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05.少女が見た日本の原風景


05.少女が見た日本の原風景(*1)


 時は、ルイズと魔理沙が教室を掃除している頃まで遡る。
 学院に奉公するメイドであるシエスタは、大きな鍋を抱えて水場へと向かっていた。
 とはいえ、それほど急ぐ作業ではない。ようやく一段落した、とシエスタは
大きくのびをした。
 今日は朝から色々と混乱することが続いている。朝食の時、二年生のテーブルに、
突然椅子を並べるように命じられた。大急ぎで倉庫から予備の椅子を持ち出し、
汚れを拭いてから並べた手際とチームワークは、賞賛されてもよいものだったと
自負している。
 一体何事だろう、ご家族が授業を視察されたりするのだろうか? と思っていたが、
そこに座ったのは人間でもない生き物だったので、大層驚いた。何でも、召喚の儀式で
使い魔として呼ばれたらしい。
 確かに使い魔によっては食堂まで直接食べ物を貰いに来る子達もいる。けれど
それは厨房の裏口にそっと現れて、材料の残りを生のまま食べるくらいで、
貴族の横に座りナイフとフォークを使いこなして食事をするなんてのは初めてだ。
 見た目も少女のように見える者達ばかり。もっとも、羽や尻尾や角が生えていたり、
背丈が七十サントほどしかなかったりと、人間でないことが一目瞭然である者も
多いのだが。
 それでも、言葉が通じるのは助かった。給仕の際に言葉を交わす機会があったが、
一応普通に話が通じる者達ばかりだったのだ。もっとも仲間からは、吸血鬼から
血のように真っ紅なワインを頼まれた、とか、小さな子供から美味しそうな人間って
言われた、とか、本当なんだか冗談なんだかよく分からない話を聞かされたが。

「ねえそこのメイドさん」

 突然頭上から声をかけられた。貴族様だろうか? 珍しいこともあるものだ。
魔法を使って空を飛んでいる時に、平民に声をかけるなんて。
 そう思い上を見上げたシエスタは、予想とは異なる風景に首を傾げた。そこに
いたのは貴族などではない。背中に羽の生えた身長七十サントほどの生き物。
先程食堂で見かけた、妖精ではないだろうか。なぜかメイド服を着ている
子達だったので、印象に残っている。その妖精が三人、空に浮かんでいる。

「ちょっと聞きたいことがあるの」
「あの、その……」
「大したことじゃないのよ」
「え……と、なんでしょう?」

 三人の妖精は顔を見合わせると、ニコリと笑う。あ、可愛いなぁ、とシエスタが
思ってしまうような微笑ましさである。一体何を聞きたいんだろう。ご主人様の
部屋が分からなくなったんだろうか?

「タネのない手品って使える?」
「え?」

 メイドとしてよく聞かれる質問を思い描いていたシエスタは、その質問の意味を
理解することが出来なかった。手品って一体? タネがあるから、手品ではないの
だろうか。
 返答に詰まる様子を見て、妖精達は納得したように頷いた。

「ほら、あれ(*2)は人間のメイドじゃなかったのよ」
「そうね。じゃあやっぱりあれは……」
「メイドって種類の妖怪だったのよ!」

 三人そろって驚いたような叫び(*3)を上げると、次いで笑い出した。そしてもう、
シエスタのことなど忘れたように話ながら飛び去っていく。後に残されたシエスタは、
ただ唖然とするばかり。

「何だったんでしょう?」

 手に持った鍋の重さに仕事を思い出し、気を取り直して歩き出す。
 まあ、仲間との話題には十分なりそうだ。そう思いながら水場に向かう。

「え……」

 水場には先客が一人いた。それ自体は、別におかしな話ではない。ここは共用の
場所なのだから。問題なのは、その人が頭から水を被っていたことだ。しかも服を
着たまま。
 外見もこの辺りではあまり見かけないものだ。緑の帽子に水色の服。背負った
リュックは大きく膨らんでいる。その帽子と服とリュックの上から、桶に汲んだ
水をザブリザブリと被っているのだ。季節は春とはいえ、井戸水はまだまだ冷たい
はずなのに。
 シエスタと目が合うとその少女は一瞬驚いたよう表情をし(*4)、それから
ギクシャクと挨拶してきた。

