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ルイズと夜闇の魔法使い-01


「だったかたったったー! おっす、俺柊 蓮司!」
 秋葉原の町並みに陽気な歌声が響き渡る。
 周囲の人々が怪訝そうな顔で、あるいは胡散臭げに向けてくる視線をものともせず、柊 蓮司は我が物顔で歩みを進めていた。
 昨年の四月から巻き起こった大規模なウィザードと侵魔の闘い――『マジカルウォーフェア』を潜り抜け、更には一部で それ以上の奇跡と噂されていた輝明学園高等部の卒業を果たし、訪れた自由を思う存分謳歌していた。

 マジカルウォーフェアが一応の収束を向かえる契機になった三月の事件――七徳の宝玉を巡る一連の闘いが終結した後、 彼はメンテナンスとバージョンアップのために魔剣をメーカー送りにし、ウィザードを休業する事になったのである。
 三月下旬にちょっとした依頼で出張ったこともあったがそれ以後は特に何事もなかった。
 つまりはアンゼロットによる唐突かつ理不尽な拉致もなく、まるで仕組まれたかのように厄介ごとに巻き込まれる事もなく。
 普通の人間ならごくごく当たり前に享受できる、ありふれた平穏な日々を送っているのだった。



「さ~て、今日は何すっかな」
 学校と世界の危機に追い回されていた頃はあれこれとやりたい事が沢山あったような気がするのだが、こうして実際に 『何をしてもいい』という状況になるとほんの数週間でやりたい事がなくなってしまった。
 姉である京子からは「弟がニートになっちまったよ」と嘆かれているが、柊自身は一向に堪えていない。
 イノセントである彼女に話してしまう訳にはいかないが、彼はこれまでおよそどんな人間よりも『仕事』をしてきたのだ。
 具体的には残りの出席日数を指折り確認しなければいけないぐらいひたすらに働かされていた。
 魔剣の改造が終わるまでの期間ぐらいはとことん怠けたって許されるだろう。
 働いたら負けかな、と柊は思っている。
 少なくとも今の内はそうしておきたいのだ。
 そんな訳で彼は日が昇りきった頃に起き出して適当に飯を食い、適当に町に繰り出して何をするでもなくぶらぶらと秋葉原をうろつき、 適当に日が沈むと家に帰ってくる毎日を過ごしていた。
 要するに今現在柊は暇をもてあましている状態なのだが、しかし。

「……な・に・す・っ・か・な・ぁぁあ~~♪」

 その『暇をもてあましている』という事実がまた柊に幸福感をもたらしていたのである。
 幾度となく世界を救い、そしてマジカルウォーフェアの発端と収束の場に居合わせ関わってきた……そんな彼の実績だけを知る 他のウィザードが今の柊を見れば大いに落胆するであろう。
 もっとも柊からすれば他人の風評など関係ないが。
 ともかく。



 200×年、五月。
 柊 蓮司は絶好調だった。



「あれ、柊先輩?」
 ふとかけられた声に柊は振り返った。
 そこにいたのは彼のよく知る後輩の少女――志宝エリスだった。
 彼女は七徳の宝玉にまつわる闘いの鍵となった少女であり、事件の後は輝明学園の学生として日常の世界に身を置いていた。
 僅かに首を傾げ、紫苑の髪を揺らす彼女は輝明学園の制服ではなく、事件の頃を思い起こさせる白のブラウスと帽子を纏っていた。

 元々それは彼女の前の学校の制服――という事だったのだが、彼女にまつわる一連の件が落ち着いた後の調査でそのような 制服の学校は存在しない事が判明していた。
 つまりは、志宝エリスが"生まれた"時に周囲の情報と元に纏めて捏造されたモノだったのだ。
 いわばその服は彼女にとってあまり良い因縁とはいえないモノなのだが、思うところがあってエリスはそれを私服として着ることが多かった。
 ――たとえそれが偽りのものであっても、彼女にとってそれは"おじ様"との絆には違いないのだろう。

