ以外に召喚……魔法について詳しい所ってありますか?」
「魔法、ですか? ロマリアを除く各国にも魔法学院はありますが、規模と資料なら恐らくここが一番ですね。
 もっとも、平民の貴方では他の魔法学院に行ったところで敷地に入る事もできないでしょうが……」
「そうか、そうなるか……」
 柊は返答に難しい顔をして顔を俯ける。
 確かに身の危険は差し迫っているかもしれないが、ここが元の世界に戻るための手がかりに最も近い場所には違いないようだ。
 ……ちなみに同じ頃、エリスには別の意味で危険が差し迫っていた訳だが、それを柊が知る由もない。
 ともかく、そんな柊の表情を察したのか、確認するように女性が言った。
「……ここを出る気はないようですね?」
「はい。元……あー、元いた場所は普通じゃちょっと行けない場所にあるんで。魔法を使わないとちょっと……」
「そうですか……一応忠告はしましたから」
「すいません、ありがとうございます」
 頭を下げる柊は女性は僅かに口の端を歪めると、踵を返して歩き始めた。
 遠ざかっていく彼女の後姿を見ながら改めて今夜の寝床をどうするかと考えていると、女性が立ち止まって声をかけた。
「こちらへ」
「?」
 柊の返答を待たず再び歩き始めた女性に、柊は首をかしげながらもとりあえず後を追った。
 彼女に先導されて少し敷地内を歩きやがて何かの建物に辿り着くと、彼女はドアを軽くノックする。
 ややあって扉が開かれ、姿を見せたのは寝着を纏うやや年のいった女性だった。
 彼女はローブの女性を見るや驚きに目を見開き、どこか慌てた風に口を開く。
「ミ、ミス・ロングビル!? どうなさったのですか、こんな時間に!」
「少々事情がありまして……たしか先月、部屋が一つ空きましたわよね?」
「え、あ、はあ。それはそうですが……」
「簡単で構いませんので、部屋の用意をして下さい」
「え……よ、よろしいので?」
「構いません。許可は後ほど私が学院長に取ります」
「……かしこまりました」
 寝着の女性は一度柊を訝しげに見やった後、堂の入った仕草で恭しく一礼すると建物の中に姿を消した。
 そしてローブの女性――ロングビルは後ろで控えていた柊を振り返ると、
「今夜はこちらに泊まるといいでしょう」
「あ、ありがとうございます……でも、本当にいいんですか?」
「構いませんよ、事情が事情ですしね。……ただし」
「ただし?」
「空き部屋がここしかなかったのでやむを得ませんでしたが、ここは使用人達が詰める女子宿舎です。くれぐれもみだりに出歩きませんよう」
「あ……はい、それは」
 気恥ずかしくなって頭をかくと、ロングビルはくすりと笑みを零した。
 柊は思い出したように背筋を伸ばした。
「あ、俺、柊 蓮司って言います」
「ロングビルと申します。この魔法学院の学院長の秘書を務めさせて頂いてます」
「げ……ということは結構上の人……」
「肩書きだけですわ。教鞭をとっている訳でもありませんしね」
 気まずそうに眉をしかめる柊を見てロングビルが可笑しそうに笑みを零す。
 学院長の秘書がなぜこんな時間に外を出歩いているのか気になりはしたが、尋ねるのをはばかっている内に部屋の準備を終えた女性が戻ってきてしまった。
「すいません、色々と世話になっちゃって」
「貴方も大変でしょうが頑張ってください」
 頭を下げるとロングビルは人のいい笑みを浮かべて会釈を返し、再び夜の敷地内へと歩いていった。
 それを見送った後、柊は多分に不審そうな表情が入り混じった女性に連れられて与えられた部屋へと向かうのだった。


 建物から十分に距離を取ったのを確認した後、彼女は大きく息を吐いて肩を落とした。
 再びフードを被って顔を隠すと、いささか疲れた様子で小さく呟く。
「……やれやれ。夜になってまでイイヒト演じなきゃなんないとはね……」
 誰に言うでもなく零したその言葉は、やはり誰に聞かれるでもなく夜闇の向こうに消えていった。




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