「あ、ごめん、すぐどくから」
「いえ、それはいいんですけど……大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。この服はすぐ乾くし、リュックは防水だし」

 一応ちゃんと受け答えが出来るから、頭の方も大丈夫らしい、とシエスタは
ほっとした。

「でもなんで水をかぶったりしてたんですか?」
「昨日から水をかぶってなかったから」

 ……やっぱり頭、少しおかしいのかも。でもそうだ。朝、食堂で見かけた気がする。
もちろん貴族じゃない。ということは。

「あの……昨日の召喚で呼ばれた……人ですよね?」
「そうよ。人じゃないけど」

 あっさりと言われてしまった。やっぱりそうなのか、という気持ちと、
人じゃないならなんなのか? という疑問が頭に入り乱れる。
 そんな様が顔に表れたのだろうか。この奇妙な少女が先に口を開いた。

「私は河童。谷河童のにとり。この世界で知ってる人はいないだろうけどね」

 そう言いながら、寂しそうな目をする。自分から選んだ道とはいえ、仲間を
全て置いて異世界に来てしまったのだから。
 しかしシエスタの返答を聞いたにとりは一転、目を輝かせることになる。

「あの……知ってます」
「え? 知ってるって? 河童を? するとこの世界にも仲間が?」
「いえ、そうじゃないですけど……昔祖父から話だけ聞きました。でも……」

 一方シエスタは戸惑っていた。昔祖父から聞いた話に出てきた、どこか遠くの
国に棲んでいるという生き物。とてもとても怖かった覚えがある。でも――

「カッパって、頭にお皿があったり」

 帽子を叩く。

「甲羅を背負っていたり」

 振り返り、リュックを見せる。

「でも、緑のヌメヌメした肌をしてるって……」
「昔は確かにそんな格好だったねー」

 技術革新なのよ、とよくわからない事を言われたが、シエスタはそれどころでは
なかった。

「本当に?」
「うん」
「本当に、本当にカッパ?」
「うんうん」
「じゃあ……」
「じゃあ?」
「えー、じゃあわたし、スモウに無理矢理さそわれちゃうんですか。
 シリコダマ抜かれちゃうんですか。
 食べられちゃうんですか。
 うわーん」

 突然泣き出したメイドを前に、にとりは頭を抱えていた。どうしよう、この
思いこみの激しいメイドは。なんで人見知りの私がこんな目に遭うんだ。
泣きたいのは私だよ。

「あー、だからその、ね、大丈夫だよ、多分、うん」

 あまりにも要領の得ないにとりの慰撫は、まったく効果が得られない。
 シエスタが落ち着くには、一時間という時間が必要だった。

「祖父が、その父から聞いたそうなんです」

 つまりわたしの曾祖父ですね、とやっと落ち着きを取り戻したシエスタが、
それでもまだ怯えつつ説明する。
 なぜここまで怯えるのか。その理由は、祖父の話にあった。祖父の父はある日
突然シエスタの生まれた村に現れたという。色々あったそうだが、村の娘を
妻に娶ると、終には村に骨を埋めたそうだ。祖父の他、何人か子をもうけたのだが、
彼らはみな色々と怖い生き物の話を聞かされて育てられたらしい。その話は、
同様にその子にも、孫にも聞かされたという。

「怖い話って、さっきみたいの?」

 こくり、と頷くシエスタ。

「勝手に川に遊びに行くと、河童に捕まるよ、って。捕まったら――」

 ああ、それはなんて懐かしい響きだろう。にとりは嬉しくなった。昔はみな
そうやって、子供を叱ったものだ。いつからだろう、人間の科学が河童は
存在しないことを証明してしまったのは。いつからだろう、河童が幻想郷にしか
棲めなくなったのは。

「他にも祖父は、わたし達に色々な話を聞かせてくれました。
 不思議な、恐ろしい生き物の話です」
「うんうん、どんなの?」
「親を困らせる子供はオニに食べられちゃうぞ、とか」
「呼んだ?」

 呼応する声と共に、どこからともなく小柄な少女が現れた。まるで、霧が
集まって形を成したかのように。頭には捻れた角、腰には奇妙な形の酒筒。
漂うお酒の匂いに赤ら顔。少女という点を除けばそれは、シエスタの聞いた
オニの特徴と一致する。