「どうしたんですか、こんな所で」
「いや、適当にぶらついてるだけ。エリスこそ、学校はどうしたんだ?」
「……やだ、先輩。今日は日曜ですよ?」
 もはや曜日の感覚すらも失っていたらしい。
 くすりと笑みを零しながら言うエリスに、さすがに柊は照れくさくなって頬をかいた。
 そして彼はごまかすようにひとつ咳をすると、
「あー……どっかでかけるのか?」
「あ、はい。ちょっと買物に」
「買物か……」
 歩み寄ってきたエリスを促すように踵を返すと、柊はエリスと並んでゆっくりと歩き出す。
 ショウウィンドウを適当に眺めやりながら、ふと思い出したようにエリスに声をかけた。
「くれはとか灯は一緒じゃないのか? そっちの方が楽しいだろ?」
「……」
 何故かほんの僅かにエリスが沈黙した。
 しかし柊がエリスに目を向けると、すでに彼女は普段通りの人懐っこい微笑を称えたまま返してくる。
「二人ともお仕事で忙しいらしくって」
「灯はともかく……くれはも? おばさんと巫女修行なんだからいつでも空けられるだろ?」
「あ、いえ、赤羽の方のお勤めじゃなくって、アンゼロットさんに何か頼まれてるらしくて」
 ここの所くれはは朝早くから夜遅くまで……時によっては何日か空けて帰って来ることもあるらしい。
 ウィザードとしての任務とはあまり関係ないらしいが、帰ってくると決まって憔悴しきった表情でぶっ倒れ、 何か判を押すような動作を夢遊病者のように繰り返しているそうだ。
 エリスの説明に柊は「訳がわからんな」と呟いた後、しかし何故か満面の笑みを浮かべた。
「俺の代わりにこき使われるのか……学生時代人を笑ってた報いだな、ざまぁ見ろ」
「あはは……」
 心底嬉しそうに言う柊にエリスは苦笑を返す。
 そして彼女が何とはなしに視線を傾けると、その先に一組の男女がいた。
 知っている人、という訳ではない。純然なただの通行人だ。
 だがそれを見た彼女は僅かに視線をさまよわせ、やがて顔をあげると翠の瞳で柊を見つめた。
「あ、あの、柊先輩!」
「ん、どうした?」
 視線を返してくる柊にエリスは努めて何気なさを装って彼の顔を見上げ、口を開く。
「先輩、今日は何かする事あるんですか?」
「あー、いや。別にないけど……」
 これで相手がくれはや灯などであれば胸を張って宣言していたのだが、生真面目で真っ当(最重要)な後輩である エリスの前では流石の彼も言い淀む程度に見栄がある。
 するとエリスは少しだけ口ごもるような仕草を見せると、やがて意を決したように柊に言った。
「じゃ、じゃあ、一緒に買物に行きませんか!?」
「え……でも俺、女の子の買物なんて全然わからねえぞ? 荷物持ちくらいならするけどよ」
「はい、それで構いませんっ! あ、いえ、荷物持ちで構わないって事じゃなくて、その……!」
「あー、お、おう……じゃあそれで」
 気合が空回りしてあたふたしているエリスに気圧されるようにして柊は思わず頷く。
 途端彼女はこれ以上ないほどの喜色を称え、次いで何故か赤面して顔を俯けてしまった。
 正直柊には彼女の顔色の変化の意味がよくわからなかったが、かろうじて喜んでいるのは理解できた。
 七徳の宝玉の一件で彼女の身に起きた出来事を知る柊としては、彼女のそんな顔を見れるのは嬉しいことだ。
 自分のやってきた事が間違いではなかったと確信できる。
 ……明後日の方向に結論を出して柊は満足そうに息を吐いた。
「よし、それじゃ行くか……って、何処に行くんだ?」
「あ、はい。それじゃ――」
 柊に促されてエリスは跳ねるように顔を上げると、とりあえずは平静を取り戻して歩き出そうとした。
 が、その一歩は目の前の障害物によって止められることになる。
 今まで何もなかったはずのその道路に、奇妙なものが鎮座していた。