「……悪いことをするとテングに連れてかれるぞ、とか」
「この世界にも私たちを知ってる人間がいるのは嬉しいですね」

 バサリ、と羽音がすると背に翼を持った少女が降り立った。奇妙な形の靴を履き、
手には団扇を持っている。別に鼻は高くなかったが、テングなのだろう。

「…………。嘘をつくと地獄のエンマ様に舌を抜かれるぞ、とか」
「それは迷信です。私たちは白黒をつけるだけです」

 振り返るといつの間にか、生真面目な雰囲気の少女が立っていた。手には
奇妙な形の棒を持っている。目が合うとその少女は、頷いて見せた。

「別に怖がる必要はありません。私は善行を積んでいる人間の味方ですから」

 そんなことを言われて、それは良かった、と言い切れる人間がどれだけいると
いうのだろう。
 カッパにオニにテングにエンマ。まさか本当に存在するとは。
 四面楚歌。
 そんな気分の中、救いは空から現れた。

「あー、取り込み中のようだけど、ちょっといいか?」

 その声の主は、何故か箒に腰掛けて空に浮かんでいた。



 一方その頃、建物の陰では何故か残念そうな顔をしている者達もいた。

「なんで吸血鬼が出てこないのよ」
「雪女もよ。暖かいところの出身だったのかしら」
「うらめしやー。しくしく。さめざめ」
「日本古来じゃない妖怪って、この世界にも普通にいるんじゃないかね」

 大きな鎌を持った女性、死神である小町の指摘に、顔を合わせる他の三人、
吸血鬼のレミリア、冬の妖怪レティ、亡霊の幽々子。そして、納得したように頷いた。

「ま、そうよね。吸血鬼ってだけで恐れてたし」
「日の下にいるから珍しがられたんじゃないの?」

 そう言いつつ、レミリアの差す日傘を羨ましそうに眺める。もちろん、日傘が
特別なのではないことはレティにも解っている。こんな変哲もない日傘で弱点を
防げてしまうレミリアが特別なのだ。

「そういう貴女はどうなのよ?」
「もう大変よー、暑くて今にも倒れそう」

 双方共に色白なのだが、雪女とも呼ばれるレティの顔色はそれに輪をかけて青い。
 もっとも普通だったら冬以外は、身動きも出来ないはずである。

「これの所為かしらね」

 レティは二の腕に刻まれたルーンに目をやった。使い魔として契約した際に刻まれた
ルーンである。

「確かに妙な力は感じるわね」
「……主人と使い魔との『距離』を近づけてるみたいだね。物理的にも、精神的にも」
「あなたが言うと、それらしく聞こえるわ」(*5)
「おや、亡霊の姫は何も感じないのかい?」

 小町から問われた幽々子は、首を傾げた。その首筋に、ルーンの端が見える。

「そうね~、私は妙に調子がいいわ~」

 幽々子はそう言うと、その場でくるりと舞って見せた。手にはいつの間にかいつもの
扇子がある。それを見ていた他の三人は、呆れたような顔をした。

「……昼間から踊ってる幽霊っていうのも、ずいぶんと希有ね」
「そういえばあなた、あの妖怪桜はどうしたのよ」
「んー、よく分からないわ~。くるくるくる~(*6)

 彼女の肉体が妖怪桜である西行妖を封じていることは、周知の事実である。
いや、事実であった、と言うべきか。今のこの状況がどういうものなのか、誰も
分からない。本人は分かっているのだろうが、素直に話すような者でもないのは、
みな知っている。

 また別の所では。

「やっぱりこの世界の月に、兎っていないんでしょうか」
「竹もないわよね」

 ため息が二つ。人影は四つ。かつて幻想郷では永遠亭という名の屋敷に住んでいた
者達だ。輝夜と鈴仙の愚痴に、永琳が呆れたような声を出す。

「二人とも、妖怪と同じように恐れられたいの?」
「そういうわけじゃないけど……話題には出して欲しいじゃない」

 日本最古の物語(*7)にもなっているんだし、と拗ねたような声を出す輝夜に対し、
小柄な兎耳の少女がどことなく嬉しそうに呟いた。

「私は別にいいもん」
「そりゃてゐはねー」(*8)

 そしてまた別の物陰では。

「夜雀ってマイナーよね。インディーズよね。わかってはいたのよ、わかってわ」
「蛍の妖怪って言われてても、固有名詞がないのは致命傷だよね」

 ミスティアとリグルが互いに愚痴りあう横で、かなり徳の高かったはずの
神が二人、肩を落としていた。

「これでも一応神だというのに」
「なんだ、案外と知られてないのね。仕事してなかったの?」
「そんなことをいうのはこの口?」

 かつて大和を治めた神、神奈子が、かつて諏訪湖を治めた神、諏訪子の頬を抓る。
負けじと諏訪子が神奈子の頬を抓り返す。ぐぎぎぎぎ、という呻き声が双方から
あがった。

「神様らしさの欠片もないよね、今の二人」
「♪仲良きこ~とは~美しき~か~な~」

 妙な調子で歌う夜雀の声は、多分に楽しげだった。

 そして一際暗い物陰では。

「一度彼女の生まれた村とやらに、行ってみたいものだな」
「歴史を識る、というわけか」

 九尾を生やした妖狐、藍の指摘に、奇妙な形の帽子をかぶった女性、
半人半ハクタクである慧音が頷いた。そして逆に問いを返す。

「貴女も興味があるようだが?」
「私達の世界からこの世界に時空間を渡った、ということなら、
 調べておく価値はあるかと」

 素っ気ない様子での言葉だったが、日傘を握る手に力が入る様は、端からでも
よく分かるものだった。

「この世界の魔法だけで成したというなら、それはそれで興味があるわね」

 そんな様子を気にすることなく、魔女であるパチュリーも同調するような
呟きを漏らす。
 そしてもう一人、雰囲気自体を読めていない妖怪が無邪気に問いを発した。

「ねぇ、その村には食べていい人類、いる?」
「食べるな」

 三人の賢き妖怪から一斉にツっこまれたルーミアは、不思議そうに首を傾げた。

「だって私たち、妖怪だし。怖がってもらわないと、れぞんでーとるがー」
「……まあ、脅かすだけならな」
「うん、努力する」

 ニコニコと笑うルーミアに、三人は顔を見合わせため息をついた。とはいっても、
確かにルーミアの言うことには一理ある。この世界は確かに未知なる者への
恐れがまだ色濃く残っている。だからといってそれに安心してては、以前の世界の
ように進歩する人間の技術によって、またもや自分たちの居場所がなくなってしまう。
それは避けなければならない。
 とはいっても、この地を追われるようなことになっては元も子もない。幻想郷の
ような人間と妖怪たちの関係を、どうすればこの地で築くことができるか。
 やはりまずは、普通の、貴族ではない人間達の村を見てみなければ。さらには、
妖怪が受け入れられる下地があると、なおのことよい。

 こうして一部の妖怪達には、シエスタという存在がクローズアップされたのであった。(*9)

 ちなみにそんな騒動を全く気にせず、独自の道を行く者達もいる。
 例えば空では。

「春ですね~」

 リリー・ホワイトが満面の笑みを浮かべて、春の日差しの中をふわふわと漂っていた。
 また食堂では。

「あら、あなたは少し艶美ね」(*10)

 昼食の準備をするメイド達の奇異の視線を気にすることもなく、アリスは
アルヴィーズの人形達を相手にブツブツと呟いていた。
 人影のない裏庭では。

「二百九十九、三百、三百一……」

 両手に構えた一対の刀を、淡々と型通りに振るう妖夢の姿があった。
 さらに学院の敷地の壁際では。

「ここなんてよさそうね」

 幽香が花壇を作る場所を念入りに選定していた。
 図書室の入り口では(*11)

「わー……」

 三十メートルはあろうかという本棚を見上げて、小悪魔は感嘆のような呟きを
漏らしていた。
 食堂の裏口にほど近い鶏小屋では。

「へー、鶏小屋ってホントはこんななんだ」

 姉と色違いの日傘を差したフランドールが、興味深げに鶏たちを眺めていた。

 そしてひときわ高い塔の屋根の上では、仰向けになった藤原妹紅が空を
見上げていた。

「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、
 死に死に死に、死んで死の終わりに冥し……」

 その口から漏れるのは、昔の僧侶の言葉。
 その言葉にずいぶんと救われたこともあった。

「……とはいうもののねぇ」

 目の前に広がる大空を、白い物が横切る。白い竜だ。背に誰かを乗せたまま、
遠ざかっていく。その先に広がるのは広大な平野。その遙か先に山脈が見える。
幻想郷では、そして日本では見ることのなかった風景だ。
 あの白い竜は、そういえば昨日見た気がする。誰かの使い魔だったろうか。