 まるで姿見のような巨大な鏡が、二人の前に立ちはだかっていたのである。



「……え?」
 目の前の物体が何なのか理解できず、エリスは思わず声を漏らした。
 色々と周囲が見えていなかったような気がするが、少なくとも今の今までこんな巨大なモノはなかった。
 まるで今しがたこの場所に出現したような、そんな唐突さだった。
 というか、往来にこんな奇妙なモノがあれば誰かしらすぐに気が付くはずなのだが、通りすがる人がそれに気づく様子はない。
 どうやら普通の人間には見えていないようだった。
「こ、これは……」
 エリスとて短い時期とはいえウィザードとしてこの世界の常識の外に身を置いていた人間だ。
 すぐに普通のモノではない事に気がついて柊に視線を送ると、彼は眉間に大いにしわを寄せて食い入るように その姿見を睨み付けていた。
「柊先輩……?」
「こりゃあアンゼロット……いや、ゲートだな。多分どっかの異世界に繋がってる」
「い、異世界……ですか? えと……裏界に?」
 柊の言葉にエリスは小さく首を傾げて呟いた。
 エリスはウィザードであった時期が時期だけに、ウィザードとしての知識を十二分に得てはいなかった。
 だから彼女にとっての『異世界』とはアンゼロットから説明を受けた侵魔達が存在するという裏界しかない。
 だが、一方の柊はそれを首を振って否定する。
「侵魔が繋げるんなら月匣だ。紅い月が出る。だからこれはラース=フェリアだかミッドガルドだか、どっか別の異世界だな」
「らーす……え?」
 柊はこの類の代物に覚えがあった。
 かつてこの世界――第八世界ファー・ジ・アースの平行世界である第一世界ラース=フェリアに向かった際、 似たようなゲートをくぐった事があるのだ。
 もう一つの異世界、上述の『平行世界』とは異なる『外世界』ミッドガルドに行った時はいきなり靴箱の中に引きずり込まれたので 観察する余裕はなかったが。
 柊はひとつ息を吐き出して、不思議そうに首を傾げているエリスを見やった。
「ほら、漫画だか小説とかでよくあるだろ? 鏡だか門をくぐったらファンタジー世界だったって奴、あれだよ」 
「はあ……」 
 エリスはよくわからないまま鷹揚に一つ頷き、小さく眉を寄せて僅かに考えた後、はっとした表情で手を合わせた。
「もしかして正義の宝玉を手に入れた時みたいな感じですか?」
「そうそう、そんな感じそんな感じ。あんま近づくなよ、引きずり込まれるかもしれねえ」
「あ、はい……」
 柊の手招きに誘われる形でエリスは鏡から十分に距離を取って迂回する。
 そして二人は鎮座する鏡を置き去りにしたまま再び歩き始めるのだった。



 ※ ※ ※



「あの……よかったんですか?」
 鏡を放置して歩き出して少しした後、ようやく落ち着いたのかエリスがおずおずと声を上げる。
 さっきは柊に促される形で放置してきてしまったが、やはり彼女としては少し気になる所だった。
 彼女の疑問を察した柊は難しい顔をして腕を組み、ため息交じりにエリスを見やった。
「そりゃ、事前に説明とかあって『助けてくれ』とかなら行かないでもねえけど。
 ああいう形で出てきた奴に首突っ込んだら大抵ろくでもない事になるんだよ。正義の宝玉の時もそうだったろ?」
「うっ……」
 柊の言葉にエリスは思わず言葉を詰まらせてしまう。
 正義の宝玉に誘われる形で異世界(?)にたどり着いた時には、柊とはぐれてしまった挙句に魔王級の侵魔と鉢合わせてしまったのだ。
 その時の恐怖と絶望感を思い出してエリスは胸に手を当てた。
 そうなるとこれ以上あの鏡やその向こう側にあるらしい異世界に関して何か言うことなどできるはずもない。
 彼女のそんな仕草を見て柊はおどけるように腕を広げ努めて明るくエリスに声をかけた。
「まあ、本当にあの向こうで困った事が起きてんならあんな悠長なやり方はしないだろ。
 それこそアンゼロットみたいに綱つけてでも引っ張り込むだろうさ」