 そして、自分もまた、使い魔だ。自分の主人となった少女は、二日酔いに
耐えかねて医務室に行ってしまった。だから妖怪たちはみな暇を持て余して、
メイドにちょっかいを出したり出さなかったりしている。
 その妖怪たちの一角に不倶戴天の敵の姿を見つけたものの、妹紅は何かを
追い出すように目を閉じ、大空に向き直った。そしてボソリと言葉を漏らした。

「なぜ私はここにいるんだろう」

 今回のこの出来事は、自分に科せられた呪いから解き放たれる可能性があった。
すなわち、不死の呪い。幻想郷が――幻想がなくなれば、自分にかかっている
不死という幻想もまた消え失せたのではないか。
 しかし今、自分はこうしてここにいる。今更死が怖くなったとでもいうのだろうか。
 それとも……。

 勢いをつけ上半身を起こす。ちょうど昼を知らせる鐘が鳴った。眼下にいる
妖怪たちも顔を上げる。そして妹紅と輝夜の目があった。しかしそれも一瞬のこと。
輝夜は口元を袖で隠すと何事か楽しそうに笑い、彼女の仲間とともに歩き出した。
 妹紅も立ち上がると両手をポケットに突っ込み、ふわりと浮き上がった。
 食堂に向かって移動しながら妹紅は、この世界で最初の殺し合いはいつにするかな、
と普通の人間にとっては物騒なことを――そして彼女とその敵にとってはいつもの
ことを考えていた。



 一難去ってまた一難とはこのことだろうか、とシエスタは不安げに空を見上げた。
 ランチボックスを作らせ、鍋まで持って行ったマリサという名前の人間の使い魔の
最後の言葉が、不安だったからだ。

「死ぬまでには返すぜ」

 これは果たして本当に冗談なんだろうか?

 もっとも今のシエスタにそんなことを気にしている暇はない。昼食の時間である。
今回は二年生もちゃんと席に着いているし、使い魔となった妖怪達もいるので、
かなり忙しい。それに朝と違い、生徒達の顔色もかなりよく、普通に食事を
採っている。話を漏れ聞くに、二日酔いを水の秘薬でなんとかしたらしい。
 いいなぁ、あれってとても高いんですよね。などと思いながらデザートのケーキを
配っていく。トレイが空になり、厨房から追加のケーキを取って戻ってくると、食堂の
雰囲気が一転していた。

 妙に緊迫した空気。多くの生徒がある一点を注目している。その視線の先には、
一人の男子生徒と、生徒ではない少女。そして、少女の傍らには妖精よりも
小さい人形が浮いている。

「女性を泣かすのが、貴族だとでも言うつもりなの?」

 少女の詰問するかのような口調に、男子生徒は助けを求めるかのように周りを
見回す。シエスタとも一瞬目が合い、そこで彼女はその男子生徒のことを
思い出した。たしか、ギーシュという名前だっただろうか。その独特な服装と
本人の言動は、よくメイド達の間でも話題にあがる(*12)

「ねぇ、何があったの?」
「ううん、分からないわ」

 シエスタは近くに同僚のメイドを見つけると小声で問いかけたが、彼女も配膳に
気を取られていて、状況がつかめていないようだ。

「どうやら彼が、二股をかけていたようですね」

 突然背後から声がかかった。

「へぇ、そうなんですか……っ!?」

 振り返ったシエスタは息を飲んだ。そこにいたのは先程会ったばかりの天狗
だったのだから。
 その天狗はシエスタの反応に何故か笑みを浮かべる(*13)と、相対している
少年と少女を指差した。正確には、その傍に浮いている、人形を。

「ほら、あの人形が持っている香水の瓶が見えますか?」

 何故かこの天狗は、状況の解説をしてくれるらしい。二人のメイドが恐る恐る
頷くと、天狗の少女はどこか自慢げに話し始めた。
 あの少年は、香水の瓶の持ち主である二年生の少女と付き合っていたが、
それを隠して別の一年生の少女と馬で遠出をしたらしい。しかし、香水の瓶が
少年の懐から転げ落ちたのを彼の使い魔が見つけてしまったために、その秘め
事が双方にばれてしまったのだ。その使い魔というのが、今少年と相対している
あの少女なのだという。
 事情は大体分かった。だからあの二年生の少女は怒ったような顔で、一年生の
少女は泣きそうな顔で、少年を見ているのだろう。

 しかし、そこにはもう一人少女が居る。

「でもなんで使い魔が?」
「それも怒って?」

 メイド同士顔を見合わせると、天狗は肩をすくめた。

「まあ、彼女はまだ成ってから若い(*14)ですからね。
 それより、あの三人の貴族について教えて貰えませんか?」

 いつの間にか天狗は手に持ったメモ帳を広げると、二人のメイドに顔を近づける。
彼女たちは目を白黒させて何事かと問いかけた。曰く、取材らしい。取材とは
なんだろう?
 そうこうしている間にも事態は進行している。

「くっ、くるな!」

 問題の渦中である少年、ギーシュはそう叫ぶなり、自らの杖を振るった。
 青銅の花びらが一枚散ったかと思うと、すぐさま形を変える。そこに現れたのは、
身長一メイル半はある青銅の騎士。生徒達からは歓声が、妖怪達は感心したような
声が上がる。
 しかし彼の使い魔たる少女、アリスは淡々とした様子で呟いた。

「それがあなたの人形なのね」
「そうさ。そんな小さな人形が、このワルキューレに敵うものか」
「あら、私の人形がこれだけなんて、誰が言ったかしら」

 そう言うなり腕を高く上げ、パチリと指を鳴らした。
 しかし別段その場に変化はない。

「何も起きないじゃ――」

 ギーシュが言いかけた時に、周囲から声が上がった。歓声とも悲鳴ともつかぬ声。

「夜でもないのに」
「初めて見たわ」
「壊れたのか?」 
「なんで人形が突然」

 人形、の声にギクリと顔を向けたギーシュは、その光景に青ざめた。この食堂の
名前ともなっているアルヴィーズの人形。それが列を成して歩いてくるのだ。こちらを
目指して――おそらくは、自分を目指して。
 そして思い出す。彼の使い魔となった少女の二つ名を。

「そんな人形に何が出来るっていうんだ!」

 あからさまな強がりだ。額に浮いた冷や汗がそれを物語る。とはいっても、
それは真実でもある。アルヴィーズの人形は夜に食堂で踊るくらいしかできない。
荒事などもっての他だ。一応、芸術品なのだから。
 それでもアリスは涼しい顔で応えた。

「そうね、大したことは出来ないわ。
 でも、ご主人様を縛り上げて部屋に連れて行くくらいは可能よ」
「使い魔が主人にそんなことをしていいと思っているのか!」
「もちろんよ。使い魔としては、ご主人様に立派になってもらわないとね。
 例えば女性の扱いとか」

 そのためなら、何でもするわよ、と『何でも』を強調してアリスは言うが、その何でもが
艶っぽいことではないことはギーシュにもよく分かっている。むしろその正逆のことだ。
そんなことは認められない。色々な意味で。
 それに、まだ終わったわけではない。
 ギーシュを遠巻きにするアルヴィーズの人形達。その包囲が完了する前にギーシュは
さらに杖を振るい、六体のワルキューレを作り出した。
 計七体のワルキューレで自分の周りを隙間無く取り囲む。

「いくら数が多くても、このワルキューレ達には敵うまい。素直に諦めたまえ」

 みっともないが、持久戦だ。こうしていれば、そのうち教師か誰かが助けに来てくれる
だろう。なにしろ自分は主人であり、彼女は使い魔なのだから。
 それにもし攻撃を仕掛けてきたとしたら、それこそしめたものだ。力の違いというものを
見せつけてやる。
 しかしアルヴィーズの人形達は、それを気にした様子もなく包囲を狭めてくる。
 もしここでギーシュが攻勢に転じていれば、結果は違っただろう。しかしギーシュには
女性相手に攻撃を仕掛けるという考えはなかった。
 そしてその考えは、アリスの予想通りのものでもある。

「いいえ、私の勝ちよ」

 アルヴィーズの人形達を従え、アリスは絶対の自信を見せて言い切った。ギーシュが
不安を覚えるほどに。その不安の色が顔に出たのか、アリスは口元に笑みを浮かべ
言葉を続けた。