 ――そんな柊に、どこからともなくハンドアームが伸びてきてガッシリと身体を拘束した。

「ほら、こんな、風、に……」
「あ――」

 アームから伸びたロープははるか上空。青空に飛翔するヘリコプターから伸びていた。

「なァにいィィィィ!!!?」
 柊が叫ぶと同時に身体が急激に引き摺られる。
 反射的に脇に立っていた電柱に捕まり抵抗するも、天空からの吸引力は強烈で電柱がミシミシと悲鳴を上げ始めた。
「しまった! 完全に油断したッ!!」
「ひ、柊先輩!」
 おろおろと立ち竦むばかりのエリスをよそに、空から涼やかな少女の声が響き渡った。
『お久しぶりで~す、柊さーん! お迎えに上がりましたわ~!』
「ふっ、ふざけんなぁ! 俺は今休業中だ!!」
 電柱に必死にしがみつきながら柊は空のヘリコプター……そこに搭乗しているであろうアンゼロットに叫んだ。
 しかし彼女はそんな彼の態度を一向に気にする風でもなく言葉を紡ぐ。
『ご安心くださ~い! 貴方の大切な魔剣はつい先ほど無事に宮殿に届けられましたから~!』
「おぉぉい!! なんでアンブラに送った魔剣がお前の所に届くんだよっ!?」
『こっちに来てまたアンブラに取りに行くのは面倒じゃないですか。手間を省いて差し上げただけですわ~!』
「て、てめ――」
『今回は新しい魔剣の調整も兼ねて超簡単なドサ回り……もとい、任務ですから遊びに行くぐらいの気持ちでやって頂いて結構でーす!』
「ふ、ふざけやがって……!」
 ギリギリと歯を軋ませて睨み据えるが、ヘリコプターは委細かまわず柊を一本釣りしようと更に引く力を上げる。
 電柱がベキベキと嫌な音を立てながら折れ始めた。
 柊はこれ以上耐えられないを悟ると、脇で立ち竦んでいるエリスを避難させようと彼女に目を向けた。
「エリス、危ねえから――」
「――っ!」
「離れ――うえっ!?」
 柊は最後まで言葉を続けることができなかった。
 エリスが柊から離れるどころか、走りよってきてしがみついてきたのだ。
 彼女の行動に思わず柊は力を緩め、

「うぉおあああぁぁぁっっ!!!」
「きゃあぁああぁぁっ!!」



 二人は一気に空中に引っ込抜かれた。



「ちょ、エリス……何やってんだ!」
 ヘリコプターに吊り下げられたまま空中を疾走する柊は必死に縋り付いてくるエリスに呻く。
 彼女は柊の胸に顔を埋めたまま、何かを拒否するように頭を振って声を絞り出す。
「……先輩は今日一緒に買物に行くって……約束しました……!」
「お、お前なあ……っ」
 "たかが買物"にそこまでするエリスに柊は呆れたような声を出すと、彼女が落ちないように抱え込んでから上空を――ヘリコプターに乗っているだろうアンゼロットに叫ぶ。
「おいこら、アンゼロット!!」
『どうしました? 出席日数はもう関係ないはずですけど? なんせ今の貴方は世間的には立派なニートですし』
「うるせえよ! ってかそうじゃねえ、いいからこっち見ろ!!」
『はあ? 一体何を――』
 ややあってからアンゼロットの顔がヘリのガラス越しに覗いた。
 途端アンゼロットの顔に驚きが浮かぶ。
『ちょっ、柊さん何をやってるんですか!? いつの間に貴方は人質を取るような卑劣漢に!?』
「違ぇよ! 誰がそんな事――いや、いいから今すぐ降ろせ!!」
『わ、わかっています!』
 珍しく焦った様子でアンゼロットが答え、ヘリはゆっくりと地上に向けて降下し始める。
 自分の時は問答無用で連れ去るくせに今回はあっさりと引き下がるあたりなんだか釈然としないものを感じるが、 ともかく今はエリスの安全が最優先だろう。
 柊は小さくため息をつくと、下を見ないようにしているのか胸に顔を埋め必死に捕まっているエリスを宥める様に頭をなでた。
「エリス。もう大丈夫だから」
「……はい」
「買物なら今度付き合うからさ」
「でも……今度っていつですか?」
「う、それは……」
 柊はぐっと言葉を詰まらせてしまった。
 魔剣が直ってウィザード稼業を再開すれば、見ての通り今までにもまして任務を押し付けられる事になるだろう。
 そうなればもはや『今度暇な時』など期待する余地などないも同然だった。
「ま、まあ今回は簡単な奴って言ってたから、すぐ終わるだろ。その後……でぇ?」
「……?」
 半ば誤魔化すように言ってから柊は次第に近づいてくる地上を見やり、奇妙な声を上げた。
 その声に釣られるように、エリスも僅かに顔を上げてそちらを見やる。
 身に受ける風とまだ遠くに見える地上が自分が生身で空中に釣られているという事を実感させて怖くもあったが、 その視線の先に気になるものを見つけた。
 ヘリがゆっくりと降下していく先。
 柊達を待ち受けるように。