「ねえあなた、この子達って、学院の備品よね」
「そうさ」
「壊したら、誰が弁償するのかしら」
「え゛?」

 ギーシュの思考が一瞬止まる。もしワルキューレがこれを壊したら、間違いなく僕の
責任だ。いやでも人形を操っているのはアリスじゃないか。けどアリスは僕の使い魔だ。
そうすると……やっぱり僕が弁償するのか?
 ギーシュの頭の中が、弁償することになった時の金額で埋まったその隙を狙ったかの
ように――いや、実際その隙を狙い逃さず、アリスは再び指を鳴らした。
 一斉に突撃してくるアルヴィーズの人形。しかしギーシュは、反応することができなかった。

 もしギーシュに覚悟を決める時間があったなら(*15)、こんな無様な真似はせず、
名誉のためにアルヴィーズの人形を壊す事を選んでいただろう。そうさせないだけの
言葉であり、タイミングであった(*16)

「ひ、卑怯だぞ!」

 杖を取り上げられ、いつの間にか用意されていた縄でグルグルに巻き上げられ
ながらの叫びに、アリスは鼻を鳴らして応じた。

「ご主人様のためには、何でもするって言ったはずよ」
「くっ、使い魔が主人に楯突くなんて許されると思ってるのか」
「楯突く? とんでもない。これはご主人様のためを思っての事よ」

 そして自分の主人に背を向けると、この騒ぎの当事者とも言える一人の少女に
声をかけた。

「ちょっとよろしいかしら?」
「なによっ!」

 モンモランシーは不快だった。これは、自分とギーシュとケティという一年生の間の
問題だったはずだ。何で使い魔風情が貴族間の問題に口を挟むのか。その上、
どうして自分に声をかけるのか。

「私のご主人様の教育を是非手伝って欲しいのよ」
「教育ですって?」

 思わず眉がつり上がった。一体何を言い出すのだろう、この使い魔は。
 その後ろでは、ギーシュが顔色を白く染めている。

「彼には、私たち使い魔に相応しい主人となるような、勉強が必要だと思うのよ」
「…………」
「例えば女性に対する気遣いとか」

 その点に関してのみ言えば、異論はない。ギーシュの女癖の悪さは、いつか
手厳しく直させる必要があると思っていたのだ。しかし――

「し、仕方ないじゃないか」

 突然縛られたままのギーシュが、言い訳を叫びだした。曰く、ケティとは
遠乗りしただけで、それ以上は何もない、だの、本当に大切に思っているのは
モンモランシー一人だ、だの。
 本人達がこの場にいるのにそのような発言をしてしまうのは、ある意味大物
なのかもしれない。それとも、モンモランシーがいるからこその台詞だったのか。
 しかしここには、当事者以外の人間も多くいる。例えば、ギーシュの女性遍歴を
快く思ってない男子生徒とか。ギーシュのことをちょっといい男かもと思って
見ていた女子生徒とか。

「そもそも、二股をかけるのが問題じゃないのか?」
「私に色目を使ってたのは何だったのかしら」

 生徒たちからの揶揄するような問いかけにギーシュは、焦ったように答えた。

「それは、薔薇は多くの女性を楽しませなければならないと――ヒーッ」

 主に二人の女性から立ち上がる気配に、ギーシュは息を飲んだ。そして、
自分の発言が最悪の事態に繋がったしまったことを理解した。

「そうね、この人の性根はいつか叩き直さなければいけないと思っていたのよ」
「ご理解いただけて恐縮ですわ、ミス……」
「モンモランシーよ。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ」
「私はアリス・マーガトロイドよ。よろしくお願いするわ」

 そして溢れた笑い声の二重奏はまるで地の底から響いてくるかのようであり、
男子生徒は寒気を押さえられなかった。例えそれがギーシュの自業自得だったとは
しても。心の中でみな、ギーシュの冥福を祈った。
 そして、心の中だけに留めない連中も、この場には居る。
 静かに流れ出す音楽。三人の騒霊が奏でる悲しげな旋律に乗って歌われる
歌詞は、市場に売られていく子牛のことを歌ったもの(*17)であり、ぐるぐる巻きの
まま二人の少女に引きずられてこの場を去ろうとしている少年に、実に似合った
ものだった。
 もっともその音楽と歌声は唐突に途切れる。顔を赤く、あるいは青く染めた
四人の生徒が、その演奏者である自分の使い魔の襟首を掴み、あるいは肩に
担いで、逃げるかのようにアルヴィーズの食堂を出て行ってしまったからだ。
 こうしてようやく、いつものようなざわめきが少しずつ食堂に戻ってきた。