 先程通り過ぎたはずの鏡があった。



「うそぉ!?」
 思わず悲鳴を上げて柊は身を捩った。
「きゃっ!?」
 その瞬間にエリスがずり落ちて、あわてて柊は彼女を抱え直した。
 その間にも鏡はぐんぐんと柊達に向かって迫ってくる(厳密には柊達が鏡に接近しているのだが)。
 アンゼロットに高度を上げろなりと言おうとも思ったが、もはやそれでは間に合わなかった。
 エリスと会話をしていて、鏡に気づくのが遅すぎたのだ。
 せめてエリスだけでも、と彼女を抱える腕に力を込めたが、それもできないと悟る。
 彼女が月衣を纏うウィザードであれば、ここから放り投げて地面に激突しても驚きはするだろうが怪我はしない。
 が、今の志宝エリスはもはやウィザードの力を持たないイノセントなのだ。
 つまりは、もう手遅れ。
「せ、せんぱ――」
「ほら見ろ! やっぱりろくでもねえ事に――!!」
 正義の宝玉の時の轍を踏まないようエリスの身体を力の限り抱きしめて叫ぶ。
 そしてその叫びは最後まで空に響く事無く、その声の主と共に鏡の中に消えていった。



『――アンゼロット様!』
 ヘリのコックピットから唐突に響いた通信に、アンゼロットは端正な眉をわずかに揺らした。
「何事です。今は少々立て込んでいます」
『それが、たった今アンゼロット様の居られる空域にて次元回廊の開放を確認しました!
 平行世界あるいは何処かの外世界へのゲートが開いたものと……!』
「……はい?」
 ロンギヌスからの通信を聞いたアンゼロットはそんな声を返し、首を傾げた。
 そして窓越しに眼下を確認する。
 ――捕まえたはずの柊 蓮司とそれに巻き込まれた志宝エリスの姿はどこにもなく。
 捕獲対象を失ったアームが風にあおられてゆらゆらと揺れていた。
「……………落とした?」
 そんな彼女の声に突っ込んでくれるはずの人間は、もはやここにはいなかった。



 ※ ※ ※



――鏡を通り抜けると、そこはファンタジー世界だった。



 エリスはそんな埒もない事を考えながら、周りに広がる草原を呆然と見やっていた。
 隣では柊があぐらをかいたまま「やっぱなァ」と言いながら面倒くさそうに肩を落としている。
 そういうものだ、と事前に聞いてはいたが、やはり実際にその身に起こってみれば少なからず動揺するのは避けられない。
 へたりこんだ地面に感じる草と土の感触は、間違いなく現実のものだった。
 ふと目をやれば何人もの少年少女たち――恐らくはエリスと同年代だろう――が愉快しそうに笑っていた。
 その中で一人、見るからに怒気を孕ませて壮年の男に詰め寄っている少女がいる。
 彼女は陽光を孕み薄桃に輝くブロンドの髪を振り乱して男に何事かを訴え、こちらを指差す。
 男が何事かを語りかけると少女は肩を落とし、また何事かを訴えた。
 すると今度は男の方が返答に困ったように頭を振った。
「……何か揉めてんなあ」
 そんな二人の様子を見ていると、柊が口を開いた。
 彼は立ち上がって服についた草を払うと、エリスに向かって手を差し出す。
「身体、何ともないか?」
「あ、はい」
 エリスは手を取って立ち上がると、柊に追従する形で二人の元へと歩み寄っていった。
 柊達が近づくのにあわせて周囲の少年少女たちがざわめき、距離を取る。
 柊は驚きはするものの引かずに待ち受けていた男と少女に向かい合うと、エリスを庇う形で二人に相対して口を開いた。
「アンタが俺達を召喚したのか?」
「は、いえ。召喚したのは私ではなくこちらの――」
「アンタ達を呼び出したのは私よ。……不本意だけど」
 先にそれらしい男の方に向かって言ったのが癇に障ったのか、少女は不機嫌を隠そうともせず刺すような視線を柊に向けた。
「あー、まあいいや。とりあえず先に頼みたいんだけどさ。エリス……こっちの子は元の世界に戻してやってくれねえか?」
「え……先輩?」
「何か俺にやれる事があるならできる限りやるから、エリスだけは戻してやってくれ。コイツは巻き込まれただけなんだ」
 エリスは驚いて柊をみやったが、彼は構わずに男に向かって言葉を続けた。
 しかし男は眉根を寄せると申し訳なさそうに禿げ上がった頭を撫でる。
「む……いや、それができるのならこちらとしても好都合なのですが……」
「ちょっと、何で私を無視して話してるのよ!」
 言い淀んだ男を遮るようにして少女が叫び、割って入る。
 柊は自分達を召喚したのはこの少女だという事は理解していたが、大人でもあるこちらの男の方が話をしやすいと思っただけだ。
 どうやら少女にはそれが気に入らなかったようだ。
「ミスタ・コルベール! コイツもこう言ってるんだからこっちの方でいいですよね?」
「う、うむ……そういう事なら」
 全く事情がわからないままの柊とエリスを差し置いてコルベールと呼ばれた男と少女がなにやら同意を得た。
 そして少女は柊へと向き直り――そして不意に動きを止めた。
「……初めてが女よりは……違うわ、これは契約なんだからノーカウント。どっちかなら男の方が動けるだけマシだから。
 そうよ、そうよね……」
 眉間に皺を寄せて、ぶつぶつと呟く。
 意味不明の囁きに柊とエリスは互いに目を見合わせ、首を捻る。
 やがて少女は何かを吹っ切るように首を大きく振ると、凛とした――というよりはいくらか尊大さが勝った表情で柊に告げる。
「ちょっと、しゃがみなさい」
「しゃがむ? 何で」
「届かないからよ! さっさと終わらせたいんだから早くして!」
「何なんだよ、もう……」
 まったく訳がわからないが、仕方なく柊はその場にしゃがみ込んだ。
 少女は柊の顔を見据えると大きく深呼吸してから、手にした指揮者のタクトのようなモノを軽く振った。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
 自らの名を名乗り朗々と言霊を紡ぐ。
 何らかの魔法(?)を使おうとしている事はわかるが、当然ながらそれが何なのか柊達にはわからない。
 しいて言うなら殺気や威圧力を感じないので悪意や害意を伴ったものではないだろう、という事だけだ。
「五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 詠唱を謳い上げて少女はタクトを柊の額に添える。
 そして彼女は顔を柊に近づけていった。
「柊先輩っ!?」
 とてつもなく嫌な予感がしてエリスは叫んだ。
 柊は近づいてくる少女の顔に僅かに目を見開き――