「予想以上にいい図が撮れましたね」

 黒い小さな四角い箱を眼前に構え覗き込んだ後で、射命丸文は誰にともなく
呟いた。もっともその声は周囲のざわめきに溶けて消え、誰の耳にも届かなかったが。
なにしろこの出来事を見守っていた生徒と先生と使い魔にとって、この出来事は
様々な意味があったのだから。

「え、あんなことやっちゃっていいの?」

 いわゆる化け猫であるところの橙は、困った風情で顔を撫でた。猫を被る、では
ないが、もう少しこういった直接的な行動は控えておくものだと思っていたのだ。
 別に主人に対して反旗を翻そうというわけではない。ただ自分の有用性という
ものを、じっくりと認めさせるつもりでいたのだ。最初から自分の手の内全てを見せる
のは愚か者だ、という位の判断は、橙でもできる(*18)
 ただそこら辺は周囲とのバランスが重要だ。方針を見直さないといけないかな、
と思いつつ、唖然とした表情でギーシュ達が消えていった通路を凝視している自分の
主人を見上げ、そして主人の皿から魚を一欠片失敬した。
 ……実に美味い。こんな食事が狩りをしないでも毎回食べれるというなら、しばらく
使い魔をやることに、まったく異論はない。


 一方彼らの頭上、二階席から経緯を見守っていた教師達は、安心したように席に
座り込んだ。やれやれ、と杖をテーブルに置く者もいる。

「どうなることかと思いましたが、穏便な結果に終わって何よりですな」
「まったくです」

 幾人もの教師が首を縦に振る。一時は魔法を使っての介入も考えていただけに、
平和理に済んだことは喜ばしい。何しろグラモン家といえば有名な軍事系の家系。
モンモランシ家といえば、契約の精霊との連絡を担っていた家系。この二家の子息
子女が、公の場で争い毎を始めたのだ。しかも内容は色恋沙汰。どちらかに味方して
相手側から恨まれることになったら、大変なことになるだろう。
 それが、ギーシュの召喚した使い魔のお陰で、主人と使い魔の問題という形で決着
したのだ(*19)。実に喜ばしい。

「でもあの使い魔は、主人のためならなんでもやる、と言ってましたよね」
「ああ。実に健気なもんじゃないか」
「じゃあ、教師に敵対するのが主人のためになると判断したら……」

 その場にあった人形とはいえ、あれだけの数を同時に操る者は、今まで見たことが
ない。しかも明らかに術者本人の死角となる所でも、まるで見えているかのように動いて
いた。今も、通路から戻ってきた人形達が、元々自分たちがいた場所に戻ろうとしている
様子が見える。もちろんこの場に、あの使い魔はいない。
 内容からすれば土の系統だとは思われるが、どれほどの技量を持っているのだろうか。
土のトライアングルに相当する位だろうか。もしかしたら、スクウェアに匹敵するかも
しれない。そんな者に自分たちが対抗できるのだろうか。

「そうならないように、精々努力しようじゃないか」

 その言葉に、みな頷く。平穏無事に済めば、それに越したことはないのだから(*20)


「少々あざといとはいえ、あれも一つの方法か」

 慧音は顔をしかめながらも頷いた。自分たち妖怪の類と、貴族たちの間で結ばれた
主従関係。これをどの程度活用し、適用していくか、ということは、妖怪達にとって
悩ましいところである。なにしろ妖怪は、取り決めとか盟約とかその手の言葉をとても
律儀に守る生き物なのだ(*21)
 ただ単に自分のやりかたを押しつける、ということは、使い魔として好ましくはない
だろう。寺小屋のように、頭突きでいうことを聞かせるなど、以ての外だ。

「まあ、主人のためを想って、ということには違いがないからな」

 少々自分の思惑が混ざっていたとはいえ、アリスがやったような方法もある、という
ことだ。あとはそれをいかに主人に納得させるか、だが……


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