「……待てこら。『使い魔』ってどういう事だ?」

 がっしと彼女の顔を掴んで動きを阻止した。



 周囲の空間が固まった。
 周りにいる少年少女達も、見守っていたコルベールという男も、隣にいたエリスも、そして柊に顔を掴まれた ルイズと名乗る少女も動かない。
 ……否、ただ一人ルイズだけが動いていた。
 顔をしっかりと掴まれたまま彼女は身体をぶるぶると震わせ――爆発するように柊の手を払いのける。
「何すんのよ!!」
「それはこっちの台詞だ!? 勝手に話を進めてねえでちゃんと説明しろ!!」
「たった今したじゃない! アンタは私の使い魔になるのよ!」
「使い魔だぁ……?」
 それを聞いて柊の脳裏に浮かんだのは、幼馴染である赤羽くれはの使い魔――陰陽師で言うところの式神――である猫又だった。
 首輪に『MP』と身も蓋もない事を彫られたプレートを下げているそれを思い出して、柊は小さく息を吐いた。
 この世界における使い魔がファー・ジ・アースにおけるそれと同等であるかはわからないが、単語のニュアンスとしては 同じようなものだろう。
 柊は爽やかな微笑を浮かべると、
「断る」
 そう断言した。
 途端に目の前の少女――ルイズの形の良い眉が一気に跳ね上がる。
「アンタさっき何でもするって言ったじゃない!」
「できる事なら、っつっただろ! しかもエリスを元の世界に返すって前提条件を無視すんな!」
 もっともその前提条件を満たした上であっても使い魔になるなど願い下げだが。
 柊は再び深くため息をつき、面倒くさそうに頭をかきながらゆっくりと立ち上がる。
「そっちの用件がそれだけなら、この話はご破産だな。さっさとさっきのゲートを出して元の世界に――」
 言いながら彼はルイズを見やって、思わず息を呑んだ。
 眉を吊り上げ、肩を震わせ、薄桃の髪を揺らして、全身から怒気を発散させているルイズがいた。
「へへへ平民のくせに、しかもわ、私に召喚された使い魔のくせに、なんて口の利き方……!」
「お、おい……?」
 ルイズの様子に気圧されて柊は僅かに足を引いた。
 それが引き金になったのか、ルイズは鳶色の瞳をぎらりと輝かせて、手にしたタクトを振った。
 瞬間、悪寒が走って柊は反射的に飛び退る。
 今まで柊がいた場所が唐突に爆発した。
「なぁっ……!?」
「なんで避けるのよ!」
「避けるわ!?」
 泡を食って叫んだ柊の悲鳴を蹴飛ばすようにルイズは地面をけりつける。
 そして彼女は殺気を孕んだ視線を柊に叩きつけながら、更に一歩を踏み出した。
「契約する前に使い魔の立場って奴を身体に叩き込んでやるわ……!」
「お、おい待て! 落ち着けっ!」
「うるさいうるさいうるさい!! アンタは大人しくはいかイエスで答えてりゃあいいのよ!!」
 叫んでルイズはタクトを振りかざす。
 柊が横っ飛びに避けると同時に、再び柊がいた地面が破裂した。
 三度相対する両者。ただならぬ空気が漂い始める。
 じり、とルイズが間合いを詰めて。
 じり、と柊が間合いを離し。
「あ、あの……二人とも……っ」
 呆然と成り行きを見守っていたエリスがおずおずと声を出した瞬間。
 柊は踵を返して脱兎のごとく駆け出した。



「待ちなさい!!」
「待てと言われて待つ奴がいるかぁ!!」
 半瞬遅れてルイズも猛然と走り出す。
 逃げる柊。追うルイズ。
 ルイズがめったやたらにタクトを振り回し、そのたびに至る所で爆発が起きる。
 それをどうにかこうにか避けながら柊は更に逃げる。
 当たらない事にいらついているのか、ルイズが巻き起こす爆発は回数を重ねるごとに大きくなっているようだった。
「い、いかん! みんな、彼を……いえ、ミス・ヴァリエールを止めるのです!」
 呆然と二人の追いかけっこを見ていたコルベールがようやく我に返って悲鳴のような声を上げた。
「止めろったって、無理だろ……ツェルプトーぐらいじゃないか?」
「彼女ならもう帰っちゃったわ。時間の無駄だとか言って」
 しかし周りにいる少年少女たちは互いに目を合わせて戸惑うばかりだった。
 そんな彼等の方向に、
「お……おい! コイツをなんとかしてくれ!」
 柊とそれを追うルイズ、そして彼女の放つ爆発が迫ってきた。
「うわ、来た!?」
「いやぁー!!」
「やめろ! こっち来んなー!?」



 蜘蛛の子を散らすようにして人の輪が弾ける。
 陽光の穏やかな草原に、阿鼻叫喚の宴が響き渡った。



 ※ ※ ※



「……致し方ありません」
 約一時間後。
 ようやく静寂を取り戻した"元"草原――あちこちに爆発の大穴が空いており、大惨事になっている――に、 コルベールの疲れ切った声が響いた。
 健気にも二人を止めようと割って入った彼は幾度となく爆発に巻き込まれ、身体のあちこちに傷がありローブもぼろぼろになっていた。
 傾きだした陽光がうっすらと汗のにじんだ頭皮に照りかえり、彼の頭は眩しいほどに輝いている。
「召喚の儀式において人間が召喚されるなど前例のないこと。
 おまけに一体……いえ、一人ではなく二人出てくるなどということも前代未聞。
 挙句に被召喚者が契約を拒むなど聞いたこともない……もう訳がわかりません」
 言いながら彼は近くの地面にへたり込んでいるルイズに視線を送った。
 柊を追い回した上に滅茶苦茶に魔法を乱発した彼女は精魂尽き果て、肩で荒く息をしながらうなだれている。
「これはもはや私の手に負える事態ではありません。
 儀式は一旦保留として、学院に戻って他の先生方と協議した上で処置を決めます。……いいですね?」
「……」
 返事をする気力もないのか、ルイズは無言。
 しかし彼女はわずかに顔を持ち上げ、コルベールの頭の眩しさに目を細めながらも不満をあらわにした表情でコルベールを見やった。
 そんなルイズの視線を受けてコルベールは静かに首を振ると、彼女はがくんと肩を落とす。
「おいおっさん……勝手に、話を、進めてんじゃ、ねえよ……」
 その脇で柊が唸るように呟いた。
 ルイズに追い回され爆発の魔法を幾度となくかわし続けた柊もまた、ルイズと同様疲れきっていた。
 彼女のようにへたりこむという事はないが、膝に手を付いて肩で息をしている。
 直撃こそなかったものの何度も爆発の衝撃が身体をかすめ、ところどころ服が汚れていた。
「俺達はこんな世界に用はねえんだ。さっさと帰してくれ」
「申し訳ありませんがそれはできません。というより、帰す方法を我々は知らないのです」
「はぁ……!?」
「……。ともかく、今後については学院に戻って話し合いますので貴方がたもミス・ヴァリエールと共に来てください」
「お。おい待てよ……!」
 制止の声を無視してコルベールは踵を返し、遠巻きに佇んでいた少年少女達――学院というからには生徒達だろう――の元へと歩いていった。
 二人の追いかけっこに巻き込まれた生徒達も疲れているのだろう、どこか元気のない様子で三々五々空へと浮かび上がり、遠目にある建物の方へと去っていった。
 残されたのは疲労困憊のルイズと柊。
 そして、
「……先輩」
 心配そうに声をかけてくるエリスだけ。



 初めて異世界に召喚され多少戸惑っていた事もあるし、既にその経験がある柊が率先して交渉していた事もあって 彼女はただじっと状況を見守っている事しかできなかった。
 ちなみに先程の追いかけっこでは柊が意識してエリスから遠ざかっていたので、彼女は傷一つ汚れ一つない。
「……あ゛ー」
 不安の入り混じったエリスの声を聞いて柊は大きく息を吐く。
 そして背筋を伸ばし、大きく伸びをして、再び盛大にため息を吐き出した。
 すぐ近くでがっくりとうなだれている少女――ルイズの使い魔になるのは言語道断ではあるが、他に行くアテがあるわけでもない。
 それどころか、この世界の事そのものが全くわからない。
 元の世界に戻るための方法なりてがかりを得るにしても、学院とやらに行くのは妥当な線だった。
「しょうがねえ。とりあえずその学院ってとこに行こう」
「はい……」
「大丈夫だって。異世界に飛ばされるのは初めてじゃねえし、前にそうなった時も戻ってこれたんだ。どうにかなるさ」
 不安を隠しきれないエリスに柊は努めて明るくそう言って見せた。
 小さく頷いてわずかに元気を取り戻した彼女を確認すると、柊は改めてルイズに向き直る。
「おい、立てるか?」
「……ふざけんじゃないわよ」
 柊が声をかけると、ルイズはうめくように呟いてゆらりと立ち上がった。
 そして彼女は憔悴した顔色にふさわしくない、苛立ちと怒りを込めた目線で柊をにらみつけると、しかし何も言葉をかけずに踵を返した。
 どことなくおぼつかない足取りで歩を進めながら、ルイズは俯いて小さく呟く。
「ようやく……ようやく成功したと思ったのに。なんでこうなるの……なんで……」
 手で顔を何度か擦ると、彼女は振り返らないまま二人に呼びかけた。
「名前」
「え?」
「あんた達の名前。まだ聞いてない」
「……柊 蓮司」
「志宝エリスです」
「……変な名前」



 結局三人が学院に着くまでに交わした会話は、それだけだった。



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